studio Odyssey



スタジオ日誌

日誌的なもの

 下の世界、カラニアウラの昼は薄暗く、空は常に厚い雲に覆われていた。
 荒涼とした大地に転々と存在するオルムの遺跡には、寄り添うようにオルムの子孫たちがほそぼそと暮らしていたが、その数はごくわずかで、古きオルムの作り出した鉱石魔神の方が多いくらいであった。
 静かに滅び行く世界、アウラ。
 私たちはオルムの古き言葉に従い、その世界の遺跡を辿りながら、アーオイルの聖地、ルルスを目指していた。
 空を飛べば──というのは最もな話なのだが、アウラの空は聖地ルルスを中心に、巨人との戦いの際に構築された魔力の壁によって覆われていて、その空を自由に飛ぶ事はかなわなかった。
 アーオイルが賢者の石の欠片を再び賢者の石に結合し、輝かせるためには、この澱んだマナの停滞する大地ではそれなりの時間が必要だろうというのが、ナルフローレの見解だった。どれほどの期間が必要となるかはわからないとの事であったが、私たちとナルフローレの聖騎士達は、いくつかのグループに分かれ、いくつかのルートで聖地ルルスを目指していた。
「代わり映えのしない世界だな」
 台地の上から、アルさんは広大な荒れ果てた世界を見下ろし、呟く。
「静かに滅び行く世界……だって」
 私は隣に立ち、それに返した。
「なんでこんな風になっちゃったんだろうね……」
「オルム曰く」
 アルさんが返していた。
「世界の公理、摂理、その創世に手を伸ばしたが故に、世界によって滅ぼされようとしているとかなんとか」
「人が神になろうとしたが故に?」
「さてね? 俺は別に神の力には興味がないんで、さっぱりわからん」
「私も、別にないけども」
 ひとつ息をついて、私もまた荒涼とした大地を見下ろしながら呟いた。
「アーオイルはなんでまた、そんなものに手を伸ばそうとしたんだろうね」
「ん?」
 アルさんは私の横顔を見、喉を鳴らすようにしてから聞いた。
「それは勇者ちゃん、俺に意見を求めているのか?」
「別に求めてはいないけども。考えがあるなら、聞くよ」
「別にない」
「でしょうね」
 静かに滅び行く世界、アウラを向こうに見つめながら──アルさんは言っていた。
「何かの理由があったんだろうと思いたいのか? まぁ、この旅路でそれを知ることも出来るとは思うが……」
「で、知った上でさ。それがもしも……もしもだよ? 共感できるような内容だったとしたら、アルさんはどうする?」
「世界を滅ぼすこともやむなしとするかって?」
「いや……まぁ……そうなるのかも知れないけれど……」
「それは……その時にならなきゃわからんな」
「ずるいな」
「おう」
 そして、アルさんはいつものように笑っていた。
「そもそも俺は勇者じゃねぇし、救世の英雄でもないしな」
「押しつけようとしてる?」
「昔、世界を救ったとある魔導士が言っていたんだがね……」
「なにをさ?」
「世界を救うってのは、滅亡の矢面に立つって事だ」
「どういうこと?」
「つまり滅亡の矢面に立つって事は、見たくもねぇモンも見なきゃならねーし、知りたくもねーようなことも聞かされちまうし、いいことなんか、なーんもねぇって事だよ」
 アルさんは滅び行く世界のはるか向こうを見つめながら、
「それでも世界を救うなら、それなりの理由を、自分自身で見つけるしかねぇんだ」
 そう言って笑い、歩き出した。
 理由──ねぇ……
 その背中へ、
「ああ……女の子を助けるためとか?」
 と、言うと、
「それ以上の理由はいらねぇな」
 歩きながら振り向きもせず、アルさんは左手をひらひらと振っていた。
「……そんなことだろうと思ったよ」
 仕方なくて、私も一つ息をついて、その背中に続いた。

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