studio Odyssey



スタジオ日誌

日誌的なもの

 それからまた、数日。
 配達のお仕事をやったり、研究室に顔を出したり、いつの間にか聖堂城の立ち番に顔を覚えられたりして、何日後かの、満月の夜。
 こっそり、私たちは研究室を抜け出した。
 研究室前の海は、満ち潮のせいもあって、強い風に白波をたてていた。
「一雨来そうだな」
 呟き、アルさんは空を仰ぐ。流れる厚い雲に、月は見えない。
「まあ、隠密活動にはもってこいか」
「風が強いから、多少の足音も聞こえなさそうね」
 ま、念のため足音には注意しつつ、聖堂城の螺旋階段を上って行く。揺れるランタンの落とす影は、私とアルさん、二人のものだけだ。他のみんなは、さすがにこんな真夜中にまで、付き合いはしないらしい。
 だいぶん登ったところで、向こうに小さな灯りが見えた。目を凝らすと、灯りは私たちを呼んでいるかのように、ゆらゆらと揺れていた。近づくと、トーカチを手にしたチビエルちゃんだった。
「二人だけ?」
 薄い寝間着姿のチビエルちゃんが、首を傾げつつ聞く。
「おう。ってか、このイベント、どうもパーティー組んでても、参加できない系の奴っぽいんだけどな」
 ハテナと首を傾げるチビエルちゃんだったが、
「ま、リヴァエルも、あんまりたくさんの人がいると疲れてしまうって言っていたし、ちょうどいいわ」
 言い、私たちを促す。
「ここから先、聖堂に入るのに、いったん西のテラスにでるから……今日は風が強いみたいだし、気をつけてね」
「テラスから身廊に入るのか? まんまだな」
 チビエルちゃんに続くアルさんの呟きを耳にしながら、私も階段を上がって西のテラスに出た。テラスに出ると、びょうと強い風が吹き付けてきて、髪や服の襟袖を、ばたばたと激しくはためかせてきた。凄い風。眼下に広がる広大な海は、闇に沈んで、時折立つ白波にうねっている。
「こっちよ」
 テラスに出てすぐ右手、聖堂の入り口だろう、不思議に白く輝く大きな扉があった。チビエルちゃんはそこに手をかざすと、何かを小さく口にして光を消し、ゆっくりとそれを引き開けた。
「やろう」
 アルさんが変わり、ドアを開ける。
 その向こうには、まっすぐに東へと伸びる身廊があって、最奥の後陣に当たる場所には、一体の竜の石像が安置されていた。

続きを読む <勇者ちゃんと、竜の赤い石(後編)>

 ぽくぽくと、夜明け前の丘を、馬で行く。
 西へと伸びる巡礼路は、この丘の向こう、ナール帝国、デヴァリ公国領、エル・トゥラ=ランサ自治区へと続いている。
 背中から差し込んでくる朝日が、下草もまばらな丘をゆっくりと照らし出していく。かすかに吹く丘の向こうからの風には、潮の香りが乗っていた。
 巡礼路の先、丘の上に人影が見える。
 鎧姿の男は、丘をぽっくぽっくと登る私たちを待っているのか、仁王立ちで構えていた。
 長い巡礼路。その終わりの丘。歓喜の丘にたどり着いた私たちに、
「馬はダメでしょう、馬は」
 鎧姿の暗黒騎士、レイさんこと、レイシュさんは言った。
「巡礼者らしく、歩いてくださいよ」
「いやだって、歩かなきゃダメだとは言われてねぇもん」
 馬上から返すのは、私の相棒というか、パートナーというか、なんだか最近はただの旅の道連れじゃないかなという気すらする、剣士アルさんこと、アルベルト・ミラルスだ。
「そもそも、俺は古の知識と教養の神の信徒ではないのに、なぜ、律儀に巡礼路を巡らなきゃならんのだ? とすら、思っている」
「まあ、エル・トゥラに入るには、巡礼者として入るのが一番手っ取り早いというか、そういうシナリオなので」
 と、レイさん。
「竜の牙、揃いました?」
「八個でいいんだっけ?」
 馬から下りながら、私は聞いた。手を伸ばした腰の先には、じゃらじゃらと揺れる手のひらほどの大きさの牙のようなものが八つ。巡礼路の町の教会で貰ってきた──とは言え、是非寄進をお願いしますと言われる──古の知識と教養の神の聖印、そのレプリカだ。
「ですね。それで問題ないはずです」
「足りなくて、取りに戻れっていわれても、嫌だけどね」
 苦笑しつつ、ぽんぽんと馬の背を叩く。と、我が愛馬はひゅんと光の玉の形に姿を変え、腰にぶら下げていたひょうたんの中へと戻った。
「この丘の向こうか」
 同じく馬から下りたアルさんが、少し早足気味になりつつ、丘の最後の少しを登って行く。
 やれやれと思いつつも、私たちもその後を追った。
 丘の向こう、広がる海。
 その湾の岸部近く。
 浮かぶ小島のすべてを覆うように作られた町、聖堂城を中心に据えた、古の知識と教養の神の聖地、エル・トゥラ=ランサが、朝日を照り返す遠浅の海に浮かんでいた。

続きを読む <勇者ちゃんと、竜の赤い石(前編)>

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