studio Odyssey



スタジオ日誌

日誌的なもの

「すげぇ!」
 アルさんが飛竜の背の上で声を上げた。
 見渡す限り、視界のすべては海、海、海。その眼下、ぽっかりと海に大穴が空いていて、そこに滝のように海水が流れ込んでいる。
 果ての海のその向こう。
 世界のへそと船乗りたちの伝説に呼ばれているその場所は、飛竜に乗って二日と少し、大空を飛んだ先にあった。
「……なんなのあれ」
 飛竜の背。タンデムの後ろから私は前のアルさんに向かってつぶやいた。いや……なんだあれ……話には聞いていたけれど、本当に海にぽっかり穴が空いていて、海水がどばどばと流れ込んでいるじゃないか。ものすごい水量に、どどどどと、空気をうならせる音が聞こえているわけだが……あんなに大量の水が流れ落ちているのに、海は干上がってしまわないものなのか……?
「あれがその、世界のへそ?」
「間違いなかろう」
 飛竜を旋回させながらのアルさんに、
「ちなみに中心に近づいてもいいですが、飛竜はオートで逃げてしまいますので、中には入れませんよ」
 魔法の絨毯の上から、レイさんが声をかけていた。
「絨毯は無生物ですが、絨毯だといけるんですか~」
 レイさんの操る絨毯の上、エルさんの質問にレイさんは「いやあ」と返す。
「残念ながら、絨毯では瀑布の風圧にまかれて弾き飛ばされるので……死にます。やってみます?」
「まぁ、吹っ飛ばされても鍵石で飛べばいいんですけど~、せっかくここまで飛んできたのに、情緒がなくなっちゃいますねぇ」
「お、ついたのか?」
 絨毯の上、ダガーさんが目を覚ましていた。
「ネリ、さっきメッセしたら電車だって言ってたけど、帰ってきてんのか?」
 言葉の先、絨毯の上であぐらをかいているネリさんは寝ている風だが……電車ってなんだ?
「お兄ちゃん、シャワー浴びてくるから、もうちょっと待ってろって」
 ぱちっと目を開け、ニケちゃんが起き抜けに言った。
「ニケ、チロルさんにメッセしとくねー。さっき帰ってきて、ご飯食べるって言ってたから」
 いや、チロルさんも隣で寝ているようなのだが……
「いやしかし、初期の徒歩移動の時もそうですが、この、ゲーム内時間で二日クラスの移動をさせるというクソ仕様は、アップデートと共に改善して欲しかったんですがねぇ……どうして残っているんでしょう」
「広大な世界を旅するという、情緒を味わってもらうためです」
 突然、目覚めたネリさんが言った。
「というのは建前で、勇者ちゃんと二人きりで長時間移動をしてもらうと、必然的に会話が発生しますので、AI的にはここでデータセットの整理やらなんやらを……まぁ、いろいろしているわけです」
「お兄ちゃん、いいから服着て」
「あれ? 二人とも、モニターログインですか?」
「ついたら切り替えます」
「ああ、私ももうちょっとしたら入るよ、今、スマホから声だけ」
 起きたっぽいチロルさんが、表情少なめに言っていた。
「へそなら、現地に着くのに、リアルであと二、三十分はかかるよね?」
「いや、アルだからな。あと一時間はかかるかもしれねぇぞ?」
「あそこ、突入したいんだけど、やってみていい?」
「やめろ」
「ですから、飛竜は近づくと逃げちゃうんで……」
「ダイブしたらどうなんの?」
「もちろん、死にますよ~」
「よーし……」
「私、止めないからね」
「いや、止めて! 止めてよ、勇者ちゃん! この人死んだらロールバックで、リアル二時間は無駄になってしまいますから!?」
「そしたらニケ、別ゲーやって寝る」
「私は別に、暇なのでいいですけど~」
「え? じゃあ、私もお風呂入ってきていいかな?」
「私、湯冷めして、風邪をひいてしまいますよ?」
「服を着ろ」
 なんだかよくわからない会話を繰り広げつつ、私たち一行はオルムの遺跡でユリアさんに依頼された調査のため、北の最果てから南の最果てへ──世界のへそと呼ばれる海の大穴の先にあるという、オルム人の末裔が暮らす七つの島を目指していたのであった。

続きを読む <勇者ちゃんの、運命の向こう(前編)>

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