恐るべき邪神の使徒たちが、世界を再生させんがため、邪神の眷族たちを次々と召喚し始め、世界中の人々に恐怖を与え始めていた。
邪神の使徒たちの目的は、その恐怖の力を集め、偉大なる邪神を顕現させ、世界に再生を、人に終焉をもたらすことであった。
これをよしとせんとする各国の王たちは、邪神に対抗するため、各国の主神の眷族たる勇者を召喚し、邪教の撲滅へと乗り出した。
この物語は、そうしてこの世界に召喚された、勇者たちの物語である。
「勇者さま!北の森にある村が、邪神の眷族におそわれたと!」
と、私はその部屋のドアを勢いよく開けた。
ばーん!と響いた音に、ベッドで惰眠をむさぼっていた勇者さまがびくう!と飛びあかり、落ちた。ベッドから。
いや、今、すごい音がしたぞ? 大丈夫か? まあ、曲がりなりにも、勇者さまだし、大丈夫だろうとは思われるが......
「......く、首が......し、死ぬ......」
変な方向に曲がってる!?
大丈夫じゃ、なかった!
「治癒魔法って言うのはね、こう、日常生活で、ギャグ漫画的な、次のコマでは無傷です、みたいな感じに使う物じゃないわけ。わかる?」
「勇者さまのおっしゃる、ギャグ漫画なる物がよくわかりませんが、私も、神の奇跡たる治癒魔法は、おいそれとは使うものではないと思います」
偉大なる大魔法使いを自称なさる勇者さまにとっては、神の奇跡たるその治癒魔法を、虫刺されに塗り薬くらいの気軽さでお使いになっているようですが。
「ともかく」
と、私は話を戻した。
「北の村が邪神の眷族におそわれたと」
「へえ」
「へえ......って、いや、なんで!? 勇者さま、異世界で、世界を救った勇者さまではないですか!? そこはこう、ほら!」
「えー......いや、もう、世界を救うのなんか、何回もしたくねーよ」
「あ、いやいや!召喚に応じて来てくださったってことは、私たちを助けて下さる意志があったって、そういうことですよね!?」
「えー......」
勇者さまは面倒くさそうに眉を曲げて、
「あれは、君が助けてって願った声が聞こえたから応えただけで、別に、この世界を救う気なんか、はなからねーんだけどなぁ」
と、何度言ったかわからない、本音を漏らす。
「つーか、そもそもー......」
勇者さまは続ける。もう、何度聞いたかわからない。なので、私の耳には届かない。
私が命懸けで召喚した勇者さまは、ずっとこんなだ。異世界、ミドカルドでは、神も魔族をも滅ぼすほどの力を持っていたという古代超兵器、ユミルの暴走を食い止めた、二十四人の冒険者のリーダーだと言うことだったが......
「聞いてる?」
「いいえ、聞いていません! そして、私の台詞も同じです! 助けてください!」
「ええー......」
嫌そうに唸る。
唸るが、私ももう慣れた。
私は胸の前で手を組み、祈るように懇願する。少し瞳を潤ませるのがポイントだ。と、勇者さまの世界にコンタクトが取れたときに、勇者さまのお仲間から教えて頂いた。
「いゃ、でもさー」
ほら、目線が泳いだ。
「それ、何時の情報よ?この世界、転移魔方や伝達系魔法はそんなに発展してねーじゃん?」
「ええ、村の者が伝達に!さきほど!」
助けていただける!
「じゃあ、今から行っても遅くね?もう、村、全滅してっしょ? 三日くらい前の話じゃね?」
首筋を撫でながら、勇者さまは言う。
「行ってもいいけど、嫌な思いするだけじゃねーの?」
この人は......そうかもしれない。でも、
「いや、でも、勇者さま! でも!」
この人は、勇者さまなのに!
詰め寄った私から、勇者さまは目をそらした。
「いや、まあ、見に行くくらいはいいけどもさ」
え!? と、目を丸くした私は、ぽつっと、自分の頬に雫が落ちたのに気づいた。あ、無意識だった。私、本当に泣いてた。
ばつが悪そうに、勇者さまは目をそらしていた。
勇者さまの風の魔法で、私たちは空を行った。早馬で一日はかかる距離でも、魔法で飛べば、半刻ほどだ。地理のわからない勇者さまをお連れするために、私も抱えて飛んで貰ったが、北の方角に飛んでいただければ、それで十分だったと、私は、私の無知を悔いた。
村は、すでに壊滅していた。
建物の焼け跡から立ち上る、幾筋もの煙が、私たちを出迎えた。
「あー......」
村の中央、井戸の周りの広場に降り立ち、勇者さまは天を仰ぐ。
「来るんじゃなかったろ」
言って、その景色に呆然としていた私を置いて、勇者さまは村の中央通りを歩き始める。勇者さまは「じゃー、ちょっくら行ってくるわー」と、独りで城を出ようとしたのだった。私は、それに強引について来たのだけれど、勇者さまは初めから、村がこうなっていると分かっていて、私を置いて行こうとしたのだろう。何だかんだ言っても、勇者さまはそういうお方なのだ。
「ま、まだ、生きていらっしゃる方々がいるかもしれません!」
「んー、だなー。息の根止めてやんねーとなー」
全然、言ってること、正反対!?
村には、人影はなかった。
先をいく勇者さまは、杖を振るい、魔法で瓦礫を避けながら、たんたんと行く。対して、私の足は、重い。
気にかけたのか、立ち止まって、勇者さまは外出時にはいつも被っている、言い方を選ばずに言えば、薄汚れた、古くさい帽子に手をかけて、言った。
「まあ、世界を救うっていうのは、こう言うことだ」
何を言わんとしているのか、ちょっとわからなかった。
勇者さまは大きく息をつくと、
「この世界には、世界を救うために、異世界の勇者たちが、何人も召喚されてんだろ?」
「ええ、私の知る限り、既に六人の勇者さまたちが、顕現しておられます」
「でも、世界は救われてない」
勇者さまは、ひょいと肩をすくめて見せた。
「みんなあれか? 俺みたいな、偽勇者様なのか?」
「いや、そんなことは! 今にきっと! 今にきっと、真の勇者さまが!」
「どうだろうねー?」
言って、勇者さまは帽子を押さえて、空を見た。
ごうと、その空から、風が降ってきた。
「おるろろろ?」
空から舞い降りた、その、翼をもった異形の怪物は、喉を鳴らすようにして言った。
「まだ人間がいたぞ」
長い首の先には、爬虫類の顔。手はなく、それがあるべき所に、蝙蝠のような皮膜の翼。鳥のような二本の足の右足には、女の子が一人、鷲掴みにされている。
「しかもまた、女ァじゃ、ねーかッ!? 柔らかい肉! 肉ゥゥゥゥ!?」
「いや、どうだろう?」
勇者さま?
「その子、生きてんの?」
「るろろ? たりめーだ! おらっちな、死肉を食うほど、おちぶれちゃー......」
鷲掴みにされていた女の子が、意識を取り戻したのか、ゆっくりと、私たちを見た。
生気のない、光のない瞳が、私の心臓を射抜く。私の息が詰まる。何かを言おうとして......声が、出ない。
勇者さまは短く、
「そうか」
呟き、手にしていた杖を振るった。
どさり、と、少女が地面に落ちた。
「返してくれ」
「ふァ?」
遅れて、怪物の切断された足から、赤黒い血が吹き出した。
「おるおああいい!? お、おらっちの、あしィィ!? いいいてぇェェェー!?」
「うるせぇ」
再び振るわれた杖に、風が圧となって、怪物を吹き飛ばす。凄まじい空気の爆発するような音と共に、怪物は背後にあった石造りの家の残骸の中に、弾き飛ばされた。
「この子、よろしく」
勇者さまの杖の動きに合わせ、少女の体が宙を滑るようにして、私の前にふわりと舞い降りた。
私は、ただ、彼女をしっかりと抱き締めた。
薄汚れた帽子に手をかけ、勇者さまは呟く様にして言う。異形の怪物を真っ直ぐに見つめ、その手の杖を、強く握りしめて、言う。
「世界を救うってのは、滅亡の矢面に立つって事だ」
その言葉は、私に向けられているのか、それとも、ただのいつもの愚痴なのか。
「見たくもねぇモンも見なきゃならねーし、知りたくもねーようなことも聞かされちまうし、いいことなんか、なーんもねーよ」
「うるろろろろぉぁァ!?」
瓦礫の中から、怪物が飛び上がった。
「おのれおのれおのれ! 殺すぞ! 人間! 殺す! おおおい! テメーらァ! 人間だァ! 人間がいるぞぉぁ! ころせころせころせころせ!」
異形の怪物の唸りが、大気を震わせる。怨嗟の呻きに、高鳴る羽音。それに呼応するように、空を埋め尽くさんばかりに、怪物たちが飛来する。
「恐怖! 恐怖に震えれッ! お前らの恐怖こそが、我らの糧ッ! カテ! カテ! カテェェー!」
「めんどくせえ」
呟きを続け、勇者さまは杖を振るった。
ぼっ!と、空気が破裂する音か響くと同時に、空を埋め尽くしていた黒い影が、まあるく晴れた。
「あで?」
半身を吹き飛ばされた異形の怪物が、空気を吐き出すように何事かを口にして、
「おおおおおおれのおおお! カラだ、おれ、のおおおお!」
叫び、それはどさりと地面に落ちた。おおおおと呻きながら、それは地面をのたうち回る。
「世界を救うとか、ぶっちゃけどうでもいいし」
「はふ!? はふ!? 恐怖? 恐怖? おらっちの、アレ、コレ、ナニコレ? 恐怖?」
「そもそも俺は、勇者じゃねぇし、救世の英雄でもねぇし」
「はふ!? はふ!? こいつ......! ころ、ころ、コロコロ、殺せオマエラぁ!?」
空の怪物たちが、一斉に私たちに向かって、急降下を始めた。黒い空が、私たちに向かって、まるごと落ちてくる。何事かをわめく声。世界を震撼させる、恐怖の羽音。
「ただ──たまたま、そこにいただけで」
勇者さまは、帽子を押さえてそれを見つめ、
「ただ、たまたまそこに、泣いている女の子がいただけだ」
ああ──たぶん、勇者さまは、本当にそれだけだったんだろう。
ただ、それたけで──
「勇者さま......」
この方は、世界を救った、勇者さまとなったのだ。
「この子を──」
少女を強く抱き寄せて、私は言った。
「私たちを──いえ、せめてこの子だけでも──助けてください」
私たちのその声は、何時いかなるときも、その耳に届く。
そしてその声は、何時いかなるときも、私たちの耳に届く。
「女の子にそんなこと言わせるようなやつぁ、男の子じゃねーな」
帽子の下、勇者さまは笑う。
そして、言う。
「まとめて、俺が助けてやる。もしもあれなら──ついでに──だ」
握りしめた杖が風を纏う。
生まれでた魔力の迸りが描く魔方陣に、風の渦巻く音が加速していく。
「いくぜ!」
そして落ちる空へ向けて、勇者さまは杖を振るった。
天を射ぬく、巨大な雷の魔法の呪文の、最後と共に。
恐るべき邪神の使徒たちが、世界を再生させんがため、邪神の眷族たちを次々と召喚し始め、世界中の人々に恐怖を与え始めていた。
邪神の使徒たちの目的は、その恐怖の力を集め、偉大なる邪神を顕現させ、世界に再生を、人に終焉をもたらすことであった。
これをよしとせんとする各国の王たちは、邪神に対抗するため、各国の主神の眷族たる勇者を召喚し、邪教の撲滅へと乗り出した。
「ほう! 風魔法を操る、異世界の魔法使いですか!?」
ある王国の円卓。自分たちと同じ、異世界の勇者についての報告を耳にして、眼鏡をかけたその若い魔法使いは、嬉しそうに言った。
「いやー、実は私、向こうの世界で結構気に入っていた冒険小説がありましてね。その主人公が、薄汚れた帽子を被った、風魔法の使い手だったんですよ」
青年は興奮ぎみに、
「いやはや、まさかとは思いますが、機会があれば、会ってみたいですね。おっと、すみません。それで、その国の戦力は、その勇者を加味して、どれほどのものになりますかね。場合によっては、我々の不安定な戦力を、安定させることもできるかもしれません」
「漏電さんは、戦力になるのかなー?」
と、青年の隣に座っていた、真っ白な肌に尖った耳をもった少女が呟く。
「いえ、漏電さんは、小説の中の話でしょう。この勇者さまは、世界を救ったが故に、召喚されているんですよ? 漏電さんとは違うでしょう」
「えー? でも、わたしたちも別に、世界、救ってないよ?」
「......まあ、そういう認識だとは思ってましたが」
少し考えて、青年は言った。
「ま、その話は説明が面倒なので、とりあえずおいとおて。ともかく、ぷかりボールの召喚が何時でもできるように、練習しておいてください。少なくとも、あの防御力なら、この世界の魔物は大抵、なんとかなるようですし」
「らじゃー」
「しかし、その魔法使いが漏電さんだったら、攻撃力だけなら、一級品です。是非とも、お会いしたいものですね」
そう言って、魔法使いの青年は窓の向こうの空を見た。
どんよりと淀んだ空は、この国の人々の心を、写しているかのようだった。
町の中央広場を見下ろすバルコニーから、演説を終えた騎士然とした少女が、部屋の中に降りてくる。
それを迎えた青年は、恭しく礼をし、
「流石は、勇者様です」
言った。
「兵士たちの士気も、大きく鼓舞されたことでしょう」
「やめてください」
外からは、数千にも上る兵士たちが、彼女が演説の最後に口にした、彼女の国の言葉で「勝利を我が手に」を意味する短いフレーズを、繰り返している。
兵士たちの胸には、それは約束された勝利への合言葉として、刻まれたのだろう。
青年は言う。
「御立派な演説でした」
「よしてください」
少女は苦笑混じりに返す。
「私は、勇者などという器ではありません。ただ、皆さんが内に秘めているであろう思いを、代わりに口にしているだけです」
「それが、皆を束ね、勇気を与えるのです。それができるからこそ、貴方は勇者様なのですよ」
「よしてください」
困ったように薄く微笑み、少女は続けた。
「とはいえ、今は迫る邪神の眷族に、局所的に対応しているにすぎません。早い内に、私以外の勇者たちとも連携をとらねば......」
「既に、早馬を用意しております」
「戦線の維持は?」
二人は、足早にその場を辞す。互いに真っ直ぐに、前を見つめたまま。
「信頼のおける軍師に任せています。参りましょう」
「ええ──一刻も早く、民のもとに、平和を取り戻すために」
少女は小さく頷き、光の中に足を踏み出した。
「名は?」
「名乗る程の名は、持ち合わせていない」
「勇者か?」
「傭兵だ」
「誰に雇われてる?」
「誰にも。雇い主になるはずだった国は、滅んだ」
二人の男は背中合わせに、互いの顔も確認せずに、続ける。
「南方の小国か。話には聞いている。難民は、海をわたったと聞いたが、ついていかなかったのか?」
「お迎えの勇者様がいたんでな。俺がついていく程でもない」
「例の女騎士殿か。会ったのか?」
「いや」
「女には、興味がないか」
「勇者といわれるような輩は、その手の話になると、饒舌になるらしいが、お前もその手合いの者か?」
「英雄は色を好むもんだが、まあ、俺は、その女騎士殿に興味があるだけだな」
そして男は剣を握り直し、言った。
「なんにせよ、お互い、ここでくたばる気はないってことでいいかい?傭兵」
「俺を雇うか?」
男もまた、大剣を握り直す。
「いいぜ、どうせ、死んだらチャラだ」
「同感だ」
そして二人は、左右に駆けた。
二人を取り囲んでいた邪心の眷族たちが、一斉に雄叫びをあげる。
それに、二人の勇者は雄叫びで応えた。
この物語は、それぞれの世界を救った勇者たちが、再びひとつの世界を救うために集う──勇者たちの物語である。
コメント[2]
キャー漏電さーん!(*´ω`*)
>「いやー、実は私、向こうの世界で結構気に入っていた冒険小説がありましてね。その主人公が、薄汚れた帽子を被った、風魔法の使い手だったんですよ」
まさに私の代弁でした!
ごちそうさまでした。
なろうの異世界もの、流行ってますよねー。
わたしもテンプレの最強ものとは離れた方向の設定を考えるの楽しかったりします。
小説としてかたちにするまではなかなかいかないのですけれど。
なろうの作品は、実は読んだことないので、勝手な思い込みなんだけどね。
漏電さんは、キャラたちがかなりよいので、使い勝手は、正直、よいです。
ファンタジーものは、やっぱりハイファンタジーに憧れる派。
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