studio Odyssey



スタジオ日誌

日誌的なもの

 燃えさかる炎を沈めるために、ネリさんとむぎちゃんが魔法を詠唱し、局地的な雨を降らせていた。
 音もなく降り続ける、霧雨のような雨。
 足元に立ち込める薄靄を割って、私たちは倒れたアーオイルの元へと近づいていった。
「戻ってる……」
 光となって消えたベヒーモスから離れたその体は、雨に濡れて身動き一つしていない。しかし、生きてはいるように見えた。
 剣を収めつつ、アルさんはアーオイルの顔を覗き込み、
「息があるな……捕まえられんのか?」
 呟く。
「ほほう」
 やってきたレイさんと師匠さんが、その言葉を耳にして、「これはこれは」と唸っていた。
「いやはや、これはまた、全く聞いたこともない展開ですね」
「とはいえ、このままだとアーオイルは死んでしまうな。ええっと……マスクはどこにあるんだろう」
 きょろきょろとする師匠さんに、「あったぜー」と、アーオイルの口から剥がれたマスクを手に、ヴィエットさんが駆け寄ってきていた。
「ナイスだ、ヴィエット」
「聞いたことない展開だしな! どうせなら、結末が見てみてぇ」
 言いつつ、ヴィエットさんはアーオイルの口にマスクをあてがい、ローグ固有スキルなのではないかともっぱらの噂である、ファスト簀巻きでぐるぐるとアーオイルの体を縛り上げていた。
「あれがないと死ぬのか?」
 マスクを指さしつつ、アルさんは聞く。
 師匠さんは、「そうだな……」と呟いてから続けていた。
「これは、アルくんはまだ知らない話だろうが……私の所属する組織では、アーオイルたちはルーフローラの空気の中では、十分と生きられないだろうという見解が常識になっている」
「こいつらは──」
 ヴィエットさんが言葉を繋いでいた。
「自らの肉体すらも、錬金術で組み替えて生きながらえているんだ。それ故、こいつらの住む世界に比べて圧倒的にマナの薄いルーフローラじゃ、長くは生きられないらしい」
「それを補うための、マスクだったんですね……」
 「なるほど」と、頷くレイさん。「ああ、そうだ」とは師匠さんで、「しかし何故、アーオイルはそこまでして──」「ああ、それはな、レイシュ……」「いや、師匠。その話はアルくん達にはまだ早い。いずれ、その時がくれば……」「ああ……そうだったな」「何か知っているのですか、師匠! ヴィエット!」「いや、レイシュ。それはアルくんたちが、自らの力でたどり着いて見つけてこその──」「つーか、お前らクリア済みだろ?」「それを言っちゃぁー」「おしまいですぜー」「だんなー」

続きを読む <勇者ちゃんと、偽りの女王(後編)>

 草木の生えない山の上に、その遺跡はあった。
 アルさん曰く、森林限界と呼ばれるその先にあった遺跡は、小さな魔力の塔を護るように造られた、かなり古い時代の城塞遺跡であった。
「鉱石魔神がわいてるっていうから、賢者の石関係の何かがあるかもと来てみたが……」
 ミスリルの細剣を鞘に収めつつ、旅の道連れ、剣士アルさんこと、アルベルト・ミラルスは呟く。
「なんだこりゃ……」
 遺跡の中心、城塞遺跡の回廊が囲む中庭。そこで巨大な人型牛頭の鉱石魔神──アルさん曰く、ミノさんという怪物らしい──との戦いを終えた私たちは、その中庭に円形に配置されていた謎の石群を前に、ふーむと首をかしげていた。
「なんかの意味はあるんだろうね」
 言いつつ、鉱石魔神の落とした宝石を腰に下げたバッグに押し込む私。ちなみにこのおニューなバッグは、アルさんからレンタルしていた両肩がけのバッグをニケちゃんが改造したものだ。アルさんに自慢して見せたところ、「ふーん」という薄い反応だったので、おそらく本人はこれを「レンタルだ」と言っていた事も忘れているのに違いない。ちなみにベルトポーチもちょっと改造されていたりします。
「なんだろうねー」
 と、その犯人、ニケちゃんが「うふふー」と楽しそうに笑っている。
「この不思議配置、何か意味があるんだろうねー」
「ニケちゃんは、隠し事のできないタイプですね~」
 ほわんほわんと続くのはエルさんだ。ふむ……やはり何かあるな、これは……などと考えていた所に、盾をしまいつつのチロルさんが続いていた。
「まぁ、とりあえずは調査をしたら、公都に戻って報告かな? とはいえ、アルさんはもうレベルキャップにかかっているから、戻っても経験値的にはおいしくないか……」
「まぁなぁ……」
 石群を調べつつ、アルさん。
「そういや、50でEXPバー止まったままなんだけど、これ、その後の経験値って、もしかして無駄になっちゃう?」
「いいえ~、積算はされていますので、キャップが外れた時に、どーんと上がるので大丈夫ですよ~」
 ふーむ。何の話だからよくわからんが、まぁ、
「で、なんなのこれ?」
 石群を調べているアルさんに聞くと、
「しらん」
 と、即答されたので、
「じゃ、帰ろ」
 くるりと振り向き、即答する。
「えー、勇者ちゃん、せっかくここまで来たのにそれじゃあ、骨折り損のくたびれもうダメだよー」
「間違ってますが、間違っていないように聞こえる不思議なことわざですね~」
 ほわんほわん言いつつ、私の行く手を遮るエルさんと、直接的に私の腕をがっしと掴むニケちゃん。離れた所で、チロルさんは苦笑している。うむ、知ってるぞ。これは確実に何かあるパターンだ。
「あ、これ、門石なんだな」
 アルさんが声を上げていた。
「ああ、そうなんだ。それで、そこをもうちょっと調べると──」
 アルさんの声に振り向いたチロルさんの、その言葉が終わるよりも早く、
「あ、これ。ヘプタグラムなんだな。え? じゃあ、7/2と、7/3で意味があんのか? あ、これが頂点扱いの石だな? おお、ここに石が置ける。さっき手に入れた石でいいんだろうな。お、なんか光線が出た。じゃあ、あえての7/2」
 呪文のような事をいいつつ、アルさんは石の上にこの遺跡で手に入れた鍵石っぽい不思議な石を置いていた。するとそれは不思議な赤い光線を放ち始めて──アルさんはその光線を、円周上に置かれていた石の、ひとつ飛ばした先の石に向けて──
 赤い線が、七つの石に反射し、不思議な形の星を描いた。
「嫌なゲーマー脳ですよ~」
「なんで、七芒星の描き方が二種類あるとか、アル兄、知ってんのー!」
「いやぁ……これ、本当は一回公都に戻って報告してから、いろいろあって、教えてもらう流れなんだけどなぁ」
「え? まずいの、これ」
「まずいんじゃないの?」
 描かれた星は、ぱあっと光を放って私たちを飲み込み──私たちを、いずこかへと誘った。
 はてさて、どうなることやら……

続きを読む <勇者ちゃんと、偽りの女王(前編)>

 それからまた、数日。
 配達のお仕事をやったり、研究室に顔を出したり、いつの間にか聖堂城の立ち番に顔を覚えられたりして、何日後かの、満月の夜。
 こっそり、私たちは研究室を抜け出した。
 研究室前の海は、満ち潮のせいもあって、強い風に白波をたてていた。
「一雨来そうだな」
 呟き、アルさんは空を仰ぐ。流れる厚い雲に、月は見えない。
「まあ、隠密活動にはもってこいか」
「風が強いから、多少の足音も聞こえなさそうね」
 ま、念のため足音には注意しつつ、聖堂城の螺旋階段を上って行く。揺れるランタンの落とす影は、私とアルさん、二人のものだけだ。他のみんなは、さすがにこんな真夜中にまで、付き合いはしないらしい。
 だいぶん登ったところで、向こうに小さな灯りが見えた。目を凝らすと、灯りは私たちを呼んでいるかのように、ゆらゆらと揺れていた。近づくと、トーカチを手にしたチビエルちゃんだった。
「二人だけ?」
 薄い寝間着姿のチビエルちゃんが、首を傾げつつ聞く。
「おう。ってか、このイベント、どうもパーティー組んでても、参加できない系の奴っぽいんだけどな」
 ハテナと首を傾げるチビエルちゃんだったが、
「ま、リヴァエルも、あんまりたくさんの人がいると疲れてしまうって言っていたし、ちょうどいいわ」
 言い、私たちを促す。
「ここから先、聖堂に入るのに、いったん西のテラスにでるから……今日は風が強いみたいだし、気をつけてね」
「テラスから身廊に入るのか? まんまだな」
 チビエルちゃんに続くアルさんの呟きを耳にしながら、私も階段を上がって西のテラスに出た。テラスに出ると、びょうと強い風が吹き付けてきて、髪や服の襟袖を、ばたばたと激しくはためかせてきた。凄い風。眼下に広がる広大な海は、闇に沈んで、時折立つ白波にうねっている。
「こっちよ」
 テラスに出てすぐ右手、聖堂の入り口だろう、不思議に白く輝く大きな扉があった。チビエルちゃんはそこに手をかざすと、何かを小さく口にして光を消し、ゆっくりとそれを引き開けた。
「やろう」
 アルさんが変わり、ドアを開ける。
 その向こうには、まっすぐに東へと伸びる身廊があって、最奥の後陣に当たる場所には、一体の竜の石像が安置されていた。

続きを読む <勇者ちゃんと、竜の赤い石(後編)>

 ぽくぽくと、夜明け前の丘を、馬で行く。
 西へと伸びる巡礼路は、この丘の向こう、ナール帝国、デヴァリ公国領、エル・トゥラ=ランサ自治区へと続いている。
 背中から差し込んでくる朝日が、下草もまばらな丘をゆっくりと照らし出していく。かすかに吹く丘の向こうからの風には、潮の香りが乗っていた。
 巡礼路の先、丘の上に人影が見える。
 鎧姿の男は、丘をぽっくぽっくと登る私たちを待っているのか、仁王立ちで構えていた。
 長い巡礼路。その終わりの丘。歓喜の丘にたどり着いた私たちに、
「馬はダメでしょう、馬は」
 鎧姿の暗黒騎士、レイさんこと、レイシュさんは言った。
「巡礼者らしく、歩いてくださいよ」
「いやだって、歩かなきゃダメだとは言われてねぇもん」
 馬上から返すのは、私の相棒というか、パートナーというか、なんだか最近はただの旅の道連れじゃないかなという気すらする、剣士アルさんこと、アルベルト・ミラルスだ。
「そもそも、俺は古の知識と教養の神の信徒ではないのに、なぜ、律儀に巡礼路を巡らなきゃならんのだ? とすら、思っている」
「まあ、エル・トゥラに入るには、巡礼者として入るのが一番手っ取り早いというか、そういうシナリオなので」
 と、レイさん。
「竜の牙、揃いました?」
「八個でいいんだっけ?」
 馬から下りながら、私は聞いた。手を伸ばした腰の先には、じゃらじゃらと揺れる手のひらほどの大きさの牙のようなものが八つ。巡礼路の町の教会で貰ってきた──とは言え、是非寄進をお願いしますと言われる──古の知識と教養の神の聖印、そのレプリカだ。
「ですね。それで問題ないはずです」
「足りなくて、取りに戻れっていわれても、嫌だけどね」
 苦笑しつつ、ぽんぽんと馬の背を叩く。と、我が愛馬はひゅんと光の玉の形に姿を変え、腰にぶら下げていたひょうたんの中へと戻った。
「この丘の向こうか」
 同じく馬から下りたアルさんが、少し早足気味になりつつ、丘の最後の少しを登って行く。
 やれやれと思いつつも、私たちもその後を追った。
 丘の向こう、広がる海。
 その湾の岸部近く。
 浮かぶ小島のすべてを覆うように作られた町、聖堂城を中心に据えた、古の知識と教養の神の聖地、エル・トゥラ=ランサが、朝日を照り返す遠浅の海に浮かんでいた。

続きを読む <勇者ちゃんと、竜の赤い石(前編)>

 さすがは聖騎士、チロルさん。
 突如森に現れたという、ノヅチとかいう、蛇だかミミズだかよくわからない──頭に口しかなくて、目も鼻もない──気持ちの悪い化け物を、ざくっとその槍で突いて、あっという間に倒してしまった。ぱちぱちぱち。私とアルさんは、自分たちの出番がなかった事に喜んで拍手。
「いや、まあ、確かにただのサブクエだけど、私が全部やってしまってよかったのか?」
 心配そうに言うチロルさんに、
「なにも問題はない」
 鼻を鳴らし、アルさんは返す。
「ちゃんと経験値もはいるし、クエスト報酬も貰えるしな」
 へっへっへ、路銀が尽きかけた私たちにとっては、どんな依頼でも、さくっと解決できればいいんでさぁ。へっへっへ……ってか、なぜに路銀が尽きかけているのかと言うと、どっかのアホが詐欺にあったからなのだが、彼の名誉のためにもこの話はしないでおこう。マジ、男って馬鹿だな。いや、主語が大きすぎたな。馬鹿だな、アルベルト・ミラルスは。
 ともあれ、小さな森に面した町の自警団からの依頼を終え、私たちは意気揚々と凱旋した。
 自警団の団長さんが、寝床とご飯を用意して待っていてくれるって言ってたし。

続きを読む <勇者ちゃんと、錬金術師の塔>

「エルフは肉は食わねーかと思ったんだが」
 残りのミネストローネを、アルさんが突き出したお椀によそって、ダガーさん。
「鳥は食うのか」
「あ、これ、鳥はいってたのか?」
 受け取りつつ、アルさんは言う。
「俺のところにはいなかったぞ?」
「まあ……量の割には少な目にしたしたな。エルフが肉類ダメだと、残るかもしれねーと思ったし」
「始めからエルフにも給仕する気だったのか」
「誰だって、腹は減るだろ」
「いえ……このゲームのエルフ、ちょっと特殊ですし、どうなんでしょうねぇ」
 レイさんは小首を傾げ、隣に座っていた幼いエルフを見た。彼は小さい手でお椀を抱えて、ごくごくとミネストローネを飲んでいる。他にも、若い女性なんかもちらほら周りにはいて、ニケちゃんなんて、遠巻きに見ていた昨日の弓エルフにおにぎりをおすそ分けしようとして、断られていた。自由だな、あなた達は。
 ともあれ
「よし、食った!」
 と、アルさんは口を拭って、宣言した。
「さあ──話そうか!」

続きを読む <勇者ちゃんと、王都の動乱(後編)>

 鍵石という不思議な石は、門石という石と共鳴し、ふれあう者たちをその石の元へと転移させる、不思議な力があるという。
 眉唾だなぁと思っていたけれど……
 果たして、その石の力によって私たちは、
「どこだここは?」
 という場所に飛ばされた。
 夕暮れの迫る山並みが、赤く燃えて眼下に見える。石造りの、部屋? いや、腰丈ほどの欄干が四方をぐるっと囲っているので、部屋と言うよりは、屋上のような雰囲気だけれど、屋根は──と見ると、どうやらドーム状に組まれた屋根がすぐ上に乗っているらしく、ここはどこか、高い建物の最上階のようであった。
「どこだここは?」
 再び、私の一応パートナー、剣士、アルさんこと、アルベルト・ミラルスが呟く。と、ごーんごーんと、うるさいくらいの鐘の音が辺りに響きわたった。
「ぐぉ!?」
 思わず漏らす。私じゃなくて、アルさんが。私、ギリセーフ。
 うるさいはずだ。私たちが転送された場所は、どうやら教会かなにかの、鐘楼の上階らしかった。
「おお! タイミングが悪かったですね!」
 鐘の音に打ち消されつつも、レイさんこと、暗黒騎士レイシュが、辺りを見回しながら言った。
「あそこから、下に降りられそうですね」
 部屋の隅に、跳ね上げ式の扉のようなものが見える。階下へ降りる梯子でもあるのだろうか。と思っている間に、アルさんはそこに近づき、かぱっと開けて首を突っ込んで、階下を覗き、
「きゃあああぁ!」
 と、絹を裂くような、女性の悲鳴。
 慌てて駆け寄り、不埒者をひっぺがしてぽいと投げ捨て、
「すみません! 悪気はなかったんです!」
 頭を出して言うと、そこに、修道服に身を包んだ、若い女性がいた。
「あ、あなた達は、いったい……どこから?」
「ええっと……」
 なんと説明したものかなと、思案していると、
「大丈夫ですよ~」
 と、いつものほわんほわんとした感じで、導師、エルさんが私の横から顔を出した。
「ほら見てください。私は、正義と秩序の神の、神官です~」
 た、確かに。確かに正義と秩序の神は、どこの国に行っても、大抵は信頼の置ける人物として認知される。さすが! 破壊の左手はともかく!
 とう、と、エルさんは階下に飛び降りた。私も続いて、ひょいと飛び降りる。その後にアルさん、レイさん、そして聖騎士、チロルさんと──そういえば──
「私も、正義と秩序の神の聖騎士だ。怪しいものではないよ」
 神の力で肉体を強化し、癒しの祈りで戦うチロルさんも、正義と秩序の神に仕えている聖騎士だった。
「なんでしたら、後光でもお見せしましょうか~?」
 と言いつつ、エルさん、白い、神々しい輝きを身体から放つ。
「うおっ、まぶしっ!」
「溶ける!」
 男ども。ほっとく。
 修道女はエルさんの後光に気圧されて、ははっと畏まって跪くと、
「こ、これは導師様! 失礼いたしました!」
 と、頭を垂れた。
「しかし、その……導師様。ここは女性修道院。その……殿方はちょっと……」
「あー」
 アルさん、レイさんを見て、チロルさんは苦笑する。
「そうか。ここは、勇者の性別で変わるんだったな」
「なんだ? めんどくせーやつか?」
「大丈夫ですよ~」
 そして、エルさんは言った。
「彼らは、私の下僕ですから~」
「下僕!?」
「いつの間に!」
「ほらほら、下僕~。人間の僕、卑しい哀れな犬っころ~。さんべん回って、ワンですよ~」
「ののれ……わん!」
 いやいや、やるかね……

続きを読む <勇者ちゃんと、王都の動乱(前編)>

 森に面した、小さな村、パルベ。
 その小さな村の、小さな酒場に、私たちはいた。
「いやいや、だからちげーよ」
 ダガーさんが、私の手元を覗き込みながら言う。そうは言ってもだな……
「えっと……だから、北が上で……」
「上下じゃなくて、コンパスで見ろ。ちげーだろ」
 んんんー?
「日常生活で、コンパス使って地図を見ることなんて、まあ、まずないご時世ですしねぇ」
 がぶがぶ、エールを飲みながらのレイシュさん。その台詞の通り、私は今、地図とコンパスに向かって、うんうんと唸っている。
「地図の読めない女」
 ぼそっと言ったアルさんを、キッと睨んでやる。こいつ……
「アルさん読めるなら、アルさんがやってくれればいいじゃないですか」
 言ってみた。
「俺は地図くらい読めるが、そもそも、ここにあるから、見る必要もない」
 何故か頭の右上の空間を指差すアルさん。いやいやいや、何もねーわ、そこには。
「まあ、王家の道がある大森林は、ミニマップが出ないんで、地図がいるんですけどね」
「そもそも、その地図、どこまで精度高いの?」
 ぐびぐび、レイさんとアルさんは、会話をしながら、ぐびぐび。
「そこは不思議ファンタジーなので、大分、精度は高いようですよ? まあ、ぶっちゃけ、森の中を突っ切る最短ルートでなくても、北に行って海に出たら、西に向かうのでもたどり着けるんですけどね。西の塔は」
「それだと、発掘隊のなんちゃらクエができないんだろ?」
「報酬、HQのスチール武器ですよ? 普通にやってれば、まあ、いいものですけど、すでに12Kミスリルじゃないですか」
「俺の武器! 俺、まだ、ノーマルスチール!」
「知りませんね、ネリさんに言ってください」
「ネリ!」
 と、アルさんはテーブルのネリさんに突然振り向き、声を上げた。が、しばらくネリさんは反応せず──
「はっ!? あ、すみません。ルーターが一瞬死にました。サブに切り替わったようです。で、なんか言いましたか? 貧乏人」
「聞こえてんじゃねーか!」
「ほらほら、だからあれですよ。ロングソードにランタンシールド装備で、懐かしのナイトをやりましょうよ、ナイト。私が試練の塔で手に入れた装備一式を、差し上げますよ?」
「ナイト、タンクだろ?」
「いいじゃないですか、タンク」
「タンク、フルパーティで二人もいれば良くね? レイシュと、チロルさん」
「ナチュラルにチロルさんを頭数に入れましたね……」
「フレンド登録もしたしな!」
「哀れ、チロルさん……」
 ぽそり、つぶやいた私を、
「いいからオメーは、地図に線を引け!」
 ダガーさんが、ぺちっと叩いた。
 もー、地図なんて読めないよー。

続きを読む <勇者ちゃん、森を征く!>

「なるほど、やはりそうか」
 と、テネロパ鉱夫ギルドの長であり、この街の実質トップでもある壮年の男性は、唸るようにして呟いた。
「この信書の中身については、何か聞いているのか?」
 テネロパの中央区、鉱夫ギルド長の執務室にて、ギルド長にそう問われた私とアルさんは、はて? と、顔を見合わせる。
「特に何も」
 さらりと返すアルさん。
「……ふむ」
 と、唸ったギルド長に、
「おう、次のクエストが出た」
 毎度の、アルさんのよくわからないつぶやきが続く。
 はてさて、なにやら、面倒くさい話になりそうな気がしてきたぞ……

続きを読む <勇者ちゃん、ダンジョンに挑む!>

「ま、まあ、あれです。どうぞ」
 と、私は皆を促す。
 夕暮れ、城壁から少し離れた、街道はずれの森の入り口。小さな湖の畔に、バンガロー風の家。私の生家だ。もう戻ることはないだろうと思っていたけれど、まさか、そう思って出かけたその日の内に、帰ってくる事になろうとは。
「おじゃまします~」
 と、私の後ろに続くのは、曰く、ヒーラーロールの導師、エルさん。
「あ、室内は一緒になんですね~」
 ……はて? 何と比較してなんだろうか。まあ、いい。
 私はバルコニーから、庭の方を見て、
「どうぞ? 遠慮はしなくていいですよ?」
 と、声をかけたが、そこにいた男三人、
「まったく、遠慮する気などないが」
 腰に細剣を吊した剣士、アルさんこと、アルベルトさん。
「我々のことは、お構いなく」
 漆黒のフルプレートに身を包んだ、暗黒騎士、レイさんこと、レイシュさん。
「こんなもんでいいか?」
 両腰に短剣を何本もぶら下げている、ローグ、ダガーさん。
 何やら、庭の地面をならして、いそいそとキャンプの準備を始めている。
「あの……みんな寝るスペースくらい、ありますけど……」
「いいんですよ~、ほっといて~」
 エルさんは、相変わらずのほわんほわんな感じで、言った。
「アレらは、好きでキャンプするんですから~」
「ほぅら! 見てください! アルさん、ダガーさん! これが幻の食材、ライゼルの肉ですよー!」
「おおー!」
「なんの肉に近いの?」
「ガゼルに近いそうですが……あいにく本物は食べたことがないので、わかりません」
「おい、アル。かまどいるか? 火は、カルボの木炭でいいのか?」
「いいんじゃね? 遠赤効果で、いい感じになるんじゃね? あ、これ、料理スキルとか、あったりする?」
「ありません! 料理は万人に平等です! プレイヤースキル依存! Dex高いほうがいいとかいう噂はありますが、未検証!」
「ようし、ダガー!」
「まかせろー!」
 ……うん。楽しそうだから、いいんだな。うん、たぶん。

続きを読む <勇者ちゃん、街道を行く!>

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