studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2022.09.08

勇者ちゃんと、MMO RPG

Written by
しゃちょ
Category
読み物
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 分厚い鉄の扉が、鈍い音と共に開かれる。
 その音に、私は深い眠りの底から世界に引き戻され、覚醒した。
 扉の向こう、暗い通路の向こうから差し込んでくる光が私の頬に熱を与え、意識をはっきりとさせていく。
 ここは──
 目を細め、私はその向こうを見た。
 影が言う。帽子のつばに手をかけて。
「どうも」
 そこにいたのは大魔道士──補佐見習い候補──のネリさんだった。ネリさんは帽子に手をかけたまま私に向かって、
「お久しぶりです」
 なんて言って、声をかけた。
「……どういうこと?」
 聞きつつ、私はゆっくりと立ち上がった。そのついでに状況を確認しようと周りを見回すと、ここはどうやら牢獄のようだった。簡素なベッドと机と椅子が一組。部屋の隅に壺。マジか。
「状況がわからない」
 言いつつ、扉の方へと進んでいく。
「でしょうね」
 などと言いつつ、ネリさんは道を空けた。扉の向こうは石造りの薄暗い一本道で、ここはどこかの地下だろうか。その狭く暗い通路を照らすのは、ネリさんについて来ていた二人の兵士らしき人が手にしていた大きなランタンと、通路に等間隔に置かれた蝋燭の灯りだけだった。
「どうぞ」
 と、ネリさんに剣を差し出されて気づく。腰に剣がない。どころか、服が、質素な貫頭衣を腰紐で結んだだけの、大分みすぼらしい格好じゃないか。一体何があったのだ?
 ハテナハテナで、とりあえず剣を受け取り右手に持つ。
 そして、私は聞いた。
「さっぱり訳がわからないのだけど?」
「おっと、左手は使わないでください、まあ、多分使えませんけど」
「どういうこと?」
 首を傾げつつ、手のひらを上に向けた左手に意識を集中すると、ぱちぱちと赤い光が少し弾けて──けれど、そこに私の石は姿を現さなかった。
「あれ?」
「それも含め、ご説明いたしますので、どうぞ」
 そう言って、ネリさんは私を促した。
 ああ……なんとなく、想像がついた。
「なんかしたね? この世界の神様たちが。私に」
「そういう言い方をしないでください。マジで」

 私がいたのは、王城の地下監獄であった。
 何故、私はそんなところにいたのか。さて、ではその辺りの話をネリさんに語っていただこう。というのも、私には全く記憶がないのでな。
「つまり?」
 王城の一室。着替えのために通された割と大きな部屋の間仕切りの向こうとこちらで、私は着替えつつ、肩越し、ネリさんに向かって聞いた。
「つまりですね」
 向こう側で、ネリさんはくるくると歩き回りながら話していた。
「貴方は賢者の石を手に入れた後、当初の依頼を思い出し、王宮に戻って、王様に賢者の石を手に入れた事を報告したわけです」
「ああ、そういえば私達は、王様の依頼で賢者の石を探していたんだっけね」
「ええ、そこは忘れないでください」
「忘れてはいないよ」
 間仕切りのこちら、メイドが私の着替えを手伝おうと手を伸ばしてくるが、やんわりと辞退する。いやいや、いつもの装備に着替えるだけですから。お手伝いなど不要。
「まぁ、覚えてないけど、そういう行動はするかもね」
「したんです。そう言うことにしておいてください」
 そう言うことにしておいて欲しいらしい。まあいいけれど。
「それでですね」
 と、ネリさんは続けた。
「王様は賢者の石が既にアーオイルの手に渡ってしまっていて、アルス・マグナの復活に使用されてしまいそうだ、と言うことは知っていました。ですよね?」
「ああ、それは……まあ……」
 腰回りのバッグや剣やらの位置を整えつつ、返す。それはまあ、以前に賢者の石を取られてしまって、下の世界へ向かう必要が出たときに報告している。その報告を受け、王様は私達に下の世界の住人達と協力し、アルス・マグナの復活を阻止できないか、と、相談を持ちかけていたのだが……まぁ、成り行き流れでその依頼を受け、私たちは下の世界を旅していて──いろいろあって先日の巨人討滅戦──の流れ、というわけだった。
「ま、その状態で賢者の石を手に入れたと報告を受ければ、普通、それはアルス・マグナの復活を阻止した、と捉えますよね」
「まぁ、確かに」
 そうだな。
「ところがどっこい」
 などと、ネリさんは笑った。
「賢者の石を手に入れたというのは、なんと驚き、奪われた賢者の石ではなく、終末の巨人の中にあった別の賢者の石だというではないですか。話を聞けば、問題は何一つ解決しておらず、それどころかむしろ増えた。これは困った。実に困った!」
「まぁ、わかる。何か、誰かの代弁のようにも聞こえるけれど」
「こちらへのご配慮、ありがとうございます。それでです」
 着替え終わり、間仕切り向こうへメイドと共に戻ると、ネリさんが両手を広げながら、「王様は聞きました」と、私に向かって聞いた。
「それで、賢者の石はどこに?」
「私の中に」
 さらりと事実を返すと、
「それです!」
 どれです?
「貴方、あろうことか、手に入れたその賢者の石と同化してしまっていたわけです。つまり、貴方は第二のアルス・マグナとなってしまっていた!」
「私が世界を滅ぼすとでも?」
「そう考えても、仕方がないでしょう」
「ゲームバランスは崩壊させられそうだな、とは思うけれど」
「それ、私たちにとっては世界の崩壊と同義なんですけど?」
 さもありなん。
「それで」
 と、ネリさんは続けた。
「貴方はあまりにも危険すぎると言うことで、その身を拘束され、地下牢にぶち込まれました」
「という、ストーリー」
 私は腕を組む。
「すみません、一応これ、配信してるんで、合わせてください」
「なるほど。全く記憶がないのは、そのショックで私の頭が混乱してしまっているからなのね……」
「そう言うことです」
「思ってないけど」
「思って! 思って、勇者ちゃん! 貴方のデータをもう一度使えるようにするのに、私がどれだけ苦労したことか!」
 うん……どうもこの辺はマジっぽいな。ごめん、ネリさん……迷惑をかけたね……私の所為だとは思わないけれど。
「で、私はどれくらい地下牢にいたことになってるの?」
 ともあれ、なんとなく現状はわかったので、ネリさんも伝えやすかろう辺りで、私が気になることを聞いてみることにした。まずは、あれからどれくらいの時間が経ったのか、だ。
「一ヶ月くらいですかね」
 さらり、ネリさん。
「え? 一ヶ月って、何日?」
「三十日くらいです」
「念のために聞くけど……それって、どっち時間で?」
「はっはっは」
 と、朗らかにネリさんは笑った。
「我々時間に決まっているじゃないですか。こちら時間で言ったら、およそ九十日です」
「そんなに!?」
 ちょっと待て。ちょっと待てよ。私はこの世界がゲームだと知っている。知っているからこそ、何日経とうとアルス・マグナが勝手に復活してしまうことはないだろうとわかってはいるが……だが、それでも九十日だと?
「あ、あえて……いや、聞かない方がいいとは思っているんだけど、こうして私とネリさんが話しているのだから、あ・え・て、聞くのだけれど」
 私は目を伏せ、おでこの辺りに手を当てつつ、いやいやまさかね、などと思いながら、いやいやでもな、と、ネリさんに聞いた。
「その九十日間、あの人は何を?」
「ああ、クエストもできませんし、ストーリーも進められないんで、ジェダさんやエル達と一緒に、試練の塔に挑んでましたよ。ちなみに一昨日かな? 最上階をクリアしました。ワールドファーストです」
「たいそうよろしゅうございますね!」
 脇を向いて、そっち側に向かって言い放ってやった。
 わかっていたよ! わかっていたさ! 私がこうして目覚めているって事は、貴方もこの世界のどこかにいるって事は!
 そのくせ、自分ではなく、ネリさんが説明に来たってことは、貴方、私に会いにくいとかなんとか、何かやましいことがあるんでしょうとね!
 わかってましたよ! わかってましたとも!
 私の心配などせずに、大いに楽しんでいたんでしょうとね!

 さて、そういうわけでまずは直接、文句の一つでも言ってやらねばなるまい。集合場所は見当が付いている。
 ということで、私はその場所へと向かうべく、王宮を後にし、跳ね橋の向こうの城下へと出た。
 ところで──
「でてきた!」
「あれが、噂の賢者の勇者!?」
「うわ! マジかわいい!」
「あの装備セット、いいな!」
「SS! SS撮って!」
「すみませーん! 目線くださーい!」
 などと、そこにいたエクスプローラーたちの人だかりに立ち止まり、思わず「うっ」と身を引いた。な、なにが……
 後ろに続いていたネリさんが、朗らかに笑っていた。
「あ、すみません。データ云々とかは我々の方でなんとでもなりますけど、リアルでの貴方の知名度に関しては、もはや我々ではどうすることもできませんので、これはマジで貴方たちでなんとかしてください」
「ちょっ……」
 エクスプローラーたちが、遠巻きにわいわいしている。近づいてきてどうこう、という人はいないようだが──あ、配信してるからか──いやしかし、これはちょっとどう──
「賢者の石、みせてくださーい!」
 と、人だかりの中の誰かが言った。
 ええっ!? と、私はうろたえる。後ろのネリさんに視線を送ると、
「いいですよ? さっき解除しました。出すことは出来るはずです」
 などと言うので、左手をちょっと持ち上げ、その手のひらを見た。意識をそこに集中すると、ぱちぱちと赤い光が左手の周りで弾け、集まり、そこに赤い石を顕現させた。
 出た!? と、自分でびっくりしていると、「おおー!」と人だかりが唸っていた。
「はいはい!」
 手を叩きつつ、ネリさんは前に出て言った。
「アイテム、『賢者の石』は、勇者が真に巨人に挑む決意をし、打ち倒したときにのみ手に入る、この世界最終最後の、究極のレアアイテムです! 効果は全ステータス、及びスキルの一時的な向上で、対象は勇者のみですが、詳細を知りたい方は、タップ・アンド・プロパティー!」
 眼前の冒険者たちが、みんなそろって宙を指先でつついている。視線と指先の位置から、どうやら私の左手のこれをつついているようだ。そして「おおー」「すげー!」「ゲームバランス、崩壊するレベル!」等と声をあげている。
 私の左手の、赤い石。
 どうやらこれは、私が手に入れた賢者の石ではないようだ。ま、あれはもう役目を終えたし、私にとっては何でもいいんだけどね。
「妥協点?」
 ネリさんに聞くと、ネリさんは帽子のつばに手をやって、にやりと笑って言った。
「ま、実際は貴方だけは本物を手にしてしまったので、もうちょっと複雑な制限がかかっているんですが……それはそれで、クエストリワードとして受け取っておいてください」
「複雑な制限って、何?」
「簡単に言ってしまいますと、貴方がシステムにアクセス出来ないようにするために、貴方もシステムからアクセスされなくなっています。つまり、完全にスタンドアロンな状態と言うことですね」
「……わかんないな?」
「簡単にいうと、世界は貴方に干渉しませんので、何があっても、世界が貴方を助けてくれることはありません。逆に言えば、貴方は世界の理を離れて、なんでもできる可能性があります」
「それ、別に今までと何も変わらなくない?」
「ええ、アルもそう言っていました」
 そう言って、ネリさんは笑った。
「故に、貴方は再び、この世界に目を覚ましたのです」
 そうか。
 ならばやはり、まずはあいつに会って、お礼の一言でも言わなければなるまいな。お礼のひとことでもな!
「はーい、通りまーす!」
 言って、私は小走りに人垣をかきわけ、城下へと向かったのだった。

 出会いの酒場。
 そのドアを「ばーん!」と開け、私は中に飛び込んだ。
「おまえー!」
 と、上げたその声が、
「おかえりー! 勇者ちゃーん!」
 という大勢の声と、ぱんぱん! と鳴った何かの火薬の音にかき消された。え? なに? と店内を見回すと、それなりの広さがある出会いの酒場の店内を、見知った冒険者仲間達が埋め尽くしていた。
「主役、とうちゃーく!」
 と、ニケちゃんが私の隣にやってきて、私の腕を掴んで店内中央へと引っ張って行く。
「え? なに?」
「復帰祝い。みんな、勇者ちゃんが今日復帰って、知ってたから」
 ニケちゃんに連れられ進む道すがら、レオナさんが手を掲げてハイタッチを求めていたので、いや、よくわからんがぱちんと手を打ち合わせ、ヴィエットさんがその手にジョッキを押しつけてくるのでそれを受け取って、拍手をしている師匠さんやベルくんさん達の間を抜け──店内中央へ。
「では、ひとことー」
 ニケちゃん。
「え? 何? 私?」
「いや、そうでしょう」
「ええー……?」
 目を細めつつ、首を傾げる。
 流されてるぞー、わたしー。
「ええっと……」
「恥ずかしながら帰ってまいりました~って言えばいいんですよ~」
 エルさんが珍しく野次を飛ばす。何故かそれで笑う一部。何の符丁だか、私にはわからん。
「ええっと……」
 と、私は頭を掻いて、言った。
「いや、なんか、いろいろご心配をおかけしたようで……」
 そしてそこに奴を見つけ、言い放った!
「主にお前のせいでなー!」
「ん?」
 カウンターで、エールのジョッキを口につけているんじゃないよ!
「はっはっはー」
 と、私に指さされた男。私の旅の相棒、私の相方、剣士アルベルト・ミラルスは、わざとらしく笑っていた。
「自業自得っていうんだ」
「なんだとー!」
 剣に手をかけてやると、
「いや、ごめん。私の所為だな」
 なんて言ってチロルさんが前に出てきたので、
「いや、違う」
「いや、そんなことはない」
 私、アルさんが同時に言って──チロルさんはにやりと笑っていた。「ぐぬぬぬ……」
「何はともあれー」
 言って、ニケちゃんがジョッキを手に、言った。
「かんぱーい!」
 そしてやや無理矢理に、私の手のジョッキにそれを打ち付けた。しかたがないなぁ……と笑い、
「かんぱーい!」
 と、私もそれを勢いよく高く掲げ、声を上げた。
 出会いの酒場の冒険者たちが、一斉にそれに答えて返した。鳴り響く拍手喝采。沸く冒険者たち。カウンターの奴もちょっと、それを掲げて笑っていた。
「はいよーし、アネゴ、シャバに出てきたアネゴに、オレからの放免祝いだぜ!」
 と、ダガーさんが木のトレイを手に私の元へとやってくる。
「放免祝いなんて、難しい言葉、よく知ってますね~」
「エル様……?」
 などと、中央テーブルにエルさん、レイさんがやってきて着く。椅子を引いてくれたチロルさんに促され、座る私。隣、ニケちゃんも座る。
 私の前に、ダガーさんが料理の載ったトレイを置いた。ごはんとみそ汁と、何かの焼き魚。ダガーさん曰く、和食。私の好きな!
「これ、みそ汁、何?」
「玉ねぎとわかめ。魚はリアルで近い味だと、鮭。あとはだし巻き卵な」
「日本の朝食ですね」
 テーブルに着きつつ、ネリさんも笑っていた。
 そして、
「アネゴ、おつとめご苦労様でした」
 なんて、何故かガニ股でアルさんが頭を下げる。ので、
「なにそれ?」
 私は半眼で、つややかに彼を見下してあげた。ふざけているのはわかる。
「アネゴ~」
 と、エルさんがほわんほわん、言っていた。
「アネゴ~、その鮭は舎弟のアル坊とレイ助が、わざわざ北の大地までいって捕まえてきたものですぜ~。アネゴ想いじゃないですか~」
 え? あ、いや……私はそんな、和食ごときで釣られるような、安い女ではないぞ。
「ちなみにその魚、鮭と同じように遡上するらしいので、沿岸でレイシュと二人、竿を立てて釣ってきた」
「二時間くらいですかね」
「え? マジで?」
「ネリが勇者ちゃん、なかなか起こしてくれないから、時間つぶしに。さっき」
「それは言わなくてもいいんじゃないですかね~」
 これだからアルさんは……と、仕方なく、私はむすっとしたふりをした。

「さて」
 と、テーブルに皆がついて一息入れたところで、レイさんが言った。
「こうして勇者ちゃんも戻ってきた訳ですので、ついにエンディングに向けて、我々も一直線ですね」
「というか、試練の塔をクリアしたプレイヤーに、賢者の石を保持している勇者様が、実は未だにメインシナリオをクリアしていないという状況もどうなのか」
 ジョッキのエールをやりつつ、ダガーさんは苦笑するようにして笑う。
「それこそ、片手で終わっちまうんじゃねーの?」
「それに関しては、問題はありませんね」
 と、ネリさんは骨付き肉をもぐもぐしつつ返した。
「アルス・マグナは、そもそも最低ILは設定されていますが、最高ILは設定されていませんのでね。AIがその強さを自動で変動させます」
「レベルが上がると難易度が上がるというのが、アルス・マグナ戦だからね。まぁ、一応、上限ロックはできるけど」
 苦笑しつつ言うチロルさんに、レイさん、ネリさんが続いていた。
「使わせませんが」
「いや、むしろ責任とって、マックスで挑んでいただきたい」
「まぁ、それはそれで~」
 いつものようにほわんほわんと笑いがら、エルさんがワインの入ったカップを両手で持って聞いていた。
「メインシナリオを進めるのは最もですが、せっかく勇者ちゃんも復帰したのですから、ひとまず肩慣らしで、どこかにちゃちゃっと行ってみますか~?」
 もぐもぐしつつ、成り行きを見守る私。
「肩慣らしっていうと、どこですかね?」
「ニケ、試練の塔登ってるから、試練の塔がいい」
「まあ、肩慣らしにはいいかもしれませんが……肩慣らし?」
「エンドコンテンツですが~」
「今、最低階誰だ? オレは580階」
「ダガーさんいつの間に……なら、最低階は私とニケちゃんかな? 丁度500階越えたところだよ」
「お兄ちゃんとレイさんは、650階?」
「師匠たちとワールドファーストを目指していたのですが……どこぞの暗黒騎士と、そいつに魂を売った剣士と導師に先を越されました」
「誰でしょうね~」
「誰だろうなぁ」
「冥府の底は渡しませんよ!」
 わいわいしている皆を、ずずっとみそ汁を啜りつつ見て思う。
 私、百一階までしか登ってないんだけどな……

「ちょっとー!? どう考えてもおかしくない!?」
 地の魔獣、ベヒーモスが私に向かって雷撃を撃ち放ってくる。
 当たれば即死だろうという、そのぶっとい雷撃をなんとかかわしながら、前線に向かって、
「ベヒーモスを召還してくるって、ちょっとバランス悪すぎない!?」
 叫ぶけれど、その先の最前線には白と黒の輝きを放つミスリルゴーレム二体を抱えるレイさんがいて、さらにその奥には宝石のような身体をした太古のアルケミストに張り付いたチロルさんが、次々と撃ち放たれてくる雷だの火炎だのを、フォース・シールドで受け止めていた。
「ウェーブ3でラストだっけね?」
 などと言いつつ、アルさんはダガーさんとベヒーモスに向かって駆け込んでいく。
「アル、お前先な」
「後ろとれるか?」
「余裕」
 走りつつ、軽いやりとり。そして「オラージュ・エクレール!」をアルさんがベヒーモスに叩き込む。迸った雷撃に動きを止めたベヒーモスに、「バックアタック……ラスト・ストーム・エッジ!」とダガーさんの連撃が続く。
「そしてー」
 アルさんは硬直したベヒーモスの前で身を屈め、それが再び前足を上げようとしたその瞬間に、
「セプト・エトワール!」
 の七連撃を叩き込み、振り抜く勢いと共にベヒーモスを霧散させていた。
「え? マジで?」
 びっくりするくらいあっさりと鉱石に戻されたベヒーモスに、私はぽかんとした。
「ベヒーモスとか、メテオ撃ってくるやべー奴って認識なんだけど、あなた達、どんだけ強くなってんの?」
「ベヒーモスなんか、Lv70時代のレイドボスだからなぁ」
 なんて、アルさんは錬成石をぱきぱきしつつ返した。
「キングベヒーモスならまだしも、ノーマルじゃあ、相手にもならん」
「キングベヒんもス」
 と、訳の分からない事をわざわざミスリルゴーレムを抱えたままでレイさんが言い、続ける。
「まー、正直、我々のILはもはや900台というところですので、レベル70時代の400クラスの敵とか、勝負になりませんね」
「じゃあ、ミスリルゴーレムはレイシュがなんとかする方向で」
「これ、ミスリルセイントとダークなんで、IL700台の敵なんですが?」
 ILというのはアレだ。デカけりゃ強い、その手の数値なのだけれど、
「私、IL800ちょいなんだけど?」
 前回の巨人討滅戦でエルさんレイさんに貰った神器級の武具より、すでにみんな、100近く高いだと?
「強くなりましたね~」
 とは、エルさん。
「西の森の頃は、私の860で驚いていましたのに~」
「勇者ちゃん、だまされてはいけませんよ。その人、950越えてますから」
「998です」
「え?」
「アクセ変えれば、999にもできるんですけどね~」
「アルさん、いくつ?」
「980ちょい」
「バカなの?」
 私がいない間に、何をしていたのだ? この人達は。
「賢者の石を使え。IL15パーセントアップだ」
 アルさんは言う。
「全スキルのレベルもあがるから、多分、石を使えば勇者ちゃんが一番強い」
「えー?」
 ほんとかよーなんて眼を細めつつ思っていると、最前線のチロルさんが肩越しに振り向きながら言っていた。
「あの……割とMPきつくなってきたから、さっさと片付けられるなら、やってしまってもらいたいのだが」
「私のミスリルゴーレムもお願いします」
「割と余裕そうなのに?」
「HP、常に黄色いんですが?」
「仕方ないですねぇ」
 言いつつネリさんは前に出ると、「全体巻き込みで撃ちますよー。ニケ、続いて波動砲よろしく」「りょー」二人は敵に向かって身構える。
「じゃ、勇者ちゃん、ミスリルゴーレムにフルーレして、ダカーポで奥のアーオイルな」
「いけるのかね?」
 うーむ……と、全く自信はなかったがアルさんがそう言うので、とりあえず私は左手を胸の前にかざしてそこに意識を集中した。ぱちぱちと赤い光が迸り、そこに私の石が顕現する。
 ふわり、風もないのに私の髪が宙に躍った気がした。
 世界の全てが私の目の中で速度を落とし、ネリさんが撃ちはなった氷の嵐のきらめき、その一粒一粒が認識できる。これはあれだ。竜の心臓の時のような、あれのもっとすごい奴だと感覚的にわかった。
 ニケちゃんが光の矢を二体のミスリルゴーレム、そしてその向こうにいる半透明の鉱石のようなアーオイルを巻き込むようにして放つ。
 それに、私は軽く床を蹴って続いた。
 閃光に続くこと刹那。レイさんの前に回り込み、踵をつく。
 その音が響くよりも早く、
「ラ・ロンド・フルーレ!」
 十六連撃──の八回目で、白いミスリルゴーレムが砕けた。そしてそのまま、隣の黒いミスリルゴーレムに八連撃。
 砕け散るミスリルの輝きの中、「ダカーポ……」と、床を蹴ってチロルさんの前に飛び出し、
「アル・フィーネ!」
 繰り返しの十六連撃は、その全てを打ち出す前に、鉱石のようなアーオイルの身体を砕いていた。

「あれ?」
 と、私がぽかんとしている後ろでは──
「え? なに? 今、なにが起こったの?」
 ニケちゃんがぽつり、つぶやいていた。
 エルさん、レイさんが、笑うようにしてそれに続いていた。
「いや~、ヤバいてすね~。今のは私でもちょっと見えませんでした~」
「アルさん、今の見えました?」
「ああ……俺は見えたが……反応できる気はしない」
「フルーレのプレモーションまでは見えたが……その先は全くわからんかった」
「私、全く見えませんでした」
 ダガーさんとチロルさんが苦笑しているところに、ネリさんが「はっはっは」と乾いた笑いで続いていた。
「ヤバい性能だとは思っていましたが、TR1479って、数値上の限界値ですね。マジでヤバい、賢者の石」
 いや──私が一番びっくりしているのだが?

 いろいろと試したところ、賢者の石は私時間でだいたい一日に一回、しかも私が一度眠らないと再使用できないと言うことがわかった。ネリさん曰く、「再使用はクールタイム四時間の設定なんですが、睡眠が必要と言うことは、チェックポイントが関係するんですかね」「おい、運営が把握してないぞ……」「ますますヤベーな」実にヤベーな。
 ともかく、突然こんな強大な力を手にしてしまったわけで、しかも一ヶ月──私的には三ヶ月らしいが──も剣を振るっていなかった私は、とにもかくにも、感覚を取り戻すというか慣れるというか……そんな感じで試練の塔にみんなで挑んだり、アルさんと二人の時はアウラの旅を続けて新たな門石を開いたり、ネリさんに誘われて冥府深くに潜ったり「496階のラスボスが倒せないんです!」「冥府はクエストが絡むから、そんな階層にまでたどり着けない」「あああー! ワールドファーストがー!」とかなんとかやって──七日ほど経った。
「遂に、試練の塔をクリアしましたよ!」
 と、アウラの次の門石をどのようにして攻略するかと作戦会議を行っていた我が家へ、レイさんがばーんとドアを開けて現れた。
「おお、おめでとう」
 アルさん。アウラの地図から顔を上げて、さらり。さして驚いた風でもなく。
「やっとですね~。冥府のワールドファーストも奪われてしまいましたから、さくっとクリアですか~?」
 エルさん、軽くえぐっていく。
「それは置いといて」
 などと、何かを脇によける仕草をしてから、レイさんは室内へと入って来た。後ろにはネリさん、ダガーさんが続いていた。
「三人とも?」
「ええ。冥府を攻略しようとしている隙に、ダガーさんに追いつかれてしまいまして」
「しかしアル、あれはなんだ」
 テーブルにつきつつ、ダガーさんは言った。
「650階のラスボス撃破後、651階の創世神話を描いたフロアはよしとしよう」
「あれはなかなか壮大でしたよね~」
「いえ、しかし652階です」
 テーブルについたレイさんがぐっと身を乗り出し、私に向かって聞いた。
「勇者ちゃん、ネタバレしていいですか?」
「どうぞ。むしろ興味ある」
 どうせ相方は知っているのだし、私としては特に問題はない。私は現状、チロルさん、ニケちゃん達と一緒に登っているので、未だ600階を超えたところ……だけれど、アルさんがクリア報酬の神器武器を手に入れるぞと言っていたので、どっかでみんなそろって最上階まで踏破するのだろう。
「なにがあるの?」
 興味だけで聞くと、レイさんが頷きながら言った。
「最上階には、神がいます」
「へぇ」
 神か。なるほど。神様が祝福してくれるのか。それはそれでいいな。それで、神器武器を貰うのか。悪くない。
「最も古き神、この世界の最初の神が、最上階におわします」
 もっとも古き神?
「ナンム?」
「そうです。ナンムです。最も古き神、ナンム。その姿が遂に我々の前に──なのに、どうして!?」
 おおぉと、レイさんは顔を覆っていた。
 ナンム。忘れられた名も無き最も古き神。私は会ったことがあるわけだが──
「驚いたろう」
 「はっはっはー」と、アルさんは笑って言った。
「ナンムの見た目が、ソアラのまんまで」
「なんで、世界を、神の存在すらも、変えてしまうんですか!?」
「あれはねーよ、アル」
 ため息を吐きつつ、ダガーさん。
「最高潮クライマックスで、ソアラだぞ? もう、神の台詞が耳を滑る滑る」
「俺にいうな。運営に言え」
「運営!」
「いや、ナンムのグラフィックは用意してあったんですが、どっかの勇者が公開前に勝手に創造してしまったので、変えるのもなぁとなりまして」
 ネリさん、他人の所為にするのはいくない。
「まだいいじゃないですか~」
 なんて、エルさんは笑っていた。
「私たちなんて、本人いましたからねぇ~。笑うなという方が無理ですよ~」
「そうだぞ、ソアラがソアラに神器を賜るとか、もうギャグだぞ」
「そうは言いますが……」
 と、ネリさんは帽子を直しつつ息をついた。
「ソアラさんはあれでα時代のキャラクリでないと創れないフェイスなんで、この世界最後のNPCとしては、割と好評なんですよ」
「我々だけが、世界に取り残されているというわけですね……」
 いや、そんな大層なことかね?
「しかし、ソアラが最上階にいるのかー」
 少し笑ってしまいながら、私は言った。
「見てみたいねぇ」
「よし、じゃあいくか」
 即答だったな、アルさん。「ニケとチロルさんもそろそろ来るだろう」「メインシナリオクリアが遠のいていきますよ~」
「ちなみに、ラスボスってなんなの?」
 私の問いに、レイさん、ネリさんが答えていた。
「基本六柱の神々がペアで出てきます。ククルとエン。テュルとフレイ、ラストがアヌとナンナですね」
「ナンナがキュア・オールを使ってくるので、正直最悪です。あんなのを信仰している人の気が知れませんね」
「ディスられてる」
「まあ、うちのカミさんだから、しゃーないな」
 そうか──いや、いいのかそれで。

 結局なんだかんだあって、それからさらに四、五日経って──
「おお」
 と、私はその細剣を手に、感嘆の声を上げたのだった。
 見た目はソアラ。しかしてその実態は最も古き神、ナンム。その神に、私は世界最高位の神器武器を賜って、
「これが、IL999の神器武器……」
「勇者の口から出てきて欲しくない台詞ですよ~」
 エルさんが苦笑しつつボヤく。
 そうは言っても、私はこの世界がゲームだと知っているしなぁ……などと、首を捻りつつ唸っていると、同じくそれを賜ったチロルさん、ニケちゃんも、
「うひょー、IL999だー!」
「まさか私が、IL999を手にする時がくるとはなぁ」
 などと、光弓とポールウェポンを手に声を上げていた。
 試練の塔。最上階。652階。
 星が瞬く空の下。神を前に、私は手にした剣を掲げつつ、肩越しに振り向いて聞いた。
「ねえ、これ、なんか光ったままの形状だけど、このままで使うの?」
 背後、アルさんは胸の前の空間をつんつんしつつ返す。
「いや。それは見た目が用意されてなくて、見た目は任意で選択するんだ。見た目を選択しないと、装備できない」
「なるほど」
 つんつんしているのは、おそらく私がこれを手にした事によって表示された、見た目の選択画面か何かなのだろう。同じようにニケちゃんやチロルさんも胸の前の中空を見つつ、人差し指でつんつんしている。「ニケ、イチイの弓が気に入ってるから、イチイの弓の見た目にしよーっと」「ただのロングボウの見た目から繰り出される、驚異の波動砲か……」「私はみんなの希望に応えて、聖騎士の戦旗槍にしようかな?」「いやいや、何もそこまで我々に忖度しなくてもよいのですよ?」
「勇者ちゃんは、何かリクエストはあるかね?」
 胸元の辺りを見ながら顎に手を当て、アルさんは言った。
「過去の装備ならとってあるし、なんでもできるが」
「あー、そうか。だからアルさん、王家の聖剣をぶら下げてるのか」
「うん。実態は神器武器」
「そうか。私は、そうだなー」
 アルさんが王家の剣を使っているなら、私はそうだなーと少しばかり考えて、
「エル・トゥラの、竜神の剣かな」
 言った。
「ああ、人気投票一位のやつか」
「ファンサービスってやつ」
「わかってんじゃん」
 アルさんが宙をつつくと、光の棒が、あのエル・トゥラで手にした竜の意匠を施した剣に姿を変えた。美しい白銀の輝きを放つブレードに、すらりとした長めのグリップ。そして、今の私にはあの頃とはまた違った意味を持つ、赤い宝石の輝き。
 私はしゅっと剣を軽く振るい、星の輝きにも似た閃光を振り払い、それを鞘に収めた。

「これはゆゆしき事態だと思うわけですよ」
 試練の塔攻略打ち上げと称したその日の宴は、試練の塔を見上げる平原、星降る空の下で行われていた。
 ダガーさんの煮込みハンバーグ──ビーフシチュー単品でもうまいやつにハンバーグとパスタまで煮込まれていて、うまくないはずがないし、当然バゲットの準備も万端だ──をもぐもぐしつつ、エール片手に語り合う中、レイさんが言った。
「いいですか。試練の塔を我ら、いつものメンバー全員がクリアし、もはやこの世界のエンドコンテンツのエンドにまでたどり着いてしまった今だからこそ、あえて私は言いますよ」
 と、レイさんは皆を見回し、言った。「なんだかんだで──」
「サーバークローズまで、あと一ヶ月半です」
 沈黙。
 誰も、何も、言えない。
「そういえば誰かさんの所為で、この世界は終わりを迎えてしまうんでしたね~」
 などと、ワイン片手に言うエルさんに、
「いや、元々決まっていた話!?」
 アルさん、一応反論する。
「そもそも今、明らかに俺に向けて言ったけど、もしも本当にそうなら、原因はこっちだろ!」
 私を指差さないでいただきたい。と、思いつつも煮込みハンバーグをもぐもぐする。
「いや、まあ、元々決まっていた話ではあるけどよ……」
 お代わりの煮込みハンバーグをニケちゃんに渡しながら、ダガーさんは言った。
「確かに一ヶ月は不可抗力だったが、その後の半月は、正直、遊びすぎだったんじゃねぇか? 試練の塔の攻略とか、冥府の攻略とか」
「視聴数は良かったようですけどね」
 ネリさん。
「まあ、なんだかんだで注目を集めていたところもありますが、実際、最前線を進んでいたパーティの配信でしたからね」
「ニケの登録者数も、結構増えた。アル兄、今登録者数、いくつ?」
「しらん」
「そもそもこの人、ライブ配信しているだけで、基本的な運営しているの、私ですし」
「というか、今こうしてただのダベりを配信をしているだけだというのに、見ている人が三桁に迫ろうかというのが脅威なんですが……何を期待しているんだ、君たちは」
「ダガーさんのレシピ解説ですかね~」
「Wikiを見ろ」
「まあ、ともかくです」
 と、レイさんはこほむと咳払いをして、
「今後の配信を楽しみにしているみなさんのためにも、そろそろエンドコンテンツのエンドにまで到達してしまった我々は、話の本筋に戻り、本来の目的を思い出すべきでないかと思う訳ですよ」
「本来の目的って、なんだっけね?」
 私に向かって聞く男。
「私の父を探すことかな?」
 フォークをなめつつ返す。
「ああ、そういえばそうだった」
「背けないで! 現実から目を!」
「当初の目的はそうだったかもしれないけれど、ストーリーはもっと進んでいるような……」
 チロルさんは苦笑をしつつ呟く。
「まあ、進んでいるというか、本来のストーリーラインとは全く違ってきてしまっているから、こんがらがっているというか……」
「もうむしろ、このこんがらがりのまま、フェードアウトでもよくね?」
「そんなことをしたら、大ブーイングですねぇ……一万を超える登録視聴者の皆様から~」
「いや、マジでどうすんの?」
「私に言われましても……主人公は貴方ですし」
「いや、主人公は俺じゃないだろう」
「押し付け合い宇宙」
 言葉の意味は全くわからん。が、
「それはともかく」
 と、レイさんは言った。
「このまま無為に時間を過ごしていくと、ラスト一ヶ月を切ったところで、アーオイルの最終侵攻が行われます。クローズドイベントと言ってしまえば、まあ、そうですが……」
「一応、公式発表としては、アーオイルの聖地ルルスからアーオイルの大侵攻が開始され、各町村を襲っていく──ってイベントの予定なんですがね」
 ネリさんはほがらかにエールのジョッキを掲げつつ言った。
「襲われた拠点は、そこの住人や建物の損耗が指定値以下になったら、アーオイルの拠点となるので、エクスプローラーが頑張らないと、最悪、ルーフローラにまで侵攻される予定です。いやあ、後味の悪いサービス終了ですねぇ」
「運営、趣味悪いー」
「しかもそれ、夜時間も侵攻されたらずるくねぇか? 明らかにAI側のが有利だろ」
「知りませんね。誰かさんが、この世界のバランスを崩してしまうような力を手にした所為じゃないですかね」
「他人の所為にするのいくない」
「侵攻を許してしまうと、ルルスへの道が閉ざされてしまうので、難易度が爆上がりしますよ~」
「マジでどうすんの、これ」
 聞く男。
「さあ?」
 返す女。
「いえ、だからそろそろ、本来の目的を思い出していただきたい。そう、この世界を救う、勇者として」
「勇者」
「指を指さない」
 なんとも失礼な奴だな。

 まぁ、それはともかく。
「ふむ……」
 荒涼とした大地の、赤茶けた丘の上から眼下を見下ろし、アルさんは唸った。
「あれが、大地切断が起こった巨人との戦いの地か……」
 見下ろす先には、巨人との戦いの際に構築された魔力の壁を生み出しているという、聖地ルルスへと続く唯一の道を守る要塞遺跡、バリトゥーヤ──上位古代語で、最後の壁という意味らしい──その遺跡が見えた。
 荒涼とした大地をオルムの子孫たちに導かれ、古き言葉に従いナルフローレの者達と続けた旅路の果て。遙かな、数百年の歴史を逆に辿ったその道の向こう、淀んだマナの停滞する大地を、静かに吹き抜けていく風の向こうに、それはあった。
「静かに滅び行く世界……ね」
 見下ろすアルさんの隣に立ち、私は小さく呟く。
「なんで、こんな風になっちゃったんだろうね……」
「そうだな……」
 ちらり、私を見てアルさんも呟くようにして返した。
「オルム曰く、世界の公理、摂理、その創世に手を伸ばしたが故に、世界によって滅ぼされようとしているとかなんとか」
「人が、神になろうとしたが故に?」
「そうかも、知れないな……」
 呟く言葉と向けた視線にならって、私も小さく続けた。
「人が神になろうなんて、おこがましい……って事なのかね……」
「ああ……」
 などと──
「いえ、何やらシリアスな雰囲気を醸し出していますが、貴方たちが言えたものではないのでは?」
 背後、レイさん。背中から刺してくる。
 ともあれ。
「よし、とりあえずメインシナリオに戻ってきたぞ、という演出はした」
「何も問題はない」
 アルさん、私、うんうんと頷きあう。
「これはヒドいですよ~」
 ほわほわ笑うようにして、エルさんが言っていた。
 さて──とにもかくにも、だ。
 くるり、アルさんは背後に振り向き、続けた。
「というわけで、なんだかんだでやっとここまで進めたので、皆の衆、準備はよろしいか?」
 私たちの背後には、二十四人の仲間たちの姿があった。うん、ゲーム的にさくっと言ってしまうと、本日のメインクエスト、バリトゥーヤ攻略のためのレイドメンバー達だ。
「では、師匠さん。クエストの説明をよろしく」
 と、アルさんが言うと、「なぜ私が」などといいつつも、師匠さんは前に出てきて言った。
「あー、まあ、皆クリア済みだろうからあえて細かいことは言わないが、バリトゥーヤ攻略戦は、ご存じのように三ルートのいずれかで中央に向かい、バリア発生装置を破壊するというクエストだ」
「そうなんだ」
「へぇ」
 知らない若干二名。誰とは言わぬ。
「で、このクエストはもともと大量に敵が出てくる設定になっていて、総力戦の様相を演出するため、レイドで参加できるクエストになっているわけだけど、今回はなんと、アルくんの提案で、フルレイド三パーティによって、この三ルートを同時に攻略するという、前人未到の面白企画をやることになった」
 「