studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2020.02.03

勇者ちゃんと、偽りの女王(前編)

Written by
しゃちょ
Category
読み物
Tags

 草木の生えない山の上に、その遺跡はあった。
 アルさん曰く、森林限界と呼ばれるその先にあった遺跡は、小さな魔力の塔を護るように造られた、かなり古い時代の城塞遺跡であった。
「鉱石魔神がわいてるっていうから、賢者の石関係の何かがあるかもと来てみたが……」
 ミスリルの細剣を鞘に収めつつ、旅の道連れ、剣士アルさんこと、アルベルト・ミラルスは呟く。
「なんだこりゃ……」
 遺跡の中心、城塞遺跡の回廊が囲む中庭。そこで巨大な人型牛頭の鉱石魔神──アルさん曰く、ミノさんという怪物らしい──との戦いを終えた私たちは、その中庭に円形に配置されていた謎の石群を前に、ふーむと首をかしげていた。
「なんかの意味はあるんだろうね」
 言いつつ、鉱石魔神の落とした宝石を腰に下げたバッグに押し込む私。ちなみにこのおニューなバッグは、アルさんからレンタルしていた両肩がけのバッグをニケちゃんが改造したものだ。アルさんに自慢して見せたところ、「ふーん」という薄い反応だったので、おそらく本人はこれを「レンタルだ」と言っていた事も忘れているのに違いない。ちなみにベルトポーチもちょっと改造されていたりします。
「なんだろうねー」
 と、その犯人、ニケちゃんが「うふふー」と楽しそうに笑っている。
「この不思議配置、何か意味があるんだろうねー」
「ニケちゃんは、隠し事のできないタイプですね~」
 ほわんほわんと続くのはエルさんだ。ふむ……やはり何かあるな、これは……などと考えていた所に、盾をしまいつつのチロルさんが続いていた。
「まぁ、とりあえずは調査をしたら、公都に戻って報告かな? とはいえ、アルさんはもうレベルキャップにかかっているから、戻っても経験値的にはおいしくないか……」
「まぁなぁ……」
 石群を調べつつ、アルさん。
「そういや、50でEXPバー止まったままなんだけど、これ、その後の経験値って、もしかして無駄になっちゃう?」
「いいえ~、積算はされていますので、キャップが外れた時に、どーんと上がるので大丈夫ですよ~」
 ふーむ。何の話だからよくわからんが、まぁ、
「で、なんなのこれ?」
 石群を調べているアルさんに聞くと、
「しらん」
 と、即答されたので、
「じゃ、帰ろ」
 くるりと振り向き、即答する。
「えー、勇者ちゃん、せっかくここまで来たのにそれじゃあ、骨折り損のくたびれもうダメだよー」
「間違ってますが、間違っていないように聞こえる不思議なことわざですね~」
 ほわんほわん言いつつ、私の行く手を遮るエルさんと、直接的に私の腕をがっしと掴むニケちゃん。離れた所で、チロルさんは苦笑している。うむ、知ってるぞ。これは確実に何かあるパターンだ。
「あ、これ、門石なんだな」
 アルさんが声を上げていた。
「ああ、そうなんだ。それで、そこをもうちょっと調べると──」
 アルさんの声に振り向いたチロルさんの、その言葉が終わるよりも早く、
「あ、これ。ヘプタグラムなんだな。え? じゃあ、7/2と、7/3で意味があんのか? あ、これが頂点扱いの石だな? おお、ここに石が置ける。さっき手に入れた石でいいんだろうな。お、なんか光線が出た。じゃあ、あえての7/2」
 呪文のような事をいいつつ、アルさんは石の上にこの遺跡で手に入れた鍵石っぽい不思議な石を置いていた。するとそれは不思議な赤い光線を放ち始めて──アルさんはその光線を、円周上に置かれていた石の、ひとつ飛ばした先の石に向けて──
 赤い線が、七つの石に反射し、不思議な形の星を描いた。
「嫌なゲーマー脳ですよ~」
「なんで、七芒星の描き方が二種類あるとか、アル兄、知ってんのー!」
「いやぁ……これ、本当は一回公都に戻って報告してから、いろいろあって、教えてもらう流れなんだけどなぁ」
「え? まずいの、これ」
「まずいんじゃないの?」
 描かれた星は、ぱあっと光を放って私たちを飲み込み──私たちを、いずこかへと誘った。
 はてさて、どうなることやら……

 ぱちりと目を開け体を起こすと、そこは知らない遺跡だった。
 しかし、知らない遺跡だったのだが、
「つまり、なんの前情報もなくこの地に入って、南西の峡谷にいた魔物の大部隊にぼっこぼっこにされたと、そういう事ですね?」
 そこにはテント張っているレイさんがいて、
「そしてここに味噌を投入」
「どこで味噌なんて手に入れたんですか?」
 料理にいそしむダガーさんと、それを見ているネリさん。そして、
「いや、あれはねーだろ。どんだけいんだよあれ。俺たち、両方50だぞ? それで倒せねーって、バランス悪すぎるだろ」
 と、食器を並べるアルさんがいた。
 はて……光に呑まれて飛ばされた所までは記憶にあるが……女子面子が全員男面子に入れ替わっているぞ? はて?
「あ、起きましたね。覚えていないでしょうが、どこまで覚えていますか?」
 と言うレイさんの不思議な質問に、
「光にのまれて飛ばされた。ここどこ?」
 と、短く返す。
「到着時までロールバックのようですね」
「まあ、そうだろうとは思ったが……復活って、こんなに時間かかるもんなの?」
「まあ、やられ方によってはデータの更新とロールバックがかかるんで、時間かかることもあるんですよ。予測時間出たでしょう?」
「そんなものは見てない」
「それは見ずに閉じたと言うんです。最長三十分とかかかるんで、見た方がいいですよ」
「死ななければどうという事はない」
「よーし、出来たぞ。本日の夕食は、カイギョの味噌焼きだ。この葉っぱに包んで食うんだ」
「なんか、アマゾン飯みたいですね」
「しかし味噌味」
「よし、取りあえず飯だ、勇者ちゃん」
 なんだかよくはわからなかったが、取りあえず飯だと言うことはわかったので、私はのそのそと起き上がった。
 陽が暮れ始めている。
 取りあえず、いつの間にか入れ替わった男子一行は、この遺跡で夜を明かすつもりなのだろう。
 まあ、急いては事をし損じるとか、腹が減ってはなんちゃらと言うしな。
 ん? なんか仕損じたんだっけ?

「ふむ……」
 と、食事をしながらのアルさんのさっぱり訳の分からない説明に、レイさんは納得したように頷いていた。
「なんの話だか、さっぱりわからないんだけど?」
 と、味噌なる調味料のついた指を舐めつつ、私は聞く。ちなみにこの味噌というもの、ちょっとしょっぱいけれどわりと好きな味だったので、今度ダガーさんが作ってやろうと言ってくれた、味噌汁なるものを楽しみにしつつ、まあ、それは置いといて──
「南西の峡谷に、鉱石魔神の魔物の大群? それに挑んで、ぼっこぼこ?」
 に、されたらしいのだが、全く記憶にない。
「二千はいたんじゃねーかな?」
 アルさんは続けた。
「ま、ここの地方の情報、まったくねーから、取りあえずうろうろすっかなって歩き出して、ばったり出会っちゃったパターンだからな。なにも準備はしてなかったってのもあるけど、逃げることすらままならねーとは」
「まあ、あれは戦う相手じゃないですしね」
 続いたのはネリさんだ。
「そもそも、ここには調査にくる理由がちゃんとあるんですが、公都に戻ってないんですよね? だから、ここに来た理由、ナッシングなんですよね?」
「戻ってやり直してこい」
 ダガーさん。
「アップデート1前のラストシナリオなのに、意味も分からず進める気か、テメーは」
「だが、コメント欄はそのまま行けが大多数」
「もはや、通常のシナリオルートを誰も求めていない、殺伐としたチャンネルです」
「倒せない敵に挑んで、延々ロールバック」
「ざんねん! アルベルト・ミラルスの冒険は、ここで終わってしまった!」
「レナニゼカ」
「は、置いといて」
 脇に何かを置く仕草をして、アルさんは続けた。
「つまりあれだろ、あの魔物の大群は、どっかに攻め込もうとしている、アーオイルの軍勢かなんかなんだろ?」
「さー、しりませんねー」
 と、言うレイさんの、その口笛がわざとらしすぎる。雑。
「ってことは、どっかに都市があるな。マップの埋まり具合からして──」
 言いつつ、アルさんは右上の空中を見た。おそらく例の謎マップを見ているのだろうが、なにもねーんだ、そこには。
「そうか。北西側に行ってないな。ってことは、そこに町があるな? つまり、ここで鉱石魔神の軍勢を迎え撃つ、大規模戦闘が!」
「いいですか、アル」
 ネリさんは微笑みながら言っていた。
「私たちはネタバレはしませんので、その辺りは自由にしていただいて構いませんが、システム的にありえねー事には、さすがにつきあいませんよ?」
「え? ないの?」
「まあ……さすがにないかなぁ……」
 首を捻り、レイさんは呟くように続けていた。
「そもそも、あの軍勢がどこの軍勢かっていうのがありまして……まあ、ネタバレするんで、言いませんけど」
「そういや、人化したオーガがいたな。紋章あったかな……」
「そういう、途切れた別の世界線の情報を使うのは、おじさん、感心しないなー」
「ゾンビアタック」
「そもそも、もう竜のたまごもねぇし、クリアできるのかすら怪しいんだし、テキトーでよくね?」
 とは、鉄板を片付けつつのダガーさんだ。
「え? あれ、今回使うの?」
「いや、今回は使わない。アップデート2の最初の方で使う」
「え? 何お前、もうそんなに進んでんの?」
「オメーが遅すぎるんだよ!」
 ふむ、なにやら楽しそうに言い合っているので、飲み物でも用意しようかな。暖かいのがいいか、冷たいのがいいか。ふっふっふ。ストーンさえあれば、どちらも余裕。
「そういえば、ニケもアップデート2に入りましたよ。チロルさんのお友達と進めているそうです」
 とは、ネリさん。
「はえーよ」
「オメーがおせーんだよ!」
 言い合っているのは、アルダガーで、
「ってか、今日もログインしてこうしてご飯を食べて、ダベって落ちる予定では?」
 レイさん。正しい。
「よし、じゃあいこう。すぐいこう。今すぐ行こう」
「え?」
 突然言い出したアルさんを、私は手で制した。
「ちょっとまって、私、今、お茶いれようと思って、準備しちゃったんだけど?」
「……なに?」
「緑」
「味噌でしたしね」
「和だしな」
「そりゃそうだな」
 と、
「じゃあ、しょうがないなー」
 三人、異口同音。

「つまり、昔懐かしのMMOのように、NPCが教えてくれない不明瞭なストーリーラインは、PCで勝手に補完して、ストーリーを創っちゃえって事ですね~」
 ほわんほわんと言うのはエルさんだ。何の話だかはよくわからないが、まあ、ともかく。
 例の遺跡から北西に向かうこと、半日満たず。
 周囲を三つの川に囲まれた台地の上に、その都市はあった。
「でけぇな」
 大型の馬車が余裕ですれ違える程の幅をもった大きな橋を渡りながら、台地を囲むようにそびえ立つ城壁の向こうを見つつ、アルさんは軽く感嘆の声をあげた。
「あの台地の上のでっけぇ四角い宮殿みたいの、まんま、トレドだな」
「まあ、実際あれ、宮殿ですしね」
 同じ物を見つつ、レイさんは続ける。
「えー、この都市は、トゥーディオと言いまして、都市の名が、そのまま国名になっています。ちなみに王国です」
「馬車来たよー」
 ニケちゃんの声に、さささっと脇による私たち。豪奢な馬車が、かっぽかっぽと脇を抜けていく。
「橋を渡りきると、大きな門があって、その向こうが新市街」
 ダガーさんは手にしていた地図をアルさんに見せながら、
「ちなみに、ここのマジパンがうまい」
「どうでもいい情報だな」
 マジパンってなんだろう?
「トゥーディオは、歴史のある街なんですよ」
 ネリさんは帽子をちょいと上げつつ、言っていた。
「ほら、見えてきました。街の入り口の新門です。あれは、現在の国教である勇気と戦いの神の建築様式でして、重厚かつ絢爛な門構えでしょう? 上部のアーチの所とか──」
「気にしたこともなかったー」
 ニケちゃんは「ほー」と、門を見上げるが、そんなに興味は無さそうだ。見ていた隣のチロルさんが続く。
「新市街は、秩序の神の時代と、勇気の神の時代とで、街の作りが違うんだよ。ほら、北側と南側で、街のごちゃごちゃさが違っていて、あれも、サブクエにそんな話が出てくるんだ」
「それ、ニケやった?」
「やったよ」
「覚えてないなー」
「で」
 入門税を払って都市の中に入ると、アルさんはひとつ息をついて、言った。
「俺はここで、なにをすればいいんだろうな?」
「さー?」
 エルさんは笑っていた。

 まずはと、最初に私たちが向かったのはダガーさんがうまいと言ったマジパン──ニケちゃん曰く、「マジパンってなあに?」「アーモンドに砂糖を混ぜて練ったやつで……まあ、よくケーキに乗ってるデコレーションとかのアレなんだが……」「え? あれに美味しいとかあるの?」「よし、ニケ、このケーキのやつを食え。ニーダーエッガーのヌストルテのようで、うまいぞ」「まじでー?」「世界グルメ旅」「お、このドライフルーツがいっぱいのマンデルシュトレン、うまそうですね」「私はこの、アーモンドパイみたいなのにしますね~」──とにもかくにも、甘いお菓子で疲れを癒やすのだと買い物をし、それを手に広場へと向かった。
 中央通りから路地裏に入って、坂道を少し行った先。旧市街の城壁を貫通する鍵穴型のゲートを抜けた先の、教会前広場。
 掲げられていた聖印を見ると、それは正義と秩序の神のものだった。ネリさん情報によると、正義と秩序の神が国教だった時代はひとつ前の時代らしいので、この広場はその時に整備されたものなのだろう。やや閑散とした広場には、数件の屋台のような店と、その周りに出されたテーブルについて談笑している、地元の人々の姿が見えた。
「よし、あったぞ、正義と秩序の神の教会」
 言いつつ、我慢できずに口にしていたマンデルシュトレン──ドライフルーツとマジパンを練り込んで焼いたものに、砂糖をたっぷりとかけた菓子パン──を手に、アルさんは言った。うむ、正義と秩序の神様的には、歩きながら食べるのは怒られるのではないかな?
「困った時の神頼みは良くないですよ~」
 と、エルさん。その手のシュトレンは?
「あ、ダガーさん、あそこの屋台で売ってるチョリパン、旨かったですよ」
「チョリソもあんのか、ここは。どれ……」
「辛いやつ?」
「ここのは辛くないですねぇ。肉って感じでした」
「チョリパンは、アルゼンチンだしな」
 と、屋台に向かう、レイネリダガーニケ。世界グルメ旅の前には、もはや仕方あるまい。取り残された私たちは、広場に置かれていたベンチに座って、「さて、それでどうすんの?」と言いつつ、プラズムの外核こと、ポリ袋の中から、買ってきた菓子パンを選別する。アーモンドチップのやつがうまそうだった。どれかなー?
「ふーむ……」
 シュトレンを食べ終え、砂糖のついた手をぱんぱんと軽くはたきながら、アルさんは言っていた。
「ちょっと、教会を覗いてくるかな」

 外から見た限り、それほど大きな教会ではないなと思っていたが、入ってみると、それは予想していたよりもずっとこぢんまりとした、質素な教会であった。
 建物のほとんどの部分を占めるであろう聖堂は、外観から想像した通り、吹き抜けの天井に小さな窓がぽつぽつとあるだけの全体的に薄暗い感じで、唯一、東の奥の上部にだけ、後から付け加えられたのだろう、少し周りから浮いているように見えるステンドグラスが張り付いていて、そこからの採光だけが、薄暗いしんとした聖堂に色を落としていた。
「なんか、古い造り? なのかな?」
 聖堂を進みつつ、先を行くアルさんの背中に向かって、返答が欲しかったわけでもなく聞く。
「そうだな」
 と、アルさんも気のない返事。
「まぁ、ネリが言うには、時代的にはひとつ前らしいから、設定的には、ロマネスク調を意識しているんだろう」
「ロマネスク?」
 ロマネスクってなんだ?
「これが、本来の秩序の神の聖堂の作りに近いんですけどね~」
 とは、エルさんだ。ちなみにアルさん、私、エルさんだけがここを訪れている。他のみんなはどうしているのかというと、広場で軽食パーティーを開催中だ。
「ふーむ……」
 と、アルさん。聖堂の奥を眺めながら、腰に手を当て、つっ立っている。
 聖堂内に並べられた木製の長椅子には、この街の住人らしき人たちがちらほらと見えた。お祈りをしている人、居眠りをしている人、小声で何かお喋りをしている人──静謐な空気の中、「ふむ」と唸ったアルさんの声が、やけに響いた気がした。
「インスタンス化したな」
 腰に下げていた二本の細い剣のうちひとつ、王家の剣に手をかけ、アルさんは振り向いた。
「もし?」
 と、いつの間にそこに現れたのか、厚手の聖衣に身をつつんだ、老聖職者の姿がそこにあった。
「何か、お困りですかな?」
「とても」
 言いつつ、アルさんは笑う。
 老聖職者の視線が、アルさんの剣をちらりと確認したのを、私たちは見逃さなかった。
「少々、難しい話があってですね……あ、俺たちは、ここから南東にある遺跡からやってきたわけなんですけど、そこから南西の渓谷のところでですね──」
「お待ちを」
 老聖職者は片手を上げ、その言葉を止めた。
「込み入った話のようですな。私の私室でお話をお聞きしましょう。こちらです──勇者様」
 そう言って、老聖職者は歩き出した。
 続いたアルさんは、私に向かって、
「勇者様だって」
「なんだかね」
 と、私は仕方なく、軽く肩をすくめて見せた。
 ほわんほわんと、エルさんが続いていた。
「こんなところからも、アドバンスするんですね~。でも、何も起こらなかったら、どうするつもりだったんですかね~?」
「エル様のお力で、ここのえらい人に取り次いでもらってだな……」
「おやおや~、シナリオAIが、空気読んじゃいましたか~」
「よい事だ」
 よい事なのかどうかはともかく、アルさんが何を考えているのか、私には全くわからないので、ここは文句も言わずに付いていく事にした。
 勇者じゃ、ないけどね。

 通された私室は、両側の壁いっぱいに巻物やら書物やらが詰まった本棚がしつらえてあって、その間に机がひとつ、奥に鎧戸のついた窓がひとつという、私室と言うより、物置の小部屋といった風な、かなり狭い部屋であった。
「こんなところで、申し訳ありません」
 言いつつ、老聖職者は書物やらが乱雑に置かれていた机の上を軽く片づけ、そこに置かれていたオイルランプに火をつけた。
 なぜ? と思っていると、老聖職者は奥の鎧戸を閉め、「さて」と息をつき、
「私は、ここの司祭を任されております、レイニオと申します」
 私たちに向き直って、続けた。
「お噂は、この国にも届いております。勇者様」
「なんか、知らぬ間に有名人らしいぞ?」
 と、私に耳打ちしてくるアルさん。なんだかなーと眉を寄せていると、レイニオ司祭は柔和に微笑みながら、続けていた。
「我が国は、秩序の神が国教であった時代、ラーゼンと同盟国の関係にありました。蛮族侵攻の折りに、共に国力を失い、同盟は解消されましたが──今でも、ラーゼンはよき隣人です」
「ラーゼンの話が出るってことは、話が早い」
「エル・トゥラでの活躍も届いておりますよ」
 と、レイニオ司祭。うん……ここの秩序の神の情報収集能力が、とてもとても、高いんだと思いたい。私はそんな、有名人じゃなくていいです。
「ダガーさんの地道な活動の賜物ですかね~」
「さすが、この世界唯一の世界的組織、盗賊ギルド……」
「そうなの!?」
 それはともかく。
「で、わざわざ鎧戸を閉めたってことは、あの渓谷の魔物の軍勢の件は、こちらにも届いているって事で、いいのかな?」
 早速、フランクなアルベルト。だったらお前が勇者、やれよ。
「情報は掴んでおります」
 レイニオ司祭はオイルランプの薄暗い灯りの中、小さく頷いた。
「その数はゆうに千を越え、二千に届こうかというほど。コボルトからオーク、オーガ。リザードマンなどの姿もあったと聞いています」
「リザードマン、いたっけな?」
 呟き、アルさんは返した。
「まあ、ともかく、あの量の鉱石魔神が攻めてくるとなると、かなりまずい。コボルト二千なら、兵士五百で問題なかろうが、オーガなんかもいるとなると、防衛戦でも、二千に対して五千は欲しい。この都市の総人口は知らんが、さすがに五千をホイホイとは動かせはしないだろう? この話は、既に中枢にも行っているのか? 何か、対策はたてていたりするのか?」
 矢継ぎ早のアルさんの問いかけに、レイニオ司祭は少し、眉を寄せていた。
 そしてしばらく考えた後、返した。
「なにか、勘違いをされておりますな」
「え? なに、違うの?」
「勇者様方は、あの軍勢がここに攻め込んでくるとお考えのようですが……あれは、言い方を選ばなければ、この国の軍勢になります」
「え? マジで!? まったく考慮してなかったパターン!?」
 アルさんに、
「おやおや~、大変ですね~」
 エルさんは、ほわんほわんと返していた。

「要約すると、だ」
 薄暗い地下の一室。
 トーカチが四隅にたてられたその部屋の中心、大きなテーブルの上に置かれた地図を囲んだ私たちの中、アルさんが言った。
「あの渓谷の鉱石魔神は、この国が用意した軍勢で、例の遺跡の転移装置を使って、公国に侵攻するためのものだとかなんとか」
「それはまた……恐ろしい計画じゃないですか」
 言いつつ、テーブルの上に灯火石を入れたランタンを置くネリさん。照らし出された灯りの中、テーブルについていたレイさんが続く。
「あの転移装置は、鍵石と違い、範囲内にいる者たち全てが対象となるようでしたからね。二千の軍勢ともなれば、全員の転移はそう簡単ではないでしょうが……」
「とはいえ、あの規模なら、数時間とかからずに転移できるだろうよ」
 部屋の隅、弱い灯りの中で腕を組んでいたダガーさんが、鼻を鳴らすようにして続けていた。
「突然現れる、二千の鉱石魔神の軍勢。こいつは正直、脅威だぜ? まさに奇襲。さすがの公都も──」
 含みを持たせて途切れた言葉を、地図をじっと見つめていたチロルさんが繋いでいた。
「不意を打たれれば、兵力では勝っていても、城壁内への侵入を許してしまうだろう。侵入を許してしまえば、公都は蹂躙されるがまま──」
「そんな……」
 と、息を呑むニケちゃんに、我が相棒、アルベルト・ミラルスは腕を組んだ姿勢で鼻を鳴らしていた。
「いや、お前ら、全員クリア済みだろ? 知ってただろ?」
「それをいっちゃあ、おしまいですよ」
 とは、レイさん。
「せっかく盛り上げ演出をしていたのに」
 続くネリさん。
「チロルさんもなかなか」
 ダガーさんに、
「いやあ……」
 と、チロルさんはなぜか照れている。
「で、アル兄、どこまで情報を掴んでるの?」
 揺れる灯りの中、ニケちゃんは小首を傾げながら聞いていた。
 アルさんは「うーん」と顎をなでつつ、
「正義の神の司祭から情報を貰って、勇気の神の神殿騎士とあった。で、レジスタンスの組織と接触して情報収集。アジトをあてがわれ、イマココ」
 と、地面に向かって指を指す。
 要約すると、だ。
 正義と秩序の神の司祭、レイニオさんから、私たちはかの渓谷に集まっているという──私は見ていないが──鉱石魔神の軍勢は、この国の錬金術師が作り出した、戦争のための軍勢だと知らされたのだ。曰く、「あれは、この国がさらなる領地の拡大のために用意した先兵」で、戦争を仕掛ける相手は、あの遺跡の転移装置の先、デヴァリ公国だという。
 そしてさらに、その真なる目的は、
「ということは、トゥーディオの最終目標が、エル・トゥラであると言うことは、もうご存じなんですね?」
 と言うレイさんの言葉の通り、この国、トゥーディオが狙う最終目標は、古の知識と教養の神の聖地であり、もっとも錬金術が進んだ都市、エル・トゥラであるというのだ。
 トゥーディオは、自らの錬金術の力をさらに強めるため、エル・トゥラを襲い、彼の地を蹂躙し、支配しようとしているのだという。
「トゥーディオは、ここ最近、周辺各国に戦争を仕掛けて、国力を増しているからな」
 薄闇の中、ダガーさんが言っていた。
「盗賊ギルドにも国の息がかかっていて、正確な情報は仕入れられなかったが、自慢話のように、周辺各国を蹂躙し、占領してきた戦歴を語られたぜ?」
 ふっとニヒルに笑い、ダガーさんは大仰に肩をすくめて見せる。「あれ? まだ茶番を続ける流れですか?」「語られないストーリーは、プレイヤーがねつ造する流れですよ~」
「エル・トゥラを狙うトゥーディオの真の狙いは──」
 ランタンの灯りに照らされたレイさんのその顔は、やけに真剣に見えた。
「あそこの錬金術ではなく、竜の心臓かと思われます」
「あれか……」
「あの力は強大です。もしかしたら、あの力をコントロールし、リヴァエルを使役する術を、トゥーディオの錬金術師達はすでに見いだしているのかも知れません……」
 その言葉に、ニケちゃんは目を丸くして声を発していた。
「え!? そうなの!?」
「いいえ、適当です」
 レイさん。即答。「いえ、私も竜の心臓が残ってるパターンって、聞いたことがないですからね」「まあ、あれは本当は、アーオイルに砕かれて、なくなっちゃうからなぁ」「え? そのパターンって、リヴァエルどうなんの?」「小竜が居眠りするための、入り口のないバルコニーがあったじゃないですか。あそこにですね……」「マジか! アレ、あんなに意味深なのに、なんもイベントねぇのかよと思ってたら!」「ちなみにそのパターンの時は、チビエルは竜の心臓のかけらを飲んで、竜の聖女でなくなる流れになります。図書館にアルが行けば、その流れだったんでしょうかねぇ……」「すぎたるは、及ばざるがなんとかってやつだ!」「いえ~、それは、やり過ぎはよくないよと言う論語なので~……あれ? 間違いでもないですか?」
「置いといて」
 何かを脇に寄せる仕草をして、
「ともかく」
 テーブルの上の地図に手を置き、アルさんは言った。
「別に、デヴァリ公国に義理もないし、ナール帝国に借りもないが、エル・トゥラが目的と聞いては、看過できん」
 視線の先の皆も、一様に頷いていた。
 この国は、戦争を仕掛けようとしている。
 相手は、あの、エル・トゥラだ。見ず知らずの国家間の争いならまだしも、さすがにあそこに手を出そうとしているとなると、話はちょっと違ってくる。それに、
「トゥーディオは、ここ数年で急激に錬金術に関する技術、知識が発展したようです。これは、この国が遺跡発掘に積極的だという事もありますが──」
 レイさんの言うように、この国は、ここ数年で突然、その力を強めてきたのだという。
「しかし実際、どうもそれだけではないようですね……」
「ああ」
 アルさんは顎に手を当てつつ返した。
「新王が即位して以降、突然、錬金術に関する力を強め、周辺各国を次々と占領していっていると聞いている」
「そうです。では、その新王については?」
 「ふむ……」と唸り、アルさんは考えるように腕を組んだ。
「女王、ケルカ・カストーリか……」
 ケルカ・カストーリ。
 この国、トゥーディオを支配する、若き女王の名だ。
 先の戦争で敗死した前王の血を引く唯一の者で、その辺り、何かいろいろときな臭い話もあったが……まぁ何にせよ、ケルカは後継者に指名されて以降、そのすべての戦争を指揮し、他国よりはるかに進んだ錬金技術をもって周辺各国を占領し、力でその正当性を示してきたのだという。
 今では、数百を超える貴族、官僚が支配する中枢の頂点に君臨し、絶対女王としてこの国を支配し、
「赤き瞳の錬金女王──か」
 そう呼ばれ、畏怖の対象にすらされているのだという。
「赤と錬金術と言うのがまた、捨て置けねぇ情報だよな……」
 ぽつり、呟くアルさんに、
「しかし、トゥーディオはここからナール帝国側に足を伸ばし、最終的にはナール帝国と、一戦交える気なんですかね?」
 壁際のダガーさんに視線を流しつつ、レイさんは言った。「ああ」と低く受けて、ダガーさんは続けていた。
「可能性は、十分にあるな。ナール帝国にとって北側はそれ程重要ではないが、黙って侵略されると言うこともあるまい」
「しかし、何故、わざわざあの巨大なナール帝国に? という疑問は残りますね……何か裏が……?」
「さて……な。しかしトゥーディオもナール帝国も、それなりに巨大な国だ。目的が領地拡大であろうとなかろうと、戦渦は広がり、その被害は甚大なものとなるだろうよ……」
「ですね……」
 唸り、沈黙するレイさん。目を伏せるダガーさん。そして腕を組んでいるアルさんに、「え? この流れ、まだ続くのか? 私も、頑張ったほうがいいのか?」「どうだろうねー?」「いいんですよ~、チロルさ~ん、ほっといて~」と、女子。
 不意に、この地下室へと降りる階段の上の鎧戸を、誰かがコンコンと蹴る音がした。
 ふと、皆が息をのむ。
 私は片手を上げ、鎧戸へ向かった。そして、
「山」
 問いかけに、即座に声が返ってきた。
「川」
 そしてすぐさま、向こうが続けた。
「谷」
 間違いない。私は小さく頷いて、取り決めた合い言葉の最後を返した。
「啓」
 発した瞬間、「ぶふぉ!」と、レイさんが盛大に吹き出していた。
 なんじゃ? 何かおもしろいことでも言ったのか? まあ、ともかく、合い言葉は正しかったので、鎧戸をあげる。
 後ろで、
「なんですか、今の合い言葉」
「え? いや、なんか決めろっていうから、適当に」
「もっとこう、いろいろあったでしょう? のばらとか」
「きさまら、はんらんぐんだな!」
「若い子には通じませんよ~」
「ニケ、わかんない」
「ハラホロヒレハレ~」
 とまあ、わいのわいのしている地下室へ、苦笑混じりに降りてきたのは勇気と戦いの神のドワーフ神官、ディボスさんであった。ディボスさんは苦笑するように口許を曲げて、
「あまりうるさくしますと、中枢に嗅ぎつけられますぞ」
 ドワーフらしい、低い声で、諭すようにして言った。
 が、
「それはそれで、面倒がなくていい」
「真っ向勝負ですか。燃えますね」
「無謀と慢心の精霊に呪われてますよ~」
 さもありなん。

 中枢──とは、トゥーディオの国家運営母体の事だ。先に話したように、この国は世襲君主制で、現在は女王、ケルカ・カストーリがこの国を治めている。細かい話は置いておいて、それを支持する数百を超えるという貴族、官僚たちをまとめて、要するところ、侵略戦争を行い、国家規模をかなり強引に肥大化させている者たちのことを、彼らは『中枢』と呼んでいた。
 そして彼ら──正義と秩序の神のレイニオ司祭、勇気と戦いの神のドワーフ神官、ディボスさんらを中心とした、この国の国家体制に疑問を抱く者たちの事を、彼らはリタレード──ネリさん曰く、上位古代語で解放する者の意味だという──と呼んでいた。
「つまるところ」
 トゥーディオの旧市街。
 路地裏のくたびれた酒場の主人に、この国の旧貨幣25キュールを七枚、並べて見せながら、アルさんは聞いていた。
「王都にいる限りはよく解らんが、占領された周辺各国では、より徴税が厳しくなっていると、そう言うことだな」
「そうだ」
 と、主人は小さく返した。
「一昔前は、ここも出稼ぎやら、市に上がってくる奴らやらで、それなりに賑わっていたんだが、今じゃ、陰もない」
「あー、ニケ、そのクエやったな」
 カウンターに顎を乗せたまま、ニケちゃんは呟く。
「ここから、アドバンスするんだっけ?」
「いえ、あれは実はサブクエなんで、ここ以外からでもいいんですけどね。周辺地域を巡るお使いクエなんで、割と長いんですが……まあ、トゥーディオの現状を知りつつ、レベルキャップまでいける、割とよくできたやつなんですけどね……」
 銀貨一枚を渡し、残りはチップと軽く言って出されたエールを片手に、レイさんは続けていた。
「この人、すでに経験値では動きませんしねぇ……」
「いや、俺は別に、いつも経験値なんかで動いてねぇぞ?」
「おっとー。では、何を基準に?」
「気分」
「もっとダメなやつ!」
「ともかく」
 カウンターに並べた、リタレードである事を示す旧貨幣25キュール七枚の内、その一枚を左手で弄びながら、アルさんは続けていた。
「ざっくり言うと、戦争するための資金を集めるため、周辺地域は厳しい徴税に、青息吐息で喘いでいると」
「そういうことですね」
 と、エールを口に当てつつのレイさんが横から口を挟む。「ふうん……」とアルさんは唸り、
「あれか? 十二歳以下には、人頭税を取るような?」
「百年、戦争してませんが、まあ、そう言う感じですね」
「なるほど……」
 呟くように返しつつ、カウンターの硬貨を左手でいじる手を止めずに、主人に向かって続けていた。
「しかし、そんな状況だとすると、リタレードは反乱を起こし、勢い、王都に上がってくるって流れになったりするんじゃないか?」
「……どうだろうな」
 少し苦笑するようにして返した主人に、レイさんが続けていた。
「アルさん、先読みはよくないですよ?」
「ワット=タイラーの乱」
「いけません。それ以上はいけません。会談をすると申し出た女王が──とか、そういう先読みをしてはいけません」
「わっとなんとかって、なに?」
「さぁ? なんだろう?」
 ともかく、
「リタレード達は、それは避けたいと思っている……」
 主人はカウンターに両手を付いたまま、ため息混じりに続けた。
「だが、占領された地域の一つで、暴徒と化した農奴に徴税官が殺され、正規軍に鎮圧されたという話は、伝え聞いている」
「あれー!? その話、クエ中で出る話ではー!?」
「あれ? そうなの? キャンセル連打してた」
「左手でキュール硬貨を弄りながら、何かタップしてると思ったら! どうして、そう!」
「ま、大体のことはわかった。ありがとう」
 言って、エールをぐいっと煽り、アルさんは七枚の硬貨を集めて主人に突き出してから、くるり、ドアの方へと向かって歩き出した。
「やれやれですね」
 エールを一気にやって、レイさんも苦笑混じりにそれに続いていた。

 旧市街の外れを行きながら、アルさんは丘の上の宮殿を見つつ、何かを考えているようだった。
 果たして何を考えているのか。まあ、どのような思惑を巡らせていようとも、終着点はおそらく私と同じだろう。
 国家云々などはどうでもよくて、ただ、エル・トゥラを戦渦に巻き込みたくない。そのためには──
「よくない知らせだ」
 路地裏からふっと現れたダガーさんが、横に並んで歩きつつ言った。
「例の軍勢、準備が整ったのか、正規軍じゃねー小隊規模の錬金術師を中心とした部隊が、ここを出たらしいぞ」
「え? マジですか?」
 目を丸くしたのは、後ろに続いてチュロスなる揚げ菓子をニケちゃんと分けあっていたレイさんだ。
「早すぎません? 全然クエストしてないですよ?」
「どっかのバカが、キャンセルしまくってんだろ?」
「ん?」
「おおお……まさに。まさにそうでした。しかしこれ、今回もどうなるんだか……私、知りませんよ?」
「ニケ、お兄ちゃんに聞いてみる? メッセする? 試練の塔にいるみたいだけど」
「いや、ネリに聞いたところで、何かが変わるとも思えねーがな」
 頭の後ろで手を組んで、空に向かって呟くようにして言うダガーさん。それに、レイさんが続く。
「次、みなさん集まれるの、何時って言ってましたっけ?」
「週末って言ってたかなー?」
「これ、あと内部時間で二、三日したら、強制イベント発動しそうじゃないですか?」
 言葉の先のダガーさんが、
「あー……だな」
 と、気の抜けた感じで続けていた。
「そのパターンって、続きあんの?」
「ええ、そのパターンも、ちゃんとありますよ」
 レイさんは首をひねりながら言う。
「まぁ、義憤に燃える展開ではありますが……ちょっと、ねぇ……」
「オレ、パーティー組んだ状態にしといてやるから、ギルドからの情報は絶えず流れてくるけどよ。割と洒落にならねぇ速度で、イベント進んでんぞ?」
 レイさんダガーさんニケちゃん、三人は「うーん……」と唸り、
「どうしますか、アルさん」
 聞いた。
「いずれにせよ、何か行動を起こさないと、イベント、進んでしまいますよ? 今、丁度四人居ますし、ライトパーティですが進めることは可能かと……」
「あー……そうだな」
 突然立ち止まり、アルさんは丘の上の宮殿を見上げつつ、言った。
「そいつら、追えるかな?」
「は?」
 素っ頓狂な声を、ダガーさんが上げた。
「いやまあ……マウントを使えば、追えるだろうが……」
「お、聞いたことないパターンですね。なるほど、そいつらに追いついて、ぶっ叩いてしまおうと、そう言う案ですね?」
「どうせ、そんな風にこそこそしている奴らは、なんか悪いことを企んでる奴らだろう」
 ニヤリ、アルさんは笑っていた。
「悪は叩けば露呈する」
「乱暴ですね」
「勇者の仲間たちの発言とは思えないー」
 ニケちゃんの言葉に、アルさんは私を指差し、
「勇者?」
「違うけど?」
「違うって」
 まあ、都合のいい解釈してんなとは思いつつも、私は適当な感じで返した。
「今は、通りすがりの反乱軍です」

 南方に向かい、私たちは馬を走らせる。
 地平線の向こうに陽が沈み始め、私たちを追う草原に伸びる影が長くなり始めた頃、頭上を、大きな影がすごい速さで横切っていった。
 視線を上げ、それを追う。飛竜だ。飛竜はくるりと遠くで反転し、馬で走る私たちに後ろから近づいてきて併走を始めた。その鞍上には、薄く輝く銀色のローブに身を包んだ、エルさんの姿があった。
 私たちが会話のできそうな速度にまで、馬の速度を緩めると、
「何やら、楽しそうな事をしていると聞いて、本当に飛んできましたよ~」
 飛竜、ロンバルディアちゃんの背中で、エルさんはほわんほわんと言った。なお、その後ろにタンデムして乗っていた軽装の男性は、ぐったりとした感じでうなだれていて、
「おぉぅえ……エルさん、運転荒い……」
 と、青い顔で呟いていた。
「ヴィエット!」
 軽装のその男性を認めたレイさんが声を上げる。その男性はヴィエットさん──いつぞや、森で巨人と出会った時、それに戦いを挑んだ巨人を追う者こと、トレイサーのヴィエットさんであった。
「生きていたのか! ヴィエット!」
「いや、今は死んでいる……」
 これは挨拶。
 そして飛竜は少し速度を上げ、先頭を行くアルさんと並んだ。
「やあ、アルくん」
 と、ヴィエットさん。
「千を越える軍勢に、突貫死するんだって?」
「場合によっては、そっちの方にも突貫するかもしれんが、一応、その手前の方に突っ込む予定だ」
「突貫死は否定しないんですね……」
「なるほどなるほど」
 言いつつ、ヴィエットさんは腰から小瓶を取り出すと、がしゃがしゃがしゃと勢いよく振ってその栓を抜いた。ぶしゃー! っとあふれ出した大量の水が空中で渦を巻いて、ぐるぐると大きな鯨の形になり、そこに、空飛ぶ巨大な鯨を生み出していた。
「ヴィエットさんのそれ、いいなー。ニケも欲しい」
「ニケちゃんがレベル80を超えたら、おじさん、カルボの体液の瓶詰め千本セットと一緒にあげちゃうよー」
「止めろ、歩く卑猥」
 レイさんの台詞を無視し、ひょいと鯨の背に飛び乗ると、続けてヴィエットさんは少し大きな鍵石のようなものを取り出して、「いでよ、我らが最強の、ぬりかべ~」と、それを不思議な呪文で発動させていた。石はピカッと輝いたかと思うと、そのあふれた光を一点に集め、みるみる大きくなっていって人型を作り出し、そこにイケメン騎士さんこと、師匠さんを顕現させていた。
「え? パーティメンバーの召喚石とか、めっちゃレアじゃないか、ヴィエット」
「トレーサーのマストアイテムだぞ? 試練の塔に籠もれ」
「えー、私、やっと97なんですけど、まだ見たこともないんですがー」
「で、突貫なんだって?」
 と、光の中から現れた師匠さん、開口一番、アルさんに。
「千を越える軍勢に」
「突貫させたいのか、あんたたちは」
「うん。あれがストーリー的に倒せるのか、やってみたくはある」
「なるほど。確かに」
「廃人思考に、流されてはいけません!」
「一人で二百くらい倒せば、あるいわ~」
「コボルト・アソールトですね」
「あれ、コボルトだけじゃん」
 なんの話かはさっぱりわからなかったが、エルさんはあはは~と笑いながら言っていた。
「私たちは、廃人ではないですよ~」
「いや、お三方、集まって何してたのさ?」
 速度を落として下がり、そう聞くダガーさんに、さらり、エルさん。
「いえ~、巨人を追ってましたが、アテが外れて別のエリアに出現してしまいましてね~。インスタンス化に間に合わなくってですね~」
「はいじんだ! はいじんがいるぞ!」
「まぁ、それはそれとして」
 何かを横に置く仕草をし、鯨の背中の上からヴィエットさんは続ける。
「エルさん情報によると、なんでも、トゥーディオがエル・トゥラに侵攻しようとして、千を越える鉱石魔神の軍勢を整えていたが、ついにその準備が整い、命令を受けた錬金術師の部隊が、移動を始めたそうじゃないか」
「言ってませんが~」
「私たちが仕入れた情報によると、その先遣隊は、何やら巨大なモノを運んでいるらしいな」
 とは、師匠さん。
「トゥーディオは、大分きな臭い。女王、ケルカ・カストーリが王位について以降、急激に錬金技術が発展した。これは、発掘なんてレベルではないと、ナルフローレは踏んでいる」
「ナル……なに?」
 顔を見合わせる私とアルさん。ハテナ? ナル……なんだって?
「師匠、ナルフローレは、下の世界に行かないと出てきません」
「あれ? そうだっけ?」
「くっ、あることないこと言ってストーリーを混乱させるつもりが、ボロがでたか!」
「NPCが語らないストーリーは、ねつ造する流れですよ~」
「ともかく」
 こほんと咳払いをし、師匠さんは続けた。
「ケルカが王になって以降のトゥーディオは、明らかに怪しい。これは……何かが後ろについているのではないかと、私の所属する組織は考えているわけだ」
「師匠が、謎の組織の構成員だという設定が生えた!」
「つまり、レイシュは敵」
「おのれ、ナイト、パラディンの巣窟め!」
「すくつー」
 ニケちゃんの不思議な発言に、何かを横に置くヴィエットさん。で、
「訳あって正体を明かすことはできないが、トゥーディオに反旗を翻すなら、協力するぜ! アルベルト・ミラルス!」
「心強い!」
 そう、アルさんは力強く言った。
 が、
「本音は?」
「レベル50なら、レイド組めるでしょ? レイド組んで突っ込むと、違うイベントあるって聞いたから」
「正直!」
「いえいえ、飛竜に乗ってトゥーディオの辺境をまわったところ~」
 と、エルさん。
「やはり、ケルカ・カストーリは、何か裏があるのだと、各地の神殿の者たちも言っていましたので、ここはその証拠を掴むしかないな~と。むしろ、その疑惑の中心にある、錬金術師達の部隊が移動したとなれば、これはチャンスじゃないですか~」
「そんなイベントあるんだ?」
「いえ、ないですけど~」
 何やら、難しい会話が行き来しているな……頭がついていかないわ……
「見えたぜ!」
 いつの間にか少し先を行っていたダガーさんが、振り向きつつ叫んでいた。
 丘の向こうの左手。沈む夕日を背に、数台の馬車が行く影が見えた。
「おおおお、アルくん! 早く! 早くレイドを組むんだ! 近づきすぎたら、インスタンス化しちゃう!」
「え? エル、ヴィエットさん、師匠で八人だから、フルパーティにしかならなくね?」
「いち、にー……やべぇ! ホントだ!」
「ヴィエット! 召喚石を渡すんだ!」
 言いつつ、レイさんは腰のマジックバッグから何やら大きな巻物を取り出し、ばっと広げていた。広げられたそれは、とても大きな絨毯で、それは馬を走らせるレイさんの横に、文字通り、飛ぶようにして併走を始めていた。
「返せよ!」
「だが断る!」
 投げられたそれを受け取り、レイさんは絨毯に飛び移る。そして何やらすごい速さで右手を空中で動かした後、「召喚!」と、それを輝かせた。きゅんと集まった光が人型を形作って──
「呼ばれて飛び出てー!」
 つばの広い三角帽子をきゅっと直し、顕現したのは大魔導士──補佐見習い候補──のネリさんであった。
 即座に、
「呼んでねぇ」
「呼んでねぇな」
 アルダガー。
「呼ばれてなくても、大魔導士補佐見習い候補は神出鬼没。っと、それはともかく……」
 空中で右手をばばっと動かしたかと思うと、ネリさんはぐるんと杖を回し、素早く上位古代語で何かを詠唱した。
「トンネル・ゲート!」
 呪文の最後と共に振るわれた杖に、ぎゅるんと空間がゆがみ、そこに黒い空間が生み出され、そこからなんと……
「うわ、すごいな。この魔法」
 言いながら姿を現したのは、チロルさんであった。
「ヴィエットさん、チロルさんと私、そっちに乗ります」
「うぇるかむ」
「ほら、みんな。レイさんの絨毯なら六人乗れるから、出ておいでよ」
 言いつつ、チロルさんとネリさんはヴィエットさんの鯨に飛び移っていた。それを横目にアルさん、「ネリ、なんだ、あの魔法」「自分が直前までいた場所とゲートを繋ぐ魔法です。レベル制限あるんで、パーティから外れました。ください」「ってか、ネリくん、トンネル・ゲート使えたんだな。是非うちのレイドパーティに!」「あれあると、レイドの移動が楽なんだよなー」「師匠さんのレイドパーティ、攻撃一辺倒ですからね~」と、わいのわいの。
 その間に、ゆがんだ空間の向こうから、五人の女性冒険者たちが恐る恐るといった感じで出てきていた。
「おー! みんなー!」
 と、声を上げたのはニケちゃんだ。
 レイさんの絨毯の上に現れたのは、聖騎士チロルさんの勇者、むぎちゃんとそしてその冒険者仲間、ウォーリアーのアカーシャさん、ウィザードのエミリーさん、フェンサーのハイネさんと、エレメンタリストのティラミスさんであった。
「こんにちは、ニケちゃんさん。あれ? こんばんは?」
 マイペース、むぎちゃん。
「みんなも、試練の塔に挑んでたの?」
 聞くニケちゃんに、アカーシャさん達が口々に返していた。
「いやー、四階で進退窮まっていたところを、ネリさんに助けてもらったんだよね」
「流石に、レベル60台じゃ、きっつかったねー」
「いえ、60台で四階まで行けるのは、猛者では?」
「チロル、95だしね」
「あれー!? 追いつかれそう!?」
「でもまだ、未クリアなんだ」
「チロルさん……だっけ? パーティ組んでるなら、俺と師匠にもちょうだい」
「ああ……いや、状況、よくわかってないんですけど……」
「アルくん、レイドリーダーね。チロルさんに承認だして」
「おう」
「おやー? そっち、勇者込みの八人フルで、こっち、七ですかー? しかも、タンク、私だけでは?」
「君たちは、それで何とかするだろう?」
「まあ、エルさんいればいいです」
「はいはい、私はそっちに行くので、パーティ下さいね~」
「えーと、なんか、レイドバトルするの? 自信ないんだけど……」
「私もないなぁ」
「アルくんのクエだから、レベルシンクかかって50だから。へーきへーき」
「おい、シンク前レベルが1150とか、見たこともない数字になったぞ」
「それは、2376が普通だから、気にしないでいい」
「廃人がいるぞ!」
「おい! インスタンス化したぞ!」
 先頭を行っていたダガーさんが叫んでいた。
 その声に、皆、夕陽の沈む丘の向こうを見た。
 連なる数台の馬車。その姿がはっきりと見える。そしてその中にひとつに、巨大な石の固まりのような、卵のような形をした何かが、十頭近くの馬に牽かれているのが見えた。
「あれか……」
 師匠さんが呟き、盾を構えて剣を抜く。
「なにあれ……見たこともないんだけど?」
 苦笑しながら、アカーシャさんが腰のマジックバッグからバトルアックスをするすると引き抜く。
「これ、トゥーディオのメインクエって聞いたけど、あんなのいたっけ?」
 続くハイネさんは右手に細剣、左手に短剣の二刀を構え、
「ウィザードクラスって、あたしとネリさんとむぎでいいんだっけ? 風水火? 豪華じゃん!」
「えーと、誰がなんのクラスでしたっけ? 支援どうします?」
 ウィザードのエミリーさんに、ティラミスさんが続き、
「大丈夫だ」
 ヴィエットさんが、最後を結んだのだった。
「何が出るかは、俺も知らん!」
 いつものパターンですね。わかります。
「さあ、アルベルト・ミラルス! 号令を!」
「よし!」
 鞍上で剣を引き抜き、アルさんは言った。
「隠れてこそこそするのは邪悪! 行くぞ!」
「つまり、ばーん! ですね~」
「あ、ティラミスさん、エレメンタリストでしたっけ?」
「そうですが?」
「ならば、キャスリング系の、シルフィード・ランスを……」
「使えますけど? え? なんですか、その……」
「おもしろそうなやつ~」
「アルさん、勇者ちゃん、抵抗しないでくださいね」
「は? なにが?」
「は? なんで突然私?」
「え? ペア飛ばしなんて……そんな……」
「滅多に使わない、面白そうなやつじゃないですか~」
「エルさんの発言が、ティラミスの心の声にしか聞こえない……」
「まったく」
「よし行け! ティラミスさん! 甘くない所を見せてやるんだ!」
「元々、甘くないけどな、ティラミス……」
「だよねー」
「そんなー。といいつつ! めったに使うこともないのでー! 風の精霊! 彼方へ槍のごとき一歩を!」
「行ったー!?」
 風が、吹いた。
 背中から吹いた風が、私とアルさんの身体を強く押して──「マジか!?」「いや、何で私まで!?」意図は理解した。ので、風の中、慌てて私は剣を引き抜いた。
 ざざざざっと草原に足を滑らせ、突風に運ばれた私たちは、その隊列の前面に躍り出ていた。
「さて……」
「やってくれたね……」
 剣を構える私たち。
 眼前、馬車の一団と共に歩いていた兵士達がすぐさま身構え、声を上げていた。
「なんだ、貴様ら!」
「通りすがりの反乱軍だ!」
「──です!」
 当たり前のように、声が重なっていた。

「貴様ら、反乱軍か! やれ!」
 と、馬車の最前にいた兵士が剣を抜いて叫ぶ。
 と同時に、前に出てきた弓兵が矢を、魔法使いが炎の魔法を、撃ち放ってきた。
「うわーお!」
 叫び、弧を描くように走るアルさん。
 その逆に走る私。
「ちょっと、みんなちゃんと来るの!?」
「知らんがな!」
 降り注ぐ矢をはじき、炎を躱し、私とアルさんは馬車へと詰め寄った。剣を手に前へと走り出してきた兵士の振り下ろしをミスリルの剣で叩き折り、狼狽えたところを蹴り飛ばして道をこじ開け、駆けた弧の先、戦場の中心で背中を合わす。
「大して強くないね」
「むしろ、こいつらは前座ですらなさそうだな」
 短く言葉を交わしあい、私たちは再び戦線へと飛び込んだ。奇襲に整っていない兵士達の隊列は、私たち二人に翻弄されて完全に二分していた。弓兵や魔法使いは、接近して兵士と切り結ぶ私たちにうまく狙いを定められず、おろおろと動き回っている。なんともはや、大したことはない。これなら──
「さがれ!」
 先の隊長らしき者が叫ぶが、浮き足だって兵士達の動きはままならない。このまま制圧してしまって、あの不思議な積み荷を確認して──
「くそっ!」
 強く叫んで、その男は言った。
「錬金術師! 鉱石魔神を起動しろ!」
 と、兵士達が走り、一斉に後方の馬車へと群がっていく。そして後ろに続いていた馬車の扉を開け、中からローブ姿の、明らかに戦いに向いていない風な男たちを引っ張り出して、乱暴にさらに後続の馬車──十頭近い馬が引く、巨大な卵形の石を乗せた馬車の方へと──彼らを引っ張って走っていっていた。
 私、アルさんは下がって距離を取り──そこへ、
「キッタワー!」
 と、戦場に飛び込んできたヴィエットさんが並ぶ。
「何が出るかな? 何が出るかな?」
「楽しそうだな、ヴィエット」
「レイシュ、そっちは任せるぞ。チロルさん、私とレイシュと共に前へ」
 盾を構え、師匠さんとチロルさんが前線へと躍り出た。少し離れた所にバトルアックスを構えたアカーシャさんが控え、頼もしい前線組が隊列を組む。
「あー、セーブし忘れましたね」
「ええっと……馬車ごとぶっ飛ばすの?」
「それほどマナが強いわけではないようですから、全部ぶっ飛ばすには、大分詠唱しないとできなさそうですよ?」
「むしろ、むぎちゃん、全部ぶっとばせるの……?」
 ネリエミリーむぎニケ。後衛組が後ろで何か言っていて、
「さて~、ティラミスさん、どう支援しますかね~。レイドは初ですか~?」
「あ、はい。まあでも、適当でいいのかな……と」
「お~。よくわかってますね~」
 支援班、不安。
「あれ? ヴィエットさん、リビール、レベルいくつ? 見えてない?」
「おっと、そんなスキルもあったな! どぅれ……」
「あ、見てないのか。いや、見ない方が……」
「おーう!? マジか!!」
 何か、ローグ組が、不安げなことを口走っていた。
 ビシリと、例の石の卵にヒビが走った。そしてそこからぐにょんぐにょんと不気味にうごめく、黒い光が漏れ始め──
 天を衝く咆哮と共に、それは弾け飛んだ。
「プロテクション!」
 師匠さん、チロルさんが同時に光の盾を生む。咆哮と共に吹き飛ばされたつぶてが光に弾け、閃光の向こうに現れた何かをかすめさせた。何か──巨大な、四つ足の獣ののような何かが、その向こうに姿を現している。何か──あれはなんだ?
 光が収まり、それ視認するのに、ほんの少しの時間を要した。
 視界に収まりきらないくらいの巨体だったからとか、薄闇に包まれつつある草原に、その黒い体が同化しつつあったからとか、そう、それで、ちょっと視認するのに時間がかかったのだ。
 そう思いたい。
 そう、決して皆それに──
「マジか……」
 ヴィエットさんが呟く。
 そしてその、巨大な鉱石魔神の名を叫んだ。
「ベヒーモスとか!」
 黒い四つ足。巨躯の魔獣。
 再び響いたその猛烈な咆哮に、ちょっと本気で、
「……やばくね?」
 と思ったからとか、そういう事ではないと──ないと──いや、
「いや、なにあれ! あれは無理でしょ!?」
 いやいやいやいや! さすがの私でも、ちょっとそんな風には、思えない!?

「散開ーッ!」
 レイさんが叫んだ。
 ベヒーモスと呼ばれたその魔獣は口を大きく開き、牙の間に雷撃をばちばちと迸らせたかと思うと、ぐっと頭を持ち上げ、振り下ろす勢いと共にそれを撃ち出してきた。
 神の雷もかくやといったような雷撃が空間を突き抜け、辺りを真っ白に飲み込んで轟音を巻き起こす。咄嗟、なんとか横に飛びはしたものの、巻き起こった暴風にごろごろと転がってしまい──っていうか、よく今ので死ななかったな!? かっと光が迸った瞬間、もうダメだと思ったのに、
「ぐっふー……MPが、一気になくなりそうですよ……」
「このレベルでベヒーモスとか……どういうルートをたどるとなるんですか? 聖闘士宣言も使えないのに……」
「さすがアルくん。期待に違わぬ展開を……」
 三騎士、すげぇ!
「はいはい~、みんな、一撃で真っ赤っかですね~。キュア・オール使えないんですけど~。あ、ティラミスさん、属性軽減お願いしますね。雷撃、火炎、風です」
「ええっと……私の軽減で、軽減できる気がしませんが……」
「エレメンタリストがいるのといないのとでは、大違いですよ~。一ミリでも残ればいいのです~」
「す、すでに廃人の思考……」
「あ、あと、HP減少はヒット後、わずかに間を置いてから適用されますんで、そこに回復を差し込んでくださいね~」
「難易度高ッ!?」
 ともかく、支援の二人が前衛を立て直している間になんとか立ち上がり、剣を構え直して、私はアルさんの隣に並んだ。
 で、
「なにあれ」
 聞く。
「ベヒーモス」
「いや、それは聞いた。だからなんなの? あの化け物」
 黒々とした巨躯は、筋骨隆々な牛といった風体で、同じように頭には二本の曲がった角が伸びていた。睨みつけるようなその赤い目は、闇の中で獲物を探す獣のそれよりも禍々しく光り、薄く笑うように開かれた口から覗く巨大な牙の間では、先ほどの電撃の残りか、小さな雷がばちばちと音を立てて弾けていた。
 頭頂から胴に向けて伸びる太く長い鬣は、己の意思で操れるのか、ぐねぐねと不気味に動き、私たちの動きを追っているように見える。
 一瞬の隙も見せぬよう、視線を向けたままの私に、アルさんも視線を外さず、短く返した。
「ベヒーモスを知らんのか?」
「いや、知らないよ」
 巨獣を見据えたまま、アルさんは続ける。
「ベヒーモス、ベヒモス、言い方はいろいろだが……バハムートと同一視されることもある」
「知ってんの?」
「おう。知識としては知っているが……この世界でその知識が通用するかどうかは、知らん」
「よし、ならば説明しよう!」
「しましょう」
 と、ヴィエットさんとネリさんが私たちの後ろについて言っていた。
「あれはベヒーモス。ぶっちゃけ、アップデート2で実装された、とあるサブクエのボスモンスターだ。レベル70の3パーティのフルレイドでも、死ぬ時は死ぬ」
「……よくわかんないけど、恐ろしく強いということは、わかった気がする」
「理解が早いぜ、勇者ちゃん!」
 あまりしたくはないんだが……
「まぁ、アルなら知っているでしょうが」
 と、ネリさんも続いていた。
「この世界でも、ベヒーモスはリヴァイアサンと対になる地の魔獣です。なんと素晴らしいじゃないですか! エル・トゥラのリヴァエルと一戦交えるのに、まさに適任といった感じのチョイスですよ!」
 何故に興奮気味なのだろう……
「え? あれ、もしかしてリヴァエルが生きてるからベヒーモスとか、そういう感じ?」
「かも知れませんね」
 ネリさん、にこやか。
「私も、こんなところでお目にかかれるとは、思ってもみませんでした」
「そもそも、50キャップ時代には存在してなかったからな!」
「ニケも初めて見た!」
「っていうか、私たちも初めてなんだけど……?」
 肩越しに振り向き、アカーシャさんも苦笑気味だ。
「あたし達も、まだ70になってないしね……」
「ま、仕方ねぇさ」
 と、両手に短剣を逆手に構えたダガーさん。隣に並び、笑う。
「あんな、ルーフローラに存在しないような鉱石魔神を召喚している時点で、やつら、まともじゃねぇって事で、確定だろ?」
「なるほど」
 唸り、アルさんも笑った。
「やはり、ケルカ・カストーリは、アーオイルなんだな」

「はい、フェーズ1の三発目、来ますよ!」
 レイさんが叫ぶ。
 次の瞬間、ベヒーモスは前足を高々と上げ、トロールの胴よりも太い尻尾を地面に押しつけて二本足で立ち上がると、天に向かってそれを突き落とすかのような咆哮を上げた。
 咆哮と共に、薄闇を裂いて鬣の先から放たれた無数の火球が、空中でぐわっと大きくなり、弾け飛ぶ。
「ヒート・サークル!」
 ティラミスさんが杖を振るうと、私たちの周りを小さな火蜥蜴がぐるぐると飛び回った。弾け、降り注ぐ無数の炎のつぶてを、火蜥蜴が飛び回りながら飲み込み、私たちを護る。とはいえ、いくつかの塊はそれを突き抜け、私たちを撃ち、草原の至る所で弾けて辺りを火の海に包んだが、火蜥蜴のおかげで、致命傷と言うには至らなかった。
「属性軽減様々!」
 言い、レイさんは大剣を振るって叩きつける。
 二本足で立ったベヒーモスは、その胴に受けた一撃に、呻くように唸って地に足をついた。赤い眼が、一撃をくれた暗黒騎士ただ一人に向けられ、
「がっちりヘイト! 一番槍、レイシュがいただきましたよ!」
 にやりとレイさんは笑い、言った。
「師匠! フェーズ1は私が持ちます!」
「了解! なら、フェーズ2前でスイッチする! フェーズ2頭はレイシュが受けで、チロルさんがその後スイッチ!」
「合点承知!」
「了解した!」
 短いやりとりをして、師匠さんはバックステップで大きく下がる。と、
「四発目、くるぞ!」
 声に、ベヒーモスの身体の中心から、ぐわっと何かの気配が巻き起こった気がした。
「AOEが出たぞ! 下がれ!」
 ヴィエットさんが叫び、飛びすさる。
 不穏な気配に、私も後ろへと大きく飛び退いた。横にいたアルさんもまた、ばっと大きく後ろへと下がっていた。
「バックステップ!」
 大剣を構えたまま、レイさんが飛び退いた次の瞬間、ベヒーモスが大きく吠え上げ、その身体を中心に巨大な竜巻を巻き上がらせた。
 炎が風に巻かれ、熱風と共にかまいたちの刃が辺りを縦横無尽に切り裂いていく。巻き上げられた馬車が、馬が、幾人もの兵士たちが──炎と風に巻かれ、吹き飛んでいく。
「こいつ……無差別かよ!?」
 アルさんが、炎を纏った暴風に腕を翳しながら叫んでいた。
「プランジ!」
 その声が風に消えるよりも早く、レイさんは再び一気に間合いを詰め、ベヒーモスの前へと一人、躍り込む。
「私がヘイトを取ったからには、一歩たりとも動かしませんぞ!」
 と、レイさんは片手で振るった大剣でベヒーモスの鼻っ面を叩き、同時に、もう片方の手で空から降ってきたニケちゃんの襟元を掴んで、「保護者!」と、ネリさんに向かって投げつけていた。
「……保護者ですけどね」
「おい、ニケ! テメー、何をいきなり巻き込まれてんだよ!」
「だってー……聞いてないもんー……」
 ごろごろと転がってきたニケちゃんは、煤だらけでボロボロだ。私達より後ろにいた気がしたが……あれに巻き込まれたのか。「あー、HPもやばいけど、麻痺だよー」「はいはい、後ろでヒーリングもらって、回復するまで見てなさい」「ちなみに落下ダメージで生き残っても、麻痺のままベヒーモスの足下に落ちると、踏まれて死ぬ」「ティラミスさん、ヒーリングお願いします~。レイさんが、目を離すとHPが黄色くなるので~」「ちょっとこれ、通常攻撃だけでHPが三割くらい減るんですが!? これは、明らかにバランスがおかしいのでは!?」
「レイシュが支えている内に、攻略法を簡単に説明しよう」
 剣を構え直し、師匠さんは言った。「一分くらいか?」「もう少しもつだろう」「ひどい!」
「今の攻撃四種が、ベヒーモスの特殊スキル攻撃だ」
 皆を見回し、師匠さんは続けた。
「最初の全体範囲のスプラッシュは、ダメージを食らうとスタンが入る。ただ、障害物の後ろにいればダメージは入らない。基本的にはタンクが受けるから、あれはタンクの後ろにいればいい」
「いなかったら?」
「スタン。次の直線範囲の雷撃が、スタンしている人が最大限収まる方向に発射されるから、そこでてんやわんやになる」
「直線範囲の雷撃は、対象頭割りなんだけど──」
 とは、チロルさんだ。
「タンクでも、軽減を合わせるのをミスったら落ちるから、タンク以外が対象になると、まず落ちる」
「そもそも、最初のスプラッシュをノーダメにするには、スキルのクールダウンに併せてみんなのDPSを調整する必要があるんだが……みんなのDPSがわからないから、一発勝負だしなぁ……」
「はっはー、みんな暗黒騎士になればいいんですよー! 暗黒騎士は、雷撃でスタンしませんよー! まあ、みんな暗黒騎士だと、次の頭割りでHPが足りなくなって落ちそうですが!」
「タンクが、早くも弱気!」
「最悪、アルくんも頭割りに参加して死ぬんだ!」
「タンクが生きてればなんとかなる理論ですね。わかります。DPS、足りなくなりそうですが」
「次! 広範囲の火球攻撃は、必ずその後にAOE範囲の竜巻をしてくる。巻き込まれるとダメージと麻痺。火球のダメージ次第では、巻き込まれた後の落下ダメージで死ぬ事もあるから要注意だ。あと、麻痺を食らった人がいたら、すぐに後方に下げる!」
「はーい、ニケ、役立たずでーす。ポーション、全然回復しませんー」
「……マスゲーム系のボスなんだ」
「アカーシャさん、それをいっちゃあ、いけませんぜ」
「逆に言えば、マスゲームをミスらなければいけるって訳だな!」
「初見で」
「初見で!」
「次のスキル攻撃まで、まずはダメージを蓄積する! 行くぞ!」
 そう鼓舞し、師匠さんはベヒーモスへと駆けだした。
「アカーシャ、私たちは尻尾の方に回ろう! 尻尾のヘイトは私が取るから、アカーシャはアタッカースタンスで! スイッチが必要な時は言う!」
「了解!」
 と、チロルさんにアカーシャさんも続く。
「私とエミリーさん、むぎちゃんは、最大ダメージが出せる魔法の詠唱をしていてかまいません。タンクスキルのクールダウン問題があるので、ちまちま攻撃は逆に不利です。フェーズ1はコンボなしで。打つタイミングは指示します」
「りょ、了解」
「わかりました」
 魔法使いたちは、杖を手に、静かに詠唱を開始。
「さて、じゃあオレらは、ちまちま攻撃だな」
 ダガーさんに、
「ローグの仕事的には、デバフスキルでタンクのサポートだぜぇ?」
 ヴィエットさん。
「私、普通に攻撃でいいのかな?」
「大丈夫だ。勇者ちゃんもそれ以外、能がない」
「なんだと?」
 ハイネさんもアルさんも私も、それ以外には能がないはずなんだが? とは言え、どれほど通じるかはわからないが、ここはやるしか──
「あ、いや、俺は二人のHP見るから。エル! 剣士ズのHPは俺が見るから、エルとティラミスさんはタンクを頼む!」
「そういや、神聖魔法が使えた!?」
 そういやこの人、月と旅人の女神の神官でもあったわ! 完全に忘れてた!
「はい~、よろしく頼みますね~」
「ひー! レイさん、回復しても回復しても、じりじりHPが下がっていくんですがーッ!?」
 支援班も大変そうだな……
「ティラミスさん~、暗黒騎士はMPも見ないとダメですよ~。MP切れたら、アレは即死しますからね~」
「ひー!」
「アレとか言われる、めんどくさいタンクです。すみません」
「さて」
 ちらり、私に視線を走らせ、アルさんは言った。
「いくぜ! 勇者ちゃん!」

 ベヒーモスの前面に立つのはレイさん。
 暗黒の炎を身にまとい、前足の薙ぎ払いや噛み付きをかわしつつ、大剣を叩きつけていく。その斜め後ろでは、師匠さんがレイさんをサポートしながら剣を振るっていた。
 二人の騎士に向き直ったままの魔獣の周りを、左右に分かれて走るダガーさん、ヴィエットさん。二人は足を中心とした打撃を積み重ねていく。時折ぐらりと揺らぐ巨体に、レイさんが「おっと、ドッジドッジー! この隙に回復ぅー」とか言って、「ぐぼぁ!」「しかし、防御無視を食らう」
「アカーシャ、スイッチ!」
 後方ではチロルさんとアカーシャさんが尻尾を相手に入れ替わっていた。巨体から伸びるそれは、振るわれる度に大地を叩き割る程の強烈な一撃で、二人は代わる代わるに入れ替わりながら、その攻撃をいなしていた。「ティラミス、次でヒーリングを頼む!」「リキャスト、五秒」「エンハンス、開け八秒」「再依頼」「了解」
「勇者ちゃん、セプト!」
 ハイネさんの声に、レイさん、師匠さんの間を縫って、私は走った。
「セプト・エトワール!」
 魔獣の首筋辺りを中心に七連撃を叩き込み、すぐさま後ろへと下がる。と、魔獣が目を向けるよりも早く、私の前に師匠さんが割って入って私をかばった。魔獣の眼がこちらを向いたその隙に、私の背後からハイネさんが滑り出し、先の連撃を叩き込んだその箇所に、
「クロスカット!」
 細剣と短剣を突き立ててえぐり、出血性の傷を生み出す。
「アルさん!」
 追撃のため、声を上げて振り向いた──が、いない。先ほどまで各種支援魔法を打ち出していたその場所に、奴がいない。
「あの男……!」
 師匠さんの背後から反転して飛び出し、追撃の三連撃をベヒーモスの首筋に決め、勢いそのまま、その背中へと躍り出た。ばっと周囲を見回し、全員の位置を確認して、
「なん!?」
 そして──視認したアルさんの方へと、私は急いで飛び降りた。
 ベヒーモスと戦う私たちよりもずっとずっと後方。そこに兵士たちが集まっていて、アルさんを取り囲んでいる。ってか、いつの間にあんな所に移動して──ってか、囲まれて──
「チロルさん、ちょっと抜けます!」
 スイッチ直前のチロルさんに声をかけ、
「レイ・スティンガー!」
 その中へ、私は剣を突き出し、一気に踊り込んだ。
「DPS!?」
「おい、最強のダメージディーラーが抜けてったぞ!?」
「師匠、一回、スイッチしてもらっていいですかね?」
「だが断る」


「どういう状況?」
 アルさんの左に立ち、私は肩越しに聞いた。
 取り囲む兵士たちは皆、既に生者ではないように見えた。先の炎と竜巻に巻き込まれて決壊していたのはわかっていたが、まさか兵士も、その他の錬金術師達も、このわずかな時間の間で不死者となって動き始めていようとは──
「あの、ベヒーモスとかいう魔獣の仕業じゃないね?」
 不死者は、ブアウゾンビという種類の奴だと直感的にわかった。過去に、その種の不死者と戦った事がある。
 ブアウゾンビ──それは新鮮な死体と錬金術によって生み出される、最も下種な鉱石魔神だ。知能もなく、術者の命令に従って動くだけの、哀れな動く屍──しかしそれは厄介な事に、その肉体が生前に持っていた力や技能を、そのまま引き継いて動き出す。つまり、強い兵士をブアウ化すれば、それは恐怖を知らない、命令に忠実な、強力な不死者の軍勢となるわけだ。
 が──そんなことをする、できる者は、そうそういるものではない。
 奥に一人、生者に間違いない者の姿があった。
 沈んだ陽に訪れた闇。その色によく似たフード付きのローブ。そのフードの下の顔は伺い知れないが、その背丈と手足の特徴は、私たちのよく知る、それをなせる者たちに間違いなく思えた。
「……アーオイル」
 私の呟きに、そいつは答えた。
「お前ら、知っているぞ?」
「人違いじゃねーかな?」
 アルさんが剣を向けて返す。
「俺はお前を知らん」
「言うな、フローラのエクスプローラー。いや、勇者」
「それはこっち」
「違うんで。人違いなんで」
 少なくとも、このアーオイルと思われる男の声に、聞き覚えはなかった。アーオイル特有の、マスクの中からのくぐもったようなその声は、確かに判別しにくいものではあるが、さりとて、下卑た笑いを多分に含んだようなその声は、今までに聞いたことのある誰のものでもないように思えた。
「お前こそ、何オイルだ!」
「……乗らないからね?」
「……緊張感をほぐそうとだな」
 ないな。
 ともかく、
「ふん……」
 と鼻を鳴らし、アーオイルは言った。
「ただのリタレードごとき、兵士たちで十分だろうと思ったが……なるほど、お前たちが相手ならば、致し方ないと言ったところか」
 言い、アーオイルは腕を振るう。と、一斉にブアウゾンビ達が束になって私たちに襲いかかってきた。
 とは言え、先の兵士達がそのままブアウゾンビにされているに過ぎない。それはさしたる驚異と言うこともなく、私とアルさんの剣で、易々と斬り伏せられた。
 アルさんが、アーオイルを目で追う。
 ブアウゾンビをけしかけ、その隙に魔獣の方へと走るアーオイルに、
「待て!」
「と言いわれて、待つ馬鹿がいるかね!」
「希にいる!」
 アルさんは大きく踏み出すと共に、剣を突き出し、アーオイルへと一歩、飛ぶように迫った。
 突進の一撃を繰り出すアルさんに、アーオイルは身体ごと振り向き、ローブの下から短剣を取り出して、それを受けた。
「おおこわい」
 余裕の言い方。
「あれを止めろ」
 つばぜり合いの向こうに向かって、アルさんが言う。
「お前が作ったんだろ?」
「断るね」
 短く返し、アーオイルはその左手に握られていた錬成石を突きつけ、雷撃を撃ち放った。間一髪、上体を逸らしてアルさんはそれをかわしたが、続いたアーオイルの蹴りに、どうと草原に蹴り倒されていた。
「くそっ!」
 転がり、剣を取り直すアルさん。
 アーオイルがローブを翻し、走っていく。
 そしてアーオイルは魔獣の背中へと飛び移り、
「貴様らは、ここで殺す! 我らアーオイルの悲願の障害となるべき者は、全て殺してやるのだ!」
 叫び、アーオイルは短剣を魔獣の背中に突き立て、上位古代語で何かを短く叫んでいた。
 それは、何かのコマンドワードだったのだろう。突き立てられた短剣はその起句に反応し、雷のような光を辺り一面に迸らせてベヒーモスの体を包み──前足を高々と上げた魔獣の咆哮が、天を衝いた。

「何事!?」
 と、声を上げたのは、ベヒーモスの前でその攻撃を一手に引き受けていたレイさんだった。
「そんな展開、知らんがな!」
「さて困りましたよ」
 続くのはネリさんだ。
「フェーズ2への移行にしては、HP余ってますし、下手にイレギュラーな事をされても、壊滅するかもしれませんしね。どうしましょう?」
 ばちばちと雷が弾ける空間の中、ベヒーモスはぐぐぐと身じろぎしている。
「タンク、リキャストはどうです?」
「開け」
「こっちも開けてる」
「オールOKです」
「ならば……」
 言い、ネリさんは頭の帽子のつばをぎゅっと横へ引っ張った。
「一気に詰めますよ! 魔法使い隊、準備は!?」
「オーケー!」
「あ、私、一番強いのって言われたので、まだ……」
「では、私とエミリーさんで行きましょう! しかしそれでも十分! 見せてやりましょう、エミリーさん!」
「はい!」
「チロルさん! タンク集合!」
「アカーシャ、移動してタンクの背後へ!」
「りょ!」
「アルさん~、勇者ちゃん~、タンクの後ろへ早く~」
「おおおー!? お兄ちゃん氷! エミリーさん風!? これはもしやー!?」
「え? マジか。それはヤバい……戻るぞ、勇者ちゃん!」
「え? なに? 何が? マジで?」
 突然の事にあたふたするが、なにやら電撃に包まれて身もだえするベヒーモスの前面に、わらわらと皆が集まっている。師匠さんの言っていた、例の連続攻撃が来るのか、それとも何か別の──走るアルさんの横顔から、何やら不穏な気配が感じられた。
「行きますよ、エミリーさん! わかってますね!?」
「もちろんですとも!」
 エミリーさんの声が……弾んでいる……?
「ファンですので!」」
「キッタワー!」
「まさか……アレをやるのか!?」
 魔獣の前面に集まる私たちの視線の先、ネリさんとエミリーさんが並んで立ち、その杖を手に、呪文の最後を結ぼうとしていた。
「……ふははは」
 魔獣の背中、アーオイルが静かに嗤う。
 見ると、その身体の腰から下が、巨大な魔獣の背中と同化していた。
「私が発掘し、再錬成に成功した最高傑作! 最強の鉱石魔神の力、今こそ見せてやろう!」
「あ、すみません、多分、誰も聞いてないです」
 とは、ベヒーモスの前面で受けるレイさんだ。それ以外の者は皆、ともかくタンクの後ろへと必死に走っていて──詠唱の結びが聞こえてくる。
「永久の時にも姿を変える事なき氷の力よ! 我が前の敵を今、その力をもって撃ち滅ぼしたまえ!」
 ネリさん、そしてエミリーさんの、
「天と地に満ちる数多の風の精霊達よ! その偉大なる力をもって、我が前に立ちふさがりしものたちを、今、撃ち砕かん!」
「いやそれ、絶対このゲームの詠唱じゃないよね!?」
 叫ぶアルさんの言葉はともかく、二人の身体から立ち上るマナの力は、目に見える程にヤバかった。青く渦巻くネリさんの魔力に、緑に渦巻くエミリーさんの魔力が、空間に顕現して立ち昇り──これは明らかに、大魔法という奴だ!?
 並ぶ二人が、にやりと笑ったように見えたのは、おそらく錯覚ではなかっただろう。
 ネリさんは杖を突き出し、そして──その魔法を撃ち放った。
「ストーム・ガスト!!」
 ぎゅるんとベヒーモスの頭上に魔方陣が生まれ、弾けると同時に氷の嵐が巻き起こった。空気が一瞬にして凍結し、烈風に砕かれて氷の刃と化す。
 嵐の中心、魔獣ベヒーモスの巨体を氷の刃が縦横無尽に切り裂いて、そのすぐ次の瞬間には再びそれを氷結させて砕き──を繰り返し──エミリーさんの声が続く。
「ロード・オブ──」
 氷の嵐の中心、ベヒーモスの足下に巨大な魔方陣が生み出される。そしてエミリーさんは溜め──にやり。
 皆もまた、期待か苦笑か、正直、私にはわからなかったが、とりあえずは笑うように口許を曲げていた。「ロード・オブ──」
「ヴァーミリオン!!」
 エミリーさんの声に、氷の嵐と逆向きに吹き荒れた烈風が、音を立てて唸りを上げた。吹き荒れる風の中、無数の雷が生み出されて魔獣の身体を激しく撃つ。落ちる雷に、魔獣の各部位を氷結させた氷が砕け、激しい電撃を撒き散らす。そしてまた次の瞬間には、再び氷の刃がそこを氷結させ──雷撃がそれを砕き──繰り返される連鎖に、雷を纏った氷の破片がすべての色を飲み込んで、辺り一面を真っ白に包み込んで──弾けた。

「やり過ぎでは!?」
 吹っ飛ばされてぶっ倒れていたアルさんが、立ち上がりつつ叫ぶ。
「Lv50とは言え、やはり風水コンボはすげぇな!」
 同じく立ちあがりつつのヴィエットさんに、大魔法を撃ち放った二人の魔導師は、「うはー! まさかあたしがネリさんと合体魔法を撃つ日がこようとはー! マジ感動! あ、これ、配信してます?」「もちろんですとも」「アーカイブしなくっちゃ……!」何か……声が弾んでいる。
「あれ、コンボ扱いなのか?」
 聞くダガーさんに、
「ですね~、詠唱時間でヒット数も変わりますが、32コンボは確定ですよ~」
 と、エルさん。
「だがしかし、油断は大敵!」
 即座、剣を構えたままのレイさんが叫んでいた。
 声に、夜の黒が戻ってきた世界の中、魔獣ベヒーモスを見る。
 闇の中、漆黒の巨体は電撃の熱と氷から生み出された蒸気に包まれて、まだ、そこにいた。
 身じろぐように巨体が動く。
 怨嗟のこもった声が、空気を揺らす。
「おのれ……」
 アーオイルの男は、私たちを見て言った。
「小癪なフローラの勇者どもめ! この程度で、私の最高傑作が倒れるとでも思っていたか!?」
「……まぁ、フェーズ3まであるだろうなぁとは思っていますから、思ってませんよ?」
「吹き飛べ!」
 ベヒーモスが身体をぐっと縮めた。
「くるぞ! コンボ!」
 師匠さんが叫ぶ。
「タンクの背後へ!」
「死ね!」
 声に、ベヒーモスが天を衝く咆哮を上げた。
 同時に、強烈な光がその身体から発せられ、光の刃が辺り一面をなぎ払う。
「プロテクション!」
 しかしその刃は、師匠さん、チロルさんが生み出した光の盾に阻まれ、後ろにいた私たちには届かなかった。
「散開!」
 レイさんが続けて叫ぶ。
 私たちは事前の打ち合わせ通り、左右に散るようにして走った。
 ベヒーモスが口を大きく開け、牙の間に雷撃をばちばちと迸らせ、巨大な雷をごうと吐き出す。
 空間を突き抜けた雷が轟音を巻き起こし、タンクの三人を飲み込むが、信じて暴風に耐え、
「ティラミスさんの範囲へ集合!」
 聞こえてきた師匠さんの声に、再び走った。
 ベヒーモスが尻尾を地面に押し付け、前足を高々と上げて吼えあげる。と同時に、その太い鬣の先から生み出された無数の火球が空中で弾け飛び、
「ヒートサークル!」
 降り注ぐ無数の炎のつぶてを、ティラミスさんが呼び出した火蜥蜴が次々と飲み込んでいって、
「四発目!」
 ベヒーモスから立ちのぼる不穏な気配に、皆が大きく後ろへ飛び退いた次の瞬間、再び大きく吠え上げたベヒーモスがその身体を中心に、巨大な竜巻を立ち上らせた。
 風に炎が巻き上げられ、熱風と共にかまいたちの刃が辺りを縦横無尽に切り裂いていく──が、私たちは皆それを躱しきって、魔獣を見据えていた。
「師匠! このままスイッチ!」
「引き受けた!」
 下がったレイさんと入れ替わり、師匠さんが盾を構え、
「インヴィンシブル!」
 強い声と共に、無敵の突進を食らわせてベヒーモスの身体を大きく仰け反らせる。その背中、アーオイルは攻撃を受けてなお、嘲笑うように声を上げていた。
「よく耐えたな! だが、これで終わりだ!」
「フェーズ1ラスト! 来るぞ!」
「集めます! エルさん!」
 レイさんの声。
「ベネティクション!」
 応えたエルさんの短い詠唱に、レイさんの身体を包んでいた暗黒の炎が、一気に強く燃え上がった。
「リキャスト、十分ですからね~」
「ティラミスさん、雷撃軽減を!」
「レジスト! スピリット・オブ・ヴォルト!」
 声に、雷がレイさんの纏う暗黒の炎と共に、ばちばちと空間に弾け飛んだ。その、激しい黒と白の狂乱に、
「かっけぇ!」
 誰かの声。
 そして、
「魅せましょう! 暗黒騎士の、超カッケェーところ!」
 大剣を振るい、レイさんは前線に躍り出て身構えた。
「師匠!」
「任せた! レイシュ!」
「死ね! フローラの勇者ども!」
 ベヒーモスが飛び上がり、身体中から電撃を迸らせながら、空中で静止する。
「真なる雷の力、見せてやろう!」
 魔獣の眼が赤く光り、
「ライトニング・エクスプロージョン!」
 その身体から発せられた電撃が、あたり一面を縦横無尽に走り抜け、数千、数万の光の柱が大地を打って、私たちに迫ってきた。
 しかし、
「やらせはせんよ!」
 大剣と共に暗黒の炎を舞い上がらせたレイさんが、左手を突き出し、叫んでいた。
「孤独の魂!」
 突き出された左手に、数千、数万の光の柱が引き寄せられ、巨大な一本の柱となってレイさんの身体を包む。
 全ての光が合わさった閃光と、全ての音が合わさった爆音に、大地と空気の全てが巻き込まれて飲み込まれ──
 ベヒーモスがその大地に、ずしんと音を立てて着地していた。
「馬鹿な……」
 その背中、アーオイルは小さく呟く。
「受けただと……?」
「ふっふっふ……」
 暗黒騎士は、ニヤリと笑う。
「耐えましたぜぇ?」
「きゃー! レイシュー!」
「かっけー!」
「ふっふっふ……まあ、今ので全MPを使い果たしてしまいましたので、ただの黒いでくの坊なんですけどね」
「回収ーッ!!」
「まぁでも、孤独の魂は、暗黒騎士の真骨頂ですよね~」
「おのれ……」
「ブランディッシュ!」
 アーオイルが動くよりも先に、チロルさんがベヒーモスの巨体を突き、ぐっと後ろへ僅かに押し込んでいた。「レイシュ、回収!」「すみません」「ってか、師匠もHP、真っ赤じゃねーか!」「うん。インビン切れてるから、撫でられただけでも死ぬね」「はいはい、ティラミスさんはチロルさんに全力支援で~。その他は私が見ますよ~」「女神様! お願いします!」「女神じゃないですが~」

「まて! 何か違う!」
 立て直す皆に向かって、背中越しにチロルさんが叫んでいた。
 はっと魔獣に視線を走らせると、魔獣の右前足が、乾いた土のそれのように、ボロッと崩れて折れていた。
「ダメージ演出?」
「いや、あんなのは聞いたことがないな」
「さすがにこんな所で出てくる分、弱体化してんのか?」
「おのれ……」
 傾いだ背中の上で、アーオイルが目の色を変えて漏らす。
「貴様ら皆、塵も残さず消し去ってくれる!」
 前足を高々と上げ、魔獣が天をつく咆哮を上げた。
 その咆哮の先、夜の帳の降りた空に、不気味な深い紫が、渦を巻いていた。
 強い魔力が集まるその空間を見て、レイさん、師匠さんが、同時に叫んでいた。
「エクリプスメテオか!?」

 最初に動いたのはヴィエットさんだった。
「ダガーさん! 弱体コンボを打ちまくるぞ!」
「お、おう!」
 ローグの二人が走る。
「な、なんだ?」
「DPSチェックです!」
 ネリさんが短く言って、魔法の詠唱に入る。
 DPSチェック? なんだそれは。
「マジか!?」
 私にはそれがなんだかわからなかったが、皆はどうやらそれだけで理解したようだ。
「コンボでいいんだな!?」
「かまいません!」
「ニケ、活躍してないから、一番のり!」
 言い、立ち上がったニケちゃんが弓に三本の矢をつがえて放つ。
「トリプル・ストレイフィング!」
 放たれた三本の矢が、ベヒーモスの巨体に突き刺さり、すぐさまそこへ、
「ライトニング・バインド!」
 エミリーさんが雷撃を打ち込むと、ノックからシャフトを伝った雷撃が、魔獣の身体全体を駆け抜けていった。
「DPS以外は、Defダウンか斬突補助!」
 チロルさんはハルバードを頭上でくるりと回すと、その流れで石突きをベヒーモスの喉元を突きつける。ずんっと大地が震え、ベヒーモスの身体が硬直する。そこへ、
「ヘヴィサイクロン!」
 アカーシャさんが、体ごと回転しながら斧を振り回して突進を仕掛けた。どぉん! と斧と魔獣が衝突した音に、大地と空気が揺らぎ、ベヒーモスの身体の一部が土塊になって吹き飛んでいた。
「ヴェノム・バイト!」
「フェイド!」
 ローグの二人が宙を舞いながら、短剣でベヒーモスの胴を次々と切り裂いていく。ばっと舞う血のようなものが、また、土塊になって散っていき、
「これ、どうなるかわからん! もしかすると、このフェーズが3かもしれんぞ!」
 宙を回転しながら、ヴィエットさんが叫んでいた。
「総員! 全力攻撃!」
「とは言え、全力攻撃はできんというのにッ!」
 盾を投げ、敵視を奪った師匠さんがロングソードを片手にベヒーモスの前へと飛び込んで、
「サークル・オブ・ドゥーム!」
 振り下ろす剣と、足下に浮かんだ陣からの逆向きの光の刃で、魔獣を挟み撃った。ぐらり、かしいだベヒーモスの身体がまた土塊になって飛び散るその中、師匠さんはぐるりと横向きに回転すると、
「スピリッツ・ウィズ・イン!」
 流れるような太刀捌きで、突きの一撃を撃ち放った。
 ばっと散った土塊に、
「これ、土塊にして、全部飛ばすのか!?」
「斬撃系、あんまりないんですよね!」
 杖を突き出し、ネリさんが魔法を放つ。
「ブリザード!!」
 吹雪の刃がベヒーモスの体を包み、土塊をまき散らした。激しい氷の刃にベヒーモスの身体の一部が削れ、その巨体を包んでいた禍々しい気配がわずかに揺らいだような気がしたが、頭上の魔力の力が衰えた様子はなく、むしろ、確実に強まってきているように感じられた。
「続いて!」
 ハイネさんが剣を構え、走る。
「はい!」
 私もそれに続く。
「セプト・エトワール!」
 私たちは同時に叫び、魔獣を撃った。
 二人の七連撃。十四の刃。
 しかし、それを受けてなお、魔獣が倒れる事はなかった。

「私の力の前に絶望し、砕けて散れ! 勇者ども!!」
 魔獣の背中、アーオイルが叫ぶ。
 空の空間はいびつにゆがみ、膨れあがり、今まさにその大魔法は、完成しようとしていた。
「ダメか!!」
 誰かが叫んだ。
「隠れる岩とか、落ちてこねーのかよ!?」
「馬車の後ろに隠れるとか!?」
「間に合わんわ!」
「レイシュ!」
「さすがに無理です! 師匠!!」
「これまでか!?」
 見上げる空の空間から、巨大な何かが──灼熱の巨大な岩のようなものが──ずずずっと姿を現していた。
 あれが落ちてきたら、間違いなく辺り一面は消し飛ぶに違いない。逃げるにしたって、この広い何もない草原の、一体どこへ?
 見上げる先の絶望に、言葉を無くして私たちが立ちすくんでいると、チロルさんが強く、彼女を呼ぶ声が耳に届いた。
「むぎー!!」
「はーい」
 いつもの調子のその声に、
「じゃあ──あれを撃てばいいねー?」
 振り向く私たちの視線の先で、むぎちゃんは両手にしていた杖を、高々と天に掲げていた。つられてその杖が指し示す空を見ると──そこには巨大な魔方陣が生まれていて──それはまさに、ベヒーモスが生み出した不気味な魔力の空間と同じくらいの大きさの円で──そしてそれは──それと同じような、灼熱に白く輝く、巨大な岩を召喚していたのだった。
 太陽が二つ現れたような、真昼を超える光の中、
「死ね! 勇者ども!! エクリプス……メテオ!」
 私たちは、
「砕け! メテオ・ストライク!」
 声も出せず、その、星と星がぶつかる様を見上げていた。

 辺り一面、火の海で。
 夜の闇はそこになく。
 降り注ぐのは炎に燃えた石のつぶてで。
 舞う火の粉と吹き荒れる熱風の中──静寂などないのに──誰かがわざと鳴らした剣を構える音が、その耳に届いたのだった。
「抜けたぜ?」
 剣を構えたアルさんが言う。
「……馬鹿な」
 アーオイルが、驚愕に目を見開く。
「そんな……馬鹿な!」
 激高したアーオイルの声に、ベヒーモスが前足を大きく振り上げ、剣を構えていたアルさんの頭上に向かって振り下ろした。
「ありえん!?」
「こちとら、これでも勇者様ご一行なんでね」
 振り下ろされた前足は、アルさんの前に飛び込んだチロルさんの盾に阻まれ、土塊となって砕け散っていた。
「野郎ども、呆けてる暇はないぜ?」
「フェーズ3! 押して、押すぞ!」
 言い、チロルさんは盾を構えて突進し、ベヒーモスを遥か後方へと弾き飛ばした。巨体を包んでいた禍々しい力が、明らかに弱まっている。これは……
「押して押しちゃう?」
 アルさんの隣に立ち、私は聞く。
「おう」
 アルさんはベルトポーチに手を突っ込みながら、言った。
「乙女なら、やってやれ」
「おうよ!」
 笑い返し、私もまたアルさんと同じように腰のポーチからつかめるだけの錬成石を取り出し、それを景気よく、ばっきばっきと砕いていったのだった。
 炎の舞う戦場に、錬成石の光が踊る。
「どーぴんぐあたっくですね! わかります!」
 ニケちゃんもまた錬成石を砕きながら続き、手にしていた三本の矢に魔法の力を纏わせ、
「乙女なら、やってやれですよー!」
 言い、光に包まれた三本の光芒の矢を撃ち放った。
「言われてみれば、今日は女子率高いしな!」
「おっさんずも、気張らねーとじゃねーか!」
 続き、皆も錬成石を砕く。
「妹に続くは、兄の勤め!」
 ネリさんは杖を振るうと、短く魔法を唱え、その先から氷の槌を打ち放つ。
「フロスト・ハンマー!」
「氷魔法に続くは、風魔法のつとめ!」
 氷の槌がベヒーモスをさらに押し込み、その身体を硬直させたところへ、
「ライトニング!」
 左手をかざしたエミリーさんが、その手から極大の雷を迸らせ、巨獣を丸ごと飲み込んだ。
「女子力あげよう、斧の一振りで!」
「物理!?」
「ワールウィンド!」
 ベヒーモスの前に躍り出し、一撃と言いつつ、アカーシャさんは豪快に斧を振り回す。舞い散る土塊の中、それを縫って、
「おっさんず!」
「MPないんですが!」
 師匠さん、レイさんが並んで前に躍り出た。
「ホーリーストライク!」
「渾身撃!」
 白と黒の力が、クロスしてベヒーモスの体を撃つ。ぐらりと揺らいだ巨体をかわすように、二人が左右へ散ると、
「え~、いいんですか~」
 その直線上、エルさんの前が開けていた。
「いきますよ~、ティラミスさん~」
「はい!」
 エルさんの左手、ティラミスさんの右手。
「ふん!!」
 単音節の神聖語と共に放たれた衝撃波がベヒーモスの身体を撃ち抜き、その身体から土塊が剥がれるように散っていた。
「14? よし、コンボ数稼ぐぜ! ダガーさん!」
「30は越えてーな!」
「つまり、アレか!」
 ローグの二人が駆ける。そしてベヒーモスの前面に飛び込むと、逆手に構えていた短剣をくるりと順手に持ち直し、
「禁断の高速短剣技!」
「当たり判定が、最初の一回のみ!」
「博打スキルだな!?」
 ぎらり、短剣を輝かせ、
「ソニックブロー!」
 二人、凄まじい速さで入り乱れながら、高速の剣戟をベヒーモスの身体に刻みつけた。
「ミスらなかっただと!?」
「っしゃー!」
「まあ、スタンはいってますしね~」
「ジャスト、30!!」
「だめ押しします」
 杖を掲げ、むぎちゃんが魔法を放った。
「ファイアボルト!」
 降り注ぐ十本の炎の矢。「かるがる10ヒット!?」「おのれ、DPS!」
「だが、道は創ったぜ?」
 言って、ダガーさんは宙返りでベヒーモスから離れた。開かれた道の先、三人の剣士が剣を構える。
「わん!」
 アルさん。
「つー!」
 ハイネさん。
「さん!」
 そして私。
 飛び込む。
 流れる錬成石の光をまとい、アルさんが剣を振るった。
「オラージュ・エクレール!」
 斬りと突きの、剣撃の嵐。閃光のような猛攻が、巨獣の身体を削り──「十二連撃だ!」「ひよったな!」「うるせー! 俺には、これ以上の連撃スキルがねーんだよ!」
 最後の振り下ろしで、ベヒーモスの首筋に強烈な一撃を叩き込むと、その巨体が前のめりに倒れ込み、背中のアーオイルがアルさんの眼前にまで迫っていた。
「おのれ……!」
「終わりだ」
 言い、アルさんは跳びすさる。
 そしてハイネさんと私が、そこに駆け込んで行く。
 光を纏って流れるハイネさんの長い髪。
 揺れるそれを追う私。
 ハイネさんが両手をクロスさせ、最後の一歩を、大きく踏み出した。
「ラ・ロンド──」
 合わせ、ハイネさんの背中から回り込むように、剣を左肩口に掲げ、右足で拍をつく。
「フルーレ!」
 十六連撃の二連奏。
 剣の舞に散る閃光と、そして巨獣の身体。
 驚愕に目を見開くアーオイルに、剣士の二人が最後の一突きを、閃光と共に真っ直ぐに突き出した。
 一閃が、ベヒーモスの身体を突き抜けた次の瞬間、弾けた閃光と衝撃波に、巨獣の身体が光の粒となって霧散した。


トラックバックURL

http://blog.studio-odyssey.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/959


コメントする