studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2019.04.04

勇者ちゃんと、錬金術師の塔

Written by
しゃちょ
Category
読み物
Tags

 さすがは聖騎士、チロルさん。
 突如森に現れたという、ノヅチとかいう、蛇だかミミズだかよくわからない──頭に口しかなくて、目も鼻もない──気持ちの悪い化け物を、ざくっとその槍で突いて、あっという間に倒してしまった。ぱちぱちぱち。私とアルさんは、自分たちの出番がなかった事に喜んで拍手。
「いや、まあ、確かにただのサブクエだけど、私が全部やってしまってよかったのか?」
 心配そうに言うチロルさんに、
「なにも問題はない」
 鼻を鳴らし、アルさんは返す。
「ちゃんと経験値もはいるし、クエスト報酬も貰えるしな」
 へっへっへ、路銀が尽きかけた私たちにとっては、どんな依頼でも、さくっと解決できればいいんでさぁ。へっへっへ……ってか、なぜに路銀が尽きかけているのかと言うと、どっかのアホが詐欺にあったからなのだが、彼の名誉のためにもこの話はしないでおこう。マジ、男って馬鹿だな。いや、主語が大きすぎたな。馬鹿だな、アルベルト・ミラルスは。
 ともあれ、小さな森に面した町の自警団からの依頼を終え、私たちは意気揚々と凱旋した。
 自警団の団長さんが、寝床とご飯を用意して待っていてくれるって言ってたし。

 自警団の団長さんのお家は、まあ、この町の中では立派な方なのかな? という建物であった。木造平屋の、シンプルな造り。灯りは当然、灯火石なんてものがあるはずもなく、懐かしい感じの、オイルランプの灯りのみ。
 ああ、最近は冒険者としていろんなものに触れてきたからか、この薄暗い灯りも、懐かしい感じがするな。そして、食卓を囲む団長さんのご家族。まだ幼い娘さんが、お母さんのお手伝いをして、えっちらおっちら、料理を運んできてくれるとか……ほんわかと顔が緩むな。おう、おねーさん、お手伝いするよ。いや、おねーさんって誰だ? は、置いといて。
 私たちは実に楽しく、夕食を頂いたのだった。
 そしてその食後、
「この、チーズトーストみたいなの、おいしかったなあ」
 と、チロルさん。あー、パンにトマトが乗っかって、さらにその上にチーズを乗せて焼いたやつか。確かにうまかった。チーズとトマトに間違いはない。
「ケーゼシュニッテみたいなやつか。確かに旨かったな」
 うんうんと頷くアルさん。
「ケーゼ……なに?」
 私は小首を傾げる。
「そう言う名前の料理に近かったんだ。奥さん、文字書けるかな? レシピ聞いとくかな……」
「好きだね」
「世界グルメ旅」
「僻地祠巡りは?」
「それもやってる」
「賢者の石を探してくださいよ」
 と、チロルさんは苦笑。
 しかし、それを聞いていた娘さんが、
「お石を探しているの?」
 と、なぜか食いついてきた。
「私のお婆ちゃんは、お石にとても詳しいのよ? ケンジャのなんとかは、私は知らないけれど、お婆ちゃんならきっと知っていると思うわ。呼んでくるわね!」
「おう!? 突然、メインクエストがアドバンスしやがった」
 てててっと、部屋を出て行く娘さんの背中を見送りながら、アルさんは目の前の空中を、左手の人差し指で叩いていた。
「ここからでも、アドバンスするのか」
 ほうと唸るチロルさん。
「次は、錬金術師の塔だったかな」
「お、マジか。石の話が進むのか?」
「割とね。ネタバレは、私はしないよ」
「なるほどな。楽しみだ」
 程なくして幼い娘さんに連れられ、だいぶん腰の曲がったお婆さんが、よぼよぼと部屋の中に入ってきた。娘さんのお母さんが、「ごめんなさい、お婆さま。大丈夫?」と、老婆の手を取り、私たちの前へと連れてくる。
「これはこれは、勇者様」
 と、お婆さんはもごもご、言った。
「この度は、魔物の討伐を、町の者の代わりにしてくださったとの事で、大変ありがたく、なんとお礼を言ってよいものか──」
 途中から、なんかもごもごしだして、ちょっとうまく聞き取れなく──仕方がないので、
「あ、お婆さま。私たちは、勇者とか、そういうのじゃないんで、いいんですよ」
 言う。
「ま、実際、報酬が欲しかっただけの小物だからな」
 おう、事実を口にするのが常に正しいとは限らないぞ、アルベルト。まあ、事実なのは否定しないが。
「まあ!」
 と、お婆さんはアルさんの声に彼を見、ちょっとうわずったような声をあげた。
 目が悪いのか、おばあちゃんは孫に連れられ、ゆっくりと歩いてアルさんのもとに近づくと、
「これはこれは」
 と、アルさんの腰へと手を伸ばした。
「懐かしいものを。どれ、見せておくれませんか?」
「ん?」
 と、アルさんは小首を傾げ、「ああ」と、思い至ったかのように唸り、腰のベルトポーチから鍵石を取り出した。
「これか、ばあちゃん」
「まあ……これは……」
 お婆ちゃんは重たそうなまぶたを力いっぱいあげた感じで、びっくりしたように声を震わせていた。
「これはこれは、立派な鍵石で……いくつか、門石も登録されておりますね。これは、どこで?」
「これは作ったんだ」
 笑って言うアルさんに、お婆ちゃんも笑い、うんうんと頷いていた。
「なるほどなるほど。鍵石を作れるとは、さすがは勇者様。さぞや大変でしたでしょうに」
 笑い、おばあちゃんはアルさんの隣の椅子に座り、なぜかアルさんの手をにぎにぎしだした。大分気に入られたようだな。が、気に入られたのをいいことに、お孫さんを僕にくださいとか言いだしかねない男だからな、要注意だ。
「ポータルストーンは、アルケミスト達の作る石の中でも、それなりに高度な部類に入るものです」
 にぎにぎしながら、なぜか滑舌のよくなるお婆ちゃん。おう、マダムキラー? 奥さんもお孫さんも笑っているので、とりあえずは様子見だが……
 お婆ちゃんは続ける。
「ポータルストーンは、素材となるマテリアが複雑ですし、素材から錬成しようとすれば、それなりの設備もいります。勇者様は、どこかの錬金術師様のお弟子様で?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
 と、なぜか優しく笑うアルさん。あれはナチュラルなヤツだ。間違いない。マダムキラーめ。
「確かにこれ、創るのは大変だったなあ。いろんな石とか、よくわかんない液体とかをあつめて、鍛冶師の町で、炉を借りて創ったんだ」
「なるほどなるほど。乾を強めて錬成したんですね。その方式は、古代期初期の錬成方式で、再発見されたのは、ほんの二、三年……おっと、婆の感覚ですから、実際にはもう、何十年と前の話ですかね」
「お婆ちゃん、すごーい! もっと! もっとお話して!」
 お孫ちゃんがテーブルに乗り出す。「お婆さまがこんなに喋るなんて……石の事は、今でも鮮明に覚えてらっしゃるのね」と、奥様もちょっと驚いている。
「ばあちゃんは、錬金術師なのか?」
 アルさんが、核心を突いた。
「ええ、左様です」
 お婆ちゃんは笑う。
「ここより南西、大森林の中、過去、そこにあった錬金術師の集落で、長く、錬金術の研究をしておりました」
「へぇ」
「アルブレストだったかな」
 チロルさんの言葉に、
「ご存知で」
 と、お婆さんは続く。
「古代魔法帝国期の、魔力の塔が残る遺跡の元、錬金術師達が研究のために集まってできた集落です。アルブレスト──アルとは、上位古代語で石、ブレストとは、探求するもの──安易な呼び名でしたが、最盛期は百を超える錬金術師達が暮らしておりました。もっとも、筆頭錬金術師が亡くなった後、ひとり、またひとりと集落を去って行き、今ではもう、森に呑まれ、消えてしまいましたでしょうが……」
「あるのか?」
 チロルさんに聞くアルさん。「さあ?」と、チロルさんは飲み物を口に運んで、その口元を隠していた。あるな、あれは。
 アルさんはお婆ちゃんに向き直り、聞いた。
「ばあちゃん、俺たちは錬金術師じゃないが、わけあって、賢者の石を探しているんだ。何が知らないか?」
「まあ!」
 と、お婆ちゃんは花が咲いたように笑う。
「その言葉を、まさか生きている内に、また聞くことがあるなんて!」
 もはや、その顔はお婆ちゃんとは言えない。なんか、血色もよくなっちゃってるし、生き生きとアルさんを見ているし……
「フィロソフィーズ・ストーン。アルケミスト達の、究極の目標ですね」
 だがしかし、間違いなく言えることは、このお婆ちゃんは本物の錬金術師で、私たちなんかよりずっとずっと、その石について詳しいのだろうと言うことだ。
「ご存知なんですか?」
 私が聞く。と、お婆ちゃんは、「ええ」と頷き、しかし、
「ですが、アルケミストである以上、フィロソフィーズ・ストーンについて、私が言えることは、そう多くはありません。おそらく、勇者様たちがご存知の事程度しか、語れないでしょう」
 おー、なんだろう。ちょっとお婆ちゃんの視線が、アルさんを見ていた時と、違う気がするな。言い方も、なんか違う気がするな。なんか、お婆ちゃんに、乙女が重なって見えた気がするな。気のせいだろうけどな。うん、多分。
「語れないってのは、知らないっていう意味ではなくて、アルケミストとして話せない、って意味に聞こえたけれど?」
 アルさん。
「ええ」
 と、お婆ちゃん。
「神秘は、己の目で見てこそ、真実として確定するのです」
「うお、アルケミストっぽい」
 どういう感想だ、それは。
「ドナ、私の宝石箱を、ここに持ってきておくれ」
 お婆ちゃんの言葉に、「わかった!」と、お孫ちゃんが駆け足で部屋を出ていく。ふむ……見送る私は、それよりもお婆ちゃんだ。お婆ちゃん……あの……アルさんの手を、こう、にぎにぎするのは、いい加減、やめた方がいいのではないかな? こう、なんだろう……うまく言えないけど……いろいろやばくない?
 とか、目を細めつつ思っていると、程なくして一抱えほどの箱を手に、お孫ちゃんが部屋へと戻って来た。
「これ?」
「ええ、ありがとう」
 受け取り、お婆ちゃんは箱を開ける。中は──石やら宝石やら──私にはさっぱり価値がわからないようなものが、目一杯に詰まっていた。
 真っ黒い石っぽいものとか、粘土っぽいものとか、赤や緑の宝石っぽいものとか、目一杯につまった箱の中から、
「どうぞ、勇者様」
 と、お婆ちゃんは人差し指ほどの、尖った錐のような石を取り出した。
「これは?」
「これは、コンパスポーズ──六方指石といいます」
「六方……コンパスってことは、方位をしめすものなのか?」
「ええ」
 アルさんの問いに、お婆ちゃんは石に巻かれていた糸をくるくるとほどき、その先端をアルさんに摘まませ、言った。
「この尖った錐のような石は、コマンドワードで起動したときに自身がいた場所を、永遠に指し続ける錬成石です」
 言ってることの半分も理解できなかったが、吊り下げられた石がくるくると回って、やがて不自然なくらいにピタリと止まる様に、使い方は理解できた。
「この石は、その、アルブレストを指しています」
 そう言って、彼女は笑った。
「エクスプローラー、あなた方が求める答えは、この石の先にありますよ」

 六方指石に導かれ、私とアルさんは深い森を進んでいった。
 珍しい事に、チロルさんと別れてから、いつもの仲間達は姿を見せていない。アルさん曰く、「なんか知らんけど、塔に行くまでは、二人で進めろってさ」との事だったが、ああ、嫌だなあ、なんかたくらんでるんだろうなあ、みんな。いや絶対。
 ともあれ。
 二人で深い森を行くこと、一日と少し。
 森が途切れた小さな川の向こう、周りに比べて明らかに低い木立の中に、石でできた集落の廃墟が見え始めた。
「あれっぽいな」
 と、アルさん。その手の六方指石は、じっと川向こうの廃墟を指し示している。さて、となると、この川を渡らなければだが──まあ、深さ的には問題なさそうだが──川沿いを進みながら、私たちは渡れそうなところを探して行く。
「なんか、割と綺麗目だな」
 歩きながら、その廃墟を遠巻きに見て、ふーむと唸りあう私たち。
「森に呑まれたって、聞いてたからねぇ」
「ああ、もっと、荒廃した感じを想像してたな」
「そういう雰囲気の庭園だって言われても、違和感ないね」
 川向こうの木立の奥に見える建物や、さらにその奥、倒れそうに傾いた何本もの大きな塔は、確かに廃墟という感じではあったが、低めの木立の間を流れる澄んだ川の水面には、その木々が落とす陰と緑がきらきらと輝き、せせらぎの音、小鳥のさえずり、ゆれる木の葉の音と、まるで誰かが毎日こまめに手入れしている、庭園のようにすら見えた。
「あー、ニンファの庭園か」
「ニンファ?」
「や、こっちの話だ。多分、それがイメージソースなんだろうなって。お、あそこに橋があるな」
「おお、めがね橋とは」
 アルさんの指さした先を見ると、アーチが橋の下側にふたつある、いわゆるめがね橋が川をまたいでいた。石で造られたそれは、流れる川に映り込んで、水面と本体とでまんまるを作っている。きれいな円。なんかたぶん、錬金術師の集落だったらしいから、あれ、まん丸に見えるように細かい計算とかして造ったんだろうな。錬金術師って、そういうのにこだわりそうだし。
 などど考えつつ、軽く口許を緩ませていると、
「さて、遺跡探索かな」
 ふふんと、アルさんもまた、口許を緩ませて鼻を鳴らしていた。

 いや、これは明らかに誰かが手入れしてるだろう。
 というのが、森に呑まれた錬金術師の集落、アルブレストの第一印象てあった。
 石の建物は、確かに経年に崩れたり、繁茂した蔦や木々に覆われたりはしていたものの、枯れて汚らしい感じのものではなく、緑と石の美しいコントラストは、廃墟とは口が裂けても言えないほど、美しかった。
 低めの建物に寄り添うように若い木々が茂り、その下を、透き通った水の小川が流れている。さらさらと聞こえるせせらぎの音に、水の中で揺れる水草の音まで聞こえてきそうだ。
「石畳が生きてるところなんか、大分綺麗だな」
 アルさんが辺りを見回し、呟く。アルさんもまた、誰かが手入れをしているのに違いないと、同じ感想を抱いたのだろう。腰の剣に手をかけたまま、少し警戒気味に、
「まずは、全体をぐるっとまわって、マップを埋めるか」
 ちらり、目線を右上へ。アルさん曰く、「ここに地図がある」そうだが、いやいや、ねーわ、そこにはなにも。とは言え、そこにあるという不思議地図の方が、私の落書きよりは役に立つであろうとは想像にかたくないので、深くはつっこまない。
「外周から埋めてくぞ」
 小川沿いの、散歩道のような石畳を、アルさんは歩き出した。
 ほいほいとついて行こうとしたところで──私たちは足を止めた。
 腰の剣に手をかける。
 道の向こうから、何か、大きな人型のものが、ゆっくりと歩いて近づいて来ていた。
「……敵か?」
 アルさんの呟き。
 視線の先の人型のそれは──だらんと垂れ下がった長い腕に、ものすごい短い足。ぶちょっとした胴をしていて、服のようなものは一切纏っておらず、むしろその肌は、乾いた土の色をしていて──
「ゴーレム……か?」
 アルさんの言った、本の中でしか見たことのないそれのように見えた。
「ゴーレムって、錬金術師が造る、土塊人形の?」
 と、聞いてみたが、アルさんは「お、おう」と喉を鳴らし、曖昧に返した。
「この世界でのゴーレムが、どういった扱いのものかは知らんが、俺知識では、そういった感じのものだな。俺知識が通用するなら、たとえ敵であったとしても、大した脅威ではないのだが……」
 のっそのっそと、推定ゴーレムは、私たちに向かってゆっくりと歩み寄ってくる。果たして敵か、戦うべき相手なのか、と悩んでいると、アルさんの緊張がふっと途切れたのを、横に感じた。
「え? 敵じゃないの?」
「たぶん、ちげーな」
 指さす。その先は、ゴーレムの頭の上。
 二羽の小鳥が、その上で羽を休めていて、三羽目がやってくると、入れ替わりに一羽が飛び立っていき──なんと牧歌的な……
「さすがに、あの演出で敵って事はねーだろ」
 言いつつも、腰の剣に手をふれたまま、アルさんはゴーレムに近づいていった。
「よう、こんにちは」
 と、相手が認識できるのかはともかく、挨拶を投げかける。強い。
 アルさんの声に、ゴーレムはぐいんと頭を回してアルさんに向け、首をゆっくりとひねった。わ、割とかわいい動きをするじゃないか……で、確認するような間があって、次いで、ゴーレムは私を見た。
「う……」
 と、気後れする私を、真っ黒い穴があいているだけに見える、顔の部分にある二つのへこみでまじまじと見つめたかと思うと、興味を持たなかったのか、それとも特に問題ないと感じたのか、ゴーレムはそのまま私たちを無視し、再び歩き出し始めたのだった。
「なんだ、イベントがあるわけじゃねーのか」
 見送り、ため息。
「無害っぽいですね」
 私の横を、ゆっくりと歩いて行って──ふと、ゴーレムさんは立ち止まった。
「ん?」
 見ていた私の目の前で、ゴーレムさんは何かに反応し、ぐいんと頭を回した。で、私がいるのに、見えていないのか、そんな気遣いはできないのか、私を押し退けるようにして、小川の方へとのっしのっしと進み出したのだった。
「うわ!」
「こわっ!」
 ささっと逃げる私たちを気にもとめず、ゴーレムさんは川の中へ。びっくりしたのか、頭の上の小鳥達も、どこかへと飛んでいってしまっていた。
 そのまま、ゴーレムさんは小川を対岸の縁までざぶざぶと進み、水草の茂る岸辺に手を突っ込むと、しばらくそこをごそごそとやって、おもむろに、何か小さな、きらきらと陽光に輝くものを、そこから拾い上げた。
 はたしてそれは──
「え? マジで?」
「いや……嘘でしょう?」
 ゴーレムさんが、確認するように頭にある二つのくぼみの前に持ち上げたそれは、陽光の中、水に濡れてきらきらと赤く輝くそれは、何か、宝石の欠片のようなそれは、
「まさか……それが、賢者の石じゃねーだろうな!?」
 まさしく、それに見えた。

 石を拾ったゴーレムさんは、それをぱくりと食べてしまった。おいおい、マジか。食べちゃっても平気なのかそれは。と、やや心配になったのだが、ゴーレムさんはどこ吹く風。再び、のっそのっそと歩き出した。ので、
「どこ行くんだ、あいつ」
「さあ?」
 と、私たちはその後を追った。
「あれ破壊したら、さっきの石、取れんのかな?」
「いや、絶対、やめた方がいいと思う」
 などと話しながら、私とアルさんはゴーレムさんを追う。
 しばらく歩くと、どうやらゴーレムさんは、前方に見える、大分斜めになって今にも倒れそうな塔に向かっているようだとわかった。この庭園には、周囲に似たような塔がいくつも建っていたが、その中でもそれはわりと形を保って、綺麗めな方に見えた。
「あ?」
 と、アルさん。変な声を上げる。
「ん?」
 と、見ると、斜めになった塔の中階ほどに、なんと、洗濯物が干されているではないか。洗濯物だ。洗濯物!? いや、洗濯物だ! 間違いない。
 ぽかーんと見上げる私たちを置いて、ゴーレムさんは中へと入って行く。
「お、おう」
 やや困惑しつつ、後に続く私たち。
「ごめんくださーい」
「お邪魔しまーす」
 こう言うところが、なんだかんだ言って、小物感あるよな、私たち。
 中に入ると、床は斜めだった。当たり前か。まあ、割と他の塔に比べて綺麗めとは言え、経年に外壁もだいぶん痛んでいたし、内壁もまあ、だいぶんひどい事になっているし、いやむしろ、これでよくも倒れないもんだなと、感心する所ではある。
「ある意味、すげーな」
 呟くアルさんに、私も頷いた。視線の先は床、というか、この斜めになった床に渡されている、木製の板きれだ。いやこれ、この板の上しか、生活空間、ないよね? そこまでしてここに住む必要、ある?
「住人がいるのは間違いないが……」
 つま先で、床こと、木の板をこつこつと蹴りながらのアルさん。うむ、強度は心配ではあるが、ゴーレムさんがのそのそと行ったので、大丈夫だろう。
「いることは間違いないけど……」
 私も呟く。
 あんまり、会いたくないタイプの人なんだろうなーと言う台詞は、二人とも、口にはしなかった。
 さて、仕方なく進む塔の螺旋階段は、当然、斜めで、
「いって! 押すなよ」
「いやいや、斜めの階段とか、ねーわ。超こわいし、手すりないし、落ちるし」
 てんやわんや。

 中階の部屋の前で、ゴーレムさんは立ち止まっていた。
 ゆっくりと近づき、中を覗く。
 この部屋も、当然床は斜めで、床の代わりに水平に板が渡されていたわけだが──下の階と違うのは、この部屋の板は、水平のもの以外にも、大分斜めになったものから、やや斜め、少々斜め、ちょびっと斜めと、バリエーション豊かな斜めになっていて、それら斜めが複雑に重なり合い、織りなす芸術の──わけがない。多分、経年の傾きに、都度都度対応していったが故の、混沌だろう。
 部屋には、一人の老人がいた。
「もう飯か。ちょっとまて」
 老人は、背中を向けたままで言う。
 向かい合う机の上には、いくつもの石や、不思議な色の液体で満たされたフラスコ、それにるつぼ、ハサミやノミといった小道具の他、なんかよくわからない葉っぱだの肉だの、なぜかパンだのが、乱雑に置かれていた。
 老人は、ごうごうと火を噴く石を下においた、網台の上のるつぼをじっと凝視している。そして「ふむ……」と、うなったかと思うと、なにやら黒色の粉をそこにさらさらと投入し、机の上の砂時計をくるりとひっくり返した。で「ふむ……」と再びうなり、腕組みをしてじっと砂が落ちるのを待ち──落ちきったところで、
「ほいあ!」
 と、勢いよく黄色い液体をるつぼの中に入れ、るつぼばさみで「ガッ」とつかみ、「ぐるぐる」と回し、「でいあ!」と、机の上に置かれていた鉄板の上にぶちまけた。
「ふー」
 と、息をつく。
 ちなみに擬音は、すべてそのまま、老人の発声である。動作にいちいち、声をつけるようなタイプの人らしい。
 うろんに見ていると、鉄板の上の黄色い液体が、徐々に、金属のような形状に固まり始め、黄金の輝きを放ち始めた。まさかとは思うが……まさか、そのまさかなのか……
「ふむ……まあ、当座、こんなモンでいいじゃろ」
 言い、老人は「ではゴーレム、飯とするか」と振り向き、私たちに気づいて、
「おうぁあ!?」
 と、素っ頓狂な声を上げて驚き、板から足を踏み外した。がたがたがたーんと、木の床から滑り落ち、斜めの床を滑って、壁に激突。
「お、おう……」
 大丈夫かなぁと動き出すよりも先に、ゴーレムさんがのそのそと板を動かし始め、老人を助け始めていた。この手慣れた感じ。これはもしかしなくても、いつもの事なのだろう。
「ううむ……いい加減、床を整理して広げるか……」
 老人はゴーレムさんに助け出されながら呟いている。しかし、私の感覚からすると、あれは言っていてもやらないタイプの人間の発言だ。間違いない。老人は「それはともかく」と、続けていた。
「こんな辺境に客人とは珍しい。森で、道にでも迷ったか?」
 迷ってこられるような場所でもないような気がするけどなぁ、ここは。
「いや、わざわざ、ここに用向きがあって来たんだ」
 返すアルさんに、それじゃよろしくと任せる事にする。おそらくこの老人は、
「ほほう……」
 と目を輝かせる辺り、アルさんに任せた方が話が早いタイプの人に思える。
 老人を助け出したゴーレムさんは、そのまま廊下に戻り、階下に向かって螺旋階段を降り始めていた。ゴーレムさんはゴーレムさんの仕事に忠実で、それ以外の事には興味がないようだ。ちょっとかわいい。
「わざわざここに用向きがあってきたと言うことは──」
 老人は続けた。
「何が入り用だ? 鍵石か門石か。はたまた灯火石で、一儲けでもしようとしているのか?」
「門石が作れるのか?」
「なんじゃ、鍵石をもっとるのか? もっとるなら、門石を作るのも、さほど難しくはあるまい。あれは、N側はいくらでも劣化コピーで増産できるではないか」
「いや、しらねーよ」
「何じゃ、すると、貴様らは弟子入り志願か? よかろう」
「よくねーし」
 弟子入り志願じゃないし。
「儂の名は、トマス。稀代の錬金術師にして、最後の錬金術師」
 聞いてはいなけれど、老人は名乗った。まあ、名乗ってくれるのはありがたい。が、大きく出たなぁ、この人。
 稀代の錬金術師にして、最後の錬金術師、トマスさんは言った。
「して、お前たちは、何をなすため、錬金術師を目指すのだ」
「いや、別に、俺たちは錬金術師になりたい訳じゃないんだが」
 苦笑しつつも、アルさんはトマスさんを試すようにして言った。
「俺たちは、賢者の石を探しているんだ」
 一瞬、トマス老人の眼に、強い光が横切ったような気がした。
「……フローラの子どもたちには、石は手に余るとはおもわんかね? エクスプローラー」
 とっさ、腰の剣の位置を確かめてしまった。
 フローラの子どもたち。
 それは、私たちの事を指す言葉だと認識している。正しい意味はまだ腑に落ちてはいないが、少なくとも私たちは、私たちをその呼び名で呼ぶ者達に、あまりいい印象は持ってはいない。
 身構えた私に、トマスさんはにやりと笑っていた。
「なるほど。その様子では、ある程度、アーオイルのことも知っておるのだな」
「アーオイルってなんだ?」
「なんじゃ、知らんのか。ならいい」
「うーん……」
 うなり、アルさんはにやりと口許を曲げていた。似たようなタイプだよ、あなたたちは。
「そうだな……『賢者の石を探す者』と言う意味の、『エクスプローラー』という言葉が、フローラの子どもたち以外も含むっていうんなら、そういう奴らがいるということは知っているし、会ったこともある」
「なるほどなるほど」
 トマスさんもにやり。
「それが、アーオイルの民だ」
 賢者の石を捜す者──エクスプローラーと呼ばれる者たち──それは、私たち以外にもいる。その中には、魔物と呼ばれる蛮族以外の、私たち、人族によく似た者、あの西の塔で出会った、青黒い彫りの深い顔に、不思議なコブ付きの大きなマスクで顔を覆った者たちがいる。それがトマスさんの言う、アーオイルの民なのだろうか。
「下の世界の人間なのか?」
 突然、アルさんが訳の分からない事を言い出した。下の世界? なんだそれ。下の世界ってなんだ?
「ほう」
 トマスさんは感心したように唸っていた。
「そこまで知っているとは、面白い。どれ、飯でも食いながら話そうか。あ、いやその前に、一つ用事を頼まれてくれんかね? 錬金術は等価交換と言うじゃろう? 情報の対価じゃな」
 「ふふん」と、トマスさんは楽しそうに鼻を鳴らしていた。

 塔から外に出て、ちょいと行ったところで、「ほれ、それがここの門石じゃ」と、トマスさん。「へいへい」と、アルさんは門石に鍵石を触れさせ、石にこの場所を覚えさせていた。不思議な石、鍵石は、門石に触れさせることでその場所を記憶し、いつでもそこに移動できるようになるのだ。まあ、発動するのになんかいろいろと条件があるそうで、いつでもどこでもという訳にはいかないらしいのだが、大抵、町から町へと移動するくらいなら、いつでも使える。
 ので、
「では、頼むぞ」
 と、トマスさんは私に、片手で持つのにはやや重量がありすぎるだろうという感じの、黄金の塊が入った袋を手渡した。曰く、「ちっとこいつを、どこか適当な町に飛んで、換金してきてくれんかね」との事だった。
「どこで換金してこいとか、指定があれば、最大限そうが?」
「特にないのう……近場なら、ベイグラードあたりが換金率の高いところじゃが……」
「ああ、あの港町か。あそこなら飛べるし、そこでいいな」
 おう、詐欺られたところだな。アルさん、あの町にはもう二度と近づかないんじゃなかったのか? いやまぁ、私は気にしないが。
「んじゃ、いってくらー」
 と、アルさんは鍵石を発動させる。「ほれ」と差し出される手の上の鍵石に、私も手を乗せた。触れていないと飛べない。指先でもいいんだけど、うっかり取り残されると、それはそれで面倒だし、がっつり手つなぎスタイルでいく。恥ずかしくなんてないよ、取り残されるのにくらべれば。いえ、取り残された事などありませんが!
「戻ってくるまでに、飯を準備しておこう」
 言い、トマスさんは片手をあげ、私たちを見送った。

 さて、そんなこんなで、港町、ベイグラード。
 少し前に数日滞在したので、勝手知ったるなんとやら。私たちは、港にほど近い商業区にある、宝石商を訪れていた。
「へぇ……珍しいな。錬金術師の金か」
 カウンターの向こう、やたらとがたいのいい店主が、黄金の塊を子細に確認しつつ言う。
「え? わかんの、そういうの」
 と、アルさん。眉を寄せた。
「偽物とか?」
「いいや……」
 店主はひとつ息をつき、続けた。
「どっからどう見ても、本物だな。いやむしろ、錬金術師の創った金なら、純金に相違ないんだが……」
「え? じゃあ問題ないだろ? いや、むしろ何でわかんだよって話だけど」
 まぁ、そうだね。本物なのに、なんで錬金術で創った金だってわかるんだろうね。本物なのに、本物と違いがあるのかね。
 店主は軽く肩をすくめさせ、続ける。
「わかるさ。錬金術師の創った金は、量が多いくせに、インゴットにもなってないし、価値のわかっていなさそうな顔をした奴らが持ってくる」
「おう、価値なぞしらん。故に、言い値で売ってやろう」
 おい、そういう売り言葉は、買わない方がいいんじゃないか? 私たちのお金じゃないけどさ。
「そうだな」
 と、店主さんは意地悪そうに笑った。
「錬金術師を殺して奪ったんじゃなきゃ、ウチとしては、相場で買うぜ?」
「おう、殺して奪ったかどうか、そっちはわかんのか?」
「売り主の顔で、わかるかも知れないな」
「こんな奴だが、どうだ?」
 私を指さすな。
「よし、相場に色をつけて買おう」
 おう、それはどう反応すればいいんだ? 純朴な冒険者だなっていう感想なのか、ヤバそうな奴らだから色をつけておこうなのか、それとももしかして、なかなか可愛いから、色をつけてあげようとか、そんなことがあったりしますか、しませんか、そうですか。
「コインでいいのか?」
「あれ? どうなんだろう。まぁ、ここの通貨で貰ってもわからんし、コインで」
「よし、交渉成立だ。待ってろ、今用意する」
 ごそごそ、店主さんはコインを一枚二枚と数えていく。おお、大金貨だぞあれ、すげーな。
 そんな手元を覗き込みながら、アルさん。
「錬金術師って、金を売って生計を立ててんのか?」
「あー……そうだな。ここじゃ、物々交換なんぞは、ほとんどないからな。だいたい金か、まぁ、それ以外にもいろんな金属やら宝石やらを持ち込んで、換金していたな。俺がガキの頃は割とよく見かけたが、最近じゃ、ほとんど見なくなったな」
「昔は、錬金術師の集落があったから、割と見かけたとか?」
「おう、アルブレストか。聞かなくなって久しいな。いいお得意さんだったらしいが……ウチからも、いろんな宝石やら金属やらを買っていってたそうだ」
「へぇ」
 さらっと情報収集。
 ついでなので、
「錬金術師って、本当に金を創れるみたいですけど、それで、何をしようとしているんですかね。お金儲け?」
 店主さんに、世間話っぽく聞いてみた。
「さぁね」
 店主さんは笑い、カウンターにずっしり、コインの入った袋を置く。わー、大金。詐欺られたら、泣くだけじゃすまない感じの量だね。
 店主さんは、首をひねりながら続けていた。
「俺たちからすれば、金を錬成して売りに来るから、錬金術師と呼んでいるが、あいつらは……なんだっけな、自分たちの事をアル──アルカ──なんだったかな?」
「アルケミスト?」
「そう、それ。そう呼べと言っていたな。金を創るのなんて、生活のためだけで、本意じゃないとかなんとか」
「へぇ……」
 唸りつつ、袋の中身を確認するアルさん。「結構な額だな」「錬金術師が創ろうが、その辺の川から集めてこようが、金は金だ」
 店主さんは笑う。
「ま、俺なら、金が創れるのなら、金だけ創って金儲けでもすりゃあいいのになとは思うが、奴らは根本的に、金より、石いじりが好きなのさ」
「偏屈なのか?」
「さあ? どうだかな」
 大げさに息をついて、店主さんは皮肉っぽく言った。
「少なくとも、一般人の俺たちからすりゃ、あいつらは『錬金術師』さ。俺たちには、あいつらの言う、るつぼやフラスコの中で世界が創造される様をみられるなんて、どれほど素晴らしい事だろうなんていう感覚は、まったくもってわからんよ」
「大丈夫だ。俺にもわからん」
 言わなくていいことを言うな、この人は。本当に。
 私にもわからんが。

 ひゅんと鍵石で戻った私たちは、さて……
「トマス、どこだ?」
「さあ?」
 と、門石の前で首をひねったが、見回すと、少し離れたところにゴーレムさんが立っていて、私たちに気づいたのか、彼はのっそのっそと歩き出した。ので、それについて行く事にした。
 庭園の散歩道のような石畳を少し行ったところに、オープンテラスであったのだろう、今は崩れて壁しか残っていないような建物のテラスに、椅子とテーブルが出されていた。しかも、テーブルの上にはすでに料理が並べられている。
 はて、トマスさんは? と見回すと、
「おう、早かったの」
 と、手に黒い液体がたぷんたぷんに入ったフラスコを持って、建物の影から現れた。
「換金してきたぞ」
 革袋を持ち上げるアルさん。
「ご苦労。その辺に置いといてくれ。飯にしよう」
 言いながら、トマスさんはその黒い液体をテーブルの上のカップに注いでいた。それは……飲み物だったのか。
 不安げに眉を寄せていると、私の後ろに立ったゴーレムさんが、私の近くにあった椅子を引いてくれていた。
「あ、ありがとう」
 と、促されるまま、座る。
「ああ、俺はいいよ」
 手を上げ、ゴーレムさんに言うアルさん。適当な椅子に座る。で、
「これ、なんだ?」
 眉を寄せ、テーブルの上のシチューのようなものをしげしげと観察しつつ、誰にとでもなく呟いた。
「さ、さあ?」
 と、私もその、シチューらしきものを覗き込んで返す。シチュー……うーん……シチュー。色は確かにホワイトシチューだが……具が……なんというか……石ころにしか見えない。
「ごろごろ石のシチューじゃな」
 石って。今、石って、はっきり言ったな。
「え? 石?」
 アルさん。
 言っている横から、ゴーレムさんがそのシチューの中に、本当に石を一個、ぽちゃんといれた。
「マジか!?」
 石は、熱を発する類いの錬成石か何かだったのだろう。シチューの中でそれは熱を発し、ぐつぐつとシチューを温め、小さくなって、消えた。
「石焼き!?」
「フレイムストーンのくず石じゃよ。捨てるのも忍びないしの」
 言い、先ほどの黒い液体を私たちに配りつつ、
「じゃが、ごろごろ石のシチューは、くず石ではないぞ。そいつは、お前たちのために、ちょっとばっかしいい石を、追加で入れさせたからな。まぁ、金も入ったことだしの」
 いや待て。いい石ってなんだ、いい石って。石なのか。石なんだな?
「石なのか?」
 おう、そこが問題だ。石なのか? 石を食べるのか? 石を食べるんだな、錬金術師は。
 ぽかんとしているトマスさん。「おお」と、
「そうか。そうじゃな。石と言ったら、石を想像するわな」
 笑う。
 いや、石って言ったら、石だろう……他に何か……あるんだろうなぁ。
「うむ、石といっても、安心せい。ワシら錬金術師は、錬成したものをストーンという、大きなくくりで呼んでいるに過ぎん。そのごろごろ石のシチューに入っている石は、元は、野菜の歯切れや動物の肉で、ちゃんと食えるものが元になっておる。ストーンにしておくとな、箱にまとめて入れておけるし、長期保存も利く。保存と管理の目的で、石にしてあるにすぎんよ」
「お、おう……」
 説明されても、アルさんですら、若干引き気味だ。まあ、完全に見た目、石だしなぁ……
 トマスさんは、からからと笑いながら続けていた。
「まあ、実験の残りカスを、無駄に捨てるのも忍びなかろ? 錬成すれば、立派な食材じゃて」
 いやまて。
 実験の残りカスってなんだ。食べられるものが元になっているとは言ったが、実験の残りカスってなんだ。
 これは──早い者勝ちだ。
「アルさん、お先にどうぞ」
 言った。先に。
「お、おう……」
「お熱い内に」
 追撃。
 しかし、世界グルメ旅を生業にしているアルさんであっても、食べ物に対し、躊躇する事はあるんだな……とか思いつつも、スプーンに手を伸ばした奴が先にそれ口に入れ、安全が確認されてから口をつける事にしようと決意している私は、話をそらすべく、目の前に配られた黒い液体を指さしつつ、トマスさんに聞いていた。
「あ、こっちの黒い、炭? 黒色の……飲み物らしきものは?」
「それはコーヒーじゃな」
「そっちはまともなのかよ!」
「ほう、コーヒーを知っとるのか? つまらんのう」
「え? この黒いの、本当に飲み物なんですか? マジで?」
「まあ、時代によっては、割とポピュラーな飲み物だな。どういった製法かにもよるが……」
「無論、豆は焙煎した後、フィルターを使って、濾過方式で作っておる」
「ちゃんとしてんじゃねーか!」
「豆は、面倒なので錬成したがな」
「すごいのか、すごくないのか、まったくわからない!」
 なんだかよくわからないが、多分、なんだかよくわからない事なんだろう。まあ、よくはわからないが。
「まぁ、食え。このゴーレムが作る料理に、まずいものはない」
 と、トマスさん。あ、これ、ゴーレムさんが作ったんだ。すっごい精神的ハードルが下がったような気がする。
「よ、よし」
 うむと頷き、アルさんも同感であったのか、ついにその、ごろごろ石のシチューをスプーンですくい、恐る恐る、口に運んだ。
 はたしてそれは──!
「……あ、わりとうめぇ」
 え? うまいんだ。
「あ、これ、ごろごろ石、食感いいな……肉っぽい感じもあるが、こう、口の中で主張する感じ、悪くねぇぞ……」
「石パンと一緒に食うと、なおよいぞ」
「これか……? うお、石パンとか言うくせに、めっちゃモチモチじゃねーか。しかもほんのり、バターの香りがする!」
「うむ、石状態からその状態に戻す際に使う錬成石によって、味が変わるんじゃ。嬢ちゃんの前のやつは、蜂蜜風味にしてある」
「あ、でも、元は石なんですね……」
「無論」
 無論なのか……
「いや、しかし、割とうまい」
 もぐもぐ、先ほどの猜疑はどこへやら。
 そんなこんなで、本日の食事は、ごろごろ石のシチューと石パンに、黒い悪魔の飲み物というらしい、コーヒーなるもの。
 ……割とおいしかったのが、アレ。

 食事を終えた頃には、すでに陽も落ち、夜の帳が森を包み始めていた。
 ゴーレムさんが、灯火石のランプに石を入れ、テラスに明かりを灯す。実にかいがいしいなと、ゴーレムさんが食後に入れてくれた新しい温かなコーヒーを口に運びつつ、思う。ゴーレムさん、いい人だ。人? いや、人ではないか。つちくれ? いや、それはなんか、かわいそうな感じの言い方だな。うーん……
「さて」
 と、トマスさんはコーヒーを置き、言った。
「賢者の石を探しておると言ったか」
「おう」
 アルさんもコーヒーを置き、返した。
「こいつの父親が、賢者の石を探す旅に出たまま、行方知れずになったらしくてな。それで、手がかりとして、賢者の石を捜している」
 こいつ呼ばわりなんていつものことなので、気にもしない。私は続く。
「こちらに、賢者の石について訪ねに来られた方は、いらっしゃいましたか?」
「ふむ……」
 と、トマスさんは唸り、
「ここ三十年くらいの間には、ないのう……」
 うん、私、生まれてないね。
「じゃ、空振りか」
 ずずっとコーヒーを啜るアルさん。トマスさんは少し首を傾げ、逆に聞いた。
「しかし、アーオイルの事を知っとるのに、割と呑気に構えておるの」
「アーオイルってのは、賢者の石を探す者を、割と強制排除してきそうな感じだから、呑気にしてるのもどうなんだろうなあとは、思っちゃいるよ」
 正直だな、この人は。しかし、言葉は繋げずに、ずずっとコーヒーを啜るのみ。
 トマスさんが暗に言ったのは、父の生死についてだろう。賢者の石を探す者には、他者の命をなんとも思わないような輩もいる。魔物、蛮族、そういった輩がいる中で、父が行方知れずのままというのは、最悪、そう言う事もあるかも知れない──と、私も思っている。
 アルさんは話を変えるように、
「で、アーオイルってのは、結局、なんなんだ?」
 トマスさんに聞いた。
「種族の総称?」
「大まかにはそうじゃな」
 トマスさんはコーヒーで口を湿らせ、続けた。
「アーオイルは、上位古代語で石の調律者、石を知る者、といった意味の言葉じゃの」
「錬金術師なのか?」
「うむ、広義な意味では、その理解でかまわん。より上位の存在と捉えてよかろう」
 腕を組み、トマスさんはひとつ頷いて目を伏せた。
「儂らがいうアルケミストなんて存在は、アーオイルの民からすれば、子どもの泥んこ遊びの延長のようなもんじゃ。儂らは、アーオイルの生み出した様々な錬成術を再発見し、組み直しているにすぎんからの」
 すごい。でもそれなら、
「じゃ、賢者の石を創れるのか? アーオイルの民は」
 まさにそれだ。錬金術の究極目標とも言われているという、賢者の石の錬成。そんなにすごい知識があるのだとしたら、それすら創れるのでは──
「創れるかもしれんし、創れないかもしれん」
 曖昧な答えだった。
「まあ、創れるんなら、探したりはしないわな」
 それもある。
「ふむ……」
 トマスさんは喉を鳴らしてからずいと身を乗り出し、コーヒーのカップを脇に寄せつつ、アルさんに向かって続けた。
「賢者の石の錬成には、様々な要素が必要になる。究極的には、賢者の石を作る素材はなんでもかまわんのだが……まずは第一資料、プリマ・マテリアを得る必要がある」
「じゃ、そのために、アルカエストが必要なのか?」
「ほう、詳しいではないか。その通りだ」
「あ、アルカエストってなに?」
 なんだなんだ。なにをさらっと、アルさんは錬金術の話しをしているのだ? アルカエスト? 初めて聞いた。それはなんぞ? という私の問いに、
「万物融解液。簡単にいっちゃえば、すべての物質を、最初のひとつの元素に戻すもの。元素という概念が、この世界の世界観的に正しいのかはしらん」
 アルさんはトマスさんに聞く。
「アルカエストを得る術がないから、賢者の石が創れない?」
「いいや。それよりは、プリマ・マテリアから先の工程の問題じゃな」
 息をついて、トマスさんは夜の森に視線を送った。はて? と、私も視線を送る。
 月明かりの照らす夜の森。崩れた建物や、斜めになって今にも倒壊しそうな古びた塔などが、木々の向こうに、いくつもいくつも、覗いて見える。
「プリマ・マテリアから、賢者の石を得るには、膨大な熱と風と冷気が必要になる。アーオイルはその膨大な力を得るため、各地に、魔力の塔を建てたのだ」
 視線の先、森の中の無数の塔を認め、
「まさかあれ、あれが全部、その魔力の塔なのか?」
 アルさんは目を丸くし、問いかけた。
「さよう」
 大きくひとつ頷き、
「この無数の魔力の塔の全てが、正しく動いていたとするならば──」
 言って、トマスさんは言葉を区切り──「ふむ」と、ゆっくり立ち上がった。
「さて、夜が冷え込む前に、戻るかの。寝床ついでに、その、魔力の塔の中心を見せてやろう」

 トマスさんの研究塔も、その魔力の塔を使っているのだという。
 魔力の塔というものは、私にはよくわからなかったが、要するに、大地からマナと呼ばれる魔力の元を吸い上げ、魔結石だか魔晶石だとかいう石に、ぎゅうっと圧縮して押し込む仕組みを持っている塔なのだそうだ。曰く、マナはプリマ・マテリアに近い存在で、エーテルが変化したなんちゃらで、魔力と呼ばれるものは、世界を構成する根幹の要素が、アルベドの状態で固定化された──わからん!
 トマスさんの塔を、最上階まであがっていって、そこから梯子で中央の窪みを降りると、そこは塔の内部を目一杯に使った、広いフロアになっていた。
 何故か、ここだけ水平なフロアの中心には、不思議な文様が刻まれた鋭いオベリスクが、ぴょんと斜めに立っている。私たちの立つフロアは水平だが、多分、元はこのオベリスクが真っ直ぐに天を指している状態が正しかったのだろう。おそらく床は、何かしらで下を埋め、水平を作っているのに違いない。
 部屋の中心、斜めに傾いたオベリスクの文様は、たまに月明かりにほわっと弱く輝き、その輝きを先端に付いた、何か、紫色に光る小さな丸い石に送り込んでいた。
「あれが、魔結石じゃ」
「この塔、生きてたのか」
「ま、ほとんど魔力を吸い上げられんがの」
 言いながら、トマスさんはオベリスクに近づいて行く。
 斜めになったオベリスクが指す先には、少し欠けた月が見えた。本来は真上に来るはずのドーム型の天井の全面は、透明なガラスのようなもので覆われており、濁りのない澄んだ透明なそれは、おそらく錬金術で作られたものだろうと思えた。
「ぼちぼち、収穫の時期かのぅ」
 オベリスクの先端の石を眺めながら、トマスさんは「ふーむ」と唸る。
「ここは、水平なんだな」
 言いながら、アルさんもオベリスクに近づいていく。
「床を剥がせばわかる」
 オベリスクの先端の石の大きさを、トマスさんは前後左右、上下斜めと指をかざして計りながら返した。反応からして、今はそれどころではないと言う感じだ。さて、剥がせば分かると言うことは、床ははがせるのか? と、しゃがみこんで床を触ってみると、どうやらこの床は、抱えられそうな大きさの石版のようなもので覆われているらしい。
 ならばと、ぺっ。
「おわ」
 薄い石版の下は、紫色に弱く輝く石が、ぎっしりと敷き詰められていた。
「なにがある?」
 トマスさんの近くで、振り向きながらのアルさん。
 私はむむむと、返す。
「多分、その、魔結石っていうのが敷き詰められてる」
 しかしこれは、相当な量に違いない。これひとつがどれほどの価値かはわからないが、一つ銀貨一枚だとしても、ミスリル大銀貨何枚にもなりそうな量が、床下に敷き詰められているではないか。
「まあ、賢者の石の欠片くらいは、創れるかも知れんな」
 言って、トマスさんは笑った。
「まて」
 アルさんは言う。
「もしかして、『賢者の石は創れる』とか、言うんじゃないだろうな」
「ほっほっほ」
 今まで、そんな笑い方一度もしていなかっただろうよ、というへんてこな笑い声を発しながら、トマスさんは長竿を持ち出し、頭上のオベリスクから魔結石を収穫していた。
 そしてそれをポケットに突っ込みつつ、
「できると言ったら、どうする?」
 できると言ったら──正直、その質問は想定外──というか、考えてもいなかった。私たちの目的は、賢者の石を手に入れる事ではないけれど、
「万物の祖、世界のすべてを内包し、全知全能、不老不死すらも得る事ができるとされる、究極の石じゃ。できると言ったら、どうする?」
 その問いに、私は、即座に答えることはできなかった。
 が、この男は、
「いや、別に欲しいとは思わねぇけど」
 即答した。しかも、本当にそう思ってる感じの口調でだ。いや、本当にそう思っているのに違いない。
「賢者の石が欲しいのではないのか?」
「いや、俺はこいつの親父さんを捜しているだけで、別に石が欲しいわけではない」
 ぶれないねぇ……と苦笑しつつ、私も二人に近づいた。
「ただ……」
 そう言って、アルさんは私を見ながら、いつもの悪い事を考えている時のような感じで、笑っていた。
「それを創ってみたいっていうんなら、何が入り用なんだ? こちとら、路銀に乏しい冒険者だ。依頼されるなら、報酬によっちゃあ受けちゃるぜ?」
 こいつ……と、私は苦笑。
「なんか格好いいこと言ってるけど、路銀がないのは、あなたの所為ですからね」
 詐欺られた、あなたのね。
「ふ……」
 流しやがった……
「賢者の石は、とても危険なものじゃ」
 真剣な眼差しで、トマスさんは続けていた。
「アーオイルは、それを錬成することに成功していたと、儂は考えておる。それ故、アーオイルの民は、今は下の世界と呼ばれる場所に閉じ込められておるのだろうと、推測している」
「ああ、アーオイルは、こっちの世界をルーフローラとか言うんだっけ? アーオイルは、賢者の石を錬成したから、別の世界に閉じ込められたのか?」
「え? あの、アルさん? さっきから普通にその手の話しをしてますけど、それ、どこ情報?」
「レイシュが言ってたろ?」
 ……いや、全く記憶にないが。
「巨人を見たことがあるか?」
「あのでかいやつ?」
「そうじゃ。終末の巨人にして、始原の巨人」
 一つ頷き、トマスさんは真剣な眼差しのまま続ける。
「アーオイルとルーフローラは、あの巨人によって分断されたと、儂らは推測しておる。おそらく賢者の石の錬成に成功し、世界を創り替えることすらも可能となったアーオイルを、終末の巨人が断罪し、世界を分けて隔てたのだろう──と考えておる」
「賢者の石の錬成は、世界を滅ぼしかねないって事か?」
 何で楽しそうなんだ、アルさん……
「巨人がこちらにいると言うことは、そうなのかもしれんな」
「で、何が必要なんだ?」
「アルさん!?」
「無論、プリマ・マテリアを得るための、アルカエストじゃ」
「いやいや、それ、なんでも溶かしちゃうってやつでしょ?」
「おう、だから持ち運べない。なかなか難易度が高いな……」
「問題ない。アルカエストを錬成すればよいのだ」
「なるほど、たしかに」
「あ、それ、創れるものなんだ」
「アルカエストは、超純水銀があれば、錬成できる」
「それは純水なのか、水銀なのか」
 苦笑気味に笑うアルさんに、「うむ」と唸るトマスさん。大げさに肩をすくめつつ、返す。
「呼び名が失われておる故、都合、そう呼んでおるに過ぎん。まあ、確かに水銀と同じように、金属でありながら常温では液体という点は似ているかもしれんが……ちなみに、それを錬成してアルカエストを得る過程で出るゴミクズが、お主等冒険者たちが大枚をはたいて手に入れたがる、ミスリル銀じゃ」
「ゴミクズよばわり!?」
 「ふふん」と笑う錬金術師にとって、ミスリル大銀貨は、ゴミクズ並みの価値らしい。衝撃の価値観。
 トマスさんは、「それはともかく」と、さらりと流し、続ける。
「魔力の塔の一部には、膨大な魔力を飽和させ、銀と魔結石から超純水銀を自動錬成する仕組みを持つものがある」
「ああ……そういや、銀とミスリル銀と錬金術は、なんか密接な関係があるって、ネリが言ってたな」
「ああ、テネロパで……」
 そういや、なんかそんな事を言ってたな。うすらぼやっと、覚えているぞ。ルーフローラのくだりは、全く覚えがないが。ってか多分、この人達の話をハテナハテナで聞いていた頃の、純粋な私の頃の話なんだろう。
 とにもかくにも、
「で、そのタイプの魔力の塔で、未だに生きているやつがあるんだな?」
 そう言って続けるアルさんに、驚きも感じない今の私は、
「で、そこにいって、その、アルカエストの元になる、なんとかかんとかを取ってきて欲しいと?」
 続ける。これはもう、やる流れだ。やる流れなら、やるならやるで、
「想定される危険は?」
 事前準備大事。
「生きている魔力の塔には、普通には入れん。だが、ここいらの地下にわずかに残っとる地下研究施設から、その塔に侵入できる。想定される危険
は──防衛のため仕掛けられた、錬金術師達がやりそうな様々なトラップと、鉱石魔神かの」
「こうせきまじん?」
 とは?
 ハテナな私に、アルさんが言った。
「ああ……大ざっぱに、魔物ととらえときゃいい。魔物には、倒すと宝石やら石やらになるタイプと、普通にその場に残るタイプがあるだろ? あれの、宝石やら石やらになるタイプを総称して、鉱石魔神と呼ぶんだ。──と、Wikiに書いてあった」
「うぃき?」
「説明がめんどくさい。流せ」
 なんだそれ。
 ハテナハテナしている私に、トマスさんが補足。
「厳密に言えば、錬金術師が錬成した石を組み合わせ、新たな種として生み出した生物が、鉱石魔神じゃな。それ単体で生殖が可能なものや、高度な知能を持っていたりもするが、まあ、儂らが魂と呼んでおるものが、石と魔法で創られたものの総称と、そう理解しておけばいい」
 おう。
「要するに、魔物がいるってことね?」
「要約しきっちゃえば、そう言うことだな」
 うむ、難しい事を考えるのはよそう。魔物がいる。注意しろ。それで十分だ。あれ? 私も随分染まってきたな……
「どうじゃ?」
 月明かりの中、トマスさんはにやりと笑っていた。
「やるか?」
「一つ聞きたい」
 アルさんは返した。
「賢者の石の錬成に成功したら、この世界はどうなる?」
「どうにもならんだろうな」
 それは少し、意外な答えだった。
「理論的には可能。とは言え、成功しても、欠片ほども錬成できるかどうかはわからん。できない可能性の方が、はるかに高いしの。ま、その程度で、何がどうなるという事もあるまい。しかし、ともすれば──ま、その程度じゃよ」
 ともすれば、は非常にアレだが、「そうか」と、アルさんは一つ、息をついた。
「どうじゃ? 可能性は、低い。だが──やると言うなら、力を貸そう」
「は?」
 アルさんは目を丸くする。
「いや、やる流れだろ」
 そうだね。やる流れだね。だから、アルさんはトマスさんに向かって、ニヤリとしながら、言ってのけた。
「御託はいいよ、トマス。いい歳してよ」
 この男は、そういう男なのだ。
「創ってみてーんだろ? 賢者の石をよ」
 ま。
 それはたぶん、あなたもでしょうけれど。

「そんなこんなで、私たちは、古の錬金術師達の地下研究施設へと、挑むのです~」
 「お~」と、気の抜けた感じでエルさん。
「ここは、トラップもモンスターも、レベルは低いけどバンバン出てくるから、要注意ね、勇者ちゃん!」
 と、ニケちゃん。ふんすと鼻を鳴らし、気合い十分だ。
「おい、レイシュがいねーぞ、どうした、壁」
 皆を見回していうアルさんに、
「レイシュは、今日は夜勤だそうだ」
 しゃがみこんで荷物を確認しつつのダガーさんが、振り向きもせずに返した。
「ちなみに、チロルもいない」
「え? パーティーリストにはいるのに、こねーの?」
「チロルさんは、今日は学生時代の友人と、久しぶりに飲みに行くと言ってましたね」
 帽子の位置を直しながら、ネリさん。
「帰ってきたら合流するかもしれないとは言ってましたよ」
「おい、盾がいねーぞ! 盾が!」
「やりましたね、アルさん~。ダガーさんとの、懐かしの回避盾ツートップですよ~」
「あ、このダンジョン、わりとマジでトラップ多いから、オレ、トラップ担当な。アル、一人で回避盾がんばれ」
「おい、全滅エンドしか見えない!」
 探索前から、不安だな……
 本日の遺跡突撃メンバーは、アルネリダガーに、エルさん、ニケちゃん、そして私だ。頼もしいタンクの二人がいないという、なんともとても不安な構成だが、ネリさん曰く、「まあ、ここはトラップこそ意地悪ですが、通路も狭いので、タンクがマストって事はないでしょう。大丈夫です。アルが死んだところで、エルがリザればいいのです」「フライングマンのように」「あ、それだと私、回復しちゃだめですね」「五回か……」「もういっそ、最初から『はか』でいいだろ」つまり、なんとかなるだろうと、そう言うことのようだ。
「では、俺とダガーが先頭で。勇者ちゃんは殿」
「とのー」
「相変わらず、妹は馬鹿だな」
「漢字を覚えただけ、誉めてやってください」
「ひどいー」
 そんなこんなで、私たちは森の中にできていた大きな穴からロープを垂らし、地下研究施設へと、するすると降りていった。

 灯火石の明かりで、通路を照らす。
 壁は石膏だろうか。つるつるでまっ平らな作りになっていて、床も、壁と同じような材質のもので隙間なくぴっちりと覆われている。煉瓦や石と違って、木板のように平らでなめらかなそれは、歩くとコツコツと堅い音がした。
「そういや、気にもしなかったが」
 コツコツ鳴るその床をつま先で叩きながら、アルさんが言う。
「この世界の靴は、割と近代的だよな。左右もあるし、パッテンじゃなくて一体型だし」
「錬金術です。それですべて片づきます」
「いい加減すぎる」
 パッテンとはなんぞ? と、小首を傾げていると、突然、何者かの声が頭上から降ってきた。何事!? と、上を向くと、天井に空いた穴らしきものに網がかかった所から、何やら、聞いたことのない言葉が発せられていた。
「なんのアナウンスだ、こりゃ」
 天井を見上げ、アルさんが気の抜けた声を上げる。脅威ではないようだ。後から知ったが、あの穴は、すぴーかーなるものらしい。
 ほにゃふにゃと何を言っているのかさっぱり分からない不思議な音声に、
「お、上位古代語ですね」
 と、ネリさん。
「そう言えばここ、上位古代語のヒントが割とあった気もしますね」
「ってか、発声もあんのか。古代語」
「ありますよ~、トランスレイトとかでないとほとんどわかりませんが、わかる人には、そのままでも、ちゃんとわかるそうです~」
「ほー」
「『この区画は閉鎖されているため、機密保持目的の自動制御システムにより、侵入者排除機構が作動しています』と、言っています」
 さらりとネリさん。
「魔法?」
「いや、こんなもん、覚えてしまえば、それほど難しい言語ではないですよ。語順は、SOVですし」
「おれ、りかい、できない」
「SOVですね」
 どうやらネリさんは、このふにゃふにゃほにゃららな言語が聞き取れるようだ。そして、私を含め他のみんなはチンプンカンプンのようなので、
「こえー! お前だけがわかるって、嘘しか言わなそうで、こえー!」
「失敬な」
 さもありなん。
「さて、じゃあ、とっとと行くか」
 と、歩き出すダガーさん。
「あれ、そっちなん?」
「おう、後方、マップねーだろ」
「あ、ホントだ」
 後方? 振り向けばそこに道はあるが……まあ、向こうに行くならそれはそれで。
 と、歩き出してすぐに、
「!?」
 アルさんがばっと後ろに跳びすさった。
 一瞬遅れて、壁がじゅっと、煙を上げた。
 なにごとか。
「ちっ」
 ダガーさんの舌打ち。
「おい」
 アルさんが言った。
「なんか、壁からレーザーみてーのが出たぞ。当たったらヤバそうな感じのやつが」
「おう、ここはトラップ満載だからな。気をつけろよ」
「先に行え」
「では、先に言っておきますが~」
 ほわんほわんと、エルさんが言った。
「ローグのダガーさんがいますので、罠の難易度も、攻撃力も、桁違いですよ~」
 さらりとえぐい。
「お前帰れ」
「オレを信じろ、アルベルトー!」
 無理だな。

 先頭をアルさん、ダガーさん。そしてその後ろにエルさん、ネリさん。殿に私とニケちゃん。
 先ほどの電撃のような罠を何個か解除したり、何個かアルさんが強制解除したり──撃たれる──して、私たちは通路を進んでいった。
 ぼこん、と、突然床に開いたシュートトラップに、狙ったように落っこちそうになったニケちゃんを、あたふたあたふたと助けたり、その隙に、不思議な力で宙を浮くクリスタルの塊が、曰く、レーザーなるものを乱射してきて阿鼻叫喚になったりで、挙げ句の果てには、道の途中に落ちていたコインの固まりに、「おい、ニケ、あれとってこい」「やだよ、私、もうひっかかったもん」「くそ、やっぱりクリーピング・コインか」なんてやりとりの後、大量のコインにびしびし叩かれたりで、てんやわんや。
「難易度が高いって訳じゃないが、こう、次から次へとくると、疲れるな」
 「休憩ー」と言って、通路から少し外れた、やや広めのスペースで、「ふう……」と腰を下ろすアルさん。水を口にしながら、
「なんか、あの辺のくぼみ、自販機でも置いてあったっぽいスペースだな」
 スペースの角っちょを見つつ言う。
「あ~、そういう区画なのかもしれませんね~」
「この世界、自販機あるのか知らんけど」
 自販機って何だろう? と思いつつ、その窪みの辺りを見てみる。ふーむ、別に、特に何かありそうな感じではないな。ちょいと離れたところの壁が壊れていたので覗いてみると、その向こうは、部屋になっていた。
「この向こう、部屋になってますね」
「んー?」
 石パンを口にしたまま、途中の部屋で手に入れた書類の束を手にしたアルさんが、ちょいと右上の空中を見て返した。
「あー、そっちは侵入不可領域だから、別に何もねーな」
 侵入不可領域? 何を言っているのだろう。十分通れそうだが……まあ、別になにもないかもしれないが……と、十分注意して、隙間に身を滑り込ませて覗く。
「あ、ネリ、トランスレイトきれた。かけて」
「いや、トランスレイトはシンク対象じゃないんで確かに使えますが、わりとMP消費がきっついんで、とっとと覚えてくれませんかね?」
「おれ、できない、りかい、ほかのげんごとか」
「なぜSVO」
 背後で何やらやっているのを後目に、ちょいと覗いた小さな部屋は、真ん中に、腰よりやや高い高さのテーブルのような機械が置かれていた。何の部屋だろうと注意しつつ中に進み、中央のそのハイテーブルを確認する。
 ふーむ……長辺に沿って細長く四角い穴があいていて、四隅には底のある丸い穴があいている。積もった埃や瓦礫に、その穴の用途はよくわからなかったが、なんにせよ、多分、狭めの休憩室だろうなと思えた。そして……やはり、特に何もない。
「いたっ!」
 戻ろうと振り向くと、入り口でニケちゃんがおでこを押さえていた。
「もー! なんなのー?」
「……パントマイム?」
 何故か、ニケちゃんは入り口の所でパントマイムをしている。そこにない壁に手をついて、ぐーで叩いている。
「なんで勇者ちゃん、入れるのー!?」
 見えない壁を叩くニケちゃん。なんだろう……新手の遊びだろうか。
 なにごとかとネリさんがやってきて、
「ニケ、ここは我々は侵入不可なので、入れませんよ」
「勇者ちゃん、入ってるじゃん」
「勇者ちゃんにはそういうルール、ないんで」
 こんこんと、音でもしそうな感じで空間をノックするネリさん。素晴らしいパントマイムだ。
「おりゃあぁぁー!」
 雄叫びとともに、アルさんが跳び蹴りを空間に向けてぶちかました。そしてそれを見て、私にも、何となくわかった。
 アルさんは、まさにそこに壁がある時と同じように、空中でがっちり停止していたのだ。そして──そこに壁があるときと同じように──べちゃっと、床に落ちた。
「ここに、見えない壁がある」
「理解した」
 倒れ込んだままの、だっせぇ格好で真面目に言われても、ハテナは消えない。
「いや、別に、なんもないけど?」
 言いつつ、もしかしてそんなトラップだったらやだなあと思いながら皆の所に戻る。と──やはり私は何の障害もなく、みんなの言う見えない壁をすり抜けられた。
「……いや、なんもない」
 ないな。うん、ない。
 手を突っ込んでみる。真っ直ぐ伸ばせる。ふりふりすらできる。隣では、ニケちゃんが相変わらずにパントマイムをしている。私の肘より先には、見えない壁があるようだ。
「もっかい入ってみろ」
「いいよ」
 と、進む。別になんの抵抗もなく、するっと部屋の中へ。
「なんで!?」
 ニケちゃん。見えない壁に手をついて、驚愕の表情。
「いや、むしろなんで入れないのか、私にはわからない」
「カメラもいけねーのか」
 アルさんはぐにっと首を傾げている。
「システム的には、完全に侵入不可なんだな」
「まあ、勇者ちゃんは我々とは違って、システム寄りですからね」
 ネリさんも少々感心した風に、「ほう」と唸っていた。
「しかし、初めて見ましたね。こんな行動」
「え? これ、みんなそうなんじゃないの?」
「システム的にはみんな同じでしょうが、そもそも、自身の選択で侵入不可領域に行くことがないんじゃないですかね? 一応、そういう行動をしないように、調整されてますし」
「おう、お前、常識ないってよ」
「失礼だな」
 お前に言われたくないぞ。
 だいたい、なんでみんながこの部屋に入れないのか、私にはさっぱりわからない。魔法的なもののようだが、みんなにできなくて、私にはできると言う理由が──勇者だから? いやいやいや、なにを。私は勇者ではない。
「なんか、ぶつぶつ言ってる……」
 うん、ともかく、これは置いておこう。あまり深く考えてもしょうがない。
 と、戻ろうと皆に振り向くと、
「?」
 皆が、びっくりしたように目を丸くしていた。
「……なに?」
 いやな予感がする。
「上」
「いや、なにが……」
 引きつった笑いで、私は上を見た。
 天井の隙間。そこから、どろどろとした感じの粘液のようなものが染み出してきていて、一抱え程の大きさになっていた。緑の、てらてらぬめぬめと光る気持ちの悪いそれは、今にも自重でこぼれ落ちそうなくらい、ぷくーっと膨らんで──
「……え?」
「スライム!」
 ニケちゃんが叫んだ。
「アーマーブレイクしてくるやつ!」
「はいはい! よい子のみんなは見ちゃいけませんー!」
 エルさんの神速の左ストレートに、ぶっ飛ぶアルネリダガー──いつの間にいたんだ、ダガーさん──は、ともかく。それを再び見ると、それはついに自重に耐えきれなくなり、落ちた。
 私の顔の上に。
「カメラを止めるな!」
「いや! カメラ、入れない!」
「なんという! せっかくの!」
 だびーんと落ちてきて、ぎゃー! なんだこのベタベタはー! 鼻に口に! ってか、げっほ! なんだこれ! うっげぇ……ってか、痛い!? なんか肌がチリチリする! いや、服、溶けてる!?
「あわわわ!」
「浄化浄化浄化ー!」
 スライム系の魔法生物は、廃棄物処理用に、飲み込んだ物を消化する性質があるんだってさ。カルボにも、弱いけどあるらしいよ。
 スライムまみれになって、私、おぼえた。
「……げっほ!」
 スライムには、二度と近づかない。

「でてこい! スライム!」
「いや、こなくていい」
 先日買い換えたブレストアーマーが、見るも無惨に溶けてしまった。服はまあ、マジックバッグの中に予備があったので着替えたが、なんとも防具が心もとない。
 そんな私たちの前には、ネリさん曰く中ボス、ミストクラウドなる、靄のような魔法生物がいた。
「ってか、見てないで戦って!」
 スライムの増援を叫ぶ不届き者に、私は文句を言い放つ。ミストクラウドを前に、奴らは何もしていないのだ!
「だって、あたらねーし」
「くっそー!」
 魔法生物、ミストクラウドは靄なので、通常武器攻撃無効属性なるものをもっているらしい。割と詰みになる事もある相手との事だったが、
「いいなー、ミスリルー」
 私の剣はミスリルなので、ダメージが入るのだ。と言うか、ミスリルの武器を持っているのは私だけなので、
「勇者ちゃん、頑張ってー」
「これ、観戦以外、することねーの?」
「基本、ない」
「盾になればいいんじゃないですかね?」
「やだよ、当たったらつらそうじゃん」
「というかですね~、ネリさんは、魔法打てばいいんじゃないですかね~?」
「いやー、勇者ちゃんを巻き込んでしまいますしねー」
 これはひどい。
 そしてさらに、
「げっほ! げっほ!」
 このミストクラウドなる敵、攻撃はまったく痛くはないのだが、靄に取り込まれると、真っ黒な煙に包まれた時のように、ものすごいせき込んでしまうのだ。ネリさん曰く、そうやって靄に取り込んで窒息死させる、害虫駆除目的の魔法生物らしいのだが、あいにく私は虫と言うほど小さくはないので、
「げっほ! げっほ!」
 とせき込みながらも、なんとかミストクラウドの攻撃をいなし、剣で払い、やっとのことでそれを霧散させた。
「げっふ……」
 せき込みすぎて、喉が痛い……涙でる……
「ご苦労。いって!」
 半泣き突き。
「はい、勇者ちゃん、お水」
「ありがと」
 そんなこんなで、
「この上が、ホールだな」
 顎をさすりながら、ダガーさんは通路の先、上へと続く階段を見上げていた。
「ホールに出れば、あとは登りきって、降りるだけだ。おボス様はいるがな」
「おボス様は、スライムか? いって!」
 そこから離れよう。
「うむ、ではゆくぞ」
 言って、ダガーさんは階段を上がって行った。
 階段を上りきると、そこは塔の一階だろうか。丸いホールのようなフロアに出た。
 壁には、不思議な文様が幾何学的に刻まれていて、光がその模様をなぞるように動き、天井の向こうに吸い上げられていっている。
「生きている魔力の塔は、こんな感じなのか」
 呟いたアルさんに、私も小さく頷いた。
「なんか、魔力を吸い上げる塔ってだけあって、ちょっと、気味が悪いくらいですね」
「うむ。ま、この手のものが世界を破滅に導くというのは、よくあるパターンだしな」
 言いつつ、アルさんは先ほどからたまに見ている、ここで手に入れた書類の束をぺらぺらとめくっていた。古代の錬金術師達が作った、パルプ紙なる貴重な紙で、しかも書かれているのはこの塔や錬金術に関わることらしいのだが、トランスレイトをかけてもらっていない私には、ミミズがのたくったような不思議なその文字は、まったく読めない。
「おー、これだ。この文様が、これだな」
 見せられた絵は分かる。確かに、目の前にある塔の内壁に走る光の軌跡は、アルさんが指差すページに書かれているその図と一緒に見える。
「へー、これは銀鉱石から、銀を錬成する回路も兼ねるのか」
「私にはさっぱりだけど、それってもしかして、理解したら作れたりするものなの?」
「どうだろうなー……」
 ぽりぽりと頭をかいて、
「割と当然のように、なんちゃら石とか、どうやって創るんだよってモンが出てくるし、これだけじゃ無理だろうなー。ま、ゲーム的に言っちゃえば、これはただの、世界観を補強するフレーバー的なもんだろうし……」
 何言ってるのか、よくわからん。まあ、あまり興味もないし……ともあれ、弱く光る回路の光を目で追いながら、
「アーオイルってのは、分断された世界で、滅びようとしてるんですかね?」
 特に意味はなかったが、思ったままを口にしていた。アーオイル。下の世界の住人。賢者の石を求めている。もしかしたら、滅びゆく世界をその石の力で、なんとかしようとしている──のだろうか。
「さあ?」
 アルさんは、興味がなさそうだ。
「賢者の石を追っていれば、嫌でもそのうちわかんじゃね?」
「私は父を捜しているだけで、賢者の石に関しては、正直、興味はないんだけどなぁ」
 思ったままを言うと、アルさんは書類の束をポーチにしまいながら、
「いや、勇者ちゃんは世界を救う事になるんだから、その運命からは逃れられないだろ?」
 こいつ……
「昨日と言ってる事が違うし、そもそも私、勇者じゃないし」
 某国では、名もなき勇者なんて言われているようですが、誰かが流した噂のせいで、神に認められた麗しの美少女とかなんとか、そんな事を言われているそうですが、私、本当に勇者じゃないんで。そこはちゃんと。
「東西に螺旋階段があるが、アルよ、どっちから登っていく?」
 どっかの誰かさんこと、ダガーさんが聞いていた。
「なんか違いがあんの?」
「ねえ!」
「じゃあ東」
「よーし、んじゃー、いくべー」
「ま」
 螺旋階段に向かうダガーさんに続きながら、アルさんはニヤリと笑っていた。
「この世界における石ってのが、錬金術の要になっているって事は、よっくわかった。そしてその究極目標が、賢者の石の錬成──世界の創世にあるってこともな」
「世界の創世?」
 突然出てきた言葉を、私はおうむ返しに繰り返した。どこから出てきた、そんな話。
「どういうこと?」
 聞く私に、返したのはネリさんだった。
「あー、その辺、本当はここで手に入る資料をトマスさんに翻訳してもらって得る情報なんですが、トランスレイトで読んじゃったわけですかー」
 「ううーん」と唸り、
「勇者ちゃん、後でちゃんと、アルに聞いといてくださいね?」
「え? 何で?」
 正直、めんどくさいし、あんまり興味がない。
「やっぱりそうなる!? これでまた、シナリオラインが崩壊してしまう!?」
 ネリさんは頭を抱えていたが、
「おーい、いくぜー?」
 と呼んだダガーさんに、
「あ、はーい」
 と返して小首を傾げた私に、「いえ、いいんです……」と力なく返し、歩き出した。
 なんだかな……
「これ、何階あんの?」
「14階だったかな?」
「長っ!?」
「全高42メートル」
「建坪率の関係?」
「そんな裏事情があったら、嫌ですね~」
 わいのわいの言いながら、私たちは上を目指す。
 賢者の石と世界の創世──話が大きくなってきたので、正直、本当に知りたくないような気もするので、聞かないでおこう。

 塔の内壁に沿った螺旋階段を進み、三、四階ほど登ったところで、通路はそのまま、外に向かっていた。
「すとーっぷ」
 と、アルさんが私たちを止める。と、
「ちっ」
 と、ダガーさんが舌を打った。
 なにごと?
「いやいや、それ、お前の仕事では?」
「あー? そりゃおまえ、もうちょっと進んだらな、言おうと思ってたんだよ」
 何やら、もめている。
「なにか?」
 聞いてみた。
「おう、全く確証はないが、あそこから、外壁側にでるっぽいだろ?」
「うん、そうっぽいね」
「外は明るい。どうすっかな、灯火石をたくさんつけるか、もうちょい近づくか……おい、ローグ、ちょっと先行してこいよ」
「やだね」
「てめぇ……」
「いや、何の話?」
 何を言っているのかよくわからなかったが、「うーん」とアルさんは唸っている。
 小首を傾げていた私に、エルさんが言った。
「あの先は外なので、ここよりずっと明るいですよね~。ですから、このまま進むと、まぶしってなるじゃないですか~」
「ああ、まあ……」
「そういうところにですね~、トラップを仕掛けるんですよ~。モンスターとかを配置してですね~、不意打ちさせるんです~」
 合点がいった。
 あの先には、何かがいるんだ。アルさんは経験と勘で立ち止まったが、ダガーさんは気づいていて、あえて言わなかったのだ。はめようとして。それ故の、舌打ち。あぶねぇ……
「ま、いいか」
 アルさん、あっさり。
「おう、何もないしな」
 と、こちらもあっさり、ダガーさん。
 そして二人、てくてく、行く。
 いやいやいやいや! わかっててそれ!? それはそれでどうなの!? 武器を抜刀してはいるけれど、わかっててそれ!?
 止めようと手を伸ばす光の向こうに、二人の背中が消えていって──すぐに、がんがんがんと、金属が石に打ちつけられるような音が響いてきた。
「あ、アルさん!?」
 加勢に駆けつけようと、私は飛び出す。
 が、やはり突然の外の明るさに、「うっ」と目を細めてしまい、いや、これじゃ何しにきたんだか──
「よし、何もなかったな」
 アルさんの声。
「ほら、なにもなかったろ?」
 ダガーさんの声。
「えー……」
 と、やっとこ目が慣れて辺りを確認すると、外壁に沿って登る、手すりすらない螺旋階段の上、腰に手を当て、足元の砕けた石像のようなものを「うんうん」と頷いて見ている二人がいた。
「……なにそれ?」
「ターゲットネームは、ガーゴイルってなってたな」
「それは、悪魔みたいな見た目の、とても有名な石の魔物では?」
 私でも知ってるぞ……
「何もいなかった」
「おう、何もいなかったな」
「いや、それは?」
 実力は認めているけれど……この二人、と言うか、この人達は……
 心配して損したなと、私はひとつ、息をついた。あ、いや、心配なんかしてないわ。
「つーか、これって、錬金術師がこの塔を守るために創った、魔法生物なんだろ?」
 アルさん。言葉の先にいたダガーさんが、
「ま、そうなんだろうな。この世界じゃ、魔法生物とは言わずに、鉱石魔神と言うそうだが」
 こつんと石を塔の下に蹴り落としつつ、返す。
「その前提で戦ってたと思うけど、マジ、落ちたら死ぬから」
「ミニマムレーティングCのくせに、トラップがおっさんGM感覚」
「作ってる人がおっさんなんだろ」
「これはひどい」
 呟く二人に、やってきたネリさんが続いていた。
「まあ、確かにおっさんなんですけどね」
「新規が逃げるぞ」
「新規、もう、ほぼいません」
「ここはですね~」
 やってきたエルさんが、ほわほわと続けていた。
「割とみなさん、引っかかるんですよね~。ゴールも近いですし、気が抜けてしまうんでしょうね~。ね~、ニケちゃん?」
「お、おう!」
 なぜか目を泳がすニケちゃんでした。
「これはひどい」
 男三人、異口同音。
「ま、ともあれ、大物トラップはこんなモンだ。あとはちょいちょいと行って、おボス様だな」
 言って、ダガーさんはにやりと笑い、
「ちょいと先行して、みてくるぜー」
「おう、落ちて死ぬなよ」
「あほか」
 ひょいひょいと、身軽に階段を駆け上がっていく。
 そして私たちはまた、しばしの小休止。

 吹く風に髪が揺れる。
 眼下には、広がる樹海。
 傾きを始めた陽光に輝く、深い深い緑の森には、いくつもの塔の遺跡が呑み込まれていた。
 忘れられた錬金術師の塔。その内の一つ。
 その塔を登る外壁の螺旋階段で、私はひとつ息をつき、眼下の樹海から塔の外壁側へと振り向いた。
 で、
「また読んでるんですか?」
 小休止の中、この塔に繋がる地下研究施設で手に入れた書類を手に、わりと真剣な表情で石パンをかじっているアルさんを見て、またひとつ息をつく。
「おう」
 と、外壁に寄りかかったまま、手にした書類から、アルさんは顔も上げやしない。
 まあ……気にはなるので、ちょっと近づいていって、覗き込む。が、やはりそこに書かれている上位古代語なるものは、私には読めなかった。
「読むか?」
「読めないし、あまり興味がない」
「賢者の石を探してるのに?」
「別に、欲しいとか創りたいとか、そういう訳ではないしね」
「ま、それもそうか」
 うん。特にそれに興味はない。むしろ、
「私にとって、石は石。おなかの膨れる石パンの方が、作り方に興味がある」
「あ、食う?」
「ちょうだい」
 「あいよ」と、アルさんはベルトポーチから小さめの石をふたつ取り出した。受け取り、私は、私の知る数少ない上位古代語のひとつを口にしながら、二つをこちんとぶつけ合わせた。ぽふんとそれは光を放って弾け、ふた周りほど大きなパンに姿を変えていた。
「あれ? お前、蜂蜜パンできんの?」
「むしろ、これしか覚えてない」
 石は石。
 とは言え、錬金術の生み出したそれが、私たちの今の生活を──今はお腹も──豊かにしてくれている。
 はたしてそれならば、不老不死、全知全能を手に入れる事ができるという、賢者の石は──なんて、石パンをもぐもぐしながらアルさんの手元を覗き込みつつ、考えていると、
「石は、この世界において、とても重要な意味を持つんですよ~」
 アルさんを挟んで私の逆隣にやってきたエルさんが、同じようにその手元をのぞき込みながら言っていた。
「まあ、お腹もふくれるし……」
「や、そうじゃねぇだろ」
 わかってるよ。
「錬成石は、いろいろあると便利ですしね。とは言え、庶民に手が出せるようなものじゃないですけど」
「たぶん、それもちょっと違うんじゃねーかな」
「ふふふ~、勇者ちゃんは、可愛いですね~」
 な、何故そうなる……
「もっとこう、世界の根幹とか、そういう感じの話だろ? この世界における錬金術ってのは」
「そうですね~。錬金術師達は、石の錬成を通して、世界の公理、時空の定義、究極の疑問の答えを、探していたのかもしれませんね~」
「公理? ってか、なんで公理? それ、エルの台詞じゃねーな? 誰の台詞だ?」
「さぁ~? どうでしょう~? それは勇者ちゃんと一緒に、探求してください~」
「なんだそれは」
 ふふふと笑うエルさんに、アルさんはふんすと鼻を鳴らし──塔の外壁をそって上へと続く、螺旋階段の向こうに目をやった。
「どうしました?」
 アルさんの手元の書類に書かれていた、不思議な卵形の石の絵から顔を上げ、私は聞く。なにやらアルさんは顔をしかめ、目を細めている。
「あら~」
 エルさんも振り向き、気の抜けた声を上げていた。
 塔の上方から、何やら声が聞こえてくる。先行して探索に行っていた、ダガーさん、ネリさん、そしてニケちゃんの声のようだが……はて──と、うろんげ。
「バカー! お兄ちゃんの、バカー!!」
 アルさん、書類をしまう。
「いやいやいやいやいや! ダガー!」
 エルさん、「えぇ~」と目を細めている。
 なんだろ、と私。
 見ると、ニケちゃんが背後に向かって叫びながら、階段を駆け下りてきていた。「バカー! お兄ちゃんのバカー!」その後ろには、ネリさんがいて、「いやいや! 私ではない!」更にその後ろにはダガーさんもいて──なにやら、地響きみたいな音がする……
 必死の形相のダガーさんが、走りながら叫んでいた。
「逃げろ逃げろ! 逃げろー!!」
 後ろから、大岩が転がって、追いかけて──
 くるり。
 アルさん、エルさん、私。
 走った!
「ばっかやろおぉ!」
「なんで、大岩が、転がってきてるんですかー!!」
「このトラップ、掛かった人、初めて見ましたよ~」
「いや、しらねーよ! ネリがさー!」
「私ではない!」
「お兄ちゃんの、バカー!!」
「飛び込め!」
 先の、内部と外部とを繋げる壁面まで駆け戻り、私たちは再び塔の中へと飛び込んだ。
 わちゃわちゃわちゃっと塔の内部に飛び込んで、「ぐえ!」「うご!」と、揉みくちゃぐちゃぐちゃ。先頭の私たちは、被害甚大。ってか、いってーし!
 大岩はそのままごろごろと転がっていって、やがて音もしなくなった。おそらくそのまま、塔を転がり落ちていったのだろう。
「おい……」
 私の背中の上、器用に仰向けになって、その足でダガーさんの頬に蹴りをくれているアルさんが、目を半眼にしつつ、言っていた。
「なんで、ジョーンズ博士みたいなことになったんだよ?」
「いや、あの大岩トラップ、不思議におもわねーか?」
「なにがだ」
「いえね、アル」
 ネリさんが顔を出し、続けた。
「外壁の螺旋階段で大岩転がしのトラップなんて、普通に考えたら、遠心力で通路をはずれて、どっかに飛んでっちゃうと思うじゃないですか」
「普通な」
「ニケもバカじゃないから、そう考えるとあれ、意味ないんじゃないかなーって、言ったの」
「前半はともかく、後半はそうだな」
「論より証拠」
「何事も実験」
「目は口ほどにものを言う」
「お前らバカ野郎だな! しかも最後のは、明らかに間違ってるしな!」
「壁面側に、棒がついてたんですかね~」
 エルさんが、ほわんほわんと言っていた。
 いいから、さっさとどいてくんねーかな?

 塔を登り切り、先端のガラスドームの脇から中にはいると、内壁に沿って、二階分ほどの下り階段が続いていた。見下ろすフロアの中心には、巨大なオベリスクがまっすぐに立っていて、床に描かれた回路のような線を流れる光を吸い上げ、鼓動のように点滅している。
 部屋の中心、オベリスクの周囲は腰よりやや高いくらいのサークルに囲まれていて、中は、銀色に鈍く輝く、粘度の高そうな液体で満たされていた。あれが、超純水銀だろうか。
「ミスディン?」
 アルさんが呟く。
「アイテム名、ミスディンってなってるけど、あれが、超純水銀?」
「ですよ」
 頭の帽子を直しながら、ネリさんが返す。
「そして、それを守るあれが、今回のおボス様です」
 言葉の先、フロアの中心、オベリスクの前には、巨大な石のゴーレムが片膝をついて座っていた。座っているゴーレムは、微動だにしない。あれはきっと、もう動かなくなっちゃったゴーレムさんに違いない。と、思いたい。思うだけなら自由。
 あと一周でフロアに降りようかと言うところで、どこからともなく、この遺跡では聞き慣れた声が響いてきた。
「あれ? トランスレイト切れてますね。訳しますか?」
 ネリさん。
「いる? それ」
 アルさんは剣を抜いて返す。
「大方、『フロアに降りないでください。自動防衛システムが起動しています。解除を行うか、直ちに引き返してください』とか、そんな感じの事を言ってんだろう?」
「ご名答です。古代語、覚えました? 解除を行うかとか、よく聞き取れましたね」
「解除ができなきゃ、本物の管理者が困るだろうが」
「困んねー困んねー」
 言うダガーさんも、すでに両手に短剣を握っている。そして、
「同じ事をすればいいだけだしな!」
「確かにな!」
 二人、駆け出した。
 おい──二人、残り一周を猛スピードで走り抜けて行く──どう考えてもあれ、フロアに降りたら、ぎゅいーんって起動する感じの奴だろう。私たちがついて行かなかったら、どうする気なんだ?
 マジかーと、嘆息するような、アホな競争する二人に、
「しょうがないですねぇ」
 ネリさんはため息混じりに言い、マジックバックからいくつかの石を取り出すと、短く詠唱してその石を杖の先でこつんと砕いた。
 ぽっと湧き出た光が、私たちを包む。はて、いったい……
「フォーリングコントロール。落下制御の魔法をかけました。めんどくさいので、こっちは飛び降りて向かいましょう」
 と、帽子を押さえ、階段から飛び降りるネリさん。
「あら~、フォーリングコントロールを封じた錬成石なんて、準備していたんですね~」
「なんだ、石トラップ、最悪かわせたじゃん」
 言い、エルさん、ニケちゃんもひょいと飛び降りる。「ええっ!?」と思って見ると、三人、ふわふわと、まるで綿毛のようにフロアに向かって落ちて行くではないか。落下制御の魔法、フォーリングコントロール。どうやら、落ちる速度を自分の意志で変えられるらしい。ならばと私も、えいやっと飛び出した。
「先に到達するとターゲットされるんで、アルかダガーの、どっちかがタゲられてからの着地で」
「ふふ~、二人が最後の一段で立ち止まったら、それはネリさんですね~」
「いや、それは勇者ちゃんで」
「え? いやですよ」
「ま、大丈夫ですよ」
 言葉の先、アルさんとダガーさんは、競うようにしてフロアに飛び出していた。
「そこまで考えてない、バカなんで」

 片膝をついて座っていたゴーレムの眼が、赤く輝く。
 何事か、古代語が言っている。何を言っているのかはさっぱりわからないのだが、言っているであろうことは、推測できる。ほぼ間違いなかろう。侵入者、排除する。間違いない。
 立ち上がった石のゴーレムは、私たちの三倍は大きいかと思えた。大きな腕に、大きな足。大きな胴に、ちいさな頭。
 フロアに降りたった私たちを見据え、ゴーレムはその腕を大きく振り上げ、力の限りに振り下ろして、地面を打った。
 回路の光が弾け、足下が揺らぐ。
 構えるアルさん、ダガーさんを前衛に、私たちは皆、身構えた。
「よし、emethのeを消すんだな!」
「ざんねん! 羊皮紙は貼ってないです!」
「くっそー! ヘブライ語表示できるのに、こだわりねーな!」
 何を言っているのか、まったくもって意味不明だったが、身構えたアルさんはいつでも行ける体勢で、
「んじゃま」
 言った。
「いくぜ!」
 駆け出す。
 続く私、ダガーさん。
「回避盾は、アルだからな!」
「蝶のように舞い、蚊のように刺す!」
 言いつつ、ゴーレムの足元に飛び込んで、アルさんは突きの連撃をだだだっと、その両足に打ち込んだ。一撃は軽いが、数を打ち込むその連撃に、ゴーレムの赤い眼がアルさんを睨む。さすが、蚊。ヘイト効果は抜群だ!
「弱点は頭!」
 その背中を駆け上がり、ダガーさんがゴーレムの頭上に躍り出た。
「シャドウ・ステッチ!」
 そしてその柄で、ゴーレムの頭部に強烈な打撃を打ち込み、くるりと宙を舞って離れ、
「おい」
「おう」
 二人、ゴーレムから離れて構えていた私の所へと戻って来て、
「剣先が、石を突いたみてーに、まったく刺さった気がしないんだが?」
「頭が弱点だって聞いたのに、石を殴ったみてーに、ものすごく痛いんだが?」
「そりゃ、どう見ても石だもん」
 さもありなん。
 ゴーレムが腕を横薙ぎに振るう。跳びすさる私、ダガーさん。狙いの中心、アルさんは剣を立て、カウンター技でいなしてから、その懐に潜り込もうとして、
「ごばー!」
 失敗し、吹っ飛ばされた。
 直撃ではなく、かすめた程度に見えたが、はたかれた蝿もかくやといった具合に、ばしーんと、アルさんはすっ飛んでいった。
「はいはい、キュア・ウーンズですよ~。あとはついでにプロテクション~、プライマリー・ヒーリングもかけておきましょうね~」
 エルさんがすらすらすらと詠唱し、杖を振るう。
「おい」
 むくりと起き上がりつつ、アルさんは言った。
「ものすげー痛かったんだが? っていうか、一撃かすめただけで、HPが三分の一くらい減ったんだが?」
「タンク以外が食らえば、そんなもんですよ~」
「今回、タンクいないのに! 手加減してくれないの!?」
「はっはっはー、シンク前レベル平均が56で、シンク前平均ILが、332とか出てますからね。想定レベルの倍以上ですから、それくらいの強化はされますよ」
 朗らかに笑うネリさん。「ちなみに、パーティリストの左下にある分数っぽい数値です。計表示で、左が現で右が前」「すみません、右の392のうち、半分近くの198は、後衛二人の合算値なんですが……」「そういうことも、あるかも知れませんね~」
「仕方ないので、頑張ってあげましょう」
 言い、ネリさんは杖を構え、呪文を詠唱し始めた。「ゴーレムには、打属性!」
「フロスト・ハンマー!」
 詠唱の最後と共にネリさんが杖を振るうと、その先端からほとばしった光がゴーレムに向かって突き進みながら氷結し、巨大な槌となってその巨体を弾き飛ばした。どぉん! とものすごい音がして、吹き飛ばされたゴーレムが塔の外壁にめり込んだ。
「いいぞ、ネリ!」
 言い、アルさんはぐっと拳を握る。
「その調子で、一気に叩き潰すんだ!」
「あ、この魔法、リキャスト三分なんで」
「なんでそう、使い勝手の悪い魔法を使うの!?」
「氷魔法に打属性って、あんまりないんですよね……」
 ふうと息をついて、ネリさんは一仕事をやり終えた顔だ。リキャストなるものは、おそらく、次に魔法が打てるまでの時間とか、そういった意味の言葉だろう。つまり、あの魔法はあと三分経たないと、また撃てないと言うことらしい。
「ゴーレム、フェーズ2入るよー」
 ニケちゃんの声にゴーレムを見ると、氷の破片をまき散らしながら、それはゆっくりと立ち上がっていた。胴の周りの石が魔法の一撃によって破壊され、その中を露出していた。石のように見えた胴の内部は、どうやら金属で護られていたらしく、石の隙間から、鋼のような光沢が覗いている。
「ストーンゴーレムかと思ったら、アイアンなのか?」
 アルさんのつぶやきに、
「固有名、『塔の守護者』だから、ストーンでもアイアンでもねーんじゃねーか?」
 隣のダガーさんが返す。
「アイアンだったら、防御力的に、絶望しかないだろ?」
「いやわからんぞ……俺とダガーの武器は確かにアイアンだが……」
 ちらり、私を見るアルさん。
「なるほど……」
 ダガーさんも頷く。
「勇者ちゃんの武器は、ミスリルだったな」
「魔法属性じゃないとダメージがでない、ミストクラウドとか出してくる開発だからな……十分あり得るぞ」
「何の話をしているのか、まったく、わかりたくはないですが……」
 と、私。聞いてみた。
「もしかして、ネリさんの魔法か、私の剣じゃないとダメージが与えられないとか、そんな話をしています?」
「さすがだな!」
「察しがいいな!」
「じゃあ、よろしく!」
 と、愛剣をアルさんに突き出す。
「あ、いいえ、結構です! あれ、超痛いんで!」
「私もやだよ!」
 けんけんごうごうと言い合う私たちに、ぐっと迫ったゴーレムが、渾身の一撃を振り下ろしてきた。
「ちょっともう!」
「まだ話が終わってねーよ!」
「ただの押し付け合いだがな!」
 言いつつ、拳をかわし、私たちは散開した。

 ともかく、ちまちまと攻撃しつつ、致命的な一撃をもらわないよう、ちょっとずつ時間を稼ぐしかない。「ひぇ!」とか、「うお!」とか「死ね、アル!」「ダガーの方にいけ!」とか言いながら攻撃をかわしつつ、私たちはつんつん、剣で攻撃を続けた。
「やっぱ、勇者ちゃんの剣以外、ほとんどダメージ、でてねーな」
「へい、ぱーす!」
「やめろ!」
「鋳鉄製フライパンの方が、ダメージ出たりしねーかな?」
「それだ!」
「しかも人数分ある!」
 いや、本気じゃないよ?
「がんばれー」
 と、後衛、エルニケネリのニケちゃんが、口に両手を当てて声を上げていた。先ほど、「ニケもがんばる!」と弓を放ったが、こちんと、冗談のように矢はゴーレムにはじかれ、ぽてちん、床に落ちていたのだった。「ぶ、部位狙いしても、そもそもデバフがかからないから、わたしの出番がない……」
 そんなこんなで、ダガーさん曰く、ニケちゃんはチアニケ中。
「はいはい、アルさん、あと一回くらったら、五回目ですよ~」
 エルさん、回復魔法を私たち三人に次々と撒きながら、割と余裕な感じで言う。回数、数えてたんだ……
「フライングマン!?」
 驚愕しつつ、アルさんはゴーレムの攻撃をかわし、
「セプト・エトワール!」
 七連撃をゴーレムの胴に打ち込んだ。が、ゴーレムはわずかに身を仰け反らせて硬直するのみで、有効なダメージを与えられたふうには見えない。まぁ、石のゴーレムに、私たちの細剣が有効なダメージを与えられる訳がなぁ……
「勇者ちゃんも、七連撃くらい撃ってみろよ! 通るかも知れないだろ!?」
「え? カウンターとか食らったら、すごい痛そうですし、防具もないのに、いやですよ」
 硬直から戻ったゴーレムが振るう腕をかわしつつ返す。ひゅう、髪の毛をかすめた気がしたぞ。こえー。けど、一応足下が空いたので、そこにクロス・アンド・ピアースの三連撃を入れておく。両足を払って、胴に突きの一撃。わずかにまた、ゴーレムが硬直する。ので、ぱっと大きく離れる。
「二撃目、いきますよー」
 ちょうどいいタイミングで、ネリさんが声を上げていた。
「フロスト・ハンマー!」
 再び空間を迸った巨大な氷の槌が、どぉん! とものすごい音と共にゴーレムを吹き飛ばした。
「チャンス!」
 ダガーさんがやってきて、
「ほれ、アル。鋳鉄製フライパン!」
「百人力!」
「本気?」
「はーい、三人、ちょっと下がっていてくださいね~」
 エルさんの声が聞こえたので、私たちは小芝居を止め、本気で大きく飛び退いた。
「ふん!」
 直後、単音節の神聖語が聞こえ、強烈な衝撃波がフロアを走り抜け、壁際に押し込まれていたゴーレムを、さらに強く押し込んでいた。
「打属性強いな……」
「打属性関係なくね?」
 呟きつつ、私たちは陣形を立て直して身構える。剣、フライパン、フライパン。真面目に。
 ぐぐっと、ゴーレムがゆっくりと起き上がってきていた。
「フェーズ3?」
「じゃね?」
「どんなん?」
「しらん。ライトパーティ以上じゃないと、フェーズ3ねぇから」
「え? そうなの?」
 起き上がったゴーレムは、しばしぼうっとしたように立ちすくんでいた。次の攻撃は何を繰り出してくるか──身構え、固唾をのんで見守っていると──ゴーレムのその目がかっと赤く光り、直後、ゴーレムはものすごい勢いで、巨大な丸い石の塊に変化した。
「そのパターン!?」
 叫び、アルさんはばっと辺りに視線を走らせた。壁、床、そして背後──
「床の、回路の線だ!」
 床に走る、回路の線。部屋の中央、オベリスクに流れ込む光の通り道。その光る線上に、後衛のエルさん、ネリさん、ニケちゃんがいた。
 アルさんの声に、ばっとエルさん、ネリさんが即座に飛び退く。「え?」としたニケちゃんが遅れて──丸い石の塊になったゴーレムが動き出し、ものすごい速さで転がり、フロアの光の線をたどって縦横無尽に走り回り──
「え?」
 ニケちゃんに迫る。
 飛び出していた私は、すでにその線上にいた。
「ヴァルキーリア・スクード!!」
 渾身の、下段からの振り上げ。転がる石にタイミングを合わせ、細剣のブレードでその中心を打つ。ぎいぃぃん! と、凄まじい音と閃光が走り抜け、拮抗する力に、私は強く奥歯をかみしめた。
 が──腕が震える。閃光が揺らぐ。保たない!? 踏み込んだ右足が、じりっと床を滑った。ダメか──と、ぎゅっと目を閉じたその瞬間、
「はっはっはー!」
 頭上から聞こえた、まさかの声の主が私の眼前に着地して、まさかと思うよりも速く、左手のシールドで、
「シールド・チャージ!!」
 巨大なゴーレムの塊を、勢いよく弾き飛ばしていた。
「どーん!」
 と、はじき飛ばされたゴーレムは、再び壁際に埋め込まれ、動きを止める。
 そして、
「ふー……う……ちょっといきなり動いて、気持ち悪いかも……」
 頭上から、高らかな笑い声と共に現れ、可愛い「どーん!」とは裏腹な、強烈な一撃でゴーレムを弾き飛ばしたのは──ちょっといつもとキャラが違う、少々顔が赤い感じの──聖騎士、チロルさんであった。
「チロルさん!?」
「やあ、間に合ったね」
 と、笑うチロルさん。
 アルさん、ダガーさんも駆け寄ってくる。
「飲みに行ってたんじゃ?」
「うん、飲んでた。今もアルコールは抜けていないから、酔っ払い運転だよ」
「どーんって……」
「ま、いいじゃないか。たまには! ちょっと楽しく飲んできたんで!」
 朗らかに笑うチロルさんは、なんか、レイシュさんが乗り移ったようにすら見えた。お、おう……うちのタンクたちは、根っこの部分では似ているのか……?
「さーて」
 と、笑って言って、チロルさんは槍を両手で構え直した。
「おねーさんは今、気分がいいから、ちょっとがんばっちゃおっかなー」
「キャラが違う……」
「いいじゃないか、たまには~」
「いや、そんなに楽しく飲んでたんなら、わざわざこっちに顔を出さないでも……」
「そうだぞ。別に朝帰りしたって、明日は休みだし、おっさん達は誰も気にしねーぞ?」
「ダガーさん、セクハラですね~」
「あ、そう言うんじゃないんで。大学の時の友達なんで。安心してもらって」
「何を?」
「それに、そのメンツもコレ、やってたんで。最近この配信みて、そういえばクリアしてなかったなーって、この後、会う予定なんで」
「お、そうなのか」
 アルさん、「ほう」と唸り、そしてにやりと笑った。
「そうと聞いたら、さっさとこいつ、片付けちまわねーとな!」
 ざっと皆、立ち上がるゴーレムに向き直り、構え直した。
「さーて、私起点でいっちゃおっかなー」
 楽しそうにチロルさん。
「よーし、じゃあ俺、次いっちゃおっかなー」
 真似すんなよアルさん、キモチワルイ……
「よーし、オレも続いちゃうぜー」
 悪乗りが過ぎる、ダガーさん。
「わん!」
「つー!」
「いや、三人しか順番決めてないじゃん! チロルさん!? 悪乗りが過ぎ──!?」
「さん!」
 で、三人、ゴーレムに向かって真っ直ぐに駆けだして行く。
 先頭のチロルさんに向かい、振り上げた腕をゴーレムは勢いよく振り下ろす。が、チロルさんはそれを華麗にくるりと反転して躱し、背後に回り込むと、
「ぶらんでぃーっちゅ!」
 言葉とは裏腹、閃光と共に槍を突き出し、ゴーレムを勢いよく弾き飛ばした。そしてその線上に駆け込むアルさん。
「セプト・エトワール!」
 神速の七連撃を胴体にたたき込み、
「ダガー!」
「おうよ!」
 言葉と共に、アルさんの背後から飛び上がったダガーさんが、
「シャドウ・スキレット!」
 その頭を、鋳鉄製フライパンで思い切りに殴打。ぐらりと揺らいだゴーレムに、
「後は任せたぜ、ネリ!」
「リキャスト明けていませんが!」
 ネリさんが杖を振るい、呪文を結んだ。
「フロスト・ダイバー!」
 床を駆け抜けた氷の軌跡が、ぐらりと揺らいだゴーレムの足を捉え、それを、一気に足下から氷結させる。
「やったか!?」
 チロルさん。
「えっ!? それって、フラグか!?」
「えへ」
 なんなの、もう!
「勇者ちゃん!」
「なんなの、もうー!」
 叫ぶようにして言いながら、私は氷結したゴーレムに駆け寄り、飛びかかった。
 引いた剣が閃光に包まれるのと同じタイミングで、ゴーレムを包んでいた氷が内側からはじけ飛んだ。ゴーレムが腕を振り上げ、その眼をぎらりと赤く輝かせ、一撃を繰り出そうと腕を振り上げる。
「なんなの、もー!!」
 その赤い眼に向かい、私は引いた剣を、強く、突き出した。
「セプト・エトワール!」
 閃光の軌跡に、赤い光と氷が砕け散る。そして弾けた光の破片が辺りに舞い、石が砂に変わって流されるように──消えた。

 超純水銀──上位古代語では、ミスディンと言うのだそうだ──を手に入れた私たちは、それをトマスさんに預け、「準備する、しばしまて」と言う言葉に、「あ、じゃあ、チロルさんのお友達の所行ってくるから、そのうち、またくるわ」「え? アルさんたちも来るのか? み、みんなにメッセおくっとこ」「ダメなら言ってくださいね~、私が責任もって、屠りますから~」「ひどい」「いや、割とみんなもファンだから、大丈夫!」「マジで?」「さすがはナンパ師ですね」「でも、レベル的にはご一緒できなくない?」「そこは皆さんの冒険を演出する、クリア済み勢にお任せください~」とかなんとか。
 ともあれ。
 そんなこんなで、結局トマスさんの塔に戻ったのは、翌々日、夕方も過ぎようかという頃であった。
「ちょうど、準備も終わったところじゃ」
 とは、トマスさん。タイミングがよかったのかどうなのか。まあ……やると言った以上、やるしかない。
 塔の最上階。斜めのオベリスクが立つそのフロアの床は、今はタイルが剥がされ、大量の魔結石が露出していた。わずかに発光する輝きも、この量になると相当で、慣れるまでは少し目を細めていなければならなかった程だ。
「準備万端?」
 アルさんが聞く。
「うむ、理論上は、万端じゃな」
「それ、失敗するフラグじゃね?」
「お? 失敗したとして、何か困る事でもあるのか?」
「いや、困らん」
 おい。
「むしろ、おもしろければそれでいい」
「わりと本気だね、それ」
 私はふうと、息をついた。
 果たして、トマスさんの言うように、賢者の石は錬成できるのか。正直、興味はないと言いつつも、ちょっとは期待している。太古の錬金術師たちが目指した究極の石。はたしてそれを、私たちは──
「作業の前に、お前さんらに手伝ってもらう事を確認しておく」
 「うむ」と唸り、トマスさんは言った。
「塔が斜めになっている故、オベリスクに魔力を供給するのに、ここの魔結石をばんばん投げ込む必要がある。儂は錬成中は手を離せない故、任せたぞ」
 と、手にスコップ。ふたつ。
「炉に、石炭いれるみてーなもんでいいのか?」
 受け取りつつ、アルさん。
「入れ過ぎとか、あんの?」
「ない。やり方は、とりあえずオベリスクに向かって投げ込めばよい。どうせそこで取り込まれる」
「あいよ」
 軽く返し、片方のスコップを私に。おう、私もやるのか。当たり前のように渡されたわけだが。まあ、腕まくりくらいはしてやろう。
「うむ、全力でかまわんぞ。ここにある魔結石のすべてを使って錬成を行ったとして、賢者の石の欠片すら、創れるのかはわからんからな。もしかすると、魔力不足で大量のフール・ストーンができ、また、砕け散るだけかもしれんしの」
「その言い方は、やったことがあるって事か?」
 腕まくりをしつつ、アルさんもちょっと楽しそうだ。「一回失敗してての再挑戦なら、俄然、やる気が出てくるな」「初挑戦よりはそうだね」
 鼻息荒い私たちに、トマスさんは細く笑っていた。
「何十年も前の、アルブレストにまだたくさんの錬金術師たちがいた頃の話じゃよ。今も、その辺りをちょいと探せば、フール・ストーンの欠片位は見つかるじゃろう」
「ん? あれ? それってもしかして、ゴーレムさんが食べてたやつ?」
「ああ、あれ」
「うむ。おそらくそれじゃろう」
 あの河原で見つけて、ゴーレムさんが食べちゃった、あの赤い石。あれがその、フール・ストーンとかいう、賢者の石の出来損ないなのか。アルブレストにまだ錬金術師が多くいた頃、錬金術師達の究極目標、賢者の石を錬成しようとして、失敗したときの名残──だったのか。
「根源的には」
 トマスさんはオベリスクの前で、古びた書物を確認しながら言った。
「根源的には、お前たちのいうゴーレムさんと、終末の巨人は同じものじゃからな。巨人は賢者の石を内包する。虚無の果て、熱と冷気と風の渦巻く場所で、プリマ・マテリアが雫となり、やがて結晶化して生まれた石から、巨人は生まれるのだ」
「あ、やっぱり、北欧神話ベースなのか」
「ほくおうしんわ?」
「や、こっちの話」
「石。始原の石──すなわち賢者の石はエーテルであり、アクア・ウィタイである。石となったそれは、混沌から生まれたものとして、特別な意味を持つ。世界の創世の始まり。そして終わりに続くもの。不老不死、全てを知ると言われるのは、それが始まりであり、終わりであり、個は全、全は個であるから──である」
 トマスさんの話は、あんまりよくわからなかったが、続けたアルさんの質問に対するトマスさんの答えは、とてもよくわかった。
 だから私も、アルさんと同じく、スコップを魔結石につき立て、準備万端整え、にやりと笑ってやった。
「いや、トマス、それ、誰の台詞だよ?」
「さあの? 名もなき錬金術師の台詞じゃないかね」

「準備はいいか、アルケミスト達よ!」
「おうよ!」
「アルケミストじゃないですが!」
 問われて返す私たちは、真っ黒なゴーグルをつけ、全く前が見えないわけだが、なあに、オベリスクの位置は覚えている。やることは単純。ただひたすらに、オベリスクに魔結石をぶつけるだけだ。
「録音石の起動を確認! それでは只今より、アルブレストのアルケミストによる、賢者の石の錬成作業を行う! オベリスク、起動!!」
「おりゃあああ!」
 掘って投げ、掘って投げ、掘って投げ──やがて輝きだしたオベリスクが、真っ黒なゴーグルの向こうに輝き現れる。
 どれほどの光量か。真っ暗だったゴーグルの向こうに、眩しいくらいの世界が生み出されていた。
「手を止めるんじゃねーぞ!」
「これ、本当に大丈夫なの!?」
 不安になる眩しさだが、手は止めない。やれと言われれば、やりますよ! ってか、しまったな。遠くの方から掘っては投げを始めればよかったな。だんだんと量が減っていったら、端に偏って、オベリスクが遠くなるじゃないか。ええい、ままよ!
 半ばやけくそ気味に、オベリスクに向かって魔結石をぶつけていく。光量があがるにつれ、魔結石はオベリスクから大分離れたところでも、じゅっと蒸発するように消えていた。お、力加減をコントロールしつつやろう。
「いいぞ、もう少しじゃ!」
 トマスさんは、なにやらオベリスクの先端にぶら下げていた石の色を見ながら叫んでいる。
「ニグレト、キトリニクスを抜けたぞ! あと少しでアルベドじゃ! 暴走は近いぞ!」
「暴走!?」
「ちょっと待って、なにそれ!?」
 と叫びつつも、手を止めない私たち。いやもう、あれだ。毒くらわばなんとか!
「白色化、確認!」
 トマスさんの声に、オベリスクの先端にぶら下げられていた石が、ひときわ強く、白く輝いていた。
「ミスディンの坩堝へ、錬成原石を投入する! もう戻れんぞ! 気張って魔結石をぶち込め! 負けるんではないぞ!!」
「負ける!? 何に!?」
「ああもう! やっぱりちゃんと、手順、確認しとくんだった!!」
「アルカエストの錬成を、開始する!」
 トマスさんは手にしていたミスディンで満たされた坩堝を、白く輝く錬成原石に近づけ、それを、その中に沈めた。瞬間、光がはじけ、坩堝が消滅し、錬成原石もなくなって──
「なん!?」
 暴風が巻き起こった。いや、暴風だけじゃない。赤、青、それを通り越した白の炎が渦を巻いて、ダイヤモンドのような冷気が辺りを埋め尽くす。訳が分からない!?
「混沌の発生を確認! きばれ! 魔結石を絶やすんじゃないぞ!」
「い!?」
 暴風の中、なんとか踏ん張って魔結石をオベリスクにくべよう──とするが、なんということか。巻き起こった風と熱と冷気に魔結石は巻き上げられ、次々と光と炎と冷気に変化していくではないか!
「クッソジジイ! 負けんなって、これか!」
「アルカエストは、すべてをプリマ・マテリアに変換する! 暴走状態のオベリスクであれば、その中心で混沌を維持する事が可能! 混沌が尽きれば、石は生まれんぞ!」
「うごぉぉお! きばれ! 勇者ちゃん!」
「なんだこれ! なんだこれー!?」
 もう、やるしかない。次々と消滅していく魔結石を追いかけながら、オベリスクに向かって投げつけるようにくべていく。畜生! 端っこ遠いんだよ!!
「ふんがー!」
 ひたすら手を動かす私とアルさん。オベリスクの輝きは──むしろ強まっている!?
「乗りかかった船だ!」
「乙女ならやってやれー!」
 力の限りに叫び、魔結石を投げ込み続け──そして光は暴風にねじれ、渦を巻き──白くうねって、弾けた。

 光の中に、音も熱も冷気も、何もかもが飲み込まれた。
 そしてその──混沌の中から、一つの滴が生まれていた。
 ほんのわずかな、涙のひとかけらほどの赤いそれは──トマスさんが手を伸ばし、両手で受け取ろうとしたそのすんでのところで──ふっと、光の中に消えた。

 そして闇。
 息を呑むような静寂。
 どれほどそうしていただろう──忘れていた呼吸を思い出し、大きく息をついてゴーグルを外すと、がらんどうの塔の最上階の向こうに、星の瞬く夜空が見えた。
 座り込んだ私とアルさんの息づかいが聞こえるくらいの静寂の中、トマスさんはオベリスクの先に手を伸ばしたまま、止まっていた。
 何か言葉を探すが、出てこなくて、アルさんを見ると、アルさんは軽く笑っていた。
 私の視線に気づいたアルさんが、
「見たか?」
 言った。
「賢者の石」
「あ……うん」
 あれは、賢者の石だったのだろうか。混沌の中、熱と冷気と風の中に生まれた、一滴の雫から生み出された赤く輝くあれは、その、賢者の石だったのだろうか。
「トマスさんよ」
 アルさんは、動かないままのトマスさんに、声を投げかけていた。
「錬成は、成功したんだろ?」
 トマスさんは答えず、ゆっくりと顔を上げ、オベリスクの先端、そしてドームの向こうの星空を見上げ、そのまま、後ろへどさりと倒れこんだ。
「あ……」
 と、腰を浮かせて駆け寄ろうとしたところで、トマスさんが突然笑い出し、私は足を止めた。
「あっはっはっは! まさかまさか、本当に! この眼で! 儂のこの眼で! 世界が生まれる瞬間を目の当たりにしようとは!」
 トマスさんは、豪快に笑っていた。
 そしてそれを見て、アルさんも、笑いながら言っていた。
「あれは、賢者の石だったのか?」
「さあの?」
 トマスさんは大の字に寝転んだまま返す。
「儂にもわからん。消えてしまったしの」
「でも、何かは生まれた」
「さよう」
 のそりと体を起こし、あぐらをくんで私たちに笑いかける。
「それが何であったのかは、今となってはもうわからんし、確かめることもかなわんが、儂は確かに、この眼でそれを見た。お主らも見たじゃろう?」
「みたよ」
 アルさんはゆっくりと立ち上がり、腰を左右に伸ばしつつ、笑っていた。
「あれは、賢者の石だった」
「あれは……本当に?」
「ああ」
 言って、何故か目の前の空間を指差すアルさん。その動作の意味は、私にはよくわからなかったけれど、アルさんがそう言うのなら、きっとあれは、賢者の石だったのだろう。
「俺も見た」
「神秘は、己の目で見てこそ、真実として確定する?」
「うお、アルケミストっぽいこというじゃねーか、勇者ちゃんよ」
「受け売りだよ」
「まあな」
 トマスさんも笑っていた。
「儂も、見た。ま、結局の所、不老不死も全知全能も、何を手に入れた訳でもなかったが、あれはそれであったと、儂も思う」
「欲しかったのか?」
 トマスさんに歩み寄り、アルさんはオベリスクに手をつき、ひやかすように口許を曲げていた。
「いいや」
 あぐらをくんだ格好のまま、トマスさんはアルさんを見上げ、同じように口許を曲げて返す。
「儂がほしかったのは、ただひとつ。アルケミストが求めるものは、今も昔も変わらんよ」
「世界の真理? 万物の存在意義?」
 何を言っているんだかというアルさんの横に立って、私もオベリスクに身を預けて、軽く息をついた。
「なによ、それ?」
「浪漫」
「わっかんないわ」
「生命、宇宙、そして万物についての、究極の疑問の答え」
 なんだそれはと、私が軽く肩をすくめていると、
「それじゃろうな」
 かっかっかと、快活にトマスさんは笑って、言った。
「アルケミストとして、儂らは皆、その究極の疑問の答えを探していたのだ」
「見つかったか?」
「どうかの」
「ちなみに答えは、42だ」
「は? なんで?」
 てか、疲れ果てた私は、オベリスクに身を預けて半眼だ。何を言っているんだ? この人は。
「なんじゃそれは?」
 トマスさんもポカンとしている。
「42」
「いや、だからなにそれ?」
「ちょっと、銀河でヒッチハイクしてきた時の話」
 笑うアルさんに、仕方なく、私も疲れた笑いを返す。ま、なんでもいいよ。42。うん、42だね。間違いないね。たぶんね。
「ふむ……」
 唸り、トマスさんは座り込んだまま、アルさんの与太話を真面目に考え込んでいた。
「42か……なるほど、確かにいろいろと考察できる数字だが……」
「いやいやいや、トマスさん。アルさんの与太話だから、それ」
「そうか? いやしかし、考察するだけの価値はあるかもしれんぞ? 42……ふむ……なるほど、42か。いやしかし、なぜ42? なぜそう思うのだ? アルベルト・ミラルス」
 問われ、アルさんは笑っていた。
 あーあ、と私は、その答えに、息をついた。「そうだな……」
「窓の向こうを見て、42でいいなと思ったから──ってのが、究極の疑問の答えじゃねーかな?」
「なるほど」
 大きく頷き、トマスさんは再びがらんどうの床に、大の字に寝転がって笑いあげた。
「なるほどなるほど。確かにそうだな! うむ。これで私も、心置きなく、アルケミストを引退し、悠々自適な余生を過ごせるというものだ!」
 仕方がなくて、私は笑いを堪えるようにして息をつく。
 フロアには、まだ微かに残る魔結石の光の粒子が、風に揺られ、舞っていた。
 見上げるドームの向こう、星々に満ちた空のそれと、同じように。


トラックバックURL

http://blog.studio-odyssey.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/955


コメントする