studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2020.06.18

勇者ちゃんの、世界の記録

Written by
しゃちょ
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読み物
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 海から吹き付ける、氷を含んだ冷たい風。
 厚い雲に覆われた、北の大地のその向こう。
 灰色の空が覆う冷え切った草原の中に、その巨石群遺跡はあった。
「ストーンヘンジより、圧倒的に大スケールだな!」
 巨石の一つに上ったアルさんが、草原にいくつもいくつも点在する環状列石を見下ろしながら、うれしそうに声を上げていた。
「これがあれか、魔力の塔の原型っていう、それなのか!?」
 届く声に、巨石の下から私は、
「らしいけど……なんかそれっぽいもの、あった!?」
 風に負けないよう、声を張り上げ、聞く。
「ない!」
「ねぇのかよ!」
 海から吹き付ける風に、パサパサばさばさになった髪を押さえつけ、私はちょっとげんなりと言い放った。北限の村からここまで歩いて丸一日。やっとの事でたどり着いたというのに、何もねぇとは。
「とりあえず、門石のおける所をさっさと探すかね」
 と、アルさんはひょいと飛び降りてくる。
「えーと……取りあえず、中心っぽい所かな?」
「その辺にぽいってやって、発動しないの?」
 半眼で聞くが、まぁ、答えはわかっているよ。
「すりゃあ楽なんだがなぁ……まあ、建前的には遺跡はマナが安定してないから、おける場所が限られるんだとか、そう言うことらしいが……」
 はいはい。解っていますよ。所定の場所でないと発動しないんですよね。はいはい。と、遺跡の中心方向へ向かって歩き出すアルさんに続く私。
「ってか、置ける場所を探すのも一苦労だし……しかも毎回毎回、鉱石魔神が出てくるじゃん?」
 肩をすくめつつ、意見。
 アルさんは振り向きもせずに返す。
「まあ、そりゃあ、実際にはそういうイベント的なモンなんだから、仕方ねぇだろ」
「うーん……」
 何が仕方ないのか、全く納得できない。が、まぁ、仕方ないと言われるならば、仕方あるまい。納得はできないが。
「お、割と近くにあった。ラッキー」
 と、アルさんは割と大きめの環状列石のひとつに駆け寄っていく。私には他の列石群との違いが全く判らないが、アルさんには判るらしい。曰く、違いのわかる男。ってか、「いや、カーソルあんじゃん」との事らしいのだが、私には何も見えませんが何か?
「はい、構えてー」
 片手で持つのには少々大きい感じの門石を手に、アルさん。
 私はすらりと剣を抜く。
「何がでるか、賭けでもしようか?」
「鉱石魔神」
「いや、もうちょっと絞ろうよ。四足? 二足?」
「流石にまた多足はねぇだろう。二足」
「じゃあ私、四足」
「何賭ける?」
「こう、北の地方回るなら、私、もうちょっといい防寒具が欲しいんだよね」
「んじゃ、俺も防寒用のマントが欲しい」
「んじゃそれで」
「置くぜー」
 話がまとまったところで、アルさんは門石を遺跡の祭壇にことんと置いた。
 石は、わずかに強く輝いたかと思うと、その光を纏うように静かに落ち着き始め──ごばーん! と、背後で巨石が砕け散る音がした。
 剣を手に、振り向く。
 果たしてそこにいたのは──芋虫のような体に鳥のような羽の生えた、見たこともない何かであった。
「おい! 足がねーぞ!?」
「いや、芋虫なら多足! 私のが近いから、私の勝ち!」
「ずるくねえ!?」
 私たちは今、世界中の遺跡を巡り、先史時代のアルケミストの痕跡と──賢者の石を探していた。

 北限の村と呼ばれていたその名もなき村は、捕鯨と鱈漁を中心とした、小さな小さな漁村であった。
「やあ、勇者さま」
 と、村の入り口手前。鱈の塩漬けやら干し鱈なんかの加工をしていた村人達が、私を認めて声をかけてくる。「どうも」と愛想笑いを浮かべ、新しく買ったもこもこの防寒具に口元を埋めて返しておく。勇者じゃないんだけどな……とか、まぁ、言わない。漁場を荒らしていた巨大な蛸の化け物を仕留めたのは、なんというか、成り行きだ。しかしたこ焼きなるものは割とうまかったので、それはそれでよしとする。村民みんなで、ダガーさん曰くタコパなるものを催したのは、やはり間違いであったのかもしれないけれど……
 ともあれ、村の中心近くにある酒場兼雑貨屋兼市場であるところの社交場へと向かうと、そこには既に先客がいた。
「おや、これはこれは……勇者ちゃんではないですか」
 と、もこもこの防寒具の塊が言う。
「ちょうどよいところでした。私も今帰ってまいりましたので、借家まで護衛をお願いいたします」
 と、もこもこの頭部分。わずかに開いた円形の隙間部分から覗いた、屈託のない華のような笑顔が、
「ずびびっ」
 と、鼻をすすっていた。
 いや、その……何だ。星を宿したような美しい瞳に、長く美しい銀髪──もこもこで見えないが──に、透き通るような白い肌をしたハーフエルフの乙女であるところの彼女は、
「ずびっ」
 と──仕方がないので、鼻を拭いてやった。
「ああ、すみません」
 もこもこの中身、ハーフエルフの女性考古学者、ユリアさんは赤い鼻をぐしぐししつつ返す。
 ユリア・シーカー。彼女はテネロパの地下に眠っていたアーオイルの遺跡を、数百年に亘り研究し続けていた、我が王国随一の考古学者であった。
 彼女の生まれはちょっとアレで、まあ、いろいろとあったんだが──彼女はチェンジリングなのだ──ともかく、今は国王に「賢者の石に関する情報を、完全開示しろ。さもなくば俺たちは王国に敵対する。いや、むしろしたい」とかのたまった男を監視──いや、違う──違くない。とにもかくにも、彼女は私たちと共に世界中の遺跡を巡って、アルケミストと賢者の石の痕跡を追う命を受け、共に旅をしていたのであった。
「買い物していく用事があるので、これをすませてからで」
 と、店のドアに手をかけつつ、私。
「なんでしたら、先に行っていてもいいですよ?」
 どうせ追いつくだろう。
「いえ、座って待っていますので、私が氷像になってしまう前にお願いします」
 鼻をすりつつ、店の入り口脇にある石にユリアさんは腰を下ろした。ええっと……それ、門石なんだがな……いいのか、考古学者。
「ちなみに、何を買いに?」
「晩御飯に、塩鱈を。ダガーさんがピルピルを作るそうで」
「……」
 たっぷり間をおいてから、
「それは……何ですか?」
 ユリアさんは聞いた。
「私も知りません」
 知らないんだな、これが。

 ピルピルとは、塩鱈を低温のオリーブオイルで煮たような感じのもので、なんでオイルがこうなるのだ? ピルピルとはなんなのだ? と疑問を抱くばかりの食べ物であったのだが、おいしいの前には割と無力。ダガーさん曰く、「乳化」と「鍋に火を入れてるときに、ピルピルと音がするから」ということらしいのだが、割とどうでもいい。おいしいの前には無力。
「テネロパのシーカーには、ここの遺跡の資料は渡したのか?」
 と、旅の道連れ、問題児、アルさんことアルベルト・ミラルスが聞く。なお、歳は児ではない。言うまでもない。
 視線の先、ピルピルをちんまりちんまりと食していたユリアさんが、「はいー」と返していた。
「今回の遺跡は魔力の塔の最初期の遺跡でしたから、皆、張り切って解析を始めていますよ」
「テネロパのシーカーには、たまに自分で聞きにいかねぇと、イベントが進まねーんだぜ?」
 ピルピルのおかわりを器によそいつつ続いたのは、我が仲間たちの胃袋を掴んで離さない、ローグのダガーさんだ。きっと本職は料理人。
「なんか、展開がかわんの?」
 アルさんの問いに、手にしたワインを口にしながらおかわりのピルピルを貰う暗黒騎士、レイさんこと、レイシュさんが返していた。
「大きくは変わらないですね。サブイベントがいくつかあって、経験値が入るくらいです」
「経験値かー」
 お酒のアテ、ピルピルをつつきつつアルさんは唸る。
「レベルキャップが外れて、ばかーんと上がっちゃったから、またキャップなんだよな。累計的に、実際今は何レベルくらいなんだろ」
「アップデート1のキャップは60なんで、割と天井は低い方ですが、あなたのペースですと、下手すりゃ2の上限、70くらいはあるかもしれませんね」
「つーかアルよ。オレはもうアップデート3までいってんだぞ?」
 ダガーさん。ワインを口にしつつ続ける。
「キャップもはずれて、今76だぜ? ってか、もうクリア目前」
「マジか」
「マジだ。あ、ユリアさんもおかわりいるか?」
「あー、まだあるので、平気です」
「ってか、ダガー、早くね?」
「テメーが遅すぎるんだろ。勇者ちゃんは?」
「今まさになくなったので、もらう」
 と、器を差し出す私。受け取るダガーさんの隣で、
「ま、アルさんが遅いのは、いつものことですけどね」
 と、レイさんは笑っていた。
「ちなみにチロルさんも、ついに98レベルになりましたよ。お仲間たちも皆、80を超えました」
「マジかー。チロルさん、ああ見えて実は廃人の素質あるだろ?」
「ああ、あるな」
「やり込みタイプですよね、彼女」
 笑い、ワインを手酌しつつ、レイさんは続けていた。
「ちなみにあちらのみなさんは、みんなで話し合って、チロルさんが99レベルになったら、全員でラストシナリオをやるのだそうです」
「ん? 未クリア勢は、一緒に出来ないんじゃないの?」
 つついと、自分のカップを差し出すアルさんに、
「ええ。ですから、他の皆さんは我々と一緒に着々とクリアしていっていますよ? チロルさんとのラストシナリオを、盛り上げるためにですね」
 と、ワインを注ぐレイさん。
「へぇ……楽しそうだな」
 口許を曲げて笑ったアルさんに、ワインを口に寄せてそれを隠しつつ、レイさんは返していた。
「いやぁ、他人事みたいに言ってますけどね。それもこれも、あなた方に巻き込まれたが故でしょうよ? ま、お仲間の皆さんも、自分の冒険譚が誰かの冒険譚を彩ると言う事を知っていた、と言うこともあるんでしょうけれどね。良いことじゃないですか、古きよきMMO」
「おう、レイシュ、飲みすぎだな」
「ピルピルは打ち止めだな」
「おおっと、タンク仲間で、感情移入しすぎましたかね」
 言いつつ、クビー。それに肩をすくめるアルダガー。ダガーさんから差し出される器を受け取って、私は話を戻していい頃合いかね、と、ユリアさんに向かって聞いていた。
「で、シーカーたちは、今までの遺跡の調査結果とかその辺、何か言ってなかったんですか?」
 突然話が戻ってきて、
「そうですねー」
 と、ユリアさんはスプーンを舐めつつ、思い出すように天井を見上げていた。
「みんなは──」
 みんな──彼女の言うみんなというのは、私たちが言うシーカーの事だ。ユリアさんのファミリーネームでもあるシーカーと言う呼び名は、実はテネロパの地下遺跡を研究していた、数十人の考古学者たちのグループ名なのだが──まあ、この辺の話も長くなるのでざっくり言うと──テネロパでチェンジリングとして生まれてしまった彼女を引き取り育ててくれたドワーフの考古学者、フィリップ・バルダザール・シーカーと、その元に集まってきた訳ありの者達との、約二百年にわたる連綿と続く物語が──ともかく、
「もっといろいろな遺跡の情報を持ってきて欲しいと、そう言っていましたね。さすがに三百年の空白を埋めるのには、まだまだ足りないと」
「どんだけ酷使されんの、俺たち」
「大分、いろいろ巡ったけどねぇ?」
 神の住む山の尾根に広がった、高山遺跡。
 大洪水に飲まれて沈んだという、海底遺跡。
 深い深い森の奥、最古の魔力の塔の探索に、猫の鉱石魔神が支配する失われた楽園──もとい、恐るべき孤島の都市遺跡。
 世界中を巡り、ありとあらゆる遺跡を探索してきたが、まだ足りないという……
「まあ、ワールドマップ的には、まだ行ってないとこはあるけどよ……」
 アルさんは言った。
「そろそろ飛空挺とか、そういう奴が出てきてくれねーのかね?」
「遺跡から発掘されるんですね」
 レイさん。
「ノーチラスか、インビンシブルあたりが」
「俺的には、ノーチラスは潜水艦」
「ニューなら飛びますよ?」
「いや、まずは船を手に入れて、改造する流れだろ?」
「つまりエンタープライズ号か」
「うん、多分エルさん辺りが、若い人にはわかりませんね~と突っ込むべき話なんだろうけど、私、わかんないからね」
「若者ぶりやかって!」
 いや、私が一番若いだろうけどよ。
「あ、すみません。年寄りで」
「いや! ユリアさん、そういうことではなくてですね!」
 おい、しゅんとしちゃったじゃねーかよ! どうすんだよ! 見た目は乙女な二百歳が!

 ちいさな都市国家でありながら、隣国との交易の要として発展してきた自由都市、リベオン。
 私たちはこの国の地下に眠る巨大な庭園遺跡にて、鉱石魔神の一種であり、アーオイルのアルケミスト達でも僅かな者にしか与えられなかったという、馬のように従順な小型の竜を手に入れた。
 レイさん曰く、フライングマウントなるその竜は、エルさんのロンバルディアちゃんにそっくりで、「まあ、イベントものなんで」との事だったが、なににせよアルさんはそれを手に入れ、「これで、移動が楽になる」とむせび泣いていた。
 ともかく、リベオンの旧宮廷ハーブ散布官の少女、アーニャにその地下庭園の管理を任せ、留まってもっと研究したいー! とだだをこねる引きこもり属性を拗らせているハーフエルフを引っ剥がし、我々は拠点としていた城下町の安宿へと戻ってきていた。
「さて、となると、次は遂に大陸から離れた遠方の島々か、砂漠を越えた先にあるという、サウルヤ地方の遺跡群か」
 安宿の一階。
 酒場になっているフロアのテーブルに、地下庭園に隣接されていた研究施設から持ち出してきた──盗んできた──古びた地図を広げながら、アルさんはうーむと唸っていた。
「私の心は、癒やしを求めています」
 とは、ユリアさん。
「じゃあ、南の島だな」
「そうではなくー」
 うん、ユリアさんが求めているのは、地下庭園遺跡のような閉鎖環境で、日がな一日研究に明け暮れるような癒やしであろうから、それは置いておく。
「ニケ、南の島の奴がいいなー」
 とは、ニケちゃんだ。
「また海底遺跡があんのか?」
 聞くアルさんに、無意味に続くユリアさん。
「私、泳げないので、前回みたいに遺跡内に空気がないと、死んでしまいますよ?」
「安心しろ、みんな死ぬ」
 置いといて、
「あー、遺跡はね、鍾乳洞の中にあって──」
 と、ニケちゃんが続けると、
「行きましょう。そこに行きましょう」
「引きこもりめ」
 即座に反応したユリアさんに、即座にアルさんが返していた。
「私は遠慮したいなぁ……」
 眉を寄せつつ苦笑するチロルさんに、ニケちゃんが「えー」と抗議するように口をとがらせ、
「ダメだよー、参加しないとー。お約束の水着回じゃんー」
 何がダメなのか……
「水着回ならしょうがないですね~」
 とは、さらにその隣のエルさんだ。ちなみにとてもとても笑顔であるのですが、それはそれで、なぜでしょう。
 一方、男子。
「何で水着?」
「まあ、島のイメージソースがパラオとか、なんかその辺りの感じですからね」
 視線を向けられたレイさんは、エールをやりつつ返していた。
「鍾乳洞付近の砂浜はインスタンス化されますし、プライベートビーチみたいに使う人も多いんですよ」
「なるほど、水着回」
「必須でしょー」
「じゃあ俺ら、浜辺で野球でもするか?」
「なるほど、必須ですね」
 何が必須なのかは、よく解らない。
「またすぐにでるの?」
 ワインを口に当てつつ、私は聞いた。問われたアルさんは地図上のその南の島の位置を確認しながら、視線も向けずに返してきた。
「まぁ、あんまりちんたらやってると、世界が終わっちゃうからな」
「さっさと進めろ、雑魚め」
 と、ダガーさんはソーセージをより分けつつ言う。
「あと半年くれーじゃねぇか? サーバークローズまで」
「ああ……そういえば」
 呟くレイさんに、エルさん。
「そうそう~。ラスト三ヶ月を切ったところで、最終パッチが入るそうですよ~。冥府クエと試練の塔に、最下層と最上階が実装されるとかなんとか~。最高到達者プラス百階が、最終到達層になるそうで~」
「それ、何階くらいになるんだ?」
「六百前後じゃないですかね~。私、今五百弱ですし~」
「はいじんがいるぞ」
「失礼ですよ~」
「そういえば、お兄ちゃんも冥府の王になるんだって、最近は冥府ばっかり潜ってるみたいだよ」
「何してんだあいつ」
「そう言えばニケちゃんは、冥府クエは終わりましたか~?」
「終わったー! イチイの弓が、なんかすごいことになったんだー!」
「ああ、アレ、結局手元に残ったんですよね。武器だけなら、試練の塔三百階も余裕で超えてるんじゃないですかね、アレ。私も見せてもらいましたが、光芒の矢の破壊力が、波動砲。あるいは某宇宙世紀の粒子砲。周りを巻き込み、雑魚を一層するレベルで……」
「アル兄が見ることはあるかなぁ? どうかなぁ?」
「そう、かんけいないね」
「ガラハドー!!」
「若い人にはわかりませんね~」
 はいはい、本家。

 リベオンを後にすべく、私たちは次の旅路のために準備を進めていた。
 目的地である南の島までは飛竜に乗って飛んでいく事になる訳だが、さすがに三日三晩は飛び続ける必要があるとの事で、各人、バーペーキューの具材であるとか、ビーチで遊ぶためのボールであるとか、野球? なるものに使うための木の棒であるとか──まぁ、三日三晩くらいだと普段の冒険者セットで十分なんで、主にバカンスのため──買い出しに赴いていた。
 「海に行くんだから、水着買わないとだよ!」というニケちゃんに、「ビキニアーマーでよくね?」というアルさんが、「わかってないなー!」「わかってませんね~」と野次られたりする一幕を挟みつつ、いや、私も別に……と思っていた所を拉致られ、あわや着せ替え人形に──となる前に、ささっとチロルさんを差し出し、すたこらさっさと逃げ出した。前回の冒険でまたまたしこたま使ってしまった錬成石を買い足しにいかねばならぬ。すまぬ、チロルさん。
 路地裏。ひっそりと佇む、かつてはアルブレストに住んでいたという錬金術師の店で、私は頼んでおいた錬成原石を受け取り、軽くなった財布と重くなったベルトポーチ──実際はマジックバッグなので重さは感じない──を手に、さて、じゃあ皆に捕まらないうちに帰ろうかねと、表通りに出たところで、
「うっはー!」
 えええ!? なに!?
 突然、表通りに出た私を指さし、叫んで、飛びかかるようにして駆け寄ってきたその女性に、うわ! とたじろいだ。
 駆け寄ってきた彼女は問答無用に私の手をとり、
「あなたがあの、『アルさん』の勇者ちゃんスか? マジ? うっわー! 超嬉しいっス! 毎回配信、見てるっスよー!」
 握手というか、なんかものすごい勢いで目をきらきらとさせながら私の手を握り、ぶんぶんと揺さぶってくる。
 えええー? なになになに?
「アルさんは? うわー! 会ってみたいっス! 配信、乗るっスかねー!?」
 ニケちゃんと同じ、名前を呼んではいけないあの種族の彼女は、私を下からきらきら見上げながら、
「いやー、直近の配信が地下庭園だったんで、もしかしたらこの町にいれば会えるかなーと思ってたんスけど、本当に会えるとは思ってもみなかったっスよ!」
「ええっと……」
「ああ、すみません」
 ぱっと手を離し、
「AIとはいえ、勇者ちゃん達には、やっぱ変な接触をしちゃダメっスよね」
 「失敬失敬」と彼女は数歩離れ、続けた。
「自分は、セルフィ・ラアラ。ご覧の通り、エクスプローラーでありんす」
「エクスプローラー……」
 その呼び名を使うのは、私的にはよくない人たちが大半なのだが、彼女は怪訝が顔に出たらしい私に両手を挙げて、
「あー、いやいや。ちげーっスよ! あー、まだそこまでシナリオ進んでないから、エクスプローラーっていうと、アーオイル側の認識になっちゃうんスね! いやいや、私らはナルフローレ側のエクスプローラーで……あっ! ナルフローレもまだ出てない!?」
「ナルフローレ?」
 その単語は聞いたことがある。
「確か、師匠さんの……」
「おー! それ! それっス! そっち側!」
 それはよくは知らないんだが……まぁ、どうやら彼女──セルフィさんと言うらしい──は、敵ではないようだ。見た目は冒険者風だし、今や賢者の石を探す者が世界中にいる中で、ある程度それに精通するような者ならば、エクスプローラーという呼び名を使うのもおかしくはないのかも知れない。
「あぶねぇ……師匠さん達のおかげで、怪しまれずにすんだぜ……」
 何か言ったか、セルフィさん?
「まぁ、アレっス」
 はっはーと笑いながら、彼女は言った。
「ちゃんと握手させてもらっていいっスか? 自分、友達もみんな第一世代の勇者ちゃんなんで、超自立してる第六世代の勇者ちゃんとか、マジめっちゃすげーと思ってて……まぁ、アルさんの配信もアレっスけど、マジファンなんで」
「はあ……」
 よくわからん。よくわからんが……どうやら私は有名人になりつつあるようだ。まぁ、ラーゼン、エル・トゥラ、トゥーディオと、大分派手に立ち回ってきてしまったしな……一部では、賢者の石に最も近い者として目をつけられているという話も聞くし……
 ともかく握手を交わし、「あはは……あの……どうも」なんてやっていると、
「何してんだ?」
 通りがかったアルさんが、私たちを認めて声をかけてきた。
「ああああー!」
 飛びかかるセルフィさん。
「うお!?」
 思わず手を伸ばし、頭を押さえつけるアルさん。素早い反応。まるで解っていたかのような手慣れた動き。
 飛びかかる犬に対するそれのような止められ方をされたセルフィさんは、
「おっほー! マジっスかー!? ナデナデされちった……」
 何やらにへらと笑っている。
「つまりこのまま、アイアンクローをキメてくれと、そういうことか?」
 アルさん。
「いたいいたいいたい! IL差めっちゃあるはずなのに、普通にいたい!?」
 もがくセルフィさん。
「知り合い?」
 聞く。
「いやまったく」
 ぱっと手を離し、アルさんは息をついた。
「おうふ……」
 と、解放されたセルフィさんは頭を抑えてうずくまり、言葉通り、おうふと息をついていた。
「一般プレイヤーにも、容赦ないっスね……」
「大体そういう絡み方してくる奴は、知ってる奴だろうからな。洗礼だ」
「まじスか! ありがとうございまっス!」
「……なんかの宗教?」
「あえて言うなら、勇者ちゃん教かな? 信者数こと、チャンネル登録者数は、最近急激に増えつつある」
 おい、私の知らないところでそういう事をするのはやめろ。
 ともかく、
「今は配信はしてねぇけど、録画はしてる。場合によっては……」
 と、聞くアルさんに、
「もちろんオッケーっスよ! むしろ出して出して! 顔出し声出し、なんならナカ──」
「今回はそういうキャラ、いねーから」
 何かを言いかけたセルフィさんは、頭をぎゅむっと、アルさんの右手に握りつぶされていた。
「いたいいたい! そういう隙間キャラで出演をしようとした自分が悪かったっス! ってか、マジいてぇッス!」
「そういうキャラは、今回は勇者ちゃんの教育上よろしくないからな。共演NGにすんぞ」
「すんません! 以後気をつけまっス! あ、けど、どーなんスかね。第一世代とかはそこまで理解出来ていなかったみたいっスけど、第六くらいになると、そういうのも理解出来ちゃうんスかね?」
「……」
「……」
 何故私を見る。
「うふ」
 セルフィさんの、よからぬ妄想から生まれたのであろう薄ら笑いを、私は半眼で眺めていた。

「よし、まずは何はなくとも」
 と、ダガーさんは、
「バーベキューの準備だな!」
 いそいそと、砂浜でバーベキューの準備をし始めた。
「よってオレは、今日の鍾乳洞ダンジョン探索には参加しない!」
「おい、ローグ」
「ステーキにチキンにスペアリブ……燻製もやるか……忙しいぜ……」
「本業!」
「どちらかというと、こちらが本業では?」
「真理ですね」
 くだんの南の島。
 その浜辺。
 ニケちゃんの教えてくれた鍾乳洞の先にあるという遺跡を前に、私たちは──何故か水着でバカンスと相成っていた。
「ほらほらほら、どうせアバターなんだから、減るもんじゃなしー」
 と、ニケちゃんはチロルさんの手を引きつつ、砂浜へと急ぐ。
「いや、そうはいっても……これ、配信……」
「いいじゃないですか~。サービス回ですよ~」
 「あはは~」と笑うエル様は、私の腕をしっかりと掴んで離さない。何故だ。私たちはこれから鍾乳洞にある遺跡を探索しようという話のはずなのに、何故に私たちは水着を着せられているのだ?
「さすが、エルさんは解っていますね……」
「いいことなのか、それは?」
「一応、チロルさんと勇者ちゃんのはビキニアーマーカテゴリーの奴なので、ILがありますよ。エルとニケのは、IL1ですが」
「オレはいかねーけどな」
「ってか、私ら男子、みんなIL1なんですが? 私、タンクなはずなんですが?」
「え? 俺らは野球回じゃねーの?」
「オレはやらねーけどな」
「人数足りませんし、三角ベースでもします?」
「野球やろうと思うと、レイド組まないといけませんね」
「野球のためにレイドか……アリだな……」
 おい、男子。
「はわー、日光で死にますー」
 水着の恥ずかしさよりも日光の方が脅威な真っ白な肌のハーフエルフは、よよよよとダガーさんの聖域、バーベキュースペースの脇にしつらえられたオーニングの下に早速逃げ込んでいた。
 おい、考古学者。
 お前ら、遺跡探索は?

 広大な砂漠の先。
 サウルヤ地方には、乾いた大地が広がっている。
 昼は干からびるほどの暑さ、夜は凍えるような寒さとなるその乾燥地帯には、遙か昔に起こったとされる大地切断によって取り残され、滅んだ、たくさんの都市遺跡があった。
 その内のひとつ、元々は交易の要として発展していたのであろう巨大な都市遺跡の探索を終えた私たちは、遺丘から少し離れた高台にて、発掘品の選定やらなんやらをしつつ、夕食の準備を進めていた。
 だんだんと冷え込んでくる夜の空気の中、アルさんが発掘品の様々な鉱石をためつすがめつしつつ、呟く。
「で、オルム人って、結局なんだったんだ?」
「上位古代語で、岩とかなんとか」
 温かいシチューを器によそいつつ、ダガーさん。
「その辺、ネリのが詳しいだろ」
「オルム人は、まぁ、アーオイルなんですがね……」
 ネリさんは器を受け取り、レイさん、エルさん、ユリアさんへと回しつつ続けていた。
「厳密には、今のアーオイルの民とは違うんですが……どちらかというとアーオイルとルーフローラの民の中間くらいの存在で……大地切断直後に、当時のアーオイルからすれば蛮族でしかなかったルーフローラの民との交流を持って……いやこれ、私が解説していいんですかね?」
「よくご存じですねー」
 と、シチューの器を手にしたもこもこ──防寒着ばっちりのユリアさん──が後を繋いでいた。
「オルム人はルーフローラの民に錬金術をもたらし、その生活を大きく変えた古代人とされているんですね。考古学的には、アーオイルの遺跡とオルム人の遺跡はほぼ同義なんですが、オルム人の遺跡は、たいていの場合は我々ルーフローラの民の民話や伝承、神話といった形で残されているのが特徴でして……今回のこの遺丘なんかは、私、サウルヤ地方で有名な伝承の、父なる人についての話に登場する彼の地が、ここの事を言っているんじゃないかなと考えているんですけど、その辺、ネリさんはどう思いますか?」
「おお、なるほど。なかなかよい考察ですね。その考え方の場合、ルーフローラの民がフローラの子という呼び名に転換されていく過程の説明については、どのように解釈するんですか?」
「それはですね……」
「考古学談義の時は、流暢なんだがなぁ……」
 シチューを受け取りつつ、ぼやくアルさん。
「いや、あれ、本当はアルさんや勇者ちゃん向けの説明のはずなんですが……」
 と、レイさんは苦笑する。が、私はあんまり興味がない。むしろ今興味があるのは、今まさに私の手に手渡された器の中のシチューだ。これはなんという料理なのだろう……豆と小麦粉を使って、割と時間をかけて作っていたように見えたが……
 気がついたダガーさんが、「おう」と教えてくれた。
「まぁ、ハリームみたいな感じのものを作ってみたんだがな。本当はもっと時間をかけてやるべきなんだろうが……まあその辺、あんまり時間をかけてやってもアレだから、少々手抜きはしている。とは言え、それでも肉は羊系だし、スパイスにもそれなりにこだわっているから、ちゃんとまとまった味にはなっていると思うぞ。ま、各地方の地方色に合わせたメニューを作ってみようっていうシリーズの試算品だから、完成度はまだまだかもしれんがな」
「料理に関する話の時は、流暢なんたがなぁ……」
「なんだ、いらねぇのか?」
「いるます」
 まあ、今回の遺丘探索でもしっかりローグの仕事を放棄していただき、私たちは窮地に陥ったりなんだりもしたわけですが──それはともかく、いただきます。
 と、楽しい夕食を始めようかといったところで──ピリっと走った肌を刺す不穏な危機感。はっと夜空を見上げると、闇を裂いて閃光が数本、私たちの頭上から降り注いでこようかとしていた。
「え!? マジか!?」
 咄嗟、レイさんは立ち上がり、
「ダーク・フレーム・ウォール!」
 暗黒の炎を立ち上らせ、その閃光を闇の中に取り込んで消滅させた。
 ものの、
「ああっ! 私の夕食が!」
 咄嗟に立ち上がった所為で地面にびちゃぁしてしまった器に、大混乱。
「なんてもったいない!」
「しかも、レイシュがエールまで零すなんて!」
「なんたることか! よし、死のう……」
「諦め、早ッ!?」
 なんだかんだ、てんやわんやで私たちは立ち上がり、
「どうする!?」
「飯か!?」
「飯ですね!」
「まずは鍋に戻しましょう!」
「まだ口はつけてねーな!? よし、戻せ!」
「では、ダガーさんは鍋を死守で!」
「たりめーだ!」
 いや……それが最優先なのか? まあ、戻すけどさ……
 ともかく──両手が空いたところで閃光の生まれた先、夜の闇の向こうを見つつ、私たちは剣を抜いた。
 どうやら闇の向こうにいるのは、どこかの国の調査隊か何かのようだ。わりと上質な感じの鎧姿の者たちに、魔法使いっぽい者たち。そして──サウルヤ地方独特のローブを身に纏った、野盗っぽい感じの者たち数十名。
「おお……」
 剣を手に、アルさん。
「どこ所属のエクスプローラーかは知らねぇが、あの身なりと構成的には、お話のできるような相手じゃなさそうだな」
「やるしか?」
「ないだろう」
「ってか、なんか人数多くないですかね、あれ」
 レイさんは剣を構えつつ、背後のネリさんに向かって聞いていた。問われたネリさんは帽子に手をかけつつ、「うーむむむ……」と唸りながら返している。
「確かにちょっと多いですね……レベル等を勘案しても、割とヤバい人数かと……というよりここの襲撃イベント、こんなにタイミング早くなかったと思うんですけどね」
「またなんか、変なフラグを立てているんですかね、この人は」
 と、
「何故皆俺を見る」
 いやぁ……何故だろうね。何故、皆の視線が集まるのだろうね、アルベルト・ミラルス。不思議だね。
「来ますよ!」
 ユリアさんが声を上げた。
 見ると、漆黒の夜空を裂いて無数の──それこそ雨のように数え切れないほどの無数の──閃光が、彼方から撃ち放たれていた。
「あの量は、ちょっと一人では無理!?」
「チロルさんがパーティリストにいて、タンク二人で計算されてるのか!?」
「二人でもちょっとあれはー!?」
 両手剣を手に、レイさんは悲鳴じみた声を上げつつ暗黒の炎を立ち上らせた。しかし、無数の光の矢はその暗黒の炎を易々と突き抜け、私たちに向かって降り注ぐ──よりも早く、
「プロテクション!」
「スピリット・ウォール・シェイド!」
 無数の声が私たちに届いて、生まれ出た光の壁や闇の精霊たちの防壁によって弾かれ、飲み込まれ、消滅していた。
「……え?」
 と、固まる。
 背後から声が、無数の駆けつけるような足音が、聞こえてきていた。
「アルさんと、その勇者ちゃんとお見受けする!」
 五人……いや、十人近くはいるか。駆け寄ってくるのは上質な装備に身を包んだ冒険者達のようで──っていうか、今、私の事を勇者ちゃんって呼んだか?
「助太刀いたす!」
「わー! ホントにいたー!」
「ここであったが百年目!」
「いや、それは共闘しようという側の台詞ではないのでは?」
「あ、アルさん、レイド飛ばしますんで!」
「許諾お願いしまーす! みんな配信OKでーす!」
 わちゃわちゃと駆け寄ってくる冒険者達に、
「え? ああ、いや……いいけど……ってか、もしかして君らが戦闘参加可能距離にいたから、あれ、多勢になってんの?」
 と、アルさん。
「おお……この男、やはり変なフラグを立ててましたね……」
 空を仰ぐのはレイさんで、
「いや、俺のせいじゃないよね!?」
「やべぇな……ハリーム、追加でつくらねぇと……」
「そこじゃないよね!?」
 突っ込み忙しそう。
「ああ、インスタンスイベントではない系の乱入許可が、オンになっているんですね」
 苦笑しつつ、ネリさんは言っていた。
「中盤以降はこの手のイベント、ちらほらありますからね」
 何の話か、私には全く解らんが、
「いや、そういう展開もおもしれーかなって、許可にしてあるけどさ。これ、乱入無かったとしても、相手側って問答無用に増えんの?」
 聞くアルさんに、ネリさん。朗らか。
「ええ、割と」
「シナリオAI、雑ぅ!?」
「あ、戦闘前にスクショしていいですか?」
「勇者ちゃん、握手してください」
「え? ええっと……」
「はい、ピース!」
 ピース。あ、いや、
「いや、あの……」
「来ますよ!」
 混沌とした場に、ユリアさんの声が響いた。
 見れば、先の野盗まがいの軍勢が、闇の向こうから鬨の声を上げて駆けだしてきているではないか。これはもう、問答無用って奴っぽいが……あれ、増えてない?
「そちらさん、リーダーはどなた!?」
 アルさんが叫ぶ。
「はい!」
「私です!」
「……二パーティいたんですね」
「……材料あっかな」
 そこか?
「よし、並べ!」
 腕を振るって叫んだアルさんの声に、
「はっ!」
「わは。役得」
 騎士っぽい若い男の子と、ハーフエルフの魔導師っぽい女の子が、いそいそと駆け寄ってアルさんの隣に並んでいた。そして、「勇者ちゃんもこい!」「いや、よくわかんないけど……」私もそこに並ぶ。
 前線に、並び立つ私たち。
 各々が武器を構えると──アルさんが目配せした先のレイさんが、にやり、いつもの呼吸な感じで笑っていた。
 さて──と、私も剣を握り直す。
「それでは、各々方!」
 そしてレイさんはいつものように、いつもの台詞を言った。
「準備はよろしいか!」
 打って返すのは、こちらもまたいつもの調子のアルさんだ。
「んじゃま──いくぜ!」
「おう!」
「いきましょう!」
「乙女なら……やってやれってね!」
 そして私たち──即席レイドメンバー達は──各々の武器を手に駆けだした。

 サウルヤ地方の西。
 砂漠の民の交易都市、アレッシャード。
 私たちは今、この街を拠点とし、砂漠の民に伝わる数々の民話、伝承に現れるオルム人の遺跡探索を行っていた。
 目抜き通りから一本中に入った屋台が立ち並ぶ夜の市場。四角い石のテーブルについて、そこここの屋台で買ったきた夕食を前に、屋台でわーきゃーしている本日の即席レイドメンバーたちを眺めながら、アルさんは言っていた。
「第六世代のAIって、そんなにレアなの?」
「どうでしょうねえ? まあ、第六世代はアルさんが始める直前くらいに導入されましたし、なかなかレアなんじゃないですかね?」
 乾いた砂漠の町。そこに住む赤の民にのみに伝わるという、少し濁った黒いお酒を嗜みながらレイさんは言う。その隣、エルさんはあまりお酒がお気に召さなかったのか、渋い顔で呟いていた。
「あー、こう……なんでしょう……いや、ちょっと私の口には……」
 もごもごするエルさん。
 レイさんはお酒を舐めつつ返す。
「これ多分、古代エジプトビールを復元させた奴に寄せてると思うんですよね。製法を教えてもらうクエストもあるんですが、酵母の培養工程と、麦汁作りの工程が別クエであってですね──」
「それは五千年前のビールを復元しようとか、そういうクエなのか?」
「福岡のアレ」
 レイさんは笑っていた。
「ってか、普段この世界で飲んでいるエールもラガーも、現代に寄せるためにホップが入ったような味がしていますが、ここの開発陣の無駄なこだわりからして、本当はこっちがやりたかった味なのかもしれないなーとか考えると、なかなか面白いと思いません?」
「いや、何のこだわりだよ、それ。グルートビールくらいでやめとけよ」
「私、ビール派じゃないんですよね~」
「まあ、これはこれで、古代の香りがしてアリだと思うんですけどね」
「俺は好きだな」
「う~ん……」
 うわばみーが何の話をしているのか、私にはさっぱりわからん。
「で、勇者ちゃんの話ですが」
 話を戻しつつ、つまみの、何の肉だかよく解らないものを薄いパンに包んで揚げたものに手を伸ばしながら、レイさんは続けていた。「勇者ちゃんは──」
「第六世代だからなのかは解りませんが、正直、大分私たちの知っている勇者たちとは違う行動をしますし、ぶっちゃけあなたの影響なのか、私達のやったシナリオとも違う、シナリオクラッシャーな行動も平気でしていますね」
「配信の視聴数が多いのも、みなさん、自分のやったのと違う展開で、楽しみらしいですよ~」
 なんだかよくわからない話をしているので、「エルさん、私、別の買ってきますけど、エルさんも何か別のにします?」「ワインがあれば、それを水割りで~」「ファラオの飲み物ですね」
「ってか、そんなん、やりたきゃ新規で作り直せばよくね?」
 と、エールを口に運びつつ、アルさんは言った。「いやぁ……」と、レイさんは苦笑気味に笑って返していた。
「そうは言っても、MMOにおいて時間はキャラクターレベルや財産以上の価値じゃないですか。この世界は終わる世界であるが故、今更ですよ」
 そしてお酒をぐいっと呷り、
「勇者ちゃんのレアリティもそうですが……解ってますよ。私だって長いですからね。こうしてたくさんの皆さんと遊べるのは楽しい限りですが、こう、ちょっと有名になってくると──まぁ、そろそろそういう輩も出てくるでしょうね、と」
 「あ、勇者ちゃん、私は同じのをおかわりで」と、レイさんは立ち上がった私に向かって陶器のカップをひっくり返していた。
「はいはい」
 と、カップを受け取り、私は行く。
「まぁ……」
 エールに口をつけつつ、屋台で盛り上がっている皆を見ていたアルさんをちらり、横目に捉えて。
「俺は気にしないがね」
 言って、軽く口許を曲げるその横顔は、楽しそうでもあって、でも何か、ちょっと思うところがあるようで──私にはその理由はわからなかった。
「ま、いろいろな感情があるでしょうよ。それがMMOですから」
「ま、俺は気にしないがね」
 同じ言葉を繰り返すアルさん達のテーブルを離れ、私はお酒を出している屋台へと向かった。ワインはあったかなぁなどと思いつつ、「すみません」と声をかけた直後、屋台通りの向こうの方で、ずどぉん! と、大地を揺さぶる大きな爆発音がした。
 何事か──と見ると、夜の空を背にし、四つ足タイプの竜のような何かがその向こうに屹立しているではないか。
 なんだあれは。
 と、ぼんくら顔で見ていると、星のそれよりも圧倒的な強さで輝く赤い瞳が、ぎょろり、辺りをなめるように見回して──何故か私と目があった。
 半開きの口の周りで、ちろちろと炎のそれのようなものが踊っている。
 なるほど。これはアレか?
 などと、相変わらずにぼんくら顔で眺めていると、竜はその口から閃光のような炎を、私に向かって一直線に吐き出してきたのであった。
「どーん!」
 と、幾人もの冒険者達が私の前に躍り出てきて、プロテクションやらウォールやらを立ちのぼらせてその炎を弾く。皆、その手には武器ではなく酒や串などを手にしていたりするのだが、まぁ、それはこの際置いておく。
「あれ? ユリアさん、別行動だったんですか?」
 本日ご一緒していた、騎士の男の子が「アレ?」っという感じで聞いてきた。
「え? ああ……ユリアさんは遺跡で見つけた聖櫃について、赤の民の長老に話を聞きに行くって、ネリさんと一緒に……」
 つまり、アレはアレか?
「いやー! なんてこったいですよ!」
 と、向こうから走って逃げてくる人々の中、お馴染みの帽子を片手で押さえ、ハーフエルフの手を引いて駆け寄ってくる、あの魔導士のせいなのか?
「いやー、聖櫃イベントはアルがいないと起こらないかと思って開けてみたら……なんですか、問答無用に発生するんですね!」
「つまりお前が犯人か」
 やってきたアルさん。私の隣で剣を抜く。
「ってか、これ、パブリックで発生してるけど、パブリックでいいやつ?」
「ええ」
 と、やってきたレイさんも続く。
「問題ありません。これはオープンクエストボスと言って、RiftというかF.A.T.Eというか、まああの手の奴で、みんなでばかすか叩く奴です」
 それが何か私にはわからない訳だが……まぁ、「あ、私、パーティー抜けますね? ちょっと私も本気を出して、独りでアレを抱えてみたいんで」と、レイさんは両手剣を担いで、「いきますぞー!」と、冒険者たちと一緒に駆け出していってしまった。
「ふう……」
 息をつき、額の汗を拭うふりをするネリさん。隣では顔を青白くしたハーフエルフが、息も絶え絶え、死にそうだ。
「派手なことすんなよー」
 アルさんに、
「やあ……まあ、いいじゃないですか。今日の配信を見ていた方々も、ちょいちょい集まっていただけているようですし。少々強化されていてもノープロブレムですよ、はっはっはー」
 ネリさんは闊達に笑う。「最悪、私がパーティ抜けてなんとかしますよ。レイシュもいますしね」
 そう言う眼前では、竜がその巨大な尻尾を振り回し、広場の屋台と一緒にレイさん、及び先ほど駆けていった冒険者の皆さんたちを「どーん」と吹き飛ばしていたりするわけなのだが……まあ、見なかったことにしよう。
「おっと、街中からわらわらと集まり始めて来ましたね」
 朗らかネリさん。
「今日の配信見ていた方々には、よいプレゼントかと」
「しかたねぇなぁ……」
 笑うアルさん。
「楽しそうね」
「んなこたぁねぇよ?」
 すらり、私も剣を引き抜き、
「んじゃま……」
「いきますか!」
 それを手に、冒険者たちの中へと躍り込んだ。

 禁断の地とされる神々の尾根の向こうに神はおらず、実際そこには、私たちのよく知る公国や王国がある。
 父なる人も私たちと同じようにこの尾根を超え、その世界にたどり着いたのであろうか。
 そして彼らは、そこから一体どこへと消えたのだろう。空白の三百年をたどる旅は、その終わりに近づいてきている。そんな気がする。
 などと考えながら、高地遺跡の発掘調査を終えた私たちは、公国の息も届かない高地の村、パスエルブへと戻ってきていた。
 パスエルブは、周囲を巨大な山々に囲まれた谷間にあるこぢんまりとした村だ。たいして大きな村ではないのだが、この村を拠点に高地遺跡を探掘する冒険者達によって、村は割と賑わっていた。レイさん曰く、「ここは、最初にランダム生成ダンジョンが実装された所でして、地下10階までしかないんですけど、トークンがでるので、デイリークエで訪れる人が多いんですよね」との事だったが、全く意味は解らない。私に解るのは、この村には村民よりも多くのエクスプローラー達がいて、そして賑わっている、と言うことだけだ。
 そんなこんなな村の酒場で、お酒やら食べ物やらを買い込んだ私とニケちゃんは、皆の待つ村外の空き家へと、てくてく歩いて帰る所であった。
 目的であった最古の石を手に入れた今、拠点として生活してきた空き家もそろそろ引き払う時期だ。春の始まりの少しと、秋の終わりの少し。そのわずかな間にだけこの村に滞在する牧人さんのために建てられた掘っ建て小屋を、私たちはこの村の方と牧人さんのご好意でお借りしていた。まあ、大山猫退治の報酬でもあったりするわけなのだが、誰も居らずに痛むよりは──と借りたものの、実際はアルレイダガーが三日がかりで修繕したので、借りたとき以上に綺麗になっていたりするのだが──まあ、それはそれで置いておく。
 夏も終わりに近づいている。私たちの調査も終わった。そろそろ片付けて明け渡さねばならない。高地高原らしく、立つ鳥跡を濁さずの想いではいるものの──そんなこんなな接点もあって、この村を去る前に高地の牧人に会いに行かねばならなかったりする。村娘の恋文を持って。どうして奴はそういうのに積極的に首を突っ込んでいくのだろうね。面白そうだから? はい、そうですね。
 何はともあれ、掘っ建て小屋へと帰る道すがら、村の中央通りを抜け、入り口近くの門石が祀られた石の祭壇を通り過ぎた辺りで──豪奢な片手半直剣を下げた男二人に道を塞がれ、私とニケちゃんは足を止めて顔をしかめた。
「お前があの、『アルベルトの勇者ちゃん』か?」
 その呼ばれ方をするのは何度目か。ここの所、ひどく多い。まあ、確かに私たちは数々の国で様々な出来事に関わってきているので、それなりに顔が知れ渡ってはいるのかも知れないが……その呼ばれ方は、なんかあんまり好きな感じの呼ばれ方ではなかった。
「いこ、勇者ちゃん」
 無視して、ニケちゃんはすり抜けて行こうとする。
「なんだよ」
 通り抜けようとした私達を呼び止め、
「ちょっとくらい第六世代と話をさせてくれよ。ニケちゃんだっけ?」
 ヘラヘラと笑うその顔は、ひどく不快だ。
 私たちに声をかけてくるエクスプローラーには、端的に言って二種類のタイプがいた。ひとつは好意的な、私たちと冒険を共にしたいと思ってくれているようなタイプの人たちと、そしてもうひとつは、人を小馬鹿にしたような、斜に構え、嘲笑のようなものを滲ませながら声をかけてくるタイプの人たちだった。そして今回は、まさに後者のそれで、戸惑い、ええっと……となっていると──隣のニケちゃんはあからさまな不快に顔を歪ませて、苦々しく返していた。
「分かってるなら話早いですけど、私、中身いますから、あんまり変なコトいうと、ハラスメントで通報しますよ?」
「こえ!」
 男はヒッと、にやけ顔のまま両手を挙げた。
 いやはや……彼女は私の半分くらいの背丈しか無いのだけれど、こういう時にはホント、頼りになる。というか、強い。さすがは歴戦の冒険者。
「いや、分かったよ」
 男はひらひらと手を振って、
「でもあんまり第六世代だからって、古参の反感買うような事はやめたほうがいいんじゃねーの? あんたらのアンチスレとか、ひでーもんだぜ? アンタらのこと、目の敵にしてる奴らもいるみてーだしさ」
「いこ!」
 と、ニケちゃんは私の手を取り、小走りにその場所を離れた。
 ちっと、小さな舌打ちが、聞こえたような気がした。
 アンチスレとか、以前に聞いた晒し行為とかそういったものは、私にはよくはわからなかった。わからなかったが……まあ、私たちの事をあまりよく思ってはいない人たちがそれなりに居るのだなぁと言うことは、理解していた。
 ま、最も賢者の石に近い勇者ちゃんご一行という私たちの通り名は、もしかしなくても、私たちの知らない所で大分有名になっているらしかった。
 うん、是非やめてほしいんだがな。

 パスエルブよりも高地にある、牧人さんが夏の間に村の家畜を飼育するその高原には、透き通った風が優しく吹いていた。
 青い空と揺れる草原を眺めながら石の上に座っていたアルさんは、手にした草切れを振り振りしつつ、つぶやくように漏らす。
「ちゃんと渡したからなー」
 声の先、牧人の青年マルコさんは、振り返りもしない。
 村の酒場の一人娘、クレアさんから頼まれた恋文を「ああ……」と、ちょっと面倒くさそうに受け取ったマルコさん。はてさて、心中はいかがなものかとニヤリングしたかったのだが……どうもあんまり……なようだ。
「牧人ってさー」
 草原に放たれた、牛くらいの大きさの、山羊だか羊だかよくわからない家畜たちが、はむはむと草を食んでいる。マルコさんの相棒の老犬は、草むらの中でうたた寝をしているようで、なんともまぁ、牧歌的な光景。
 その中で、
「牧人ってさー、冬の間は何してんの?」
 アルさんは特に興味もなかろうに、聞いていた。
「まあ……」
 と、マルコさんは振り向きもせずに返す。
「私の場合は下界に降りて、皮剥だとか夜警だとか……まぁ、ましな方ですかね」
「ふぅん……」
 草をふりふり。アルさん。
「でもまぁ、酒場の一人娘を嫁にもらうには、少々難があると」
 ああ、そういう話がしたかったのか。
 私もあまり詳しく知っている訳ではないが、牧人は普通、土地を持っているような農民や、村で生産や商売を営む者たちとは違って、春から冬の始まりまでの長い間、こんな感じの高原や牧草の生えた谷やらを、家畜と共に転々としながら孤独に過ごす職業だ。孤独な旅もさることながら、夜になれば家畜を襲う肉食動物に襲われる危険もある。マルコさんがそれなりに手練れであることは、以前の大山猫退治にご一緒した時に確認してはいるものの、それでも、命の危険が常にある仕事に変わりないだろう。
 そういう意味で、難があるとすれば──
「いっそ、あの村に安住させてもらって、酒場を継ぐとか、そういった展開にはなんねーの?」
 アルさんの言うような選択肢も、ありそうなものだが、
「私は魔法が少し使えますしね……村の皆もそれを知っていますし、私を異端と、忌み嫌う人たちもおりますので」
 と、マルコさんは空の向こうを見つめたままで返していた。
「ほーん……」
「えー」
 私はぐんにょり、石の上のアルさんに向かって言う。
「そんなの、気にしなければいいことじゃないの?」
「お前も、大分俺らに染まってきたな」
「失敬だな」
 魔法使いなぞ、珍しくも……いや、普通に考えれば珍しいわ。そういえばそうだ。私は普通に生活していたあの頃、魔法使いなんて、王宮の偉い人の一部にしかいないという認識だったではないか。
 確かに行きつけの商店の若旦那が、実は魔法使いでしたなどと言うことがあったら……ちょっと怖くて、足が遠のいてしまうかもしれない。
「ったって、パスエルブはエクスプローラーの方が多いくらいなんだからよ。魔法使いが酒場の主人だって、誰も驚きはしねぇだろうよ」
 アルさんは言う。
「エクスプローラーは、そうかもしれませんけれどね」
 振り向いて、マルコさんは苦笑するように笑っていた。
「村に生きる彼女にとっては、そうはなりませんよ」
「そういうもんかねぇ……」
 言って、アルさんは胡座に頬杖をつき、視線を外していた。
 その体が、ぴくっと動いたような気がして、私は横目に、その視線の先を盗み見た。
 草原の向こう、尾根の上。
 黒い、魔道士のような姿をした誰かがいて──ふっと、消えた。

 夜の向こうで、大山猫の鳴き声がする。
 春の始まりに、私たちは巨大な大山猫を討って、高地の安全を確保したはずだった。なのにまた、夜の向こうで大山猫の声がする。
 「なんでいわねぇんだ」とアルさんに詰め寄られ、マルコさんは「いやぁ」と曖昧に頭をかいていた。もしもアルさんが気まぐれに、「キャンプしてく」と言わなければ、彼は秋の終わりに、ちゃんと村に戻ることが出来ていたのだろうか。
「そういうつもりだったのかね」
 ワインの入ったカップを手に、呟く私。
「さあね?」
 と、アルさんは焚き火をいじりながら返していた。
 夜の森。
 大山猫は基本的には森からでない。まれに森から出てきて家畜を襲うそれは、高地遺跡の中で発掘されるような錬成石を食べてしまったか、何らかの形で体内に取り込んでしまって、狂騒状態になってしまった極まれな個体だけだ。
 森林限界にほど近い高原の、低木ばかりの森の中。どこかからする大山猫の声。まだ遠いようだが、いずれは私たちに気がついて、闇が支配する樹上から襲いかかって来るのだろう。まあ、それが狙いでこうして森の中でキャンプなぞをしていたりするわけだが……
 とは言え、襲いかかられたところで今の私たちに大山猫如き、大した驚異ではない。不意を打たれたところで、その爪が私たちに触れられるとも思えないし、ぶっちゃけ、
「寝ててもいいかね?」
 あくびをかみ殺し、私は聞いた。
 アルさんは焚き火をいじりつつ、視線もよこさずに返してきた。
「別にいいぞ。隙だらけの方が、山猫さんも襲いかかりやすいかもしれない」
「うん、でも、寝てるところを頭からがぶがぶされたらどうしよう」
「面白いから見てる」
「是非やめてくれ」
 言って、焚き火から少し離れ、私は外套にくるまって丸くなった。
「今日で片づくかな?」
「まあ……できれば今日片付けてぇよな。ユリアと帝都で合流する約束もあるし」
 焚き火をいじりながらのアルさんの背中に、
「その後は、どこに行くの?」
 私は聞いた。
「そうだな……北限の……最果ての村のさらに北。父なる人が、最後にたどり着いた場所。そんな遺跡があるとかないとか……」
「また寒いところか……」
 呟いて、私は重たくなってきた瞼に抗う事もせず、目を閉じて外套の中で丸くなった。

 ぱちぱちと、薪のはぜる音がしていて、うるさいなぁというほどでもなかったのだけれど──眠りの縁から引き上げられてしまった私は、うっすらと片目を開けた。
 アルさんの背中が見える。
 そして焚き火を挟んでその向こう、誰かがいる。
 黒いローブに身を包んだ、魔導士のようなその姿は、昼にみたあの魔導士だろうか。
「まあ、ちょっとまて」
 アルさんはちくちくと焚き火を弄っている。警戒している風ではない。知り合いだったのか──興味もないので、目を閉じた。
「ほい」
 アルさんは沸かしていたお湯をカップに注ぎ、中に錬成石をぽちょんと入れた。やがて石はお湯に溶け、コーヒーとなって、香り高い湯気を立ち上らせることだろう。
「錬成石のインスタントコーヒーとは」
 受け取りながら、魔導士さんはびっくりしているようだった。
「こんなレシピがあったとはね」
「割とメジャーらしいけどな……まあ、ゲーム的にはなんの意味もない、無駄知識だわな」
「さすが、ログイン時間の三分の一はダベっているというだけのことはある」
 魔導士さんは軽く笑いながらコーヒーを啜っていた。
「お褒めに与り」
 返して、アルさんもコーヒーを啜る。そして──「さて」と魔導士さんは一息つくと、話をし始めた。
「先にも名乗ったけれど、君は僕がこのゲームの開発責任者だと言う話を、どこまで信じている?」
「二割ぐらいかな?」
「割と信じているんだね」
 何の話だろう。私にはよく解らないが、アルさんは笑っているので通じているのだろう。
 アルさんは続ける。
「GMアカウントなら、俺を強制ログアウトさせて監獄にでもすっ飛ばせば? これ以上の証明はないだろ?」
「飛びたいの?」
「品行方正だから、監獄とか、行ったこと無いんだよね」
「うん、本当であっても、君がいうと実に嘘っぽく聞こえるのは何故だろうね」
「何故だろう」
 うん、何故だろうね。
「しかしざんねん」
 魔導士さんは続けていた。
「このアカウントは私物アカウントなんだ。残念ながら、そういった権限はない」
「でも、リビールできないってことは、相当IL高い?」
「まぁ……自慢じゃないけど、当然最古参だからね。やり込んではいるよ。エルさんみたいなトレーサーには負けるけど、ネリくんには負けないんじゃないかな」
「相当じゃねぇか」
「冥府の底は、僕がもらう」
「やめろ、開発者」
 よくわからない話が、ぽんぽんと続く。よくわからないがまあ、なんか楽しそうだ。知り合いという訳ではないようだけれど、ここ最近のいい人やな人のカテゴリーでいえば、いい人側の人らしい。
 警戒ゼロで、私は丸くなった。
 魔導士さんはコーヒーを啜りながら続けていた。
「あ、これ、配信しないでね」
「録画はしてる」
「いや、アップも」
「そんくらいはリスクを負ってもらわないと」
「うーん……ま、いいか」
「いいのかよ」
「いやまあ、僕は君にヒアリングがしたいだけで、こちらから君に何かのアクションをする事はないから。逆に、録画が証明になるかも知れないしね」
 魔導士さんの言葉に、アルさんは笑っている。
「まあ、されても困るんだけどな。プライベートアカウントでもGMの中の人と会ってたなんて知られたら、俺がレア武器でも手にしたら、大変なことになる」
「大分古い話だねぇ……」
「いや、それが判るってことは、大概だぞ?」
「ま、僕も古い人だからね」
 魔導士さんはふふふと笑い、ゆっくり、続けた。
「そもそも、僕も昔は普通にMMOを創っていた身なんだ。だけどもまあ……いい歳になってね。顧問みたいな事もしていたんだけど、それでも、暇だったんだな。それならばと、有志を募ってAI研究の一環として、このゲームを創ったんだ。お金は助成金で」
「ぶっちゃけるなぁ……」
「まあぶっちゃけ、そんなわけだから、全ての勇者のログであるとか、データセットの類は、全て研究用途に使わせてもらっている。君も、利用規約で同意してもらっているはずだよ」
 さっぱり解らんが、
「読んでない」
 アルさんの即答は、まあ、さもありなんな事だったんだろうと、容易に推測できる。そしてそれは、まさにそうであったようで、
「だろうね。普通は読まない」
 魔導士さんも笑っていた。
「じゃ、拒否する? しても、勇者のデータセットは削除されないけど」
「いや、しねぇけど。別にそこまでこだわりは無いし」
「まあ、そんなわけで、君の勇者ちゃんについてだ」
 言って、魔導士さんは私の方を見た。ごろんと逆向きに寝返りをうって、私は二人に背中を向けた。起きてる事がバレると、なんかめんどくさいかなって。
 アルさんも、肩越しに私のことを見ているようだった。
「アレがなんか、他のみんなとはだいぶん違うらしいとは、噂には聞いている」
 なんか、その物言いは失敬ではないかね?
「第六世代はね」
 と、魔導士さん。
「今までの全ての成果が詰まっているから、バリューゾーンの第三世代くらいと比べると、だいぶん違うんだ」
「他の勇者を知らねぇから、アレが特殊と言われても、実感無いんだよなぁ」
 私、アレ呼ばわり。
「そうだなぁ……君のお仲間でいえば、ニケちゃん、チロルさん辺りが第三だね。だいたい、彼女らの勇者をイメージしてもらえば、雰囲気がわかるかな?」
「……え? むぎちゃんとか? え? マジで? みんなあんななの?」
「あ、ごめん。性格的な事ではなくて」
 むぎちゃん? 第三ってなんだ?
 魔導士さんは続ける。
「で、第六だけど、ダガーさんの勇者には会ったことはある?」
「ない」
「第六同士、会わせてみればいいのに……ちなみに、ハーフエルフの女性だったりする」
「そのはなし、くわしく」
 くわしく!
「いや、自分で聞きなよ」
 ぷー。
 まあ、置いといて──
「珍しいとは言え、新規で作れば第六だろ? アレみたいな奴も、たくさんいるんじゃねぇの?」
 アルさんはコーヒーを啜りながら、魔導士さんに向かって聞いていた。
「あ、新規居ないんだっけ?」
「うん。君が始めた頃は、ピークで四桁いこうかなってくらいの、あとは終わりを迎えるだけの世界だったんだけど……君のおかげかね。最近は復帰者や新規も増えて、常時接続数で五千くらいはいるんだな、これが」
「え? マジで? マージンくれてもいいんですよ?」
「炎上したいのか、君は」
「じゃ、欲しいものリスト公開しとく」
「激辛ネタ系で」
「VRだとぜんぜんおもしろくないネタなんだよなぁ、それ……食えないし……いや、それはともかく」
 アルさんは言った。
「じゃあ、それなりに新規も居るんなら、アレが特殊って事もないだろう?」
「結論から言えば」
 そして魔導士さんは言った。
「別に、彼女は特殊ではない」

「全体の数でいうと、第六世代は今、千人前後はいる」
 コーヒーを手に、魔導士さん。
「多くね?」
 アルさんはちくちく、焚き火を弄っている。私はごろん、片目で見つつ、盗み聞き。
「総数ね」
 ぱちぱちとはぜる薪の音に乗せ、魔導士さんは続けていた。
「全アカウントは数十万あるから、全アカウント中の割合からすれば決して多くはないよ。とは言え、古いアカウントは生きてはいないだろうから、割合的にはそれなりかな」
「じゃあ別に、レアでもないじゃん」
 言いつつ、先ほど沸かした湯の入ったヤカンに追加の水を入れ、そこにざばーっと粗挽きのコーヒー豆を入れるアルさん。あれはたしか、レンメルコーヒーとか言うアレだ。曰く、この世界での究極のレシピを模索中との事だったが、粉がなぁ……
 魔導士さんは物珍しげに見つつ、返していた。
「うん。まあ、君たちはほとんどの第六世代がクリア済みなのに、未だにアップデート1にいるっていう、ちょっとしたレアリティはあるけど……」
「我々は通常プレイヤーの1/3くらいの速度でのプレイがモットーなんで……」
 言いつつ、ちくちく焚き火をいじるアルさん。曰く、全ては火加減。
 魔導士さんは変わらずに続けていた。
「まあ、別にそれは人それぞれだけど……ともかく、君たち以外のクリア済み第六世代のデータを解析すると、正直、君たちとそんなに大差はない」
「レアじゃねーんだ?」
「うん。傾向として、第六世代はシナリオAIとの協調動作にかなり大きな裁量が割り当てられていて、バリューゾーンの第三世代とかに比べると、シナリオ展開が豊富、というのは確かだけれどね」
「シナリオAIって、もともと勇者ちゃんと協調動作するんだろ? 第六になって、仕様が変わってんの?」
 私の話をしているようだが、本人は全くついていけていない。何の話?
「基本ベースは変わっていない」
 と、魔導士さん。
「ただ、勇者のAIが発達した事によってシナリオAIが、ここまでは自由にしてOK、と判断する範囲が広がってきているんじゃないかと僕は考えているんだけど……推測の域はでない」
「うん、わからん。簡単に」
 はい。私も解りませんが、ついて行く気もありません。眠くなってきた。
「ええっと……そうだな」
 少し考える風にして呟いてから、魔導士さんは言った。
「君は、割とシナリオ上で選択を迫られたとき、その時点の感情で、俺はこうしたいからこうする、と言ったような選択を行っているように見える。ゲーム的な考え方は、極力無視する。と言ったような」
「誉めてる?」
 誉めてないんじゃないかな。
「コンピューターRPGとしてプレイしていると言うより、TRPGのようなノリでプレイしていると言ってもいい」
 というか、ノリと勢いですよね。
「あー。ああ、わかる。ああ、それはある」
 自覚あったのか。
「いやまあ、それでもストーリー進むしな、これ」
「進まなかったら、そういう選択はしない?」
「一本筋でも、別に俺は気にしない。なんだかんだ言って、合わせると思う。だってこれはMMORPGなんだから、そこに誰かがいる以上、同じになんてならないよ。あ、臭い事言ったな。聞かなかった事にしてくれ」
 それが何かは判らないが、しっかり聞いたので覚えておこう。
「そういった意味では」
 優しい魔導士さんは、流して続けた。
「そういった意味では、シナリオAIはTRPGにおけるGM。そして勇者は、常に君の隣にいる誰かとなって、本当に、唯一無二のシナリオを君たちに提供していると言える」
 え? さっきの話、私も絡むの? からかいネタにすると、自爆する系? 胸にしまっておこう。
 魔導士さんはコーヒーを口元に運びながら、笑うように言っていた。
「うん。僕のやりたかった事が、ストレートに伝わっているようで嬉しいよ」
「ぶっちゃけ、あの頃の夢を捨てられないロートルだよね」
「誉めてる?」
「もちろん」
 たぶんね。

「で、実際にデータ的な事を言うと」
 静かな夜の森。
「やはりみんな、同じ物語を紡いでいる訳ではないんだ。データ的に見るとストーリーラインは同じでも、やはり、中身は結構違う」
 ぱちぱちとはぜる薪の上、しゅっしゅっとヤカンが湯気をあげ始めている。
「その振れ幅が、第六世代は非常に大きい?」
 じっとヤカンを見つめつつのアルさんに、思わずつられて注視している魔導士さんが、
「うん。まだ、全データの解析が終わったわけではないけどね」
 少し声のトーンを落としながら続けていた。
「しかしながら、君たちは特殊ではないとは言ったけれど──君たちはその振れ幅が異様に大きい、というデータは出ている」
「それを特殊と、世間では呼ぶんだぜ?」
「呼ばれたいの?」
「そういう自覚はない」
 言いつつ、ヤカンに手を伸ばすアルさん。タイミングを見計らっているようだ。
 魔導士さんもじっと見つつ、
「これは一つに、さっきも言ったように君がシナリオAIも含むシステム全体に対して、TRPGのGMとPLのような関係を意識してプレイしているから、というのもあるんじゃないかなと思っているんだけど、その意識はある?」
「あるよ。けど、この物語の主人公は勇者ちゃんで、俺は名も無きNPC」
「その辺もあるのかも知れないな……それともう一つ、大きな要因ではないかなというのが」
「とう!」
 突然ばっと動いてヤカンを火から下ろし、「ふー」
「沸騰させすぎると、香りが落ちるからな」
「へぇ」
「で、なんだっけ?」
「ああ」
 一瞬面食らったようだったが、居住まいを正し、魔導士さんは続けた。
「君たちが特殊かもしれないという原因の話だけれど、それは、君の周りの皆が高レベルすぎる、というのもあるかも知れないと思っているんだ」
「まあ、そうだな」
 ヤカンを焚き火の脇に置いて、火加減をちくちく調整しているアルさんは、話半分。
「まあ、環境的要因はあるかもしれんね」
「レベルシンクが掛かっているとは言え、常に上限マックスでストーリーが進行していくから、割と詰みじゃないかな? という展開が起きても、君らは無理やり話を進めていってしまう。そして君らはそれを、ノリとか勢いと呼んでいる」
「すみません」
 ごめんなさい。
「エル・トゥラのアーオイル戦なんて、本来勝てる相手ではないから、勝てるパターンなんて僕は考えていなかったんだけれど、なんやかんやで落ち着けてしまった。代償としてたまご石を使ってしまったという件については、僕もこの後、あれが必要になったときにどのようなシナリオ展開になるのか、全く見当もつかないんだけれど……」
「マジか。クリア不能とか、マジ勘弁なんだが」
「でもあれ、ネリくんはちゃんとアルフに言わせてたからなぁ……シナリオAIが認めている以上、なんとかしてくれるとは思うけど……保証はしない」
 何やら難しい話をしているな。たまご石の件は、そういえばネリさんが後で絶対に必要になるとか、予言めいたことを言っていたが、まあ、先のことなどわかるめい。あれは私の所為ではないと言うことにしておく。
「そういう時って、GMというか、運営としては、対処してくれんの?」
 ベスポジを見つけたらしいアルさんは、手にしていた枝でヤカンをこちんと叩き、満足げに頷いてから聞いていた。
「これがまた難しいところで……」
 苦笑するように、魔導士さんは返す。
「勇者はAIなもんだから、学習データやその他のいろんなデータの整合性の関係で、簡単にはデータをいじれないんだよね」
「あ、そうなの?」
「基本的に出来ることは、勇者が寝たタイミングで出来るチェックポイントへのロールバックくらいなんだけど……あのタイミングに戻そうにも、君の勇者ちゃんは他の勇者たちにもそれなりに影響を与えているから、単純にロールバックさせる事も難しい。本当にやるなら、時間をかけて整合性を保つように戻すかだけど……多分、そんなに時間をかけていたら、このゲームは終わってしまう」
「ええー……」
 ええー、何言っているのか、さっぱり理解できないんだがー。
「運営としては、ロストさせてしまう案を提案するんじゃないかな?」
 魔導士さんは眉を寄せて苦笑していた。
「学習データから他の勇者の情報をカットして、別人格として認識されるようにしてロールバックするとか、それくらいしか、方法はないかもしれない」
「さすがにそれは、別人になっちゃうなぁ」
「いやかい?」
「嫌というか、まあ……嫌だな。相棒が居なくなるっていうのは」
 私?
「そこは深堀して聞いた方が、今後の研究の為になるのかな?」
「なんないよ、所詮はゲーム」
 ん?
「どこまで本気?」
「割と」
 アルさんは笑う。
「だがまあ、臭いことを言えば──釈迦に説法だろうけど──MMORPGっていうのはさ、そこに人がいるから、たかがゲーム、されどゲームなんだと、俺も思うよ」
 それはいつか、あの森で見たアルさんと同じような感じで──だからと言うわけでもないけれど──私は目を伏せ、丸くなった。
 寝よう。

「僕は、君の配信を楽しみに見ている一人だが、ファンである以前に、開発者として、君に聞きたい」
「どうぞ」
「君は、勇者ちゃんを、一人の人間と同じように、相棒として見ているの?」
「もちろん」
「この世界が、所詮ゲームであっても?」
「されどゲームだから」
「じゃあ……これはファンとしての質問だけれど、君は、君の勇者ちゃんに、好意を抱いている?」
「もちろん」
 ぶっふー!?
「え? それ、言っちゃうの?」
 いやいやいやいや、まてまてまてまて。何言ってんだ、おめー。
「ファンサービス。または好意の返報性」
「これはひどい」
 おう、これはひどい。
 思わず目が冴えてしまったじゃないか。何言ってんだ、おめーは。
「じゃあ逆に、プレイヤーとして開発者に聞くけど」
 アルさんは笑う。
「そうなって欲しくて、AI勇者と旅する物語なんてのを、創ったんじゃねーの?」
「僕はね、古い人間だからね。MMORPGが好きなんだよ。だけれどMMOはもはや流行らない。MOが当たり前になって、実際、このゲームもMO要素が強いけれど、それでも僕は、君が言ったように、そこに誰かがいるからこそ生まれる唯一無二の物語を、MMORPGに求めているんだ。あ、これ、ローンチの時に受けた取材で言った台詞そのままね」
「最後の台詞がなきゃなぁ……」
「まあ、プレイヤーたちが楽しんでくれるのが一番さ」
「楽しんでるよ」
「ありがとう」
 笑いあうような空気。そして──
「じゃ、アルベルト・ミラルスとして、この世界に生きるエクスプローラー同士への質問だけど……」
「どうぞ」
「この後、時間ある? アレ、起きそうにないんだよね」
 いえ、起きてますが……起きたくないです!
「ま、いいよ」
 魔導士さんは笑っていた。
「大山猫討伐の二回目だっけ? 二匹出るんだよな……アルさん抱えてね。僕は装甲、紙だから」
「マジかよ、サイテーだな」

 北限の村のさらに北。
 一日のほとんどを夜が支配する、世界の果てのさらに果て。
 絶え間なく吹きすさぶ吹雪の向こうの、そのまた向こう。
 その遺跡はあった。
 継ぎ目一つないなめらかな壁面を持った長方形の箱を、そのまま斜面に突き刺さしたかのような不思議な入り口が、闇が支配する吹雪の中で弱く光を放っている。おそらくミスリルで作られているのだろうその遺跡への入り口は、闇の向こうでゆらゆらと、私たちを待つわけでも、拒むわけでもなく、ただ、淡い光を放って揺れていた。
 固く閉ざされたミスリルの輝きを放つその扉には、上位古代語で短なメッセージが三つ、彫り込まれていた。
 ユリアさんはそれを無言で書き写し、終わると私たちに向けて合図を送った。さて、と、アルネリダガーレイシュの男メンバーが扉の前に立ち並び、アルさんが手にしていた錬成石をかざして扉の封印を解くと、目配せといつもの呼吸でタイミングを合わせ、力いっぱい、それを押し開けた。
 空気が流れる。
 三百年の時が、その向こうから流れ出してくる──そんな気がした。

「中、あったけーのな」
 入り口から少し進んだところで小休止をとっていた私たちの中、アルさんが言った。
「いや、暖かいと言っても、多分マイナスですけどね」
 とは、ふうと息をつくレイさんだ。
「とりあえず、いったんここで態勢を整えましょう」
 と言う周りでは、ネリさんがメインとなる魔法の光源を生み出していて、光の下、ユリアさんが先の書き写した短文を訳している。
「間違いありませんね」
 もこもこに隠れていても、確かに判る。その声が踊っている。
「アーオイルとオルム、その終結の地。全てが眠る場所。いつか来る、フローラの子ども達へ」
 訳した三節を、ユリアさんは口にしていた。
「どういうこと?」
 ハテナなアルさんが皆を見回す。「つまりですね」と前置きをして、ユリアさんは続けていた。
「我々が推測したように、やはりこの場所はオルム人が最後に訪れた地であり、その叡智の全てを、後のフローラの子ども達に託すために封印した場所である──と言うことです」
「ってことは」
 アルさんは目を丸くし、それを口にしていた。
「ここに、賢者の石があるってことか?」
 問いに、大きく頷くユリアさん。
 そして──他の仲間達は何も言わず、「さて」と、
「エルさん、支援魔法をお願いします」
「念のため、聖闘士宣言の申請対象、エルさんに変更しておきますか?」
「チロルさん、いつの間に300階フィートを……」
「レベルは98なんですけどね」
「え~っと……今、対象はむぎちゃんですよね? それをやると元に戻すのがしちめんどくさいので、最後の最後にとっときましょ~。その代わり、錬成石使って支援をかけちゃいますね~」
「おい、ニケ。おまえ、Dexいくつだ? ここはトラップねぇから、オレの指輪使うか?」
「ロード・オブ・ローグ!? マジでー!? 使うー!」
「私もここは真面目に、両手杖でも使いましょうかねぇ……」
「おい」
 皆を見回し、アルさんが言っていた。
「何マジになってんだ?」
「そういうことですよ」
 返すレイさんに、どういうことだよ、わかりたくねーよと、私は苦笑した。

 しんとして冷え切った通路を奥へと進むと、同じようなミスリルの扉があった。外の入り口にあったのと同じようなレリーフがこちらにも掘られていて、ところどころ霜が降りている。「罠はないぞ」と、見ただけで言ったダガーさんに、わっとユリアさんは小走りに近づいていく。
「ふんふん……なるほど……」
 レリーフや上位古代語を、かぶりつくように一通り見て、
「うん、ここですここです! この奥です!」
 扉の前、腕を大きく広げて言った。
「こここそがまさに、オルム人の叡智の全てがつまったアーカイブ。フローラの子ども達に残された、世界の全てが眠る場所です!」
「これで開くのかね?」
 錬成石を手にアルさん。
 最古の石。
 青くゆらゆらと揺れるように弱く輝くその石を手に、アルさんはゆっくりと扉に近づくと、そっとそれを扉の中心部分にかざした。
 何事か、上位古代語が聞こえてくる。私には解らないが、ユリアさんは興奮したままなので、それほど不穏な事を言っている訳ではないのだろう。いや、興奮しすぎていて聞こえていない可能性もなくはないが。
 開いた扉の向こうに飛び込んで、ユリアさんが「わあ!」と、歓喜の声をあげていた。
 私たちも続く。
 扉の先は魔力の塔の中心、セントラル・キャビティのような円形の造りをしていて、そしてその壁面のすべてにびっしりと、全ての叡智が詰め込まれていた。
「なんだこの、古代図書館みてーなのは」
 感嘆の息を漏らしながら、アルさんは辺りを見回す。
 揺れる灯火石の光が届く範囲のその向こうにまで、すべての壁という壁に棚がしつらえられていて──そこにぎっしりと、本や木箱のようなものが収められていた。
「まさかこれ全部、錬金術に関わるものなの?」
 見回しながら、私は手近な棚から本を引っ張り出して開いてみた。上位古代語で埋め尽くされたその本の内容は、私にはさっぱり理解できなかったが、ところどころの挿し絵をみる限り、やはり石に関する記述のように思えた。
「四大元素に関する錬成石の記述のようですね」
 私の手元を覗き込みながら、ユリアさん。
「おそらく」
 と、私が本を取った棚の隣におかれていた箱を取り出し、
「ああ、やはり」
 と、中からいくつかの石を取り出していた。
「おそらくこれは、その本に記述のある錬成石と、それを作るために必要なマテリアかと思います」
「説明書と素材がセットなのか!」
 ほうと唸るアルさん。
「じゃあ、もしかして錬金術で生成できるものの全てが、ここで試せる?」
「ぶっちゃけて言ってしまいますと」
 レイさんが言っていた。
「ゲーム的に錬金術で創れるものの全てがある訳ではないんですが、錬成石でいえば、ほぼ全てがここにありますね」
「マジか! ネリ、俺にトランスレイトを!」
「いや、どんだけあると思ってんですか」
「えー」
「大丈夫です。私なら、百年くらい余裕です。しかも普通に、上位古代語も読めます!」
 ユリアさん。何が大丈夫なのかは知らない。
「ちなみにさらにゲーム的な事を言ってしまいますと」
 レイさんはアルさんに耳打ちしていた。
「九割以上はすでに解析されていますんで、まとめを見た方が早いですね」
「情緒ねぇなぁ……」
「ともかく」
 ふんと鼻を鳴らし、ダガーさんは笑っていた。
「さっさと最奥に向かおうぜ?」
 見下ろすセントラル・キャビティの奥に、光は届かない。

 塔の内壁を螺旋状に降りながら私たちは進んでいく。
 時折ダガーさんやネリさんが立ち止まって、「アル、あの箱開けていいか?」とか、「あ、私、あの錬成石欲しいんで、貰っていっていいですか? 五十個必要なんですよね」などと、叡智をちょいちょいとちょろまかしていく一幕などもあったりしたわけだが、まあ、取りあえずそれはそれで置いておく。
 どれくらい降りただろうか。
 最下層はフラスコの底のように広がっていて、螺旋階段はその途中でぐるっと一周回って、底にたどりつく前に途切れていた。
「飛び降りんのか?」
 下を覗き込み、アルさん。
「ちょっと高いな」
「フォーリング・コントロールで降りるのが定石ですが、皆さん、準備はよろしいですか?」
「いきなり戦闘とか?」
「それはないですが……まあ」
「行けば判るか」
 欄干で錬成石を割り、アルさんはひょいと飛び降りた。はいはいはいと私たちも続く。フラスコの底のような最下層の空間は思った以上に大きく、広く、ちょっとした建物ならすっぽりと収まってしまいそうな大きさであった。
 空中を半分くらい、ゆっくりとゆっくりと下降していった辺りで、ぱっぱっぱっと、天井にしつらえてあった大型の灯火石が光を放ちはじめた。
 眠りをもたらしていた闇が消え、光に、その場所が露わになる。
 最奥の中心には、巨大な魔法陣のような不思議な紋様が描かれていた。よくある魔力の塔の最下層と同じような、わずかに光を放つその場所へ、私たちはゆっくりゆっくり下降していく。
 そして──そこへ一人、誰かが私たちを見上げながら静かに歩み寄ってきていた。
 地面に足が着くのと、その人が立ち止まるのと、ほぼ同時だった。
 魔法陣の中心とその外周の外。一息で詰めるには少し遠い、しかしながら声は十分に届くような、近いとも遠いとも言えないような距離で、私たちの前に現れた若い男性のように見えるその人は、落ち着いた声で言った。
「ようこそ、フローラの子ども達」
 「ふむ」と唸り、アルさんは返す。
「俺たちをそう呼ぶってことは、そちらはアーオイルさんか?」
 言いながら、左手は剣に手をかけている。抜きはしないが──
「僕はアーオイルじゃない」
 その人は笑って返した。
「ましてや、オルムでもない」
「おっと、じゃあ、俺らと同じ、エクスプローラー? ってわけでもねぇんだろ?」
「そうだね」
 柔和に微笑んだままで、その人は続けた。
「そもそも、この地はずっと封印されていたんだ。普通の人は何百年もこんな場所で一人、生きてはいけないんじゃないかな?」
「え? なんで私、指差されてるんですか?」
 まあ、私とアルさんに指差しされているエルフは置いといて、「え? え? なんで?」
「僕は──」
 その人、のようなものは言った。
「僕は、オルムによって造られたホムンクルス。いつかこの場所を訪れるフローラの子ども達を試すために、ここに居続けた」
「さて」
 と、レイさん。
「まずは私が抱えますかね。チロルさん、スイッチのタイミングは任せます。三ローテぐらい?」
「了解です」
「はいはい~、最後のバフしますよ~。集まってくださ~い」
「ニケ、開幕ぶっぱしていい?」
「デバフ、のらねーんだよなぁ」
「魔法耐性も高いんですよねぇ、ホムンクルス」
 みんなが、なにやら動き出している……
「めっちゃやる気じゃねぇか」
 肩越し、背後の皆に聞くアルさんに、
「まあ、仕方ありません」
 レイさんは応えて返した。
「ま、お気になさらず。ここはホムンクルスさんのお話を聞いてあげてください」
「あれは、本当にホムンクルスなんですか?」
 とは、ユリアさんだ。
「最高位のアルケミストは人を錬成する事すら可能だったとは伝え聞いていますが……フラスコの中から出すことはかなわなかったと……」
「あー、だからここ、フラスコ型なんだ」
「え? そういうことなの? ありなの? それ」
「いや、しらねーけど」
「ここにたどり着いたと言うことは」
 錬金術によって錬成された人造人間であるところのホムンクルスさんは、言った。
「君たちの錬金術に関する知識と探求心は、本物であると認めよう」
「いや、それはこいつが大部分を占めてると思うんだが」
 指差しされたエルフのユリアさんは小首かくん。「はい?」
「まあ、俺たち的には賢者の石を探してはいるんだけど、それは別に欲しいからじゃなくて、こいつの親父さんを探しているからなんだよな」
「こいつ呼ばわり」
「一応聞くけど、ここにそんな人、来てないよな?」
「そりゃあ、ないでしょう」
「封印されていたんだしねー」
「この地が封印されてから三百年。君たちが初めてここを訪れた者だ」
 言いながら、ホムンクルスさんは腰の剣を引き抜く。
「最後の試練は、君たちの力を計る。オルムの叡智は、アーオイルのようにその在り方すらも変えてしまう程のものだ。力無きもの、心無きものには、それは大きすぎる」
「おおっと」
 すらり、それに応えるようにアルさんも剣を引き抜いた。
「アルケミストの知識や探求心なんかには興味も自信もないが、やるってんなら、やるぜ?」
「ええー」
 不満そうに唸るのはレイさんだ。
「あの、もうちょっと積極的にからみません? ついに賢者の石にたどり着こうかという話で、なぜアーオイルがオルムの叡智によって道を違える事になったのかとか、いかにして巨人が生まれ、大地切断に至ったのかとか……」
「興味がない!」
「私、あります!」
 ユリアさん。即答だったな……
「よし!」
 打てば響く。ので、
「じゃあ、俺は特に興味はないが、ユリアが望むなら、長い旅を共にしてきた仲間だ! この剣でひとつ、その願いを叶えてやろうじゃねぇか!」
「よろしくお願いしまっす!」
「おう!」
 うん、アルさん、啖呵を切ったけれどもさ、
「適当でしょ?」
「うん」
 仕方がないので、私もすらりと剣を引き抜いた。
「あ、そうだ。戦う前にひとつ聞きたい」
 左手をあげ、ホムンクルスさんを制し、アルさんは聞いた。
「単純に興味なだけなんだが、聞いていいか?」
「なにかな?」
「ここに全ての叡智があるってんなら、君の──つまり、ホムンクルスの造り方も、ここにあんのかな?」
「なんでそんな……」
 前に出て剣を構えつつ、レイさんは苦笑。
「ホムンクルス、造りたいんですか?」
「賢者の石ではなく?」
 と、ホムンクルスさんも首傾げ。
「うん」
 そして大真面目に、奴は言った。
「賢者の石の作り方は、この世界的にどうやんのかだいたい判っているから、別にいいんだ。けど、ホムンクルスの造り方は今までに全然出てきてなかったからな。マジで気になるんだ。俺的知識で言うと、ホムンクルスを造るには──」
「やめてください~」
 止めるエルさん。
「ニケ、全然気にしたこともなかったけど、ホムンクルスって、どうやってつくるの?」
 ハテナと、首を傾げるのはニケちゃん。
「ええっとですね……」
 ユリアさんは向き直り、その知識を、
「はいはい~、私の左手がすべてを巻き込んで開幕ぶっぱする前に、本筋に戻りましょうね~」
「え? ホムンクルスの造り方の話では?」
「はいはい、誰か、ユリアさんを止めて差し上げろ」
 ぱんぱんと手をたたきつつ、レイさんは言う。けれど積極的に止めはしないのは何故だろう。
「ええっと、ホムンクルスですが、その造り方は諸説あるんですけどね。一番有名なのはですね──」
 と言うことで、
「ぶー!」
 ニケちゃんが盛大に吹き出したわけだが、私は何も聞かなかった。
 ホムンクルスの造り方?
 そんなものは知りません。
 そんなこんなで、エル様の微笑みを背中に受けながら、
「さて」
 笑うアルさんは言った。
「んじゃま、全ての叡智を手に入れるためにも、本気でいくか!」
「最低な叡智だな」

「さて、では、いざ尋常に」
 大剣を振るい、レイさん。
「勝負!」
 発声と共に一気に間合いを詰め、暗黒の炎を纏った一撃をホムンクルスへと叩きつける。
 受けて立つホムンクルスはその細い剣を振り抜き、大剣諸共、暗黒の炎を打ち返していた。
 ばしん! と強烈な閃光が走り抜け、
「おおっ!」
「プロテクション!」
 閃光に反応し、チロルさんがレイさんの前に光の壁を生みだす。ばぁん! 光と光がぶつかり合って弾け、巻き起こった突風に私たちは足元を確かめた。
「こりゃやべぇですね!」
 大剣の重心を利用しながら体勢を立て直し、レイさんが声をあげていた。
「なんか、ホムンクルスさん、めっちゃ強くないですか!?」
「開幕ぶっぱ!」
 ニケちゃんが弓を構え、その目を金色に輝かせ、
「ライトニング・キャノン!」
 引き絞った弓に生まれた極太の光を、ぼっ! と撃ち放った。
 目眩がするほどの猛烈な光に空間が捻れ、ホムンクルスさんが飲み込まれ、
「やったか!?」
 あえてのダガーさん。
「追撃!」
 そこへネリさんが氷の槌、「フロスト・ハンマー!」を二つ、叩き落とす。
「やったか!」
 あえてのアルさん。
 しかして──
 足元を冷気が流れていく。
 砕けた氷の破片が、減衰する光の中、きらきらと音を立てるように舞い散っていた。
「なるほど」
 ホムンクルスさんが唸った。
「これは、本気を出しても良さそうだ」
 冷気の中心で、首を鳴らしながら笑う。
「なんか、めっちゃ強キャラ演出?」
「いや、実際、めっちゃ強いんですけどね」
 アルさんの声に、苦笑を返しながらのレイさんが続いていた。
「しかし、粒子砲と100トンハンマー二連撃を食らっておきながら、対してダメージも受けていないような演出とは……」
「いやいや、これはかなりですね」
 ネリさんは聞く。
「アル、質問ですが、シンク前レベル計はいくつになってますか?」
「ん? おう、ぴったり700だ! キリがいいな!」
「それは……フルパーティは792が最大のはずなんですが……」
「おやおや~、みなさん、強くなりましたね~」
「ちょっと待ってください。私、エルさん、ネリさんが99。チロルさんが98。そこのコンビはキャップで60なのは確定」
 頭を抱えながら、レイさんは言っていた。
「ということはですね、ニケさんダガーさんが、合計180はあるはずなんですが……90?」
「オレ、86」
「お前いつの間に!?」
「ニケ、99だよ?」
「ぶっはー!」
「……抜かれちゃったなぁ」
「お兄さん、ちゃんと教育してください!」
「しりません」
「おのれ学生め!」
「いいかな?」
 ホムンクルスさんは言う。
「よくない」
 アルさん。即答。
「じゃ、行くね」
 言って、ホムンクルスさんが剣を振るった──次の瞬間、アルさんの目の前で火花が散った。遅れて、ぎいん! と、金属のぶつかり合う音が響いた。
「よく受けたね」
「いや、マジ、今のは死んだかと思った」
 つばぜり合いの向こうに、アルさんは笑っていた。
「散開!」
 レイさんの声に、私たちは円形に散って距離を取る。
「こいつ、マジで強い?」
「ええ、マジで強いですよ? ただまあ……」
「あわあわあわわ」
 と、慌ててユリアさんが壁際に離れて行くのを、ホムンクルスさんは笑って見ていた。
「悪い奴ではないので、制限時間内に倒せるかどうかが、この戦闘の全てですけどね」

「むう……」
 アルさんは唸る。
「紳士的なのはとてもやりやすいのだが……」
「よーし、ネリ! いくぞ!」
「合点!」
 駆け出すダガーさんに、ネリさんの詠唱。
「フロスト・ノヴァ!」
 縦横無尽に地面を駆けた氷の軌跡が、ホムンクルスの足を捉えた。
「おっと」
「いただき!」
 死角に飛び込むダガーさん。逆手に構えた短剣を順手に直し、
「ブラック・ブロウ!」
 足を止めたホムンクルスへ、無数の斬撃を浴びせかける。
「往生せいやぁ!」
「これは……」
 などといいつつ、ホムンクルスさんは片手の剣でそれをいなし、
「ふん!」
 と、返す刀でダガーさんを下段から斬りつける。
「マジか!?」
 斬撃を左の短剣で弾き、右で突きを繰り出すダガーさん。それを半身でかわし、勢い、回し蹴りでダガーさんの頭を狙うホムンクルスさん。
「うお!」
 と、ダガーさんはバック転でかわし、
「ニケ!」
「アローシャワー!」
 壁になっていたダガーさんの背中の向こうから、ニケちゃんが光の矢を雨のように撃ち放った。
 さすがにこれはホムンクルスさんもかわしきれず、光の雨に呑まれたけれど、
「おお……今のは効いたなぁ」
 光が収まったその向こうには、対してダメージを受けた風でもないホムンクルスさんが、笑って立っていた。
「いいコンビネーションだ」
 言い、たっ! とダガーさんへと詰め寄るホムンクルスさん。
「おおっと!」
 と、レイさんが間に割って入り、両手剣で細剣を受け、暗黒の炎を立ち上らせた。
「とらえましたぞ!」
 左手から打ち出した炎が、ホムンクルスさんの腕に絡みつく。
「おっと」
「ふんぬ!」
 気合一閃、レイさんは炎を纏った大剣を大上段からを振り下ろす。
「ヴァルキーリア・スクード!」
 しかしホムンクルスさんは剣を打ち上げ、それを弾いた。
「弾くだと!? しかも片手で!?」
「暗黒の炎には、とらわれたくないなぁ」
 言い、後ろ跳びに距離を取ったところから、ホムンクルスさんは複数の斬撃を次々と撃ち放っていく。
「ふぬ!」
 飛んできた斬撃を受けるレイさん。「一撃は大したことないのに、数が!」と、大剣を器用に振り回し──「ウボァー!?」「手数で来られると、暗黒騎士は弱いですね~」
「スイッチ!」
 言って飛び込むチロルさん。左手には盾。「はあっ!」と、ホムンクルスさんの足を止めるように槍で突き、剣を盾で受けていく。
「ちまちま削りますかねぇ」
 生まれる小さな隙に、ネリさんが氷の槍を単発で打ち込んでいくが、
「いやぁ、ミリでしか減っていく気がしませんねぇ……」
「お兄ちゃん、ニケ、チャージぶっぱするから、ちまちま削ってー」
「それが無難ですかねぇ」
 とかなんとか。兄妹が奮闘している戦線の後ろでは、
「では、この隙に体勢を立て直しましょう」
 エルさんの回復を背中に受けながら、レイさんが言っていた。
「なお、覚悟はしていましたが、私はめっちゃ相性が悪いようなので、あまり役には立ちません」
「言い切りましたね~」
 ほわんほわんとエルさんは続く。
「ホムンクルスさんはプレイヤーのスタンスと同じクラス編成になるので、パーティーでやると相性が悪い場合には、ただ強化されるだけになっちゃうんですよね~」
「つまりアレはソレか」
「ですね~」
「ただでさえ、480レベル想定に、700だからな」
 と、やってきたダガーさんが言う。
「足止めならオレでもできんだろーが、一撃貰うと、オレじゃヤベーしなぁ」
「ディボーションをチロルさんにかけてもらうくらいなら、チロルさんが盾した方が早いですしねぇ」
 前線ではチロルさんが器用にホムンクルスさんの剣を捌き、後ろからネリさんニケちゃんが遠距離攻撃をぱしんぱしんと撃ち込んでいる。時折聞こえるどぉんという奴は、おそらくチャージされた波動砲。
 前線から視線を戻して、
「暗黒騎士には、そういうスキルねぇの?」
 問うアルさんに、レイさん。さらり。
「暗黒騎士は、孤独に戦うものですよ?」
「ぼっち?」
「大きく外れてはいませんが……いやまぁ、私が本気を出してダークソウルをリミットブレイクすれば、ホムンクルスさんの本気を出させるくらいは訳ないと思いますけどね」
 ふふんと、レイさんは胸を張って言い切った。
「しかしその後、私のMPは0になるんで、私は黒いでくの坊になります」
「よし!」
「えー? せめてフェーズ2まで頑張りません?」
「じゃ、チロルさんに聖闘士宣言してもらうか?」
「それは最後の手段で~」
「聖闘士宣言、10秒毎に生死判定ですからねぇ……まあ、その分、めっちゃ強いんですけど」
 回復を終え、レイさんはコキコキ、首を鳴らしながら言った。
「まあ、ここは正攻法で、アルさん」
「なんじゃ?」
「あなたの弱点を教えてください」
「そんなものはない」
「言い切ったぞ、こいつ……」
 言い切ったな、こいつ……
「いや、なんで弱点?」
 私は聞いた。
「いや」
 レイさんはホムンクルスさんを見つつ返していた。
「アレはアルさんと同じく、細剣タイプなんですよね。で、このタイプはバランスよく普通なんで、適正レベルだと大したこと無いんですが、レベル差があると、途端に強敵になるんですよ」
「タンクタイプなんかはガチンコの力押しでいけますし~、片手剣タイプは一撃貰ったときのリカバリーさえしっかりしていればいいんですけど~、アルさんタイプはめんどうくさいんですよね~」
「軽くディスられてねぇか?」
「いつものことじゃないかな?」
 しかし、
「それでなんで弱点?」
 再度聞いた私に、レイさんは「なぜならばですね」と返した。
「なぜならば、アルさんが弱点と思うものは、彼にとっても弱点だからです。私は細剣を使った事ないですし、みなさんも詳しくはないので、本人に聞くのが一番かと」
「ああ」
「勇者ちゃんの弱点でもいいんですよ~」
 エルさんに問われ、ふむ……弱点……弱点か……
「スライムとかか?」
「いや、嫌いだけど、そうじゃないと思うな」
 まあ、斬撃に強いタイプは基本的には嫌いなんだけど……しかし弱点と言われると、はて、なんだろう。
 と、考えたところで、ぽっと思い浮かんだ。
「ニケちゃん?」
 私が呟くと、
「あー」
 アルさんも不思議な発声で、同意のように頭をぐりぐり回していた。
「確かに、ニケは嫌だな」
「何故にニケさん?」
 レイさんはハテナだ。
 アルさんは「いやぁ」と返していた。
「あいつ、接近できれば脅威ではないんだけど、接近スキルが細剣カテゴリーはレイ・スティンガーかアン・アヴァンくらいしかねーから、どっちもノックバックスキルでキャンセルされんだよね」
「あれ? 不屈系ないんですっけ?」
「ない」
「ミーティア・ストライクなら近接できるけど……」
「あれは発動までのタメがなげぇから、その間にニケの波動砲ぶっぱで死ぬ」
「え? 弓系が弱点なんですか?」
「遠距離にはよえーんだ」
「魔法は詠唱中に接近できるから、脅威ではないんだけど」
 このパーティーの中で戦いたくないと言えば、ニケちゃんかなぁ。
「なるほどなるほど。となると、ニケさんを中心に戦闘を組み立てると……」
 「うーむ」と顎に手を当ててレイさんが考えていると、前線からチロルさんの声が届いた。
「レイさん! 不屈で受けます! スイッチ!」
「は?」
 声に皆が前線に視線を送った時、どおん! と、何度目かの波動砲の発射音。
「いえーい!」
「ひゃっはー!」
 ハイタッチする兄妹。
 見ると──ホムンクルスさんが剣を支えに、その片膝を地につけていた!
「マジか!?」
「あー、ニケは嫌だな、ニケは」

「これはちょっと……」
 ゆらり、ホムンクルスさんは立ち上がる。
「本気を出さないといけないなぁ」
「背後へ!」
 叫ぶチロルさんの後ろへ、暗黒の炎を巻き上がらせながらレイさんが走る。
「支えます!」
「お願いします!」
 チロルさんの声に、彼女の身体を光が包み、金色の髪を輝かせていた。
「不屈!」
 何事かと、わたわたと直線に並ぶタンク二人の後ろに逃げ込む私たち。
 ホムンクルスさんは剣を左上段、目の高さに水平に構えてポメルに左手を当てると──身体をぎゅっと小さくした。「え? マジで?」「あそこから打ってくんの!?」
「ミィーティア・ストライク!」
 流星のような剣閃となって、ホムンクルスさんが一気に突っ込んでくる。
「プロテクション!」
 盾に光を纏わせ、チロルさんは真正面からそれを受けた。弾ける音と閃光。押し込まれるチロルさんの後ろを支えるレイさん。
「ぐぬぬぬ……!」
「うお! マジか!」
「支えろ!」
 さらにその後ろを支える私たち。
 押し込まれ、押し込まれ──流星の閃光が弾け飛ぶ。どぉん! と最後の力で弾かれた私たちは、壁面ぎりぎりの所まで押し込まれながらも、なんとかかんとか耐えきった。
 白煙が舞う中、レイさんがチロルさんに向かって言っていた。
「後は任されましょう」
「お願いします」
 回り込むように飛び出すレイさん。支えを失ったチロルさんが倒れ込んできて、それをエルさんが支えた。それを認め──私たちも展開するように走り出す。
「行きますぜぇ!」
 暗黒の炎を吹き上げながら、レイさんが叫んでいた。
「リミットブレイク! ダークソウル!!」
「え? 本気でそれやんの!?」
「え!? やんないでよかったんですか!?」
「やっちゃったからには、制限時間内でフェーズ2突破だな!」
「やったりますわー!」
 大技の硬直から戻ったホムンクルスさんの前へ、レイさんは大剣を脇構えにして踊り込む。
「渾身、撃!」
 振るわれる剣。受けるホムンクルスさん。
 黒い炎が飛び散って、振り抜かれた大剣にホムンクルスさんが吹っ飛んだ。
「すげぇぜ、レイシュ!」
「見ているそばから減ってくMP!」
「すげー面白い勢いで減ってくな……」
「追撃とかしてくれない!?」
「りょー!」
 天敵ニケちゃんが「アローシャワー!」を放つ。降り注ぐ矢の雨にホムンクルスさんの動きが止まり、ここぞとレイさんは再び近接する。
「ダーク・アンリーシュ!」
 振り払われた剣先から巻き起こる暗黒の炎。「ぐっ!」と、防御の構えを取るホムンクルスさんに、
「ブラッディ・ストライク!」
 それを打ち破る強烈な突きの一撃。
 よろけ、構えを崩したところに、追撃に次ぐ追撃。どんどんと押し込んでいって、一気にレイさんはホムンクルスさんを壁際にまで追いつめていった。
「え? マジで一人でフェーズ2突破しちゃうの?」
 追撃のために続いたものの、レイさんの猛攻の前にタイミングが計れず立ち止まるアルさんと私。
「レイさん、本気?」
「つえーな、暗黒騎士」
「でも、聖闘士宣言のが強かったりするんですよねー!」
 剣を振るう。
「ダーク・フレーム・ウォール!」
 燃え上がる暗黒の炎。
「からのー」
 そしてレイさんは炎を纏った大剣を、大上段から振り降ろした。
「ソウル・ストライク!」
 無数の火球が弧を描き、斬撃と共に降り注ぐ。
 響き渡る轟音に、暗黒の炎が閃光となって弾け飛んだ。

「ふしゅー……」
 煙を纏うレイさんは、
「では、あとはよろしく」
 言った。
 直後、ぼうん! と爆発するような音と共にレイさんは吹っ飛んでいった。
「レイシュー!」
「おー、盛大に吹っ飛びましたね」
「アレは死にましたね~」
 いや、もうちょっと、あの……
「これはこれは……」
 晴れていく煙の向こう、ホムンクルスさんが剣を振り抜いた格好のまま、呟くようにして言っていた。
「驚いたな。まさかここまで追い詰められるとは」
 言いながら、ホムンクルスさんは右手に持っていたのと同じ剣を左手に顕現させた。「ちなみにですが」ぶっ飛んだはずのレイさんが、ぶっ倒れたままで呟いていた。「ホムンクルスさんの武器は報酬として貰えます。めっちゃ強いですよ?」「え? じゃあ、二本もらえるの?」「いや、二刀になった事に不安を覚えようよ」
 二刀を構えるホムンクルスさん。
 私もアルさんも二刀はやらないが、ハイネさんは二刀を使っていた。手数の多さでは向こうに分があるが、はたして──
 整えられる呼吸。
 構える私たち。
 静寂に、しゅっと空気を斬る音。
 ぎぃん! と、刀身が火花を散らした。
 つばぜり合いの向こうのホムンクルスさんが、私に向かって笑っていた。
「よく受けたね、さっきより速かったはずだけど」
「いや、マジ、死んだかと思ったわ」
 苦笑を返し、私は剣を払う。
 一歩下がるホムンクルスさん。しかしその力を利用して、返す刀で左手の剣を振り上げてくる。受けは間に合わない──下がる私とホムンクルスさんの間に、アルさんが滑り込んでくる。
「んなろ!」
 剣を受け、弾く。
 そして反撃の一太刀を突き出すと、ホムンクルスさんはそれを右手の剣で逸らしながらアルさんに踏み込み、その半身目掛けて左手の剣を振り下ろしてきた。間に合わない──!
「でい!」
 と、私は横から回し蹴りをアルさんに食らわせる。間一髪、吹っ飛ばされたアルさんが立っていた場所を、振り下ろされた剣がすり抜けていった。
 ぶっ飛んだ先でごろごろと転がって体勢を立て直しつつ、
「やり方!」
「お約束!」
「皆、コンボルートを!」
 その間を割って、チロルさんが飛び出した。
「ブランディッシュ!」
 突き出された槍を、ホムンクルスさんは両手の剣をクロスさせて受けた。チロルさんの一瞬の硬直を逃さず、回転するように剣を振るい、反撃を返してくる。
 盾と槍の柄で、バランスを崩しながらもなんとかそれを受けるチロルさん。「立て直せ!」と、ダガーさんが飛び込んでホムンクルスさんの剣を弾いた。下がるチロルさんに、前へ出るダガーさん。両手の短剣と両手の細剣が入り乱れてぶつかり合い、火花を散らす。
「ニケ、ネリ!」
 立ちあがりながら、アルさんが叫んでいた。
「一気に詰めるぞ!」
「りょー!」
「おや、人使いの荒い」
「じゃあ、私が先陣を切りますかね~」
 言い、エルさんは両手を高く上にあげ、すらすらと聞いたことのない詠唱をし始めていた。
「さて、そうとくれば……仕方ありませんね」
 ネリさんは帽子のつばを、いつものようにきゅっとやって言った。
「ちょっとマジでやるかとも言いましたし……足止めは私が先に打ちます! ニケは波動砲準備で!」
「りょー」
「ってか、早くしてくれ! オレじゃ……いや無理だわ! チロルさん、スイッチー!」
「代わります!」
 前線ではダガーさんとチロルさんが入れ替わる。
「さて」
 それを見据えながら、隣、アルさんは言った。
「俺先、勇者ちゃん後な」
「二刀を超えるの、きつくない?」
「まぁ、なんとかなんべ」
「まあ、最悪ダガーさんを犠牲にすれば……」
「おいまて」
 下がって並んだダガーさんが、
「お前ら。不安だな」
 ニヤリと笑う。
「ダガー、先ヨロ」
「先なむ」
「やめろ」
「いっきますよ~」
 そして、エルさんの号令が届いた。
「ホーリー・エクスプロージョン!」
 光の球が空中に生まれ、それが爆発するようにはじけた。降り注ぐ光が雨のように降り注ぎ、ホムンクルスさんの身体を撃つ。「ぐっ!」と身体を縮ませ、その衝撃に耐えるホムンクルスさんに向け、間髪入れずにネリさんが、
「フロスト・ハンマー!」
 氷の槌を打ちつけ、そのガードを弾いた。
「ニケ!」
「あいよう!」
 引き絞られるイチイの弓。光の矢がつがえられ、ホムンクルスさんに向かって撃ち放たれる。空間を打ち消すような白光が一直線に走り抜け、ホムンクルスさん諸共、辺り一面を巻き込んで轟音を響かせた。
「スタン入れば!」
 ハルバードを両手持ちにし、チロルさんが飛び出す。
「ヘヴィサイクロン!」
 回転しながらの突撃に、ホムンクルスさんは体勢を崩しながらも「ヴァルキーリア・スクード!」で受けた。があん! と弾けた閃光に、一瞬、チロルさん、ホムンクルスさんの動きが止まった。
「行くぜ! アル!」
 ダガーさんが走る。
「ワン!」
「つー!」
「さん!」
 ダガーさん、アルさん、そして私。
「12!!」
「12!!」
「16!!」
 短いやり取り。砕け散る錬成石の軌跡を残しながら、私たちはホムンクルスさんに迫った。
 最初に飛び込むのはダガーさん。
「ブラック・ブロウ!」
 順手にもった両手の短剣を高速で打ち出していく。
「くっ!?」
 と、最初の三撃ほどを剣で受けたところで、ホムンクルスさんは大きく一歩、後ろへと下がった。
「くるよ!」
 追い込むダガーさんの背中へ、ホムンクルスさんの足がカッと床を鳴らしたのを見、私は声を上げた。
「まだあと九!」
 なんのと突っ込むダガーさん。
「ラ・ロンド──」
 それに向かってホムンクルスさんは両手の剣を、舞うようにして打ち出してきた。
「フルーレ!」
 剣の舞。高速の十六連撃。
 四、五、六……と互いの両手の剣と剣が打ち合わされ、火花を散らす。十六連撃の九、ダガーさんの十二撃目が終わったところで、ホムンクルスさんの左手がダガーさんの胸元へとその切っ先を伸ばした。
「オラージュ──」
 切っ先をのけぞってかわすダガーさんの下から、身体をかがめたアルさんが突っ込んで行く。アルさんの上をダガーさんが背面宙返りに転がって行って、
「エクレール!」
 ホムンクルスさんの九撃目を、アルさんの一撃目が弾いた。
 そして十一と二。二、三、三、四と連撃が打ち鳴らされあい……十六で──残り五!
 全てを撃ち尽くしたホムンクルスさんの剣を受けきったアルさんは、ニヤリ、笑っていた。
「アルケミストの知識や探求心なんかには、全く興味も自信もないが!」
 そして、残りの連撃を打ちつける。
「俺たちの勝ちだ!」
 たたき込まれる五連撃。ホムンクルスさんが目を見開く。そして──完全に開いたその場所へ、最後、私は踵を鳴らして踏み込んだ。
「ラ・ロンド──」
 踊る髪に、剣閃の煌めき。
「フルーレ!」
 風が舞い、閃光が走る。
 剣の舞。十六連撃。
 そのすべてを過たずに打ち込み──そして最後の一撃を大きく踏み込んで、振り抜いた。
 どぉん! と風が渦巻き、閃光の残滓が舞う。
 やがて──訪れた余韻がもたらす静寂の中、踏み込んだ踵が鳴らした終止音が、静かに消えていった。

 ごうんごうんと、低く唸る音。
 終結の地。その地下遺跡の最下層のさらに奥。ホムンクルスさん曰く、「オルムがここに全ての叡智を残すために留まった場所」を抜けたその先の部屋へと、私たちは足を踏み入れた。
 最奥のその部屋には、私の背丈と同じくらいの魔力の塔の模型のようなものが置かれていて、ごうんごうんと、低く唸りながら赤い光を放っていた。果たしてアレは何だろうか……ゆっくりと私たちはそれに近づきながら、案内人であるところのホムンクルスさんの言葉を待った。
「この小型の魔力の塔には、一粒の賢者の雫が納められています」
「雫!?」
 わっと声をあげたのはユリアさんだ。ユリアさんはそのミニ魔力の塔に飛びつくと、漏れる赤い光を覗き込みながら「ふわぁあああ」となんだかよくわからない感嘆の声を上げ、続けていた。
「混沌の果て、熱と冷気が渦巻く場所。そこで生まれた雫から賢者の石が生み出されるというのは、本当だったんですね!」
 ホムンクルスさんはゆっくりと頷いている。ちなみに彼は先の私の連撃で、その見てくれば大分酷いことになっていたのだが……今はもう、完全に修復している。「フラスコ内にいる限り、僕の身体はすぐに再生します」「何そのチート能力」「でも服は戻りません」「俺のマントでいいから着ろ」「すみません」
「石と雫って、なんか違うの?」
 と、ユリアさん放置でアルさんが聞いた。投げかけた質問は誰宛という感じでもなかったので、レイさんがそれについて返していた。
「まあ、石と雫ですから、ベホマラーとベホマズンぐらい違うんじゃないですかね」
「その雫は、世界樹の~では?」
 難易度高めな会話はともかく、ホムンクルスさんが正解と思われる内容を続けてくれていた。
「雫は、そのまま成長させれば賢者の石になります。とは言え、ここの設備では雫の状態を維持するだけで精一杯ですけどね。それは、オルムが賢者の石がいつか必要になった時にと、フローラの子どもたちに残した、最後の、最高の叡智です」
「へぇ」
 と唸り、アルさんは笑う。
「ってことは、これを育てりゃ、賢者の石を手にいれられるってわけか?」
「理論上は……と言ったところで、実際はどうでしょう?」
 ミニ魔力の塔を些細に確認しながら、ユリアさんは呟くように続ける。
「雫が保たれているとは言え、全盛期のアルブレストくらいの設備があっても、大地切断が起こって以降のルーフローラが持つマナの総量では……数百年かけても出来るかどうか……」
 それはつまり、できないって事なのか?
「よし、ベホマズンの代わりになるらしいから、持ってって、とっととどっかで使ってしまおう」
「やめてくださいー!」
「いや、適当言っただけですから、それ」
「そもそもこの世界の賢者の石、ベホマラーじゃないですし~」
 突っ込まれつつ、適当な事を言った男は、
「ってか、つまりあれか」
 ふんと鼻を鳴らし、皆に向かって聞いていた。
「やはりここに賢者の石はなく、我々は骨折り損のくたびれ儲けと、そういうことなのか?」
「オルムの叡智を手に入れたじゃないですか~」
「あと、アルさんはホムンクルスさんの武器も手に入れましたね」
「ユリアさんが、大満足を手に入れたというのもありますよ?」
「私的には、ここに骨を埋めたい所存です!」
 言い切ったぞ、この人……
「そうか……こいつなら、少なくとも後百年はここで研究ができるのか……」
 実に喜んでやりそうではあるな……
「賢者の石を錬成した暁には、かならずアルさんに差し上げますので!」
 いや、喜びに満ち溢れているな。
「お……おう。いや、気持ちだけ受け取っとくわ」
「では、勇者ちゃんに!」
「うーん……私も生きてはいないだろうしなぁ……」
 そもそも全知全能とか永遠の命とか、正直興味がないしなぁ……と苦笑する私の後ろで、アルさん、レイさんが軽い感じに会話をしていた。「つうか、つまるところ、ゲーム的には『ない』んだろ?」「ないですね」「ま、そうだろうとは思ってたけどよ」
 ともあれ、
「ユリアさんと言ったかな」
 と、ホムンクルスさんは続けていた。
「あなたがここに留まり研究を行いたいというのなら、歓迎しますよ。何もない所ですが」
「いいんですか!?」
「もちろんです。あなた方は私の試練を乗り越えた方々ですから」
「俺はしねーけどな」
「まぁ、ここで一生を終えられても、シナリオ的にはどうなんだってなりますしね」
「勇者ちゃんだって、嫌だろう?」
「寒いのは嫌だね」
 とまれ、正直なところ。
「ま」
 ひとつ息をついて、私は言った。
「ここの設備なら門石を創るのなんて大した手間でもないだろうし、テネロパのシーカーみんなで移住してきてもいいんじゃないの?」
 「おぉ」「あぁ」と、アルさんユリアさんはぽんと手を打った。
「たしかに」
「それもそうですね」
 どうやら二人とも、そんな考えは頭になかったようだ。

「ここら辺か」
 外にでると、空は雲一つない晴天に恵まれていた。
 アルさんと私がスコップでざっくざっくと雪をかき、出来たスペースにレイさんとチロルさんが「せーの……」と、まあまあの大きさの門石を設置する。この大きさなら大型の馬車くらいは受け止められるだろう。まあ、シーカーみんなでここに住み込むのなら、食料なんかも大量に運ばないといけないだろうし、大きいにこしたことはないと思うが、「別に石でいいだろ、食料は」「携帯性も保存性もいいですからね~」それもそうなんだよなぁ。
「よーし、出来たぜー」
 と、ダガーさん。
 門石設置に参加もせずに何をしていたかと思えば、期待通りにせっせと何かを作っていた。
「お椀と箸な」
 指定される食器類。スープのようだが、なぜにお箸?
「まさか……」
「ふっふっふ……そうだ」
「この寒さの中、日本人的には最高ですね」
 晴天の下、お椀によそわれるのは何やら茶色いスープであった。見たこともない、オニオンスープよりも茶色いそれを私に向かって差し出しながら、ダガーさんは言った。
「ほい、勇者ちゃん、約束のオーダーだぜ?」
「なんか言ったっけ?」
「味噌汁だ」
 あー、味噌を使ったスープ! そういえば、いつか作るって言っていた!
「ダガー、具はなんだ?」
「ふっふっふ……」
 不敵に笑い、ダガーさんはお椀を見せつけて言った。
「シジミだ!」
「シジミあるのか! この世界!?」
「まあ、固有名はシジミじゃねーけどな」
「ってか、出汁とかでるんですか?」
「貝類は種類によって変わるんだが、こいつはシジミに似た味わいがでる。Wikiにも乗ってない新レシピだぜ」
「充実していく味噌汁レシピ」
「おにぎりもあるぞ、食いたい奴は温めてやる」
「お願いしまっす!」
 吹雪の夜が明けて。
 風のない穏やかな晴天の下。
 私たちは真新しい門石の周りに車座になって、味噌汁を啜った。最初の一口は、「あちっ」と思わず唇を離してしまうほどであったが、外気の冷たさの所為もあってか、すぐにいい感じの熱さになって──ずずっと啜ってごきゅっと飲み込むと、温かい味噌汁がきゅうっと身体の真ん中を真下に流れていって、思わず息を止めてしまって──
「ぷはー」
 何人かの仲間達の声が重なり、思わずみんな笑い出した。
「さて、この後はどういう展開になるんかね?」
 誰にとでもなく、アルさんが言う。
「ここで賢者の石が出来るまで待ってたら、勇者ちゃんの親父さんがふらっとこねぇかね?」
「ない……んじゃないかなぁ」
 レイさんは苦笑していた。
「お父さんより、アーオイルが来る可能性の方が高いんじゃないですかね」
「ああ、それもあるな……ホムンクルスさん一人で大丈夫なんか?」
 聞くアルさんに、エルさん、ネリさんが続く。
「ホムンクルスさんはフラスコ内では無敵ですし、問題ないんじゃないですかね~」
「それにここは、封印を解いた我々以外は入れないという設定なので、そういったイベントはありませんね」
「マジか。ますますここで待っていた方がいいんじゃねぇか?」
「アル兄は、三日で飽きるんじゃない?」
 味噌汁のお代わりをダガーさんに突き出しつつ、ニケちゃんは言う。
「あ、でも、昔はここでアップデート1が終わりだったから、2までの間はここで止まってたの?」
「そうだよ」
 問われたチロルさんが、軽く笑いながら続けていた。
「小規模アップデートで自動生成ダンジョンが追加されたり、ILを上げるようなタイプのレイドダンジョンが追加されたりはしていたけど、ストーリーはここで止まってたね」
「ふぅん」
「まあその間、暇を持て余した廃人達がルーフローラの探索をしすぎるもんで、運営も新要素を追加したよ! 開始NPCは教えないけどね! とかやってましたから、割と楽しかったんですけどね」
「おかげで2の実装が遅れたんじゃないか~、とも言われていますが~」
 あははーと、レイさんエルさん。
 味噌汁のお代わりを注ぎながら、ダガーさんも軽く笑っていた。
「まあ、キャップ解放クエさえやっちまえば、今は関係ねーけどな」
「キャップ解放ってどこ?」
 聞くアルさんに、味噌汁をニケちゃんに渡しながらのダガーさんが言う。
「ここ。アップデート2の開始クエもここ」
「え? マジで?」
 それにレイさん、ネリさんが続いていた。
「そういえば、あれは何がトリガーなんでしょうね。ログアウトなのかな?」
「ログアウトすれば確実に出ますけど、しなくても出るらしいですよ」
「え? じゃあ、何がトリカーなんだろう」
「え? もしかしてそれらって、こいつから出るの?」
 こいつ呼ばわりしつつ、アルさんはユリアさんを指差した。指されたユリアさんは、味噌汁のお椀を両手で持って小首を傾げている。
「そうです」
「え? マジか」
 言い、ユリアさんをじっと見つめるアルさん。つられて皆もじっとユリアさんを見て──
「え? え? 何ですか?」
 ユリアさんはあたふたしている。
「勇者ちゃんや」
 視線をそのままに、アルさんは言った。
「ちょいと、ユリアに質問をしてくれんかね?」
「なにをだい?」
「世界中を巡った我々の冒険は、こうしてアルケミストの叡智にたどり着いたことで、ついにその終わりを迎えた。と、俺は勝手に思っている訳だが、お前はもしかして、俺たちにまだ無理難題を要求しようと、そんな事を考えていたりはしないだろうか?」
「だって」
 めんどくさいので、そう言って私はユリアさんを見た。
 ユリアさんは「ハテナ」と言った感じで小首を傾げて私たちを見返してきたが──長く続く沈黙に笑顔が──寒さにではなく──だんだんと凍り付いていく。
 ほう……これは……
 と、努めて笑顔なユリアさんに沈黙で詰め寄る私たち。ユリアさんは笑顔を凍り付かせたまま、圧に押されて身を引いていく。引いて、引いて、離れようとして──やがて後ろに転がって倒れてしまうんじゃないかと言うくらいにまで、私たちの圧に押されて斜めった辺りで──ついに耐えきれなくなったユリアさんとみんなの声が重なった。
「あ、でた」
 何がかは、私にはわからぬ。が、
「いや、あのですね! ここにはその、賢者の雫がある訳でしてね! やはりこれは、石にしたいと思う訳じゃないですか。それにオルムが全ての叡智をここに残した後、ここで最後を迎えたとも限らないわけですよね? もしかすると、オルムの子孫がいないとも限らない。いやもし仮にいたとすれば、雫についてですね、そう、また新たなですね──!」
「あー、はいはい」
 ぞんざいに言いつつ、アルさんはいつものように指先で空間をつついていた。
「あの、あれです! 私、思うんですけどね──!」
 ユリアさんは熱弁を振るっている。
「ダガーさん、味噌汁のおかわりあります?」
「あるぞ」
「私ももらおうかな」
「アップデート2に入ったら、60のレベルキャップ解放もすぐに出来るんで、さっさとやっちゃいます?」
「ああ、その方がいいですね。IL制限もどんと上がりますし」
「え? メインシナリオは? 進めないの?」
「どうせたまご石もありませんし、詰まるかもしれませんし~。いいんじゃないですかね~」
「置いてけぼりのストーリー」
「さもありなん」
「味噌汁、おいしいね」
「だろう。日本人の心だぜ」
「日本人って何?」
「勇者ちゃんには、難しいですね~」
「まあ、気にすんな」
「ちょっとみなさん! 聞いてますか!」
 世界を包む青い空の下。
 私たちは軽く笑い合いながら、いつものようにいつもの調子で、ダベっていた。


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