studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2021.09.25

勇者ちゃんの、勇者の資質(前編)

Written by
しゃちょ
Category
読み物
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 下の世界、カラニアウラの昼は薄暗く、空は常に厚い雲に覆われていた。
 荒涼とした大地に転々と存在するオルムの遺跡には、寄り添うようにオルムの子孫たちがほそぼそと暮らしていたが、その数はごくわずかで、古きオルムの作り出した鉱石魔神の方が多いくらいであった。
 静かに滅び行く世界、アウラ。
 私たちはオルムの古き言葉に従い、その世界の遺跡を辿りながら、アーオイルの聖地、ルルスを目指していた。
 空を飛べば──というのは最もな話なのだが、アウラの空は聖地ルルスを中心に、巨人との戦いの際に構築された魔力の壁によって覆われていて、その空を自由に飛ぶ事はかなわなかった。
 アーオイルが賢者の石の欠片を再び賢者の石に結合し、輝かせるためには、この澱んだマナの停滞する大地ではそれなりの時間が必要だろうというのが、ナルフローレの見解だった。どれほどの期間が必要となるかはわからないとの事であったが、私たちとナルフローレの聖騎士達は、いくつかのグループに分かれ、いくつかのルートで聖地ルルスを目指していた。
「代わり映えのしない世界だな」
 台地の上から、アルさんは広大な荒れ果てた世界を見下ろし、呟く。
「静かに滅び行く世界……だって」
 私は隣に立ち、それに返した。
「なんでこんな風になっちゃったんだろうね……」
「オルム曰く」
 アルさんが返していた。
「世界の公理、摂理、その創世に手を伸ばしたが故に、世界によって滅ぼされようとしているとかなんとか」
「人が神になろうとしたが故に?」
「さてね? 俺は別に神の力には興味がないんで、さっぱりわからん」
「私も、別にないけども」
 ひとつ息をついて、私もまた荒涼とした大地を見下ろしながら呟いた。
「アーオイルはなんでまた、そんなものに手を伸ばそうとしたんだろうね」
「ん?」
 アルさんは私の横顔を見、喉を鳴らすようにしてから聞いた。
「それは勇者ちゃん、俺に意見を求めているのか?」
「別に求めてはいないけども。考えがあるなら、聞くよ」
「別にない」
「でしょうね」
 静かに滅び行く世界、アウラを向こうに見つめながら──アルさんは言っていた。
「何かの理由があったんだろうと思いたいのか? まぁ、この旅路でそれを知ることも出来るとは思うが……」
「で、知った上でさ。それがもしも……もしもだよ? 共感できるような内容だったとしたら、アルさんはどうする?」
「世界を滅ぼすこともやむなしとするかって?」
「いや……まぁ……そうなるのかも知れないけれど……」
「それは……その時にならなきゃわからんな」
「ずるいな」
「おう」
 そして、アルさんはいつものように笑っていた。
「そもそも俺は勇者じゃねぇし、救世の英雄でもないしな」
「押しつけようとしてる?」
「昔、世界を救ったとある魔導士が言っていたんだがね……」
「なにをさ?」
「世界を救うってのは、滅亡の矢面に立つって事だ」
「どういうこと?」
「つまり滅亡の矢面に立つって事は、見たくもねぇモンも見なきゃならねーし、知りたくもねーようなことも聞かされちまうし、いいことなんか、なーんもねぇって事だよ」
 アルさんは滅び行く世界のはるか向こうを見つめながら、
「それでも世界を救うなら、それなりの理由を、自分自身で見つけるしかねぇんだ」
 そう言って笑い、歩き出した。
 理由──ねぇ……
 その背中へ、
「ああ……女の子を助けるためとか?」
 と、言うと、
「それ以上の理由はいらねぇな」
 歩きながら振り向きもせず、アルさんは左手をひらひらと振っていた。
「……そんなことだろうと思ったよ」
 仕方なくて、私も一つ息をついて、その背中に続いた。

 アウラの世界の遺跡を一つずつ進み、私たちは遺跡の門石を解放しながら旅を続けていった。
 たまにルーフローラに戻り、錬成石や消耗品を買い足しては戻り、進み、オルムの遺跡を皆で調査したりなんだりして──そんな旅路の途中。
 珍しく私の生まれ故郷、王都の城下町、あの出会いの酒場で宿を取った日、「なんで王都? ここなら、私の家まで行った方がよくない?」「いや、今日はちょっといろいろあってな。こっちの方が、面倒がなくていいんだ」なんて話をした、その夜の事だった。
 ざあざあと、雨の降る、夜の事だった。
 アルさんと別れ、いつもと同じように借りた個室でベッドに潜り込み、後は朝までぐっすり──のつもりが、いつもはそんな事はないのに、やけに雨音がうるさく感じて、私は目を覚ましてしまったのであった。
「む……」
 唸る。が、ざーと絶え間なく降り続く雨に、やけに目が冴えてきてしまう。
 こまったな……寝酒でもかっくらって、えいやっと寝てしまうか? などと考えつつ、そろそろと部屋のドアを開け、私は階下の酒場へと降りていった。
 酒場はもう店じまいなのか、客の姿は一人もなく、カウンターの向こうでは店主が店じまいの準備を始めていた。おおっと、迷惑かな? などと考えつつフロアに降りると、そこに、「おやすみ」と言って最後に別れたその場所に、棒立ちと言った感じで何故かアルさんが立っていた。
「あれ? なんで?」
 と、声をかけると、アルさんはふっと意識を取り戻したかのように顔を上げ、すぐさま外へと駆け出していった。
「ちょ……!」
 慌てて追いかけ──
 ざあざあと、雨の降る夜だった。
 酒場を出た私とアルさんの前に、チロルさんが立っていた。
 高貴な、私達をいつも守ってくれる白い鎧が、ざあざあと降りしきる雨の中、ひどく濁って見えた。
 言葉はなく──チロルさんは俯いて、唇を噛んでいて──雨の中を、レイさんとエルさんが駆け寄ってきて──エルさんはすぐさまチロルさんの肩を抱き、「とりあえず、中へ」と、彼女を酒場の中へと連れて行った。
 レイさんが、アルさんに聞く。
「……どこまで、知っていますか?」
「あまり……」
「先に言っておきます」
 レイさんは言った。
「これは、ルールのある、ゲームです。今回のPCの行動は、明らかにバグを利用した不正行為です。運営に報告すれば相手はバンされますし、彼女の勇者も、元に戻ります」
「わかってる」
「チロルさんの勇者って……むぎちゃんに何か!?」
 私はレイさんに詰め寄った。あんなチロルさんは見たことがない。何か、大変なことが──
「落ち着いてください」
 レイさんは言った。
「あなたにわかるように言うなら、そうですね──私達と同じエクスプローラーが、何処かで手に入れた眠りの石を使って、チロルさんの勇者を襲いました」
「!?」
「彼女の勇者は、今、覚めない眠りの中にいます」

 何が起きているのか。
 解らないまま、酒場のテーブルについてうなだれているチロルさんを見ているだけしかできない。
 隣のエルさんがチロルさんの肩を抱いている。
 アルさんとレイさんは、少し離れたところでそれを見ているだけで、いったい何が起こっているのか、何も話してはくれない。
 ほどなくして酒場にネリさん、ニケちゃん、そして何故か酒場の厨房の方から、ダガーさんが現れた。
「ニケ、チロルさんもホームにつれてく」
 と、ニケちゃんはチロルさんの肩を抱き、鍵石を取り出していた。
「すみません、お願いします。チロルさん、やっぱり一度、ホームに行きましょう。アルさんには、私たちから話しておきます」
「他の皆さんは?」
 と、ネリさん。他の皆というのは、多分、アカーシャさんたちの事だろう。
「むぎちゃんを連れて、先にホームに飛びました」
 返すエルさんに、
「じゃ、私もそっちですね」
 一つ息をついてネリさんは返し、チロルさんの手を取ったニケちゃんと一緒に鍵石を発動させ、ふっと三人、その場から消えた。
 そして──雨音だけが、そこに残った。
 何が起こっているのか、さっぱり私には解らない。
「さて……」
 言って、ダガーさんがテーブルについていた。
「アルよ、何が知りたい?」
 問いかけに、アルさんもテーブルに歩み寄って腰を下ろし、
「具体的に何があったのか、まったく解ってない」
 ため息混じりに、頭を掻いた。
「なるほど」
 言い、ダガーさんは片目を閉じてテーブルの上を人差し指で掻くように小刻みに動かしつつ、聞く。
「チロルさんの配信は見てねーな?」
「無論、見ていない」
「だよな……まあ、タイムシフトで見るのが一番手っ取り早い気もするが……それだとネタバレになるしな……判断はお前に任せるが……」
「お前の言葉を信じる。おまえの主観でいい」
「おっと、責任重大だな」
 そしてダガーさんは軽く居住まいを正し、
「さて。どう話したものか……取りあえず、みんなも座れ」
 言って、ダガーさんは手招きをした。ええっと……となりつつも、とにかく私もテーブルにゆっくりと腰を下ろした。
 皆がテーブルにつく間に、ダガーさんは人数分のカップにころころと錬成石を入れ、インスタントにコーヒーを錬成していた。
 そしてそれを配りながら、
「さて、これは勇者ちゃんには理解できる話なのかね?」
 言いつつ、私を見て口許を曲げて見せる。いやいや、言われた私的には、
「いや、なにがあったのか全く解らないから、とりあえずはあったことを話してもらわないことには」
 と、返す。
「まあ、そりゃそうなんだがな」
 言って、コーヒーを口に付けながら、ダガーさんはレイさんを見た。
「ネリは向こうに行っちまったから聞けねーが……レイさん、これ、勇者ちゃんはどこまで理解できると思う?」
 問われたレイさんはコーヒーのカップを手元に寄せつつ返す。
「どうでしょうね……いかんせん、彼女が認識している世界とは別の世界線の話ですし、リアルも絡みますしね……」
「いや、取りあえずは話してくれないと」
 私はレイさんの言葉を遮りつつ、カップを脇に寄せて聞いた。
「私には、何がなんだかさっぱり解らないよ。チロルさんとむぎちゃんに何があったの? 覚めない眠りってなに?」
 私はレイさん、ダガーさんを代わる代わるに見、問う。けれど、ふたりは困ったように首を傾けるだけで、
「アルさん……」
 両手でカップを包むように持っていたエルさんが、ゆっくりとした調子で言っていた。
「ここは、アルさんにお任せしますよ。正直、これは勇者ちゃんは知らなくてもよい事だと、私的には思います。今ならパーティを解散してしまえば、チェックポイントまでのロールバックも選択可能ですから、勇者ちゃんを巻き込まないようにするのであれば、今の内にパーティを解散して──」
「待って、エルさん」
 私は手を突きだし、エルさんを止めた。
「ちょっと何を言っているのか解らないんだけど、もしかして、私の事をのけ者にしようとしている?」
「これは……」
 困ったように、エルさんは苦笑していた。
「第六世代らしい反応をされてしまいました」
「で、いいのか? アルよ」
 コーヒーを啜りながら、ダガーさんは片目で聞いていた。
「どういう反応をするか解らんし、理解できるかも解らんけど、このまま続けるのか?」
 私はダガーさんの台詞を受け、アルさんをじっと見た。じっと、見つめ合う時間がしばらくあって──
「ま、ありのまま、そのまま話していいんじゃねーの?」
 アルさんは一つ息をついて、ダガーさんに向かってそう言った。
「理解できるかは、わからんが」
「馬鹿にしてんの?」
「そういう訳じゃない。が、多分、ダメなんだ」
「聞いてみなけりゃ、解らないよ」
「まあ、そう言うだろうとは思ってたけどよ」
 ため息混じりに言って、
「配信も入れた。そのままいこう」
 アルさんも一口、コーヒーをすすった。
「ここで話すのか?」
 ダガーさん。
「インスタンスに場所を変えてもいいんだぜ?」
「いや、チロルさんは、話せればここで話すつもりだったんだろ? さすがに荷が重すぎたみてーだけど……配信していたからって責任感もあったのかも知れないが……知りたいのは皆同じだ」
「荒れるぜ?」
「その時はその時だ」
「その時はもう来ちゃってる気もしますがね……」
 ため息混じりにレイさんは言って、酒場の入り口に視線を送った。つられ、見ると、いつの間にかドアの両脇に師匠さんとヴィエットさんが立っていた。「問題になりそうなら、押さえとくよ」「ありがたい」「後で奢れよ」
「さて」
 コーヒーのカップを脇に寄せ、ダガーさんは続けた。

「今日、チロルさんたちのパーティーが、アルス・マグナに挑んだのは知っているな?」
 じっとアルさんを見て言うダガーさんに、アルさんは目を伏せて頷きながら返す。
「もちろん。その打ち上げの約束をしてたから、わざわざ昨日、ここでログアウトしといたんだ」
「おっと、殊勝じゃねぇか」
「お前だって、そのためにそこで落ちてたんだろ?」
 と、厨房の方を指さすアルさん。ダガーさんは振り向きもせず、鼻を鳴らして続けていた。
「まぁな。いや、それで、ラストシナリオだ」
 「うん」と頷くダガーさんに、
「チーム元女子大生と、レイシュとエルでやったと聞いているが?」
 アルさん。「そうだ」と返して、ダガーさんは続けた。
「だがまあ、二人は直接現場は見てない。だよな?」
 視線を向けられたエルさん、レイさんは小さく頷き、
「はい」
「残念ながら……」
 言葉を濁すようにして返す。
「んで、ラストバトルのアルス・マグナ戦だが──」
 と、続けようとしたダガーさんに、私はちょいと手を挙げ、聞いた。
「ええっと……あの……アルス・マグナって……」
 それはアーオイルの王で、賢者の石を錬成したアルケミストで──私たちが今まさに向かっている聖地にいるという、アーオイルの事ではないのか?
「なんでチロルさんが……? それに挑んだ?」
「おや、早速混乱してきましたね」
「勇者ちゃん、取り合えず最後まで話を聞きましょう。質問はあとでまとめて聞きます」
 と、レイさん、エルさんに言われ、お、おう、と私は前のめりになっていた身体を椅子の背もたれに戻してコーヒーを口に付けた。苦い。
 ダガーさんは続ける。
「で、だ。アルス・マグナ戦だが……まあ、99レベル四人に、平均90越えのパーティーだからな。苦戦はしたものの、一人も欠けることなく、無事、アルス・マグナを撃破したんだ」
「じゃ、その後に?」
 聞くアルさんに、
「ああ」
 ダガーさんも椅子の背もたれに寄りかかり、背筋を反らしながら続けた。
「あれを倒すと、いったんエンディングに入るんだ。割となげぇ個別インスタンスでの自動イベントなんだが……で、エンドロールまで全てが終わると、この出会いの酒場前の広場にワープするんだな」
「ちょっとネタバレになってしまいますが……」
 レイさんがコーヒーを手にしたまま続く。
「アーオイルの脅威を知らぬままのルーフローラでは、勇者が世界を救ったという事実は公表されないんですね。で、プレイヤーと勇者は、王宮で内々に武勲をたたえられ、真の勇者の称号を得たりするんですが……最後、二人は再びこの世界に旅立つために、この場所で再び出会う──という終わりになるんです」
「大分ネタバレしちゃいましたが、まあ、そういう固定イベントなんですね」
 エルさん。小さい吐息。
「つまり、リポップする場所は全プレイヤー共通となっていて、配信を見ていた人なら、チロルさんとむぎちゃんがリポップする時間も場所も、解っていたという事なんです」
「ラストシーンですので、二人だけにしてあげようと、二辻ほど離れたところで待っていたんですが……それが逆にあだとなりました」
 じっとアルさんを見、レイさんは少し顔を歪めていた。
「突然……本当に突然、辺りのテクスチャが歪んで真っ暗になりまして……今思えば、あれは多分、システムが例外を処理して自己修復したことによるリロ