studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2019.01.27

勇者ちゃんと、王都の動乱(前編)

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しゃちょ
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読み物
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 鍵石という不思議な石は、門石という石と共鳴し、ふれあう者たちをその石の元へと転移させる、不思議な力があるという。
 眉唾だなぁと思っていたけれど……
 果たして、その石の力によって私たちは、
「どこだここは?」
 という場所に飛ばされた。
 夕暮れの迫る山並みが、赤く燃えて眼下に見える。石造りの、部屋? いや、腰丈ほどの欄干が四方をぐるっと囲っているので、部屋と言うよりは、屋上のような雰囲気だけれど、屋根は──と見ると、どうやらドーム状に組まれた屋根がすぐ上に乗っているらしく、ここはどこか、高い建物の最上階のようであった。
「どこだここは?」
 再び、私の一応パートナー、剣士、アルさんこと、アルベルト・ミラルスが呟く。と、ごーんごーんと、うるさいくらいの鐘の音が辺りに響きわたった。
「ぐぉ!?」
 思わず漏らす。私じゃなくて、アルさんが。私、ギリセーフ。
 うるさいはずだ。私たちが転送された場所は、どうやら教会かなにかの、鐘楼の上階らしかった。
「おお! タイミングが悪かったですね!」
 鐘の音に打ち消されつつも、レイさんこと、暗黒騎士レイシュが、辺りを見回しながら言った。
「あそこから、下に降りられそうですね」
 部屋の隅に、跳ね上げ式の扉のようなものが見える。階下へ降りる梯子でもあるのだろうか。と思っている間に、アルさんはそこに近づき、かぱっと開けて首を突っ込んで、階下を覗き、
「きゃあああぁ!」
 と、絹を裂くような、女性の悲鳴。
 慌てて駆け寄り、不埒者をひっぺがしてぽいと投げ捨て、
「すみません! 悪気はなかったんです!」
 頭を出して言うと、そこに、修道服に身を包んだ、若い女性がいた。
「あ、あなた達は、いったい……どこから?」
「ええっと……」
 なんと説明したものかなと、思案していると、
「大丈夫ですよ~」
 と、いつものほわんほわんとした感じで、導師、エルさんが私の横から顔を出した。
「ほら見てください。私は、正義と秩序の神の、神官です~」
 た、確かに。確かに正義と秩序の神は、どこの国に行っても、大抵は信頼の置ける人物として認知される。さすが! 破壊の左手はともかく!
 とう、と、エルさんは階下に飛び降りた。私も続いて、ひょいと飛び降りる。その後にアルさん、レイさん、そして聖騎士、チロルさんと──そういえば──
「私も、正義と秩序の神の聖騎士だ。怪しいものではないよ」
 神の力で肉体を強化し、癒しの祈りで戦うチロルさんも、正義と秩序の神に仕えている聖騎士だった。
「なんでしたら、後光でもお見せしましょうか~?」
 と言いつつ、エルさん、白い、神々しい輝きを身体から放つ。
「うおっ、まぶしっ!」
「溶ける!」
 男ども。ほっとく。
 修道女はエルさんの後光に気圧されて、ははっと畏まって跪くと、
「こ、これは導師様! 失礼いたしました!」
 と、頭を垂れた。
「しかし、その……導師様。ここは女性修道院。その……殿方はちょっと……」
「あー」
 アルさん、レイさんを見て、チロルさんは苦笑する。
「そうか。ここは、勇者の性別で変わるんだったな」
「なんだ? めんどくせーやつか?」
「大丈夫ですよ~」
 そして、エルさんは言った。
「彼らは、私の下僕ですから~」
「下僕!?」
「いつの間に!」
「ほらほら、下僕~。人間の僕、卑しい哀れな犬っころ~。さんべん回って、ワンですよ~」
「ののれ……わん!」
 いやいや、やるかね……

 私たちが転送されたこの女性修道院は、ベッヘム修道院と言うのだと、鐘楼にいた修道女が教えてくれた。なんでも、五十年近くの歴史のある由緒正しい修道院で、時の王が、この地に遥か昔からあった塔と小城を基礎に創建したという、小高い岩山の上に建つ、国内最大級の修道院なのだそうだ。
 王国の名は、ラーゼン。
 私の住んでいた国の、はるか西に、そんな名前の王国があると聞いたことがあったような、なかったような……
「おお、ここは聖堂か」
「鐘楼と繋がった作りなんですね」
 鐘楼の螺旋階段を下りてきた私たちは、大きな木製のドアを抜けて、聖堂に出た。どうやら、祭壇の両脇にある扉が、二本の尖塔に通じているらしく、その内の一本が、私たちがいた鐘楼に通じている造りのようだった。
「あっちにも、どっかに飛べたり、飛んできたりするようなもんがあんの?」
 私と同じ疑問を、アルさんが口にする。べ、別に、覗いてみたいって訳じゃないぞ。
 応えたのはチロルさんだ。
「いや、特に何もなかったかな? 向こうは、朝を告げる鐘を鳴らす鐘楼だったはずだ」
「チロルさんは、ここの探検をしたのか」
「割とむぎが気に入って、二、三日滞在したっけなぁ。収集系の、反復クエストがあるんだ」
「報酬は?」
「特にないよ。経験値とコイン」
「ならいいや」
 沈み始めた陽は、東から光を取り入れるように造られている聖堂に、薄く、弱くしか届かず、それが逆に、神秘的な静謐さを醸し出していた。
 しんとした夜の帳の混じる空気の中、聖堂の天井に描かれた天井画を見上げていた私たちに、
「さっさといきますよ~、下僕~。禁域に長居をされては、困ります~」
 と、エルさんが声をかけ、行く。
「ああっ! エル様! そんなことを言いつつ、さらっと回廊方向に向かわれては!」
「あれ? 食堂はこちらではなかったでしたっけ?」
「……さらっと、食事にありつこうとしてたのか?」
 さもありなん。

 女性修道院であるので、さすがにアルさん、レイさん、即ち下僕共を連れ、修道院内に部屋を借りるというわけにもいかず……かといって、導師エル様の下僕共を無碍にするわけにも……という事なのかどうかはともかく、私たちは修道院の敷地内にある、別の建物へと通された。どうやらここは、外から来た人向けの宿泊施設らしく、しかも、結構な身分の方々向けのようで、
「広い……」
「なんか、調度品とか、触って壊したりしたら、大変な事になりそうですね」
 という、貧乏たらしい私たちを恐縮させるような、大変豪奢な部屋であった。
「りらっくす~ですよ~、勇者ちゃん~。ここはベッドも大きくてフカフカですから、たまにはしっかり休んでください~」
「……柔らかすぎると、寝られない」
「わかる」
 さすがだ、貧乏パートナー。
 さておき、対照的に、エルさんやチロルさんはリビングの椅子に腰をかけ、レイさんがテーブルに広げた地図を覗き込んでいる。
「ああ、位置は同じなんですね」
「勇者の性別で変わるだけで、他は一緒らしい」
「そう言えば、ここ、インスタンスでしたね」
 なにやらこ難しい話をしているので、チェストの上の置物なんかを眺めてみる。私には価値はわからないが、唯一わかるのは、高いのだろうな、ということと、ジュエリーケースらしきものが置かれているが、入れるようなものはないな、ということくらいか。たまご石でも置いておくか? 忘れたら嫌だから、やめておこう。
 アルさんも手持ち無沙汰なのか、チェストの上のブックシェルフから、正義と秩序の神の聖書を取り出し、ぺらぺらとめくっていた。
 こんこん、と、ドアがノックされる音がして、「どうぞ」と、エルさんが返す。と、先ほどの修道女と、少し年を召した修道女が、ドアを開けて入ってきた。
「ようこそいらっしゃいました。旅の導師様」
 年を召した方の修道女が言う。
「私はここ、ベッヘム修道院の長、テレーゼと申します」
「これはこれは……ご丁寧に。私は導師、エル。こちらは……」
 と、皆を紹介しようとして、はたと、エルさんは言葉を止めた。
「あれ? これ、おかしくないですか? これ、アルさんのシナリオなのに、私が出しゃばったりしたら、ストーリー、変わっちゃいません?」
「俺は別に、気にもしないからかまわんが、そんなもんでストーリーが変わんのか?」
 本を閉じ、皆に近づきながらのアルさんに、地図を畳みながらのレイさんが続く。
「ええ、これ、割と話の細部は変わるんですよ。シナリオに絡むNPCなんかは、それぞれAIを積んでるんですけど、AI部分は根底で繋がっているんで、シナリオ生成AIとの協調動作なんかで、結構、ストーリーラインが変わるんですよね」
「ふーん」
 な、なんか、こ難しい話をしているな……
「まあ、俺はエル様の下僕であるので、特に問題はありません。エル様」
「いやいや、アルさん……何も、そこまで卑屈にならなくても……」
「こちら、私の下僕、アルベルトと、レイシュです~」
「巻き込まれ事故!?」
「聖騎士のチロルだ。突然お邪魔してしまい、申し訳ない」
「シナリオのせいなんだから、俺は謝らないぞ。修道女ちゃんだって、別に、ラッキースケベだった訳じゃないしな」
「最低野郎ですね、あなた」
「知らなかったのか、レイシュ」
「いえ、知ってました」
 私も。
 エルさんはテーブルの向かいを、「どうぞ」と修道院長に促す。と、修道院長は「失礼します」と、テーブルについた。先の修道女は、その後ろについている。
「はい、アルさんはここ」
 問答無用な感じで、エルさんは自分の隣にアルさんを座らせて、
「では、勇者ちゃんはここで」
 いつの間にか地図をしまい、立ち上がっていたレイさんに、アルさんの斜め後ろに立たされる私。私、はじっこでいいんだけどな。
「さて、ではまずは、我々の状況から、お話しすべきですかね~」
 と、エルさん、アルさんを見る。「おう」と、アルさん。
「えー、太古の技法、鍵石の生成方法を手に入れた我々は、クソのようなお使いクエストを繰り返し──」
「そのくだり、いらないです」
「まあ要するに、鍵石と言う、転移魔法のようなものを使えるアイテムの生成に成功した我々は、それを使ったんだな。したらば、出口があの鐘楼の最上階に置かれていた門石になっていたと、簡単に言えば、そういう事だ」
「なるほど」
 と、修道院長は目を伏せる。
「あの二本の鐘楼は、ここに太古の昔からあったという塔を、そのままに使っております。あの石が、いつの頃からあそこにあったのか、誰も知りませんでしたが、そのような力を持ったものだったとは」
「この修道院は、遺跡を元にして建て増ししたんだって? これは、探せば他にも、なんかあるかも……」
「探したけど、なかったから大丈夫だよ。アルさん」
 チロルさん、ナイスフォロー。アルさんは「ちぇっ」と分かりやすく舌を打って、話を戻す。
「ええっと、ともかく、そんなわけでここにお邪魔したわけだが、そもそも、俺たちの旅の大目標は──なんだっけ?」
 と、私を見た。私か、私なのか。まあ、私だな。仕方がないので、アルさんの言葉を私が引き継ぐ。
「私たちは、私の父を探して、旅をしています。賢者の石と言う石を探して、父は旅に出たのですが、私たちも父の手がかりとして、その賢者の石を探しているのです。ここに、そのような人が訪れませんでしたか?」
「なるほど」
 修道院長は小さく頷いて、
「しかし、そのような方がお見えになったという記憶は、ありませんね」
 淀みなく返す。
「その方も、あの鐘楼に?」
「可能性は高いが、もしかしたら、別の方法だった可能性もある。あのお使いクエスト、めんどくさすぎたしな」
「途中で、めんどくせ、海、泳いでわたるわ。と、なるかも知れませんね」
 いやいや、レイさん。さすがに私の父も、そこまでの超人ではないと思うので、どこかの港町から海外に出たと考えるべきだとは思うけれど、まあ、可能性としては、ゼロではないな。
「すると、空振りかのう」
 唸り、アルさんは腕を組んだ。
「なにか、賢者の石に通じる情報を、新しく仕入れないとならんか」
 うーん……そうだなぁと思案していると、修道院長がエルさんに向かって聞いていた。
「その、賢者の石とは、どのようなものなのですか?」
「そうですねぇ~。私が答えてしまうと、ラスト近辺の情報までネタバレして、シナリオ、明らかに変わっちゃうと思うんですけどねぇ~」
「それはそれで、面白いからいいぞ」
「や、それはさすがに……」
「アルさん、お願いします」
「あんまり、説明とか、めんどくさいから好きじゃねーんだけど」
 知ってる。
「えーと、賢者の石を探す者は、エクスプローラーと呼ばれ、それを名乗るフローラの子は、なんかようわからん奴らと、石を巡って、敵対しているらしい」
「いや、絶対通じないですよね、それ」
 石の説明じゃないし。しかもそれ、西の塔の最上階で出会った、不思議な人物が語ったこと、そのまんまだし。
 さすがに、修道院長も修道女も、はてな顔だ。
「おう、いいんだ。今の説明に意味はない。アンナチュラルな反応があったら、おもしれーなって思っただけだから」
「さすがにこの段階で、その話は進展しませんよ~」
「それがわかっただけでも、収穫だ。さて、では賢者の石だが──そう言えば、真面目にこの世界の賢者の石について、調べた記憶がないな」
 そう言えば……漠然と、父がそれを探す勅命を受けて旅立ったので、それを追うように旅をしてきたけれど……それについて、余り詳しいことは知らないかも知れない。
「レイさん、説明」
「では、勇者ちゃん、どうぞ」
 私か!?
「ええっと……賢者の石は、万物の根元。手に入れたものは、全てを知る力を得るとも言われ、また、そのかけらを粉にしてアルコールに溶かして飲めば、いかなる病も傷も、たちどころに癒え、不老不死すら得られるという──」
 と、聞いているままの、御伽噺のような説明をした。
「なんだ、割と普通なのな」
「はい、普通の賢者の石です」
 普通とは?
 いや、まあ、数多の世界を旅して救ってきたというこの冒険者たちの感覚からすれば、賢者の石というものは、割と一般的なものなのかも知れない。この人たちの感覚、ちょっと、いやかなり、ズレてるからな。いやまてよ。まさか父は、他の世界に行っていたりはしないだろうな……アルさんたちの世界とか。それは──行ってみたいような、ないような……
「なにやら、考え込みました~」
「これはもう、勇者ちゃんの、個性ですね」
「突然考え込み、無言になる、方向音痴のマッパー勇者」
 なんだと?
 と、アルさんの頭を後ろからこづく。「おおぅ!?」聞こえてんぞ。
 修道院長は、少し考えてから、続けた。
「そのような石については、寡聞にして、存じ上げませんが……貴重な石という事であれば、我が国の王家につたわる、レガリアの王冠にはめ込まれた貴石が思い浮かびますね」
「お、このグデグデな会話からも、ちゃんとメインストーリーをアドバンスさせるテレーゼ修道院長、有能」
「AI、有能すぎ」
 言いながら、アルさんは胸の前の空間を右手の指先でちょいとつついた。私には見えないが、ウィンドウなるものがあそこにあって、それの何かを押したのだろう。
「レガリアって?」
 アルさんが聞く。修道院長は小さくひとつ頷いて、続けた。
「王のみが持つことを許された、王冠、王笏、宝珠。三つの、神より賜りし宝物のことです」
「うむ、そういう一般的な事は、よく知っているので大丈夫」
「そうですか。では──その貴石ですが──これは王冠にはめ込まれており、レガリアの中でも特に重要なもの、神より賜りし、正義と秩序の象徴たる石、と呼ばれております」
「ほー」
 唸るアルさんに、
「それは、一体どのような石なのです?」
 レイさんが続いた。
「知っているくせに」
「こういうのは、楽しまなければ損ですよ? それに、視聴者の皆様は知らないかもしれません」
「あれ? 今回も配信しているのか?」
「当然」
「ログアウトしてもいいかな?」
「チロルさん、いつものメンツに加わった新キャラなので、人気出てますよ~」
「や、やめてくれ」
「ちなみに、むぎちゃんの再出演を望む声の方が、ダガーのだらだらお料理回よりもリクエストが多い」
「ついにダガーさんの人気コーナーも追い抜かれましたか……あれ、素材探すの、結構大変なんですけどね」
「話を戻しましょ~」
「で、それは一体、どのようなものなのだ?」
 脱線転覆が基本方針のアルさんが、話を戻す。修道院長は軽く笑って、続けた。
「貴石は、緑色に輝く、拳より少し小さいくらいの宝石だと、伝え聞いています」
「緑なのか……賢者の石って、赤じゃねーの?」
「一般的には、そうですねぇ」
「赤といえば、それはまさに、それのことかもしれませんね」
 はて? 緑の宝石だというのに、修道院長は、それは赤色の石である、賢者の石ではないかという。なぜだろう。っていうか、賢者の石って、赤いんだ。私は知らなかったわけだが。
 修道院長は続けた。
「伝え聞くところによれば、正当な王位継承の戴冠式は、篝火の焚かれる、月のない夜の明け方に行われるのですが──その時、王冠の貴石は、見るものをはっとさせるように、赤く輝くのだと伝えられています」
「おお、それはなんかすげーな」
 アルさんが感嘆するように漏らす。
「しかし、口伝なのか? この国の王様、もう歳なの?」
 うん、一国の主に向かって、ひどい言い草。
「この国、口伝になっちゃうくらい、戴冠式されてないの?」
「いえ……」
 と、修道院長は言葉を濁した。
「ええっとですね」
 割り込んで、レイさんが続けた。
「暗黒騎士なんで、空気読まずに言っちゃいますが、正当な戴冠式というのは、この国では、ここ百年近く、執り行われていないのです」
「なんでまた?」
「んー……まあ、なんといいますか、この国は、ずっと内戦みたいな感じなんですよね」
「お恥ずかしい限りです」
 修道院長は恐縮して、なぜか頭を垂れた。
「ふーむ……」
 と、アルさんは唸り、
「まぁ、言いにくい話だったら、それはレイシュに聞くからいいわ」
「まぁ、私の立ち位置って、その辺ですしね」
「あと、これは興味なんだけど、修道院長は、クラスで言ったら、どれくらいになんの?」
「クラス? それは、どういうことでしょう?」
 はてな顔だ。うーん、まぁ、通じないだろうなぁ。私はもう、アルさんたちと長いので、質問の意味はわかるけれど、クラスという概念を、普通の人たちがわかるかと言ったら、わからないと思うなぁ。
「この人は、失礼ながら、修道院長は魔法を使えますか、と聞いています」
 意訳して聞いてあげた。結構、失礼な質問だとは思うんだけどな。
 修道院長は特に気分を害した風でもなく、軽く笑って返した。
「いえ、私は、神の奇跡は起こせません。ですので、エル様やチロル様と、こうしてお話しすることなど、本来はとても許されない事です」
「いえいえ~、私はそんな事、気にしませんよ~」
「NPCって、魔法使えないパターンなのか、この世界は」
「うーん……そうですねぇ……正直言ってしまうと、神聖魔法がつかえるNPCって、あんまりいないんですよね。ですから、キュア・ライト・ウーンズを使えるアルさんの方が、実は、立場的にはその辺の神官より、かなり上なんですよ」
「マジか」
「神の声を、お聞きになれるのですか?」
 修道院長の後ろにいた修道女が、アルさんに向かって聞いた。そうだよねー、不思議だよねー。神の声が聞こえるんだもんねー。この男に。
「ああ、俺はアレ、正義と秩序の神じゃないけど、月と旅人の女神の魔法が使える」
「月と旅人の女神!? 正義と秩序の神の、兄妹神ではないですか!?」
「そうなの?」
「そうですよ~。正義の秩序の神は、巨人の左手から生まれて、月と旅人の女神は、左足から生まれました~」
「そういうことらしいよ」
「これは……数々の無礼な発言、お許しください!」
 畏まられた。けど、
「いいんですよ~、この人は、私の下僕ですから~」
「いつまでこのネタ、引っ張ると思う?」
「大分気に入っているようなので、長引きそうな予感がしますね」
 頑張れ、下僕共。
 話が一段落したところで、「失礼します」とドアを開け、ワゴンに湯気を立ち上らせるスープと、小さめのパンを乗せた修道女が現れた。
「たいしたおもてなしもできませんが」
 と、修道院長。立ち上がりながら言う。
「どうぞ、体をお休めください。もしも、王家のレガリアについて、もう少し詳しい事が知りたいようでしたら、王都の教会の司祭への、紹介状をご用意いたしましょう」
「おお、それはありがたい。よろしくお願いします」
 ちょぃと頭を下げるアルさん。しかし、視線はワゴンの上だ。この男は……
 修道院長が、「では」と会釈を返し、その場を辞そうとしたところで、
「あ、ちなみに、ちょっと聞いてもいいですか?」
 エルさんがその背中を止めた。
「なんでしょう?」
「宗教上の理由で答えられなければそれで良いのですが、テレーゼさんの、本当のお名前はなんでしょう?」
「私ですか?」
 心底不思議そうに、
「私の元の名前は、ケーテ・ハスと申しますが、修道院長になり、テレーゼの名を継いでからは、その名は使っておりませんね」
「ああー、やはり!」
 エルさん、ぽんと手を打ち、納得するようにうなずいた。なんだ? なんなんだ?
「いやぁ、ありがとうございます。ずっと気になっていたのです」
「ん?」
 レイさんも小首をかしげたかと思うと、
「あっ!? そ、そう言うことだったのか!? いや、まったく気づきませんでした!」
 と、膝を打った。
「私の名に、何か?」
「いえ、お気になさらず。こちらの事です」
 めっちゃ気になると思うのだが、修道院長は、「そうですか」と微笑み、
「では、失礼いたします」
 と、修道女たちと一礼をして、部屋を出て行った。
「……なんかあんの?」
 アルさん。
「いえー」
「まぁ、もうちょっと、ネタバレは先にとっときましょう」
 言って、レイさんはそそくさとスープとパンの配膳を始めた。
「お、豆のスープですね」
「実に、修道院のご飯っぽいな!」
 世界グルメ旅。今日の晩ご飯は、修道院の豆のスープと、丸パンです。

 翌朝、私たちは修道院長に紹介状をもらい、修道女たちに見送られ、この国の王都へと旅立った。歩いて二日ほどの距離とのことだったが、レイさん曰く、「まぁ、この国の景色は、ドイツの古城街道とか、その辺の雰囲気に近いので、結構、楽しいですよ」との事だったけれど、当の本人は、「まぁ、私は鍵石がありますので、直接、王都まで飛んじゃいますけどね」との事で、翌朝、修道院を旅立ったのは、私とアルさんの二人だけだった。
 まぁ、あの人たちはそういう、神出鬼没な人たちなので、私も特に気にはしないのだけれど、修道院の皆さんも、あんまり気にしないものなのだろうか。まぁ、私が気にしたところで、詮無きことだが。
 街道を行き、道中、小さな宿場町で一泊し──ちなみにアルさんは、私と二人だけで宿を取るとき、大抵自分は大部屋で、私に一室あてがう。別に、大して気にしないんだけどな。この人のことも、大分わかってきたし──ともあれ、二日ほど歩き、私たちはやっとのことで王都、ラーゼンへとたどり着いた。
「ようこそ、ラーゼン王国王都、ラーゼンへ!」
 と、城門を護る門番に紹介状を見せ、城壁内へ入った私たちを出迎えたのは、誰であろう、黒いつばの大きなとんがり帽子をかぶった、いかにも魔導師です! という出で立ちの、大魔導士補佐見習い候補──だったかな? の、魔導師、ネリさんと、
「勇者ちゃん、ひさしぶり~」
 その妹、名前を呼んではけないあの種族の、ニケちゃんであった。
「暇なのか?」
「暇ですね! さっきまで試練の塔の100階に挑んでいましたが、死に戻りしましたのでね!」
「半日くらいやってたのにねー」
「なむなむ」
「気分転換ですよ、気分転換! さあ、ようこそ! 中世の香りが色濃く残る街、王都、ラーゼンへ!」
「ちょっと無理してんな、ネリ」
「ニケもそう思う」
 なむなむ。

 ネリさんに連れられ、私たちは紹介状をしたためてもらった司祭のいる、王都でも最大級の教会へと向かっていた。ネリさん曰く、南門から入った場合は、とりあえず王城を左手に見ながらまっすぐ進み、東西に延びる目抜きの大通りに出るのが、この街での移動での基本になるのだそうだ。で、そこから東西のどちらにも、進むと、
「広場だ! 勇者ちゃんの国の広場も良かったが、ここはまさに、日本人好みの、中世ファンタジーだな!」
 と、アルさんがなぜか興奮してはしゃぐような広場に出た。
「まあ、ここの作りは、割と近世なんですがね」
「日本人の中世は、近世だろ」
「否定はしませんが」
「ニケ、広場の位置と名前は覚えたよ。この街は、広場の名前と形を覚えちゃえば、だいたいどこにでも行けるようになるよ」
「へぇ」
 ニケちゃんの心遣いがありがたい。ほ、方向音痴じゃないぞ。初めて来る場所の、右も左もわからないのは、普通でしょう? よ、よし。広場の位置と名前だな。覚えよう。で、この広場は何広場なのだ?
「教会は、東の向こうか?」
「ですね、王城のはす向かいになるので」
 何で初めて来る場所なのに、位置関係がわかっているのだろう、アルさんは。不思議だなぁ……
「アル兄、攻略Wiki、見たの?」
「見てねーよ。基本、みないからな」
「そっかー」
 と、ニケちゃんはちょっとしゅんとして、
「ニケ、この国のこと、難しくて、よくわかんなかったんだよね」
 唇をとがらせ、少々批判気味に、ネリさんに向かって言った。
「私に言われましてもね……」
 苦笑のネリさん。
「難しい? なにが?」
 アルさんは聞く。
「んー……そうですねぇ……百聞は一見にしかずですから、隣の広場まで歩きましょうか。教会のある、手前の広場です」
「あいよ」
 そうして、私たちは大通りを三区画ほど、再び歩いた。
 王都は、私の住んでいた国の王都に比べると、ちょっと窮屈そうな印象を受けた。大通りの石畳はきれいに舗装されていて、馬車の轍もうっすらとしか残っていないので、整備の手はしっかり行き届いているのだろうなぁとは思ったが、道の両脇に立ち並ぶ建物は、だいたいが三階建てで、ちょっと窮屈そうに見える。とはいえ、美しく整然と並んでいるので、狭っ苦しいという印象ではないのだけれど……
「しかし、きっちりきれいに、生真面目にできてる街って感じたな」
 そう、それ。アルさんの感想のそれ。
「目抜き通りは、建物もちょっと古いから、石っぽいんだよね。新市街の方は、そうでもないんだけど……ニケ、中心街側は、ちょっと真面目すぎて嫌い」
「国民性ですね」
 さらりとネリさん。
「そうなん?」
「ええ、この国は、国教が正義と秩序の神の信仰ですので、みなさん、割と生真面目な方が多いという設定──あ、設定とかいう必要はないですね、そういう、国民性なのです」
「ほー」
 なるほど。この国は、国教が制定されているのか。我が国は、数十年前まではそんな制度もあったそうだが、国王の下に議会というものができ、民衆の投票で議員というものを選ぶようになってからは、その制度はなくなったと聞いている。それでもまぁ、この国同様、正義と秩序の神の信仰が未だ根強いらしいが、寡聞にして、詳しくはない。
「はい、ここがその広場です」
 程なくしてたどり着いた広場は、教会の手前、大きな噴水が中央に置かれた、とても大きな広場であった。
「おー、あの階段の上にあんのが、その教会?」
「ですね。で──」
 ネリさんは、ぐるりと広場を見回して、
「あの、広場のところの人だかりに行くと、イベントが起こります」
「イベント? マジか。メイン?」
「ですよ」
「あのイベント、ニケ、難しすぎて、よくわかんなかったんだよね」
「何の集まりだ?」
 広場の北側に、結構な人が集まっていて、何やら、演説している人を取り囲んでいる。なんだろう? ずいぶんな人だかりだな。
「あれ、何者?」
「説教師ですね。アルなら分かるでしょうが、あの人は、贖宥状を売るために、説教しています」
 しょくゆう……なんだって?
「聖堂でもたてんの?」
「ニケ、今の話で、なんでアル兄がそこまで理解できんのか、全然わかんない」
「勉強しろ。習ったはずだ」
「習ってないよー」
「免罪符ってやつだ。勇者ちゃんは、贖宥、わかるだろ?」
「しょくゆうって、正義と秩序の神の信徒が、許しをもらった後にやる、慈善活動のことでしょ?」
「おう、多分、そんな感じだ。っていうか、贖宥は、正義と秩序の神に特有の行為なのか?」
 私に聞いたようだったが、何言ってんだ? という顔を私がしていたからか、ネリさんが答えていた。
「まぁ、罪と罰を明確に定義しているのは、正義と秩序の神くらいなので、贖宥行為が明確にあるのは、正義と秩序の神くらいですかねぇ」
 なるほど。アルさん的には、贖宥行為が他の神様にもあると思っていたのか。あるとしたら、あなた、してないと、神の声が聞こえなくなっちゃうんじゃないですかね?
「でも、贖宥状なんてものは、聞いたことがないな」
 人だかりの中で話している説教師なる人を見つつ、私は呟いた。
「知らない方が、世の中的には正しいから、いいんじゃねえか?」
 アルさん。さらり。ようわからん。なんだそれは。
「簡単に言っちゃえば、その贖宥行為をしないで、お金で解決するための、書状の販売ですね」
「あー、免罪符! 習った!」
 ニケちゃんが、ぽんと手を打った。
「まぁ、訳としては正しくないけどな。罪を許すわけじゃないし……いや、教える時代の内容的には、別にいいのか?」
「ふっふっふ……めんどくさいですね」
 にやりと笑うネリさんに、アルさんはちょっと嫌そうな顔をした。
「何その笑み。あの人だかり、行きたくない」
「ふっふっふ……かまいませんよー。じゃあ先に、教会に行きますかねー」
 と、ネリさん。てくてく行き、階段を上り出す。
「……面倒くさそうだな」
 呟いたアルさんに、
「何が?」
 聞く。
「……いや、ああいうのはな、大抵、よくない話の前触れなんだ」
「ニケ、アル兄のそういう先読み、よくないと思うな」
「ふっふっふ……よくない前触れですねぇ。でも、仕方ないですねぇ。この世界、神様が実在するんで、より多くの寄進したものには、それなりに、見返りがありますしねぇ」
 階段を上りつつのネリさんに、アルさんは眉を寄せ、呟くように聞いていた。
「見返り?」
「ええ」
 ネリさんは頭の上の帽子をちょいと直して、
「魂の汚れなき者は、神様が救ってくれますのでね……多くの権力者や富豪なんかは、いくらでも寄進しますよ。神の力たる神聖魔法ならば、怪我や病気にかかっても……あまつさえ死んでも……ね」
「現実より質わりぃな!」
 そして、アルさんも階段を上ろうと、一段目に足を乗せた瞬間、表情を強ばらせて立ち止まった。
「……こ、これは」
「どうしたんです?」
 はて? なにやらまじめ顔だ。
「おう……インスタンス化しやがった」
 ぽつりと、アルさんは呟いた。
「そこの者、脇によって、止まれ!」
「道をあけろ!」
 と、階段の上から声を張り上げ、駆け下りるように、守衛っぽい兵士がやってくる。
「なにごと?」
 呟きつつ、道をあける。が、「脇へ寄れ!」と、どんとその人達に小突かれた。
「いてっ!?」
「私のせいじゃない」
 押しのけられて、アルさんの足を踏んづけてしまったが、しかし、転ばなくて良かったな。一応階段だし。危ないなぁ……とか思って見ていると、広場の噴水をぐるっと回って、階段の下に大型のキャリッジ──お高い馬車のカテゴリーの事だ──が、横付けに止まるのが見えた。
「なんだ?」
「なんでしょう?」
 アルさんと私、興味だけで見ていると、御者がキャリッジの扉を、恭しく開ける様が見えた。整列して頭を垂れ、出迎える何人かの兵士。その前へ、
「グレゴール・アウグスト」
 ネリさんが言うその人が、姿を現した。
「この国の王、ランベルト六世ですね」
 若いんだ。と、思った。いや、若いといっても、四十代半ばくらいだろうとは思うけれど。彫りの深い顔に、意志の強そうな目。服装は豪華という感じではなくて、質素に見えるが、仕立てのいいもの、という感じで、正義と秩序の神を国教とする国の国王と言うだけあって、誠実で、実直そうな人に見えた。
「へぇ、あの人が国王なんで──」
 言いつつ、アルさんに振り向くと──あろうことかこの男、その腰の剣に手をかけているではないか!
「アルさ──!?」
 驚きに目を丸くし、私が声を上げるのとほぼ同時に、
「アウグスト! 神の裁きを受けよ!!」
 怒号が響いて、幾人かの集団が広場から階段へと、短剣を手に踊り込んできた。
 アルさんが飛び出す。が、集団と、王を守るように動いた兵士との間でたたらを踏んだ。舌打ちが聞こえたような気がして、私も剣に手を伸ばす。が、アルさんが回り込むよりも早く、私が動き出すよりも早く、一人の男の短剣が、王の腹を突いていた。
 続けて男はその短剣を引き抜き、血を舞わせながら、王の喉元を突く。
 どこかから、誰かの悲鳴。
 蜘蛛の子を散らすように散開する集団。その背中に斬りつける、兵士たちの怒号。
「うわぁ……」
 動けずにいた私の背後で、ネリさんが呟いていた。
「アル、レーティングXまで、許可にしたままなんですねぇ」
 言っている事の意味は全くわからなかったが、逆にそれが私に冷静さを取り戻させた。剣はともかく、私もアルさんへと駆け寄る。アルさんは凶刃に襲われた国王、グレゴール・アウグストに駆け寄ろうとして、
「診せろ! 月と旅人の女神の神官だ! 回復と、解毒もできる!」
 と、叫んでいた。
「今のは!?」
 駆け寄り、聞く。
「しらん、が、暗殺なんてのは、こういう世界じゃ、割とあることだ! 診せろ!」
 割りとはないよ、と思いながらも、私たちは王に近づこうとした。が、それを兵士が阻んだ。
「何者だ!?」
「だから、神官だ! 暗殺者が、毒を使わない訳がないだろ! 解毒する!」
「やめろ! 近づくな! 斬るぞ!」
「なん……!?」
「神官をつれてこい! 早く! 王を早く、教会へ! 残りの者は、奴らを追うんだ!」
 怒号のように叫ぶ声。
 慌ただしく兵士達が右往左往と動き、広場にいた者たちが、遠巻きに輪を作り始めて──
 しばらくして、王は兵士に支えられ、教会の中へと消えていった。
 血だまりと、てんてんと階段に続く血痕の先を見つめながら、アルさんは、ぽつりと呟いていた。
「クソだな……」
 広場の喧騒も、やがて消えた。
「いやあ、大変な事になりましたねぇ」
 と、階段を下りてきながら、ネリさんが言う。
「あの暗殺者は、ニーケですかねぇ」
「ニーケ?」
 オウム返しに私が聞くと、
「ふむ……ご存知ないですか」
「ニケも、その辺、よくわかんなかった」
「そうですねぇ……」
 少し考えて、ネリさんはアルさんに向かって言った。
「簡単に言ってしまうと、この国はずっと、内戦状態みたいなモンなんですよ。オルドヮという、昔からある正義と秩序の神の一派と、ニーケという、新しい考え方の、正義と秩序の神の一派との間でね」
「単一国教だの、内戦だの、贖宥状だのと聞いて、いやな予感はしていたけど……まさかまんま、中世末期に投げ込まれるとは思わなかったぞ」
「もっとたち悪いですけどね。この世界、神様、本当にいるんで」
「日本人向けじゃねーが、日本人しかできねーな、コレ」
「ニケ、よくわかんなかったんだよね、この国のこと。難しすぎて」
「ま」
 ため息のようなものを吐き出す勢いで言って、アルさんはニケちゃんの頭を、軽く叩いた。
「それはそれで、幸せなことなのかもしらんぞ」
 教会に背を向け、アルさんは歩き出す。階段の上、教会の門は固く閉ざされ、開く気配はなさそうだ。
 喧騒は、すでにない。ただ、固く閉ざされた教会の門からてんてんと続く血の跡だけが、私たちの足下、大きな血だまりだけが、今、ここで起こった事を、伝えていた。

「贖宥状を購入し、コインが箱にチャリンと音を立ててると、霊魂が天国へ飛び上がるー」
 陽も落ちて、新市街の酒場。
 二階に宿を取った私たちは、一階の丸テーブルに集まって、何はともあれ、と、食事をとっていた。
「それ、なんですか?」
 エールのジョッキを片手に、くだをまくようにして言ったアルさんの台詞に、意味を問うてみる。
「んー、有名な台詞」
「ニケ、聞いたことない」
「私もありませんね~」
 料理を取り分けつつの、エルさん。
「教会の、アレのとこまでですか~?」
 アルさんの前に、ごろごろ肉の入ったスープを置いて聞く。
「おう、わりと衝撃だった」
「ですね~、びっくりですよね~」
「今までのパターンと、ガラッと変わりますからね、今回」
 続いたのは、ネリさんだ。それにチロルさんも続く。
「あれは、私も友人たちとやっていたが、衝撃的だったなあ。まったく動けなかった」
「あれ、レーティング的にいいのかね? ってか、エル、その肉の奴とってくれ。気になる」
 お皿をエルさんに突き出しつつ言ったのは、食に関しては一家言ある、ダガーさんだ。「なんのソースだ? これ」「なんでしょうね? おいしかったですよ」
「あそこ、旧レーティングのままなんじゃないですかねぇ」
 エールをぐびぐびしつつ、レイさんが続けた。
「まあ、残虐表現と言うほどでもないと思いますが、リアリティがあって、いいんじゃないですか?」
「そうだ、聞いておこうと思ったんだ」
 はっとして、アルさんはレイさんに、
「この世界の毒は、どういった扱いだ? 超気になるんだが」
「おっとー、廃人の資質炸裂ですね」
「固有スキルやめろ」
「お察しの通り」
 レイさんはにやりと笑って、返した。
「この世界の毒は、マジやべーです。当然、耐久やLUKで発動するしないはありますが、発動すれば、マジモンの毒のように、いかに高レベルであっても、死ぬときは一瞬で死にます」
「マジか。砒素とかあんの?」
「錬金術がありますからね、ありますよ」
「やべぇ、マジこええ」
 ひそ、なるものがなんだかはわからなかったが、歴戦の冒険者であるアルさん達も、毒は恐ろしいらしい。まあ、
「キュア・ポイズンありますし、平気ですよ~」
「ヒーラーがやられたら、終わりじゃねーか」
「なんと、我らのパーティーには、キュア・ポイズンを使える神官が、三人もいます! 万全ですね!」
「チロルさん、ナチュラルにメンバー入り~」
「いや、レイさん、暗黒騎士だから、毒、効かないですよね?」
「いえいえ、効きますよ。アルコールとか」
「毒食らわば、二日酔い」
「飲みすぎは注意ですよ~」
 とまあ、なんやかんや、食事と少々の毒を摂取したところで、
「さて」
 レイさんがジョッキでテーブルを打って、真面目な顔をし、言った。
「では、どこから話しましょうか。暗黒騎士レイシュの、よくわかるストーリー解説」
「ニケ、全くわかんない!」
「ではまず、リアル歴史の教科書、146ページを──」
「ゲームで勉強したくない!」
 はい、掴みの小芝居終わり。
「ふむ……」
 と、アルさんは喉を鳴らした。
「まず、オルドヮとニーケとかいう、その辺だな」
「ま、そうですよね。簡単に言ってしまうと──あ、これ、配信してます?」
「もちろん」
「飯食ってるとこ、おもしれーと思って見てる奴、いんのか?」
「ん? じゃあダガー、おもしれーことしろ」
「ああん? じゃあ、このソースの再現レシピでも、解説すっか?」
「すごい気になっちゃいますね~」
「それはそれで気になりますが、まあ、それはおいといて」
 と、何かを横に置くジェスチャーをして、レイさんは続けた。
「オルドヮとニーケですが、超わかりやすく言ってしまうと、まさに、アレとアレです」
「アレとかソレとか、ニケにはわかんないー」
「ええー? しかし、ストレートに言ってしまうと、いろいろ問題がありそうな気がしますが……」
「ルネッサンスなの?」
「んー? モチーフなだけなんで、ルネッサンスまでは行っていないんですかね。モチーフですよ? モチーフ」
「この国では、活版印刷はまだ発明されていませんから、史実とはずれますね。ええ、モチーフですから。モチーフ」
 何故、レイさんとネリさんはモチーフモチーフと強調しているのだろか。そもそも、何が何のモチーフなのか。
「ふーむ……」
「ニケ、オルドヮとニーケっていう、宗教が対立してるってのは、理解したんだけど……」
「いや、ニケの言っているような宗教対立じゃないですよ」
 ネリさんが訂正する。
「オルドヮもニーケも、同じ正義と秩序の神を信仰してるんです。ただ、考え方が違うので、対立してるんですね」
「えー? 同じ神様信じてるのに、対立してるの?」
「ああっ! 今日ほど、我らが無知馬鹿ダメ妹を、可愛いと思った事があるでしょうか!」
「ダメ妹は、世界を救う!」
 レイさん、アルさん、
「あれ、ほめてねーからな?」
 ダガーさん、追い討ち。ニケちゃんは、ぷーと頬を膨らませた。かわいい。
 再び何かを横に置くジェスチャーをして、レイさんは続けた。
「まあ、だいたいの時代背景的なものは、モチーフの方と、同じように思ってもらってもかまいません。一部の──はい、ここ重要──のオルドヮが、戦争で疲弊した力を取り戻すべく、少々、正義と秩序の神様的にどうなの? って事を始めて、それで、正しい教義に則った新しい集まりを作ろうぜ! って生まれたのが、ニーケです」
「はい! 先生!」
「はい! ニケさん!」
「今日の暗殺者は、ニーケですが!?」
「いいところに気がつきましたね!」
「やったあ!」
「はい、つまり……」
 レイさんは声のトーンを落とし、身を乗り出して言った。
「泥沼ってやつです」
 アルさんは、ふう、と息をつく。そして目を泳がせながら、何かを考えるように沈黙した後、ぼそりと言った。
「日本人的感想をいうと、同じ主神なのに、めんどくせーことしてんだな」
「んー……そうですねぇ。まあ、これの根底は、宗教云々ではないですしね。結局のところ、オルドヮ的には、今のような内戦状態は、悪くないんですよ。戦争の度に、寄進があつまりますしね」
「事実として、この世界には、神様がいるからな」
 継いだのはダガーさんだ。口許についたソースを指先で拭って、言う。
「大義名分があれば、戦争して、負傷者救済目的で寄進を募ったり、大義の下で罪を犯した者を許す為に、免罪符をだしたりしたっていい」
「悪いなあ、オルドヮ」
「いや、しかしアルさん、今回の件を起こしたのは、ニーケだよ」
 チロルさん。
「ニーケも、正義と秩序の神の信徒としては、正しいとは言えない」
「そうだな……」
 腕を組んで目を伏せ、うむうむと頷き、「よし」と、アルさんは言った。
「では、エル導師殿に、この国の新しい、最高司祭になっていただこう。そして、王権を奪取」
「そ、それは……!?」
「アリなのか?」
「レガリアも手に入れられて、一石二鳥じゃないか。名案だろう?」
 いやいやいや、それは……と、エルさんを見ると、
「あはは~、そうですね~。それも、面白いかも知れませんね~」
 まんざらでもない!?
「そんなシナリオ展開、できるんですかね?」
 レイさん、ネリさんに小声で聞いている。
「さ、さあ? シナリオは、シナリオAIによって変わりますから、絶対にないとは言い切れませんが……そんなの、聞いたことないですね」
「よし、歴史を変えようぜ!」
 大きく出たなぁ……
「え~? いいんですか~? 私が王になったら、一緒に、冒険できなくなっちゃうかも知れませんよ~」
「それは困る!」
 王になる前提。
「いやいやアルさん」
 と、レイさんが割って入った。
「どうせシナリオにない事やるんなら、ガイザーと戦いましょうよ。そしてその後、ギルベルトと戦いましょう」
 ガイザー? ギルベルト? 誰だろう。
「なるほど……レイシュ」
「はい」
「その人は、強いんだな?」
 「ええ」と、ジョッキ片手にレイさんは身を乗りだし、
「ガイザーは、この国の将軍です。今回の件で直系の王族がいなくなるので、グレゴールのいとこに当たる、辺境伯ギルベルトを、王として擁立しようとしている人物です」
「お兄ちゃん、辺境伯ってなに?」
「地方という言い方は適切ではないですが、まあ、地方の有力者の事です」
「ニケには、そもそも、爵位がわかんねーんじゃねーか?」
「わかるよ! 伯爵とか男爵とか、子爵とか! 上下はわかんないけど」
 ニケちゃん……大丈夫。私もよくわかんないから。
 そんなニケネリダガーを置いて、
「ギルベルトなる奴は、王になる気はあんの?」
 アルさん、レイさんは続けている。ちなみに二人の間を、エルさんがチロルさんに取り分けたサラダのお皿が行き来していたりするのだが、二人、気にもしていない。
「どうでしょうね。実力者であるのは、間違いないですが」
「ってか、ギルベルト、いとこなら、十分王族だと思うんだけど、辺境伯なの?」
「はい。先の話にも繋がりますが、正直、本人はあまり、王政に興味がないようなのです。本人はオルドヮなんですが、ニーケと王都で内乱してるくらいなら、辺境護って、独立するわーくらいの勢いのある人でして……でも、剣の腕は確かですよ?」
「ふむ」
 と、唸り、アルさんはエールで喉を潤してから、
「よし、内政なんぞに興味はないから、一手、手あわせしてもらいにいくか!」
「目的も手段も、明後日にいってんぞ?」
 ナイスツッコミ、ダガーさん。しかし、「アル、まだ飲むか?」「エール」「すんませーん、エール二つー!」「あ、私のも」「みっつー!」
 さもありなん。
「強い相手って言ったら、ベアトリーゼだって魔法使いますから、強敵ですよ~」
 チロルさんにお皿を渡し終えたエルさんが、よいしょと、座り直しながら言った。
「誰だ?」
「ベアトリーゼですか?」
 空になったジョッキをアルさんに渡しながら、レイさんが続く。
「ベアトリーゼは、グレゴールの妻ですね。結婚したのは、二、三十年前だったかな? 子宝には恵まれなかったようですが……」
「あー、ニケ、覚えてる! 結婚式で、ニーケの人たちが殺されたやつだ!」
「どこのアンリ四世だ」
 だ、誰だろう。もう、名前がいっぱいで、よくわからない。
「まあ、それも、ガイザーの父親がニーケに暗殺されたが故の、悲劇なんですがね」
 ガイザーは将軍。ギルベルトという人を王にしようとしている人。だったはず……
「ベアトリーゼは、ニーケなんだったかな?」
 と、チロルさん。ベアトリーゼは、魔法を使う、グレゴールの妻の人。グレゴールって誰だったっけな? あ、暗殺された王だ。ランベルト六世。チロルさん、よく覚えてるなぁ……
「ベアトリーゼは、オルドヮのグレゴールと、この国の和平を模索していたんだ。だから、シナリオ的には、ベアトリーゼで進める人たちは多いよ。私たちもそうだった」
「和平大事。日本人的に」
「事なかれ主義」
「昼行灯」
 よくわからない事を口にしながら、届いたエールを回すアルレイダガー。で、レイさんが補足する。
「ま、そんな日本人気質のベアトリーゼを擁立するのは、穏健派ですね」
 聞いちゃいないアルさん、ダガーさんは、
「戦争はんたーい」
「西欧系ファンタジー世界で何言ってんだ! ぶっコ○スぞ!」
「これはひどい」
 あなたたちでは?
「まあ」
 レイさんはぐいっとエールを半分ほど喉に流し込んで、続けた。
「穏健派の主張は、ある意味では正しいでしょうね。こう内戦ばかりでは、民は疲弊してしまいますし、国のためにも、今のこの状態を脱したい。となれば、和平を模索しつつも、凶刃に倒れた王の妻、ベアトリーゼは、格好のアイコンです。ベアトリーゼは国民からの信頼も厚いですし、ニーケですから、日本人的にも、一番わかりやすいかもしれませんね」
「ふむ……」
 アルさんもまた、ぐいとエールを半分ほど飲んで、
「実は、ベアトリーゼがニーケじゃなくて、邪心崇拝をしてるとか、魔女だとかは?」
「それもそれで熱いですね」
 この人たちは、どこまで本気なのだろう……
「軍閥、穏健……あと、なんかもうひとつはあるな?」
「ニケ、アル兄のそういう楽しみ方、よくないと思う」
 何故アルさんがそう思うに至ったのかは、私にも全く理解できなかったが、ニケちゃんの反応を見るに、まだ他の勢力があるようだ。名前が覚えられない。
「王家の血筋にこだわる、王党派がいますね」
 エールを飲みつつ、さらっと返したレイさんが、はた、と止まった。
「おっと、これは……ネタバレっちゃうんですよねぇ」
「王家の血筋的に、なんかあんのか?」
「血筋……的な事なんですかねぇ。まぁ、血筋的に、意味はなくはないですねぇ」
「よし、ならばわかった」
 どんっと、ジョッキでテーブルを打って、アルさんは宣言した。
「王党派の奴に接触しよう」
「どマイナーなルートを選択しましたね」
 うん、とアルさんは頷き、
「究極的には、レガリア見せてもらえればいいんだし、正直、誰が王になろうと、俺的には知ったこっちゃないし」
 本音だろう。
「あと、その方が、マイナーっぽくて面白い」
 うん、本音だろう。
「それ、全体の3パーセントくらいしかやらないルートなんですが……」
「うん、ますますいいな」
 本音だろう。
「で、王党派は、誰に接触すればいいんだ?」
 ぐるりと皆を見回すアルさんに、皆は、
「王党派の主力キャラって、いましたっけ?」
「記憶にねぇ」
「なんて言ったっけかな? 騎士団の。あれもぽっと出だから、影は薄かったが……」
 うーんと首を捻っていた。
「王党ルートは、どっから入るんだ! ネリ!」
 びしっと指を指されたネリさんは、ひょいとおどけて、軽く返した。
「ルート分岐はAIによるので、正確なフラグなどありません。あっても、教えません」
「ののれ……!」
 と、腕まくりしたアルさんを、
「いや、ちょっと待って、アルさん」
 私は止めた。
「ん? いたのか?」
「いたよ、殴るよ?」
「ごめんなさい」
「うん、まあ、そんなことよりも──」
 私は、思ったままを口にした。
「私たち、レガリアの石について聞くため、王都にやってきたはずなんだけど、なんか、目的が変わってるような気がするんだけど?」
「え? 変わってねーだろ」
 さらりと、アルさんは言った。
「レガリアの石を見たい。レガリア持ってる王様、死んじゃった。わー、次の王様、誰だろう? よし、王様になりそうな奴に近づいて、あわよくば戴冠式かその前に、レガリアをパクってやろう」
「パクるのか」
「賢者の石なら、パクるだろう」
「なるほど」
「パクっちゃダメです~、勇者ちゃん。勇者ちゃんも、納得してはダメです~」
「毒されてきましたねぇ、勇者ちゃんも」
 うん、大丈夫。パクるとか、多分、しない。まだしない。しないんじゃないかなぁ?
「まあ……」
 ホットワインをちびりとやって、アルさんを横目に見ながら、私は言ってやった。
「気になるって、そういうことでしょ?」
「なにがだ?」
 嘘っぽく、アルさんは笑った。

 さて困った。
 王党派の者と繋ぎを作ろうと、アルさんは張り切って宣言した訳だが、この異国の王都に、コネなど一切、ある訳もなく、唯一あるのは女性修道院長に頂いた、紹介状のみ。
 まあ、この紹介状で、王都最大規模の教会の司祭様にお会いできるはずなのだが、昨日の今日で、異国の冒険者である私たちが、そんな高位の方にお会いすることができるのかと──
「私、導師、エルと申します」
 もっと高位の人、身内にいた!

「持つべきものは、権力」
「最低な発言」
 を、しているのは誰であろう。言うまでもなく、アルさんだ。
 私たちは女性修道院長の紹介状と、エルさんの力──左手不使用──によって、王都の高位な司祭様から、新たな紹介状を頂いていた。
 司祭様が紹介状を書き付けてくれたのは、オルドヮではあるものの、王党派の貴族、王都から東へ二日ほど言ったところにある伯領を治める、フェルディナンド伯爵という方であった。
 なんでも、フェルディナンド伯爵は王都のレガリアについても造詣が深いらしく、きっとエル様のお力になって頂けるでしょうと、その折りには、私めも、ぜひお含みおきくださいと、「はい~」と返したエルさんは、司祭様の名前を覚えてはいないし、もちろん私も、覚えてはいない。
「この辺りまでくると、大分、辺境ですねぇ」
 いくつかの森を抜け、てくてくとひたすら歩く私たちの先頭をいくレイさんが、岩肌の増えてきた草原を見渡しながら呟いていた。
「辺境って、国境付近の意味合いでいいのか?」
 いつの間にか、どこかで拾ったらしき細長い枝のようなものをふりふりしながら、アルさんが聞く。
「普通に辺境っていったら、その意味だろ?」
「そうですね、だいたいそれで合ってますが、この世界、国と国との間は、獣や魔物が跋扈する危険地帯なので、辺境といったら、だいたいそういう場所的な意味を含みますね」
「ちょいちょい、経験値稼ぎながらいくかー?」
「いやぁ、敵倒すより、クエスト回した方が早いですしねぇ」
 他愛もない会話をしながら、私たちはてろてろ、東を目指す。
「この辺りも、五、六十年前までは国境外で、本当に辺境だったそうですよ」
「へぇ、内戦しつつも、領地拡大はしてんのか」
「まあ、そうしなければ国が弱っていくばかりですしね。お、見えてきましたよ」
 遠く、小高い丘の上、草原の中に浮かぶ島のように、岩と石を利用した城郭都市の外観が見えてきた。緑の中に浮かぶ、薄く赤茶けた石の街並み。フェルディナンド伯領の都市、ケルフレンツだ。
 レイさんも言っていたように、この辺りは五、六十年前までは猛獣、魔獣の跋扈する辺境であったらしい。町に近づくと、当時の面影を色濃く残す石組みの城壁があり、その内側が新市街、さらに奥に進んだ所に運河があって、橋の向こうに旧市街、さらに奥の丘の上には、城壁に囲まれた城、という作りになっていた。
「歴史を感じさせる街並みだなぁ」
 橋を渡り、城壁沿いの坂道を行きながら、アルさんは城壁の向こうに見える城の尖塔を見上げて呟く。
「城壁の上とか、ぐるっと回ったら、景色良さそうだな」
「あー、いいですねぇ。ちょっと見てみたいですね」
 答えたレイさんに、
「あれ? ここ、来たことねーの?」
 不思議そうにアルさん。
「いえ、来たことはありますが、城に赴くようなイベントは、普通にはありませんでしたね。ルートにもよるんでしょうが、ここは基本的に、ただの立ちより都市なので」
「私もそうですね~」
 エルさんが続く。
「城壁の向こうに行くって、マイナーなんじゃないですかね~」
「マジか。もうけたな!」
 何が儲かったのかはわからないが、やや浮かれ気味のアルさんを先頭に、私たちは城壁沿いの坂道を登って行く。
 眼下に広がる新市街の街並みを横目にしながら、程なくして、私たちはその先にあった城門へとたどり着いた。
 城門の脇には、やる気のなさそうな兵士が一人、立ち番をしていて、なんともまあ、ここがかつては辺境であったとは思えないようなのどかさである。
「よろしく」
 と、アルさん。エルさんに。
「はいはい~」
 持てる権力は最大限に利用。
「いやー、いいなあ、ここ」
 と、アルさんは腰に手を当て、のどかな街並みを眼下に見下ろしながら言った。
「歴史を感じる城郭都市とか、わくわくするな」
「王都もよかったですが、あっちは、都市として大きすぎますしねー」
「おい、あっちの橋、屋根があるぞ! もしやあの下は、宝石店があったりするのか!?」
「いや、お店はいろいろありましたが、宝石店はどうだったかな? ってか、それはイタリアでは?」
「そうか、どっちかっつーと、ここはカルカソンヌがイメージソースっぽい気もするしな」
「ボードゲームが何か?」
「むしろ、そっちが先に出るのがおかしい」
「ゲーマーですし、ドイツ繋がりで」
「しかし、ベッドで寝転がりながら、世界遺産巡りが出来るなんて、VR様々だなー」
 アルさんとレイさんの話している事は、半分もわからなかったが、とにかくアルさんが機嫌がいいっぽいということは、よくわかった。
「アルさん~、伯爵様に取り次いでくれるそうなので、城内に行きますよ~」
 エルさんの声に、
「おう」
 と返し、アルさんはそう言えば手にしたままだった木の枝を、その辺に投げ捨て、城門へと急いだのだった。
 なんかすごく、子どもっぽい感じで。

 城内の第一印象は、狭い、であった。
 すれ違うのにも苦労するような、少々圧迫感のある石の通路を案内されて、これまた狭い、これが謁見の間? と言うような所に通された。
「やべぇ、プロトコルしらねぇぞ」
 通された謁見の間で、アルさんがレイさんにぼそりと呟く。そう言えば私も、自国で王に謁見する際には、父と旧知の仲であった元老に、一日がかりで謁見の際の手順やら決まり事やらをたたき込まれたが、その時に、「我が国は、他国に比べれば、甘い方ですぞ!」と脅されていたっけ。うわぁ……そう言えばここ、正義と秩序の神が国教の国だぞ……ど、どうしよう……
 と、びくびくしていると、
「エル様、こちらへ」
 と、エントランスから私たちを案内してきた騎士らしき方が、私たちを謁見の間の一段高い方へと──ん?
「皆様はこちらへ」
 と、低いところに整列させられて──ん?
「何故、エルが上段?」
「まあ、我々は下僕ですし、この位置は妥当」
「いや、エルさん、なんで?」
 ハテナ? としていると、
「フェルディナンド伯爵が、おいでになります」
 と、騎士さんが謁見の間に、領主、フェルディナンド伯爵を招き入れた。
 両膝をついて──後で知ったが、法王なんかに対する、最敬礼の挨拶なのだそうだ──頭を垂れる、フェルディナンド伯爵。理解した。
「あわわわ~!」
 あわてて降りるエルさん。
「おおおぉぉ! やめて!」
 慌てふためくアルさん。
「こ、これは……」
 レイさんが呟いていた。
「我々の方が、立場が上になってしまうのか……」
「シナリオが、変わりすぎてしまいます~」

「狭いところで、申し訳ありません」
「いや、実に城っぽくていい」
 畏まりすぎるフェルディナンド伯爵に、いやいや、私たちはあくまで旅のもので、紹介状の署名が王都の司教だからとか、エルさんが最高司祭と同等以上の格があるからと言って、そんな扱いはやめてください~と懇願し、執務室へと移動して頂いた。
「どうぞおかけに。紅茶を用意させましょう」
「紅茶があるのか!?」
 ローテーブルの長編側、二辺に置かれたビロード地のソファーに腰を下ろしながら、アルさんがびっくりして声を上げていた。
「こら」
 と、たしなめる。
「なんですか、アルさん。飲んだことないんですか? 紅茶」
 は? と、間抜けな顔をして、アルさんは続ける。
「待て、勇者ちゃん。もしや、紅茶が高級品だから、俺が飲んだことがないと思っているのなら、それは違うぞ。紅茶は、俺にとっては、一コインくらいの価値しかない」
「いや、一コインって……紅茶は高級品ですよ?」
「うん、時代と世界によってはそうなんだが……むしろ、俺が驚いたのは、この国の時代設定的に、紅茶があるのかと思っただけだ」
 何を言っているのか、さっぱりわからん。別の世界との比較とか、そんな話なのだろうか。
「いや、そんなこといったらアルさん」
 レイさんが言った。
「あなたが今座っているソファーだって、怪しいもんですよ?」
「言われてみれば! 違和感なく座ってた!」
「その辺、JRPGですので、突っ込んではいけませんよ~」
 やはり、どこか別の世界の話のようだ。よくはわからなかったが、ともかく、出された紅茶は香りも色も、とても高級な感じで、いやはや、完全におもてなしされる側のお客様だ。なお、出されたティーカップがソーサーに乗っていたこと、それが高級品の磁器であったこと、取っ手があったことについて、アルさん、レイさんがいちいち驚いていたが、恥ずかしいので無視した。
「もともとここは、五、六十年前までは、辺境の最前線だったんですよ。この城も城壁も、本当に戦争のために作られたものでしてね。正直、住みにくい城なのですが、まあ、私の住む所など、領民にとってはどうでもいいことですしね」
 紅茶をいただき、「しかし、コレはコレで、この城郭都市の魅力としては、アリですな」と伯爵に向かって賛辞を送ったアルさんに、伯爵は軽く笑って返していた。
「ここは、もともとは古代魔法王国期の遺跡を拡張して造られておりますので、城の城壁の一部など、当時のままのものを使っております。ぜひ、ご覧になっていってください」
「ほー、いいなあ。ケルフレンツを見ずに死ぬなって、いずれは語られるような感じだなー」
「そう言っていただけるような都市になれれば、それはとてもよい事ですね」
 笑うフェルディナンド伯爵に、アルさん、レイさん、
「……あれ? この人、実はいいひとなんじゃね?」
「古典な人間としては、正義の神は、頭の固い融通の利かないキャラであって欲しかったりするんですが……」
「不正を働いていたり……」
「見逃してこそ、金になるやつですね」
「悪い人たちですよ~」
 最低だな、この人たち。
 んでもって、
「伯爵は、オルドヮなんですよね?」
 最低なので、聞きにくい事も、アルさんはさっくりと聞いてしまう。
「ええ、そうですね」
「領民も、オルドヮを?」
「いえ、私はオルドヮですが、領民に強制はしていません」
「え? マジで? 異端裁判の塔とか、あったりしないの?」
「いや、そんなものはありませんよ」
「カルカソンヌにはあるのに!」
「アルさん、イメージです。イメージ」
「いや、そのパターンもアリなんじゃないかと」
「どちらかと言えば私は、今の状況は、やはり、よくないと思っています」
 フェルディナンド伯爵は言う。
「伯領によっては、オルドヮを強制するような所や、ニーケの者には重い税をかけるような所もあるようですが……私はそれは、正義と秩序の神の教えに反しているのではないかと思っています」
「あれ……いい人だ……」
 ぽそりと呟くな。聞こえたらどうする。
「王は、オルドヮとニーケの不和を、和議によって終結させようと、一領邦一宗派の原則を各伯領に課そうとしていたようですが……それでニーケたちの都市ができたとして、この争いが終わるとは思えませんし……いえ、しかしそれも道半ばに、まさかこのような事に……」
「これは……なぜ、王が崩御したことを知っているのだと、突っ込むべき──」
「あ、それは多分、紹介状に書かれていたかと思います~」
「そもそも、その情報が書かれていないと、我々がレガリアについて知りたいという話の筋も、通りませんしね」
 おい、アルさん。あなたはフェルディナンド伯爵を、悪者にしたいのか?
「アルさん、自重してください」
 言ってみた。
「おう……俺も、考えを改めねばいかんな……やはりこの人は、いいひとなのではなかろうか?」
「正義と秩序の神の信徒ですから、基本的にはみんないい人ですよ~。はいそこ~、指を指さない~」
 ぺしっと、エルさんは指された二本の指先を、左手ではたき落としていた。君たちは、恐れを知らないな。
「レガリアですが、私が知っているのは、王家に伝わる伝承程度のものですよ」
 フェルディナンド伯爵はソファから立ち上がると、執務室の大きな本棚の一角へと向かい、そこから一本の巻物を取り出し、テーブルへと戻ってきた。
「これは、レガリアについて書かれたものです」
 テーブルに巻物を広げる。書かれている内容は……私には読めない。
「……読めん」
「わー、本当に上位古代魔法語ですね~」
「これ、本当に読める人もいるそうですが、一般的には、ハイウィザードクラスの魔法、トランスレイトがないと、読めないんですよね」
 全滅。
 伯爵は、描かれている挿絵を指さしつつ、言った。
「書かれているのは、レガリアの由来や、皆様が知りたがっている貴石について、神から賜るに至った経緯等が書かれています。貴石は、皆様もご存じのように、正当な戴冠式の際に赤く輝き、正しい資質を持つ者が手にした時、全知全能、不老不死をその者に与えるとされています。もしもそのような王が現れたならば、それは正義と秩序の神の生まれ変わりとして、永遠にこの国を正しく導くだろう……と、そのような伝承が記されていますね」
「ふーん……」
 唸り、アルさんは、
「伯爵は、これを事実だと?」
 超失礼な事を聞いたな!? あなた! この人伯爵で、しかもその正義と秩序の神の、オルドヮの信徒ですよ!?
「どうでしょうね」
 苦笑をちょっと浮かべた感じで、伯爵は返した。
「そのような者が、過去において一度も現れていないからこその、今の状況でしょうし……事実であればと思いますが、王家の血筋も途絶えようとしている今、永遠に、事実はわからないままになるのかもしれませんね」
 いい人過ぎる……この人……
「王党派は、この伝承があるからこそ、血筋にこだわるのか……」
「そういうことのようですね」
 レイさんも「ふーむ」と唸る。
「まぁ、これ、王党派シナリオやらないと出てこない情報ですね。私も、知りませんでした」
「王党派も、ちゃんとバックグラウンドがあるんですね~」
「王都では、次期王として、どのような者の名前がでているのでしょう?」
 伯爵の問いに、「そうですねぇ……」と少し考えて返したのは、レイさんだった。
「伯爵は、王党派と伺っておりますが、伯爵としては、どなたが候補かと思われますか?」
「そうですね……」
 少し考えるような間をおいて、
「ガイザー殿がどのようにお考えか、辺境に近いここではわかりかねますが、ギルベルト伯が、最も王家の血筋には近いかと思いますね。資質としても、十二分ですし」
「なるほど。確かにそれはそうですね」
 頷き、レイさんは続けた。多分、先の質問には、レイさん的にはあまり意味はなかったのだろうと思う。おそらく、探りのようなもので、本題は、
「そして、お察しの通り、ガイザー将軍は、ギルベルト伯を擁立するようです」
「やはりそうですか」
「とすると、王党派としては、別の者をと考える所でしょうが……伯爵は、思い当たる方はいらっしゃいますかね?」
「そうですね……」
 口元を押さえ、フェルディナンド伯はしばらく考えた。しかし、
「いや、思い当たる所はありませんね」
 苦笑するようにして、言った。
「ふむ……」
 と、アルさん、レイさんが唸る。何の気ない唸りだが、これは所謂、含んでいる奴だ。何を考えているのかは知らないが、まあ、あんまり知らない方がいいような手合いのものだろう。心に留めておくだけにしよう。
 そして伯爵は、
「わかりました。では、ギルベルト伯爵への紹介状をご用意いたしましょう。おそらく、レガリアに最も近い方です」
 私たちに屈託なく微笑みかけながら、言った。
「戴冠式の際には、皆さん、貴石を見せていただけるかも知れませんよ?」

「ふーむ……」
 紹介状をいただいた私たちは、そのまま城を辞した。
「結局、ギルベルトにつながるのか」
 紹介状をポーチに突っ込みながら、アルさんは呟くように漏らす。
「なんか、別展開かなーと思ったんだけどな」
「まぁ、ギルベルトなしでは、このシナリオ、さすがに進まないでしょうしね」
 返したレイさんに、アルさんは首を傾げ、
「シナリオの流れ的には、一緒なの?」
「細部は違いますが……おおっと、ネタバレは止めましょう」
 答えたレイさんは、立てた人差し指を口に押し付ける。
「まぁ、王党派が血筋にこだわる理由が明かされましたし、私的には新たな発見でしたね」
「ですね~、しかし、こんなにぽんぽん、なんのクエストもなしに次への繋ぎが出来てしまうとは、自分の立場が恐ろしいです~」
 少々困った風にエルさんは言ったが、「いやいや」とアルさんは首を左右に振りながら返していた。
「エル様がいると、シナリオ展開が結構変わりそうだと、再認識いたしましたので、今後とも、是非ともよろしくお願いいたします。ログインできる日は、事前にメッセをいただけると、とてもありがたいので、心待ちにしております」
「シナリオ崩壊させて、楽しむ気ですね、あなた」
「悪い人がいますよ~」
 私には、皆の言っている事の意味はよくはわからなかったが、エルさんの力が偉大だという事に関しては、完全に同意である。ので、ギルベルト伯と会う際には、是非とも同席していただきたい。っていうか、王家の血筋の辺境伯とか、縮こまって動けなくなってしまう自信があるので、是非ともエル様にはご同席願いたい。エル様、偉大。陰に隠れていたい。
「すぐにでますか?」
「いや、さっきの屋根のある橋の所で、買い物して、一泊してからでよう。せめてちょっとは観光と、武器を更新したい」
「HQスチール、もう変えるんですか?」
「もうちょっといいやつねぇの? 勇者ちゃんのミスリルくらいの」
「残念ながら、ねぇですね。あれ、あなた並みのシナリオクラッシャーな武器ですので」
「俺は、そんなにシナリオクラッシャーではないぞ?」
「どの口が?」
 他愛のない会話をしながら、私たちは旧城壁の外を流れる運河に架かる橋のひとつ、屋根付き橋の方へと歩き出した。
 程なくしてたどり着いた屋根付き橋の下は、先にレイさんが言っていたように、いくつもの店が建ち並び、あったかなぁとレイさんが言っていた宝石店の他、武具や金物屋、生活雑貨の店、パン屋など、様々な店が軒を連ねていた。
「宿はあんのかな? どうせなら、ここで宿もとるか?」
「あったかなぁ……あっても高そうですけど……」
「あー、あそこ」
 私は見つけたオープンテラスのレストランのようなお店を指さしながら、
「あそこ、レストランみたいですけど、二階もあるみたいですね。聞くだけ聞いてみます?」
 と、聞いてみたが、
「おう、じゃあ、俺、その向かいの武器屋覗いてくるから、聞いてきて」
 と、アルさんとレイさん、てくてく行ってしまう。ひどい話だよ。
「じゃ、宿をやっているか、聞いてみましょう~」
 エル様と二人、私たちはお店へと向かった。大丈夫、エル様がいれば、百人力。
 さて、泊まることはできるのかなと、テラスにいた店員らしき人に声をかけようとしたところで、周囲がざわっと、ざわめきだったような気がした。
 かけようとした言葉を飲み込み、ふと、道の向こうに目をやる。と、新市街側の方、市外から城へと向かう道の向こうから、騎兵の一団が、あろうことか、トロットでやってくるではないか。
 わわっと、狭い橋の上に広がっていた人たちが左右に割れ、おおっとと押しやられる。見ると、アルさんとレイさんも、武器屋の壁に押し付けられているようだった。
「危ないですね~」
 エルさんがぼやいた。ぴかぴかに磨き上げられた鎧に身を包んだ一団は、どう考えても、並の一団ではないだろう。左右に散った住民達も、同じ事を思ったか、「なんだ、あいつら?」「国家騎士か?」などと囁きあっている。
「あれは、正当なラーゼン国家騎士のようですね~。紋章が、第三騎士団筆頭の、メスナー家のものでした」
 速足で過ぎていく騎士団の背中に、エルさんがため息をつく。なるほど、やはりそうらしい。しかし危ないなぁと、息をついてアルさんたちを見ると、壁に押し付けられた格好のまま、二人は何やら、話し込んでいた。
 アルさんが騎士たちに向けて送った視線が、何か、いつもとは違った気がして気になったが、
「さて、では気を取り直して、泊まれるか聞いてみましょうか~」
「あ、はい」
 かけられたエルさんの声に振り向いて答え、再び視線を戻した時には、もうそこに、二人の姿はなかった。
 軽く首を傾げるだけにして、私はエルさんと共に、テラスにいたレストランの従業員らしき人に声をかける事にした。

 ヴェイン運河が繋ぐ一方の川、ウェイン川の上流。
 フェルディナンド伯領を出て、一日半と少し。
 ぽっと、森の中に突然現れた空の向こう、クローバーの牧草地の向こうに、特徴的な、赤茶けた傾斜のある屋根の家々が見え始めた。
 針葉樹の木々の隙間から、岩山の台地にへばりつくようにして並ぶ、割と新しめの家並み。その向こうに、針葉樹のてっぺんみたいな塔をいくつも持つ、岩山そのものを加工して作られたかのような城。
 深い深い森の中、川を見下ろす岩山の上に、辺境伯、ギルベルトの城はあった
「あれか」
 青々とした蔦に、岩のような壁面を彩られた古城を見上げながら、アルさんは言った。
「雰囲気あるな」
「まあ、ここは辺境の最前線ですからね」
 と、レイさん。
「とはいえ、そんなに大きな戦争は、ここ何十年かは起きていないそうですが」
「辺境に、ギルベルトあり、とかいわれてんのかね」
 城を目指し、私たちは坂道を行く。作りかけの城壁を抜け、新しめの木組みの家々が並ぶ、ここがこの町のメインストリートだろうか──という道を、城を斜向こうに見ながら進んで──あれ? ここ、さっき通った道じゃないか?
「おや? ぐるぐるしてたか?」
「ふっふ~、騙されますよね~。私も、二周してしまいました~」
 と、エルさん。
 どうやら、メインストリートっぽい道は、城を囲むように、ぐるっと円を描いているようだ。攻めにくくするためのものかはわからないが、城を見上げながらそれを目指して歩いていると、容易にぐるぐるしてしまうようになっているらしい。
「むう、ならば勇者ちゃん、任せたぞ」
「は?」
 何を言っているのだ?
「そんな、初めてきた場所なんですから、私が迷わない訳がないでしょう」
「開き直ったな」
 おう。もういいかな? って。いや、私的には、方向音痴だとは思ってないよ? 普通に歩いているだけだし。
「まあ、普通に行こうとすると迷うって奴かもしれんじゃないか。ここは、勇者ちゃんのカンでだな──」

 まあ、カンですから。
 そうね、普通に歩くと、うまく近づけないなら、ちょっと普通じゃない歩き方をしてみるとか、ま、そういうことね。
「お、おやあ?」
「城が遠ざかった気がする……」
 振り向き──振り向いたのは重要ポイントではない。断じて──アルさんは木々の向こうに隠れてしまった城を探し、言った。
「なるほど、なかなかスゴいですね」
 顎に手を当て、レイさんが唸る。
「勇者ちゃんの思考パターンは、まったく読めませんが、分岐等で、アルさんならどうするだろうと考えると、一応、選択肢にあるパターンを選びますね」
「それ、ほめてないな」
「はい、ほめてません。選んでほしくないやつを選ぶアレです」
 貶されてる。背中に視線が痛い。
 しかし、ここはどの辺だ? 前も通ったか? あの古そうな城壁は見たことがあるような、ないような……あの先が、旧城壁内区画か? いや、わからん。いいや、行ってみよう。
 と、細い道を抜け、崩れ気味の古い城壁の向こうへと歩を進ませると、あれま、見たことのない、これまた古い、石造りの聖堂の前へと出た。
「あ、あれぇ?」
「いや、コレは才能だな」
「逆に大したもんですね」
 男二人、腕を組み、聖堂を見上げている。
「お、おっかしいなぁ」
 取り繕う。視線が痛い。いやいや、
「ちょ、ちょっと、聖堂の中、覗いてきますね。もしかして誰かいたら、聞いてみます」
 そそくさ、行く。
「はじめから聞けばよかったのでは?」
 という呟きが聞こえてきたが、無視した。
 聖堂は、大分古いもののようだったが、エントランスやその向こうの重厚なドアは、きれいに手入れされていた。おそらく、古びてはいるが、この聖堂は、この町では大事な信仰の場なのだろう。
 重たそうなドアに手をかけ、力を入れると、思ったよりあっさりと、音もなくその扉は開いた。
「すみませーん……」
 と、小声で中を覗く。
 と、
「おや、ここでも会えたんですね」
「でましたよ~、マルセル~」
 私の後ろから顔を出したレイさんとエルさんが、聖堂の中、祭壇の前で祈りを捧げていた冒険者らしき人影を見て、言った。
「知ってる人ですか?」
 聞く。
「いえ、こちらが一方的に知っているだけで、初対面ですね」
「深く考えてはいけません~」
「いや、むしろ、勇者ちゃんはこのイベントに引っ張られて、城から離れ、聖堂方面に導かれたのかも知れんな」
 そう言ったアルさんの呟きに、
「そう、それ」
 返しに、
「ないわー」
 ぷー。
 祈りを捧げていた男性は、私たちに気づき──まあ、入り口でわいわいしていれば、嫌でも気づくわな──立ち上がって腰の剣の位置を確かめると、ふうと軽く息をついてから、大きな背負い袋を担ぎ直し、近づいてきた。
「やあ、こんにちは」
 軽く微笑む。
「イケメンだな」
 初対面の挨拶がそれってどうなんだ、アルさん。
「いやいや、しがない冒険者崩れですよ」
 謙遜。人ができてる。
「あ、あの」
 私は言った。
「ええっと、お城に行きたいんですけど、その、道に迷っちゃいまして……道を教えていただければと……」
「ああ」
 笑い、
「僕もこれから城へと向かうところです。ご一緒しましょう」
 お城にあがる前に、聖堂で祈りを捧げるような人は、人格者だな。優しい笑顔の青年は、
「マルセル、冒険者──じゃないな……今は、王都の司祭に仕える、しがない郵便配達人をしています」
 そう名乗って、握手を求めてきた。

 マルセルさんに連れられ、私たちは城へと向かう。
 道中、簡単な自分たちの自己紹介をすると、やはりマルセルさんもエルさんについて、大変恐縮したように非礼を詫びたが、まあ、「気にしないでください~」と言ったエルさんに、「あ、じゃあ、普通の冒険者さん風で」と屈託なく笑ったあたり、マルセルさん、好感度アップ。どうやら過去に、本当に冒険者として世界中を旅していたらしく、この国の人たちが思っているほど、他国では正義と秩序の神が絶対ではないという事を知っているようだった。
「マルセル、紋章とか持ってないのか?」
 と、早速フランクに聞いたアルさんに、
「紋章? 杖ならあるよ」
 と、フランクに返すマルセルさん。いい人すぎる。そしていい人なので、何の疑いもなく、その杖をアルさんに手渡す。
「おー、芸が細かいな」
 なにやら、手渡された杖をしげしげと眺めてアルさんはご満悦であったが、はて、芸とは何の話であろう。まぁいい。ほっとこう。
 程なくして、私たちはマルセルさんに連れられ、城の城門前まで来た。
 さして大きくもない城門の前に、門番の兵士がひとり。マルセルさんは、
「やあ、ウル」
 と、片手をあげて近づいていく。
「おお、マルセル」
 ウルと呼ばれた、マルセルさんと歳の変わらなそうな青年門番さんは、軽く会釈を返して、こちらも気さくな風に笑った。
「もうそんな時期か」
「そういうって事は、変わりないってことだね」
 ウルさんに近づきながら、マルセルさんは割り符を懐から取り出す。「ああ、いいいい」とウルさんは手を振り、
「そっちも、変わりはないか?」
「特にないね。王都も、相変わらずさ」
 往年の友人といった感じで、話し始めた。
「手紙は、また、一件一件回るのか?」
「そうだね。皆の顔も見たいし……とは言え、伯爵宛ての王都からの手紙が最優先だから、その後かな?」
「なら、暫くはいるのか」
「そうだね、里にも顔を出したいし……まあ、しばらくはいるよ」
「時間が出来たら、いつでも声をかけてくれよ。また、家内が腕を振いたいっていってたしな。それに、アスベルにもあってけよ。すごいぞ」
「アスベルか……大きくなったろう?」
「まともに歩けやしなかったのが、今じゃ走って、盛大に転ぶ」
「それは楽しみだな」
「で、あの人らは?」
「ああ」
 仲の良さそうな会話の最後、ウルさんは私たちを見た。マルセルさんは、少々大仰に、
「我らが神に仕える、導師様一行の冒険者の方々だ。伯爵への紹介状をいただいて来たらしい。伯爵に取り次いで頂きたい」
「了解だ。とは言え、仕事は仕事」
 ウルさんは、私たちの方へと歩み寄ってきて、
「失礼ながら導師様、紹介状を改めさせていただきます」
 先ほどとは打って変わって、真摯な態度で頭を垂れた。
「ああ、紹介状な」
 と、アルさんがごそごそしている間に、エルさんを見ると、
「はー……マルセルさんとウルさんは、いつ見てもいいですねぇ」
 なんだか、よくわからないことを呟いていた。
「は?」
「私め、導師様とお会いしたことがありましたか? これは失礼を……」
「ああ、いえいえ。ないです、これは独り言です。お気になさらず」
 紹介状をウルさんに渡しながら、アルさんがレイさんに聞いていた。
「シナリオに絡むNPCなの?」
「そうですね、まあ、流れによっては。なかなかの槍の使い手で、マルセルとのコンビは、強力でしたよ。初めてコンボ技を使うんじゃなかったかな?」
「こう……少年時代からの、幼なじみコンビ感があってですね~……」
「うん、長くなりそう。いい」
「まあ、このシナリオ展開で、絡むとこがあんのかなーと、若干、心配になってきている所ではあるんですが……」
 小首を傾げて、レイさんは唸ったが、紹介状を改めたウルさんが、「どうぞ」と、私たちとマルセルさんを促したことで、その話はそこで途切れて終わった。
 ま、そんなことより、これから次期王とも目される辺境伯、ギルベルト伯爵と謁見する事になるだろうという事の方が、私としては、超心配度合いが高く──あ、でも、エルさんにマルセルさんという強い味方もいるし、なんとかなるか。うん。
 それを上回る無礼を働きそうなものが、若干二名ほどいるが……いずれにせよ、私には詮無きことだ。

「ガイザーも、迂遠な事をする」
 マルセルさんと共に通されたのは、ギルベルト伯爵の執務室であった。謁見の間などという、かしこまった場所でなくてよかったなと、正直、ほっとした。もしかすると、マルセルさんが「導師様ですが、冒険者の方です」と含んでおいてくれたからなのかも知れない。
 とは言え、相手は次期王とも目される辺境伯だ。その威圧感というか、貫禄たるや、通された執務室の机に付いて、マルセルさんの手紙と、私たちの紹介状に伯爵が目を通している間など、気が気ではなかった。主にきょろきょろ、執務室内の調度品を物珍しげに確認していた男の所為で。誰とはいわぬ。
「私が王になったところで、この国の現状が変わるわけがなかろうに」
 ふっと笑って、ギルベルト伯は言った。どこまでが冗談か、ちょっと考えたくはないな、というようなことを。
「この国を変えるのなら、私が新たな国を作り、攻め滅ぼした方が早いだろう? なあ、マルセル」
「伯爵は、覇道に興味がおありで?」
「いいや、ない」
 マルセルさんの問いに、ふふっと笑うギルベルト伯爵。全部冗談認定でいいんだろう。ってか、他国のクーデターとか、正直、巻き込まれたくないんですが……
 ギルベルト伯は、そんな私の気持ちに気づいてか、軽い笑いのまま、続けた。
「正直、私は王政に興味はない。オルドヮだとかニーケだとかで争っているよりも、未だ蛮族が跋扈するこの辺境を、我々が平定していくことこそ、敬虔なる秩序の神の信徒のすることだと確信している」
 「ほう」と、アルさんは唸り、
「蛮族って、他民族?」
 横のレイさんに、耳打ち。
「いえ、ここでは、本物のモンスターの事ですね。前にも言いましたが、この世界の国と国の間は、一般的には辺境と呼ばれていて、モンスターの跋扈する危険な場所なのです」
「内戦するより、領土を拡大して、国力を上げよう、と」
「ま、そう言うことですね」
「マルセル」
 ギルベルト伯は、マルセルさんの手紙を引き出しにしまい、言った。
「ガイザーには、私から使者を送っておこう。さすがに、マルセルには気の重い話だ」
「お心遣い、感謝します」
「さて」
 そしてギルベルト伯は、私たちを見た。
「で、君たちは、王党派の使者となるのかな?」
「どうなんだ?」
「それ、あなたが答えないと、シナリオ進まないんじゃないですかね?」
 このマイペースな胆力は、尊敬に値するものとしていいのだろうか。いいや、ダメだな。
 アルさんは少し考えるようにして、「そうだな……」いや、考える振りをして、言った。
「正直なところ、我々は賢者の石を探しているだけで、今回の事も、オルドヮとニーケについても、ぶっちゃけ、興味はない」
「ド直球、投げました~」
「ほう……レガリアの貴石──か?」
「ド直球、打ったー!」
 エルさんレイさんの真似も、やめよう。
 私が一人、頷いている横で、アルさんは続ける。
「俺らは、王冠の貴石が、戴冠式の際に赤く神秘に輝くと聞いている。神秘に赤く輝く石。それは、賢者の石じゃないかって思っているわけだ」
 言葉に、アルさんを真っ直ぐに見つめながら、ギルベルト伯爵は唸るようにして返した。
「私も、実際に見たことはないが、そういう言い伝えがある事は知っている。そして、賢者の石が、いかなる傷も病気も、あまつさえ、死さえも癒やす霊薬の元になるとも、伝え聞いている」
「正しい資質を持つ者が手にした時、全知全能、不老不死をそのものに与えるとも聞いたが?」
「正義と秩序の神の生まれ変わりとして、永遠にこの国を正しく導くだろう……と言う奴か。さて、どうだろうな」
 ギルベルト伯爵はにやりと、意地悪げに笑った。
「私ではないだろうとは、容易に想像が付くが」
「なかなかのキャラだな」
 隣のレイさんに、アルさん、耳打ち。
「でしょう?」
 レイさんも頷く。
「一手、手合わせをお願いしたくなるでしょう?」
 やめて。
「なるほど」
 ふと、思い当たったように、ギルベルト伯爵は呟いた。
「たしかに、あれが賢者の石だとしたら、得心がゆく。教会の力を弱め、立場を変える……なるほど、そういう考え方もできるか」
「……なんか、意味深に呟いたぞ」
 眉を寄せ、アルさんは口元を変な風に曲げつつ、ギルベルト伯爵の呟きを受けた。隣のレイさんも、「ほう」と呟いていた。
「初めて聞く台詞ですねぇ。なるほどー。そう言うことだったのかも知れませんねぇ」
「全く、状況がわからん」
 私もだよ。ってか、多分、私が一番わかってないよ。わかってないから、続けたギルベルト伯爵の言葉に、私はたいそう、驚いてしまった訳だ。
「君たちの言う貴石だが」
 ギルベルト伯爵は、言った。
「残念ながら、王族の者しか知らない話だが、すでに失われ、今はもう、王冠にはついていない」
 えっ!? と、私が発しそうになるより早く、
「ええ~!? ギルベルトさん、知ってたんですか~!?」
「王党派シナリオだと、そんな展開なんですね!」
 エルさん、レイさん。
 いやいやいや──エルさん、レイさん? 確かに時折、あなた達は私たちの知らないような事を知っていたりしますけれど……まさか、レガリアの王冠に、すでに貴石がないと知っていて黙っていたのですか? いえ、非難している訳ではなく、もっと早く言ってくれれば、ここに来る必要はなかったのでは? と。
 いやしかし、それよりも、
「ほう?」
 と、ギルベルト伯爵は獰猛に笑った。
「レガリアの貴石が偽物だと気づいていて、それで私の所へ、王党派の使者を装って来たのか?」
 こ、これは──! これは、まずい展開なのではー!?
「いや、俺は知らなかったが」
 あっさりアルさん。
「おっと~、うっかり口を滑らせて、シナリオを変えちゃいましたか~」
 笑っているエルさん。
 いやいやいや、あなた達の一挙手一投足に、胃が痛くなりますので、やめてください。
 やや長い沈黙があって、
「君らは、何のために、賢者の石を求める」
 ギルベルト伯爵が問いかけた。
「んー……」
 刺すようなまっすぐな視線を、喉を鳴らして唸りながらかわしつつ、アルさんはレイさんを、
「いや、私を見ないでください」
 エルさんを、
「私を見られても、こまりますよ~」
 そして私を──
「え? 私?」
「おまえだろう」
 あ、いや、私か? ああ、そうだな。うん、私だな、そもそもは。そうだ、うん。
 ギルベルト伯爵は、私をじっと見ている。ちょっと怖い。心の奥を、じっと覗き込もうとするかような、強い視線だ。とは言え、覗かれたからといって嘘を吐くような話でもないし、私はちょっと頑張って、そのままを言った。
「わ、私は、父を、父を探しています。父は、賢者の石を探す旅に出て、そのまま行方知れずになって……私は、父の手がかりを求め、賢者の石を追っているのです」
 今の所、それ以上でも、それ以下でもない。ありのままを言った。と、思う。まあなんか、賢者の石を追う不思議な人たちがいるようだって話もあるけれど、それはさすがに、言わなくてもいいよね。何者だかもわからないし。
 いやしかし、そんなことよりも、
「そして俺たちは、それを手伝う、暇人だ!」
「自分でいっちゃいました~」
「お人好しくらいにしておきません?」
 こっちの方が、問題かも知れない。

「……マルセル」
 ギルベルト伯爵は、アルさんの不穏当な発言の所為で、怒りに沈黙していたわけではなかった。
 たっぷり、一分はあったんじゃないかなと思えるほどの長い沈黙の間、伯爵はアルさんを見据えていたかと思うと、ゆっくりと口を開き、うちの最悪なパートナーを見据えたまま、マルセルさんの名を呼んだ。
「はい」
 頭を垂れ、マルセルさんは畏まる。
 うちの破戒剣士は、どこ吹く風だ。
「これは、お前にだけ、後で伝えようかと思っていたのだが……私はこれから、今朝方あった、世間話をする。なに、聞き流してもらってかまわん」
 そう言って、ギルベルト伯爵は目を伏せた。
 ぴくりと、アルさんが身をこわばらせた。何事か? と見ると、なにやら一瞬、アルさんのその顔に、真剣な眼差しが宿ったような気がした。
 ギルベルト伯爵が、ゆっくりと呟く。
「今朝方、王党派の騎士が、教会の信書を携えてやってきてな。無碍にしてやろうかと思ったが、信書を改めると、内容は、川向こうの森に入る事を認めること。そして、そこで何が起ころうとも、手出し、他言はしないこと。と、大司教殿のサイン付きで書かれていた」
「!?」
 言葉を飲んで、マルセルさんが身を固くする。
 え? なに?
「森にはいるくらいの事を、何をいちいちとも思ったが、他言も手出しもするなとの事だ。ならばと私は、何もしないと伝えておいた。私は、何も、だ」
「お心遣い、感謝いたします」
 今一度、深く頭を下げ、
「では、これで」
 マルセルさんは私たちを置いて、足早に執務室を後にした。
 頭を下げた時、ぎゅっと強く握りしめられていた拳の意味は、その時の私には、まだ、よくはわからなかった。
「エル、レイシュ」
 アルさんが、小さく声をかけた。目を伏せたままの伯爵を見据え、背中のエルさん、レイさんに、
「ちょっと、先に行って、マルセル、追っかけてくれねーか?」
「いいですけど、できるんですかね?」
 執務室のドアの向こうを見て、レイさんが呟いていた。
「こういう展開は、聞いたことないですしねぇ……」
「まあ、パーティー組んでますし、イベントインスタンス中ですし、できるかも知れませんから、やってみますか~」
 と、エルさんと二人、
「面白いことするなら、後で教えてくださいよ」
 そう言い残し、執務室を後にする。
「配信みろ」
「それもそうでした」
 出て行く二人。執務室に取り残される、アルさんと私。なに? ちょ……私、完全に置いていかれてる気分。一体、何が? ええっと……
 と、アルさんを見ると、アルさんは伯爵に向かって、あろうことか、タメ口で聞いていた。
「王党派の騎士ってのは、メスナー家の騎士団だな?」
「ほう……」
 片目を開け、ギルベルト伯爵はアルさんを見た。鋭い眼光に、私は身が縮こまる思いがしたが、アルさんは意に介さなかったようだった。
「王党派を装っていただけの冒険者かと思っていたが、実は裏では、実際に王党派との繋がりがあったのか?」
「いや、ない」
 アルさんは続ける。
「フェルディナンド伯爵領で見かけた。タイミング的に、今回の件に関わる動きなんだろうと予測していただけで、なんの根拠もない」
「なるほど。カマをかけられたか。失態だな」
 座り直す伯爵は、可笑しそうに笑っていた。
「その通りだ。知っているかもしれないが、メスナー家は、ガイザーの息のかかったものを除けば、騎士団の中でも最上位に位置する地位にいる。王党派としては、最大の権力を保持していると言ってもいい」
「そいつらが、森に何の用事が?」
 沈黙。
 ギルベルト伯爵は、答えない。
「ふむ……」
 アルさんは唸り、そして、
「里」
 と、一言、呟いた。
 ふっと笑う、ギルベルト伯爵。
「アルベルト・ミラルス」
「名前を覚えてもらって、光栄だ」
「君たちは、どこまで知っている?」
「さっきの二人はともかく、俺とコレは、特に何も知らない」
 コレ? それは私だ。確かに、まったく話についていけていない感があるが、アレそれ扱いはどうかと思う。一応、私はあなたのパートナーなんだし。
 それはともかく、
「私は、偉くなりすぎた」
 ギルベルト伯爵はひとつ息をついて、続けた。
「私は、偉くなりすぎた。おまえ達や、マルセルのような冒険者を、うらやましく思う事もある。だが、私には、私にしかできないこともある」
 テーブルに両肘をついて、伯爵は続けた。
「ニーケが起こした内戦も、神の意志と、いくつもつぶしてきた。私には、神の声は聞こえないがね」
 自嘲のようにも聞こえたその言葉に、アルさんは口許を曲げ、
「俺は、月と旅人の女神のアコライトクラスで、神聖魔法がつかえるが、神の声を聞いたことはない」
 笑う。
「なるほど」
 と、ギルベルト伯爵は初めて、柔和に微笑んだ。
「アルベルトは、我が神の兄妹神の信徒であったか。私が君に感じた不思議な信頼感のようなものは、そこにあったのかも知れないな」
 しかし、それも一瞬。伯爵は鋭い眼光でアルさんを見つめ直し、続ける。
「この国は、今のままでは、近い内に内側から滅びるだろうと、私は思っている。私は辺境伯として、新たな国を興すことも考えていたが……真のレガリアを戴冠する、正しき王を見てみたいとも、正直、思う」
「あんたは──」
 タメ口どころか、あんた呼ばわりで、アルさんは笑った。そして、言った。おそらくは、確信。
「王にしたい奴か、または、王になるべきだと思っている奴が、いるんだな?」
「想像に」
 返すように、ギルベルト伯爵も笑った。
「まかせよう」
「そうか」
 アルさんも、ニヒルに笑って、返していた。

 執務室を後にした私たちは、小走りに城を出た。
「あ、アルさん!」
「なんだ?」
 振り向きもせず、小走りに追う私に返すアルさん。いやいやいや、
「ちょっと、何がなんなのか、全くわからないんだけど」
「大丈夫だ。俺もわかってない」
 いやいや、ちょっと。それもどうなの?
「しかし、ギルベルトは、なかなかいいキャラだったな。レイシュが一手、手合わせしたいと思うのも頷ける」
「やめて」
 是非やめて。
「結局」
 アルさんの背中に向かい、私は聞いた。
「結局、伯爵の話で理解できたことは、レガリアの貴石が偽物だったってことと、メスナー家の騎士が森に入って、何かをしようとしているって事だけなんだけど、どういう事?」
「十分、理解してんじゃねーか」
「いや、それだけで、なんで?」
 それだけでなんで、この人は城を出たマルセルさんを足止めしていたエルさん、レイさんに小走りに駆け寄っていくのだろう。
「お待たせお待たせ」
「お、アルさん。マルセル、止めておきましたよ。もう一分遅かったら、チャンバラで時間つぶしをする必要があるところでした」
「私は、先を急ぎたいんだが……」
 腰の剣に手をかけたまま、マルセルさん。本当にチャンバラをする気だったのか。隣では、城門の方から騒ぎを聞きつけてやってきたのであろうウルさんが、「落ち着けって」と肩をたたいていた。
「すまんすまん。呼び止めさせたのは、俺だ」
 頭をかきつつ、アルさんは言った。
「ちょっといろいろ、気になることがあってな。君を行かせる前に、どうしても止めたかった」
 言葉に、マルセルさんは、少し強めの視線をアルさんに飛ばした。あまり話したい雰囲気じゃなさそうだ。
「ウルは、いていいのか?」
 ちょいと指差す。失礼な人だよ、まったく。
 マルセルさんは目を伏せ、そのまま、ゆっくりと歩き出した。
「あ、おい、マルセル!」
 と、ウルさんが声をかけたが、マルセルさんは立ち止まる気配も見せず、そのまま行ってしまう。
「まー、俺たちがついていくから」
 言って、ウルさんの肩をぽんと叩き、アルさんは小走りにマルセルさんを追った。おっとと、私たちも慌てて続く。
「マルセル!」
 ウルさんが、声をかけていた。
「戻ってきたら、連絡よこせよ! あんまり急なのはなしだからな! 料理の準備をしなきゃならんのだからな!」
「いいやつだな、あいつ」
 マルセルさんの背中に追いついて、アルさんは呟いていた。隣の私には聞こえたが、背中の向こうのマルセルさんには、聞こえただろうか。いいな、親友っぽい。
「あれって、フラグ?」
 アルさん、レイさんに。やめろ。
「あれー? ウル、ここで合流しないと、どこのタイミングで合流になるんでしょうね? いやこれ、イベント、一つ二つじゃないレベルでショートカットしてるんで、もう、訳わかんないんですが」
「マジか」
「王党派ルートとか、そういうレベルじゃないショートカットをしていそうですね~」
 ほわんほわんと、こちらもてくてく歩きながらのエルさん。気にはしていない様子。
「もう、めんどくせーから、ギルベルトと戦って、デウス・エクス・マキナるか」
「戦えるルート、あるんですかね~」
「リセットするか?」
「え? いいんですか? このシナリオの流れも、私、聞いたことないですし、気にはなるんですが」
「いや、嘘だ。俺も気になりすぎるし、ギルベルトと戦いたければ、問答無用に襲いかかればいいしな」
「それもそうですね」
「いやいやいや」
 やめて?
 そんなこんなな会話に、怒りがこみ上げたか──そりゃそうだわな──マルセルさんは立ち止まって、振り向いた。
「なんですか? 何か話があるから、呼び止めたんじゃないんですか?」
「え? 別にないけど」
 待て、アルさん! それは火に油って奴だ! だが、間髪入れずに、アルさんは続けた。
「ただ俺は、頼まれちゃったから、君について行く事にしただけだ」
「伯爵が? あなたに?」
「そう」
 いや、言ってないけど。嘘だけど。
「と、そういうわけで、マルセル、すまん」
 アルさんはしゅっと片手を立てて、言った。
「諸般の事情で、君について行くことにした」
「……なぜ?」
「その方が、面白そうだからだ!」
 それは、言っちゃダメなやつ!

 町をぐるっと回って外にでると、ウェイン川の岸辺にでた。思っていたよりも川幅のある川の岸辺には、漁に出るためのものか、簡素な船着き場に、何艘かの船が留められていた。
「勝手に乗っちゃってよかったのか?」
 マルセルさんが漕ぐ船の上、アルさんが聞いた。
「この船は、共有物だから大丈夫だ。森に入るのに、皆、普通に使っている」
「へえ」
 ぎっこぎっこと、マルセルさんは船をこぐ。流れは穏やかなので、非常にのんびりといった雰囲気だが、実際は、
「で、川向こうの森には、何があるんだ?」
「……伯爵が君たちのことを信用しているようだから、僕は君たちを信じている」
 マルセルさんの表情は険しい。
「私は、正義と秩序の神の神官ですから~。信頼していただいて、結構ですよ~」
「うん、でも、俺たちは信頼しない方がいいぞ」
「そうですね」
「自分でいうかね……」
 まあ、マルセルさんも大分わかってきたようなので、この程度では、視線もくれなくなった。
 マルセルさんは、川向こうの広大な森林を目指して櫓をこぎつつ、言う。
「川向こうの森には、エルフの隠れ里がある」
「エルフ!」
「隠れ里!?」
 思わず発したのは、アルさんと私。さて、どちらがどちらかは、まあ、置いといて、
「このゲーム、エルフがいたのか……」
 アルさんは呟く。
「え? プレイヤーキャラクターで、ハーフエルフが選べたでしょう?」
「え? これ、ミニマムレーティングCで、プレイヤー性別固定だから、なんも考えずにHFOにした」
「脳筋ぷれい」
 アルさんの言ったことは、全く意味がわからなかったが、エルさんのそれは、多分、よい意味ではないなというのは、直感的にわかる。
 ともあれ、レイさんが続けた。
「とは言え、エルフとハーフエルフは、大分違いますけどね」
 説明の為に、「ふーむ」と唸ったレイさんに、マルセルさんが振り向きつつ聞く。
「あなたは、エルフも、ハーフエルフについても、詳しいのですか?」
「まあ、そうですね」
 さすがレイさん。私なんて、エルフはお話の中でしか聞いたことがない。きっとレイさんなんかは、普通にエルフとも会ったこともあるのだろう。人族の社会から離れ、独自の文化と価値観を持って深い森で暮らす、不老不死とも言われる、神が最初に創った人族、エルフ。
 レイさんはアルさんに向かって、
「まあ……詳しくないアルさんに説明すると、この世界のエルフは、指輪エルフのように、寿命もなければ、病気にもかかりません」
「わお、神の子」
 何故それだけで通じるのか。
「まあ、同じように、肉体は滅びます。ただ、寿命的な意味では不死ですので、完全にNPCですね。一方、ハーフエルフですが、こちらがこの世界では、よくあるファンタジーRPGのエルフに近いです」
「人間になるか、エルフになるのか、選ぶんじゃないんだ?」
「そういうのはないですね。ハーフエルフは、生まれながらにしてハーフエルフです。寿命は300歳くらいで、見た目もほぼエルフです。なので、こっちがJRPGなエルフと思ってもらって大丈夫です」
「理解した」
「今ので?」
 わからん。まるで呪文だったぞ。
「ちなみに、この世界的には、耳長?」
「耳長です。純粋なエルフは、島のアレと遜色なかったかも? ハーフはやや抑えてますね」
「金床?」
「それは個体差」
「最低な質問ですよ~」
 符丁だろう。まったくわからん。でも多分、覚えなくていいたぐいのものだろう。
「で、隠れ里に、王党派の騎士が、なんの用があるんだ?」
 アルさんは船をこぐマルセルさんに、質問を投げかけた。
 マルセルさんは少し考え込むような間を置いて、
「……里に、ハーフエルフがひとりいる」
 ぽつりと、呟くようにして言った。
「……なるほど」
「え? 今ので納得なの?」
 わ、わからん……

 川を渡り、マルセルさんを先頭に、私たちは森の中に入った。
 うっそうとした森は、樹海という言葉で表現してもいいんじゃないかと思える程で、ただマルセルさんについて歩くだけの私たちには、一体どれくらい、どの方向へ進んだのか、全くわからないような世界であった。
 深い深い森を進み──程なくして森が途切れ、目の前に、湖の広がる美しい景色が飛び込んできた。
「わ」
 と、思わず私は声を漏らした。
 森が湖に出会うその岸部、まるで幻想絵画の中の一枚のような景色の中で、美しいエルフの少女達が、可憐に踊っていた。
 華奢な、透き通るように白い肌。亜麻のチュニックから伸びた、すらっとした細い手足。美しいエルフの少女たちが踊るその足取りは、風のように軽やかで、ふわりふわりと揺れる長い金や銀の髪は、まるで完成された絵画の中の世界のようで、私は息を飲んだ。
「あれがエルフか」
 隣のアルさんが呟く。と、エルフ達は私たちに気づき、踊りを止めて振り向いた。最初に目に入ったのは、多分、マルセルさんなのだろう。彼女たちは軽く微笑んだかと思うと、はっと、表情を変えた。多分、その後ろにいた、私たちに気づいて。ってか、アルさんとかレイさんとか、多分、その辺りに気づいて。
 ひゅっと風が舞い、
「いって!」
 アルさんが短く声を上げた。
「なんだ?」
 と、腕を見ると、そこにナイフをかすめたかのような傷が出来ていて、じわっと血がにじんできていた。
「やられた?」
 見ると、エルフたちはもういない。
「かまいたちですかね?」
 傷口を見て、レイさん。
「エルフらしいじゃないですか」
「くっそ、ションベンひっかけてやろうかな」
「性病になりますよ」
「下品ですよ~」
 なんだそれは。
 ともあれ、先ほどまでそこにいたはずのエルフたちの姿は、もうなかった。これは警戒されてるなぁ、マルセルさんじゃないと、ダメかなぁなどと思っていると、
「マルセル?」
 不意に、鈴を転がすような声が、耳に届いた。
 声に振り向くと、そこに、一人のエルフの女性が立っていた。
 長い、金色の美しい髪に、不釣り合いなほど質素な亜麻のドレススカートとチュニック。白い肌に、すらっと伸びた手足。腰のあたりを蔦のようなベルトで締めているせいか、ものすごく儚く、華奢な印象に見える。っていうか、そんな見た目の形容よりも何よりも、うっすらと白く輝いて見えるような気すらするその肌など、まさに、絵画の中から現れたとか、神の創りあげた神秘とか、そういった形容の方が相応しいと思うような、まさにエルフ、と言った感じの女性が、そこに立っていた。
「マルセル? マルセルなのね?」
 花のように微笑み、青い瞳を輝かせながら、彼女は私たちの方へと駆け寄って来た。
「エリシア、久しぶり」
 マルセルさんが、微笑みを返した。はっ! なんというイケメン微笑。そして、近づく美少女!
「マルセルこそ」
 エリシアと呼ばれたエルフの女性は、マルセルさんにくっつきそうになるくらいに近づいて、
「マルセルこそ、また大きくなった?」
 頭の上に手をかざして、すーっと……
「よしてくれよ、エリシア。もうそんなに子供じゃないよ」
 マルセルさんの苦笑。おおぉ……
「おおぉ~、甘酸っぱいですよ~」
 悶えるエルさん。
「はあ~、いいですね~」
「大好物って顔ですね」
 お、おう……わ、私も、悶えそうなんだが?
「エリシア」
 外野を置いて、マルセルさんは聞いた。
「森に、王党派の騎士団が入って来たという話は、聞いているか?」
「騎士? いいえ?」
「そうか……なら、まだまやかしの術は破れていないのかもしれないな……長老殿に会って、話がしたい。繋いでもらえないか?」
「いいわよ、どうぞ。そちらのみなさんは、マルセルのお友達?」
 話を振られ、「は!」と、私は意識を取り戻した。が、早々にレイさん、アルさんが、
「いえ、我々は名もなきエキストラですので、どうぞお気遣いなく」
「エルフ見学ツアーの者です」
 「どうぞどうぞ」と、手を差し伸べていた。
 ハテナ? と、小首を傾げるエリシアさんに、苦笑しているマルセルさん。よかった。マルセルさん、さっきまでとは打って変わって、少し落ち着いた表情だ。少なくとも彼は、彼女のことを気にかけていて、そして今、安否の確認ができて、人心地が付いたのだろう。
「どうぞ」
 エリシアさんが私たちを促す。
「マルセル、また、旅のお話を皆にもしてあげて? みんな、楽しみにしているのよ」
「本当かな? エルフのみんなは、僕の話には、興味はないかと思っていたんだけど」
「私があるわ」
 微笑み、先を行くエリシアさんに私たちは続いた。マルセルさんとエリシアさんは、なにやら楽しそうに話していて──
「あの子のブローチ……」
 と、アルさんが隣のレイさんに向かって、呟いていた。
「おっとー、やはり、目がいきますよね」
 ん? と、見ると、確かにエリシアさんの左胸に、大きめの赤と緑の宝石が埋め込まれたブローチがついている。とても綺麗だ。金色の髪と白い肌に、とてもよく似合っている。
「小さい方がルビーで、大きい方は……エメラルドか?」
「綺麗ですね、あれ」
 見たままの感想を呟くと、食い気味にエルさんが詰め寄ってきた。
「ブローチっていうのが~、また、かわいいですよね~」
 鼻息荒い。
「にやけまくってんな」
 アルさんに、
「いえ~、こうして、自分のシナリオではなく、他人のシナリオにエキストラとして出演していると、いろんな再発見があって~。は~、眼福眼福」
 エルさんは手を合わせ、すりすり。
「マルセルとエリシア、いい感じですもんねぇ……」
 レイさんの台詞には、まあ、同感ではある。隣を歩くマルセルさんが彼女に向ける視線には、先ほどまで感じられた焦燥感など、全く感じられない。まやかしの術も破られていないようだと言う話だったし、騎士団が森に入ってエルフの隠れ里に向かっていたのだとしても、私たちの方が、それに先んじて、合流できたのかも知れない。
 とは言え、騎士団が本当に隠れ里を目指しているのかどうかとか、その理由は何かとか、私には、全くわからないのだけれど……
「はー、眼福眼福」
 言って、両手を合わせて拝んでいるエルさん、レイさんを見るに、皆もそんなに、逼迫した雰囲気と言うわけでもなさそうだった。マルセルさんの表情も明るいし。
「完全に、おじいちゃんとおばあちゃんの視点だな」
 笑うアルさんに、私も軽く笑った。

 それから少し森を歩いて、私たちは深い深い森の中の、木々の合間に隠れるようにして作られた、小さなエルフの集落にたどり着いた。
 申し訳程度の木でできた柵を行儀悪く跨いで──「本当はだめなのよ?」と笑うエリシアさんに、エルさんが軽く悶える一幕を挟んで──私たちは小さな集落に入った。
「人気がないな……」
 ぽつり、アルさんが呟く。
 たしかに。警戒されているのか、少なくとも、外には人の気配がしない。皆、家に引きこもっているのか……木々の隙間から覗く小さな円柱状の木と石でできた家々は、見える範囲には数件しか見当たらない。集落そのものの人数が少ないのだろうけれど、それにしたって、静かすぎる。
 くねくねとした、道というより、獣道のような道を抜け、少し高台にあった広場へと、私たちは歩を進ませた。
「ん?」
 広場と言うほど広くもないスペースに歩を進ませた瞬間、アルさんが身を強ばらせた。
「インスタンス化したな」
「しましたね」
「イベントがあんのか?」
「いえ、正直言っていいですか?」
 レイさんは、小さく、隣を歩くアルさんに向かって言っていた。
「もはや、私がやったシナリオの原型、とどめていないので、展開が全くわかりません」
「マジか?」
 アルさんが返すのと同じようなタイミングで、広場の奥、他の家々よりちょっと大きい、円柱二本立ての家のドアが開いて、中から人が現れた。
「レイさん、どこで進めました?」
 エルさん。
「私、ガイザーでしたんで、ここ、ギルベルトも一緒で、マルセルと来たんですよね……で、エリシア絡みで、エルフから依頼を受けるって流れなんですが……」
 返すレイさん。
「私、ベアトリーゼだったんで、ここは長老とお知り合いの穏健派の司祭と来るんですよね。で、エルフから依頼を受けるんですが……」
 そんな会話の向こう、ドアから姿を現したのは、あの、ぴかぴかに磨き上げられた鎧に身を包んだ、フェルディナンド伯爵領ですれ違った、メスナー家の騎士であった。
 マルセルさんが身構える。
 私もつられて、腰の剣に手を伸ばす。
「エリシア」
 と、マルセルさんが彼女を背にかばうようにして立つと、対峙する騎士もまた、腰の剣に手をかけた。
 一触即発か……という雰囲気の中、アルさんが私の前に手をかざし、「まあ待て」
「俺たちには、戦うほどの大儀はないぞ?」
 や、それは……そうなんだけど……
「いや、でも、向こうが……」
「出方を見よう」
 と、話していると、
「マルセル……」
 建物の中から、彫りの深い顔立ちの、長身な壮年のエルフが現れた。
「長老!」
 マルセルさんが声を上げる。
「そいつらは……!」
「まて、マルセル」
 エルフの長老は返した。
 エルフの長老と言うので、古木のようなおじいちゃんエルフを想像していたが、この集落は若いエルフの集落なのか、長老と呼ばれたその男性は、人間で言えば、四、五十代くらいに見えた。少々面食らったが、気を取り直して身構えていると、長老に制され、騎士も構えを解いていた。
 私も少し、力を抜く。
「マルセル、よしなさい」
 長老は続けた。
「我々が争うような理由は、ないはずだ」
「王党派の騎士が、里にやってくる理由なんて、僕には心当たりがない」
 嘘だろう。何かしらの理由が無ければ、先ほどまでのマルセルさんの表情の説明が付かないし、そもそもマルセルさんは、明らかに、王党派の騎士が里にやってくる事によって、里によくない事が起こると確信して行動していた。
 つまり──そう言うって事は、アルさん風に考えれば、その「心当たり」を、知られたくない人がこの場に居て、その人はそれを「知らない」のだろう。そして先ほどまでと今、変わっている面子は──
「エリシア」
 長老が言った。
「こちらへ来なさい」
「あ、はい?」
 と、答えて、行こうとした彼女を、マルセルさんは止めた。
「マルセル?」
「ダメだ、エリシア。あいつらは、君を連れて行く気だ」
 ほう……と、唸るようなことはせず、私の予想も、そう外れてはいなかったのだなと思っていると、
「ほう、それは言うのか」
 と、アルさんが呟いていた。認めたくはないが……同じ事を考えていたな……
「私を? まさか。どうして?」
 エリシアさんは笑った。
「そりゃあ、そうなるよな」
 呟くアルさん。
 言葉を探しているのか、沈黙のマルセルさん。
 出方をうかがうような、お互いの沈黙を破ったのは──突然隆起し、砕けた、私たちの足下の大地の破砕音だった。
「なん!?」
 足下をすくわれ、宙を舞う私、アルさん──いや、エリシアさんを除く全員。
「スネア!?」
「まさか、このレベルで、スネアでこかされるとは!?」
 どうと倒れたアルさん、レイさんの第一声だ。冷静なんだかなんなんだか……ともあれ、これが、相手を転倒させる魔法、スネアらしい。
 私も、冷静になったもんだなと思いつつも、すぐさまぐるりと転がって、倒れたまま相手の方を見ると、びゅうと強い風が吹いて、エリシアさんが立っていた場所に、弓をつがえたエルフが立っていた。
「動くな、マルセル」
 弓を構えたエルフが言う。ざざっと、続いて他のエルフたちも現れて、転んでいた私たちを取り囲んだ。
「おお……キャスリング的な魔法か?」
 囲まれ、仰向けに倒れたままのアルさんが、悠長に漏らしていた。レイさんも、「ぐぬぬ……イベントとは言え、スネアでこかされるとは、屈辱……」とぼやきながら、
「スネアからのキャスリングとは……どちらもなかなかマイナーな、使いどころを選ぶ魔法ですが、双方、距離視界なので、コストを考えなければ、かなり優秀なコンボですね」
「キャスリング、タンクが持ったら強くねえ?」
「残念ながら、エレメンタリスト系しか使えないんですよね……分類的には、風の精霊魔法らしくて……」
「ちょっと欲しかったのに……」
 などと悠長に話しながら、立ち上がろうとして、弓を向けられ、
「おう、やめて。死んじゃう」
 と、アルさんは両手を上げた。
 キャスリングなる魔法の詳細は私にはわからなかったが、見ると、長老の後ろ、家の中からエリシアさんが、両脇をエルフの男性に抱えられながら出てきていた。どうやら、室内にいた誰かと、魔法で入れ替わったようだ。
「エリシア!」
 マルセルさんがそれを認めて、声を上げた。
「何をするつもりだ!」
「マルセル」
 目の前の、弓をつがえたエルフが返した。
「エリシアを、連れ去るつもりだったんだろう?」
「僕が? どうして?」
「そんな用心棒を雇って……」
「俺たちのことか?」
「そのようですね。我々は、ただのエキストラ、観光客なんですが……」
「無理のある主張ですかね~」
 誰も信じないだろうね……おっと、弓を引き絞られた。おとなしくしていよう……
「そんなことはしない。騎士に何を吹き込まれたかは知らないが、僕は里の皆に──」
「嘘をつくな。我々は皆、もう知っているのだぞ?」
 ぐっと、マルセルさんが言葉を飲んだ。皆の言う「知っている」と言うことが、おそらく、エリシアさんの「知らない」ことなのだろう。なにやら、話が大きくこじれてきているような……と思っていると、アルさんが爆弾を投げ込んだ。
「マルセルが、エリシア連れて行こうとしてたんなら、里に来る必要ねーだろ。そのまま逃げちゃえばよかったんだ」
 ぐっと、エルフが息を飲んだ
 その主張は、もっともだと思ったのか、ともあれ、
「それともあれか。俺たちは、後腐れ無いように、エルフの里を焼き払いにでもきたのか?」
「エルフの里は、どこの世界でも、焼かれるものですからね」
 やめて! その台詞、いらない!
「里のことは、里が決める!」
 ほら! 逆鱗に触れたから! ぎゅって、弓、引き絞っちゃったから!
「マルセル」
 今一度強く弓を引き、エルフは言った。
「我々がこの森で安寧に暮らすためには、長老のこの選択は、正しい事だ。たかがエリシア一人で我らの安寧が約束されるのであれば、我らが彼女を育ててきたのも、今日のため。これは、里の総意なのだ」
 家の前に連れ出されたエリシアさんは、私たちを心配げに見ていたが、抱えられた両手の拘束を解かれ、そして今、自分の目の前に片膝をついて畏まった騎士に、目を丸くしていた。
 そして騎士は、言った。
「お迎えにあがりました。エリーゼ姫」
「やっぱ、そういうことか!」
 アルさんが声を上げた。
 同時に、マルセルさんが飛び出した。
 エルフが振り向く。しかし、射線の向こうには騎士、長老、そしてエリシアさんがいて、撃てずに戸惑う。私も腰の剣に手を伸ばし、立ち上がろうとしたが、びん! と目の地面を撃った矢に、くっと、浮かせた腰を止めざるを得なかった。
 剣を引き抜くマルセルさんの前に、剣を引き抜いた騎士が立ちふさがる。
「どけ!」
「蛮族め!」
 振り下ろされたマルセルさんの剣を、騎士の剣が受け止めた。ぎゃん! と、強烈な金属のぶつかり合う悲鳴が轟き、マルセルさんの剣先がばきんと折れて宙を舞った。おそらく、アイアンか何かの、大した代物ではなかったのだろう。ミスリルが含まれているに違いない騎士の剣を相手にするには、それは、あまりにも弱すぎた。
 くるくると宙を舞った剣先が、アルさんの眼前に突き刺さり、
「こっわ!?」
 短く叫んだアルさんに、私は腰を浮かせて叫ぶ。
「アルさん、加勢を!」
「え? なんで?」
 弓に狙われ、両手をあげた格好のままで──アルさんはぽかんとしていて──
「え? 何でって……」
 混乱した。
 何でと言われたら、なんでなんだけど……これは、加勢すべきところでは!?
「大儀がない」
 再び、アルさんはそんなことを言った。
「そんなん、気にするような人ですか、あなた」
「するよ、今動いたら、撃たれちゃうもん。命を懸けるには、大儀が必要だ」
「まあ、いいですけど」
 よくないよ!
 振り返り、私だけでも──と動き出そうとしたところ、目の前を、武器を失ったマルセルさんが、騎士の体当たりに吹き飛ばされて転がっていった。
「マルセルさん!?」
 猛烈な勢いで吹き飛ばされたマルセルさんが、土煙を舞わせながら地面を転がっていく。もうもうと舞う煙の中、体勢を立て直したマルセルさんは、空手で再び飛びかかろうとして──その太ももを、弓で打たれた。
 もんどりうって、一層の煙を舞わせて、その場にマルセルさんはごろごろと転がった。
「くそっ!」
 という短い言葉が漏れ、マルセルさんは騎士を見据える。
 その眼前、空中に、墨よりもずっとずっと黒い、真っ黒な球体が、ぽこぽこと無数に現れていた。
「シェイド!?」
 アルさんがその黒い球体を認め、叫んだ。
「そこまでするか!?」
 そしてその黒い無数の球体は、エルフの男達の詠唱に従って──倒れていたマルセルさんに向かい、雨のように降り注いだ。
「マルセル!?」
 叫ぶエリシアさんの声。
 その腕を、騎士が引く。
「エリーゼ様、こちらへ」
「マルセル! マルセル!?」
 悲痛な叫びは、黒い闇に打たれて倒れた彼の耳には、届きはしなかっただろう。
 やがて土煙も晴れ、私たちに向けられていた弓も下げられ──辺りに、静寂が満ちた。

 ふと、目が覚めた。
 小さな家の、小さな部屋。
 窓の外は、うっすらと白み始めている。
 どうやら、考え事をしたまま、こっくりこっくりとしていたようだ。するりと、背もたれのある椅子から、私の外套が床に滑り落ちていた。
 複雑だ……
 外套を羽織った記憶はないが……冷戦相手の行動を、いちいち推測するのはよそう。考えてもしょうがない。アルさんはあのとき、動かなかった。
 「大儀がない」と、アルさんは言った。多分、その台詞には、余り深い意味は無かったと思う。あの人はあの人なりの考えで、動くべき時ではないと感じ、降伏するように両手をあげたまま、状況を見ていたのだろう。
 事実、そのおかげで、今、私たちは歓迎されてはいないにせよ、無碍にされる訳でもなく、こうして空き家の一軒にマルセルさんを寝かせてもらっている。
 狭い部屋の、簡素なベッドの上、倒れてそのまま眠りについたマルセルさんが、静かに横になっている。レイさん曰く、あれは精神に攻撃する魔法で、気絶させる程度の効果しかなく、寝ればすぐにでも回復するだろうとの事だった。「エルフたちも、何も命まで取ろうとした訳じゃないんでしょう」とレイさんは言ったが、とはいえ、眠りについて──外の明るさの気配から、一晩明けて、朝靄のはれる頃か──未だ、マルセルさんは目覚める気配がない。
 さて、何か考え事をしていたわけだが……何だったっけな。なんでアルさんは、あのとき、動かなかったんだろうな。どう考えても、向こうのやり方の方がおかしかっただろう。エリシアさんの声が、頭から離れない。抵抗して、何かを言っていたのに、眠りの魔法で、目の前で眠らされてしまう一部始終を見ていて、なぜ、アルさんは何もしなかったのだろうか。
 ぐるぐる……やめよう。冷戦相手の事を考えるのは。いやしかし、何で……
 と、ぐるぐるぐるぐるしていると、コンコンとドアをノックする音がして、部屋の中へ、エルフの長老がゆっくりと入ってきた。
「マルセルは、まだ目覚めませんか?」
 と、言う。
 私にしてみれば、マルセルさんがこうなったのは、この人の所為だ。それなのに、この言いぐさは何だろう。いや、家を貸してくれたのもこの人なんだが、なんとも……ううん……と、ごにょごにょしていると、長老はひとつ息をついて、私の前へと椅子を出し、腰を下ろした。
「君たちが手を出さないでくれた事には、感謝する」
 と、長老は目を伏せ、頭を下げた。
 頭の片隅ではわかっていたが、多分、認めたくは無かったのだろう。アルさんが動かなかったのは、多分、長老のこの言葉が、あの人には聞こえていたからなのだ。私には──納得はできないけれど。
 目を伏せ、マルセルさんにそらした私に、長老は続けた。
「この里は、王国に大恩がある。我らは、王国の庇護なしでは、この辺境では生きていけぬ」
 長老は続ける。
「五十年……いや、百年近く前か……我らの里は、辺境で勢力を増していたオーガの一族に攻め込まれ、多くの者が、命を落としたのだ」
 若い長老は言う。そうか……この人がこの若さで長老と呼ばれているのには、そういう理由があったのか……とはいえ、そんな事は私には関係のない話だ。それが今回の件と、どう──
「その時、王国は我らのために戦い、我らを守ろうとしてくれたのだ。もっとも、オーガの大規模な軍勢を前に、撤退を余儀なくされ、この辺り一帯の森を、手放す事になってしまったのだがね……我らにとって、忘れることのできない、暗黒の時代の話だ」
 若き長老は、視線を落としたまま、弱く続けていた。私には何か、それが、感情の吐露が、赦しを求める告白のように、聞こえていた。
「しかし、その闇を払ってくれたのも、王国だ。数十年の後、約束を果たし、王国はオーガたちを退け、我らと森を、解放してくれたのだ。以来、この里は、あの頃からは想像もできないほどの、平和の中にある」
 若き長老は、じっと私を見つめ、
「この里は、王国に大恩がある。我らは、王国の庇護なしでは、この辺境では生きていけぬ」
 そして、言った。
「エリシアは、王の血を次ぐ者。我らの里のため、これは、仕方のない事なのだ」

 考えなければ──という事が、頭の中をぐるぐるぐるぐるしている。
 ぐるぐるぐるぐるしていて、目が回りそうで、私は若き長老さんにマルセルさんを任せ、外へと出た。
 朝靄が消え始める頃。
 斜めに差し込む朝の光が、木々の隙間を抜けて、広場を照らす頃。
 その広場には、みんながいた。
「おう、起きたか」
 私に気づき、声をかけたのはダガーさんだ。
「まあ、食え。腹が減ってはなんとかだ」
 と、かまどの上で湯気を立てる鍋の中から、スープをよそう。突き出されたそれは、ミネストローネのようなスープで、ふわふわと立ちのぼる湯気から香るトマトとハーブの香りが、「ぐう」と私のお腹を刺激した。
 お、おう……恥ずかしいな、私の腹の虫。
「勇者ちゃん、ほら! ニケが作ったのも食べて!」
 と、ニケちゃんはお皿にのった、白い三角の何かを、私に押しつけるようにして手渡した。
「これ! これを巻いてたべるの!」
 お皿の上の白い三角のそれに、黒い、なんだかよくわからない短冊状のものを、ニケちゃんはぺたぺたと貼り付けた。これは何だろう? ほかほかと湯気を立てているこれは、見た感じ、何かの種を茹でたか、蒸したかしたようなものに、この黒いのは……なんだ?
「以前に話していた、お米という奴で作った、おにぎりというものです」
 と、レイさん。見ると、レイさんの前のお鍋には、おにぎりの元らしい、真っ白な、何かの種のようなつぶつぶが、美味しそうな白い湯気を立ち上らせている。
「パリパリ派なら、さっさと食べた方がいいですよ」
 と、そのおにぎりとやらを手にネリさんは言って、ぱくっと手にしていたそれに食いついた。ぱりっと、黒い皮が千切れて唇の上に飛び出たのを、手を使わず、器用に口だけで飲み込む。食べ慣れているな、これは。私は初めて見たが。
「これは、海苔と言うんだ」
 見ると、チロルさんがおにぎりに巻かれる前の、黒い短冊状のそれを手にしていた。
「しかし、よく見つけてきたなあ」
 しげしげと海苔と呼ばれた黒い短冊を眺めるチロルさんに、レイさんが、
「いやあ、お米は割と簡単に見つかったんですが、海苔はなかなか大変でしたね。そもそも、海藻を食べる文化があまりないらしく……これはもう、実装されてないんじゃないかと思っていたところ、ファンシャンの宮廷料理で、そう言えば、海苔っぽいの見たなと思い出しまして……海苔を求め、世界を半周してきました」
「たかがおにぎり~、されどおにぎり~」
 と、歌うように言いながら、エルさんは両手でレイさんのお鍋から取り出したお米を、三角ににぎにぎしている。
「勇者ちゃんも、座って食べてください~」
 握ったおにぎりを、ニケちゃんに手渡されて持っていたお皿の上にぽんと置き、エルさんは私を促す。丸太を横にしただけの、簡易的な椅子の空いているところ。アルさんの隣。
 右手にミネストローネのお椀。左手におにぎりの載ったお皿を持って、私はアルさんの横に、無言で腰を下ろした。
 アルさんは、もぐもぐとおにぎりを頬張っていたかと思うと、
「ん」
 と、私の前に、自分の前に置かれていた丸太のテーブルを、足で追いやった。
「ん」
 おくとこねーだろと言ったのをわかって、私は丸太のテーブルに、左手のおにぎりのお皿を置いて、
「ありがと」
 と、思わず口にした小声が、なんか、無性に胸をちくちくとした。アルさんは気にもせず、手についたお米をぺろりとなめて、「ダガー、おかわりくれ」と、空になったお椀をつきだしていた。
「勇者ちゃんも、冷めない内に食えよ」
 お椀を受け取り、ダガーさんが言う。ので、私は椀に入っていたスプーンを取って、一口、それを口に運んだ。
 甘い野菜の香りが、ふわっと口の中に広がって、飲み込むと、それは身体の芯で暖かな優しさに変わって、全身に広がっていった。
 なにか、ふっと、強ばっていたいろんなものが弛緩して、解きほぐされて、私は頭を持ち上げていられなくて、俯いた。
「食えよ」
 アルさんが、呟くようにして言っていた。
「まずはうまいもんを、腹一杯食うんだ。何はなくとも、先ずはそれから」
 ずびっと、ダガーさんから受け取ったミネストローネを啜るアルさん。
 その横顔は、いつもと変わらない。アルさんは多分──ぐるぐるなんて、していない。真っ直ぐに、何かを見つめている。
 再び視線を落として、私はお椀の中で湯気を立てるミネストローネを見た。そしてそれを、両手で持って、ぐいっと、飲んだ。
 暖かい、熱い、喉を通り抜けていって、身体の芯から、全身に広がっていく。小さく、震える。
 多分、朝が少し残っているから。少し、寒いから。だから──理由無く、小さな涙がぽろっとこぼれそうになったのは、そんな些細なことが、たまたま重なったからだと思う。
「おいしいなぁ……」
 思わず呟いていた私に、
「おう」
 アルさんはお椀を口元につけたまま、短く返した。
「食えよ」
「食うよ」
「ちげーよ、おにぎりの海苔は、パリパリの方がうめぇから、さっさと食えよって話だよ」
「よけいなお世話だよ」
 私はミネストローネを、ぐっと煽った。
 身体が暖まる。それと一緒に、軽くなる。
 横目で見たアルさんが、笑っていた。
 や、その口元に、おにぎり、ついてるんだけどね。


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