studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2022.04.01

勇者ちゃんの、賢者の石

Written by
しゃちょ
Category
読み物
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 それは、後から聞いた話だ。
 突然目の前に現れたパーティリーダーのクエスト受注選択画面に、バンガローのリビングにいたみんなが驚きに目を丸くしていた中で、エルさんただ一人だけが、「だから言ったじゃないですか~」なんて笑っていたと。
 配信を見ていたアカーシャさんからのメッセに、何事か解らずリビングに慌てて戻ってきたチロルさんに、「ああ、チロルさん。お邪魔してます」などといつものように笑って、そして戻った私とアルさんに、
「男を見せましたね~」
 なんて言って笑って、
「何その、高校生の告白イベントみたいな感想」
 などと、ニケちゃんにイジられたりとかなんとか。

 ともかく。
「で」
 と、アルさんはリビングで腕を組んで、
「受注はしたが、このクエはそもそも巨人をどうやって見つけるのかという、そこからじゃねーのか?」
 「おい」と、私に向かって言った。
「いや、そんな事を私に言われても」
 テーブルに着き、ホットミルクをちびちびしていた私は、視線をそらしつつ返した。
「私は、巨人を倒せば賢者の石が手に入れられるだろうと思ったから、もう、あと残された時間で出来る事って言ったら、それしかないだろうなって、そう思ってアルさんに声をかけただけだから」
「クエスト発注者がダメなパターンのアレだ!?」
 ひでぇ言いよう。自覚あるけど。
「まぁ、ランダム湧きですからね、巨人」
 と、レイさんはキッチンスペースから夜食用か、オイルサーディンにスライスした玉ねぎをのせた皿を持ってやってきた。「バゲットとかねーの?」「ダガーさんが暖めています」「あと、ワインがあればいいですね~」「ちなみにこの木の実を潰した粉は、一味唐辛子のような味わいのするスパイスですので、おすすめです」「いいな」「うん、話を戻そうね。リアル時間で、もう日付変わってるんでしょ?」「リアルを理解して話しやすくなったけど、逆に面倒くさくなったぞ、こいつ」「ひでぇ言いよう」
 なんていつものように軽口を言い合うチロルさんのバンガローのリビングには、エルさんも参加してのいつものパーティメンバー八人に、駆けつけてきたアカーシャさんとハイネさんを加えた、アルさん命名、チーム元女子大生に、ヴィエットさん、師匠さん、選抜メンバー代表、セルフィさんとベルくんさんがいた。「ベルくん、こっちの小鉢、先に食っていいぞ」「え? いいんですか?」「おおお!? 一番箸、ベルくんさんか!?」
「はーい、ちゅうもーく」
 ごんっと、ワインの入ったカップでテーブルを打って、エルさんが言った。
「まず、画面の向こうにはおねむのみなさんもいらっしゃるかと思いますので、明日の遠足の予定を先に決めようと思いま~す」
 「おやつはいくらまで?」「バナナはおやつに入りますか?」「スポドリは不可です」何の話?
「配信してるの?」
 私がニケちゃんに聞くと、
「ニケもしてるし、勇者ちゃんのも配信されてるよ。はい、勇者ちゃん、ニケに向かって、かわいく笑って手を振って-?」
「いや、なんで?」
「サービス」
「明日の予定ですが、明日は平日ですので、みなさんが集まれるのは、早くて八時過ぎとかですかね~?」
「ニケ、学校終わったらソッコー帰ってくれば、五時半にはログインできるよ?」
「おのれ、学生」
「私、有給使って休もうかと思っています」
「ネリー!」
「いやあ、有給、腐るほどあるんで」
「私も有給とろうかな……」
「エミリー、落ち着いて。あなた、有給もう三日もないって言っていたでしょう?」
「あれ? そうだっけな?」
「社会人は大変ですね」
「他人事!?」
「はーい、話戻します~」
 再び、どん。
 相変わらずだな、この人たちは。

 で、空気を変えるように、レイさんが言った。
「そう。で、巨人ですが、奴はランダム湧きですよね? そうなると、まずは巨人とエンカウントできるのかっていう所からになりませんか?」
 それに、オイルサーディンをバゲットに乗せながらのネリさんが続いた。
「そこはあまり心配しないでもいいと思うんですよね」
「というと?」
 問われ、手をなめつつ、ネリさんは返す。
「これはあくまで仮説なので、完全に信頼してもらっては困りますが、一応クエストとして受注している以上、巨人は条件さえ満たせば我々の前に現れてくれると思うんですよね」
「となると、条件か?」
 ベルくんさんのカップにワインを注ぎながら、ダガーさん。
「条件って、なんだろうな?」
「単純に考えて、湧き時間だけじゃないかな」
 顎に手を当て、考えるように視線を斜めに向けながら、師匠さんは続けていた。
「巨人には、一定間隔の湧き時間がある。決まった時間に、ルーフローラのある程度決まったポイントのどこかに出現するんだ」
「そんな法則性があったのですね」
 「ほう」と、レイさんはワインを口にしつつ唸った。それにアカーシャさんが続く。
「でも、それが解らないとダメってことでは?」
「そこはそれ」
 ぐいっとワインをあおって、ヴィエットさんはニヤリと笑って見せた。
「伊達にトレイサーはやってないぜ? 任せろ」
「さすがだぜ、ヴィエット。今日、この日のためだけにお前を生かしておいて良かったと思える」
「まぁ、私も普通に解りますけど~」
「よし、殺そう」
「やめて!?」
「ティラミスさん、地図はあるかな?」
 師匠さんに言われ、ティラミスさんは鞄の中から地図をとりだした。「ルーフローラの全体地図でいいですか?」「問題ない。ええと、みんな見えてるのかな?」「ニケ、南側にいくー」
「まず、巨人の出現ポイントをタップしていくが……巨人は西の森、サウルヤ砂漠、神の頂、北限、へそ海域、南方諸島の全六カ所のいずれかにポップする」
「意外と少ないな」
 身を乗り出して地図を見つつ、アルさんが言った。
「とはいえ、六カ所すべてを張るのは、現実的じゃないか?」
「勇者ちゃんのいる場所か、アルのいる場所にポップするとは思いますが、そうでない可能性も考慮すると、六カ所にみんなを配置したいところではありますね……」
 ネリさんは「うーん」と顎に手を当てつつ唸った。
「トレイサーたちは、どういう風にヤマを張るんです?」
 その質問に、ワイン片手にヴィエットさんが返す。
「単純。前回出現した場所には絶対に出ない。それ以外の出現箇所は、トータル出現回数の少ない順に、確率が高くなる」
「って事は、五カ所のいずれかか」
「ネリ、確率いじって来いよ」
「なんでそんな明らかな不正行為」
「しかも配信している中で」
「いや、でも待ってください」
 と、ハイネさんが手を上げて言った。
「出てくる場所も大事ですけど、湧き時間は? むしろ時間の方が大事では? アルさんと勇者ちゃんがいなければならないのは当然ですけど、さすがにフルレイドで挑む事になるんですよね? 二十四人以上集めないと……」
「湧き時間は解ってる」
 言って、ヴィエットさんは片目を閉じ、ニヤリと笑って続けた。
「湧き時間は、今から20時間39分後」
「なんでそんなに細かく?」
「こちとら、トレイサーだぜ? 前回ポップ時刻からのカウントダウンタイマーくらい、準備してある」
「十時前くらいか?」
 アルさんが腕組みをしつつ、呟いた。
「その時間は、見たいアニメが──」
「殺・し・ま・す・よ?」
 エルさん、マジ過ぎてマジで怖い。
「と言うことで、まずは配信メンバーも含めて、参加可能なメンバーを募ろうか」
 言い、師匠さんはニケちゃんに向かって言った。
「参加可能なメンバーは、コメント欄に投稿。これはインスタンス化された時にそのエリアにいた者は全員参加可能だから、レイドメンバーでなくてもいい。まあ、レイドメンバーでないとお互いのHPが見えないから、支援は期待できないけど」
 ぴっと手を上げ、エミリーさんが言った。
「レベルは99前提ですか?」
「いや、レベルは不問。この戦闘にレベル制限はない。逆に言えば、レベル99が前提になっているくらいで、レベルシンクなんかは、一切かからない」
「はい!」
 ニケちゃんが手を上げて言った。
「はい、ニケちゃん!」
「見たいアニメが……ってコメントがいっぱいです!」
「殺・し・ま・す・よ?」
 微笑みのエル様。
「で、配置だが、どうするかな?」
 地図を見つつ、師匠さんは顎に手を当て考え込んだ。「こういうとき、頼りになるリーダーっていいよな」「アルさん……いえ、貴方にああいう役割は期待していませんが……」
「パーティ召喚石を持っている人は、何人いるのか、ニケちゃん、聞いてみてくれるかな?」
「と言うことなので、持っている人はコメント欄」
「パーティメンバーを呼び寄せる召喚石だっけ?」
「5つあれば当然全部カバーできるが……あとはトンネルゲート使いがいてくれるといいんだけど……あれはあんまり持っている人がいないからなぁ」
「えへん!」
「えへん!」
「え? ネリはともかく、エミリーさんも持ってんの?」
「あれ? 割と持ってる人いるみたいだよ」
「石?」
「うん、ゲートも」
「なら、とりあえず本命どころにアルさんと勇者ちゃんを配置して……あとはネリさんとエミリーさんを第二候補と第三候補に配置すれば……」
「師匠、それだと、石の受け渡しとパーティ組み直しが前提か?」
「うん。どちらにしろアルさんと勇者ちゃんが組んでいるパーティがレイドリーダーにならないといけないだろうから、各地に十六人は欲しいが……バランスとれるかな……ベルくん、遊撃隊のみんなのスキル構成って、前にリスト化してもらってなかったかな?」
「ありますよ。出られる人をまとめて送っときましょうか?」
「よろしく。じゃあ、そこは後で私が考えておくとして、通知方法はどうしようかな……ニケちゃん、五時半にはログインできるって言っていたけど、いける?」
「いいよー」
「私も有給なんで、お手伝いしますよ?」
「ネリくん……マジか」
「師匠さんの作ったリストを、こっちでみんなに渡せばいいです?」
「それで。リストには巨人の出現時の行動指針も書いておくから、それに従って動いてくれればいい。三十分前までに各自で現地に集合。パーティリーダーはこっちで指定しておくけど、人数は予備人員を含めて配置するから、申し訳ないけど、八人からあぶれた人はメッセして欲しい。他の場所と融通するかも知れないから。ないとは思うけど、ルーフローラの門石はすべて解放しておくように」
 ふんふん頷く皆を見ながら、
「いやあ……統率力のあるリーダーって、素晴らしいなぁ」
 などと、アルさん。
「いえ……」
 レイさんはオイルサーディンをつまみながら言っていた。
「いやまあ、貴方には期待していませんけどね……」
「ということで」
 師匠さんはアルさんに向き直り、言った。
「それでいいかな、アルさん」
「良きに計らえ」
「ははー」
 いや、何故そこでかしこまる……こいつ、本当に何もしていないぞ?
「まぁ、俺から一つあるとすれば」
 何もしていない男が、オイルサーディンを乗せたバゲットで師匠さん達を指しつつ、言った。偉そうに。
「前回巨人が出現した場所がどこで、次の最も確率が高い場所はどこか、だな」
「前回は神の頂だったかな?」
 ヴィエットさんに、
「回数的に、今回最も可能性が高いのは北限ですかね~」
 エルさんが続く。
「北限だと、あそこは障害物もないしエリアも広いから、戦いやすくていいんだがな」
 師匠さんが返すと、アルさんはバゲットをぽいと口に放り込んで返した。
「なるほど、解った。では、部隊の編成、および俺の防寒具の準備は任せる」
「ははー」
 何故そこでかしこまる……
 とにもかくにも、師匠さんがテキパキと指示した内容で、ニケちゃんとベルくんさんは何やらメモリストを作り始めていた。ティラミスさんはヴィエットさんに聞きながら、マップに出現位置のポイントを書き込んで、最寄りの門石からのフライングマウントでの飛行経路を書き込んだりしている。
 それがしばらくあって──こん! と、三度、微笑みのエルさんがワインのカップでテーブルを打った。
「では」
 そして、上座に座る彼女に向かって、言った。
「それでよいですか、チロルさん」
 皆の視線が、彼女に集まる。
 ただそこに座って、皆が進めていく話をどうしたものかと追いかけていただけの彼女は、最後に話を振られて、「えっ?」と、思わず身を引いていた。
「いや……その……状況が……」
「情勢は、目まぐるしく変わるものなのですよ~」
「主に、この男とその勇者の所為で」
 指さすレイさん。失礼。
「私はどんなお話があったのか知りませんので、現状にしか興味はないのですよ~。チロルさんが過去にどんな発言をしていたとしても、気にもとめません~」
 ワインカップを片手に、「あはは~」とエルさんは笑いながら、言った。「チロルさん」
「これは、私達にラストチャンスをくださいと言うことです。これが、本当にラストになると思います。承認していただけますか?」
「ニケも、過去の話は忘れた!」
 手を上げ、ニケちゃんは笑う。
「ま、そこは置いといてもよ」
 頭の後ろで手を組み、ダガーさんも笑って言った。
「別に、何のリスクがあるわけでもねーし、断る理由もないと思うけどな」
「ですよね」
 とは、ネリさん。
「むしろこれは、チロルさん専用クエストというくらいのシロモノですから、私としては、せっかくなのでトライしていただきたいですね。ぶっちゃけ、この結末を、私も見てみたい」
「同感ですね」
 レイさん、ニヤリと笑い、
「もしも本当に巨人を倒せるとしたら……それをかかえるとか、タンク冥利に尽きるじゃないですか。是非やってみたい!」
 と、勢いよく言って、ぐいっと、一気にワインをあおった。
 そんなみんなの台詞を受けて──
「俺からは、特に言うことはないね」
 腕を組んで、アルさんは言った。「というか多分」
「俺じゃなくて、勇者ちゃんが言うべきだ」
「なんで突然、私」
「お前の依頼だろ?」
「そりゃ、そうなんだけどさ……」
 そういう時だけ、都合がいい……
 ええっと……となりつつ、私は言葉を選んで、チロルさんを見た。「チロルさん……」
「ありがとうも、ごめんも、この件に関しては、別にいらないよ。これは私の依頼で、受けたのは、アルさんだからね」
「俺を巻き込むな」
「言い方は、悪いけどね」
 うまく出来ていたかは解らないけれど、私はアルさんみたいに笑って、言った。
「事のついでとか、モノのついでってヤツだよ。巨人を倒すついでに、チロルさんが抱えている問題も解決しちゃおうって、ただ、そういうことだから。チロルさんは何も心配しないでいいし、私達に何か言う必要もない」
 いや、ダメだな。
 チロルさん、びっくりしすぎて、固まってる。
 言葉もなく、何も返せず──やがてうつむいて──うまくいかないモンだな。
 アルさんが、私の肩を軽く叩いていた。
 笑うようなその口許に、私も返すように、ちょっと、笑った。
「では」
 エルさんが最後にカップでテーブルを打って告げた。
「今日はお開きです。明日は皆さん、遅刻をしないように! おやつは五百円までです!」
「おやつ買ってこないと……」
 そこか?

 目が覚めた。
 窓から差し込む朝日が、朝の空気を少しずつ覚醒させていっているのか、森の木々の葉音、鳥の鳴き声が、少しずつ音量を上げ始めていて、私はそれに引きずられるようにして目を覚ました。
 見慣れた部屋。ちょっと硬いベッド。私の部屋。私の生家。
「うーん……」
 と頭をふらふらさせつつも起き上がると、とりあえずベッドのサイドテーブルに置いてあった剣だけを腰につるし、私は部屋を出た。
「おはよう」
 と、部屋の中を禄に確認もせずに声を投げかけると、
「おう、おはよう」
 と、アルさんの声が返ってきた。
「ちょっと朝ご飯食べるから、待ってて」
 言いつつ、キッチンの棚に手を伸ばしてころころとした錬成石のいくつか手に取り、コップ二つとお皿を持って、テーブルへと向かった。
「アルさんも飲む?」
「それなに?」
「ホットミルク。昨日ダガーさんにもらった。起句は湯沸かしと一緒」
「もらおう」
 返しながらアルさんもテーブルに着き、私が石を入れたコップを受け取って上位古代語を口にしていた。湯気を上げる暖かなミルクがそこに生み出されると、それを私の前に置かれていたカップと入れ替えて、再び上位古代語を口にし、そちらのカップの方に口をつけた。
「ありがと」
 短く返し、私はお皿の上の二つの石をぶつけて上位古代語を口にする。と、それはふわっとした丸いパンに姿を変えた。
 さて──
「早くない?」
 テーブルについてパンを口にしつつ聞くと、
「そうか?」
 と、アルさんはカップを口につけたままで返した。
「うん、私の感覚的には、まだリアルで二時間近くはありそうな気がするんだけど?」
「おう、よくわかるな」
「一応、こっちの時間とそっちの時間は、ずれているとは言え、連動しているっぽいからね」
 と、窓の外を見る。
 朝。それもまだ、大分早い時間だ。感覚的には、今日の集合時間はこちらの昼頃のはずだから、向こう時間と比較しても、まだ少し早いと思えた。
「こっち時間でいうと、今、八時過ぎだな」
 あってた。
「いや、早くない?」
 もぐもぐしつつ聞くと、アルさんはゆっくりとホットミルクを飲みながら言った。
「ちょっと、寄り道をする用事があってな」
「ふぅん……」
 もぐもぐしつつ、
「それ、私も付き合う必要ある?」
「ないと思うなら、俺一人で行くけど?」
「いや、それはアレだね。後で私が知ったら、絶対に文句を言うタイプのアレだから、とりあえずは耳に入れといてやろうってやつだね」
 私はアルさんを指さし、言った。
「間違いないね」
「お前、昔はもうちょっと可愛げがあったと思うんだけど」
 ホットミルクを啜りつつ、アルさんは言った。
「付き合い、長くなっちゃったからね」
 私もまた、ホットミルクを啜りつつ返した。

 ラーゼンの南に広がる草原地帯、ファーベースンには、蛮族侵攻の折に遺棄された大小様々な町や村が遺跡となって点在していた。
 その内の一つ、草原の東部に位置する小高い丘の上の都市遺跡に、私たちは飛竜で降り立った。
 かつては中央広場であったのだろうその場所には、遺構となった水くみ場があって、その縁に座って、ダガーさん、レイさん、ネリさんがいた。
「よう」
 と、ダガーさんは飛竜から降りた私たちに向かって、
「時間前につくとか、お前、偽物だな?」
 などと、くだらない事を言う。
「相手がある事だからな。遅刻する訳にもいかんだろう」
 などと、普段時間を気にすることもないような男が、テキトーな事をぬかす。
 ともあれ、私は三人に向かって聞いた。
「相手って、誰?」
 どうやら寄り道というのは、人と会う約束のようだ。はたして誰と会うのだろう。予想はいろいろとつくが──
「お楽しみだ」
 言って、丘のてっぺんに見える正義と秩序の神の神殿跡に向かって歩き出したアルさんの後ろに続いた皆に、「なんだかね……」と、私も続いた。
 空は青。
 雲一つない晴天の下を歩きながら、アルさん、ダガーさんが会話をしている。
「しかし、よく連絡ついたな」
「六次の隔たり」
「ねぇわ」
「まあ、向こうは試練の塔の最高到達者だからな。実際、向こうの方がお前なんかよりずっとずっと有名人だぞ?」
「マジか。じゃあ、菓子折り用意した方がよかったかな?」
「取り入るのか」
「長いものには巻かれる派なんだ」
「心にもねーことを」
 などとくだらない会話を続け、やがて丘の上の朽ちた神殿の全貌が見えるようになってくると、青い空を背に、冒険者達がその場所に並んで立っていた。
 警戒した風でもない様子でアルさんはその冒険者達に近づいていき、
「配信してる?」
 と、軽い調子で中央に立っていた暗黒騎士、ジェダに向かって聞いた。
「してます。そういう約束でしたんで」
「ま、お互い、衆人環視の中の方が、面倒がなくていいだろ?」
「突然襲いかかったり、襲いかかられたり?」
 笑うジェダに、ふん、と鼻を鳴らしながらのレイさんが呟いていた。
「そっちがその気なら、こっちだって準備はしていますけどね?」
「五対六ですか? まあ、やるならやりますがね」
 帽子に手をかけながらネリさんが言うと、ジェダの後ろに控えていたあちらの三人──先日、私たちと一戦交えた時にいた三人だ──が、武器に手を伸ばしていたが、もう一人の商人風に見える若い男の子に「まあまあ」と止められていた。
 それを横目にみつつ、金色の髪のハーフエルフは興味なさそうにそっぽを向いて、風の中で揺れる髪を片手で押さえていた。
「それで?」
 と、ジェダ。
「わざわざ配信付きで呼び出したって事は、何かあるんでしょう?」
 問われたアルさんはちょいと首を斜めにしつつ、
「まあな。別にたいしたことじゃないが……」
 返す。
「まあ、ぶっちゃけ、昨日の戦闘の件だ」
 「でしょうね」と、ジェダは呟き、目を伏せていた。
「まあ、我々の間の話なんて、それくらいしかないでしょうし」
「うん、まぁな」
 会話する二人の後ろでは、双方の後ろ三人がバチバチと視線で火花を散らし合っているが……アルさんが続けようとしている会話は、なんとなく解っていた。
 解っていたからこそ、
「ちょっと、いい?」
 私は手を上げ、言った。
「配信してる?」
「してる。なんで?」
 私を見、不思議そうにアルさんは聞いた。
「いや、確認」
 返し、
「そっちも?」
 と、視線を向けて問う私に、ジェダも不思議そうに首を傾げて返してきた。
「してますよ? 見ているのはこの時間なので、百人もいませんが……」
「え? うち、二十人もいないんだけと……しかもほぼ身内」
「まあ、この件に関しては私たちの方が話題になっていますしね。もともとの登録者数も桁違いですし……」
「お、俺は別に、チャンネル登録者数を増やしたいとか、そう言うんじゃないだからね! もともと、編集作業とかめんどくさいから、未編集かライブ配信しかしないし、別にこっちに来てくれなくてもいいんだからね!」
「なんです、そのツンデレ」
「そして増える登録者数」
「それが狙いか」
「じゃあまあ、お互い、オフィシャルって事でいいのね」
 言う私に、「お前、配信がどうとか、オフィシャルがどうとか、どんどんスレていてくな」「主にあなたの所為でね」などと軽くやり合ってから視線を外し、そして──その視線を彼女に向け、言った。
「なら、一手、手合わせを願いたい」
 言葉の先、金色の髪のハーフエルフ、ソアラがそこで初めて私に気づいたように視線を向け、心底不思議そうなものを見るような目で私を見た。
「なんで?」
 と、問うたのは彼女ではなく、アルさんだった。おっと、心底不思議そうな目をしていたのは、私以外のみんなだったようだ。
「なんでまた?」
 問いに、
「んー……なんでだろう」
 私は踏みだしつつ、小首を傾げながら返した。
「わかんない。けじめ?」
 腰の剣に手をかける。
 前に出た私に、ソアラは少しだけ首を傾げた後、隣のジェダを見た。ジェダは特に逡巡すると言った風でもなく、小さく頷きを返す。
 ソアラは長い髪を背中の向こうにやるように頭を小さく振るうと、その動きに合わせて一歩、前へと踏み出していた。

 朽ちた神殿の前庭で、私達は向かい合った。
 神殿側にはアルさんたち、そしてジェダたちが並び、これはまた面白い余興が始まったぞ、といった風にこちらを見ていた。ところでその手のダガーさん特製燻製セットはなんてすかね。みなさん、さっきまで殺気びんびんでバチバチしていたくせに、今は仲良く酒でもいれそうな雰囲気ですね。
「あれ、別にそっちでPvP申請していたりはしないんだろ?」
 燻製片手に、アルさん。
「してません。この魚の燻製、うまいですね」
 と、ジェダ。
「これ、桜みたいな薫りがいいよな」
「ですね。これ、ダガーさんのお料理レシピ、人気出ちゃいますね」
「材料さえあれば、誰でもできるぞ?」
「深碧の渓流まで行って魚を捕まえてくる必要はありますが……まぁ、今時、深碧の渓流はたいした難易度じゃないですけどね」
「これ、燻製機ってどうするんですか?」
「鉄鍋二つで合わせるのが簡単かなぁ」
 盛り上がっているようですが──ともかく。
「一撃いれた方が勝ちって事で、いいかな?」
 私は剣を抜きながら、眼前のソアラに向かって言った。ソアラは小さく頷き、剣を抜きつつ返す。
「かまいません」
 お互い、同じ細剣使い。
 どちらも速さ主体の戦いになるだろう。
 受けきって一撃をいれるか、速さで上回って一撃をいれるか。なににせよ、腹は決まっている。これはなんというか、アレだ。けじめ。
「アルさん、合図を」
「俺か? じゃあ、コインでも投げるか」
 薫製を口にくわえたまま、ごそごそとバッグに手を突っ込み、中から大判のミスリル銀貨を一枚取り出す。
 そしてアルさんは陽光に輝くそれを人差し指の上に載せると、「んじゃ、いくぜー」と、親指で空高くにぴんと勢いよく弾いた。
 きらきらと光を反射しながら、銀貨が舞う。
 その光を視界に捉えながら、細剣を握り直す。
 ──ちん! と、それが石畳に弾けて音を立てた瞬間、私たちは同時に踏み出した。
 初手、「レイ・スティンガー!」で、ほとんど同時に閃光のように間合いを詰め合う。切っ先と切っ先がぶつかり、光が弾けた。
 互角。
 次いで、体勢を立て直すと同時に「セプト・エトワール!」をお互いに繰り出す。斬り、払い、剣戟の閃光と音が弾ける中、一歩も引かない私たちの間の空気が、ぴんと張りつめていく。
 互角。
 お互い、次が最後とわかっている。
 ソアラの足が下がる。
 私の踵が、音を立てる。
「ラ・ロンド・フルーレ!」
 十六連撃。拮抗する打ち合いの先──「ダカーポ!」
「アル・フィーネ!」
 繰り返しの十六連撃。
 そしてその最後の一撃に──私は左手を広げ、繰り出されてくる切っ先に向かって手を突き出した。
 一瞬、ソアラがうろたえるように目を開く。しかしその切っ先は止まらない。ミスリルの剣先は過たずに私の手を捉え、突き抜けた。
 鮮血が舞う。
 けれどそれで──私はソアラの動きを捉え、その身体を引き寄せた。
 最後の一撃。
 突きを、その喉元へ──!
 ──ちりりんと、コインが最後の音を立て、石畳の上に静止していた。
 陽光に輝く銀の切っ先が、ハーフエルフの真っ白な肌の、すんでのところで静止していた。
 ソアラはその切っ先に視線を落として言葉を失っていたかと思うと、やがて静かに目を伏せ、言った。
「私の、負けね」
 その言葉に、私はニヤリと笑う。
 笑い、そして剣の切っ先を下げ、静かに目を伏せ──左手をソアラの剣の切っ先から、覚悟を決めてぶっこ抜く!
「……ふふ」
 かっこよく目を伏せたまま──「いったぁぁああいぃ!?」
 いや、無理! 
「いってぇえああ! キュアしてアルさんー! マジ、いったぁぁああ!」
 いやマジ、穴! 手に穴空いてる!? 血、すごっ! 超痛いっ!?
「ひどい戦い方」
 腕を組んで、アルさんは苦笑していた。

 まあ、あれです。私の負傷はアルさんではなく、ジェダさん達のパーティーメンバーである所の、先の三人をなだめていた方が、キュア・シリアス・ウーンズで治してくださいました。ありがとうございます。
「初撃決着モード的には、先にヒットさせたソアラの勝ちなのでは?」
 などと、腕を組んだまま言う奴の言葉など聞きません。癒やしてくれなかったしな!
「ひどい戦い方でしたねぇ……」
 と、苦笑しているレイさんの隣では、先の三人の内の一人、ドワーフの方が、
「肉を切らせて骨を断つ。なかなか見上げた根性だの」
 などと言いつつ、髭をしごいていた。「どれ、ワシも一手……」「ならオレも……」「じゃあボクもかな?」やらないから。
「で」
 癒やしの祈りで左手の穴もふさがり、ぐにぐにと手を握って感覚を取り戻していると、それを見ていたジェダさんが言った。
「余興は以上で?」
 余興扱い。
「うん、大分、コメント欄は盛り上がった」
「まあ、それはこちらもですが」
 いや、余興だこれ。おのれ……
「で、本題だ」
 言って、アルさんはジェダさん達に向き直った。
「先の襲撃の件だが、あれをどのようにするかは、運営から俺に一任されている」
 向かい合うパーティーメンバー達が、沈黙で私たちを見ていた。
 私としては、あまり興味はないので、ぐっぱーしていた手の感覚が戻ると、「よいしょ」と、立ち上がった。
「全てを許そう、ジェダ」
 アルさんが言っていた。
「はなから誰も信じていないんですか?」
「なくもない。いや、そうじゃない」
 そのやりとりは何かの符丁か? 私にはわからないが。まあともかく、アルさんは続けていた。
「これは、ゲームだ。お互い、それで面白いものが見れたし、それでいいと俺は思っている。まあ、そっちがそう思ってないんだったら、話は変わっちゃうけどな」
 なんて事はない。
 この人は多分、これからなすべき事の前に、めんどくさい事を片づけてしまいたかったのだろう。だからこれはけじめ。
 アルさんの言葉を受け、ジェダさんは少し笑っていた。
「器量の大きいところを見せようと?」
「まあ、これでも一応、この世界を変えてやろうって、腹、くくってるしな」
 と、私に視線を送るけれど、私は知らないよ。世界を変えるのは貴方。
 私が一つ大きく息をついていると、それを見てジェダさんがゆっくりと続けていた。
「私達は、この世界で最初にアルス・マグナを倒したパーティーなんですよ」
「え? マジで?」
 びっくりしてアルさんは目を丸くしている。この世界がゲームだと知っているからその言葉の意味も分かるけれど、この人たちは歴戦の冒険者の中でも、その一番先頭にいる人たちらしい。まあ、勇者ソアラ、本気で戦ったら、絶対勝てる気がしないしな……
「試練の塔の100階ボスもそうですし、冥府の女王のワールドファーストも、私たちですよ」
 続けるジェダさんに、アルさん、
「え? 君たち、もしかしてすごい?」
 ちょっと引いてる。
「試練の塔の最高階到達記録も、私たちですよ?」
「それは聞いた。何階?」
「546階です。なので、最終階は、652階になるそうですね」
「中途半端な数字だな。いける気はまったくしないけど」
 そう言って、アルさんはまた笑った。
「まぁ、無理でしょうねぇ」
「そもそもオメーはまだ、クリアすらしてねーだろーが」
「あともう、三ヶ月しかないんですがー」
 仲間たちも、笑って言う。
 笑って、そして「うるせぇな」なんて言い合っていた奴らに、ジェダさんは息をついて、言った。
「だからこそ、この世界が終わってしまうことを、寂しく思っています」
 私たちは彼らを見た。
「この世界には、たくさんの思い出があります」
「冒険譚って言おうぜ?」
「それでもいいですけどね」
 苦笑するようなジェダさんの隣に、
「ちょっと、いいかな」
 と、ソアラが小さく手を挙げて歩み寄っていた。
「その話、長い?」
「ああ……どうだろう?」
「私、彼女と話をしたいんだけど、外していい?」
 と、ソアラは私を指さし、ジェダさんをじっと見つめていた。
 いや、なんだ……? 私は別に話すことなど……
 ジェダさんがアルさんを見て、アルさんが私を見て、いや、ちょっと。
 どうぞ、と、アルさんは半身になって道をあけ、促すようなそぶりを見せた。
「こっちはこっちで、ちょっと込み入った話をするんで」
「ありがとう」
 言って、ソアラはてくてくと歩き出し──あれ? これは私、ついて行かないとだめな奴か?

 ソアラは丘の上に立つ神殿を端の方まで歩いていくと、広大な草原を見下ろせるその場所で立ち止まり、私が隣にくるのを待っていた。
 はてさて、いったい何事かと隣に並ぶと、ソアラはファーベースンの向こうにあるはずのそれを、翡翠色のその目に映しているかのようにして、言った。
「王家の道を逆に辿って、初めて降り立った場所が、ここ、ラーゼンでした」
 その台詞には、どう答えたものかなと思いつつも、私も同じように草原の向こうを見た。
 青い空の下、風が優しく流れている。
「ラーゼンの王妃、エリシアをご存知ですか?」
 ソアラが言った。
 どう答えたものかなと思いつつも、
「ええ」
 と、私は短く返した。
 彼女が何を話そうとしているのか、私にはわからない。ただ、もしかすると──そう思いながら言葉を待っていると、彼女は静かに風の中で続けていた。
「あの人はハーフエルフなので、私と同じで、お友達なんですけどね」
 そして、少女のように笑う。
「あれが、そういえば、私が初めて勇者と呼ばれた出来事でした」
 それはたぶん、あの、王都の動乱の事だろう。彼女たちがどんな物語を紡いだのか、私にはわからないが、きっと私たちと同じように、百年の歴史の中を駆け抜けていったのに違いない。
「ハーフエルフといえば、ユリア・シーカーはご存知ですか?」
 私を見、ソアラは続ける。
「私はあまり頭が良くないので、ユリアさんの言っている事がちんぷんかんぷんで、ある島をひとつ、消失させてしまいました」
 確信した。
 彼女も気づいているか、知っている。
 私が答えられずにいると、ソアラは再び草原の向こうに視線を戻して続けていた。「この世界の隅々に、私たちの冒険譚があります」
「きっと、貴方たちのそれと同じように」
 風の中、彼女の金色の長い髪が揺れていて、青い空を映した翡翠色の瞳が、世界の向こうを見つめていた。
 彼女は気づいているか、知っている。だから私に聞いたのだ。
「父には、会いましたか?」
 はっとする。
 私は父には会っていない。それどころか、私が父を捜してこの旅を始めたことなど、彼女が知る由もない。それは彼女が、私と同じ物語の登場人物でもなければ。
「あなたは、この世界がゲームだと、知って?」
 横顔に向かい、私は聞いた。
 彼女が私と二人で話がしたいというのは、つまり──
「ゲーム?」
 と、ソアラはちょこんと首を傾げた。
「どういうことですか?」
 あれ?
 そこまではわかっていない?
「え? じゃあ、どこまで?」
 思わず口をついて出た疑問に、ソアラは軽く笑いながら返した。
「この世界に、勇者の物語がたんさんあると言うことは知っています。そして、この世界がやがて終わると言う事も」
 RPGとか、ゲームという概念はわかっていないんだと思った。けれど彼女は、やはり気づいている。
 ソアラは再び視線を戻して続けた。
「ジェダは詳しくは話してくれませんが、この世界が終わってしまえば、皆と二度と会えなくなるとも解っています。私は、その原因を取り除かねばと思って、あなたがその原因かと思いましたが、違うようでした」
「それで私たちに?」
「ええ。けれど、今話して確信しました」
 ソアラは言う。陽光の中、風に流れる髪をそのままに、勇者の威光を纏うような微笑みを、その口許にたたえたままで。
「貴方は、勇者だった」
 この世界にいるアルさん達のようなプレイヤーの数だけいる、勇者。そしてその数だけある、物語。
 彼女はその一番前を走ってきたからこそ、最初の勇者として、言うのだろうか。
「この世界が終わることは、もしかしたら不可避なのかもしれませんね。だとしたら、私は最後まで、皆と冒険譚を共にします」
 世界を映す翡翠色の瞳に向かって、私が言えることはたぶん、あんまりない。
 ないけれど、言った。
「世界は変えられる。勇者になら」
 私のその言葉に、ソアラは彼方を見て返した。
「貴方になら」
 だから私も、短く返した。
 一応、これでも勇者の端くれなんだっていう自覚くらいは、ある。だからそれくらいは、言う。
「貴方にも」
 ソアラは微笑み、言った。
 私よりもずっとずっと先にいる伝説の勇者は、微笑み、その強い意志を私に託すようにして、言った。
「戻りましょうか。貴方達には、やらねばならない事があるのでしたよね?」

 アルさん達の所へ戻ると、レイさん、ネリさん、ダガーさん、そしてあちらのドワーフさん、槍使いの方の計五名が、地面に突っ伏して倒れていた。
 で、残りの一人、短剣使いのボクっ娘ローグさんが「イッチバーン!」と、右手の人差し指を天高くに掲げていて──まあ、なんとなく想像はつくよね……
「お、戻ったか」
 腕組みで笑っていたアルさんに、
「話し合いは終わったの?」
「見てのとおり」
「余興?」
「まあ、そんなもんだな」
 さもありなん。
 なので、一応、聞いておいた。
「私たちの方は、見ていない?」
 配信とかいうのは、よく理解はしていない。してはいないけれど、まあ、簡単に言えば私が見聞きしているものが他の人たちにも見えている、というものだとは、理解していた。
 なので、離れていたとしてもアルさんは私たちの会話を聞くことができたはずだが、
「いや、見てない」
「ああ、そう」
 どうやら余興の方が優先度が高かったようだ。
「聞いておく?」
 一応確認してみたが、アルさんは腕を組んだまま、「いや」と、軽く口許を曲げただけだった。
「別にいい」
「そう」
 ま、だいたいわかっていたけどね。
「さて」
 軽く吐く息とともにぱんと手を打って、アルさんは言った。
「そろそろ、時間も迫ってきたな」
 突っ伏していた皆も、私の怪我を治してくれたヒーラーの彼が、リザレクションで起こしてくれていた。
 余興も終わり、さて──じゃあ後顧の憂いもなく、やらなきゃならないことに向かおうか、と、気持ちを新たにしたところで、
「アルさん」
 と、ソアラと並んだジェダさんが言っていた。
「アルさん。この、いずれ終わる世界でどうしてそこまで? と聞いたら、貴方はなんと答えてくれますかね?」
 彼は、私たちの話を聞いていたのだろうか。
 そしてその答えを求めて、私たちに刃を向けたのだろうか。
 アルさんは少し考えるように首を傾げ、そして言った。
「だからこそ。かな?」
 仲間たちと並び、アルさんは言う。
 いつもこの人は、変わらない。本人は認めないだろうけれど、だからこそ彼は、アルベルト・ミラルスなのだ。
「冒険活劇の終わりは、ハッピーエンド以外は認めない派なんだ、俺は」
 いつもの台詞に、
「惚れた女の子を助けるついでに、世界を救うような?」
 と、茶化す私。
「そう。でもヒロインいないけど」
「私」
「馬鹿な」
「なんだと?」
 軽口。
 笑い合う私たちに、ジェダさんも微笑むように顔をほころばせると、ゆっくり、静かに言っていた。
「いつか、私の勇者と貴方の勇者。そして私たちと貴方達とで、最高のシナリオをプレイできる時を楽しみにしてますよ」
「そんなこと言うなよ」
 言って、アルさんは戦いに赴くときのいつものように、腰の剣に手をかけ、告げたのだった。
「一緒にくるか? タンクがひとり、空いてんだ」
「暗黒騎士二人とは、ロマンが過ぎません?」
 レイさんが苦笑する。
「まあ、やってみたい構成ではありますが」
「それは孤独の魂二連発という、ものすごいロマンのある展開が期待出来ますね」
 帽子を直しつつ笑うネリさんに、ダガーさんが続いていた。
「でもあれ、使うとただの黒いでくの坊になるんだろ? その間に全滅するんじゃねーか?」
「それはそうですが、二連発が必要になった時点ですでに詰んでいると思うので、後はタンクなしでみなさん、頑張ってください」
「それは……! そうだな」
「どうだ?」
 にやり、アルさんは笑う。笑って、誘う。
「どうせなら、このワールドファーストも、狙ってみないか?」
 曰く、ゲーマーならその魅惑的な誘いは断れないとかなんとか。
 ジェダさんの仲間たちは、判断を彼に委ねるように、沈黙と微笑みで、彼を見ていた。
 隣、その彼の横顔を見て、ソアラも微笑み、告げていた。
「いってらっしゃい」
 少し、逡巡するような間があって──ジェダさんはソアラが静かに目を伏せるのを見て──ゆっくりと右手を動かし、宙をなぞった。
 微笑みのまま目を伏せていたソアラが、ふっと、光とともに姿を消していた。
「パーティーを解散するなんて、いつ以来でしょうね」
 笑う。
「その分、楽しませるさ」
 返す。
 いつものように。

「君たちに、言っておかなければならない事がある」
 と、魔導士さんは言った。
 チロルさんのバンガロー。
 そのリビングのテーブルについた私たち八人に向かって、魔導士さんは静かに告げた。
「今回の件、運営の方でもどう対処すべきか、先ほどまで会議を行っていた」
「え? マジですか? 私が有給使って休んでいる間に、そんな会議が?」
 ネリさんの言葉に、魔導士さんはひとつ頷くと、アルさんに向かって、
「今回の勇者の行動は、イレギュラー過ぎる」
 表情を堅くして言ったけれど、
「お前、常識ないってよ」
 即答したな、こいつ。
「私は別に、思うままに行動しているだけです」
 返すと、魔導士さんは私をじっと見つめながら続けていた。
「君は、この世界がゲームだと認識した上で、攻略の手段として、巨人に挑もうとしている。違うかい?」
「そうなの?」
 アルさんに問われて、
「ノーコメントで」
 ふいと顔を背けて返す私。ノーコメント。
「まあ、我々もいろいろと調べられる立場だから、いろいろと調べた上で、発言しているんだけどね」
 それなら私に確認する必要、なくない? まあ、墓穴を掘りそうなので言わないけれど。
 私がぷいっとしていると、魔導士さんはアルさんに向かって続けていた。
「正直、君の勇者はイレギュラーすぎる。我々はこの世界の安定運営の為、君のアカウントロックするべきではないか──と言う議論もあった」
「そんな事をしたら、大変なことになりますよ~」
 などと、エルさんは笑った。
「ご存じかは知りませんが、すでにチャンネル待機室は、二百人を超えていますからね~」
「それはエルさんが、そうすべく動いたからですよね?」
「なんのことでしょうね~? ねぇ、ダガーさん~」
「何のことだろうなぁ?」
 何をしたんだろうか、この人たちは……
「ここでアカウントロックなんてしたら、大ブーイングでしょうね」
 腕を組み、レイさんはうんうんと頷いていた。
「炎上だねー。ニケも、注ぐ油はいっぱいあるけどー」
 それは脅迫とか、そういう奴ではなかろうか。
 ともかく。
「それで?」
 と、アルさんは言った。
「それで、俺のアカウントをロックするとでも言いにきたのか? はたまた、これが最後の警告だとでも言いにきたのか?」
 不敵に笑うアルさんに、魔導士さんはゆっくりと目を伏せ、ひとつ息をついた。
「言ったら、やめるんですかね?」
「やめない」
 でしょうね。
「それに、俺たちは何一つ、規約違反などはしていない」
「いいきったぞ、こいつ……」
「GMの制止を無視していますけど?」
「そのアカウント、私物ですもんね? ニケ、GMアカウント見たことありますけど、アカウント名、ブルーですもん」
「垢バン上等か、アル」
「おう、やれるもんならやってみろー!」
「ひゅー!」
「じゃあ……」
「あ、ごめん、嘘」
 わいのわいのしている皆の中、一人テーブルの上座について沈黙していたチロルさんが、皆の会話の合間をぬって、ゆっくりと言った。
「アルさん達が、この件でアカウント停止されるなら、それは私の本意ではありません」
 じっと見つめる先の魔導士さんも、推し量るようなまっすぐな視線をチロルさんに向けていた。私たちもまた、チロルさんの次の言葉を、彼女を見つめてじっと待った。
「アルさん、もしも私が、この件はこれまでと言ったら、ここで止めてくれますか?」
 チロルさんは多分、本気じゃない。多分、本当にはそう言わない。
「本当に、チロルさんがそういうならな」
 だからわかって、アルさんは返した。他の誰も、その言葉に続く事はしなかった。
 返された言葉を静かに受け止めて、チロルさんはひとつ頷き、言った。
「我々は、巨人に挑みます」
「やめてください、と言っても?」
「むしろ、なぜ止めるんですか? 相手はあの、始原にして終末の巨人ですよ? この世界の、真の創世神です」
 そう、チロルさんは笑っていた。
「一介のプレイヤー達が、神を倒せるとでも?」
 誰かが、ひゅうと口を鳴らしていた。
 不敵に笑って肩をすくめたり、強く頷く勢いで鼻を鳴らしたり、目を伏せて苦笑混じりに小首を傾げたり──まあ、様々ではあったが、皆同じような反応をして、そして魔導士さんを見た。
「どうだ?」
 アルさんが、笑った。
 仕方がなくて、苦笑して、魔導士さんは白状した。「そうなんですが……」
「あなた達なら、本当にやってしまいそうで……」

「さて、時間だ」
 振り向く皆。
「行こうか」
 その声に、白の鎧を纏う金色の髪の聖騎士、チロルさんが、ゆっくりと頷いた。

 広がる草原。
 高地高原を、風がながれていく。
 そして──無数の鳥達が大きな羽音を立てて、空へと舞い上がった。
 山稜の向こう、巨人が、そこに姿を現した。

「覚悟はよいか、皆の者!」
 高地高原の岩の上、腕を組んで威風堂々と立つアルさんが声を発した。
「棺桶の準備はバッチリだ!」
 ダガーさん。
「さあ! 神殺しを始めようじゃありませんか!」
 レイさん。
 私たちの背後、ネリさん、エミリーさんたちが転送ゲートを開くと、その向こうから仲間達が次々と駆けだしてくる。
 パーティーメンバーを召還する錬成石の光に、続々と仲間達が光の中から現れ、三十、いや、四十、五十といった冒険者達が、巨人と対峙する稜線に姿を現し始めていた。
「しかし、本当に現れない筈の前回出現場所に出てくるとは……」
 師匠さんは言う。それにニヤリと笑いながらのヴィエットさんが続いていた。
「ネリくんが予想したように、本当にアルくんと勇者ちゃんのいる場所に現れたな」
「いやー、配信待ってる間、ずっとどきどきしてたよ」
 背後に並ぶパーティーメンバーの中、レオナさんが笑うように言う。
「事前に聞いていたとは言え、本当にチロルさんの家から出てきた所から、配信開始でしたからね」
 隣、前に出てきたベルくんさんに、ルーナちゃんが続く。
「これで巨人がここに出なかったら笑う、とか思っていたら」
「出ましたね」
「しかも、目の前に」
「むしろ笑う」
「囮に五カ所に散らばされた方は、気が気じゃなかったですけど……」
 まあ、それが作戦と呼べるのかどうかはともかく、私たちは巨人との戦場を、ヴィエットさん曰く「絶対に現れない」はずの神の頂、高地高原に定めていた。万が一の妨害を考慮して、ネリさん曰く、私とアルさんのいる場所に現れるはずという賭にのったが故の選択であったが、ともかく、最初の賭には見事勝利を収めたようだ。
「予定通りにパーティー構築! まずは師匠! ベルくん! レイド申請かもん!」
 指を動かすアルさん。
「その他パーティーは何組!?」
「4パーティー!」
「レイドを二つ! レイドリーダーはローテで。まずはアカーシャさんとラゼットさんで!」
「全く展開が読めませんから、パーティーが崩れたらレイドを解体、入れ替える運用で」
「了解」
「インスタンス化されますぞ!」
 次の瞬間、私たちのパーティーと、師匠さん、ベルくんさんのパーティーメンバー達から、
「キター!!」
 と、歓声が上がった。
「見たい! なんて出てるの!?」
「配信、配信見て!」
「録画! 録画はありますか!?」
「VRVで!」
「巨人・討・滅・戦!」
「討ち滅ぼせということか!」
 巨人がこちらを向く。
 その窪んだ眼下の奥の赤い光が、私たちを見据えて──たしかにぎらりと輝いた。
「覚悟はよいか! 各々方!」
 いつもの台詞をレイさんが発すると、「いやいやまて!」と、アルさんがそれを止めた。
「ここはチロルさんの見せ場だろう!」
「それもそうですね!」
「チロルさん! 号令をー!」
 振り向き、声をかけた先には、白く輝く鎧に身を包み、その手に戦旗槍を手にした金髪の聖騎士、チロルさんの姿があった。
 チロルさんはそこに堂々と立ち、そして雄々しく、
「遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
 戦旗槍を掲げ、声を上げた。「我は聖騎士、チロル!」
「故あって私はこの戦いには参加できないが、このインスタンスの最後の一人になっても、皆を信じ、ここに立ち続ける!」
 槍が輝く。
 生まれた光が戦場を駆け抜け、私たちの胸の内の何かを、強く鼓舞する。
 心臓の音が、高なる。
 見据える先、終末の巨人が、私たちに向かって真っ直ぐに立っていた。
「いくぞ!」
「おう!!」
 応えた五十を超える冒険者達のかけ声が空気を振るわせ、一斉に駆け出した足音が、強く大地を震わせた。
「乙女なら、やってやれですよー!」
 稜線から、開戦を告げるべく放たれたのは、ニケちゃんが撃ち放った巨大な光芒の矢。
 閃光は空を裂いて、巨人の頭を捉えた。
 そしてその光の矢を受け、巨大なゴーレムは──大きくのけぞっていた。
「通る!?」
 走りながらレイさんが叫ぶ。
「イモータルが解除されてる!? マジか!」
「まあ、勇者の意志に基づいて、クエストという形でAIがこのシナリオを認めていますから、そうなるだろうと予測はしていましたが……」
 頭の帽子を片手で押さえながら駆けるネリさん。ぽつりと、
「いやしかし……マジか……」
「マジこれ倒したら、賢者の石を手に入れられるんだろうな!」
 ダガーさんがネリさんの隣に並んで聞いた。
「不老不死、全知全能って、ゲームバランスが崩壊しそうな感じだが、ここまで来てやっぱナシでしたは勘弁だぜ!?」
「私に聞かれましても……」
「アルさん~、見る暇もないでしょうが、視聴数、うなぎのぼりですよ~。伝説級ですよ~。これは負けられませんよ~」
「おうよ!」
 強く、皆の先頭を走るアルさんが、剣を手に叫んでいた。
「一世一代の大勝負だ! 魅せてやるぜ!」
「ふっふっふ……暗黒騎士レイシュの制限解除した力! ついに、全視聴者の皆様にお見せする時ですね!」
「みなさ~ん、ごらんくださ~い。これが片手でアーオイル四天王を屠る、導師=アークプリーストの力ですよ~」
「行くぞ、勇者ちゃん!」
 その声に、私は頷く。
 私たちの背中に続く、すべてのみんなの想いを背負って──あのゴーレムを倒し、私たちは賢者の石を手に入れる!
「行くよ! みんな!」
 私たちは走る。
 剣の煌めきを身に纏い──勇者として。

「ダーク・フレーム・ウォール!」
 二人の暗黒騎士が同時に叫び、黒い炎を立ち上らせた。そして二人は大型の両手剣に炎を纏わせ、巨人の両足を同時に打った。
 ばあん! と炎が弾け、巨人がよろめく。
 よろめきながら、それは赤い目を光らせ、二人の暗黒騎士を両目に捉えていた。
「これを抱えるとか!」
「まったく想像がつきませんね!」
 レイシュ、ジェダの二人は左右に散りながら、巨人の視線を誘導する。その隙に、
「魔導士隊、かまえー!」
 ネリさんが杖を突きつけ、叫んだ。
「全色ボルト乱舞!」
 炎、氷、雷の矢が乱舞し、巨人の身体を撃つ。どどどど! と空気を唸らせる爆音が響いて、高地高原の空気を震わせた。
「近接は、取りあえず足へ攻撃!」
 ヴィエットさんに続き、ローグ達が巨人の足へと代わる代わるに連撃を打ち付けていく。
「負けてなるものか! 重戦士達! ワシらも叩くぞ!」
 と、ハルバードを手にしたジェダさんの仲間、ドワーフのドゥアンさんの声に続いて、斧使いのアカーシャさん、ダンテさんがバトルアックスを振り回して突撃し、それに槍使いのアルステッドさんとナナシさん達も続いていた。
 ずん! と響いた重低音に、巨人がぐらり、傾いでいた。
「お~、ダメージでてますよ~」
 エルさんが言う。
「ほらー! 剣士DPS陣! 負けじとがんばれー!」
 レオナさんが檄を飛ばす。
「続け!」
 アルさんを先頭に、剣士達が駆ける。アルさん、私、ハイネさんやタンクの師匠さん、ベルくんさん等も含めた、総勢十を超える剣使い達が、一斉に連撃で足を撃った。
 が、
「めっちゃかてぇ!?」
 連撃もそこそこに大きく後ろへと下がり、アルさんは叫んでいた。
「相性が悪すぎる?」
 隣に並び、私も続く。
「もともと、ゴーレム系に剣は相性悪いけど……」
「やべぇな」
 下がってきたヴィエットさんも続いていた。
「ローグ系も、正直、あまりダメージはでてない。デバフもほとんど効かないようだ」
「斬突補助なんかは、入りはするようだがな」
 と、ダガーさんも隣に並んで唸った。
「正直、斧、モール系の、打撃武器のがダメージが出てる」
「これは困った事になるぞ」
 下がって会話に混じってきた師匠さんが、アルさんをちらりと見て続けていた。
「DPS陣に、剣使いが多すぎる。コンボ前提で組まないと、これはちょっと、削りきれないかも知れない」
「パーティ主体で、コンボ前提のローテを組んでもらうか?」
「その方がいいかもしれないな。ダガーさん、伝令を頼めますか?」
「まかせろ」
 と、ダガーさんが振り向いて駆け出そうとしたところで、
「くるぞ!」
 前線から、レイさんの声が響いていた。
 声に、見ると、巨人が右足を高くあげていて──陽光を遮った影が私たちに覆い被さった。
「ストンプだ! 範囲内、はなれろ!」
「衝撃、転倒注意!」
 声が交錯する。
 そしてそれを割って、巨人は足を強く大地に打ちつけた。
 どおん! と凄まじい音が響いて大地が震撼する。両足に力を入れて踏ん張ったけれど、思わず後ろに五、六歩下がってしまい、なんとか体勢を立て直す。
「なんなの!?」
 声を上げて周りを見ると、足元の近くにいたDPS陣の魔導士、そしてヒーラーの何人かが衝撃に転倒していた。
「次! くるぞ!」
 ジェダさんが叫ぶ。
 その彼の視線を追うと、巨人が右腕を大きく振り上げているのが見えた。
「薙ぎ払い!?」
 そして巨人はその大きな腕を、自分が踏みつけた大地の上で転倒している冒険者達に向かって、薙ぐようにしてぐわっと振り払ってきた。
「インビンシブル!」
「フォース・フィールド!」
 薙ぎ払いの範囲内にいたベルくんさんとリックくんが、盾を構えてその腕を真正面から受けた。ばっと光が飛び散って、だけれどその腕の勢いが収まることはなく、その場にいた冒険者達の何十人かが、振り払われた腕に空へと巻き上げられていた。
「落下ダメージ! フォーリング・コントロール!」
 ネリさんの声に魔導士達が即座に詠唱する。が、振り飛ばされた人数に対して、魔導士たちの数が足りない!
「下がって!」
 と、前に飛び出してきたのはティラミスさん、コハクさん、そしてラゼットさんの、三人のヒーラー達だった。
「風の精霊!」
「その腕で受け止めて!」
 ティラミスさんとコハクさんの声に風が渦を巻く。渦巻く風の中に複数の女性の姿が見えたかと思うと、空中に舞い上げられていた者達の落下速度が、一斉にふわりと和らいだ。
「コントロール・スピリットロード! エレメンタリストの最上級魔法!」
 範囲回復のために前に出てきたレオナさんが、「うはー!」と叫んでいた。
「初めて見たー!」
 そしてさらに、
「木々よ、その腕で皆を受け止めて!」
 ラゼットさんが手にしていた短い枝を地面突き立てて声を発すると、それが瞬く間に成長し、枝葉が編み目を組んで、落ちてくる皆を優しく受け止めた。
「ドルイド魔法ー!」
 レオナさん。
「いいなーいいなー、アークプリーストにはそういう魔法、ないんだよなー。いーなー!」
「まあ、その分、レオナさんの方が純粋なヒーラー性能は上ですが~」
 横に並んだエルさんは言って、
「はい、レオナさん、ハルさん。ここでアークプリーストのすごいところを見せてあげてください」
「しかたないなー」
「聖なる、聖なる、主たる神。その偉大なる力をもって、戦士に祝福と癒やしの熱い抱擁を。セラフィム・ヒーリング!」
 二人が高々と天に手をかざして祈りの言葉を発すると、辺りを覆う巨大な光のドームが生み出され、癒やしの光が降り注いだ。
「ダメージ受けたものは、範囲回復にさがれ!」
 師匠さんの声に、満身創痍のベルくん達のパーティが下がっていく。
「おおお! ベルくんさんたち下がったら、ローテに支障ががが!」
 前線、レイさんが巨人を皆から離すように誘導しつつ叫ぶ。割と余裕のなさそうな声に、それを追いつつのジェダさんが続いていた。
「アルさん! うちのパーティと組み替えて下さい! 初見の大物でも、うちのメンバーならそこそこ耐えます!」
「早くも虎の子を使うことになるとは!」
 言いつつ、アルさんが空中に指を滑らせていると、
「あれ? 早くも出番?」
 と、金髪碧眼の少女、ローグのジニーさんがてこてこと前線に歩いてやってきていた。
「もうちょっと、だらだら観察してたかったんだけど」
「今のところ攻撃パターンのローテもみえてないですし、まずはそれの把握ですか?」
 隣、同じくローグの少女、クリスさんが「ふーむ」と巨人の動きを見つつ唸って、
「そういうわけで兄さん。ちょっと行って、死んできてください」
「そんな、行きつけの居酒屋に顔を出すくらいのノリで言われても」
 弓を手に、アーチャーのウィルさんがため息をひとつ。
「まあ、とりあえずは遠距離DPSとして、ある程度攻撃しつつ様子はみるけどよ。ともあれアレだ、前線、スイッチした方がよくね?」
「では、先生、お願いします」
 と、槍使いのアルステッドさんが言うと、
「どおれ」
 と、タンクのドワーフ、ドゥアンさんが腕まくりで前に出た。
「ジェダ、スイッチするぞ! タイミングは任せる! 行くぞ、ルード!」
 ハルバードを手に巨人の方へと駆けていくドゥアンさんの背中に、
「了解しました!」
 と、聖騎士のルードさんが剣と盾を手に続く。
「あああ! 支援! 支援まだしてないですよー!」
 と、アークプリーストのシェリスさんが「あわわ」と慌てて追いかけつつ、祝福の祈りをいくつかかけた辺りで、
「すみません」
 などと、なぜかラゼットさんが私たちに向かって謝っていた。
「取りあえずボクたちとサブレイドで前線を支えますので、その間に立て直してください。アカーシャさん! リリアさん! サポートをお願いします!」
 そう言い残し、走っていくその背中に、
「あれが、この世界のトップランナー達か……」
 アルさんはぽつり、呟いていた。
「あれ、俺たちと対して変わらなくね?」
「失礼」

 空は青。
 高い木のない高地高原の緩やかな台地を、冒険者達が駆け抜けていく。
 その先には、天をつく巨人。
 風を渦巻かせ動く巨人に、冒険者達が連撃、魔法を打ち込み、光と爆音を響かせている。
「魔導士隊、ボルトを切らすな!」
「極力コンボをつなげ! 剣士系、間を繋げ!」
「タンク、スイッチ! ヒーラー、二人範囲で!」
「支援切れる人は向かって右へ! ブレスかけ直します!」
 前線は連携が噛み合ってきた四パーティの皆が、なんとかという感じで支えていた。
 そこから離れて──
「戦況を整理しよう」
 チロルさんの控える稜線の手前側、急ごしらえの兵站には、全パーティの指揮官となっている師匠さんを中心に、各パーティの首脳陣が集まっていた。
「ダメージは出てはいるが、やはりリジェネの回復量がアホだな」
 開戦前に作った木のテーブルの上に並べられていたポーションの一つを口にしつつ、ヴィエットさんは言う。
「デバフいれて、コンボ前提の攻撃を続けているのに、減った分だけ回復されるって感じだな」
「制限時間二時間ってのも頷ける」
 と、こちらもポーションを口にしながらのダガーさん。
「オープンフィールドだし、通常のボス戦とは勝手が違いすぎるな」
「オープンクエスト系は長期戦もいくつかありますが、今回はインスタンス化される分、追加戦力がありませんからねぇ」
 ちらり、前線に視線を送りながら、ネリさんもポーションを口にしつつ帽子の位置を正す。
「今ある戦力でどうにかするしかありませんが……どうですかね、魔法でDPSを稼ごうにも、MPの息切れ時に回復されちゃいそうで」
「魔法は瞬発力はありますけど、MPの問題で継戦向きではないですしね」
 言って、息をつく師匠さんに、
「すみません、僕らが簡単に決壊してしまった所為で……」
 と、ベルくんさんが頭を下げていた。
 いやいや、それは、と私がいうよりも速く、ジェダさんパーティの弓使い、ウィルさんがベルくんさんの肩を叩きながら言っていた。
「いや、事前情報何もなしなんだ。それは仕方ない。むしろあの状況でインビンとフォース・シールドでタンクが耐えた分、吹き飛ばしだけで死者ナシだったんだから、ナイス判断だ」
「まさにその通り」
 言い、師匠さんは皆を見回し、続けた。
「さて、ここまでで約20分。敵の攻撃パターンはだいたい読めてきた」
「基本攻撃は、両腕のパンチ。これはタンクが三発までなら耐えられる」
 ヴィエットさんが右手の指をみっつ立てながら言う。
「むしろ、三発しか耐えられないとも言う」
「まあ、あのデカさだしな」
「これが五発繰り出された後、足を上げてのストンプか、上段からの両腕振り下ろし」
 と、ウィルさん。
「で、ストンプの場合、四回に一回くらいの割合で薙ぎ払いがくる」
 ため息混じりに、ベルくんさんが続いていた。
「ストンプは大分、対応できるようになってきましたけど、薙ぎ払いが入ると……半壊して魔導士とヒーラーが建て直しに入ってしまうので、大きく回復されてしまいますね……」
「まあ、それはしょうがないねー」
 などと、ポーションを飲みつつ、レオナさん。
「おや~? レオナさん、休憩してて平気なんですか~?」
「うちのメインタンク、そこにいるので」
 指さされた師匠さんは、「ふーむ……」と唸って続けていた。
「フェーズ1は、おそらくこのローテなんだろうな……」
「フェーズ切り替え時に何をしてくるかっスね」
 眉を寄せつつ、本日はチーム元女子大生に参加しているセルフィさんが腕を組んで唸る。ちなみに、「私たちもちゃんと元女子大生なんで、問題ないっス!」などと開戦前にアカーシャさん達に宣言していたが、セルフィさんのお友達のラピスさん、メイファさん、レナさんには深くは突っ込まない。ビキニアーマーとか、踊り子とか、メイドとか。突っ込まない。
「多分、目からビームをやってきますよね?」
「ああ、ナンムアリルを吹き飛ばしたあれか」
 現在前線で戦っているリリアさんパーティの両手剣剣士、ゆっかさんが言うと、同じく前線で戦っている焼豚さんパーティ所属のニンジャ、イタチさんが続いていた。はて? ニンジャとはなんぞや? と以前にアルさんに聞いたところ、「ジャパニーズニンジャソウルを宿したアサシン」などと言われたが、おそらくそれは適当に言ったことだろうと思う。レイさんなんかは「クリティカルヒットで首が飛ぶ」とか言ってたんで。「古事記にもそう書かれている」「アイエエエ!」
「フェーズ2の頭があれである可能性は高いが……」
 ともあれ、師匠さんは腕を組んで唸っていた。
「あれがイベント演出ではなく、本当にあのパワーで撃ってこられたら……この辺り、すべて消し飛びそうだな」
「やってくるかね?」
 ヴィエットさんに、
「その前提で、戦略をたてるしかあるまい」
 師匠さんは目を伏せた。
「大丈夫だろ」
 と、ポーションを飲みつつのアルさんがさらり、軽く言ってのけていた。
「そのために、ウチで暗黒騎士を二人用意したんだ」
「なんと、そこまで考えての布陣でしたか~」
「なるほど。では、あの二人にはそれで華麗に散ってもらうとして──」
 師匠さん、さらり。最前線で二人、頑張ってるのになぁ……
「問題はどうやって削りきるか、か」
「それについても策はある」
 ポーション瓶をテーブルに起きつつ、アルさんは言った。
「おそらく、師匠さんもそれしかないだろうと考えてはいると思うが、あえて言うぜ?」
「いやまあ……確かにそれしかないかなとは思っていますが……本気でやりますか?」
「何か、策があるんですか?」
 とは、八人パーティからあぶれて四人パーティを組み、伝令チームとなっている遊撃DPS部隊のチームリーダー、那由多さん。メモを手に、聞く。
「確かに今のままですと、二時間でフェーズ3に入るのが限界だと思いますけど」
 それに、計算しつつの遊撃チーム、アキトさんが続いていた。
「今現在のDPSですと、巨人のHPを三分の一削るのにかかる時間は、約五十分です。フェーズ2、3で同じ速度が維持できたとしても、これでは削りきれない想定ですが……」
「なので、一気に全戦力を投入して、削りきる」
 にやり、アルさんは笑った。
「最大火力時の試算はしているんだろう?」
「本当は、削りきれなかったときのために計算していただけなんで、博打は博打ですよ?」
「いけるんだな?」
「計算上は」
 言い、師匠さんもニヤリと笑った。
「一発勝負になりますが、計算上は現在の我々の最高火力をもってすれば、巨人のHPの三分の二を一気に削りきれます」

「マジですか」
 ローテで下がってきたレイさんに、那由多さんが師匠さんの作戦を告げているのを横に聞きながら、私はジェダさんにポーション瓶を渡しつつ言った。
「というわけで、ジェダさんには悪いんですが、レイさんと相談して、フェーズ2か3のどちらかで、巨人の攻撃を受けてもらいたいんです」
「3で受けましょう」
 わりと無茶なお願いだろうと思ったが、ジェダさんはさらりと言ってポーションをぐびり。「レイさん、私は3で受けます」「それは私が失敗したら、出番がなくなるからやったぜ! ってやつですか?」「2で受ければ、場合によってはフェーズ3で復帰できるかもしれないでしょう?」「いやあ……倒れたまま成り行きを我関せずと見守るというのも、アリだとは思うんですよねぇ」「その役、私やりますんで」意外といいコンビらしい。
「しかし、コールゴッドからのゴッドフィストはやらざるを得ないかもとは考えていましたが……」
 と、レイさん。
「導師、エルさんだけですよね?」
「ですね」
 返す那由多さんに、ジェダさんが近づきながら聞いていた。
「『導く者の手』ですか? 消費MPを拡大して、魔法の威力を上げるやつとか?」
「何か、そんなことを言っていました。よくわかりませんが、それでフェーズ2は超えられるだろうと」
「あれは、私も動画でしか見たことはないんですが、本当なんですか?」
 ジェダさんが少し首を傾げて聞くその言葉に、「はっはっは」とレイさんは乾いた嘘くさい笑いで返していた。
「あれはコールゴッドの効果でMP消費ゼロの状態なのに、『導く者の手』で限界まで拡張して、全MPを無理やり消費するという、訳のわからない攻撃ですからね。正直、単体攻撃でアレを超えるものは無いと思います」
「ただし、エルさんは死にますよね?」
「コールゴッドはそういうもんですからね。全MPをぶち込むなら、コールゴッド後に誰かがトランスするでしょうから、そっちも使い物にならなくなりそうですが」
「それは、アルさんとチロルさんがやるって」
 と、私。
「二人でエルさんのMPは、マックスまで戻せるとか」
「ああ、あの二人ならちょうどいいですね。MPを使うことも無いでしょうし」
「全MPを投入してのゴッドフィストとなると、どれくらい削れる想定ですか?」
 ジェダさんの質問に、那由多さんがメモを見つつ返していた。
「想定では、それで一気にフェーズ3に入るはずとの事です。タイミング的には、フェーズ2に入ったところでコールゴッド。発動までの間は師匠さんが巨人を抱えますので、ジェダさんは下がって、次に備えてくださいだそうです」
「了解です」
「私に続いて、師匠が漢を見せるところですね」
「まあ、仮に落ちたらナイトメンバーが順次インビン。それでもダメならリックくん、ルードさんの順で聖闘士宣言する想定でって、師匠さん」
 と、作戦とは呼べない物量作戦を私が口にすると、レイさんは「いや、それだとタンク、戦士しか残らないのでは?」などと苦笑して首を傾げていた。「ドゥアンさんと、アカーシャさん?」「あと、ダンテさんかな」「三人では、1ローテしか持ちませんなぁ……」
「フェーズ3に入りさえすれば──」
 ともあれ、ニヤリと笑って、私は言った。
「全滅するか、削りきるのが速いかの、どっちかだってさ」

「全パーティに告ぐ!」
 剣を掲げ、師匠さんが言った。
「期は熟した! 通常コンボ連携により、フェーズ1を突破する! 総員、かまえー!」
 声に、後ろに控えていたティラミスさん、コハクさんが精霊への祈りを捧げると、さらにその後ろに控えていた私達、近接DPS陣の身体がふわりと宙に浮き上がった。「おおっ、意外とバランスとりづらいな!」「宇宙モノの船外活動みたいな感覚だな、これ」
 私たちの身体を宙に浮き上がらせたのは、ティラミスさんとコハクさんが声をかけた風の精霊の力によるものだった。隣、くじらのフライングマウント上に陣取っているローググループからの報告によると、「足への攻撃よりも、上半身側への攻撃の方が、ダメージがでているようだ」という話から、剣士DPS陣は空中戦を行うという事になったわけだが……いやこれ、結構、バランスとりづらいぞ……
「勇者ちゃんたちは、とりあえずクールタイム浅めの連撃でコンボを。フェーズ3からが本番だから、それまでに慣れて」
 と、そのくじらの上からヴィエットさん。
「そうは言ってもだな……」
 隣、モンクの刹那さんなんかは頭が下に来ていたりするわけだが……「体当たりスキルもあるので、問題ないです!」ないのか。
「魔導士隊、撃てー!」
 師匠さんの声が響くと、稜線の手前側に陣取っていた魔導士たちから、雨あられとボルト魔法が飛んだ。
 どどどどっ! と巨人の身体で無数の爆発が弾け、
「いくぜ! 突貫!」
 近接部隊の中央、くじら号の上で叫んだヴィエットさんの声に、くじら号を中心に、飛竜、ペガサス、グリフォンといったフライングマウントに跨がったローグたちと、風の力で飛ぶ私達近接DPS陣は、一直線に巨人へと向かって突っ込んだ。
「勇壮ですな!」
 眼下、巨人の足下でレイさんが声を上げていた。
 巨人が、近づく羽虫のような大きさの私達に向かって巨大な腕を振るう。ごうと巻き起こる風の合間を縫ってローグたちがフライングマウントから飛びかかり、その腕や肩、胴に飛びついて、「ラスト・ストーム・エッジ!」「ダンシング・エッジ!」「ファスト・バイト!」と連撃を打ち込んで、「とう!」と離れていく。
 いや、フォーリングコントロールは入ってるにしてもだ。とう! と離れて落ちていくところにフライングマウントを回り込ませてその背に乗るという軽業は……さすがはローグというべきか。まあ、この人たちが皆高レベル冒険者なので、だからこそ出来る技なのかもしれないが。
「負けてられないね!」
 言い、ハイネさんは両手の細剣をクロスさせ、
「続けー!」
 と、風の力で一気に巨人へと突っ込んでいく。「ミーティア・ストライク!」
 どぉん! と弾けた光に、巨人がわずかによろめいていた。
「張り付く!」
 言って、私も「ミーティア・ストライク!」を巨人の喉元の向かって撃ち放つ。ばぁん! と巻き起こった衝撃が、私の身体を木の葉のように吹き飛ばした。なんという衝撃。かたいどころの話ではない。くるりと身体を宙で回転させてバランスを取り直し──空中戦は初めてではないからな──そのまま巨人の腕に足をつけると、
「頭部を狙う!」
 顔を上げ、腕、肩、その向こうの巨人の頭部へと視線を走らせた。駆け抜ける。「続ける人! 来て!」
 走る私の後ろへ、刹那さん、片手剣使いのユージさんが続いていた。
「天に満ちる風の精霊、その力の片鱗を、我らが武器に!」
 錬成石を砕きながら「ライトニング・ローダー!」と、ユージさんが詠唱すると、私の剣、刹那さんの拳に、ばちばちと雷の光が迸った。なんだこれは? と思ったが、「属性付与!? ユージさん、魔法剣士だったんですか!」と刹那さんが肩越しに言っていたので、よくわからんがきっとこれは支援魔法の類いなのだろう。
「巨人はどうやら地属性のようですので、多少は追加ダメージになるかと」
 言いつつ、ユージさんも自身の剣に雷を纏わせ、さらにはその剣を巨大化させていた。「サイズミックはインパクトの瞬間にかけますので、刹那さんが最後で! 俺、いちでいきます!」「了解しました!」「いち!」「に!」「さん!」
 腕から肩へと駆け上がり、そこで先頭の私とユージさんが入れ替わる。巨大な巨人の顔が眼前に迫り、その何も映さないくぼんだ目が、頭ごと私達の方を向いた。そしてその横っ面に、
「エア・レイド・エッジ!」
 巨大化した雷を纏った剣をユージさんが連続で叩きつける。ばちばちと飛び入った電撃に、巨人がよろめき、左手を振り下ろしてくる。
「マジか!?」
 口をついて出てきた言葉を置き去りにするように、私は身を低くしてそのまま駆け抜けた。そして肩口をその手が叩く直前に宙へと踏み切り、
「セプト・エトワール!」
 を顔面にたたき込む。
 衝撃に肩から落ちていたユージさんが、錬成石を砕きながら、「サイズミック・ウェポン!」を刹那さんに向かって唱えると、私に続いて宙を駆けていた刹那さんの拳のナックルが、雷を纏ったまま私の背丈の二倍くらいの大きさになっていた。
「金剛空鳴拳!」
 人で言うなら顎の下。首の付け根辺りに打ち込まれた巨大な拳の一撃に空が鳴り、ごぉっと巨人の身体が揺らいだ。下の方で「おわわわ!」「足が上がったぞ! 逃げろ!」「踏まれるな!」等と声が上がっていたが、とりあえず落下する私達はそれよりも自分達の体勢を立て直す方が大事でな……「ごめん! あんまり派手に攻撃すると、巨人が動いて足下のタンクたちがやばいかも!」「気にするな! なんとかなる!」「まて、ヴィエット! それはタンクだけが言っていい台詞だ!」大丈夫のようだ。何も問題はない。
「頭が一番ダメージでるね!」
 空中で体勢を整えた私たちのところへ、両手剣使いのゆっかさん、刹那さんと同じモンクのキッドさんがやってきていた。
「モンクの一撃がやっぱり一番でかい。二隊に分かれて、コンボでいきますか?」
「それでいきましょう」
 ハイネさんが応え、「じゃあ、組み合わせは……」と言おうとしていた眼前では、
「じゃあ、アルステッドさん、ナナシくん、ストーム・ピアースで」
「威力は低いぞ? ヒット数は稼げるが」
「メイファさん、トリで? 自分、踊り子スキル全く知らないんですが……」
「いいからいから~」
 と、私達が駆け上がった左肩の逆、右肩側から、残りの近接DPS三人が駆け上がっていた。
「ストーム・ピアース!」
 槍使いのアルステッドさんとナナシさんが、矛先で巨人の頬を十数発撃った。とはいえ、私の細剣と同じく突き主体のその攻撃は、有効なダメージを与えられたようには見えず──巨人がゆっくりと右肩側に頭を向けていた。
「あしもと、ちゅういー!」
 槍使いの二人の頭を越え、薄衣なために布量の割には肌色面積の多い踊り子のメイファさんが、身体をひねりながら宙を舞っていた。
「烈風脚!」
 振り下ろしの勢いと共に、細いすらりとしたその足で、メイファさんは巨人の頬の辺りを思い切りに蹴り飛ばした。ものすごい閃光と共に重低音を含んだ烈風が空を引き裂いて、巨人が──刹那さんの一撃以上に──大きく左にかしいでいた。「倒れる! 倒れる!」「やばい、逃げろ!」「やり過ぎだー!」下、大混乱。
「え? 踊り子って、モンク系なの……?」
 ハイネさんが呟いていたが、あいにく私は知らないし、ここにいる他のみんなも知らなかったようで、「ええー……」と、ちょっと目を細めているばかりであった。
「三部隊でいいな」
 いつの間にやら戻ってきていたアルステッドさんが、隣に並びながら言っていた。
「剣槍コンボで数をかせいで、最後は物理女子の拳か足で」
「いや、キッドさん、男子」
「ハイネさん、トリ、変わります?」
「いえ、私、そういうのにこだわりないんで」
「ゆっかさん?」
「私もいいです」
「やー、本気でぶっ放しても、なかなか減らないねー」
 ひらひら、メイファさんが隣に戻ってくる。「メイファさん、三部隊に分ける。部隊は勇者ちゃん、ハイネさん、オレ、のさっきの分担のままで攻撃順もこれでいく」「はいはい。波状攻撃ね」「可能であれば、三部隊間でもコンボを繋ぐが、下の状況次第で臨機応変に」「つまり、常に全力でよいという事だね」
「よし」
 槍を構え、アルステッドさんは言った。
「まずはフェーズ1超えだ。行くぞ!」
「おう!」
 と応えた私達に、
「いやあ、しかし空を飛びながら下を気にして戦うとなると、パンツ見えちゃわないか、不安になるね。私は見せパンだからいいけど」
 などとメイファさんが言うので、男女比一対一であるところの空中DPS隊に、一瞬の躊躇がよぎったが……
「さっさと終わらせよう……」
 言ったアルステッドさんの言葉に、
「お、おう!」
 と、若干一名を除いた女子一同が返していた。

 左右、中央から私達が波状攻撃。遠距離から魔導士、弓使い達が胸部に攻撃を──と続けていく内に、緩慢だった巨人の動きがだんだんと機敏になっていっているような、そんな気がしていた。
 そして何度目かの繰り返しの連撃の後、
「下がれ! ラスト一押し! 大魔法を撃つ!」
 戦場に響いた声に、私達は後ろを振り向いた。
 空に、巨大な魔方陣が四つ描かれている。
 その真昼の太陽のような輝きを放つ巨大な魔方陣は、隕石を召喚する大魔法、メテオ・ストライクに相違なかった。
「フェーズ切り替えはレイシュが受ける! 総員、稜線前まで待避ー!」
 とって返すくじらの上、ヴィエットさんの叫ぶ声に、私達も風の力で一気に後方へと下がった。
 眼下、四人の魔導士、ファーブニルさん、ローさん、焼豚さん、アヤネさんが天に向かって高々と杖を掲げている隣を、レイさんを先頭にしたタンクたち駆け抜けて行く。
「くるの!?」
 稜線まで下がり、地に降りるやいなや、私はそこにいたアルさんに聞いた。
「そろそろと言ったところだな」
 腕を組んで返すアルさんの隣にはチロルさん。そしてその二人の前には神々しい輝きを身体中から放って、杖を手にいつもと変わらない表情で笑っているエルさんがいた。
「さ~、そろそろ出番ですかねぇ~」
「フルバフ状態だそうだ」
 我らが導師様、マジで神々しい。っていうか、今から本当に神降ろしをすると言うのだから、神々しいというよりは、あなたが神か……
「前線、配置につきました!」
 那由他さんが駆け寄ってくる。
「撃て」
 躊躇せずにアルさんが短く言うと、ヴィエットさんが耳元に手を当て、その言葉を繰り返していた。
「魔導士! メテオ、てー!」
 空の、四つの魔方陣が強く輝く。
 そしてそこから、巨大な灼熱を纏った巨石が現れ──四方から巨人に向かって降り注いだ。
 弾ける閃光。
 轟く轟音。
 熱風が高原を駆け抜け、辺りに朱に染めあげた。もうもうと舞う爆煙に、燃える下草のその向こう──騎士たちが駆けていく。爆煙の向こう、巨大な影は変わらずにそこにあり、そして──爆煙の向こうで、巨人の目にあたる部分に強烈な赤い光が瞬いた。
「くるぞ!?」
 誰かの声。
 光が、ぐわっと大きくなり、こちらを見た。
 黒い炎が、天に昇る龍のごとく立ち上る。爆煙の手前、その炎を立ち上らせた一人の暗黒騎士が、左手を前に突き出していた。
 かっ! と、強烈に光が弾ける。
 それと同時に、
「孤独の魂!」
 声が、確かに聞こえた気がした。
 迸った二つの閃光が、ぎゅるん! と不規則な軌跡を描く。その光は暗黒の炎に巻き取られ、集められ、収束し──すさまじい轟音を共に大地を撃った。一瞬で大地が削り取られ、そこに巨大な穴が穿たれ、炎と共に光が散った。
 「おお!」と、周りが沸いた。「やったか!?」「抜けたな!」「だが……本番はこれからだ!」
 少し前の私なら、取り乱したかも知れない。あの攻撃はレイさんが命をかけて受けたものに違いないからだ。命をかけて私達を護ろうと──そんな風に考えて、取り乱したかも知れない。けれど今は違う。「セラフィム・ヒーリング!」と、神への祈りを捧げて範囲回復を生み出したレオナさんの魔法の中、皆と同じように、足を止めてじっと耐えて待っている。
 これは、作戦だ。
 これは、ゲームなんだ。
 ただ──それでも私たちは、私たちの望む結末のために、文字通り、命を賭けて戦うのだ。
「届け、声よ。弱き子らの声よ。届け、天に。全知全能たる、主たる、主たる、神の御許へ!」
 エルさんの声が、戦場に響いた。
 巨大な光の柱が天を撃つ。
 爆煙を、風がさらう。
 巨人が、真っ直ぐに動き出し始める。
「我、今、偉大なる我らが主に、請う!」
 騎士達が光を纏って、巨人へと駆けつけていく。
「我が名は、エル!」
 そしてエルさんは天に向かって、手を突き上げた。
「信仰を、祈りを、そして命を捧げ、我は求める! 加護を、汝を! 我に──力を!」
 光の柱が強烈に輝き、弾けた。
 そして辺りに、光が雨のように降り注いだ。
 唖然とし、見ると──エルさんはその身体から神々しい光を放ちながら、「ふう」と一息ついていた。
「さて~」
 そして右手に杖を手にしたまま、ゆっくりと左足を下げ、腰元で左手を握り混んだ。
「いきますよぉ~、チャージをお願いいたします」
「おう」
 その背中に、アルさん、チロルさんが手を伸ばす。光が、アルさん、チロルさんの腕を包んで、ぽうっと強く輝いていた。「え? エル、MPどんだけあんの?」「全部ぶち込んでいただいてかまいませんよ~、それでちょうどくらいです~」「スポンジのようにMPが吸収されていく……」
 「ついにか……」「コール・ゴッド、初めて見た……」「単体最強攻撃魔法だとか?」「動画でしか見たことないが、四大精霊すら一撃らしいぞ?」「いーなー、いーなー。導師、いーなー」光の降り注ぐ陣の中、皆がエルさんを見ていた。
「師匠、陥落! ベルくん、レダにスイッチ!」
 ヴィエットさんが声を上げていた。
「いけるか!?」
「もうちょい……おっけぃです~!」
 杖を手にした右手の人差し指で宙をなぞるエルさんの身体から、ごう! と、再び強い光の柱が立ち上った。
「いくぞ! 皆の衆!」
 すらり、アルさんは剣を引き抜き、叫んだ。
「泣いても笑っても、これが最後だ!」
 そしてその言葉の先で私を見た。ので──私も前に出て、言った。
「私は、冒険活劇の最後は、みんなの笑顔以外は認めないけどね!」
 駆け出す。
 皆が続く。
 そしてその後ろ、導師様はいつものように微笑んで──そしてその左手を、裂帛の気合いと共に突き出した。
「ゴッド・フィスト!」
 巨大な光が空を裂いて、すべてを真っ白に飲み込んで、巨人を撃った。

 戦場を私達は駆け抜けていく。
 光の向こう、巨人が姿を現す。その巨体は光の一撃にいたるところを打ち抜かれ、岩のような身体を、ぼろぼろと砂煙を上げて崩れさせていた。
 がたがたと震えるように動く腕。
 ふらりふらりと、大地を何度か確かめる足。
 それが止まって──
「フェーズ3! くるぞ!」
 声に、巨人の頭部が光った。
 一カ所。
 目ではなく、それは口にあたる場所で、強く、光を放っていた。
「口!?」
 駆け抜けながら、私達は驚愕の声を上げた。目ではなく、あれを口からも放ってくるのか!? しかし──もはや私達には後がない。駆け抜ける他、ない!
「ジェダー!!」
 アルさんが叫んでいた。
 前線、タンクたちが下がってくる。
 一人、最前線にこの世界最強の暗黒騎士、ジェダを置いて。
「これで受けられなかったら、最悪の展開ですね!」
 笑って、ジェダさんは両手剣を右手に持ち、それで天を突いた。「リミットブレイク! ダークソウル!」
 燃え上がる暗黒の炎。
 巨人の口に、赤い光が収束する。
「魅せてやりましょう! 暗黒騎士の真骨頂!」
 そして撃ち放たれるそれに、ジェダさんは左手を突き出し、叫んだ。
「孤独の魂!」
 強烈な赤の閃光がジェダさんの左手に収束する。溢れんばかりの光の奔流に、暗黒騎士の身体がかすむ。世界が赤く染まる。けれど私達はその向こうに向かって、腕をかざして駆け抜けた。
 光の向こうへ、一歩を踏み出す。
「後は任せましたよ」
 倒れゆく暗黒騎士の隣を走り抜けながら。
「もちろんだ」

「魔導士隊、停止! 詠唱!」
 前に出た魔導士たちが一直線に立ち並び、その杖をかざす。
「永久の時にも姿を変える事なき氷の力よ!」
「天と地に満ちる数多の風の精霊達よ!」
 大魔法の詠唱に、巨人の身体の回りに無数の魔法陣が輝き始める。
「ストーム・ガスト!」
「ロード・オブ・ヴァーミリオン!」
 そして吹き荒れた氷の嵐と雷の閃光に、巨人がその身体をよじらせ、闇雲に腕を振り回した。
 ごうと唸る空気。飛び散る雷。氷の欠片。大地に燃える、炎の粉。
「タンク! 頼む!」
「もっちろん! あたし、いっきまーす!」
 一気に駆け上がり、先陣を切ったのは光る剣と盾を手にした、ビキニアーマーの騎士、ラピスさんだった。そしてその後ろには、同じように光る剣と盾を手にした騎士、とらさんが続いている。「ディバイン・ナイトだったの!?」と、ヴィエットさんが驚いていたが、ともかく、防御力が低そうなビキニアーマーでありながら、ラピスさんは腕をなぎ払ってくる巨人の前に飛び出し、
「受けますぜー!」
 と左手をかざし、その手の光の盾を巨人の腕ほどに巨大化させ、なぎ払いをとらさんと共に受けた。
 はじけ飛ぶ閃光に、巨人の動きが一瞬、止まる。
「ローグ! 行くぞ! コンボを途切れさせるな!」
 左足に向かって駆け寄りながら、ヴィエットさんが先陣を切った。「ラストストーム・エッジ!」両手の短剣での十六連撃。それにダガーさんが続いて、「ダンシング・エッジ!」を十四連撃。
「デバフはいい! コンボをかせげ!」
「ばっくあたーっく……ソニック・ブロー!」
 セルフィさん、ジニーさん、クリスさんとそれに続き、「左足! 潰しきる!」と、グリムさんとイタチさんが同時に飛びかかって、両手の短剣で三十を超える連撃を立て続けに打ち込んでいた。
 巨人の左足にひびが走り、ずっ! と鈍い音がしたかと思うと、巨人がぐらりと傾いで、その腕を大地につけた。ずずん! と大地を揺るがす激しい音が鳴り響き、左足が足首の辺りから砕けて散った。
「剣士! 上半身へ! ティラミスさん! コハクさん!」
 ラゼットさんが声を上げ、地面に手を突いて短く詠唱する。大地が隆起し、巨人の身体を押さえつけ、私達の道を作る。
「風の精霊!」
「戦士達に、風の翼を!」
 ティラミスさん、コハクさんの声に応えた風の精霊たちが、私達の隣を走る。大地を蹴ると、身体は風と共にわずかに宙に浮いた。
「連撃! アルさん! 私が先陣を切る!」
「おう!」
 頭の下がった巨人に向け、私は大きく飛びかかった。「ラ・ロンド──」
「フルーレ!」
 頭部に十六連撃。
「オラージュ・エクレール!」
 続いてアルさんが十二連撃。
「ラ・ロンド・フルーレ!」
 でハイネさんが続き、「エア・レイド・エッジ!」「ストーム・ピアース!」と近接DPS陣が次々と連撃を繰り出していく。
「吹き飛べ!」
 そしてその巨人の頭の下へ、メイファさんが舞うように踊り込み、
「雷鳴昇龍脚!」
 巨人の頭を下から上へと蹴り上げた。
 弾けた閃光に、上を見上げたままの巨人が止まる。
「頭部! 集中!」
 後方、ウィルさんを中心に左右に並んだニケちゃん、テトラさんの弓に、巨大な光の矢がつがえられた。「みんな、どいてー!」「チャージ・ライトニングアロー!」「鷹の目! からのー……」弓使い達の眼が、金色に輝く。
「アロー・シャワー!」
 撃ち放たれた無数の光の矢が、巨人の頭部を飲み込んで弾けた。
 もうもうとまう砂塵のような煙の中、赤い光がひとつ、生まれていた。
「撃ってくるぞ!?」
 煙の向こう、巨人の口の上に赤い光弾が生まれ、放電するように弾けている。
「ナイト! 前へ!」
 ベルくんさんが声を上げ、盾を手に飛び出す。「頭割りなの!?」レダさん、「それを期待するしかあるめぇよ!」フィリップさん、「ヘイトは誰!?」ベリーさん、「あたし!」と、ラピスさん。
「下がれー!」
 とらさんの声に、前に出る騎士たちと入れ替わるように剣士、ローグ達が下がった。
 巨人が、頭を振り下ろす。
 勢いとともに光弾が撃ち放たれ、騎士たちが並ぶ範囲を打ち抜いた。光が大地を走り抜け、突風が高原を駆け抜けた。後方に走って待避していたDPS達が、巻き起こった突風に弾き飛ばされ、ごろごろと地面を転がっていた。
「タンク、やべぇ!?」
 声に、見る。
 光に飲まれた騎士たちの最前線にいたラピスさんが、ゆっくりと地に足を着いて倒れていくところだった。その後ろ、とらさんとレダさんも、ぐらりと傾いで倒れていく。
「ヒーラー! 回復!」
 フィリップさんとベリーさんが前に出ながら叫ぶ。二人のパーティメンバーのナオさんとユリカさんが、「キュア・オール!」を飛ばして二人を回復させると、隣に並んだリリアさんが、「ヒーリング・サンクチュアリ!」をタンクたちの足下に発生させていた。
「リザは!?」
「各パーティのヒラで!」
「レオナさんいない!?」
「次、きます!」
 ヒーラー達が連携に戸惑っていると、今度は巨人の目が赤く光っていた。「全力回避で! 口は単純範囲でした! これも多分違います!」ベルくんさんが振り向きざまに叫ぶ。巨人が頭を右から左へと向けて振るう。目から放たれた閃光が、半円を描くように大地を割って私達を分断した。巻き込まれた何人かの魔導士たちが、そのまま大地に膝をついて倒れていた。
「立て直すか!?」
 ダガーさんが光をかわして走り抜けながら叫んでいた。それに、交差するようにヴィエットさんが走りながら続く。
「ダメだ! コンボを途切れさせるな!」
「魔導士! ボルト中心に変更してください! 極力動きながら!」
「また来るぞ!」
「速い!? スイッチ頼む!」
 右腕を振り回す巨人の攻撃を受けながら、最前線のフィリップさんとベリーさんが叫んでいた。巨人は再び頭を大きく持ち上げると、二つの目をかっと光らせ、再び半円を描くように光線を撃ち放ってきた。
「かわせー!」
「タンク! 護れる奴はヒーラーを護れ!」
 走り回る私達の間に、怒号のような声が響く。まずい。実にまずい。前線のタンク、近接DPS陣と、後衛の魔導士、ヒーラーたちが分断されている。フェーズ3に入って突然動きが速くなった巨人の攻撃に、私達の連携が崩れ始めている。
「アルさん! なんとか──!」
 振り向き、叫ぶと、
「師匠ー!」
 後方に向かって、アルさんは力一杯声を上げていた。
「頼むー!!」
「そこで!? お前じゃねぇのかよ!」
 かなりの遠距離なのにもかかわらず、ダガーさんがしっかりと叫んでいた。こいつら……と、一瞬頬が震えたが──私は後方に師匠さんの姿を探していて──それは、他のみんなも同じだった。
 レオナさんに背中から回復を受けながら、最後方にいた師匠さんが、強く、声を発していた。
「ヒーラー、魔導士隊はいい! 目線範囲の外に下がれ! その距離なら回復は届く! まずは下がれ!」
 声に、倒れていた魔導士たちをリザレクションしていたヒーラーたちが一斉に動き出した。それを見、ドゥアンさんとルードさんを先頭に、ヴィエットさん、グリムさん、ジニーさん、クリスさんが入れ替わりに前へと飛び出していた。「スイッチ!」「繋いどくぜ!」
 師匠さんは後方から続ける。
「DPS、タンクは前へ! 光線はタンクとヒーラーを分断するように撃ってくる! それは驚異じゃない! 可能なものはフライングマウントで飛べ! そもそも対象にならない!」
「口! 撃ってくるぞ!」
 最前線、巨人を抱えたドゥアンさんの声。
「ベルくん! あれは頭割りじゃないな!?」
「違います! ヘイト最上位への直線範囲!」
「ドゥアンさん! 向こうへ!」
「間に合わん! 向かって右! 開けろ!」
「ティラミスさん、シルフィード!」
「シルフィード・ランス!」
 戦場を駆け抜けた風に、ドゥアンさんの身体が宙を浮く。そして巨人の向かって右側にドゥアンさんが一人、風と共に飛び出すと、巨人の頭はそれを追って左を向いた。「かかってこい! 巨人!」
 そして口から、巨大な光線が撃ち放たれる。
「ベルセルク! ブレイブ・ソウル!!」
 そしてドゥアンさんは、その光に向かってハルバードを振り抜きながら叫んだ。
 駆け抜けた閃光が轟音を轟かせ、高地高原を突き抜けていく──閃光が駆け抜けたその向こうには、ハルバードを振り抜いたドゥアンさんが、力強く大地を踏みしめ、立っていた。「まだ倒れん! 倒れられんだろう!」
「ゆくぞ! 皆の者!」
 響いた声に、私達も大地を確かめ、返した。
「おう!」
 そして駆け出す。
 その、私の隣、
「さすがだな、歴戦の冒険者たち!」
 駆け上がってきたアルさんの横顔に、私は併走しながら笑った。
「あなたの役目では?」
「俺は主人公じゃねぇんで」
 まったく……
「その先、言わないでいい。解ってる」
「そうか。なら大トリ、頼むぜ? 主人公」
 言って、私の前に出るアルさんに続き、私は皆に届くよう、強く言った。
「行こう! これが最後だ!」

「行きますよ! エミリーさん!」
 いつものように帽子のつばをきゅっと横にやって、ネリさんが叫ぶ。
「まかせてがってん!」
 隣に並ぶエミリーさんが、マントを翻して巨人に向かって杖をかざす。
「衰弱なし組、続きましょう!」
 斜め後ろに魔導士組のネルさんが飛び出すと、
「この命、たとえ尽きても!」
「最高の見せ場を!」
「やってやりましょう!」
 ポメさん、ルーナちゃん、クマムシさんがそれに続いていた。
「永久の時にも姿を変える事なき氷の力よ!」
「天と地に満ちる数多の風の精霊達よ!」
「すべてを焼き尽くし、永遠に回帰させし炎の力よ!」
 魔導士たちの詠唱を後ろに、超低空をフライングマウントに跨がったローグ陣が駆け抜けていく。
「ストーム・ガスト!」
「ロード・オブ・ヴァーミリオン!」
「メテオ・ストーム!」
 生まれ出た魔方陣が弾け、氷の刃と雷、巨大な隕石が巨人を撃った。軋むように空気が震え、巨人の身体が砕け、風に舞っていた。
「衰弱ついてる魔導士は、ボルトでコンボを継続!」
 最後方から駆けつけながら言う師匠さんの声に、他の魔導士たちが火、氷、雷を放つ。「ヴィエット! 任せた!」
「まかされた!」
 ローグたちの先陣を切るヴィエットさんの「いち!」の声に、「に!」「さん!」「よん!」と、次々とローグ達が応えていく。なんの打ち合わせもなしに連携するローグ達は、そのままフライングマウントで巨人に飛び込み、「ラスト・ストーム・エッジ!」「ソニック・ブロー!」と連撃を繰り出す。
「ヒーラー! オレたちはいい!」
 取り付きから離れながら、ダガーさんが声を上げていた。が、
「ハナから眼中にない!」
「ひでぇ!」
 間髪入れずに返したレオナさんは、ヒーラー達の前に立つと、
「あたしは範囲回復を巨人の足下に維持する! ティラミスさん、コハクさんは近接剣士を! それ以外は自パーティのタンク! アルさんのところはタンクもヒーラーもいないから、全員自己責任で!」
「マジかー!?」
「オレたち、扱いひどくね!?」
「近接! 先の順序でコンボ!」
 槍を腰だめに構え、アルステッドさんが巨人に向かって突撃する。
「目ビーム来ます! スイッチ!」
 ルードさんの声に、「スイッチ!」と返したダンテさんが斧を振り上げて飛び込む。「アカーシャさん! サブに!」「了解!」
 放たれた目からの光線をくぐり抜け、近接DPSの先陣はアルさんが切った。
「オラージュ・エクレール!」
 巨人の頭部に十二連撃。続いて私が「ラ・ロンド・フルーレ!」で十六連撃。続いてユージさん、ハイネさん──
「口!?」
「速い!?」
 ヒーラーから声が上がる。巨人から離れながら、肩越し、私も巨人の口に光弾が光を迸らせているのを見た。
「対処は解ってる!」
 サイドへ走るダンテさんに、「次、アカーシャとります!」「ダンテさんは私、メイメイで見ます!」「了解! ナオさん、ユリカさん、次ローテ、タンクよろしく!」「了解しました!」「バフかけ直します!」
 口からの強烈な閃光。
 それをすり抜け、
「ストーム・ピアース!」
 アルステッドさん、ナナシさんが連撃を巨人の顔面に叩きつけた。
 光弾の残滓を宙にばらまきながら、巨人がぐらり、揺れた。
「金剛空鳴拳!」
「烈風脚!」
 刹那さんとメイファさんの強烈な一撃に、巨人の顔の一部が吹き飛んだ。「よしっ!」「いける!」
 片方の目であったところのくぼみが崩れ、そこに生まれていた赤い光が、ばっと宙に散っていた。
「離れろ! 撃ってくるぞ!?」
 弓を引き絞ったウィルさんが上げる声に、
「口! また来るよ!」
 ニケちゃんが続き、打ち出される口からの光線に向け、それを打ち消すかのような光芒の矢を撃ち放った。
 光が弾け、爆音が轟き渡る。
「ここは支える! ルードさん!」
「聖闘士宣言!」
 リックくんとルードさんが一直線に巨人に向かって突っ込んでいく。巨人が片方の目から闇雲に光線を撃ち放ち、「剣士! 下がれ!」「ローグ! ここが正念場! 繋ぐぜ!」それをかわし、冒険者達が突き進んでいく。
「アルさん! 勇者ちゃん!」
 光線をかわして下がった私達に、レオナさんの声が背中から届いた。「決めてくれなきゃだからね!」
「ホーリー・ブレッシング!」
 力が、湧き上がってくる。
 私は剣を握る手に、最後の力を込めた。
「やるか!」
 ポーチから錬成石を取り出し、アルさんは次々とそれを砕いていく。
「やらいでか!」
 それに続き、私も錬成石を次々と砕いていく。
 巨人が再び、口から光線を打ち出していた。しかしそれはもう、私達の戦線を崩すだけの力は、残されてはいなかった。光が飛び散って、もうもうと舞う砂塵の中で、バチバチと明滅している。
 最後──剣を握りしめる。
 巨人が、ついにその身を守るように腕をかざし、頭部を覆うような姿勢を見せていた。
「剥がす!」
 その腕に向かい、ハイネさんを先頭に、宙を舞う剣士達が突っ込んで行く。
「レナ! あたしと刹那さんに支援!」
「一撃でいいね!?」
「無論!」
「主様! ぶち破ります!」
 並んだメイファさん、刹那さんの二人が同時に叫ぶ。「爆裂波動!」どおん! と凄まじい爆音が轟き、二人の身体から支援の力と共に黄色い闘気が湧き上がった。
「ダメ押し! 行くぞ! ジョーイ! ハウル!」
 遊撃隊のアキトさんが二人の脇を駆け抜けていく。「遊撃隊! ここが見せ場だ!」「行きましょう! 那由他さん!」「了解ー!」
 宙を行くDPS陣の最後、ゆっかさんが連撃をたたき込んだ後ろに、アキトさん達が続いた。
 弾ける閃光に、巨人の腕に、びしりと大きくひびが入った。
「突!」
「撃!」
 刹那さんとメイファさんが息を合わせ、気合いと共に宙を舞う。巨人の腕に向かい、繰り出される拳の一撃。「阿修羅──」
「覇王拳ッ!」
 雷鳴をもしのぐ爆音と閃光が轟き渡り、巨人の腕が砕け散った。
 巨人が、大きく後ろへ、ゆっくりと傾ぐ。
 その、残された一つの目が、光る。光って──私を見た。
「勇者ちゃん!?」
 閃光。
 一直線に私に向かって放たれる光。
「やらせはせんよー!」
「黒いでくの坊も、最後の盾ぐらいにはなりますよ!」
 レイさん、ジェダさんが私の前に立ち、両手剣でその光を受け止めた。両断される光の一撃。暗黒の炎が、私とアルさんを護るように包む。
「さあ! 決めてきてください!」
「ここから先は前人未踏! 冒険者冥利に尽きますね!」
「おう!」
 そしてアルさんと私は左右に飛び出し、駆けた。
 巨人の目が、私達を捉える。
 再び、その目が光る。
 迸った閃光を、駆け抜ける勢いに置き去りにし、魔導士たちの隣を、前線の戦士たちの上を、剣士たちの脇を抜け、私達は突き進んだ。
「いっけぇえー!」
 背中を押す声に、ポメルをこめかみにつける。
 私達の剣の輝きが、空に尾を引く。
 言葉はなく──私達はただ一点、巨人の頭部の中心にその切っ先を向け──最後の一撃を、流星となって突き出した。
「ミーティア──ストライク!」
 突き抜けた閃光が、天を、一直線に撃ち抜いた。

 光の向こう。
 混沌の果て。
 熱と冷気が渦を巻く世界。
 その場所に、私はいた。
 何故か──不思議と、私はそれを疑問には思っていなかった。
 混沌の向こう、渦巻く世界の中心で、巨人の身体が崩れていく。
 その身体が、赤い光となっていく。
 何故か──不思議と、それはそういうものだと理解していた。
 そしてその光の先にそれがあると、私は確信していた。
 光が舞う。
 きらきらと流れ、渦を巻き、私の周りを取り囲んで消えていく。
 混沌。
 その向こう、果ての光の中から、声が聞こえてきた。
「勇者……」
 問いかけに、私は光を見た。
 ふわりと少しその光は強く輝くと、辺りに散っていた光を集め、人の形を成した。
 その姿は──私のよく知る人の姿で──私は少し、笑った。
 光から生み出されたその勇者は──金色の髪に、深い翡翠色の瞳をしたハーフエルフの勇者は──ゆっくりと私に向かって、私の知っているその声で、言った。
「私は、忘れられた名も無き古き神、ナンム」
「それ、設定されていないから、私が思う一番の勇者の姿なの?」
 聞いてみたが、特にその問いには答えず、けれどそれはその姿で、彼女は決して言わないであろう事を、私に向かって聞いた。
「貴方は、この世界の真実に気づいていて、私が真に何者であるか、理解していると言うことでよろしいですね?」
 さて、どう答えたものかなと思案しつつ、頭を巡らせる。この出来事は、みんなにも見えているのだろうか。私の目にしているこれは、普通にみんなにも、見えているのだろうか。
「そうね……」
 視線を外し、私は答えた。
「貴方はきっと、私に聞くまでもなく、その答えを知っているんでしょうから、私が何か言う必要はないんじゃないかな? と思うんだけど……」
 少々卑怯な答え方だな、と思った。
 けれど、私の声がみんなに届いているのだとしたら、あまりにあんまりな答えを返すのもな……などと考えていると、
「そうですか……」
 と、それは小さく頷いて、続けた。
「貴方が知っているように、この世界は、ゲームです」
「あ、言っちゃうんだ、それ」
「そして私は、その世界を管理するもの。貴方に理解できるかは解りませんが、私は──」
「あー、それはアレ。いいんじゃない? ナンムで。最初の神。忘れられた名も無き古き神、ナンム」
 いろいろとぶっちゃけられても、その、なんだ、困る。
「……そうですね」
 少し笑うようにして、それは言った。
「私はこの世界の最初の神。忘れられた名も無き古き神、ナンム」
「うん。それで」
「ですが──」
 そして古き最初の神は、告げた。
「それでも貴方は、この世界の真実に気づいていて、真に私が何者であるか、理解している」
「いや、それは別に……」
 頭を掻くように手を伸ばしたところで、
「故に、貴方はこの世界の根幹──賢者の石を手にする資格を有している。私はそう、判断しました」
 その神の言葉に、私は手を止めた。
 今、なんて?
「……賢者の石? を?」
「ええ」
 神は静かに頷き、続けた。
「全知全能、不老不死、この世界のすべて。貴方は、この世界の真実を知った。故に貴方は、それを手にする資格がある」
 私達が求めたもの。
 賢者の石。
 それを、私が──
「しかし」
 私の前で、神は静かに告げた。慈愛に満ちた微笑みの中に、少しの憂いを滲ませて、言った。
「石を手に入れた時、貴方は真にこの世界のすべてを知ることになるでしょう。それは、私の定義した全知全能の力です。私は、それ以外の方法で、貴方に賢者の石を与える術を見つけられませんでした」
 神は言う。「石を受け取った時、貴方はこの世界の公理、この世界の定義、この世界のすべてを、その手にします」
「それはもしかすると、貴方にとって、とてもとても悲しい真実を知ることと同義かも知れません」
 それが何か、今の私には、なんとなく解った。
 解っていた。
「この世界は、ゲームだって?」
 私は、聞いていた。
「……そうです」
 神の静かな答えに、
「この世界は──」
 私は、聞いていた。
「いずれ終わる、世界だって?」
 その問いに、神は答えなかった。

 ひとつ、息をつく。
 混沌の果て。
 熱と冷気が渦を巻く世界。
 原初の光の世界の中で──私は目を伏せて一つ息をつくと、そっと目を開いて──それでも光の向こうに向かって、言った。
「私は、勇者だからね」
 ゆっくりと、手を握る。
 私は、言う。
 私の背中の向こうにいるみんながそれを望むからとか、そういう訳じゃない。
 私は、私自身の意思で。
 私が望む、憧れる、それであるために、あり続けるために、言うんだ。
 私は、「勇者だからね」
「たとえこの世界が終わるとしても、その瞬間まで、私はそれであり続けてみせるよ。
 私は──勇者だからね」

 神は、混沌の果てで光となった。
 そして光は渦を巻き、収束し──私の握りしめたその手の中で、それとなって、世界に姿を現した。

 世界が色取り戻す。
 巨人は私達の光に打ち抜かれ、最後にその巨体のすべてを光の粒子に変換し──世界のすべてを包み込むような光となって、その空を駆け抜けていった。
 一つの世界の終わりを告げるような光と音がすべてをさらっていって、原初の世界の静寂が、世界のすべてを包んで──そして、私は目を開けた。
 右手に剣。
 そして左手には──
 誰かが、声を上げた。
 それは歓喜の、大喝采の、ともすれば狂乱の──戦いの終わりを告げる、鬨の声だった。
 仲間達が駆け寄ってくる。
 仲間達が健闘をたたえ合い、肩を組んでいる。
 隣、天を仰いで寝そべっていたアルさんが笑っている。
「見てたよ」
 その言葉に私も笑って、皆に振り向き、左手を高く、高く、掲げて見せた。
 陽光に、赤いその石が、確かに輝いていた。

 北向きのその部屋には、傾き、落ち始めた陽射しが弱く差し込んでいた。
 それほど広くない部屋の中には、私とアルさん。そしてチロルさん、アカーシャさん、ハイネさん、エミリーさん、ティラミスさん、ベッドの上で眠るむぎちゃんがいた。
 その中で──サイドテーブルにつき、アルさんは口広で背の低いグラスに、琥珀色の液体を注いでいた。
「それは?」
 と、聞くと、
「ブランデー」
 などと返してきたので、「なんでだよ」と軽く突っ込んでおく。「賢者の石からエリクサーを作るっていったら、ブランデーだろう」いや、知らんがな。
 とは言え、本当に知らんので、アルさんが注いだグラスのそれに、促されるまま私は左手を被せた。
 ぱちばちっと軽く赤い光が弾けると、私の左手からころんとその石が落ちて、グラスの中に沈んだ。
「それ……本当に身体の中に入ってんのな」
 アルさんが言う。
「みたいね、原理はまったくわかんないけど」
 石は、あの戦場で皆に掲げて見せた後、ニケちゃんがダッシュで飛びついてきた頃には、すでに私の左手の中に取り込まれてしまっていた。ニケちゃんは自分が飛びついたせいで石がどこかにすっ飛んでいってしまったのではないかと大層あわてたのだが、私はなぜか「いや、大丈夫」と解っていたので、笑って左手に石を出現させ「マジ、びっくりしたよー」などとニケちゃんに半泣きで抱きつかれたのだった。
 「勇者ちゃん以外には、それは手にできないのかもしれませんね」などとレイさんが言っていたが、まあ、多分そういうものなのだろう。これを他の人が手にしたとして、全知全能を手に入れるなど、できるような気もしないしな。
 ともあれ、
「これを、むぎちゃんに?」
 賢者の石が沈んだグラスを手に、私は聞いた。
 アルさんはサイドテーブルに肘を突いて身体を斜めにしながら、
「多分、なんでもいいんだろうけどな」
 そう言って、笑った。
「そもそもお前、全知全能なんだから、知ってるんじゃねぇの?」
「さあ?」
 知ろうと思えば知れるのかも知れないが、どうもその辺は理屈がいまいちよくわからないので、ここは一旦、考えない事にした。グラスをベッド脇のチロルさんに渡し、短く言う。
「どうぞ」
 手渡されたそれを受け取って、チロルさんは私たちを見た。何かを言おうとして口を動かしたが、言葉が出てこないようで、「ま、やってみ」と肘をついたまま笑ったアルさんに、ひとつ瞬きを返して、むぎちゃんに向き直った。
 ベッドの上で横になっているむぎちゃんの隣へ静かに腰を下ろすと、チロルさんは両手でグラスを持ったまま、そっと、彼女の口元へグラスの端を近づけていった。
 弱い陽光に揺れる琥珀色の液体が、静かに彼女の口に流し込まれる。少し溢れて彼女の頬を流れたそれを、チロルさんが手のひらで優しく拭っていた。
「むぎ……」
 小さな、声。
 じっと見つめる、私たち。
 ぴくり、と。
 彼女のまぶたが、確かに動いた。
 はっと息をのむ皆の背中を見ていたアルさんが、ひとつ、長く息を吐いたのは、多分、私にしかわからなかっただろう。
「うん……?」
 と、目を開けたむぎちゃんに、ばっと、チロルさんが抱きついていた。
「え? なに? どうしたの? チロル?」
 びっくりして、むぎちゃんはわわわと、両手を動かしていた。アカーシャさんもハイネさんも、エミリーさんもティラミスさんも、みんな、わっと、むぎちゃんに抱きつくチロルさんに飛びつくように、腕を広げて抱きついていた。
「ええっ!?」
 わたわた、かたまりのみんなの向こうで、むぎちゃんの手が揺れている。
「え? 何? ここ、どこ? え? みんなで打ち上げするって、出会いの酒場に集合じゃなかったっけ?」
 アルさんが立ち上がって、部屋から出て行こうとするのを見て、私もそれに続いた。
「え? チロル? どうしたの?」
 おそらく頭ぐるぐるなむぎちゃんが、言葉もなく抱きしめてくるみんなの腕の中で、困ったように眉を寄せていた。
「──さて」
 部屋を出、リビングへと向かうアルさんの背中が言った。
「これでやっと、ぐっすり寝られるな」
「おつかれさま」
「マジで」
 リビングのキッチン前を、私たちは抜けていく。
「あー、で、賢者の石は、回収しないでいいのか?」
「ああ、あれ? あれはほら」
 と、左手をアルさんに見せる。その手のひらには、赤いこぶし大のその石があった。
「え? アポートみたいに、ワープもできんの?」
「うん。出し入れ自由」
「マジか。触っていい?」
 玄関のドアに手をかけながら、アルさんが言った。
「いや、ダメ」
 私、即答。
「なんでだよ。触ったらヤバいとか、あんの?」
「あるよ」
 さらりと言って、私は笑った。
「貴方がこれを手にしたら、巨人が世界を滅ぼしてしまう」
「ひでぇ」
「いや、間違いないね」
「まぁ、ならしょうがねぇな」
 言って、アルさんはドアを開けた。
「まあ、仮に巨人が現れたとしても──それだって倒しちまうんだけどな。俺たちは」
「ま、そうなんだけどね」
 扉の向こう、高地高原の空に、夕暮れが近づいている。
 バンガローから出てきた私達二人に、皆が、一斉に振り向いていた。
 期待と、不安と、いろんなものが混じり合ったそのみんなの視線を受けて、アルさんは大声で、言った。
「ダガー!」
「おうよ!」
 腕組みで立っていたダガーさんに、にやり、笑って。
「宴の準備だー!」
「まかせとけー!」
 わあっと冒険者たちの歓声が上がって、夕暮れの近づく高地高原の高い空に、それは吸い込まれていった。

 チロルさん達がむぎちゃんを伴ってバンガローの外に出てきた時には、既に宴会の準備は整っていた。
 驚いた事に、ダガーさん以外にもダガーさんに挑戦するぞとレナさんやアキトさんが即席キッチンスペースで料理バトルを繰り広げてくれていて──勝手にだけど──数えてみたら六十人以上はいたみんなのための料理が、いつの間にかどどーんと即席宴会広場の即席テーブルを埋めつくしていた。
 さて、それでは──と、乾杯の音頭は満場一致で全隊の総司令、師匠さんがとった。アルさんではない。そう、満場一致で。
 「乾杯!」という師匠さんの短い発声に軽い笑いが起こって、野次が飛び交う。笑うみんなの中、それを見てむぎちゃんもお酒の入ったジョッキを手に、いつものように笑っていた。
 チロルさんがむぎちゃんをつれて、宴会場の真ん中へと進んでいく。「え? え?」と目を丸くしているむぎちゃんに、「主役! ひとこと!」「むしろメインヒロイン!」などと、ローさん、ポメさんが声をかけて笑っている。
「えーっと……あ、ありがとう、ございます?」
 あははという、楽しそうな笑い声が、みんなの耳に届いていた。
 樽ごと持ってやってくるいろんな人のお酌を受けながら、レイさん、ジェダさんも一緒になって笑っている。
 満身創痍なのか、ぐてーんとテーブルに伸びているエルさんは、次々と挨拶に来るみんなに、「あはは~」と笑いながら順番にジョッキを打ち付けて返している。隣、レオナさんは「はいはい、神はお疲れですよ!」などと笑っている。
 ダガーさんは宴が始まっても次々と料理を追加していっていて、「ニケー! あがったぞー!」「はいはーい」なんて、ニケちゃんはそれをみんなに配って回っていた。「ニケちゃーん! こっち、足りなーい!」なんて声が上がるのはジェダさんパーティのみんなが集まっているテーブルで、山盛りの料理と大量のお酒を前に、アルステッドさんとドゥアンさんが黙々とそれを食べ続けていた。
 ベルくんさんの周りには、タンクチーム達が集まっていて、お酒を手に、巨人のその強烈な攻撃を耐えたお互いの健闘をたたえ合っている。「やっぱり聖闘士宣言、強いなー」「でも、インビンの方が使い勝手はいいじゃないですか?」「ベルセルクでHP1で生き残るってのも、格好よかったよな」「ディバイン・ナイトには、その手のスキルないのがなー」「ビキニアーマーは最強だよ?」「いや、男子がそれ装備するのはどうか」「レダさん?」「しないよ?」
 ネリさんのところには魔導士さんたちが集まっていて、「エミリーさん!」と呼ばれたエミリーさんが「はいな?」なんてそちらに小走りで駆け寄っていくと、何故かルーナちゃんを始めとした魔導士のみんなに次々と握手を求められたりしていて、「いや、私なんかまだまだ」と、苦笑していた。
 テンションの上がったメイファさんが、刹那さんと一緒にお酒を手に演舞を始めたりして、それを拍手ではやし立てるヴィエットさんやセルフィさんが、リリアさんとナオさんに「天誅!」と単音節の神聖語で吹っ飛ばされたりしていて、それを見てみんな、笑っていて──
 その高地高原を見下ろす、ちょっと小高い丘の上。
 あの、石の上。
 アルさんはそこで頬杖をついて、少しばかり微笑むように、口許を緩ませていた。
 夕暮れを過ぎ、宵の入り。
 空に星が輝き始める頃に、
「何? ひとり、物思い?」
 なんて軽口を投げつつ、私は近づいていく。
「ああ……」
 喉を鳴らすように返して、アルさんはジョッキに口をつけた。
「ちょっと、そっち」
 なんて、しっし! とやると、「なんだよ」と小さく独りごちて、アルさんは石のはしっこに寄った。「はいはい」と、私はその隣に腰を下ろす。
 風が、吹いている。
 高地高原の宵の空、眼下、みんなが笑っている。誰かがキャンプファイヤーを始めて、その周り、みんなが楽しそうに踊り出し始めている。
 それを私たち二人、頬杖をつくようにして眺めていて──
 別に何か、言うこともない。
 でも私たち、思っている事は多分、同じだ。
 別に、私たちは賢者の石が欲しかった訳じゃない。
 全知全能とか、この世界の公理とか真実とか、そんな事は正直、どうでも良かった。うん、ホント、今でもそれは変わらない。
 変わらない。
 最初から最後まで、私もアルさんも、多分、変わらない。
 変わらないから、多分、私たち、思っている事は同じだ。
 眼下、みんなが笑っている。
「そうだな……」
 それを見つめて、アルさんがぽつりと呟くようにして言ったので、私は笑って右手のジョッキをちょっとだけ掲げて見せた。
「なんだよ」
 振り向き、アルさんも笑う。
「なんでも」
 軽口で、私は返す。
 アルさんはひとつ大きく息を吸うと、自分の右手のジョッキを私の前に差し出して、「しかたねぇなぁ」という風に口許を曲げて見せた。ので、私もわかって、「貴方がいつも言ってるんでしょうよ」と、返すように右手を伸ばした。
 そして──昇り始めた大きな月を向こうに、
「乾杯」
 一緒に口にして、こつんと軽くぶつけ合ったジョッキに、私たちは確かに笑い合った。


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