studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2020.12.31

勇者ちゃんの、運命の向こう(前編)

Written by
しゃちょ
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読み物
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「すげぇ!」
 アルさんが飛竜の背の上で声を上げた。
 見渡す限り、視界のすべては海、海、海。その眼下、ぽっかりと海に大穴が空いていて、そこに滝のように海水が流れ込んでいる。
 果ての海のその向こう。
 世界のへそと船乗りたちの伝説に呼ばれているその場所は、飛竜に乗って二日と少し、大空を飛んだ先にあった。
「……なんなのあれ」
 飛竜の背。タンデムの後ろから私は前のアルさんに向かってつぶやいた。いや……なんだあれ……話には聞いていたけれど、本当に海にぽっかり穴が空いていて、海水がどばどばと流れ込んでいるじゃないか。ものすごい水量に、どどどどと、空気をうならせる音が聞こえているわけだが……あんなに大量の水が流れ落ちているのに、海は干上がってしまわないものなのか……?
「あれがその、世界のへそ?」
「間違いなかろう」
 飛竜を旋回させながらのアルさんに、
「ちなみに中心に近づいてもいいですが、飛竜はオートで逃げてしまいますので、中には入れませんよ」
 魔法の絨毯の上から、レイさんが声をかけていた。
「絨毯は無生物ですが、絨毯だといけるんですか~」
 レイさんの操る絨毯の上、エルさんの質問にレイさんは「いやあ」と返す。
「残念ながら、絨毯では瀑布の風圧にまかれて弾き飛ばされるので……死にます。やってみます?」
「まぁ、吹っ飛ばされても鍵石で飛べばいいんですけど~、せっかくここまで飛んできたのに、情緒がなくなっちゃいますねぇ」
「お、ついたのか?」
 絨毯の上、ダガーさんが目を覚ましていた。
「ネリ、さっきメッセしたら電車だって言ってたけど、帰ってきてんのか?」
 言葉の先、絨毯の上であぐらをかいているネリさんは寝ている風だが……電車ってなんだ?
「お兄ちゃん、シャワー浴びてくるから、もうちょっと待ってろって」
 ぱちっと目を開け、ニケちゃんが起き抜けに言った。
「ニケ、チロルさんにメッセしとくねー。さっき帰ってきて、ご飯食べるって言ってたから」
 いや、チロルさんも隣で寝ているようなのだが……
「いやしかし、初期の徒歩移動の時もそうですが、この、ゲーム内時間で二日クラスの移動をさせるというクソ仕様は、アップデートと共に改善して欲しかったんですがねぇ……どうして残っているんでしょう」
「広大な世界を旅するという、情緒を味わってもらうためです」
 突然、目覚めたネリさんが言った。
「というのは建前で、勇者ちゃんと二人きりで長時間移動をしてもらうと、必然的に会話が発生しますので、AI的にはここでデータセットの整理やらなんやらを……まぁ、いろいろしているわけです」
「お兄ちゃん、いいから服着て」
「あれ? 二人とも、モニターログインですか?」
「ついたら切り替えます」
「ああ、私ももうちょっとしたら入るよ、今、スマホから声だけ」
 起きたっぽいチロルさんが、表情少なめに言っていた。
「へそなら、現地に着くのに、リアルであと二、三十分はかかるよね?」
「いや、アルだからな。あと一時間はかかるかもしれねぇぞ?」
「あそこ、突入したいんだけど、やってみていい?」
「やめろ」
「ですから、飛竜は近づくと逃げちゃうんで……」
「ダイブしたらどうなんの?」
「もちろん、死にますよ~」
「よーし……」
「私、止めないからね」
「いや、止めて! 止めてよ、勇者ちゃん! この人死んだらロールバックで、リアル二時間は無駄になってしまいますから!?」
「そしたらニケ、別ゲーやって寝る」
「私は別に、暇なのでいいですけど~」
「え? じゃあ、私もお風呂入ってきていいかな?」
「私、湯冷めして、風邪をひいてしまいますよ?」
「服を着ろ」
 なんだかよくわからない会話を繰り広げつつ、私たち一行はオルムの遺跡でユリアさんに依頼された調査のため、北の最果てから南の最果てへ──世界のへそと呼ばれる海の大穴の先にあるという、オルム人の末裔が暮らす七つの島を目指していたのであった。

 事のいきさつはこうだ。
 オルム人の遺跡にて研究を続けていたユリアさんが、ある日私たちを集めて言ったのだ。
「古文書の研究班が、面白い発見をしました」
「それは俺たちにとっても面白いのか、それともユリアたちにとってのみ面白いのか、それによって大分違う」
「ええっとですね」
 聞かず、ユリアさんは続ける。
「どうやら、オルムはここにすべての叡智を残した後、ここで途絶えた訳ではなさそうなのですね。それはそうですよね、当時のオルムがどれほどいたのかは解りませんが、ここの資料の量から察するに、十や二十と言ったことはないでしょう。残ったオルム達は、ちりぢりに世界に散っていったようなのですが、その中でも、とりわけ多くの者たちが、世界の果てから世界の果てへと旅立ったようなのです」
「なんでオルムは極端から極端に走るのだ?」
「フローラの子たちと、できる限り接触をしないようにと考えた故のことと。あとは、巨人の動向を知るためともとれますね」
「なぜに巨人?」
「オルムは」
 紙のメモを見つつ、ユリアさんは言った。
「どうやら、世界のへそ、すなわちルーフローラとアーオイル達の住む世界とをつなぐ、海の大穴付近の島に移り住んだようなのです。アーオイルがルーフローラへと侵攻し、それによって再び巨人が世界を分断させてしまわないよう、それを監視するために──と、我々は解釈しました」
「世界の果ての大穴か……」
 ううむとアルさんは唸る。
「勇者ちゃんの親父さんは、そこから落ちたんだな」
「え? なんで?」
 いや、何がどうなるとそうなるのだ、アルベルト・ミラルス。
「間違いありませんね」
 何故、大きく頷きつつ返すのだ、暗黒騎士、レイシュ。ってか、隣の正義と秩序の神に仕える、最高司祭以上の地位とも言われる導師様であるところのエル様も、うんうんと頷いておられるわけですが……え? マジで? 父よ、貴方はこの方々と同じような思考なのでございましたか? まぁ、私の父だしな……いかん、納得しかけた。
「ええっと、つまり」
 私は言った。
「オルムの子孫かもしれない人たちが、その世界のへその近くで、今も生きているかもしれないということは理解できた。で、それで?」
「それで?」
 「ハテナ?」と小首をかしげつつ、ユリアさん。
「え? オルムがまだ生き残っているのなら、会いに行かなきゃじゃないですか? もしかしら賢者の雫を石にするために、何か情報があるかもしれないですよ?」
「別に、賢者の石が欲しいわけではないので……」
「うむ……そうだな。調査の必要はあるな……」
「え? いや、別に貴方も賢者の石が欲しい訳でもないでしょうに」
「え? でも、勇者ちゃんの親父さんはそっから落ちたんだぞ?」
「え? マジで? なんで確定してんの?」
「あれ? そういう話じゃなかったっけ?」
「いえ、例えそうであったとしても、それ、このゲーム的にはまだ情報出てませんから」
「俺は、レッドアリーマーみたいな魔物と戦う親父さんを見たような……」
「緑のドラゴンじゃないんですか?」
「NES版ですよ~、若い子にはわかりませんよ~、はいそこ~、疑惑の視線を投げかけない~」
 ううむ……どこの世界の冒険と混乱しているだろうか、この人達は。
 ともあれ、
「嘘か真か、調査に行くっていうんなら、まあ」
「そうだな」
 と、アルさんは言った。
「正直、70のレベルキャップにもかかってるし、ルーフローラではこれ以上ILもあげられないし、メインクエを進めないとな」
「身も蓋もないですよ~」
 そんなこんなで、私たちはアルさん曰く、ギアガの大穴海版のさらに向こう、海に浮かぶ七つの島にたどり着いたのであった。

「適当に降りたけど、どこの島でもよかったのか?」
 島の浜から少し離れた高台に飛竜で降り立った私たち。続いて降りてきたレイさんの操る絨毯から、ひょいと飛び降りてきた皆に向かって、アルさんは聞く。
「ってか、どの島にも集落はあんのかね?」
「どこでも問題ありません」
 と、ネリさんが返す。
「もちろん、降りた島によって詳細は変わりますが、シナリオの大筋は変わりませんね」
「この島、何アリルでしたっけ? ここのやつやった人います?」
 皆を見回しつつのレイさんの質問に、
「ここはナンナアリルですね~。私はやっていません」
「ナンナ? 月か。オレはやってねぇな」
「ニケはアヌアリルだったから知らない」
「私もアヌでやっちゃいましたねぇ」
「私はみんなとの付き合っていろいろやっているけど……アヌ、エン、フレイだったかな」
 いやいや、
「……何語?」
 目を細める私に、アルさんも目を細めて返す。
「日本語でOK」
「基本六柱の古語呼びです。習ったでしょう、月と旅人の女神の古語呼びはナンナです」
 さらりとネリさん。
「いや、それは習ったというか、聞いたことはあるが……ってか、その他の神の古語呼びなんか聞いたこともねぇよ」
 むすりとしたアルさんに、レイさんが続いていた。
「各神の古語呼びの名前に、上位古代語で島を意味するアリルがついて、各島の名前がついているんです」
「六柱なのに、七つ?」
「ええ、最後の一つは、フローラの子たちには忘れられた名もなき古き神、ナンムですね」
「うむ、ユリアを連れてきたら喜んだのではなかろうか……」
「私もそう思うね」
 ってか、覚えられないね。覚える気もないけれどね。
 ともかく。
 島はそれほど大きくはなく、浜から少し離れたここ、この高台が、この島で最も高い場所のように思えた。潮の香りを乗せた海風が絶え間なく吹くせいか、高い木々はこちら側には見当たらず、開けた海が眼下に一望できる。
 さて、集落はどこだろうねとぐるりと見回すと、丘を登ってくる十人前後の行列が見えた。
「おや?」
 と、気づいたアルさんも横にやってきて、
「第一村人発見」
「第一ってか、結構な数いるけど」
 言いつつ、私たちはそちらに向かって丘を下り始めた。
 登ってくるのは、司祭のような身なりをした人を先頭にした、何かの儀式の最中といった感じの人たちで──はて、なんだろう? と少し首を傾けてみたものの、その中心やや手前、二人の並ぶ若い男女の姿に、それが何かはすぐに解った。
「わあ!」
 と、ニケちゃんが声を上げる。
「花嫁衣装? めっちゃキレー」
 並ぶ女性が纏っているのは、あざやかな黄色のキトンに、たっぷりとドレープを寄せた、海のように深い蒼の外衣だった。それだけでもはっと目を引く美しさであったが、陽光に煌めきながら風に揺れる黄色のヴェールを纏ったその姿は、まるでその花嫁が金色に輝いているように見え、「わぁ」と私も小さく声を上げるほどであった。
「おっと、ここは黄色が高貴な色なのか」
 隣のアルさん。情緒のないことを言う。
「あれ、サフラン染めなんですかね」
「ギリシャ式?」
「青は貝からとるのか?」
 男子。情緒ない。
 ゆっくりと私たちがその一行に近づいていくと、先頭の司祭らしき老人が私たちに気づいて声をかけてきた。
「おや、フローラの子が、いかがなされましたかな?」
 するりと出てきたその言葉に、思わず身を固くする。
「いや、ちょっとオルムに会いに」
 即答したアルさんに、「ちょっと……」と声をかけたが、アルさんは軽く笑って、
「これは、結婚式なのかな?」
 気にもせず、老人の後ろの男女に向かって笑いかけていた。
 声をかけられた二人は少し困ったように目を合わせあって、「ええ」と短く返す。
「それはめでたい」
 と、アルさん。
「では、祝福しなければならないな。ええっと……」
「これからこの丘を登り、ナンナのほこらへと向かいます。もしよろしければ、ご一緒いただけますかな、フローラの子どもたち」
「いいね、そうしよう」
 降りてきた丘を振り向くと、確かに高台の一番高いところに、大きめの石で組まれた何かが見えた。「ほこらといっても、結構大きめだな」「あそこでも、月の信者ならバフがもらえるんですかね」「試す価値はあるな」男子。情緒ない。
「アル兄、月と旅人の女神の神官なんだから、祝福してあげればー?」
 と、ニケちゃん。
「あ~、それはいいですね~。アルさん、一般技能のブレスとか、もってないんですか~」
 続くエルさんに、アルさんは首をひねり、
「持ってはいるが、スペルを覚えていない」
「ブレスって、共通スペルだったかな? 共通スペルなら、私のメモでよければ貸すけど?」
「いいじゃん、祝福しようよー」
「ブレスは共通スペルじゃないんですよね~。神様へのお祈りですからね~。まぁ、私が教えましょうか~、着くまでには覚えられるでしょ~」
 などと和気藹々、私たちは島の人々の後ろに続いて、丘を登っていった。

 丘の下に、その集落はあった。
 浜からは少し離れた森の手前。簡素な平屋の家々が広場を中心に円形に立ち並んでいて、集落そのものはそれほど大きくはないものの、所々に見える錬金技術に──灯火石を入れるのだろう、背の低い照明器具だとか、こんこんと流れ出る、飲んでも問題なさそうな水を流し続ける水路であるとかで──その暮らしぶりは都市に近い町と同じくらいに発展しているように見えた。
 さて、そんなこんなな集落の中心広場。
 私たちはそこにいた。
 そして今、この場所には、この集落に住む住民のほとんどが集まってきていたのであった。
 なんでかって? 結婚式だからね。みんな祝福に集まって、宴を開いているんだよ。うん、よくある話。まあ、その中心が何故かダガーさんの特設お料理スペースになっちゃっているのとか、それはそれでアレなんだけど。「宴をするのか。いいな。料理はどんなのなんだ? お? このでっけえ魚料理がお祝いの定番料理的なアレなのか? ってか、これだけだと足りなくねぇ? あ、いや、お祝いの宴なんだからよ、全員全力でもてなさなきゃだろう」などと島の女性達とノータイムで仲良くなり、「ニケ、パーティメニューなら、この島の雰囲気的にパエリアがいい」「いいですね~、お米ありますよ~。サフランも、この島ならありそうですね~」「よーし、まかせろー!」とまあ、そんなこんなで──どこに行っても、お前らはお前らだな。
 ともあれ。
 建前、情報収集。実態、ただうまいもんを食ってお酒が飲みたいだけ。な、宴もたけなわ。先のご老人が住民の皆と共に新郎新婦に祝福の祝詞をあげた所で、宴はおひらきとなった。やあ、暮れ始めた空の向こうに月が昇っているじゃないか。今夜は満月だったんだね。
「はっ!」
 お酒を手に、レイさんがはっとした。
「ほうあ!」
 パエリアをもぐもぐしながら、ニケちゃんもはっとした。
「またも数時間、飲んでダベって終わってた!」
 いつもの事じゃないかな?
「よーし、片付けるか。ネリ、手伝え」
「え? 私ですか? 私、割とまじめに住民とコンタクトとって、情報収集してたんですけど、抜けていいんですかね?」
「その方が面白いからいいんじゃねぇか?」
「まあ、それもそうですね」
 お片付けを始めるダガーさん、そしてネリさん。
「それはそれで、期待されている流れではあるんだろうけど……」
 苦笑のチロルさんに、
「さて、では飲んだくれていただけの暗黒騎士が、ストーリーを進めるべく、いきますかね」
 と、レイさんが歩み寄ってきた。
「さあ、アルさん、勇者ちゃん、行きますよ」
「え? どこへ?」
 もぐもぐ。
「あなたも随分、染まってしまいましたね……」
 そうかね? もぐもぐ。

 集落の奥まったところに、木々に覆われたドーム屋根の聖堂らしきものがあった。
 中へ歩を進めると、ドームの下は一段掘り下げられた円形のスペースになっていて、剥き出しの地面に、いくつもの石が不規則に並べられていた。
「初めて見るタイプだな」
 言いつつ、アルさんは中へと進んでいく。
「お、ドームの中央、ガラス張りなのか。月が見える」
「これが、由緒正しいナンナの神殿様式なんですかね~」
 と、エルさん。
「よく見ると、石も月の女神の祠のような感じですし~」
「ああ、たしかに」
 新郎新婦と老人に連れられ、聖堂を訪れているのは私、アルさん、レイさんエルさん、そしてチロルさんとニケちゃんの、お片付けの二人以外のみんなだ。
「どうぞ、その石に腰を下ろしていただいてかまいません」
 と、新郎さんは私たちを促す。
「え? いいの? 神聖なもんじゃねぇの?」
「神聖なものではありますが、もとよりこれは腰を落ち着け、夜空を見るためのものですからね」
 言いつつ、新郎さんは奥まった石に腰を下ろす。続いて新婦さんも隣の石に腰を下ろし、ご老人も、一つ前の石に腰を下ろしていた。
「んじゃ、遠慮なく」
 アルさんに続き、私たちも手近な石に腰を下ろす。
 全員が座ったところでふと皆を見回すと、何というかまあ、なかなかよい距離感だと思った。夜の帳の降りた森の向こうから、虫の鳴き声が届いていて、かすかに差し込む月明かりは、闇の中に光の帯を生みだしている。
 私の知る聖堂の静謐さとはまた違った、なんというか──古き神々らしい静謐さとでも言うべきか──うまい言葉が見つからないが、ともかく、私の知るそれとはまた違った、それはそれでらしい、聖堂の空気がそこにあった。
「さて」
 と、ご老人がひとつ息をついて言った。
「そう言えば、名乗っておりませんでしたな。私はペトロとお呼びくだされ。現在のナンナアリルのマーケナであります」
「マーケナってなんだ?」
 身体を斜めにしつつ聞くアルさんに、レイさんが返す。
「司祭って意味くらいでとらえておけばよいかと」
「なるぼど」
「そして、こちらが息子のエイド。隣がククルアリルのマーケナの次女、エイドの妻となった、イズハです」
 ちょこんと頭を下げる二人に、私たちもちょこんと頭を下げる。「んじゃ、こっちは──」と、ざっと雑にアルさんは皆を紹介して、
「なんだかんだ、成り行きで宴会などを楽しんでしまったわけだが……まあ、連休なので時間は気にしない」
「連休?」
「おっと~。リアル事情はともかくですよ~」
「そう、ともかく。我々がこの島に訪れた理由だが」
 「ふむ」と鼻を鳴らし、アルさんは言った。
「ぶっちゃけて言ってしまうと、我々はオルムの遺跡で賢者の雫を手に入れたんだな。そんなわけで、オルムの子孫が住むというこの島を訪れたわけだ」
「なるほど」
 と、頷き、ペトロ老は柔和に微笑みながら続けた。
「やはりそうでしたか。そろそろ、そのような方々が訪れるのではないかなと、マーケナ達は予感しておりました」
「マジで? 占いとか伝承とか、そういうやつ?」
 すげーな、オルム人。まあ、石を使ってそれくらいのことはしそうではあるが……と、思ったものの、ペトロ老に続いた新郎、エイドさんの台詞は、全く私たちの予想していたものとは違っていたのであった。
「いえ、一年ほど前に、ルーフローラのある国の勇者様が訪れまして。そのお方は賢者の石を探してこの村を訪れたのですが、資格を持っておりませんでしたので──我々は、石につながる雫の事をお話したのですよ」
「ん?」
 と、首をひねり。
「あの方の実力であれば、そろそろかと……」
「んん?」
 再び首をひねりひねり。
「お仲間ではないな」
 腕組みをしつつ、アルさんが言った。
「だが、その人はこいつみたいな感じの人だったのだろう?」
 指差しされる私。
「いえ、男性ですが……」
「知ってる」
 おい。
「でも、魂の色とか、そういうので……」
「竜の神でもなきゃわからない話」
「娘さんでしょう?」
 微笑みつつ、新婦イズハさんは続けていた。
「私もかのお方にはお会いしましたが、とてもよく似た色をしておりました」
「ええっ!? なんでわかんの!?」
「ククルは古の知識と教養の神の古語呼びなんだ」
 とは、チロルさん。
「特殊能力的なものなのかも知れないね」
「竜の巫女的能力か……」
「適当な事を……」
「うん」
 で、
「話はそれるが、それでその人、その後は?」
 身を乗り出し、アルさんは聞いた。
「俺たちは世界中のオルム人の遺跡を巡ってここにたどり着いたわけだが、実際、それは事のついでで、実はその人を探していたりするんだよね」
「ついでの方が、大分長大な旅になっているけどね……」
 思ったままを口にしつつ、ともかく、この旅で直接父に繋がる話を聞ける機会はそうはなかった。これはもしかすると、大分有益な情報かもしれないぞ。と、
「オルムの遺跡探索では、ほとんどその、父らしき人物の話は聞けませんでした。父は雫は求めず、別の賢者の石──例えば既に存在しているものであるとか──そういったものを探して旅を続けたのかも知れません」
 続けた私の言葉に三人は顔を見合わせ、しばし目で会話をするような間をおいてから──ペトロ老が私を見て言った。
「であるならば、これは可能性の話ではありますが──お父上は、カラニ・ルアから下の世界に向かったのかも知れませんな」
「カラニ・ルアって、あの大穴のことか?」
 腕組みで身体を傾けつつのアルさんに、レイさんも身体を傾けつつ返す。
「ですね。ギアガの大穴ではないのです」
「魔物と戦って落ちたんじゃないのか……」
「うーん……というか、これ、ちょっと展開違いますね……まあ、仕方がない気もしますが……」
「なんで?」
「まあ、もうちょっといろいろお話を聞いてください」
「追いかけようと思ったら、可能なのか?」
 聞くアルさんに、エイドさんが返す。
「カラニ・ルアから下の世界へいく術は、我々も持ち合わせてはおりません。オルムの過去の叡智をもってすれば可能でしょうが……あいにく、我々にはそれがありません」
「ということは、ユリアに頼めばいけるって事だな」
「行く気?」
 聞く私に、
「確かめなきゃだろう」
「あ、そこでストーリー的になとか、そう言うことは言わないんですね」
「え? ストーリー的には、雫を云々じゃねぇの?」
「ああ、まあ……そうですね。ほぼ同義なんですが」
「どういうことだ?」
「大穴から下の世界に行くとすれば、例えばどのような手段があるのでしょうか~」
 エルさんがほわんほわんと聞く。と、「そうですな」とペドロ老は少し考えるような間をおいて、言った。
「ひとつは、皆様のもつ雫を石とし、その全知全能なる力をもってして世界を越える──そしてもう一つは──」
 そしてそれは、ついにあの予言のような言葉が真実であったと、知る事になった瞬間であった。
「カラニ・ルアの向こうは、賢者の石が生まれた世界の果てと同じ。となれば、熱と冷気と混沌が渦巻く場所を取り込み、内包できるという、哲学者のたまごが作り出す結界を抜けていくという方法しかありますまいな」
「……おう」
 アルさんは目を伏せ、頷いていた。
「詰んだな」
 私には何のことだか、さっぱりわかりませんね。

 一夜明け、本日も快晴。
 浜辺に繰り出す私たち。
 さあて、今日はこの島の海の幸を現地調達して、レッツバーベキューだ! ダガーさんは炭おこし、レイさんはテントをはって、テーブル作りに余念がないぞ!
「というわけで」
 水着姿のニケちゃんは、ボールを抱えてニヤリんぐ。
「アル兄の冒険は、ここで終わってしまった!」
「うるせぇ」
「連休初日にして、がっつりプレイ予定が、いつものまったりプレイですね~」
 あはは~と笑いつつ、私の手を引いて浜へと連れ出すエルさん。「さあ、先日決着の付かなかった、女子ビーチバレー対決の決勝を行いますよ~」いやいや、四人ですけど? ってか、前回もニケちゃんがただひたすらリベンジしていただけのような?
「楽しんで」
 と、浜辺に横になったまま、ひらひらとアルさんは手を振っていた。
「いや、そうじゃないでしょうよ」
「うむ。そうは思っているのだがなぁ」
 思ってねーだろ。と突っ込みたくなるような感じでごろんとうつ伏せ、アルさんは目を閉じる。
「あの後、いろいろ調べたところ、やはりここで再びたまご石を探して世界中を巡り、最後に勇者ちゃんの家でそれを見つけると言うのが正しいルートのようでな。そこで、雫から賢者の石を作ろうというルートになるか、下の世界に向かおうとなるかは、選択のようだが……」
「まあ、本来のルートはそれですね」
 テーブルの設置を終えたレイさん。ひとこと。
「っていうか、ネタバレ見たんですか?」
「いや、ネリ曰く」
「であれば、それはそう言うことにしておきましょう」
「私の言うことを信じるんですか?」
 とは、そのネリさんだ。
「この、口先の魔術師たる私の?」
「自分でいうかね、諸悪の根元」
「心外ですね。たまご石の件は、あの時の最前手であったと確信しています。警告もしました」
「止める気なかったろ?」
「もちろん」
 ……言い切ったなぁ。
「そもそも」
 ふんすと鼻を鳴らし、レイさんが言っていた。
「古参からすると、たまご石を最初から持っているっていう状況がないんで、想定外すぎるんですがね……」「レイさん、ネット張るの手伝ってー!」「了解ですー」
 テントから出て行くレイさんに代わり、ネリさんが後を続けた。
「まあでも、あれはアルフに判断させたんで、なんとかしてくれるとは思っていたんですが……どうしたものですかね」
「無責任野郎」
「一代男」
「若い人にはわかりませんね~。はい、勇者ちゃん、行きますよ~」
「えー……」
「午前中はサービスショットでも垂れ流しといて。俺は眠い。皆さん、昼食後に会いましょう」
「寝るの?」
「ん」
「寝るなら、ログアウトして寝りゃよくねぇか?」
 火おこしを終え、着々とバーベキューの準備をしつつのダガーさんが続いていた。
「なんなら、昼くらいにはいりゃ、なんか出来てるんじゃねーか?」
「配信しっぱ」
「本当に、ただのサービス回だな」
「レシピ実況でもしとけ」
「本日は、まずは食材からなんだが……さて、どうしたものか」
「では、その間に私たちはいったん情報をまとめておきますか」
「え? 誰がですか?」
 ネリさんの台詞に、ネット張りを終えて戻って来たレイさんが続いていた。
「それ、我々がやることです?」
「よろしく」
 おう、完全に寝る気だぞ、こいつ。
 話をまとめると、だ。
「本来、ここでは雫を賢者の石にする方法、または下の世界にいく方法として、哲学者のたまご、通称たまご石を探せ! となるわけですね」
 コールドストーンで冷えたビールをネリさんに渡しつつ、レイさん。
「で、王家の道を逆に進んできた我々は、オルム人の最後の旅をなぞるように、今度は正しい道順でそれをたどる旅をする事になるわけですよ」
「振り返りの旅路ですね」
 レイさんから渡されたビールをダガーさんに渡しつつ、追加を受け取りながらのネリさんが続ける。
「割と、いいクエストなんですけどね」
「オルムが世界中に散っていく過程で国家が生まれた歴史があったり、所謂、レガリアみたいな物が残されていったりと、世界観的に見所がありますよね」
「つーかよ」
 火のお供に冷えたビールをやりつつ、ダガーさんが返した。
「オルムが世界中に散っていったんなら、その旅路を辿れば、たまご石も他にあったりするんじゃねーの?」
「どうなんでしょうね」
 と、レイさんは唸り、
「うーむ……」
 と、ネリさんも続く。
「可能性はなくもないですが……哲学者のたまごはイベントアイテムですからね。本来は勇者ちゃんの国の王族が実はオルム人の末裔で、勇者ちゃんの生家の近くにその墳墓があって……という話なんですが……」
「墳墓を探すとか、そういう展開でなんとかなりませんかね」
「墳墓、マップないですからねぇ。さすがにシナリオAIも自動生成まではしてくれないんじゃないかと」
 「うーむ……」と唸るレイさんネリさんに、アルさんは横になったまま肘をついて言っていた。
「まぁ、雫を石にするっていうのは、ぶっちゃけないんだろうから、たまごなしで下の世界に行く方法を考えるっていうのが、正攻法なんだろ?」
「いや、正攻法って……すでに状況が正常じゃないんですが」
 レイさんの苦笑に、
「まあ、アルの戯れ言は置いといて」
 と呟きつつ、ネリさんは立ち上がった。
「そもそものストーリーラインを分解して、同じような結末に導ければいいわけですから……」
「いやでもよ」
 ビールを口につけつつ、ダガーさん。
「オレ的には、違う結末でもいいんじゃねーかと思うわけだが、その辺、どーなんだ?」
「そこまで自由度あるかなぁ」
 「うーん……」と首をひねるレイさん。「今回のシナリオは、結構、アレですしねぇ……」
「まあ、やれそうな事がある内は、進めるしかないですかね」
 言い、ひらひらと手を振ってネリさんは集落の方へと歩いて行った。
「んじゃ、よろしくー」
 見送り、アルさんはうつ伏せ。睡眠。
「ダガーさん。で、食材ですが、私は何をとってきますかね?」
「おう、アレ。貝のやつ。オオシャコガイのバケモノみたいなアレ。あれの貝柱を、ワイルドにステーキ風グリルにしたい。合いそうな香草をそろえておいたんだ」
「あー……まぁ、リアルでは食べられませんしね……しかし、アレと水中戦闘するとなると、私の命が危険に危ないですが……いってきます」
 行くのか……
「美食ハンターとして、負けられない戦いに。いざ!」
 暗黒騎士からジョブチェンジしたらしい。
 海へと向かうレイさんの背中に、うつ伏せたまま、アルさんはひらひらと手を振っていた。

 決勝戦は結局三戦行われ、ニケちゃんチームが三連敗するという結果に終わった。「ニケ、背が低いからね! しょうがないね!」いやいや、わざとでは? だって、毎回ペアを変えたのに?
 そんなこんなな女子が片付けを終え、いい匂いのするキッチンスペースに戻ってくると、ちょうどネリさんもてくてくと戻って来たところであった。
「あれ? アル、マジで寝てますか?」
「みたいよ?」
 返し、ボールをすとんと落っことす。と、ぼうんとそれは奴の頭で跳ねた。「ごっ!?」と、何かが潰れたような音がしたが、気にはしない。
「よーし、飲み物は好きにしろ。そこに冷えている」
 テーブルにつく私たちに、次々と料理をサーブするダガーさん。このでっかいステーキのような白い奴はなんだ? 貝柱なのか? ステーキ皿からはみ出しそうだぞ? 「ほたて?」と、聞くニケちゃんに、「成形肉じゃなくてそのサイズだぜ」と、ダガーさんはにやり。「美食ハンターが、命をかけて捕ってきた逸品ですよ」と、レイさん。生傷。「シャンパンを持ってきたんですよ~、勇者ちゃんもどうですか~」「この世界には、シャンパーニュ地方があったんですね……」「いえ~、錬金術師のシャンパーニュさんが作ったそうですよ~」
 ともあれ、
「おや?」
 頭をさすりながら起き上がったアルさんが呟いていた。
「なにやら、大量のクエスト依頼が出ているのだが?」
 言いつつテーブルにつくと、前に座っていたネリさんが返した。
「ええ、私が先ほど村をめぐって、一通りのクエストを受けてきました」
「ほう」
 と唸りながら、アルさんは胸の前の空間をちくちくといじる。はす向かいに座ったレイさんも、同じように空間に指先を伸ばしながら、
「あれ、たまご石なしでも、普通にサブクエで出てるんですね」
 言いつつ、隣のネリさんへ。
「これは、進めていったら、その先でぷっつり途切れるとか、そういうのはないんですかね」
「どうでしょうね」
 貝柱のステーキにナイフを入れ、口に運びながらネリさんは続けた。
「とりあえずクエストが出ていると言うことは、何かしらの展開はあるのでしょう。どんな展開になるのかは全く予想はつきませんが、やれることがあるならやってみるしかないかと。ってかこれ、つまみに最高ですね、ダガー」
「おう」
「確かに」
 チロルさんも右手の人差し指を空中ですいすいとしながら続けていた。
「ここのメインクエは、サブクエからの派生で合流するような流れだったから、潰していけば何か起こるかもしれないね」
「ここのって、どんなんだっけ?」
 フォークをくわえつつ、ニケちゃんは小首をひねり。
「なんか、七つの島を行き来した記憶があるなぁ」
「まぁ、ネタバレはなしで~」
 シャンパンなる炭酸葡萄酒のグラスをぐーっとあけて、エルさんはほわんほわん、言った。
「多分、通常ルートはないでしょうから~」
「逆に、その方向で期待している方が大半みてーだしな」
 テーブルに着きつつ、ダガーさんは続けた。
「まぁ……オレ的にもそのパターンを見てみてぇし」
「本当はどういう流れなん?」
 聞くアルさんに、レイさんがビール片手に返していた。
「おっと、それはナシで行きましょう。勇者ちゃんだからこそのストーリーを、皆、期待していますので」
 ん?
「三夜連続生放送の、結末や如何に~」
「しかしこのホタテ、めっちゃうめぇな……ビールがすげー進む」
「いいですよね、コレ。必死に捕ってきた甲斐があったというものです」
「まだあるぞ」
「浜辺でバーベキューして、昼からビール」
「最高ですね」
「ってか、もう連休、ずっとコレでいいんじゃねーか?」
「いやいや、アル。せめてクエストを受注してくださいね」
「酔っ払って、睡眠垂れ流しとかはナシにしてくださいよ」
「えー……」
「おお……思わず私も同意してしまうところでした。いかんいかん」
「といいつつ、ぐびー」
 とまぁ──そんなこんなで、食事をしながら今後の方向性について話し合った結果、以下のようになった。
 まず、ネリさんが集落の人々にいろいろと話を聞いて回った結果、いろいろとされた頼まれ事を手分けして解決していく。その中でこの島に伝わるオルムの伝承や錬金術の情報が手に入るだろうから、それを再び持ち寄って──後は野となれ山となれ。
 ということで、「オオシャコガイの貝柱十本納品」「それはつまり、美食ハンターの私が、再び奴とバトルを繰り広げろと?」「十匹くらいなら、ヒーラーなしでもいけますよね~」「あれー? エルさん、収集系クエやる気ないー?」「収集系は、私とレイさんかなぁ……」「アヌアリルと、テュルアリルを訪れる連続系のクエスト」「テュルってどこだっけ?」「勇気。島巡り系は、さすがにアルと勇者ちゃんがやらなきゃダメか?」「手分けする?」「お前がそう言うって事は、手分けできんのか、これ」「なんで? その方が早いじゃん」「おっとー、なら、洞窟探索クエのこれは、勇者ちゃんなしでも進むなら、私がちゃっちゃとやっちゃいますか~」「エル一人でいけるか?」「ほろ酔いでも、片手でいけますよ~。アップデート2はレベル70、IL400ありますしね~」「むしろアップデート2の最初のクエで、レベルキャップの70で進める方が恐怖」
 とまぁ、様々な頼まれ事を整理して、アルさん曰く収集系クエをレイさん、チロルさんが。探索系クエをエルさん、ダガーさんが。人物訪問系をネリさん。そして各島々を巡る系の依頼を私、アルさん、ニケちゃんが担うこととなった。
「では、各々、適当に頑張るように」
 と、腰に手を当てて言うアルさんに、ネリさんが続く。
「なお、各々個別に配信できるようにしていますので、マルチチャンネルでお楽しみいただけるようにしてあります」
「状況は、配信とメッセで確認な」
「なるほど~、視聴数ダービーですね~。よ~し」
「はい! 収集品を集める組の配信、全く視聴数を稼げる気がしないんですが!」
「チロルさんがいるだろう」
「それもどうか」
「毎回レイシュが死にそうになるというのでも、割といい視聴数になるんじゃねぇの?」
「解りました。チロルさん、たしか海にはエリアボス扱いのイカがいたはずですので、それとバトりましょう」
「死体が二つ浮かぶんじゃないかな?」
「ちゃんと仕事はしろよ」
「アルさんに言われるとは、心外ですね。ぷんぷん」
「では、私も視聴数のためだけに、水着のままで遺跡にいきますよ~」
「何故だろう、全く不安を感じない……」
「ニケたちもそうする?」
「いや、私は服、着るけど」

 ナンナアリルの隣の島。私たちが言うところの正義と秩序の神を祭る島、アヌアリルへと船をこぐ。
「アヌアリルが一番大きいのか」
 渡し船といった感じの小さな船の船上から、アルさんは島を見ながら言った。
「そうですね」
 返したのは、船の櫓を漕ぐ、ナンナアリルのマーケナの息子、エイドさん。昨日の結婚式の新郎さんだ。
「皆さんの世界でもそうらしいですが、ここでもアヌが六柱の中では筆頭のような扱いとなっておりまして……」
「つまり、月と旅人の女神はここでも相変わらず末席ということか……」
「また、自分の神さまを卑下する」
 まぁ、アルさんに声をかけるような神様だしな……エイドさんたちの神でもあるから言わんけども……
「勇者様は、ククルの使徒なのでございますか?」
 とは、エイドさんの新妻さんであるところの、ククルアリルのマーケナの次女、イズハさんだ。
「え? 違いますが?」
「おや? その剣の紋章、ククル様の聖印かと思ったのですが……違うのですか?」
 おっと、説明がめんどくせぇ奴だ。「いやぁ……いろいろありまして」と愛想笑いを返しておく。私には神の声は聞こえないのだ。神にされちゃってる竜神様とお話ししたことはあるけれども。
 アヌアリルへと向かう船には、私、アルさん、ニケちゃんとそしてエイドさん、イズハさんが乗っていた。
「えーと、まずはアヌアリルの神殿に向かって、そこでマーケナの人からエイドさん用の金の装飾品をもらうんだって」
 と、ニケちゃんはネリさんから渡されたメモを見ながら言った。
「その後、テュルアリルに行って、イズハさん用の銀の装飾品をもらう」
「護衛クエと思っておけばいいのか?」
 聞くアルさんに、
「まぁ、そんな感じだったかなぁ……でも、アル兄のクエだから、何が起こるかわかんないしなぁ……」
 ニケちゃんは首をひねりひねり。
「失礼な奴め……」
「コメント欄では、イカ触手が期待されています」
「コメント?」
 小首をかしげるイズハさんに、
「いえ、お気になさらず」
 私は軽く笑っておく。
「アヌアリルとテュルアリルの神殿に結婚の報告に行くのは、マーケナの子たちの、決まり事なんですよ」
 とは、エイドさんだ。
「マーケナの子は、次のマーケナになる者ですからね」
「ん? じゃあ何かこう、次のマーケナとして認められるために、試練的なものをやらされたりすんのか?」
「いえ、そういうのはありませんね」
 さらり、エイドさんは返す。
「昔はあったかもしれませんが……今はどの島もお互いに仲良く交流しておりますし、本当に、ただの報告ですね」
「ふうん」
 軽く返し、アルさんは笑っていた。
「まぁ、試練みたいのがあるとしたら、その格好だとどうかというのはあるしな」
「逆に、アリよりのアリでは?」
 ニヤリんぐのニケちゃんの視線の先には、イズハさん。その服装は昨日の結婚式の時に着ていた、あざやかな黄色のキトンに、たっぷりとドレープを寄せた海のように深い蒼の外衣と、陽光に煌めく黄色のヴェールであった。
「コメント欄では、イカ触手が期待されています」
「やめろ」
「コメント?」
「イズハさんは気にしないで。二人は私が殴っとくから」
「何故俺も一緒くたに!?」
 程なくして、船はアヌアリルの桟橋へと、その船首を寄せたのだった。

 アヌアリルは割と大きな島で、集落は島の南側の平地一帯に広がるようにしてできていた。
 背の高い建物こそないものの、石造りの建物は錬金技術で作られたもののようで、潮風や風雨にさらされているはずなのに、壁も屋根も特に傷んだ風でもなく、実に正義と秩序の神らしい、きちっとした、清潔な印象の集落であった。
「ナンナアリルとは全く違うな……」
 それほどの人が住んでいる訳でもないだろうに、目抜き通りのある町並みを見て、アルさんは唸った。
「あっちは、島の集落って感じだったのに……」
「宗教観の問題なのかね」
 私も辺りを見回しつつ「ふーむ」と唸る。ナンナアリルとアヌアリルでは、船でちょっと来ただけなのに、王都と辺境くらい違うように感じられる。
「テュルアリルも、また違うよ?」
 とは、ニケちゃんだ。
「七つの島は、全部違う感じ」
「なるほど。全部巡らなければか……」
「まぁ、ともかく。本来の目的を先にだけど」
 言いつつ、私たちはエイドさんとイズハさんに続いた。
 目抜き通りの先に、この島で一番高い建物が見える。造りは私たちもよく知るドームを持った聖堂と鐘楼のような感じで、それが目的地のアヌアリルの神殿だろうと思えた。
 石畳の道を行くと、時折集落の人たちとすれ違い、「お、一丁前の格好だな、エイド!」だとか、「まぁ、ククルアリルのイズハちゃんかい? 綺麗になってー」だのと、皆様からの祝福の声を受けて、「わー! お嫁さんがきたぞー!」「きれー!」だのと寄ってきた子ども達が、何故か私たちの後ろに列を作っていた。
「お前ら、お菓子くうか?」
「くうー!」
 何故そうなるのだ、アルさん……
「ご祝儀みてーなもん?」
 なんやかんや。
 いつの間にか団体さんになった私たちは、程なくして聖堂前の広場にたどり着いた。
「これはこれは……」
 と、聖堂から子ども達に呼び出されて出てきていたアヌアリルのマーケナらしき老人が、私たち一行を見て、柔和に微笑んでいた。

 古い正義と秩序の神の聖堂に窓はなく、灯火石の明かりだけが弱く灯っている。
 太陽は正義の象徴である。しかしながら、太陽がたとえ失われようとも、夜の闇の中でも決して消えることのない星々の光のようなその明かりこそが、心の内に秘められた、真なる正義の光の象徴である。とは、誰の言葉だったか。エルさんではなかったと思うが、それが正義と秩序の神の原初の信仰であるのだという。
 そんなわけで、薄暗い聖堂。静謐な空間の最奥には、朱い小さな石が祭られていた。
「賢者の石なのかね」
「さぁ?」
 儀式を離れた所から見守りつつ、アルさんと私。なお、ついてきた子ども達はさすがに聖堂には入ってこなかった。「聖堂には入れないよー」「まだ成人の儀をしてないからねー」割と信仰には厚いらしい。
 アヌアリルのマーケナはエイドさんを祭壇の前に立たせ、初めて聞く祝詞をあげていた。
「古代語?」
「っぽいけど、わからんな。普通の上位古代語ではなさそうだ」
 腕組みアルさんにニケちゃんが、
「アル兄、古代語わかるようになったの?」
「ざっくりとくらいはな」
「ほえー。お兄ちゃんもだけど、なんで英語もできないのに、古代語はわかんの?」
「ゲーマーだから」
「……解せぬ」
 解せぬ。
 祝詞が終わると、マーケナの老人は祭壇に置かれていた金の指輪をエイドさんに渡していた。
 どうやら儀式は終わったようだ。アルさんがてくてくと歩み寄っていったので、私たちもそれに続いた。
「終わったのか?」
「はい」
 と返すエイドさんに、
「お待たせしました。フローラのエクスプローラーたち」
 と、アヌアリルのマーケナの老人が言った。
「おっと」
 ちょいと苦笑を浮かべ、アルさんは返す。
「俺たちをその呼び方で呼ぶってことは、俺たちが賢者の石を探してここにきたってことは、既にご存知な感じ?」
「ええ」
 と返すマーケナの老人にエイドさんが続いた。
「今朝方、他の島々のマーケナにも、皆さんのことはお伝えしています。雫を既に手にしている事も、皆さんご存じですよ」
 マジか。知らない内に、また有名人化してんのか、私たち。
 うぬぬ……と唸る、私とアルさん。
 そしてアルさんは「んじゃあ」と聞いた。
「んなら、話が早いんだけど、あの大穴から下の世界に行く方法って、なにかご存じない?」
「大穴?」
 マーケナの老人は少し首を傾げて聞き返した。
「カラニ・ルアの事ですかな?」
「そう、それ」
「賢者の石についてではなく?」
「なく」
 短く返し、アルさんは続ける。
「正直、賢者の石にはあんまり興味がないんだ。そもそも俺たちは賢者の石を探しているんではなくて、賢者の石を探していた、こいつの親父さんを探しているんであって」
「ぶれないね」
「賢者の石、欲しいのか?」
「いや、別に」
 返す私の後ろでニケちゃんが、
「勇者ちゃんの国の王様は、賢者の石を見つけて欲しいって感じじゃなかったかなー?」
 とかなんとか言っていたが、まあ、置いておく。
「そういや、王様、オルム人の末裔だとか、ネリが言ってたな」
 ぼそり、アルさん。
「ああ」
 なんか、そんなことも言っていたな。
「実は王様、オルムの事も、この島の事も、アーオイルが賢者の石を手に入れて何をしようとしているのかってことも、実は全部知っているのでは?」
「ありうる」
「ふおー! 二人の目が、疑惑のそれにー!」
 置いといて。
「私の父ですが」
 私は続けた。
「お会いしたかはわかりませんが、一年ほど前にこの島を訪れていたようなのです。私たちは世界中を旅してきましたが、父にあうことはなく、あの大穴から下の世界へ向かったのではないかと……」
 うむうむ隣で頷く男が、そんな事を与太話という風でもなく言っていたのでそう言ってみたが、実際の所は私は知らん。
 のだが、まあ、
「雫を石にする術を手にいれたとして、親父さんの消息は別問題だからな」
「欲しいんじゃん」
「最終目的は同じだから、課程としては追いかけるさ。まあ、ないんだろうけど」
「ニケはネタバレはしない」
「ふむ……」
 と唸って、マーケナの老人は返した。
「カラニ・ルアから下の世界へ行く術は、私にもわかりません。カラニ・ルアの向こうは、次元の狭間。賢者の石が生み出された混沌と同義とされております。仮にそこを越えるならば、賢者の石を作り出すのと同じく哲学者のたまごを使うか、または実際に賢者の石を手にするか……」
「やっぱしそのパターンしかねぇのかぁ……」
 眉を寄せ、アルさんは腕を組んだ。「詰んでるなぁ」
「いずれにせよ、フローラのエクスプローラー」
 マーケナの老人は柔和に微笑み、言った。
「あなた方は雫を手にいれた。つまり、資格がある訳です。エイドとイズハの儀式は、最後にナンムアリルを訪れます。共にそこへと赴き、古きオルムの言葉を受け取ってください」
「ナンム? ナンムって、なんの神だっけ?」
 ぐんにょり斜めになアルさんに、
「名も無き古き神」
 あんちょこメモを手にしたニケちゃんが、それを読み上げるようにして続いていた。
「フローラの子たちには忘れられた、名も無き古き神、ナンム」

 私たちの世界で言うところの、勇気と戦いの神を祭る島、テュルアリル。
 この島は先のアヌアリルに次ぐ、七島第二の大きさの島ではあるものの、周囲を切り立った崖に囲まれた、少々上陸のしにくい島であった。「上の方が平たくなってて、そこに町がある」とは、ニケちゃん談。「どうやって上陸すんだ?」と首を捻るアルさんにエイドさんは「崖の船着き場から階段で上ります」と、船を島に寄せていった。
 断崖っぽい感じの島の側面に近づいて行くと、壁面に開かれた鎧戸がいくつも見えた。どうやら崖の中がくり抜かれていて、上部へと登る通路になっているようだ。船はその崖にくり抜かれた船着き場へと、しずしずと寄っていく。
「エイド!」
 船着き場にいた男性がこちらに向けて手を振っていた。
「縄を投げる! よせろ!」
 大きな声に、私たちの船に向かって投げ込まれる縄。アルさんがそれを手に取って、ぐいぐいと引っ張りながら船を寄せていく。
 歓声というか、ざわめきというか、幾人もの声が聞こえた気がして顔を上げると、そこかしこの開かれた鎧戸から、たくさんの男たちが顔を出していた。
「エイド、きたか!」
「こりゃまた、べっぴんな嫁さんを!」
「ククルアリル一の美女と誉れ高いイズハ殿とは!」
 口々に言う声。「あっちのちまいのはなんだ?」「どっちのちまいのだ?」「フローラの戦士らしいぞ?」「あんなのが?」よけいなお世話だよ。
 船着き場に寄せた船から私たちが降りた後、エイドさんがイズハさんの手を取ってそっと降ろして船から数歩離れると、待っていましたとばかりに男たちが駆け寄ってきた。
「エイド! やったなあ!」
「この果報者!」
 などと、もみくちゃにされるエイドさん。そのまま落っことされそうな勢いだ。
「大分、熱烈歓迎ね」
 横のアルさんに呟いたつもりだったが、隣に来ていたイズハさんが返していた。
「エイドは、テュルアリルの戦士達にも一目おかれる豪傑なのです。テュルアリルの者以外で、アリルの十傑に名を連ねているのは、今はエイドしかおりませんので」
「え? あいつ、強かったんだ」
 やめろ、アルベルト。
「よし……」
「よくねーから」
 もみくちゃにされているエイドさんと、それを見て笑っているイズハさん。それを見ていた私の所へ、がっしりとした巨躯の男性がやってきて声をかけてきた。
「テュルアリル、マーケナの筆頭ガンザ。ミブスと申します。初めまして、フローラのエクスプローラー」
「ガンザ?」
「曰く、マーケナの衛兵」
 ニケちゃんメモ談。
「お話は聞いております」
 と、巨躯に似合わぬ謙虚さで、ミブスさんは続けた。
「貴殿は、あの異国の勇者殿の娘であるとか?」
 おや、どうやらこの人は父を知っているらしい。「ええ」と返すと、なにやら複数の視線。
「本当なのか、エイド」
「ああ、どうやらそうらしいよ」
「異国の勇者殿というと……大イカを退けた、あの……?」
「あの勇者殿の娘で、賢者の資格を得ていると……」
 おう、不穏だな……
「よろしければですが──」
 と、ミブスさんは言った。
「エイドとイズハが祝福を受けている間、時間つぶしにでも、一手、お手あわせを願えませんか?」
 いやいやいや、なんで──
「よーし」
 やめろ。

 テュルアリルは断崖の上、テーブル状の台地の上に集落を形成している。
 七つのアリルでも二番目に大きいと言うだけあって、こちらもアヌアリルに負けず劣らず、石畳で舗装された道に、背の低い石造りの家々が立ち並んでいた。
 で、集落の中心。背の低い聖堂が面する舗装された大きな広場には、島民のほとんどじゃねーかな? という雰囲気の人垣が出来ていたのであった。なんでって?
「ふっふっふ……」
 変な笑いをしつつ、アルさんは言う。
「勇者殿の娘、資格を有する、真の勇者ちゃんが相手をするまでもない。ここはこの、石のミラルスがお相手いたそう!」
 とまぁ、そういう訳だ。
 つーか、私、やる気ねーしな。
 聖堂の前庭であるところの広場。
 輪になった人垣の内側。
 私、アルさん、ニケちゃん。そしてテュルアリルのマーケナの衛兵たちが数名。曰く、選抜の皆さんが集まっていた。
 聖堂に祝福を受けにエイドさんとイズハさんが入っていく前に、ちらりと言っていた。「テュルアリルの皆は、強い者にこそ、最大限の敬意を払います。もちろん、弱き者を虐げたりはしませんが……手っ取り早く皆と打ち解けるには、まあ……その力を示すのが一番ですが……」「お怪我なされませんように」つまり脳筋か。
「誰からでもいいぞ? ルールは木刀で一撃入れたら勝ちとか、そんなんでいいのか?」
 つまりは脳筋か。
「では、まずは私から」
 と、出てくるのがミブスさん。いやいや、それはまず、なのか?
「おう。よーし……」
 構えるアルさんに、
「なお、これはイベント戦闘ですが、勝敗によってこの後のイベントがちょっと変わったりするので、やるなら本気でどうぞ」
 と、メモを手にしたニケちゃん談。
「ちなみに名前は忘れましたが、勝ち続けるとミブスより強い人が五人目で出てくるので、アルさんがんばって。私は負けました。レイシュ」
「ニケちゃん、そのメモ、私にも見せて?」
「ダメー」
「いざ、尋常にー」
 いつの間にやら銅鑼が持ち出されてきていて、それがじゃーん! と打ち鳴らされた。
「勝負!」
 細い木刀を手に、アルさんは一気に詰める。本気だ。閃光のように詰め寄り、高速の突きを打ち出して──がんっと、ミブスさんはそれを受けて弾いた。
「あれ? マジで強い?」
「ふん!」
「うわーを!?」
 振り下ろされた素早い反撃をかわし、片手でバック転を決めて距離を取ったアルさんに、ほうと会場の皆が唸っていた。「あのミブスの一撃をかわすとは……」「あの男、なかなかやるな」等と──どうやら本当に強そうだぞ。
「なるほど、なるほど」
「錬成石はなしなんじゃない?」
「えー……」
 しかして──なんやかんやあって五人抜きを決めたアルさんは、「うおー!」と、吠えた。
 テュルアリルの戦士達も皆、うおー! と吠えていたので、まあ、結果オーライだったのだろう。聖堂から出てきたエイドさんの、何ともいえぬ表情は置いておくとして。
「石のミラルス殿! その実力、まさに本物!」
「我ら、古きオルムの言葉に従い、賢者の石を手にする資格を有する貴殿の力となりましょうぞ!」
「うむ、くるしゅうない!」

 テュルアリルを──アルさんを引き止め、細剣の見慣れぬ剣技について酒を交わしながら語り合おうとするガンザのみんなを引っ剥がし──乗ろうとする奴を引っ張って──後にした私たちは、最後の目的地、フローラの子たちには忘れられた名も無き神を祭る島、ナンムアリルへと船を漕いだ。
「なかなかどうして、強敵だったな」
 船上、アルさんが言う。
「コメントが『うおー』であふれてる」
 ニケちゃん。
「割と、五人抜きは難しいらしいよ」
「まあ、こっちはレベルキャップしてるし、ILもレベル相応だしな」
「あれ、あんな大立ち回りして平気だったんですか?」
 やった後だが、一応、エイドさんに聞いてみる。
 エイドさんは櫓を漕ぎつつ、
「まあ、テュルアリルの皆は忌憚ない付き合いを良しとする気風ですから、むしろあれはあれで良かったんだと思いますよ」
 笑う感じは、割と本気のそれのようだ。
「しかし、アルベルト様、本当にお強いのですね」
 とは、イズハさん。
「エイドも、アルベルト様にはかないませんね」
 ふふふと笑うイズハさんに、
「じゃあ、いっそ俺に……ぐっふう!?」
 言うお前の脇腹に、風穴を開けてやろうか?
 悶えるアルさんを放置して、私は聞いた。
「テュルアリルの皆は、私の父と会ったことがあったようですけど、父は私たちと同じように、七つの島を巡ったんですか?」
 問いに、エイドさんが返した。
「ええ、七つの島全てではありませんが、いくつかの島を巡っていましたね。アルさんと同じように、ミブスとも一戦交えたそうで……大イカが海に現れてしまって、勝負はつかなかったそうですが」
「そういや、レイシュがエリアボスの大イカがどうとか言っていたな」
 わき腹を抑えつつのアルさん。
「テュルアリルの面々も大イカがどうとか言っていたし、勇者ちゃんの親父さんって、割とマジでつえーのか?」
 と、まじめ顔で聞くが、
「さあ? どうなんだろうね?」
 私は戦った事がないからわからんね。ってか、今の私よりも強いとしたら、旅立つ前の私にその力など、推し量れるわけもないだろうね。
「ちなみにイカ」
 ニケちゃんが言っていた。
「さっき、レイさんがエンカウントしてたよ」
「マジか!? どうなった!?」
「うん? 浮いてるね!」
「エルー。ちょっとよろしくー」
「チロルさんどこ行ったの?」
「うん? 浮いてるね!」
「二人とも……」
「まーた、酔っ払い運転してるんじゃねーだろうな」
「それは……レイさんなら、平常運転じゃないかな?」
 くだらない話をしているうちに、船はテュルアリルの裏側にまわり──開けた浅瀬の向こうに、茸のように下がくびれた、不思議な形の島を前にしていた。

 浅瀬に船をつけ、私たちは海に足を入れた。
 遠浅の海の向こう、茸のような、木の幹とその上に枝葉を広げた大樹のような、不思議な形をした島が見える。
 名も無き古き神の島、ナンムアリル。
 私たちは浅い海を歩きながら、その島にゆっくりと近づいていった。
 島は、その全体がいわゆる古代魔法文明期の神殿様式の建物で覆われているようだ。茸か、大樹のそれのような形をした島は、近づくにつれ、その巨大さに見上げるほどになっていく。
 島の周りには、不思議な光の玉のようなものがふわふわと浮いていた。はたしてあれはなんだろうかと見つめていると、メモを手にしたニケちゃんが教えてくれた。「名も無き神の島は、古代魔法文明期の魔力が未だ失われずに残っていて、島の周りに浮いて見える光は、魔力の根源、マナの光です」
「遺跡じゃなくて、生きてるのか……」
 音もなく静かに流れる光子に包まれたその島を見上げ、アルさんがつぶやく。
「すげーな……」
「説明すると」
 と、ニケちゃんメモ。
「ナンムアリルは古代魔法文明、すなわちオルムが栄華を誇っていた時代に創られ、ルーフローラで唯一、今も魔力を失わずに生きている神殿です」
「説明ありがとう、ネリ」
「いやまあ、お兄ちゃんのメモだけどさ」
「しかし……」
 島の根元にたどり着き、さてどうしたものかとアルさんは上を見上げて言った。
「これは、どうやって上にあがるのだ?」
「うーん……」
 見たところ、階段のようなものは見当たらない。幹部分を登っていこうにも、ネズミ返しのようになっている島の底面から上には登れなさそうだ。はてさて、困ったぞ……としていると、
「道は、神殿から供されます」
 エイドさんが言うのと同じタイミングで、上層から私たちの足下に向け、光が差し込んできた。
 まさか……と思って見ていると、エイドさんはその光に足を乗せ、光の坂を登り始めたではないか。
「光に乗れんのか!?」
「ええ」
 びっくり、目を丸くする私たちに向かってエイドさんは光の坂の上から笑う。
「行きましょう。ここを上がれば、神殿の正面に出ます」

 光の坂を上った先には、白い列柱が立ち並ぶ神殿があった。
 神殿の横幅は──わからない。何十、ともすれば何百という数の列柱がずっと向こうにまで続いていて、奥行きも、最奥がかすむほどに続いている。
 フローラの子には忘れられた、名も無き古き神、ナンム。それは私たちの知る六大神のさらに上位に位置する、原初の神なのだろうか。
 はたしてそれは、どのような神性なのだろう。オルム、アーオイルにとって、それはいったいどのような……
「すげぇな」
 神殿の中を進みながら、アルさんがつぶやく。
「これは、確かに神がいそうな雰囲気だな……」
「どんなだよ……」
 苦笑を返すけれども、言わんとすることはわからんでもない。
 島全体を覆う神殿は、私たちが今日まで見てきたどんな神殿よりも大きく、そして遺跡ではないが故に、ニケちゃん曰く、魔力の根源、マナの光が、神殿の中をふわふわと幻想的に漂っている。
 荘厳で静謐な空気の中、漂う光。
 進む私たちの足音だけが、耳に届く。
 しばらく無言のまま私たちがまっすぐに奥へと進んでいくと、柱の向こうから、踵まで伸びた薄手のロングスカートに、真っ白なチュニックのような貫頭衣を纏った六人の女性が現れた。初めて見る形のその衣服に「お……」と身をこわばらせていると、エイドさんとイズハさんが立ち止まり、女性たちの前で膝をついた。
 慌てて私もかしこまって、膝をつくべきかと逡巡したが、
「おー、巫女的なやつか?」
 この男、動じない。
 六人の女性たちは私たちの前に並び、柔和に微笑みながら言った。
「かしこまる必要はありません、エイド、イズハ」
 お言葉に、エイドさんとイズハさんは顔を上げる。奴は「ほー」と唸りながら腕を組んでいる。私は……とりあえず静観することにした。
「エイド、イズハ、二人の結婚を、心より祝福いたします」
 と、巫女の女性が続けた。
「二人は、私たちについて、マーケナの祝福を受ける神殿へと参りましょう」
 六人の内、二人が離れていく。「では、私たちは……」とエイドさん、イズハさんはその二人について神殿の中央を逸れ、脇の方へと歩いて行った。
 ええっと……そんなこんなで、私たちは取り残されたわけだが……ええっと……どうしたものか……
「で? 残りは俺たちに用が?」
 腕組みで、傲慢だなー、おまえ。
 しかし、残りの女性たちは気を悪くした風でもなく、
「ようこそいらっしゃいました。賢者の資格を有する、フローラの子どもたちよ」
 微笑みを絶やさず、私たちに向かって続けたのであった。
「参りましょう。最奥へ。あなたたちに叡智を授けるため、私たちはここに居続けたのです」

 神殿を、さらに奥へと私たちは進んでいく。
 柱が立ち並ぶ神殿の前方区域を抜けると、天井のない、中庭のような場所にでた。
 前を行く巫女たちは、振り返ることなくその中庭のような区画を進んでいく。ふわふわと漂う光を目で追いながらついて行くと、中庭の中央辺りに、一段低くなった石造りの円形スペースがあった。
 巫女たちはそこへと進み、それぞれの決められた位置なのだろうか、四方に散って立ち止まると、私たちに振り向いた。
「ようこそ、賢者の資格を持つ、フローラの子どもたちよ」
 ひとりが言う。
「私たちはこの場所で、あなた達が訪れるのを、ずっと待ち続けておりました」
 ひとりが続く。
「私たちは、オルムの創りし石の子ども。あなた達に私たちの石の記憶と、オルムの言葉を伝えます」
 そしてそれぞれが腕をそっと掲げ、漂う光を纏わせながら、天に言葉を捧げるようにして言った。
「賢者の石と始原の巨人。その死と世界の創造と──オルムとアーオイル。そして終末の巨人と人の創りし賢者の石についての、その全てを」
 光が集まり、輝きを増していく。
 目を細めつつも、なんとか光の向こうを見つめていると──ぱぁっとその光が弾けた。
 弾けた強烈な光に目を閉じた次の瞬間、私は、真っ白な光の中にいた。

 混沌の向こう。
 熱と冷気と風が渦巻くその場所で、何百、何千、何万もの時をかけて、一つの雫が生み出された。
 赤い、ちいさなその雫は、生まれたその瞬間から、世界の全てを内包していた。
 賢者の石。
 やがてそれは大きくなり──石のような形になったところで混沌を纏い始め、肉を得た。
 肉は、混沌を飲み込んで成長し、やがて巨人となり、大きく、大きく、成長を続け──そして全ての混沌を飲み込んで、巨人は目を覚ました。
 しかしそこには何もなく──世界と呼ばれるものも、時間も、空間も、何もなく──その場所で、巨人はただ一人永遠の時を生き続け、永遠のその先で──死を迎えた。
 巨人の死によりその肉体は大地となり、最後に吐いた息が風となり、血は海となって、孤独に流した涙と憤る心が、炎となって世界に命をもたらした。
 始原の巨人。
 後にそう呼ばれる事になる巨人の死によって、この世界は生みだされたのだった。
 世界の始まり。

 創世の巨人からは、神々と呼ばれる者たちが次々と生み出された。たとえば──左手からは正義と秩序の神、アヌ。右足からは勇気と戦いの神、テュル。胴からは豊穣の大地母神、フレイ。頭からは深き海の創世神、エン。心臓からは最初の竜、ククル。そして左足から月の女神、ナンナ。それら光の神々の他にも──右手からは混沌の王、アルス。眼球からは強欲なる愚者の神、フーリオン。荒れ狂う海の獣、怠惰と色欲の女神、虚栄と慢心の神ガンジャ──光の神々と対になる闇の眷属や、小神、古代種族といった、様々なものが生み出されていった。
 オルムもまた、そのひとつであった。
 神々に人と呼ばれたその力なき者たちは、神々と共に神話の時代を生き、やがて起こった光と闇の神々の最終戦争に巻き込まれ、神が身体を失い、古代種族の全てが滅んだ中を──弱さ故に──生き残った。

 そして、暗黒の時代。
 弱き人は国家を作り、原初のマナを神々の言葉で操る魔法と、それを用いた錬金術を生み出した。
 最初のそれは、弱き人が暗黒の時代を生き抜くための術であった。
 しかし──人はやがてその力を大きくし、後に魔法帝国と呼ばれる国家を築きあげ、世界にその版図を広げていったのであった。

 やがて魔法と錬金術は魔法帝国にて栄華を極め、世界のほぼ全てを人が支配するに至るまでになった所で──人はついに、それに手を伸ばした。
 巨人の亡骸から、世界は生まれた。
 その亡骸は大地となり、海となり、風となり──神々や竜や古代種族、人や妖魔や精霊となったが──それは何になったのか?
 それは、どこへ消えたのか。
 名も無き最も古き神、ナンム。名は伝われど、神々の時代にすら存在していなかったというその神は、それは──巨人の中にあったはずのそれではなかったのか。
 フィロソフィーズ・ストーン。
 賢者の石。
 人はそれに、手を伸ばした。
 神に──あるいは創世の巨人に──手を伸ばした。
 オルムは、それをなそうとする者たちを、アーオイルと呼んだ。

 やがて魔法帝国はオルムとアーオイルの二つに分かれ、争いを起こすようになった。しかし、アーオイルの力はオルムのそれを軽く凌駕しており、オルムは次第にその勢力を弱めていった。
 一方のアーオイルは着々と世界中に勢力を広げ、各地に魔力の塔を作り、マナを集め、その錬金術の力を増大させていった。
 そして──百年。
 アーオイルの錬金術師たちは神々の叡智を得、その力を得、そして肉体を得ると共に──賢者の石の錬成に成功した。
 後にアルス・マグナと呼ばれる事になるアーオイルの王、彼らの神が、そこに誕生したのであった。
 アーオイル達は歓喜した。
 その時既に、アーオイルは滅びの道を歩み始めていたからに他ならない。
 錬金術により神の肉体を得ようとしたアーオイルは、既に巨人から生まれた人の身体を捨てており、言うなれば、世界の一部から外れ、理の外にいた。
 自らが滅びぬように生き残る術は、その時、すでにだだ一つを残すのみとなっていたのであった。
 新たな世界の創造。
 アーオイルの王、アルス・マグナを新たな始原の巨人とし、新世界を創世する。
 アーオイルに残された道は、もはやそれしか、残っていなかったのであった。

 新たな世界の創造を目論むアーオイルの前に、世界は、終末の巨人を生みだした。
 そして神になろうとした人と、世界を終わりに導こうとする巨人との間に争いが起こり──世界は、二つに引き裂かれた。
 わずかなオルムと、魔法も錬金術も持たない蛮族と呼ばれていた人族達の世界、空へと投げ出された世界、ルーフローラと。
 アーオイルと欠けた賢者の石と共に、地に沈みゆく混沌の世界、カラニアウラと。
 世界は、二つに分断された。

 そして──三百年の時をかけ、古き人オルムはフローラの子どもたちを導き、新たな世界の歴史を紡ぎ出した。
 しかし──その世界には、巨人がいた。
 世界を終わりに導く終末の巨人。
 それは何かを探すように、ルーフローラを巡っていた。
 オルムは知っていた。
 巨人が探すのは、アーオイルが生み出した賢者の石のその欠片。
 大地切断と共に、カラニアウラから失われたそれであると。
 すなわち、アーオイルが求めるそれであると。

 オルムはやがて、歴史から姿を消した。
 ルーフローラは、フローラの子どもたちの世界であるべきだとして、古き人はその歴史から姿を消した。
 ただ──世界には巨人がいた。
 故に、もしも巨人がこの世界に終末をもたらそうとした時に、フローラの子ども達が自らの意志でそれに抗う事ができるようにと、オルムはそれを、世界の果てに残して姿を消したのであった。
 賢者の石のその原型。
 賢者の雫を残し、古き人、オルムは姿を消したのであった。
 もしもアーオイルが賢者の石の欠片を手にし、再び石を完成させてしまった時に──フローラの子ども達に、滅びゆく世界に抗う為の選択肢として──朱く輝く雫を残して。

 はっと、夢から覚めた時のように、私は目を開いた。
 神殿の中庭。
 あふれていた光はすでになく、ふわふわと漂うマナの残滓とかすかな風だけが、そこに残っていた。
「え? なに?」
 訳が分からず口にして隣を見ると、アルさんが首を捻るようにして「ほう」と唸っていた。
「見たか?」
「え? なんか、よくわかんないけど、創世からの、すげぇ歴史を見たような気がする」
「ムービーシーンをどう理解すんのかと思ったが、なるほど、そうきたか」
「今の何?」
「さあな?」
 軽く口許を弛ませて返し、アルさんは巫女達に向かって言った。
「で、俺たちに創世神話を見せて、それでどうしようってんだ?」
 問われた巫女達は、静かに私たちを見、続けた。
「フローラの子どもたち。オルムか伝えるべきことは、伝えました。あとはあなた達の選択です」
「つまり?」
「あなた達が求めるのならば、賢者の石を完成させましょう」
「資格を持ちし者達よ。探すのです」
「膨大な魔力と、熱気と冷気と混沌を飲み込み、全てを内包できる、哲学者のたまごを」
「……」
 ええっと……
 巫女は続けていた。
「アーオイルは賢者の石の欠片を見つけ出し、再びアルス・マグナを神として復活させようとしています」
「アルス・マグナの復活は、世界を終末に導くのと同義です」
「そしてそれは、新たな世界の創造と同義となります」
「それを良しとするか、または抗うか──それは、賢者の資格を有するあなた達に委ねられています」
 代わる代わるに続けた巫女達に、
「いや、ぶっちゃけ、そんな大任を押しつけられてもなのだが……」
「私たちが賢者の石を手にしたとして、それでどうしろって話だよね」
 思うさまを口にする、アルさんと私。アルさんは「うーん」と唸って返した。
「賢者の石を手にすれば、アルス・マグナなる奴よりも上位の存在になれるんだろうから、アルス・マグナを倒すこともできて、世界を終末に導こうとするアーオイルを打ち倒す事もできるんだろうが……巨人はどうするんだ? 人が賢者の石を手にしたら、終末の巨人とも戦わなければならんのではないか?」
「あれ、倒せるモンなのかね?」
「さあ? イモータルを解除する術が見つかってないとか言っていたから、倒せるんだろうが、シナリオ的にはあれは倒さなくてよいもののようだしな……」
「巨人は世界の摂理」
 巫女達が返した。
「その意志に反しない限り、敵とはなりません」
「あれに意志とかあんのか?」
 首をひねりつつ、アルさんは続けた。
「あえて問うが、人が全知全能を手にしようとする事、それ自体が、巨人の摂理に反していたりはしないのか?」
「それ自体は、反することはないでしょう」
「しかし、アーオイルのようにその先に、世界の創造に手を伸ばそうとするならば、それはナンムの意志に反します」
「ナンムは、巨人と同義なのか……」
「賢者の資格を有するフローラの子どもたちよ」
 四人の巫女達は、声を合わせ、言った。
「全てはあなたたちの選択に委ねられています。賢者の石を求めるのならば、哲学者の卵を手に、この地を再び訪れなさい」
 不思議な響き。人らしからぬその立ち居振る舞いを前に、アルさんは無言で腕を組んでいた。
「……ええっと」
 と、沈黙から、私はなんとか言葉をひねり出す。
「どうすんの?」
「うん……クエストマークがでねぇかなって、期待している」
 つぶやくアルさんに、ニケちゃんが笑うように続いていた。
「ありゃー、クエスト、アドバンスしないねぇ。本当ならここで、たまご石を探すクエストにアドバンスするんだけどねー」
 しばし沈黙のままアルさんは腕を組んでいたが、
「……でねぇな」
 ふんと鼻を鳴らし、呟いた。

 ナンナアリルの集落は、森の中にあるせいもあって、夕陽が海の向こうに沈み始める頃には、随分と薄暗くなっていた。
 夜の入り。
 集落の広場に戻ってきた私たちは、頼まれ仕事の納品をしているレイさんを背に、円陣を組んで話していた。
「で、詰まるところ、クエストがアドバンスしないわけだ」
 言うアルさんに、
「詰んだな」
「困りましたね~」
 ダガーさん、エルさんが続く。
「レイさんの納品で、あるいわ」
 と、ニケちゃんは言うけれど、
「うーん、やはりこのクエはここで終わりですね」
 納品を終えたレイさんが、立ち上がりつつ続けていた。
「イカの分の追加報酬は貰えましたが、それだけでしたね」
「うむ、ご苦労であった、レイシュ。経験値はレベルキャップの向こう側に消えてしまったので、まったくわからんが」
「イカ、強かったなぁ……」
「つーかよ」
 首を鳴らしつつ、ダガーさんが続けていた。
「せっかくオレらも、七神像を取ってきたっつーのによ。クエは続かなかったな」
「経験値はレベルキャップの向こうに~」
「七神像ってなんだ?」
「単なるクエストアイテムですね。追加報酬になるようなモンで。ってか、七神像って、隠し通路の向こうじゃありませんでした? ダガーさん、よく見つけられましたね。ってか、ボスもよく倒せたと思いますが」
「オレはローグだからな。伊達じゃないぜ?」
 そう、ダガーさんは料理人ではない
「あはは~。水着でも、まだまだ片手で屠れますよ~」
 そう、そしてエル様は神に仕える導師様。あれ?
「しかし、これでみんなのクエも一通り終わりか?」
 皆を見回しつつ、アルさんが言った。
「おい、マジでクエストがアドバンスしてねーぞ。どうすんだ?」
「お兄ちゃんの結果、どうなったんだろ?」
「そういや、ネリがいねーぞ、どうした」
「逃げましたかね」
「あいつが責任を感じて逃げる訳ねーだろ」
「それもそうですね。嬉々として、困りましたねーとかいうタマでしたね」
 そう、ネリさんは大魔導師補佐見習い候補。だからなんだ。適当。
「裏を返すと、奴は何かを掴んだか……」
 シリアス風に言うけれど、たぶんアルさん、適当。
「おっと、なにやら期待されていますか?」
 てくてく、噂をすればネリさんがやってきた。
「おかえり」
「ご飯食べてました」
「余裕だな」
「ええ」
 ふっと笑って広い帽子の鍔に手をつけつつ、ネリさんは言った。
「私の方は早々にクエストが途切れてしまいましてね。七つの島のマーケナに会いに行ったりもしましたが、特に収穫はありませんでした。ので、さっさと先にご飯食べてました」
「おい、本気でどうすんだ?」
 皆を見回しアルさんは言ったが、皆は揃って「うーん」と唸るだけだった。

 ともかく。
 どうしたもんかと話し合いながらも、そろそろおなかも空いたし、一端寝床の聖堂に戻って飯にすべぇと言うことで、陽も落ちきった頃、私たちはペトロ老のご好意で寝床にさせてもらっている聖堂へと戻ったのであった。
「おや、エイドに、イズハさん」
 と、そこにはエイドさんとイズハさんがいて、
「お? それはなんだ?」
 と、ダガーさんが興味を示すようなものを、イズハさんは手にしていた。
「ナンナアリルの伝統的な料理なんですが、お口に合えば」
 言い、イズハさんはダガーさんへと、大きな木桶のような物を差し出した。中身は何やら、魚介のスープのようだ。
「フレイム・ストーンで温めてお召し上がりください」
「おお、サンキュー」
「旨そうだな」
「味付け、何なんでしょうね?」
「食ったことねぇの?」
「ナンナアリルでクエしてないので……」
「よし、じゃあ、メシにすっか」
 と、アルさんが言った所で、
「よろしかったら、エイドさんとイズハさんもご一緒に~」
 と、エルさんはイズハさんを掴んで中へ。
 「え? え?」というイズハさんとは対照的に、苦笑しつつもついてくるエイドさん。人が出来てる。
 聖堂の一角に荷物を広げ、簡易テーブルなんかを置いたくつろぎスペース。レイさん作のその場所で「とりあえず飯だな」とテーブルについた私たちの視線を受け、イズハさんは持ってきた料理の最後の仕上げを行っていた。ふむふむと隣で見ているダガーさんを後目に、
「もしかして、ここからクエストがアドバンスするといいですね~」
 と、エルさんがアルさんに耳打ちをする。
「その可能性もあるか」
 言い、アルさんは「ふむ」と、向かいに座るエイドさんに向かって、聞いた。
「ナンムアリルで、巫女達とあってな。賢者の資格を有する俺らは、石を作るためにたまご石を探してこいと言われたんだ」
「たまご石?」
 問うエイドさんに、
「ああ、哲学者の卵のことです」
 レイさんが返して続く。
「賢者の雫を卵に取り込ませ、膨大な魔力を与えれば、理論上は賢者の石ができるはずですよね? 巫女たちはそのために、我々にたまご石を探してこいと、そう言ったんだと思うんですよ」
「そうなの?」
 身体を傾けつつ、隣のエルさんに聞くアルさん。
「そういう話の流れだったじゃないですか~」
「正直、賢者の石は創れないんだろうなと思っているから、その辺、あんまり意識して聞いていなかったんだよな」
「よーし、完成したらしいぞー」
 ニケちゃん、イズハさんと共にスープを運びながらのダガーさんが言っていた。
「味付けは、シンプルに塩らしい。しかし、なかなか魚介のダシが利いていて、奥深い味わいだ。個人的には干し肉なんかを浸したりして口内調味したりすると、多分うめーと思われる」
「あぶって」
「抜かりはない」
 テーブルの中央の皿には、ジャーキーの束。ビールを手にしたレイさんが、さっそく単品でガシガシしているが、まぁ、おいといて。
「賢者の資格を持つ皆さんが、石を手に入れるために我々の協力が必要というのなら、お力添えをいたしますよ」
 エイドさんが言った。
「我らオルムの子たちは、いつか訪れる資格を有するフローラの子どもたちを助けるために、ここにいるのですから」
「マジか」
 ジャーキーを手にしつつ、アルさんは返す。
「つまり、俺たちは真面目に賢者の石を創るための方法論を探した方が、ストーリーが進むってことなのか?」
「ストーリーという概念をエイドさんが理解できているかはわかりませんが~」
 エルさんもジャーキーに手を伸ばしつつ続けていた。
「とは言え、現状、我々は手詰まりなんですよね~。ストレートに、たまご石を探して世界中をあてもなく彷徨うべきなんでしょうか~。クエストが出ていなくても」
「我々に協力できることがあれば、なんでもおっしゃってください。たまご石に関する伝承等は、私は寡聞にして知りませんが、マーケナである祖父ならば、何か知っているかもしれません」
「ペトロ老からクエストが出るのか、これは」
「どうでしょうね、ペトロ老には先ほど私も会って話をしましたが、クエストは出ませんでしたしね」
 と、ネリさん。
「これはいわゆる、普通の会話の一部な気がしますよ」
「AI優秀だなぁ……もっとデジタルに、クエストマークを出してくれるだけでいいのに」
「ところでこのスープ、ジャーキーと一緒に食うと、割とマジでうまいですね」
「だろう」
「お前ら、シナリオに絡む気ねぇな?」
「ええ。これは、アルと勇者ちゃんのシナリオですからね」
 軽く笑いながら、ジャーキー片手にネリさんは言っていた。
「誤解を恐れずに言えば、本来はあり得ないルートでここにまでたどり着いてしまった貴方たちならば、システムが用意した物とは違う、唯一無二のシナリオを描ける可能性を秘めているんです。そう、そしてみなさんは、それを期待しているのです」
「なんかいいこと言った風にしてるけど、おめー、自分のしたことを棚に上げてるだけだろう?」
「おや? バレましたかね?」
「さすが、口先の魔術師ですね~」
 結局「うめぇな、これ」とか言いつつ、私たちのその日は、食事とお酒といつものだべりで終わったのであった。
 さもありなん。

 ふと、目が覚めた。
 まだ辺りは暗い。聖堂に差し込む月明かりが見えないところをみると、時刻はそろそろ夜明け前か。
 目覚めたきっかけを探して辺りを見ると、アルさんが寝ていたはずの場所に、その姿がなかった。はて、と小首を傾げて入り口の方を見ると、誰かが外へ出て行く後ろ姿が見えた。
 軽く息をついてあくびをかみ殺しながら立ち上がり、のそのそと行く。
 外にでると、森の向こうへ消えていくその後ろ姿は、間違いなくアルさんのものだった。特に理由もなかったが、目も冴えてきてしまったので、たらたらと私はそれを追った。
 森を抜け、アルさんは浜へと出たようだ。
 ちんたら追いかけていくと、白み始めた水平線の向こうを見ながら、アルさんが浜で身体を捻ったりなんだりと、体操をしていた。
「早いね」
 声をかけると
「おう、起きたか」
 背中を反らして伸ばしながら、アルさんは顔を向けた。
「はえーな」
「まあ、どっちかっていうと、起こされちゃった感じだね」
 言いつつ、近づく。
「そりゃ失敬」
「思ってないね」
「ない」
「おやおや、お早い起床で」
 軽いやりとりをしていると、背後からネリさんが声をかけてきた。そう言えば、出てくる時にネリさんいなかったな。
 ネリさんは帽子に手をかけつつ、
「もうそんな時間ですか?」
 水平線の向こうを見ながら、聞く。
「皆がログアウトしている内に、何か手掛かりでもないかなと思って、うろうろしていたんですがね」
「なんかあったか?」
「何も」
「そうか」
「15時再開でしたっけ?」
「うむ」
「あと三十分もないですか。さて──どうしたもんですかね」
 「ふーむ」と唸りながら聞くネリさんから視線を外し、私は腰をひねっているアルさんに向き直って聞いた。
「つか、結局の所、アルさん的にはどうするつもりなの?」
「ん?」
 止まり、顔だけを向けるアルさん。
「AIが、今後の展開をどうしたらいいかお尋ねですよ?」
 ネリさんは苦笑しつつ、近くにあった流木の上に腰を下ろしていた。
「これは、そういう事なのか?」
「知りませんけどね」
「まあ、それならば」
 と、
「勇者ちゃんはどうしたい?」
 アルさんは質問に質問で返してきた。
「卑怯ですねぇ……」
「お前に言われたくねぇわ」
 私が言ってやろうかとも思ったが……そこはまあ、こらえて、
「私かー……」
 うぬぬと首を捻った。
「正直、私も賢者の石には興味はないんだよね。それを創って、アーオイルと戦ってルーフローラを守るとか、あんまり実感ないし……」
「しかし、アーオイルが賢者の石の欠片を手にしてしまえば、そうも言っていられませんよ?」
 息をつきつつ、ネリさんは続けていた。
「アーオイルが賢者の石を手にすれば、ルーフローラは混沌に取り込まれ、次なる世界のために、消滅してしまいます」
「ネリさん、どこまで知ってんの?」
 アルさんに向かい、聞く。ネリさんは私たちが巫女に会って初めて聞いたような話まで、ご存知なのだろうか。
「あー」
 ぐりんぐりん首を回しつつ、
「めんどくせぇな。俺たちの知ってることは、全部知ってるでいい」
 アルさん。適当。
「実は私、全知全能の神なのです」
「たまご石」
「知りません」
 適当だな、全知全能。
 半眼になりつつ、私は続けた。
「そもそも、アーオイルが欠片を手にしてアルス・マグナ? アーオイルの王を復活させたら、巨人が黙っていないんじゃないの?」
「どうなんだ?」
「そうですねぇ……」
 顎に手をやりつつ首を捻ったネリさんではなく、再び背後から、別の声がその質問に答えを返してきた。
「もちろん、巨人は黙っていないでしょう」
「おう、レイシュ。早いな」
 白み始めた空に目を細めつつ、やってきたのはレイさんだった。レイさんは「どっこいしょ」とネリさんの座る流木の隣に腰を下ろし、「何やら面白そうだったんで」と、続ける。
「で、巨人ですが、アーオイルが完全な賢者の石を取り戻せば、もちろん黙ってはいないでしょうね」
「やっぱり?」
「ええ。アーオイルが賢者の石を手にすれば、その未来は確定的に明らかです。アーオイルと巨人の戦いが再び勃発し、今度は世界が二つに割れるだけで済むはずもなく、消えてしまう可能性が非常に高い」
「それは憶測か? レイシュ」
「いえ、ナルフローレは、少なくともそう考えているようですよ」
「レイさん、いつの間にナルフローレに……」
「ふっふっふ……すみません、盛りました」
「ないことないこといいやがって……」
 ううーん……どこまで盛っているのか、まったく判断がつかない。が、ともあれ「ええっと……」と、私は続けた。
「巨人が黙ってないならさ、アルさんが巫女にも聞いてたけど、仮に私たちが賢者の石を創ったとしても、黙っていないんじゃないの?」
 わからないこと、疑問な事は、聞くに限る。
 私の問いに、答えて返したのはレイさんだった。「それはですね……」
「勇者ちゃんが、賢者の石を手に入れてこの世界を再構築しようとか、そう考えていたならわかりませんが、そうでないなら、巨人もそこまではしないはずです」
「しないの? ってか、なんで私が手に入れたら前提? アルさんは?」
「いえ、この人に持たせたらそう言うことを考えそうなので、世界が滅びてしまうこと請け合いかと」
 と、指差し。
「間違いありませんね」
 と、ネリさんの視線の先、
「俺の、仲間からの信頼は厚いな」
 アルさんは腕を組んで鼻を鳴らしていた。
「まあ……わからんでもないかな……」
「おい、お前もかよ」
「うーん……」
 唸り、私は視線を海の向こうに向けつつ呟いた。
「やっぱり私は、別に賢者の石はいらないかな。そういう、まあ、世界のうんぬんは、私じゃなくて、他の人に任せてしまいたい。ぶっちゃけ、父を捜し出して、父に丸投げでもいい。とすら、思っている」
 思ったままを口にすると、アルさんも軽く笑っていた。
「親父さんも、誰かに丸投げするんじゃねぇの?」
「王様とかに?」
「勇者ちゃんがそう思うんなら、そうなんじゃねぇ?」
「やりそうだなぁ……」
「しかし、その方が安心できる気がするのは何故でしょうね」
 レイさん、
「素晴らしい考察ですね。論文に纏められそうです」
 ネリさんも頷き、目を伏せて軽く笑っていた。
「俺たちの、仲間からの信頼は厚いなぁ」
 と、アルさん。失礼だな、纏めないでおくれないかね。私はそこまでではない。と、思っている。信じている。信じることは自由。
 「ふーむ」と唸り、アルさんは続けた。
「となると、やはり我々は勇者ちゃんの親父さんを探すべく、大穴から下の世界を目指すしかないわけだな」
「いや、大穴から下に行ったって言い切ってるけど──」
 さらりと言うアルさんに、私は目を細めつつ返した。
「それ、本当にそうかはわかんないでしょ? だいたい、あの穴の中は混沌が渦巻いてて、普通には通り抜けられないんじゃないの?」
「そういえば、ペトロじーさんがそんな事を言っていたな」
 アルさんは宙に視線を泳がせるようにして続けていた。
「となれば、あそこを抜けていく方法がなんかあるってことは、間違いないんだろうな」
「言い切りましたねぇ……完全に、勇者ちゃんのお父さんが通って行った前提で話を進めようとしていますねぇ」
 苦笑のレイさんは首をひねりつつ、つぶやくようにして漏らしていた。
「そういえば、その辺りの話って、語られていましたっけ? いえ、私はお父さんが穴の向こうにいるとは、全然言っていませんが」
 いや、言ってる。
「どうでしたっけね」
 ネリさんも軽く首を傾げていた。
「ともかく、だ」
 ぐーんと身体を伸ばしつつ、アルさんは吐く息の勢いに乗せ、続けた。
「混沌を消滅させるとか、なんか、いい方法はねぇのかな?」
 なんか、ねぇ……と、私もむむむと悩んでみたが──いや、まてよ?
「あれ……トマスさんがやったみたいに、混沌を使ってしまうとか──賢者の石を作った時のアレみたいに、なんか、そういうことは出来ないものなのかな?」
「ほう……」
 頭の帽子を上げつつ、ネリさんは小さく呟いていた。
「これはまた、面白い発言ですね……」
「これって、協調動作に関係するんですかね」
「さあ? そこは細かく調べないとわからないでしょうが、多分そうなんでしょうね」
「賢者の石を創った時のアレってーと」
 アルさんは私に向かい、聞いた。
「混沌を生み出して、錬成原石にそれを取り込ませて──とか、そういう感じのアレか?」
「そうそう」
「ああ、アルブレストで賢者の石を創ろうとした時の奴ですね」
 レイさんも考えるように顎に手をやりつつ、言った。
「なるほど。あれと同じような事をしたら、アルカエストが這いよる混沌を飲み込んで、旧支配者を一掃できるのではと、そう言うことですか……」
「旧支配者の一柱は置いといて、ネリ、どうだ?」
 身体ごと振り向いたアルさんの問いに、ネリさんはたっぷりと時間をかけて考えてから返していた。
「勇者ちゃんのご提案ですから、確かに行けそうな気もしますが──問題は、どうやってあそこでミスディンからアルカエストを創るのかですね。魔力の塔もなしに」
「確かに」
 再び腕を組むレイさん。
「いい線いったと思ったんですけどね」
 それに、アルさんはさらり、返していた。
「え? なんで? それ、いる?」
「ん?」
 あまりのさらりっぷりにか、ネリさんもレイさんも再び考えるような間をおいて──
「いやいやいや、待ってください。アルの言っているのはもしや……ええまぁ、確かに辻褄もあいますし、行けそうな……え? マジですか?」
 うろたえ気味なネリさんの台詞に、レイさんも思い当たったようで、ぽんと手を叩いていた。
「あー、なるほど! おそらく同じ事を考えているかと思うのですが、その案、輸送手段がなくないですか? たまご石があれば可能でしょうが……もともとはそういう流れなんですし」
「そうなの?」
「ええ、それはそうなんですが……いやしかし、これは勇者ちゃんの提案ですし、そこは何か空気を読んで──たまご石よりは、可能性はありそうな気もしなくはないですね……」
「いけると思うか?」
 水平線の向こうから、朝日が昇り始めていた。
「うーん……可能性の話ですが……まぁ……しかし、場合によってはクリアできなくなるかもしれませんが──」
 言うネリさんに、朝日の中、アルさんは腕を組んで笑っていた。
「すでに現状と変わんねーだろ、ソレ」
「それもそうですね」
 ふっと、私たちは皆、笑い合った。


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