studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2023.04.01

勇者ちゃん、勇者になる!

Written by
しゃちょ
Category
読み物
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 セントラルキャビティの最奥。
 魔力の塔の中心を一番下まで降りたところには、淡く光る不思議な文様が描かれている。
 生きている魔力の塔の蒼い光の中で、私はうっすらと目を開けた。
 ええっと──どういう状況だったっけな?
 覚醒はしたものの、一旦目を閉じ、状況を整理する。
 あの後、「で、このお父様を我々はどうしたらよいのだ?」などと言うアルさんに、「しりませんがな」と異口同音に返したレイさん、ネリさん。「とりあえず、パーティには入れないでしょうね」「NPCとして作られていませんから、そもそもステータスがありません」「これはお帰りいただくしか~」と、最終的にはエルさんの提案によって私の鍵石を渡し、父にはルーフローラへと戻ってもらったと記憶している。「親子の再会なのに、なんもナシでいいのか?」「いや、お互い、何を話したらいいのかわかんないし……」「いろんな意味で深い台詞だな」「主に貴方の所為ですが?」
 そして気を取り直し、私達はセントラルキャビティを下へ下へと降りていったのだが──その後、最奥にたどり着いた辺りで、何故か私は強い眠気に襲われてしまったのだった。
 そして──記憶がない。
「おや、アルさん、早いですね」
 と、レイさんの声が聞こえてきた。

「さては、偽物ですね」
 と言うレイさんに、アルさん、
「ばれたら仕方あるまい。貴様には死んでもらう!」
 やる気か。
「いやまぁ、しかし、本気で一回はやってみたかったですね」
「もうできねーしな。タンクにダメージ通せる気はしないが」
「オラージュが一発でも入ればヤバそうですが」
「ま、それはともかく」
 アルさんは続けた。
「ちょっと早めに入っておかねぇと、こいつが起きなかったら困るなーとか思っていたが……」
「はい。ぐっすり寝てますね」
 とは、返すレイさんの声。
 いや、起きてはいるが──起きてはいるんだが、完全にタイミングがだな……
「これ、どれくらい寝てる予定?」
 これ、とは?
「さあ? どうなんでしょうね?」
 レイさんは唸るようにして返した。
「本来、勇者ちゃんは先の戦いでやられてしまうので、そこで強制セーブが入ってAI処理なんかもされる訳ですが……今回はそれがなかった分、強制的に睡眠モードに入ってしまったんだと思いますけど、いかんせん、前例がないのでなんとも」
 ああ、なるほど。
 どうやら私は先のタイミングで意識を失ったらしい。おそらく私にはどうにも出来ない類いの、世界の真理とか摂理とか、そういった類いの強制力だとは思うが……そうか。
 さて、じゃあ状況もなんとなくわかったし、そろそろ頃合いかなと、起きようとしたところで、
「本来は、ここで父親の話をするかどうかって選択になるのか?」
 アルさんがレイさんに向かって聞いていた。
「そうですね」
 レイさんは続ける。
「ま、かなり後味の悪いイベントですよね。プレイヤーの選択次第ですけど」
「レイシュはどうしたんだ?」
「私ですか? 私は話しましたね。私の勇者は同性ですし、彼は結構ヒロイックな性格なので、隠しておくよりは話そうと思いまして」
「ふぅん……」
「ダガーさんは話してなかったかな? チロルさんは話してましたね」
「半々くらい?」
「非公式のアンケートでは、話さない方が多いようですが……異性勇者の方が、さらに話さない率が高いみたいですね」
「勇者の方が話してこなければ、話さない率の方が高くなりそうではあるなぁ」
「アルさんならどうします?」
 聞くレイさんに、固まる私。お、起きられない……
「俺かぁ……」
 と、アルさんは考えるように呟いて──間。
 えっと……アルさんなら……アルさん、なら?
 たっぷりと考えるような間を置いてから、アルさんは言った。
「やべ……多分その状況になったら、三日くらいは悩んでそう」
「世界、なくなっちゃいますが?」
 こいつ、逃げやがったな。

「こんにちは」
 と、珍しい声が聞こえてきて、
「パーティインスタンスに入ってくるとか、越権行為じゃねーの?」
 などと、アルさんが返していた。
 薄目を開けて見る。と、アルさんとレイさんが壁により掛かって座っていた所へ、あの魔導士さんが近づいてきている所だった。
「今日はほら、名前が青」
「GM権限で入ってきたのか」
「十分越権行為では?」
 魔導士さんは笑っている。そして私の方をちらりと見た。ので、狸寝入りを決め込む。ばれてる……か?
「いや、最後に一言、話しておきたいなと思って」
 と、魔導士さんはアルさんに向かって言った。
「昨日の配信、見てたよ。まさかあんな展開になるとは、正直、思ってもみなかった」
「そもそも俺は、どんな展開か知らなかったしな」
「私はちょっと卑怯な助言をしてしまったかなぁと思っていますが、後悔はしていません」
 レイさんの台詞に魔導士さんは二、三、頷いて続けていた。
「うん。こちらとしては本来のストーリー通りに進んで、アルさんの選択を見てみたかったという思いは、ある」
「三日ほど悩むと言っていましたよ」
「それは困る。サービスが終了してしまう」
 そんなに困った風でもなく、魔導士さんは笑って、
「さて、それはともかく、最終決戦だ」
 続けた。
「激励に来たのか?」
「まぁ、そうだね。正直なところ、ここまで来たらアルさんにはちゃんとクリアしてもらいたい」
「勇者ちゃんのデータが欲しいそうです」
「おのれ、邪悪な」
「否定はしない。あと、どうでも良いけどコマンドメニューから残り時間が表示できるようになっているから、表示しておくといいと思う」
「え? マジで。システム?」
「告知に載せておいたんだけどなぁ……24時間前から表示可能になっているから」
「ホントだ、便利」
「むしろ、僕としてはその残り時間を気にしてプレイしてもらいたいんだが……」
「気にはしておく」
「サーバーローズは、告知通り17時だ。残り時間はあまりない。クリア後のエンディングを見ることも考えると、余裕を持ってアルス・マグナの所にたどり着いてもらいたいな。サーバーもだんだん混み合ってくるだろうしね」
「午後に入ったら、イベントも始まりますしね」
「イベントあんの?」
「サービス終了は、全体イベントだからね。君たちだけの話じゃないし」
「どんなん?」
 少し弾んだ声で聞くアルさんに、「んー」と唸る魔導士さん。それにレイさんが答えていた。
「アーオイルの最終侵攻が激化するというお話の流れだそうですよ。世界中の魔力の塔が、暴走を始めるのだそうです」
「へぇ」
 興味深そうに唸るアルさんに、「さすがに私もここにいるので、師匠やヴィエットからの情報しかないのですが」と、続ける。
「タイムリミットまでに、世界中の暴走した魔力の塔に現れるオープンクエストボスを撃破せよというイベントなのだそうです。噂では、どのボスも巨人クラスになるんじゃないか、とか」
「その辺はAI任せなので、僕はしらないけどね」
 軽い感じで言う魔導士さんに、アルさん。
「それ、倒しきれなかったらどうなんの?」
「さあ? AI次第じゃないかな?」
「雑」
 雑。
「そして全ての魔力の塔の暴走を止めたら、聖地ルルスを抜け、聖地の魔力の塔を破壊するという流れになる」
 笑って言う魔導士さんに、アルさんレイさん。
「俺たち、ここにいるんですが?」
「巻き込まれ事故ですか?」
「まぁ、そこはゲームなので」
 雑。
「ってか、12時回りますね。イベント始まりますよ」
「見たいな……」
「あとで配信を見ますかねぇ」
「アウラとルーフローラの空に、巨大な魔方陣が描かれて、終末感がすごいことになるんだ」
「なんでそんなに楽しそうなんだ、運営」
「僕らは、恨みをもって、本気で潰しに行く側なので」
「それを言ったのは我々ではなく、師匠ですがー」
 とばっちりでは?
 魔導士さんは軽く笑いながら続けた。
「時間、あまりないけど、頑張って。君たちだけの物語の結末を、僕も期待している」
「期待に応えられるかは、アレに聞いてくれ」
 アレです、コレ。ってか、言い様。
「まあ、そう言わずに頼むよ」
 魔導士さんは苦笑して続ける。
「エンディングは割と長いから、その分の時間も考慮して、頼むよ」
「俺は別に、アルス・マグナさえ倒せればいいかなって思ってる」
 アルさんは軽い感じで笑っていた。
「エンディングってあれだろ。真の勇者と認められた勇者ちゃんと、出会いの酒場で再び出会うってやつ」
「王宮の話なんかもあるけど?」
「興味がないから、別にいいや」
 そしていつもの調子な感じで、言った。
「エンディングは、自分達で決めたいじゃん。これはMMO RPGなんだからさ」
「世界の終わるその瞬間まで、君たちは君たちらしくあろうとするのか」
「当然。それが、MMO RPGってモンだろ?」

 魔導士さんが去って、ちょっとして、ほんの少し? けっこう?
 ともあれ私は「ううん……」などと唸って、もぞりと動いて起き上がった。演技。
「お、起きた」
 アルさんが言う。
「目覚めなかったらどうしようかと思ってた」
「私達はここでぼーっとしながら、世界の終わりを待つという……」
「それもまた一興」
「四時間とかそれに付き合うみなさんもどうかと思いますが」
「リアルタイムで見る人なんていねーだろ? みんな、イベントやってんじゃねぇの?」
「えー? 意外と待機室に人、いるようですがー」
「マジか、勇者ちゃん、なんかサービスしろ」
「寝起きの乙女にいう台詞じゃないね」
 寝起きではないけどね。というか、寝起きの一声ではなかったね。寝起きじゃないけどね。
 程なくしてやってきたニケちゃんに「おおー、もう来てる。はえー」などと驚かれ、「じゃあ、配信予定時間まで、ニケのチャンネルで勇者ちゃん、フリートークね」「なぜ?」「暇つぶし。またはファンサービス」
「レイさん、私が送ったプログラム、実行できました?」
 ニケちゃんと一緒にやってきたネリさんが、レイさんに向かって聞いていた。
「実行していますよ」
「何?」
「本日は最終回なので、みんなの視点データを集めるようにしているのです。あとで編集します」
「つまり、アルス・マグナを倒せずに時間切れというオチを……」
「是非やめてください」
 そして三々五々、みんなが集まってきて──最後まで相変わらずだなと、私はニケちゃんに「本日の意気込みはー?」などと聞かれながら、苦笑していた。
 そして──
 淡く光る魔方陣のような文様が刻まれたその最下層に、いつもの八人。
 気がつけば、円陣を組むようにお互い向き合って並んでいて──
「さて、ここで一言、欲しいですね」
 と、レイさんこと、暗黒騎士レイシュが、突き立てた大剣のポメルに手を乗せて言った。
「最終決戦前のシーンって、大事ですからね~」
 とは、導師エル様。杖を手にほわんほわん。
「ま、そんなモン、アルに期待してもな」
 ちょいとわざとらしく肩をすくめ、ローグ、ダガーさんは軽く笑う。それに大魔道士──補佐見習い候補──のネリさんこと、ネリ・からしさんが続いていた。
「ともあれ、時間的にも再トライは出来ません。ここは一発勝負でみなさん、お願いします」
「全滅したらクリアはほぼ絶望的だし、正直、大ブーイングだねー」
 などと、子どもと同じくらいの背丈しかない──レイさん曰く、名前を呼んではいけないあの種族の少女──ニケちゃんが笑いながら言うと、
「いや、正直、大分プレッシャーなのだが……」
 苦笑のままで、聖騎士チロルさんが戦旗槍を肩にかけ、首を傾げていた。
「ほら、アルさん、期待されていますよ」
 レイさん。にやにや。
「何をかはともかく、ささ、一言。どうぞ」
「ない」
「ひどい」
 腕組み、さらりと言った我が相棒、旅の道連れ、剣士アルベルト・ミラルスは笑う。
「むしろ、この手のシーンは、レイシュのアレだろう」
「覚悟はよろしいか、各々方」
 はいはい、いつものいつもの。
「この橋の先が──地獄です」
「橋ありません~」
「ニケわかんないー」
 はいはい。ここまでテンプレ。
「と、いうわけで」
 アルさんは私に向かって言った。
「シメは勇者ちゃん」
「何故に私?」
「主人公だろう?」
「主人公ではないけれど……円陣でも組んで、おー、とかやる?」
「一回もやった事ねぇだろ」
「うん。ない」
 笑い、
「さて、じゃ」
 剣の柄に手をかけ、私は言った。
「いこうか」
 そして私達は歩き出した。
 セントラルキャビティの最奥から横に伸びている大きな通路。青い光に満ちた、トンネルのようなその通路を、ゆっくりと。
 聖地ルルスの、その場所へ。

 しばらく進むと突然目の前が開け、巨大な地下空間に出た。
 天井は巨人がまっすぐに立っても余裕がありそうなほど高く、左右に真っ直ぐ延びた壁面のその先は、淡い青の光の向こうに消えて見通せない。
 天井から淡く降る青とマナの光に照らされて、奥には神殿のような建築物が見えた。名も無き古き神、ナンムの神殿のようなそれは、その場所にひっそりとあり、寝所と呼ぶのにふさわしく思えた。
「アルス・マグナはあの神殿の中で、復活の時を待っています」
 アルさんの隣、レイさんが言うと、アルさんは顎に手を当てながら返した。
「ってことは、まだ復活していないのか?」
「おっと、口を滑らせました。聞かなかった事に」
「コメント欄からブーイング」
「どうせすぐわかる話じゃないですかー」
 などとやりとりをしている中から、ネリさんが帽子に手をかけつつ言った。
「というわけで、進んでください、アル」
「明らかに何かあるやつじゃねぇか」
 先に私たちを行かせようとするあたり、明らかになんかあるやつだな。
「コメント欄にはソンナコトナイヨが溢れています」
 明らかにあるだろ、それ。いや、つきあい長いから解ってはいるけれども。
「んじゃいくか」
 と、アルさんは進む。つきあい長いから、解ってはいるけれど。
 神殿へと向かうまっ平らな石畳のような道を、私たちはこつこつと小さな足音をたてつつ進む。
 ふわふわと舞うマナの光が、神殿への入り口、長い階段の手前へと私たちが歩を進めたときに、ふっと、吹き抜けた風に舞って消えた。
 剣に手をかけ、身構える。
「さて」
 アルさんが言った。
「前哨戦か?」
 いつの間にかそこに、半透明の身体を持った二人の巫女の姿があった。
 仲間たちも後ろで身構える。が、前に出てこない辺り、これはつまり──
「ここは、我らが新しき神、アルス・マグナ様の寝所」
 二人の巫女が、同時に言葉を発した。
「オルムや蛮族の者が、足を踏み入れてよい場所ではありません」
「フローラの子だからいいだろって理屈は通らんか?」
「いえ、あの人たち、フローラの子という言葉を知りませんので」
「あ、そっか!」
「あ、そゆこと? え? じゃあ、オルムって勇者ちゃんのこと?」
「ああ、確かに血族ではあるな」
「マイペースですよ~」
 そんな私たちを無視して、巫女は続ける。
「立ち去り、来るべき時を祈り、待ちなさい。我らの新たなる神、終末の、そして始原の巨人となる、アルス・マグナ様の復活の時を」
「それを止めに来た」
 剣を突きつけ、アルさんは言う。
「正直、理由はないが」
「この期に及んで!?」
 レイさんが突っ込んでいたが、アルさんは構わず、ニヤリと笑って続けていた。
「最後の時を祈って待つってのは、勇者のする事じゃねぇって事だけは、間違いないと思ってる」
「私?」
「みんな」
 そして、
「この世界の終わり。それに最後まで抵抗するってのは、正しい勇者のあり方だろ」
 アルさんは私を見て、笑った。
「押し通る!」
「おっと! もうおっぱじめる気ですよ、この人!」
「悪は叩けば露呈する! 勝者は正義ー!」
 訳の分からんことを言い、アルさんは「アン・アヴァン!」で巫女へと飛びかかった。ならばと、向かう先と逆の巫女に切っ先を向け、「レイ・スティン──」と私が飛び出そうとしたその瞬間、アルさんの目の前で赤い光が渦を巻き、その切っ先を受けて弾けた。
 閃光が圧となって駆け抜ける。何事か──剣を握り直し、見る。アルさんが切っ先を前に向けたまま止まっている。ひとりの、青年の前で。
 左手の指先で、切っ先を摘まむように受け止めた、その男の前で。
「お前か?」
 下から眼光鋭く、アルさんは青年に向かって聞いた。
 何者か。
 私の賢者の石は知っている。
 その男を、知っている。
「そうだ」
 そして、青年はその名を名乗った。
「私が、アルス・マグナだ」

 アルさんは飛びすさり、距離をとる。
 前へ、レイさんが飛び出してきて身構える。
 眼前、アルス・マグナは背後に巫女を従えたまま、右手を見つめて握り開きを繰り返して何かを確かめていた。
 長い裾の、白衣の外套。
 すらりと長い手足。華奢な身体つきに、神経質そうな瞳。銀色の髪。
 最高にして、唯一の、賢者の石の錬成に成功した錬金術師。
 その瞳が、私たちを見て問うた。
「オルム、再び私の命を奪いに来たか」
「俺はオルムじゃないけどな」
 返すアルさんにアルス・マグナは一つ息をついて目を伏せ、そして小さく首を左右に振りながら返した。
「口を慎め、蛮族の子」
「尊大だぞ、こいつ」
 即答する貴方も大概。
 ともあれ──
「アルス・マグナ」
 私は一歩踏み出し、言った。唯一のオルムとして。
「賢者の石を渡しなさい。それは、あなたにはふさわしくない」
「勇者ちゃん、自分を棚に上げましたよ?」
「いや、自分には相応しいと思っている説」
 やめてくれ、レイさん、アルさん。場が混沌とする。
 アルス・マグナは私をじっと見、返した。
「私には、貴方こそ、石の所有者に相応しくないように見える」
「言われてんぞ?」
「自覚あるから大丈夫」
「まじで?」
 無駄なやりとりを無視し、アルス・マグナは後ろに控えていた巫女たちに手を伸ばしつつ続けた。
「貴方は、私の命を奪い、この世界の再生を阻止しようとしている。この、不完全な、私たちの命を刈り取ろうとする世界を」
「いや、アーオイルにとってはそうかもしれんが」
 アルさんは口許を曲げるようにして笑いながら返した。
「フローラの子どもたちにとっちゃ、今のこの世界こそが、生きるべき正しい世界なんじゃねぇのか?」
「所詮、フローラの語る未来など絵空事」
 と、アルス・マグナは目を伏せたまま静かに告げる。
「私はこの世界を無に返し、混沌の中から新たに再生させる。それ以外の未来は、この世界には存在しない」
「言い切るね」
「私は全知全能。私の言葉は、すべて真実」
「こちらの勇者ちゃんも、そちらと同じなんだが?」
 言うアルさんに、
「さあ、期待されていますよ! 勇者ちゃん!」
 ネリさん。
「ここでばーん! と!」
 レイさん。
「キタイシテイル」
 と、ニケちゃんと──何故にみんな乗り気なんだ? 「いえ、データとしては、めっちゃ欲しいんで」
 ともあれ──私はアルス・マグナに向かい、言った。
「貴方の語る未来は、私には見えません」
 剣を構え、まっすぐに言う。いや、私の賢者の石は未来を見せてはくれたりはしないんだがね。
 でも、それでも、
「私の賢者の石は、そんな未来を語らない」
 それは間違いなく、言えると思えた。
 アルス・マグナは私の言葉を受け──軽く笑っていた。
「賢者の石を持つ勇者。貴方もまた全知全能ならば、わかっているのだろう」
「そんな台詞、初めて聞きましたよ~」
「まあ、賢者の石を持つ勇者がアルス・マグナと対峙すると言うのは、おそらく初めてでしょうしね……」
 エルさん、チロルさんの呟きを置いて──アルス・マグナは私に向かって問いかけた。
「私は世界のすべてを知っている。知っているからこそ、その上で私は貴方に問う。この世界には、滅びの未来以外はない。違うか?」
 ぐっと、私は息をのんだ。
 でも、それでもなんとか、
「それは、アーオイルにとっての未来の話でしょう?」
 言い返す。
 けれど、
「無知を装うなど」
 アルス・マグナのその言葉に、私は言葉をのんだ。
「勇者よ。貴方は、この世界を変えられると信じているのか? 私はすべてを知り、すべてを理解した上で、変えられないと言っているのに?」
 巫女へと伸ばしたアルス・マグナの手に、赤い光が渦を巻いていた。
 光に、二人の巫女の体が少しずつ溶けていくように薄くなっていく。アルス・マグナの右手に吸い込まれていくその光に、高位の鉱石の力が、矛の形を成していく。
「勇者よ。貴方は神の力があれば、世界を変えられると信じているのか? 混沌の果て、その向こうにあるものを知りながら、所詮はその混沌から生まれた程度の、神の力で」
 アルス・マグナは矛を構え、告げた。「勇者よ」
「貴方が賢者の石を持っていようとも、この世界を変えることはできない。形は違えど、貴方は私と同じ道をたどり、絶望の淵に落ちるだけだ」
 アルス・マグナは、言う。
「私が貴方に救済を与えよう。この世界の、最後の神として」
 私に向かって──最後の神が言う。
「その愚かな歩みを止めさせ、そしてその唯一無二の魂に、救済を与えよう。無に帰るこの世界で、最後の神である私が、最後の勇者である貴方に!」

 全知全能、不老不死。
 神の力を宿す石。賢者の石。
 私は、その石を持っている。
 故に、私はこの世界の理を知り、真実を知り、その言葉の本当の意味も理解する。
 アルス・マグナもまた、同じ。
 変えられない世界の公理。時空の定義。この世界の、真実。
 それらすべてを理解した上で、それでも──
「やってやるぜ!」
 彼は言うのだ。
「勇者が世界を救わないで、何が冒険活劇か!」
 そして剣を振るい、勇者はそれに返すのだ。
「乙女なら、やってやれってね!」

 アルス・マグナが矛を突きつける。
「無意味!」
 切っ先から、炎が迸る。
 生み出された業火に、
「なんの!」
 と飛び出したレイさんが、暗黒の炎を立ち上らせてそれを飲み込み叫んだ。
「一気にやってしまいましょう!」
「おうよ!」
 飛び出す私、アルさん、そしてダガーさん。
「一気に詰めるぜ!」
 両手の短剣を逆手に持って炎をかいくぐり、ダガーさんはアルス・マグナの前に飛び込むと、
「ラストストーム・エッジ!」
 神速の十四連撃を繰り出す。
 アルス・マグナは矛でその五連撃目までをいなし──たが、六撃目以降をその身体に受け、衣服と一緒に鮮血をまき散らしていた。
「おのれ、蛮族が!」
 アルス・マグナが返す力で矛を振るう。
 ダガーさんは身体を捻りながらそれを軽く躱し、「アル!」「おうよ!」その後ろからアルさんが死角をついて飛び出していた。
「セプト・エトワール!」
 閃光の七連撃。なんとか受けようとしたアルス・マグナの身体が、大きく後ろへと弾き飛ばされた。
「貴様ら……!」
「遅い!」
 アルさんはさらに踏み込む。
 振り抜かれる剣。それを受ける矛。閃光と剣劇の音が響き渡る。「勇者ちゃん!」声に、私は踵で拍を打って踏み込んだ。「スイッチ!」声に、背中合わせで入れ替わり、
「ラ・ロンド──フルーレ!」
 十六連撃を撃ち込む。
 閃光に、アルス・マグナが弾き飛ばされ、神殿へと続く階段にその身を打ち付け、どおんと大きな音を響かせていた。

「……弱くね?」
 もうもうと舞う煙の向こうを見つつ、アルさんが呟く。
「確かに」
 剣を握り直し、隣に立つ私は返す。
「私たち、強すぎ?」
「かもしれん」
「いやぁ……」
 と、レイさんが前に出つつ言った。
「拍子抜けされてしまっても困りますので、ネタバレしてしまうのですが、これ、前哨戦なので、アルス・マグナは完全体ではないんです」
「マジか! エリクサーとっとかなきゃ!」
「そして最後まで使わないタイプ」
「この世界、エリクサーありませんが~。あ、いえ、ありましたね」
「難易度の高い笑いが続いてますね」
 ともかく。
「なるほど、確かに貴方たちは、他の全ての誰よりも強い」
 眼前、煙の中から矛を支えにアルス・マグナが立ち上がっていた。
「賢者の勇者」
 アルス・マグナは言う。
「賢者の石は、確かに世界を変える力だ。その力を持つ貴方は、私と同じように神となり、世界を変える力を持つかもしれない」
「ちなみに、世界最強はうちの勇者ちゃんではないらしいが……」
「アルさん、場が混沌とするので、そういう野暮な突っ込みはやめましょう」
「この世界最初の神である勇者こそが、最強説」
「事実、アレ、最強だけどな。賢者の石も持っているし……」
「コメント欄が、話聞いてあげて! って、心配する声に溢れています」
「しかし──」
 アルス・マグナは続けた。
「貴方に世界は変えられない。この世界は間違いなく、終わりに向かって進んでいる」
「それはお前の感想じゃねぇの?」
 ニヤリ、笑いながらアルさんは言った。「前哨戦イベントで、アルス・マグナさんのご高説を賜る感じか?」「おおよそそんな感じなのですが……」レイさんが呟く。
「さっきから、全く聞いたことのない台詞ばかり言うんですよねぇ、このアルス・マグナ」
「元々、同じ台詞を喋る訳ではないんですが~、私も聞いたことのない台詞ばかりですね~」
「たとえ貴方の力をもってしても、この世界の終わりは、回避出来ない」
 アルス・マグナは言った。
「唯一の救いは、この世界の終わりに新たな神を創造し、新たな世界を創世する事だけだ」
「故に、この世界を終わらせて、自分が新たな世界の神になると?」
 アルさんの言葉に、アルス・マグナは小さくひとつ頷いた。
「君達も、気づいているはずだ」
 隣、アルさんが言葉を飲んだのがわかった。
 その言葉に何と返すか──と思って横顔をちらりと見たけれど、アルさんはひとつ深く瞬きをして、私を見て告げたのだった。
「これに返すのは多分、俺の仕事じゃねぇな」
 私はその視線を受け、目を伏せ、頷く。
 返すべき、問いかけるべき言葉の選択肢は、いくつもある。いくつも、いくつもある。この世界を旅してきた仲間達と、最後の戦いを前に、たくさんの想いの向こうに、無数の未来の選択肢がある。
 その中で私は──言った。「私は知っている。私の賢者の石は、知っている」
「世界は変えられる」
「賢者の石は世界を変えられない」
 アルス・マグナは言う。
「過去の私がアーオイルを救うためにこの世界を変えようとして失敗し、この世界の半分を失ったように、賢者の石がたとえ全知全能を我らに与えてくれるとしても、我々にこの世界を変える事はできない」
 その銀色の瞳に、私は言う。少なくとも私はこの世界の理のひとつは変えてみせた。決して目覚めることのない眠りの中から、チロルさんの勇者、むぎちゃんを、救って見せた。
 だからこそ言うのだ。
「貴方は、私たちの可能性を否定している」
 アルス・マグナは嗤った。
「貴方は、私が見た景色を見ていないだけか、見ようとしていないだけだ。私は世界の全てを知っている。私が見た過去と現在が、それを証明している。私が見た現実を見て、貴方も、その幻想を捨ててほしい」
 私は、なんと答えるべきか。
「私は勇者だ」
 そう返すべきだと、そう思った。
「勇者が可能性を信じないで、誰が未来を信じられる?」
 アルス・マグナは嗤う。そうだ。私たちは、知っている。
 全知全能を手に入れた私たちは、知っているんだ。
「過去に失敗した私が見たものから目を背けることは、愚者のすることだ。この世界の未来は確定している。たとえ貴方がこの世界の一部を変えたところで、未来は決まっているのだ。結果は、必ず同じ場所に収束する」
 矛を構え、アルス・マグナは言った。
「貴方がその胸にどんな想いを抱いていようとも、その夢を追いかけようとも、実現することはない。貴方は知っているはずだ。認めていないだけだ」
「それでも──」
 私は剣を握り直し、左手でアルさん達を押さえ、言った。
「私は希望を持ち続ける。私たちは、必ずこの未来の先にたどり着く」
 これは多分、私がやらなければならない事だ。これは多分、私にしか出来ない、言えないことなのだ。
 気づいてくれたアルさんが、大きく息を吸って構えを解いていた。
「貴方の信念は、愚かなものだ」
 矛の切っ先を私に向け、アルス・マグナは告げた。
「私は、貴方に教えてあげましょう。貴方が失敗するその時に、私が立ち会いましょう。それは貴方を、その絶望から救うことにもなる」
 私は、足下を確かめる。
「……いいのか?」
 剣を鞘に収めながら、アルさんは横顔で私に聞いていた。
「うん」
 私はひとつ、頷きを返す。
「無意味でも、私はそれを信じてる」
「そうか」
 短い返答に、
「信じても、結果は変わらない。過去に証明済みだ」
 アルス・マグナが返す。
「勇者よ、君がここにいる理由は何だ? この世界を変えようとする理由はなんだ? 私はこの世界を変えようとした。しかし私は失敗した。私は神の逆鱗に触れ、この世界の半分を壊してしまった。君もそれは知っている。知っているのに、君は何故この世界を変えようとする? 君は失敗するのか? 君はこの世界を、変える事ができるのか?」
「できるさ」
 そう言って笑って、私は返した。
「私は、勇者だからね」
「ならば──雌雄を決しよう!」
 アルス・マグナが答える。
 握りしめられたその矛先が、私に向けられる。
 私は、足下を確かめる。
 同時に、飛び出す。
 閃光、刹那、二つがぶつかり合う。
 弾けて──弾き飛ばされた二人の距離が離れて──上位古代語と共に炎が舞い上がった。錬成石の光と炎が、渦を巻いて私に向かって降り注ぐ。
 私は剣を握り直し、駆け抜け、それら全てを振り切って──突き出される矛を躱し、踏み込んだ左足で拍をついた。「ラ・ロンド──」
 踊る髪の向こう、切っ先の向こう、アルス・マグナ。
「フルーレ!!」
 高速の十六連撃を繰り出した私の剣先が、アルス・マグナを捉えた。炎が閃光に吹き飛ばされ、錬成石が砕け散って──矛が、私の剣に光の粒子となって散っていき──十六連撃の終わりに、私はさらにもう一歩、大きく踏み込んだ。
 アルス・マグナが驚愕に見開いた目で、私を見ていた。
 私は、それでも信じているのだ。
 勇者だから。
「アル・フィーネ!」
 繰り返しの十六の閃光に、アルス・マグナは断末魔の悲鳴をあげることもなく、光となって散っていった。

 マナの光が、ふわふわと降り注いでいた。
「ふむ……」
 と、腕組みをしていたアルさんが、私の背中の向こうで呟いていた。
「随分と威勢のいい事を言い放ったな」
「そう?」
 振り向きながら、私は剣を納める。
「ラストバトルなんだし、大見得くらい切っとかないといけないんじゃないの?」
「サービスか」
「そう」
「そういうのは、思っていても言わぬが花と言うやつでして」
 剣を納めつつ、レイさんは苦笑していた。
「しかし、アルス・マグナが正体も明かさぬまま速攻倒されてしまった訳ですが……どうすんだ、これ」
「あれで終わりな訳じゃないだろう?」
 アルさんは皆に向き直り、言う。
「どう見たって、あいつは賢者の石を持っていなかった」
「まあ」
 と、帽子に手をかけつつ、ネリさんが返す。
「あの身体はアルス・マグナが人であった時のものでして、あれは本体ではないわけですが……」
「その話、全くしないまま倒されたな」
 ひょいと肩をすくめるダガーさん。
「ま、おかげで予定よりも大分早く最奥にいけそうだが」
「その分、アルス・マグナが超強化」
「ありそうで怖いですね」
 ニケちゃん、チロルさんの言葉に、「ですね~」などと笑いながらエルさんが続いていた。
「むしろ、このアルス・マグナは、私が今まで聞いたこともないような事ばかり言ってましたし、相当、普通じゃなさそうですよ~」
「これも、真にこの世界が終わろうとしているが故の、演出なんでしょうかね?」
 レイさんの呟きに、ネリさんが軽く口許を緩ませながら返していた。
「さあ? どうでしょうね?」
 ちょいと帽子を上げて私たちを見て、
「少なくとも、賢者の石を手にした勇者がアルス・マグナに挑むのは、この世界の歴史上初めての事ですし……試練の塔をクリアした、名も無き神の祝福を受けた勇者もですし、あまつさえ」
 言った。
「真にこの世界が終わろうとするこの時に、アルス・マグナに挑むのです。それなりの覚悟はしていただきませんと」
 仲間たちの視線に、私とアルさんは顔を見合わせた。
 たぶん──
「なんかしたか?」
 アルさんは軽く笑ってネリさんに向かって聞いた。
「なにも?」
「世界の選択です」
「基本、アル兄のせい」
「ですね~」
 皆が返す。
 私とアルさんは再び顔を見合わせ、そして、軽く笑いあった。
 そして、
「本体はこの奥か?」
 階段の向こう、神殿を見上げ、アルさんは呟いた。
「です。寝所の最奥、アルス・マグナは、そこにいます」
 レイさんが前へと歩み出て言う。
「アルス・マグナは賢者の石を使って神の身体を手にし、今まさに、目覚めんとしています」
 その後ろには、仲間たちが続いていた。
「この世界を、終わらせるために」
 その声に、アルさんはまた少し、笑っていた。
 笑って、私に向き直って「行くか」と言って、歩き出す。
 その隣に私も続いて、ふたり、並び、
「ねえ?」
「ん?」
 私は言う。
「私の大見得はあれでいいと思うんだけど、アルさんは?」
「俺はおめー、主人公じゃねぇんで」
「期待してるわ」
「やめろ」
 そして私たちは、最奥へと向かって歩を進めた。

 陽光の差さない、アーオイルの聖地ルルスの最奥、寝所の神殿には、不思議な石の蒼い輝きが、ゆらゆらと水の中のように揺れていた。
 私はそこを、歩いていく。
 名も無き古き神の神殿のような造りをした、巨大なその神域の奥。高い祭壇の上には、血よりも深く、朱く輝く石が浮いていた。
 賢者の石。
 この世界で唯一の、人の手によって生み出されたその石は──全知全能を、不老不死を、そして神の力をも与えるというその石は──祭壇の上に同じように浮かぶ一人の男の胸の前で、静かに朱い光を放っていた。
 男はアーオイルの錬金術師で、在りし日のアーオイルたちの希望で──最後のアーオイルの王であり、賢者の石を創りし者であり──そして今、全てを知った上で、この世界を終わらせて再生させようと、神の力に手を伸ばした者、アルス・マグナ、その人であった。
 ゆっくりと歩みを進める私の足音すら響くようなその静寂の中、声が響いた。
「不老不死、全知全能を手に入れた私には、砕かれたルーフローラとアーオイルを、再びひとつにすることすら容易い」
 石の放つ光をその胸に受けていたアーオイルの王、アルス・マグナは、天井に踊る光に目を細め、続けていた。
「全てを知り、この世界の神と同じ力をも手に入れた私だが、だがそれでも、その私でさえも、お前たちだけは理解できない」
「全知全能なのに?」
 笑い、おちょくるように、私の後ろに続くダガーさんが頭の後ろで手を組みながら言っていた。
 アーオイルの王は、ゆっくりと私達に目を向け、
「フローラの子よ、何故だ?」
 言った。
「それはお前たちが、お前たちの言う賢者の石を手にしたからか?」
 その問いに、後ろのエルさんが小さく呟きを返していた。
「これは……ここで台詞が違うのは、初めてですよ~」
「なんというか……」
 その隣、チロルさんも息を飲む。
「本来はひとつしかないはずの賢者の石を、我々も手にしているからか……」
 呟きに、帽子の位置を直しながらネリさんが続けていた。
「まぁ、向こうもAI積んでますから、状況によって台詞も強さも変動するのは仕様ですが……台詞的に、侵攻イベントも相まって、どんだけ強化されてんだよって感じですよね」
 アーオイルの王は、静かに目を伏せ、そして言った。
「私は、この世界の万物のすべてを知る。世界の公理も、時空の定義も、全ては私の中にある。しかし、お前たちを見ていると、お前たちと言葉を交わしていると、私の中のそれが揺らぐ」
 アルス・マグナは続けた。「故に、私は確信した。お前達と刃を交えて。勇者、貴方と言葉を交わして、確信したのだ」
「この世界は、未だ不完全なのだと。この世界は、何処かでその命題を、取り違えたのだと」
「難しいことは、ニケにはわからないですけど、それで?」
 少しだけ首を傾けて返したニケちゃんの問いに、
「それで──?」
 アルス・マグナは、一瞬、考える様な間を置いて、答えた。
「ああ……そうだ。私は──私はこの世界を、再構築せねばならない」
 石が、呼吸のように明滅し、その光が揺らぐ。
 アルス・マグナが私達を見て、告げる。
「私はこの世界を再構築し、正しい世界を創り直さねばならない。賢者の石は、それを望んでいる。私には、その力がある。完全で、全ての答えを内包する新世界を生み出す神に、私は、ならねばならない」
「これが、真の意味での、この世界での空前絶後の最終決戦だと思うと、感慨深い台詞ですね……」
 レイさんが両手剣を構え、私のすぐ後ろに立った。
「各々方、準備はよろしいか」
 背後の皆が、その言葉に身構える。
 そして私もまた剣に手をかけ──隣に立つアルさんの横顔に向かって、言った。
「これに返すのは多分、私の仕事じゃないね」
「俺か?」
 軽く笑って、アルさんは私を見た。
「俺は主人公じゃねぇんだが?」
「みんな、期待しているわ」
 笑う私に、
「そうだな……」
 そう呟いて──アルさんはアルス・マグナに向き直り、腕組みをして言った。
「賢者の石を手に入れたお前が、この世界を再生成する事すら容易いということは、よくわかった」
 そして、いつものように笑って、言った。
「しかし──俺たちを見て抱いたという疑問の答えすらも出せないようなお前に、それを不完全だなどと論じるようなお前に──この世界の神になる資格など、あろうはずもない!」
 その言葉に、アルス・マグナはアルさんを見据え、そして、叫ぶようにして返した。
「ならば、貴様にはわかるというのか! 賢者の石を持つ、『勇者』にならば! この世界が迎えようとしている結末を、回避する術が! この世界の真実が! その、答えが!!」
「無論!」
 アルさんは剣を引き抜き、その切っ先をこの世界最後の神に向け、強く、強く、言い放った。
「勇者ちゃん!」
 ん?
「生命、宇宙、そして万物についての、究極の疑問の答え!」
「42」
 お、咄嗟に答えてた。
 いつか、アルさんが言っていた与太話。
 ぶー! と、背後でレイさんが盛大に吹き出していた。ニケちゃん、チロルさんはハテナ顔だ。
「ちげえねえな!」
 ダガーさんは笑う。
「750万年もかからず、一瞬!」
 ネリさんも帽子を押さえたままで笑う。
「勇者ちゃんも、世界創造できますね~。世界創造の瞬間の、全原子ベクトルすら、余裕で計算できますね~」
 そう言って、エルさんもいつものように笑っていた。
 な……なんだ? この与太話には、なんか、凄い意味があった……のか?
「なるほど……」
 声を震わせ、レイさんはアルさんの隣に来て、実に楽しそうに笑っていた。
「究極のAI……いや、勇者に育ちましたね」
「だろう?」
 そしてアルさんも身構える。
「さあて……新世界の、神……」
「なりません」
「……ならないの?」
「私は──」
 言った。
「この世界が、あなた達と冒険のできるこの世界が、ただひとつの、私のいるべき場所だと、確信しています」
 なにか、おかしな事を言っただろうか。
 アルさんは私の言葉に、今まで一度も見せたことのないような優しい微笑みを、私に向けていた。
 私達の、物語。
 その最終章。
 終わりゆく世界で──私たちはそれを止める。止めてみせる。そう、明日もこの世界は続く。
 そう、私たちは知っている。
 私の賢者の石は──私は仲間たちを見回した──知っている。
「世界は滅びる! そして新たに生まれ変わる! その世界にお前たちはいない! これは確定事項だ! 新たな世界の真理、真実なのだ!」
 この世界最後の神、アルス・マグナは叫んだ。
「せめてもの神の情け! お前たちは──私の世界に抱かれ、息絶え、朽ちるがよい!!」
 私たちは身構える。
 そして──
 いつものように笑って、最後の言葉をアルさんが言った。「さあて……」
「行こうか! 勇者ちゃん!!」
「ならば、今こそ決しよう! この世界の行く末を! 運命を!」
 賢者の石が光り輝き、アルス・マグナの身体に吸い込まれ、朱い光が世界の全てを覆い尽くすようにして、弾け飛んだ。

 アルス・マグナが叫ぶ。
「神の力の前に、ひれ伏せ! 蛮族の子らよ!」
 天に向け掲げた手のひらから、眩いばかりの光が天を穿つ。
「天照・開光!」
「いきなり全体攻撃!?」
 飛び出しながらレイさんが叫んでいた。
 見上げる皆の頭上には、アルス・マグナが呼び出した光が渦を巻いて、高速で回転していた。
「えー!? フェーズ1のラスト攻撃のはずが、開幕ぶっぱー!?」
 ニケちゃんがレイさんの隣に飛び出し、「チャージ・ライトニングアロー!」で、イチイの弓に光の矢をつがえる。
「打ち抜け! 光芒の矢!」
 そしてその巨大な光の矢で、光の渦を打ち抜いた。
 ばぁんと弾け飛んだ光の圧に、
「けずれてねぇ!」
 ダガーさんが声を上げて走り、ニケちゃんの身体をひっつかんで抱え上げていた。
「レイさん!?」
 チロルさん。
「出し惜しみはしてられませんな!」
 大剣を振り抜きながら、レイさんも飛び出す。
「光の中に消えろ! 勇者!」
 アルス・マグナが、その腕を勢いよく振り下ろした。
 光が、私達に向かって降り注ぐ。
「受けきれなければ、ごめんなさい!」
 左手をかざしてレイさんは叫んだ。
「孤独の魂!」
 舞い上がった暗黒の炎が光を飲み込み、その炎で光を収束させる。暗黒騎士の左手に、全ての光が炎と共に吸い込まれていく。
「ふぬぅぅう!」
「半分受けます! ディボーション!」
 チロルさん、
「みなさん、前へ!」
 エルさんの声に、私達は一斉に走り出した。
「いきなり奥の手を使う事になるとはな!」
「とはいえ、こんな所で倒れていたら、奴はたおせねぇぜ!」
 先頭、アルさん、ダガーさん、続く私。剣を構え、アルス・マグナへと迫る。
「エンディングまで実況しようと思ったら、一発クリアしたいしね!」
「とはいえ、開幕からタイムライン違うんで、出たとこ勝負で!」
 弓を構えるニケちゃんに、ネリさんも続く。
「ハナからしらんけどな!」
 アルさんが剣を振るい、アルス・マグナへと駆け抜けていく。
「神の一撃に耐えたお前達は、認めよう! この世界最後の神である私に挑むだけの資格があると!」
 アルス・マグナは言った。
「だが、お前達の刃は私には届かない!」
 そしてアルス・マグナは両手を広げ、なにごとか、上位古代語を口にした。呪文の詠唱のようなその言葉が終わると、朱い光がいくつも、雷のように地面を撃った。
「鎮守の結界はしてくんのか!?」
 足を止め、ダガーさん。
「なんだそりゃ!?」
 同じく立ち止まったアルさんに、私も続く。
「結界!?」
 落ちた雷の光は、その場で柱のように直立し、互いを光の線で結びあい、アルス・マグナと私達の間を隔てる境界を作り出していた。
「結界を解除しなければ、アルス・マグナに攻撃は届きませんよ!」
 背後、片膝をつきつつエルさんから回復を受けていたレイさんが声を上げる。
「みなさん、いったん下がってください!」
 チロルさんが盾を構えて上がってくるのと入れ替わるように、私達は後ろへと飛び退いた。
「ってか、あいつ、飛んでるから今のままだと攻撃、届かねーんだけどな」
「叩きおとしゃいいんじゃねぇの?」
「結界なければ、それでいけない?」
「さすがに無茶ですよ~」
「ニケは届く」
「私の魔法も届きますが?」
「結界破壊してください~」
 「さて」と、私達はアルス・マグナと私達の間を隔てる光を見た。光の柱が合計七つ。各々から放たれた光が、空間を隔てている。「あれを折ればいい感じかな?」「んだな」「余裕だろ」「なわけないですよ~」
 言葉を交わす私達に向け、アルス・マグナが指先に光をともした腕を振るっていた。
「プロテクション!」
 その指先から放たれた錬成石の光を、チロルさんの光の盾がいくつか弾く。しかし光の盾を突き抜けた光のいくつかが、矢のような速さで私達の前に打ち込まれ、そこからむくりと、ホムンクルスを起き上がらせていた。
「当然、妨害してきますよ~」
 錬成石の光から生まれ、起き上がったホムンクルス。その数、五体。
「三体は止めましたが……」
 チロルさんが下がり、私達の前で盾を構えた。
 眼前、生まれたホムンクルスは、大剣を抱えた体格のいい騎士型が一体。細剣を持った剣士型が二体。小柄な短剣使いと弓使いが一体ずつという構成で──
「これは──」
 アルさんが息をのむ隣に、剣を構えたレイさんが復帰してきていた。
「そういうことです」
「いいぜ……やってやるぜ……」
 そして二人、合わせたように駆け出した。
「死ねー! レイシュー!」
「やらせはせんよ、アルベルト-!」
「マッチが半自動」
「いや、もうちょっと緊張感というものをだな……」
 私は呟く。が、その口許は、少しばかり笑っていた。

 暗黒騎士レイシュの前には、細剣を手にした剣士。速さこそ私には及ばないものの、的確な攻撃と闘い慣れた足運びに、「むぅう!」とレイさんは大剣で受け流すのに手を焼いていた。
「こんにゃろー!」
 と、剣士アルベルトは眼前の体格のいい騎士の大剣に細剣を打ち付け、力業で押し返している。アンマッチ? 「だが、負けられない戦いがここにある!」
「オレは柱にいく」
 言い残し、ダガーさんは柱に向けて走っていった。そこへ弓を構えたホムンクルスが矢を放とうとするが、「おっと、させませんよ!」と、ネリさんが氷の壁を打ち立ててそれを妨害していた。「貴方の相手は私です」「じゃー、ニケはダガーさんを殺すか」「物騒」「アロー・シャワー!」を放ったニケちゃんに、短剣使いがそれを掻い潜りながら飛びかかってくる。が、その間にチロルさんが飛び込んで、その盾で短剣を弾いていた。「射手の体術で回りこんで!」「りょー」
 と、各々、マッチの相手が半自動で決まったようで──私の前には、他のホムンクルスとはやや違う、やけに自信に満ちた風に半身になって細剣を身構える剣士の姿があった。
「さて、私の相手は貴方のようなわけだが……」
 剣を構え、声をかけてみる。はたして反応は? 特になかった。
 剣士はゆっくりとすり足で右へと動き出した。私もまた、間合いを保ったまま切っ先を剣士につけつつ、右へと動く。
 実力はいかほどのものか。
 以前に戦ったホムンクルスさんは強敵だった。彼も私やアルさんと同じ細剣使いで、戦い方もとてもよく似ていた。
 はたしてこいつは──
 切っ先の向こうにホムンクルスを捉えつつ、思う。けれど、負ける気はしない。アルス・マグナが生み出した偽りの勇者になど、私が、私達が負けるはずもない。
 瞬間、私たちは同時に踏み出した。
 初手、「レイ・スティンガー!」で、ほとんど同時に閃光のように間合いを詰め合う。切っ先と切っ先がぶつかり、光が弾けた。
 片す刀で背後に飛び退く。お互い、間合いを取る。この距離。同じ。同時に「セプト・エトワール!」を繰り出す。
 斬り、払い、剣戟の閃光と音が弾ける、空気が、ぴんと張りつめていく。
 けれど、間違いないと確信した。
 このホムンクルスは、決して強くはない。一撃一撃に、何の重さも感じられない。私の知る、私と同じ細剣使いの、同じように戦った勇者と比べても、明らかに弱い。
 前髪の奥から、私は相手を見た。
 その足が下がる。繰り出されるであろう次の連撃をわかって、私も踵で拍を打つ。
「ラ・ロンド・フルーレ!」
 繰り出される十六連撃。
 その全てを受けきって──ホムンクルスが繰り返しの十六連撃を打ち込んでくる。
「そんなもので──」
 私は剣を引き絞り、ポメルをこめかみにつけた。
 ホムンクルスが、大きく一歩を踏み込んでくる。
 切っ先が迫る。
「世界を救う勇者を、止められるものか!」
 剣を突き出し、流星となって飛び出す。
「ミーティア・ストライク!」
 全てを吹き飛ばし、轟音と共にかき消して、私は流星となって突き抜けた。

「さっさと片付けろよ!」
 炎と雷の錬成石から繰り出されるアルス・マグナの攻撃を躱しつつ、何本目かの柱を砕いたダガーさんが叫んでいた。
「そうはいってもだな!」
 などと、受けた大剣を弾きつつ、アルさんは返す。
「こいつ、無駄に防御力高くて、うぜぇんだよ!」
「私の前のこいつも、ちょこまかと小技ばかりうってきやがってですねぇー!」
「こっち折ったら、つぶしちゃうからね!?」
 と、目の前の柱をたたき折って振り向きつつ、私は言った。
「いえ、結構」
「これは私の獲物です」
「ニケは次で終わりー」
「フロスト・ダイバで固定しましょうか?」
「よし、次で全破壊だ。いくぜ、勇者ちゃん! お前らはシラネ」
「ちょっとー!」
 最後の柱に向かってダガーさんが駆けだしていく。それに続く私。「六だ」「七で」「足りるか?」「いけるでしょ」
 両手の短剣で連撃を繰り出し、柱の中程に亀裂を入れたところで、ダガーさんは飛び退いた。
「折れるぜ!」
 入れ替わり、私は柱の前に飛び出す。
「セプト・エトワール!」
 七連撃。その連撃で、光の柱が折れて砕けた。
 背後、ダガーさんがぐっと身をかがめ、叫んでいた。
「アルス・マグナを落とす!」
「どうやって!?」
「こうやって!」
 腰のベルトから無数の短剣を取りだし、それを両手に持ってダガーさんは構えた。「散財スキル!」「金にものを言わせた最強の十連撃!」
「ブレード・バラージ!」
 振り抜く腕から、短剣が真っ直ぐにアルス・マグナへと迫る。アルス・マグナは右手をかざし、生み出した光の盾でそれを受けたが、二本、刃はその盾を突き抜け、一本がアルス・マグナの心臓の辺り、その胸に輝く賢者の石の脇に突き刺さった。
「なん……!?」
 アルス・マグナが目を見開き、ダガーさんを見た。
「ミスリル・レジェンドの星9だぜ! これで届かなかったら、マジで泣くわ!」
「それ、IL900越えてますね……神器級、十本も消滅させましたよ、この男」
「残しておいてもしょうがねぇしな!」
「おのれ! この私に身体に傷をつけるとは!」
 言い、アルス・マグナは右手で短剣を引き抜くとそれを無造作に投げ捨て、私達に左手を向けた。
「炎の鎖! 奴らを捉えろ!」
 迸った炎が足下を覆い尽くし、炎の鎖となって私達の足を絡め取る。
「ちょ!?」
「まだ倒してない!?」
「引きちぎれ!」
 言い、ダガーさんは走り出す。
「結界が消えてる内に、アルス・マグナにダメージを蓄積すれば、奴は落ちる!」
「たたき落とせばいいわけね!」
「その通り!」
 それに、私も炎の鎖を引きちぎって続いた。
「レイさん、そろそろ本気だしてください~」
「仕方ないですねぇ」
「アル兄も早く」
「俺は割と本気だったのだが?」
 背後、アルさんとレイさんが炎の鎖を断ち切って、ホムンクルスに最後の一撃を叩きつけて破壊していた。
「フェーズLAはオレがもらうぜ!」
 ダガーさんと二人、アルス・マグナへと迫る。
「永遠の業火に焼かれ、その魂もろとも消滅しろ!」
 アルス・マグナの身体が青い炎に包まれる。掲げた右腕に、矛が生み出される。
「ごめんだね!」
 剣を引き絞り、私は跳んだ。レイ・スティンガーでアルス・マグナへと迫り、「クロス・アンド・ピアース!」でその胸元を突く。受けようと身体をひねって下ろした矛に、青い炎が霧散した。
「ダガーさん!」
「任せな!」
 跳躍してきたダガーさんと空中で入れ替わり、
「落ちろ! 偽物の神!」
「蛮族が! 調子に乗るな!」
 矛を再び振り上げるアルス・マグナ。
「ラスト・ストーム・エッジ!」
 繰り出される両手の短剣からの十六連撃を、矛を振り下ろして受けたアルス・マグナが、
「おのれ……!」
 その顔をしかめさせた。そしてその最後の一撃が、
「取ったぜ!」
 アルス・マグナの腕をすり抜け、アルス・マグナの胸、最初と同じ場所に再び突き刺さった。「ダブルリッパー!」
 振り抜いた短剣に、ばっと、鮮血のようなものが舞った。
「フェーズ1ラスト!」
「『神聖なる怒り』!?」
「わかりませんが、チロルさん! エルさん!」
「みんなあつまれ~」
 アルス・マグナが地に落ち、「一度ならず、二度も神の身体に傷をつけるとは!」と、怒りの形相で顔を上げた。
「神の怒り、思い知れ!」
「くるぞ!」
「全力応対で!」
「当然ですよ~」
 チロルさんが戦旗槍を掲げて叫ぶ。「サークル・プロテクション!」生み出された光の結界の中、「ヒーリング・サンクチュアリ!」の回復の陣をエルさんが展開し、「アイス・ウォール!」の壁をネリさんが打ち立て、「ダークフレーム・ウォール!」の炎をレイさんが立ち上らせた。
「その魂もろとも、業火に焼かれて無に還れ!」
 アルス・マグナが突き出した矛の先から、青い炎が渦を巻いて迸った。

「フェーズ2!」
 炎の中から私達は飛び出す。
 アルさん、私、レイさん、ダガーさんが、一気にアルス・マグナに向かって迫る。
「立て直します~」
 杖を振るい、エルさんは回復と強化の祈りを次々と発動させていく。
「だが、敵は待ってはくれませんのでね!」
 先陣を切ったレイさんがアルス・マグナに肉薄し、大上段から大剣を振り下ろした。
 剣と矛がぶつかりあい、重低音を含んだ閃光が弾け飛ぶ。
「さあ、ガチンコしようじゃありませんか!」
「フローラの子どもごときが!」
 アルス・マグナは矛を振るう。
 レイさんは暗黒の炎を立ち上らせ、それを受け、流す。
「普通にコンボでいいんだな!」
「もちろん!」
 アルさん、ダガーさんが左右から迫った。
「オラージュ・エクレール!」
 雷を纏ったアルさんの十二連撃を、アルス・マグナは矛で受け、一、二歩後ろへと下がった。そこに「ソニックブロー!」でダガーさんが追撃を放つ。
 アルス・マグナの纏っていた炎が揺らいで、宙に散った。
「貴様、ちょこまかと!」
 ダガーさんに向け、アルス・マグナは左手を突き出し、そこに生成した錬成石から炎を迸らせた。
「ローグなんでね!」
 躱し、「ニケ!」「あいよう!」背後、死角からニケちゃんの矢がアルス・マグナを撃つ。
「トリプル・ストレイフィング!」
「身の程を知れ!」
 錬成石の力を湧き上がらせ、アルス・マグナは矢を弾くと、矛を振るって距離を取り、ぐっと腰を落とした。
「範囲来ます!」
 前へ、チロルさんが飛び出す。
「ここは受けます!」
「任せます!」
 下がるレイさんの前で盾をかざし、「プロテクション!」チロルさんは光の結界を生み出し、私達を包んだ。
「吹き飛べ!」
 アルス・マグナが矛を横薙ぎに振るい、斬撃を撃ち放つ。
 光の盾が斬撃に砕け散る。突き抜けてきた斬撃が私達を後方へと押し込んだ。腕をかざし、耐える。斬撃の勢いに大きく後ろに押し込まれはしたものの、それは私たちの身体を傷つけるには至らなかった。
 問題ない。
 剣を握り直す。
「注意してください~」
 エルさんが回復を飛ばしながら言っていた。
「アルス・マグナがワープしますよ~」
 声に、はっとしてアルス・マグナを見ると、そこにいたはずの奴の姿がいつの間にかなくなっていた。どこへ、と視線を走らせると、斜め後ろ、私の背後にアルス・マグナが移動していた。
「なっ!?」
 突き出されてくる矛を、転がるようにしながらなんとか躱す。くそっ! と、反撃を繰り出そうとした次の瞬間、再びアルス・マグナの姿は消えていた。
「消えた!?」
「ランダム!?」
「おっとー!」
 次にアルス・マグナが現れたのは、ネリさんの前だった。即座に氷の壁を打ち立て、ネリさんは後方に転がりながらそれを躱す。
「私、まだ何もしていませんが!?」
「ランダムなので」
 次にアルス・マグナが姿を現したのはダガーさんの背後だった。「いけ!」「やれ!」 声に、ダガーさんはひらりと宙返りをして矛の一撃を躱し、「バックアタック!」で一撃をやり返す。
「ティラミスよりあめぇ!」
「基本攻撃パターンは以上です」
 杖を振るい、ネリさん。「突っ込めよ」「いえ、もうちょっとわかりやすいものにしてもらえます?」
 そして再び元の位置に姿を現したアルス・マグナに向かって、
「それではフェーズ2! ここは奴は各個撃破を狙ってきます! 気を抜きませんように!」
 帽子の位置を直しながら杖を振るい、ネリさんは呪文の詠唱の最後を結んだ。
「フロスト・ハンマー!」
 氷の槌が撃ち放たれて、爆音が轟いた。

 アルス・マグナは矛を手にレイさんの攻撃を受け流しながら、左手に生み出した錬成石で私達に向けて炎と雷を次々と撃ち放ってくる。
「手数が多いな!」
 炎を躱し、アルス・マグナに攻撃を繰り出したアルさんが、バックステップで下がってきて言った。
「ちまちま削れてはいますが……」
 隣、ネリさんが詠唱の合間に呟く。
「これはまずいですね。このペースでは、フェーズ2に時間がかかりすぎてしまいます」
「どっかで一気に詰めるか?」
 言葉をおいて、ダガーさんがニケちゃんの放った「アロー・シャワー!」に続きアルス・マグナへと走って行く。連撃の閃光が光って、その向こうでアルス・マグナが矛を構え直していた。
「範囲きますよ~」
 エルさんの声に下がるタンク二人。チロルさんの「プロテクション!」の声。光の盾に向かって、アルス・マグナの斬撃が飛ぶ。弾ける光の衝撃。押し込まれる私達。
「フルコンボで一気につめるか?」
 腕をかざした格好のまま、アルさんが呟いた。
「うーん……」
 唸り、ネリさんは帽子に手をかけて位置を直していた。
「何か?」
「いえ……」
 アルス・マグナがニケちゃんの脇に姿を現している。近くにいたレイさんが炎の壁でその攻撃を弾いている。「ひゃぁ!」
「ネタバレですが……」
 次にアルス・マグナが姿を現したのは、まさにその会話をかわすアルさんとネリさんの間だった。「うお!?」「おっと!?」アルス・マグナの矛がアルさんに向かって振り下ろされたが、アルさんは身体をひねってそれをギリギリのところで躱していた。「こわ!」「集中してください~」「ともかく、ネタバレですが……」と、ネリさんは続けた。
「DPSチェックが、本来ならばフェーズ3にあるはずなんですよね……」
 三度目の瞬間移動で、アルス・マグナはダガーさんの所に現れていた。「きたな!」などと、真正面から二、三撃やり合っているそれを見ながら、ネリさんは続けていた。
「ここでフルコンボを使ってしまうと、DPSチェックが越えられません」
「マジか」
 元の位置に戻ったアルス・マグナに、レイさんとチロルさんが再び駆け寄っていく。
「アルス・マグナ、強化されすぎ?」
 サイドステップで近づいてきたニケちゃんが、弓を下ろしながら聞いていた。
「っていうか、特殊攻撃をしてこないフェーズ2が一番大変って、バランス悪くない?」
「大技は、越えりゃいいってのが基本だからなぁ」
 などと、下がってきたダガーさん。
「まあ、全員IL999のLv99ですから、制限解除されたアルス・マグナの地力は相当だろうとは予測していましたが……」
 ネリさんは帽子の位置を正しつつぼやく。
「まさか、その所為でフェーズ2がここまで強化されてしまうとは……」
「だが、やり直ししてる時間はねぇぜ?」
 ちょいとダガーさんは視線の右上を指差していた。そこに何があるのか、私には見えないわけだが、きっとそこには時計があるのだろう。アルさんと魔導士さんが話していた、この世界の残り時間を示す時計が。
「各個撃破を狙ってくる分、地味ですがこちらの集中力も消耗しますし、どこかで集中の糸が切れると……」
 ネリさんは言う。
「ニケがやられるくらいでしたら、特に問題はありませんが……」
「地味にディス!?」
「まかり間違って、エルがやられたりすると……」
 その台詞に、さらりとアルさんが返していた。
「エルが集中途切れてミスるようなら、俺たち、既に死んでるだろ」
「確かに」
「最初に死ぬのは誰だろうな?」
「あまり洒落にならないのでやめてください」
「そろそろ作戦会議はよろしいですかね~」
 タンク二人を支えていたエルさんが、回復の祈りの合間に声を上げていた。
「私のMPも無限ではありませんので、回復の時間をいただけませんと、集中力の前にMPが切れますよ~。あの暗黒騎士、HPがスポンジなので~」
「雑魚い暗黒騎士ですみません」
「私の方が先にMP切れそうですが……」
「タンクが最初かな?」
「それは誉れなのでは?」
 ともかく、
「何にせよ、どこかで一気に突っ込む必要がある?」
 私は聞いた。
「だな」
 と、アルさんは返した。
「それがどのタイミングか、だが……」
「今」
「貴方、本当に全知全能ですかね?」
 ネリさんの突っ込みに、思わず苦笑する皆。私は剣を握り直して笑って、短く返した。
「全知全能だからこそ、だよ」
「なるほど」
「ちげぇねぇ」
 そして私はアルさん、ダガーさんと視線を交わし合い、駆け出した。
「行くぜ!」
「それは、本当に全知全能なんですかね……」
 などと言いながらネリさんは杖を掲げ、呪文の詠唱を始めていた。
 ニケちゃんが、皆に向かって叫んでいた。
「コンボ! 通常ベース!」
「いち!」
 ダガーさん。
「に!」
 アルさん。
「さん! ニケ!」
「では四で~」
「レイさん、私が先にいきます。五でスイッチ」
「では六で」
「七で最大コンボ魔法をぶち込みますよ」
「じゃあ私がシメで」
「任せたぜ!」
 立ち止まった私とアルさんの間を、ダガーさんが駆け上がっていった。
「一番槍はオレだぜ! アルス・マグナ!」
「返り討ちにしてくれる!」
 アルス・マグナが矛を振り上げる。真っ直ぐ、ダガーさんはそこに突っ込んでいく。
「神の光に貫かれ、朽ちよ!」
 振り下ろされた矛から、真っ直ぐに閃光が迸った。
「直線攻撃が、オレに当たるわけがねーだろが!」
 一瞬の閃光が駆け抜けた場所に、既にダガーさんの姿はなかった。アルス・マグナが振り向く。既に背後に回り込んでいたダガーさんの両手には、いくつもの短剣が握られていた。「散財……」
「ブレード・バラージ!」
 十本の短剣が、アルス・マグナの半身を撃った。
「おおぉお!?」
 アルス・マグナが、吠えるように声を上げていた。
「続くぜ!」
 その眼前へとアルさんは飛び込む。気づいたアルス・マグナが矛を振り上げ、アルさんに向かって振り下ろそうとするが、既に間合いに入ったアルさんにその切っ先は届かない。「オラージュ……」剣に、雷が迸る。
「エクレール!」
 十二連撃。
 雷の嵐に撃たれたアルス・マグナの身体が吹き飛んだ。
「おのれ……フローラの子どもごときが……貴様らごときが、オルムと同じく私にたてつくなど!」
 矛を地面に突き立てて体勢を立て直したアルス・マグナが、怒りに満ちた表情でぎらりと私達を睨み付けた。
「貴様らごときが、神にかなうと思っているのか!」
「しらんけど!」
 言い、瞳を金色に輝かせたニケちゃんが、その弓につがえた無数の光の矢を天に向けて撃ち放った。
「アロー・シャワー!」
 ぎゅんと光は弧を描き、アルス・マグナに降り注ぐ。ぐっと身を固くしてアルス・マグナはそれを受けた。「からの~」エルさんが握りしめた左手を、半身になって引く。
「ゴッド・フィスト!」
 どぉん! と突き抜けた閃光に、アルス・マグナの身体が無防備に晒された。
「神を語るなど……!」
「我らの神は、世界を見捨てなどはしない!」
 戦旗槍を振り抜き、チロルさんがアルス・マグナに迫る。
「ストーム・ピアース!」
 突き出す槍の連撃に、矛を構えたアルス・マグナが押し込まれる。しかし、
「それで世界を救えぬ神になどに、何の意味がある!」
 連撃を受けきったアルス・マグナは、チロルさんに向かって矛を大上段から振り下ろした。
「私は神を信じませんが!」
 下から暗黒の炎を纏った大剣を振り上げ、レイさんがそれを打ち返した。
「信じる者が救われる世界は、あってもいいんじゃないかとは思いますがね!」
「戯れ言を!」
 矛が振るわれる。大剣がそれを受け、弾く。「渾身撃! かーらのー」
「ソウルストライク!」
 暗黒の炎が五つ、アルス・マグナの身体を撃った。
「さあ! あとは任せますよ!」
 レイさん、チロルさんが飛び退く。
 その間に向け、錬成石の光を纏いながら、私は駆け上がった。
「詠唱時間はたっぷりいただきましたので!」
 帽子の位置を正しながらネリさんが杖を掲げ、呪文の最後を結んでいた。
「ブリザード・ランス!」
 無数の氷の槍が私の頭上を飛び越え、アルス・マグナに降り注いだ。アルス・マグナの身体が揺れる。
 私の踵がひとつ、大きく音を立てる。
 アルス・マグナの目が、私を捉えて大きく見開かれた。
 切っ先が、煌めく。
「ラ・ロンド──フルーレ!」
 閃光の十六連撃を打ち込み、その最後のひと突きで、私はアルス・マグナの身体を大きく後ろへと吹き飛ばした。

「何故だ……」
 ゆらり、アルス・マグナは身体を揺らしながら立ち上がる。
「何故、これほどの力を持ちながら……賢者の石を持ちながら……私の言葉が理解できないのか」
 私達は身構える。
 アルス・マグナは細めた目で私達を見つめ、続けていた。
「この世界は終わる。これは確定事項だ。勇者がどれほどの力を持ち、それを振るおうとも──たとえ私を打ち倒そうとも──それは変わらないのに」
「……初めて聞く台詞ですね」
 レイさんがぽつりと呟いていた。
 誰かが、息をのむ。
「勇者よ……」
 そしてアルス・マグナは言った。
「結末は、変わらない」
 矛を引き、
「世界の崩壊は始まっている。全ての魔力の塔は暴走を始め、その力でアウラを、ルーフローラを、破壊し始めた」
「何故それを……」
 ネリさんが呟く。
「勇者よ」
 アルス・マグナは目を伏せて続けた。「貴方は信じていると言ったな。この世界は変えられると。この世界を、滅びの結末から救うことが出来ると」
「幻想だ」
 そして、アルス・マグナは握りしめた矛で、天を穿った。
 閃光が迸る。
 光が、空間を包み込む。
「なん……!?」
 誰かが、声を上げていたた。
「『神秘の領域』!?」
「フェーズ3!?」
「信じても、結末は変わらない。この世界は滅びる。君達には、勇者にも、エクスプローラーたちにも、それは止められない」
 アルス・マグナは言った。
「故に私は──この世界を、再構築せねばならない!」
 炎が、矛から巻き起こった。

「『紅蓮・天炎』!?」
 誰かの声に、ごうと、光の神域の中で炎が渦を巻いた。
「ここで!?」
「タイムラインがぐちゃぐちゃだ!?」
「あれは!?」
 聞くアルさんの声に、レイさんが返した。
「あれを撃たれると、強制終了です!」
「神域を破壊してください! DPSチェックです!」
 杖を振るい、ネリさんが詠唱を始める。
「リキャスト開けていませんが……やるしかありませんね!」
「戦旗槍を使います!」
「行くぜ、アル! 総攻撃だ!」
 そして私達は一斉に駆けだした。
 アルス・マグナの生み出した光の空間が、少しずつ大きく広がっていく。私達はその光の壁に向かい、持てる限りの連撃を繰り出していく。「ソニックブロー!」「セプト・エトワール!」「トリプル・ストレイフィング!」「コールド・ボルト!」
 弾ける閃光に、響く剣戟の音。
 揺らぐことのない光の壁の向こうで、アルス・マグナの手にした矛から紅蓮の炎が吹き上がり、渦を巻いている。
 ぼっ! と、炎が弾け、熱波の衝撃が私達の間を吹き抜けた。
「やっぱりやってくんのか!?」
 後ろに下がりつつ、ダガーさんが言った。
「熱波が三回発生した後、四回目が大ダメージの全体攻撃になる! 三回目が来たら離れろ!」
「DPSチェックなのに!?」
 アルさんが剣を振るいつつ返す。
「リキャスト開けてねぇし!」
「二……三……退避!」
 熱波を受け、皆は一斉に後方へと走った。光の壁の向こう、渦巻く炎の動きが一瞬、ぎゅるんと収束して、弾けた。
「ダーク・フレーム・ウォール!」
「サークル。プロテクション!」
 タンクの二人が壁を作る。
 突き抜けた熱波の炎が私達を襲い、ぢりりと肌を焼いた。熱波に目が乾く顔をしかめ、なんとかアルス・マグナを見る。炎の勢いは、衰えていない。
「何回だ!?」
 剣を手に、アルさんが最初に駆けだしていた。
「三回だ!」
 ダガーさん、そしてレイさんが続く。
「正確には三回目がリミットですので、あと一回食らったら、その次で突破しないとですよ!」
「範囲回復、アルス・マグナ前に置きますよ~」
 光の壁の前にエルさんが敷いた回復の陣に飛び込み、私達は再び連撃を繰り出した。
「回復しつつ連撃!」
「リキャスト開けたら申告! タイミングを合わせてコンボするぞ!」
 二連、三連撃を中心に攻撃を光の壁に打ち付けるが、光の壁はわずかに揺らぐように明滅するばかりで、少しずつ大きくなって行く速度が衰える事はなかった。光の壁に押し出され、足が、後ろへと滑っていく。
「くっ……」
 熱風が吹き上がり、髪を焼いた。
 光の壁がついに天井にまで達し、神殿が崩れ、がれきが降り注ぎ始めていた。
「くそっ……!」
 それを躱しつつ攻撃を繰り出す。しかし、再び炎の熱風。三度目。
「間に合わない!?」
 一斉に、私達は後ろへと下がった。
「ダーク・フレーム・ウォール!」
「サークル。プロテクション!」
 タンクの二人が壁を作る。
「このウェーブがラスト……」
「これは……」
 ネリさん、ダガーさんが真っ直ぐに前を見据えたままで漏らしていた。
「抜けられるかー!?」
 ニケちゃんが弓を引き絞りながら言う。
「フルチャージぶっぱはできるようになったけど!?」
「散財アタックはラスト一回、撃てるが……」
「神域を壊したとして、全体攻撃がありますよ!?」
「レイシュ!」
「まだ回復してません!」
 神域の壁へと駆け出しながら、私は右手の剣を、左手を、ぎゅっと握りしめた。
「アルさん! 賢者の石を使う!」
「しかたあるめぇ!」
 隣を駆けるアルさんが、錬成石の光を纏いながら返した。
「仕切り直さず!?」
「時間もねぇしな!」
 レイさん、ダガーさんが続く。
「やりますか!? エル! 耐えられますか!?」
「やるならやってやりますよ~」
 ネリさんの声に、エルさんが返していた。
「仕切り直しなんて、私はゆるしませんからね~」
「マジか……」
「まあ……」
 ニケちゃんに、チロルさんが続く。
「私達にとってはゲームでも、この世界の時間は、唯一無二ですからね」
「いくよ!」
 私は手にした武器を、勢いよく振るった。
「おうよ!」
 返す仲間達の声に、私は握りしめた左手を胸に当てた。
 紅い光が、迸る。
 賢者の石が、そこに顕現する。
 世界の速度が一気に落ちて、全てが私の視界の中をゆっくりと流れていく。炎の渦、光の欠片の明滅、それら全てを瞳に映して、私は神域へと一気に迫った。
 踏み出す。
 踵を、確かめる。
「ラ・ロンド──」
 前髪の向こう、光の壁の向こう、アルス・マグナを見据え、引き絞った剣を突き出す。
「フルーレ!」
 神域に打ち付けられる、十六の閃光。
 光が揺らぐ。そして──「ダカーポ……」
「アル・フィーネ!」
 繰り返しの十六連撃を打ち付け、響き渡る轟音に、私は大きく後ろへ飛び退いた。そこへ、錬成石の光を纏ったアルさんが駆け込んでくる。
「オラージュ・エクレール!」
 私が打ち込んだ場所へ、雷の十二連撃が繰り出され、閃光が弾けた。
「別に、同じ場所に打ち込む必要はありませんが!」
 身をひねって道を空けるアルさんの背中を抜け、レイさんが壁に迫った。
「やるならやりましょう! ソウル・ストライク!」
 閃光を飲み込む暗黒の炎が、振り下ろされる大剣に続いて壁を撃つ。
「なら、頭下げな!」
 駆け寄りながら、ダガーさんが両手に無数の短剣を握りしめ、言った。「これで打ち止めだ!」
「ブレード・バラージ!」
 神域に短剣が突き刺さる。突き刺さって──光の壁に、亀裂が見えた。
「ネリー!」
「コンボは私がかせぎます! あとは打属性で!」
 杖を振るい、ネリさんが詠唱の最後を結んだ。
「コールド・ボルト!」
 無数の氷の矢が神域を撃つ。氷の破片がきらめき、宙を舞う。亀裂が伸び、光が散り始める。
「ゴッド・フィスト!」
 エルさんの左手から放たれた神の拳が壁を撃った。
「光芒の矢!」
 ニケちゃんの放った閃光が、弾けた光を飲み込んで、轟音と共に駆け抜けた。
「ブランディッシュ!」
 皆の間を抜けて駆け上がったチロルさんが、大きく踏み込んで槍の一撃を撃ち放った。
 光の壁が、ぴしりと大きく音を立て、神域の全体に、ばっと亀裂が走り抜けた。
 しかしそれでも、それは砕けず──その向こう──
「神に刃を向けた報い。お前達は、この世界と共に消え失せるのだ!」
 矛を掲げたアルス・マグナが叫んでいた。
 私は剣を握りしめる。
 隣、アルさんもまた、その剣を強く握りしめ、そして同時に、
「断る!」
 返し、右足を後ろに引いてポメルをこめかみにつけた。
 アルス・マグナが放つ。
「紅蓮・天炎!」
 それに向かって、私達は同時に飛び出した。
「ミーティア・ストライク!」
 弾ける炎と神域の光。そして、流星の輝き。
 それは世界を飲み込んで、真っ白に書き換えた。
 全てを飲み込んで──万物の全てを、世界を、時空を──全てを飲み込んで、真っ白に書き換えた。

「世界は終わる」
 白い、光に満ちただけの空間の中心で、アルス・マグナは静かに言った。
「既に世界は崩壊を始めた。いくつかの場所は既に時を止め、我々の世界から切り離され、永遠の闇の中へと落ちた」
 矛を手に、この世界最後の神は、静かに言った。
「この場所は、最後まで残るだろう。それは貴方が、賢者の勇者がいるからに他ならない」
 切り離された世界の中心で、「しかし、世界の崩壊は止められない」アルス・マグナは静かに告げた。
「この世界は終わる。この世界に、明日は来ない」
 剣を支えに、私はゆっくりと立ち上がった。
 神域の光が弾け、アルス・マグナの炎は、確かに世界を焼いた。
 私達の剣は届いたのか、それとも届かなかったのか──剣を支えに立ち上がりながら、私はアルス・マグナを見た。
 世界はその形を失い、白だけに染まっている。その中心で、白い、光に満ちただけの空間の中で、アルス・マグナは静かに言葉を紡ぐ。
「よくぞここまで、と言ったところか」
 立ち上がる私の隣、アルさんもまた、ゆっくりと立ち上がっている。
 背中の向こうには、立ち上がる皆の姿もある。
 私たちはまだ、生きている。
「神の一撃に耐えるとは、正直、私も驚いている」
「……つまり、俺らも神か」
 アルス・マグナの言葉に、アルさんは強気に笑った。笑ったけれど、
「とはいえ、動けねぇんだがな……」
 けれど、私を見たその顔は、強気に放ったその言葉とは裏腹に、こわばっているように見えた。
「勇者ちゃん」
「なに?」
「正直に言う」
 そして、アルさんは言った。
「俺たちは動けない。これは、イベントシーン扱いになってる」
 後ろ、他の皆を見る。
 立ち上がり、武器を構えてはいるけれど、皆、その場所からは動かない。動けない。
 あと一歩。
 あと少し。
 私達の世界を賭けた戦いは終わっていないのに、私達は、一歩を踏み出せずにいる。
 誰一人、その未来を望んでいないし、誰一人、諦めてなどいないのに。
「生かしておいたに過ぎぬ」
 アルス・マグナが静かに告げた。
「戯れだ」
 皆が、息をのんだ。
「生まれ変わりがあるのなら、お前達は何度でも私に挑むだろう」
 そしてその瞳をゆっくりと開き、最後の神は、私たちを見た。
 その瞳が映す世界の未来を確信し、
「この世界を、変えられると信じて」
 アルス・マグナは、天に向けて矛をかざした。
 止めなければと足に力を込める。私達は、この世界を変える。勇者には、その力がある。あるのだから──けれど、踏み出せない。
「こんなイベント、聞いたことも……」
 レイさんが呟いていた。
「いや、こんなのはありません。AIとは言え、ここまでのことは……」
 ネリさんが返していた。
「紅蓮を突破できずに、死んでる扱いなのか……?」
 ダガーさんもまた、動けずに声を上げていた。
 動けない私達の前で、アルス・マグナは矛をかざし、静かに私達に向かって告げる。
「しかし、それはかなわない。この世界は終わる」
 踏み出せない。あと一歩。あと少し──なのに、踏み出せない。誰一人としてその場から動けない。動き出せない。何故? 何故って、それは──
「この世界の終わりに、私から最後の言葉を伝えよう」
 アルス・マグナの矛に光が集まっていく。
 白い世界が、遠くから黒く染まっていく。
 誰もが動けずに、言葉一つ、発することも出来なかった。
「終わりだ、勇者。世界は終了に向け、崩壊を始めた」
 動けない。
 誰一人、その場から、動き出せない。
「お前達には、止められなかった」
 アルス・マグナが言う。
「お前達には、世界は、変えられなかった」
 動け! ぎゅっと瞳を閉じ、強く思う。
 動け! 念じるけれど、足は凍り付いた様に動かない。
 私には──わかっている。私の石は、その理由を私に教えてくれている。
 今の私たちには、何もできないのだ。これはこの世界の公理。この世界の真実。この世界は──
「終わりだ。最後の勇者」
 私には、変えられない。
 ただ一歩。あと一撃。アルス・マグナに届けばいいのに。
 賢者の石の力が残っている内に、この剣を振るうことさえ出来れば、世界を、運命を、変えられるかもしれないのに。
 私は動けない。
 誰も、アルス・マグナを前に、動き出せない。
 これがこの世界のルール。タイムラインに確定した未来は、変えられない。
 たとえ私が勇者でも、全知全能の力を手に入れていたとしても、私には、世界を変えられないのだ。
 それは私が、この世界の登場人物だから。
 それは私が、この世界の、キャラクターだから。
 私には、世界を変えられない。
 アルス・マグナの矛に、神の光が宿っている。
 そして静かに、アルス・マグナは目を伏せ、言った。
「終わりだ。最後の勇者。賢者の石と、この世界と共に──」
 ぐっと、私は賢者の石を握りしめた。
 私には、世界を変えられない。
 ぎゅっと、強く瞳を閉じて、強く、強く願う。
 私に世界が変えられないのなら──ただ一つ、私に出来る事は、ただそれだけしか残されていないんだ。
 この世界は滅びる。
 それは確定事項だ。私が何をどうしたって、その未来は変えられない。
 けれど私は、私の賢者の石は、知っているんだ。私達はあの時、やって見せたじゃないか。この世界に存在しない未来を、私達はこの手に掴んだじゃないか。確定されたタイムラインの先にある未来を、私達はこの手に掴んだじゃないか。
 私は、私の賢者の石は、知っている。
 たとえ私に世界が変えられないとしても──左手の賢者の石を握りしめ、強く、強く握りしめ、だから私は、言わなければならない──貴方は、この世界を変えることができるんだと。
「アルさん!」
 私は胸の前で強く左手を握りしめ、真っ直ぐに、前を見た。
「貴方が望むなら、私は何度だって、この世界を変えてみせるから!」
 手の中から、紅い光があふれ出す。
 私の手の中から、光があふれ出す。
 世界を変えるために、私は力の限りに、叫んだ。
「貴方の勇者は、全てを知り、理解した上で、それでも! 何度でも言う!」
 私の声に、紅い光が白い世界を駆け抜けて──
 アルス・マグナの矛が、今、振り下ろされようとしていた。
「この世界と共に、永遠の向こうへと還れ、勇者たちよ! 神撃──」
「アルさん!!」
 私は、強く叫んだ。
 私の、力の限りの声が。その声が、
「私たちの世界を、救ってくれ!!」
 その声が、届かないはずがないのだ。
 そう、私たちは知っている。
 紅い光が渦を巻く。
 私達を包む。
 当たり前だ。
 どんなときも──冒険活劇の主人公なんてのは──その声に、必ず応えてくれる奴らのことを言うんだ。
「女の子に、そんなことをいわれちゃな!」
 笑い、紅い光を纏って、私の隣を駆け出す声が届いた。
 アルス・マグナが一瞬、息をのんだ。
「何故……!?」
「何故って?」
 賢者の石の紅い輝きが、彼らを包む。
 四人の、男の子たちを包む。
 剣を、炎を、杖を、そして短剣を手に駆け出す奴らが、当たり前のように笑って、言っていた。「冒険活劇の主人公なんてのはな!」
「惚れた女の子を助けるついでに、世界を救うくらいでちょうどいいんだよ!」
 暗黒の炎が、氷の壁が、私達の前にダガーさんが──そして矛をかざすアルス・マグナへアルさんが、最後の一歩を踏み込んだ。
「神撃──」
 アルス・マグナの矛が、振り下ろされる。
「天穹!」
 それを打ち返すように、アルさんが剣を振り上げて──神の一撃に弾けた光が、再び世界を真っ白に飲み込んだ。

 白い世界。
 アルス・マグナが静かに呟く。
「何故だ?」
 と。
 アルさん、レイさん、ダガーさん、ネリさんが倒れている。
 私が、立っている。
 そしてその後ろにはエルさん、ニケちゃん、そしてチロルさんが立っていた。
「何故だ?」
 と問うアルス・マグナの声に、答える者はいなかった。
 ゆっくりとニケちゃんが弓を下げたままで、私の隣に立って言っていた。「さて」
「少なくとも、一つの確定された未来は、変わったみたいだよ?」
 紅い、賢者の石の力は消えていない。
 私は再び前を向いた。
 あとは私が──私達が──
 踏み出そうとした私の足を、私より先に一歩前へと歩み出たチロルさんの手が止めていた。
「落ち着いてください」
 その横顔は、真っ直ぐにアルス・マグナを見つめたまま動かない。
「フェーズ2を、越えられたにすぎません」
「フェーズ3か……」
 ニケちゃんが小さく呟く。
「規格外過ぎて全く展開読めないけど……フェーズ3だとして、ニケたちだけで、なんとかなるかね?」
「ちょっと難しいでしょうね」
 軽く笑うようにして言ったチロルさんに、「けど──!」と、返そうとして、私は言葉をのんだ。
 チロルさんが、私に向かって微笑みかけていた。
 諦めなんて、その微笑みには、微塵も見えはしなかった。
「大丈夫ですよ」
 チロルさんは笑う。
「勇者ちゃんなら、アルさんなら、必ずやってくれるってことは、私が一番よく知っていますからね」
 そしてチロルさんはアルス・マグナに向き直り、戦旗槍を振り抜いた。
 歩み出る聖騎士に、アルス・マグナが問う。
「何故だ? 何故、そうもあがく? 結末は、見えているだろう?」
「先ほどは、そうはならなかったようですけど?」
 言い、チロルさんは肩越しに振り向いて笑って言った。
「アルス・マグナは、私が押さえます。エルさん、後はお願いしますね」
 ゆっくりと私達の後ろへとやってきたエルさんが、静かに返していた。
「それしかないかとは思いますが……よいのですか?」
 二人の会話に、ニケちゃんがひとつ大きく息を吸って、吐く。
「あたしは、勇者ちゃんを守ればいいね?」
「それで」
 チロルさんは言う。
 違う。
「いや、みんなで力を合わせれば──!」
「あのアルス・マグナには、私達四人の力だけでは、到底届きません」
 チロルさんの横顔が言った。
「時間も、もうありませんしね」
 そして笑って、チロルさんは前を向いた。
「貴方がやられてしまっては、誰が世界を救うのですか。勇者」
 ひとり、歩み出て、チロルさんは戦旗槍を立てて正中線に構えていた。
「エルさん、お願いします」
「はい」
「何を──!?」
 動こうとした私の腕を、ニケちゃんが掴んだ。
「あたしたちだけじゃ、あのアルス・マグナは倒せない。圧倒的に、DPSが足りない」
 ニケちゃんがじっと私を見つめ、言った。彼女があたしと自分の事をさして言うその台詞には、まったく嘘などないのだろう。嘘ではないからこそ、
「でもまだ、手はある」
 そう言ってチロルさんの背中を見たその視線を、私も追った。
 少しだけ振り向いて、微笑み、チロルさんは言う。
「ここまでこれたのは、みなさんのおかげです。私には、何をしても返しきれない大恩が、いくつもあります」
 静かに、その背中へとエルさんが近づいていく。
「せめて最後くらい、ほんの少しでも、返させてくださいよ」
「よいのですね?」
 その背中へと、エルさんは左手を伸ばし、触れた。
「むぎちゃんは……」
「むぎは、私の勇者ですよ? そうしてくれって言うに、決まっているじゃないですか」
 二人が何をしようとしているのか、私にはわからない。わからなくてニケちゃんを見るけれど、ニケちゃんは二人の背中をじっと見つめたままで──私の腕を掴むその手が、少し強く、握りしめられていた。
 そしてチロルさんは戦旗槍を掲げ、宣言をした。「正義と秩序の神の名において!」
「聖騎士チロルは、貴方たちを護る盾となり、貴方の望みを成すための、最後の剣となりましょう!」
 エルさんの触れた背中に神の光が広がり、その光がふたりを包んだ。
 エルさんが、杖を手にした右手の人差し指で、宙を突いた。
 聖なる光が槍を包み、その身を包んで、
「我、皆がそれを望むなら、それを護る盾となろう!」
 彼女の宣言に、その神の光は応えた。「我──皆が望むなら、それを成すための剣となろう!」
「聖闘士宣言!」

「アルス・マグナは、私が押さえます!」
 戦旗槍を振り抜き、聖なる光を纏ったチロルさんが突っ込んで行く。
「無駄なことを」
 矛を振るい、アルス・マグナは返す。
「命を賭して私に挑んだところで、結末は変わらない。聖闘士の力で、わずかにその命の火が消えるまでの時間が、延びただけのこと」
 振り抜かれた槍を、その矛が受けた。
「何の問題が?」
 チロルさんはニヤリと笑って、言った。
「私は、その時間が欲しいだけなのだから!」
「勇者ちゃん、あとは任せますよ?」
 エルさんが言う。
「私達に、真のエンディングを見せてくださいね」
 天に向かって手を掲げ──ただ──それでも私たちは、私たちの望む結末のために、文字通り、命を賭けて戦うのだ。「届け、声よ! 弱き子らの声よ!」
 エルさんの声が、真っ白な世界に響いた。
「届け、天に! 全知全能たる、主たる、主たる、神の御許へ!」
 巨大な光の柱が天を撃つ。
「神降ろし!?」
 アルス・マグナがその光柱を目に、矛を構え直した。
「させるものか!」
 炎を纏った矛を、振るう。
「それは私の台詞ですよ!」
 飛び込み、炎を盾で受け止め、チロルさんは槍を振るう。
「させないと言ったでしょう!」
「退け! 力なき神の騎士!」
「タンクが退いて、いいわけがないでしょう!」
 炎が、雷が、空間に巻き起こる。チロルさんの聖なる盾が弾ける。
 残滓が、私達に降りかかる。エルさんはそれでも天に手をかざしたまま、真っ直ぐに立ち、ニケちゃんはその小さい身体からは想像もつかないような力で私を引き倒し、覆い被さるように守り、
「ニケちゃん!?」
「勇者ちゃんが死んだら、あたしたちが命かける意味、なくなっちゃうでしょうが!」
「チロルさん! エルさん!」
「さあ、いきますよ~」
 光の中で、エルさんは笑っていた。「どうせ死んでるとはいえ、ちゃんと見てるんでしょ~、男子~」
「退け! 聖騎士!」
 アルス・マグナが烈火を舞わせて叫んでいた。
「何故死なぬ!?」
「当たり前じゃないですか!」
 チロルさんは聖なる光を纏って戦いながら、その問いに軽く笑って答えていた。
「仲間が護りたいと思うものを護るのが、騎士の務めでしょうが!」
「我、今、偉大なる我らが主に、請う!」
 エルさんの声が、響く。「あとは任せますよ~」背中が、言った。
「我が名は、エル!」
 そしてエルさんは天に向かって、手を突き上げた。
「信仰を、祈りを、そして命を捧げ、我は求める! 加護を、汝を! 我に──力を!」
 光の柱が強烈に輝き、弾け、
「コール・ゴッド!」
 そして辺りに、雨のように光が降り注いだ。

 神の、聖なる癒やしの光が降り注ぐ。
 辺りを白く包んで、その癒やしの光が、私達を包む。
「さあ、寝ている時間ではありませんよ~」
 エルさんが腕を振るう。
 神の奇跡が振りまかれ、ゆっくりと──アルさんが、立ち上がった。
「神の力を使ったところで!」
 アルス・マグナの声が響く。
「新世界の神たる私に、人の力が届くものか!」
 振り抜かれた雷を纏った矛の一撃が、真正面からチロルさんを捉えた。
 そしてその一撃で、ついにチロルさんのその身体を護っていた聖なる光はかき消えて、
「邪魔だ! 聖騎士!」
 突き出された矛の一撃に、力を失ったその身体が弾き飛ばされて吹き飛んで──その身体を、立ち上がったレイさんが受け止めていた。
 立ち上がり、最前線に立った暗黒騎士レイシュが、
「素晴らしい啖呵でした」
 聖騎士チロルを支え、笑っていた。
「よくやってくれました」
「あとは、任せますよ」
 返すように笑って、そして、チロルさんは目を伏せた。
「もちろんだぜ」
 レイさんはニヤリと笑って、ただ一言、短く返した。
「相棒」

「さて」
 立ち上がり、ダガーさんも前を見つめたままで言う。
「そうは言っても、全員衰弱付きだ。そう長くはもたねぇぜ?」
「ですね」
 帽子に手をかけてその位置を直しつつ、ネリさんが続く
「しかし、よく耐えました。ニケ」
「お兄ちゃんに褒められましても」
「視聴者代表です」
「後で、コメント欄でも見てみろよ」
 二人、前へと進む。
「エル、あとどれくらい持ちますか?」
「一撃くらいなら~」
「なら」
 そして、ダガーさんは言った。
「どうせ時間も残り少ねぇ! 行くぜ! アル!」
「おう」
 声が、すぐそこでした。
 そして私の手を取って立ち上がらせるアルさんが、そこにいた。
 何かを言おうとするけれど、言葉が見つからなくて、アルさんも別に、今、私達の間に必要な言葉などないと思ったのか、私の手を掴んだままで前を向いて、一言、皆に向かって言ったのだった。
「冒険活劇の結末は?」
 その短い言葉に、私達は最後の頷きを返した。

「一番槍は、私がいただきますよ!」
 大剣を肩にかけ、レイさんは駆け抜ける。
「死に損ないが!」
 アルス・マグナが、迎え撃つように矛を構える。
「暗黒騎士にとっては、褒め言葉ですね!」
 大きく踏み込み、暗黒の炎を巻き上がらせながら、レイさんは大剣を横薙ぎに大きく振るった。
「渾身、撃!」
 振り払われる剣を矛で受けるアルス・マグナのその身体が、ぐらりと揺れた。
「フローラの子どもごときが!?」
「暗黒の炎に命を燃やせば、貴様ごとき!」
 わずかばかり離れたアルス・マグナへ、レイさんは再び剣を振って暗黒の炎を打ち付ける。
「ダーク・アンリーシュ!」
 さらに、返す刀で、
「ブラッディ・ストライク!」
 強烈な突きの一撃を放ち、アルス・マグナの身体を大きく後ろへと弾き飛ばした。
「この隙に、錬成石強化を!」
 言い、「ダーク・フレーム・ウォール!」で暗黒の炎をさらに燃え上がらせ、アルス・マグナへと迫る。「からのー!」そして炎を纏った大剣を、大上段から振り降ろした。
「ソウル・ストライク!」
 大剣に続く無数の暗黒の炎が、アルス・マグナの身体を撃った。
「オレが続く!」
 ダガーさんが走る。レイさんと入り替わり、アルス・マグナ懐に飛び込む。
「ラスト・ストーム・エッジ!」
 両手の短剣から、神速の連撃。アルス・マグナが驚愕に目を見開いたのがわかった。その目が語る。何故だ、と。
「ネリ!」
 連撃の終わりに背後に回り込み、ダガーさんは一撃をいれてアルス・マグナの身体をその斜線上に晒した。杖を手に、帽子の位置を直すネリさんが、詠唱の最後を結んだ。
「ブリザード・ランス!」
 一直線に突き抜けていく無数の氷の槍が、アルス・マグナを撃った。
 そしてその氷の軌跡に続いて、錬成石を砕きながらのアルさんが続いていた。
「アルス・マグナ!」
「何故だ!?」
 アルス・マグナが矛を振り下ろす。
「何故、挑んでくる!」
「さっきも言ったろ!」
 矛を受け、弾き、アルさんは雷を纏った剣を引き絞った。「冒険活劇の主人公ってモンはな!」
「惚れた女を助けるついでに、世界を救うモンなんだよ!」
 雷の嵐。十二連撃。「オラージュ・エクレール!」
「はっはー!」
 金色の瞳を輝かせ、イチイの弓に光の矢をつがえたニケちゃんが笑っていた。「言ったなー!」
 そして、撃ち放つ。
「光芒の矢!」
 突き抜けた光が、アルス・マグナの身体を打ち抜いた。
「何故だ!?」
 アルス・マグナが、光の中で目を見開く。
「未来は決まっている! なのに何故!? 貴様らには、何が見えているのだ!?」
「全知全能の神ではありませんので~」
 その力を宿した左手を握りしめ、エルさんは返した。
「私は、私の信じるものしか見えません~」
 そして、全てを込めた左手を、最後の一撃を、突き出した。
「ゴッド・フィスト!」

 突き抜けた神の一撃を受け、アルス・マグナの身体が揺らぐ。
 矛が、その手から落ちた。
 そして呟きのような声が、その口から漏れた。
「私はこの世界の、万物のすべてを知る……世界の公理も、時空の定義も、全ては私の中にある……なのに……何故だ!」
 両腕を振り上げ、アルス・マグナは叫ぶようにして言い放った。
「この世界は、不完全! この世界は、何処かでその命題を取り違えた! この世界は滅びなければならない! 私は、この世界を、再構築せねばならない!」
 振り上げた腕の先から迸った眩いばかりの光が天を穿つ。
「『天照・開光』!?」
「ここは私が、いいとこみせちゃいますよ~!」
 杖を投げ捨て、エルさんが走った。駆け抜け、神の力で輝く身体でアルス・マグナの前に飛び出し、その腕の先、渦巻く光に飛びかかって、
「どっこいしょぉぉおおお!」
 左手で、思い切りにそれをぶん殴った。
 光が、エルさんを巻き込んで弾ける。
 弾けて、世界に降り注ぐ。
 白い世界を塗り替えるような神の光。終末の光を私達は受けて──それでも──それでも私たちは、二本の足で、世界がまだそこにあることを確かめていた。
 前を向く。
 エルさんが微かに、いつものように笑いながら、ゆっくりと倒れていった。
「神の力をもってしても、私には届かぬ!」
 アルス・マグナが再び腕を振り上げ、叫んだ。
「さぁて!」
 強く、息を吐き出す勢いと共にダガーさんは笑った。笑って、駆け出した。
「どうせ、次を食らえばしまいだ!」
「んだね!」
 ニケちゃんが続き、一瞬私に振り向いて片目を閉じて見せてから、ダガーさんの後を追う。
「ダガーさんは天照を!」
「OK! 任せろ!」
 駆け抜けながら矢をつがえ、ニケちゃんはそれを撃ち放つ。ダガーさんは両手の短剣を振るい、
「アル! オレはオメーにフルベットするぜ!」
 笑って、言った。
「まぁ、明日にゃ消えるチップだがな!」
「オメーはいつも、一言余計なんだ!」
 再び腕を振り上げたアルス・マグナの生み出した光が、天に渦を巻く。
 世界を消滅させようとするその力へ、
「どうせこれが最後だ!」
 と、ダガーさんは両手の神器を投げつけた。
「ブレード・バラージ!」
 閃光となって迸る神器の光に、
「光芒の矢!」
 ニケちゃんの弓から撃ち放たれた光が続き、光と光がぶつかり合って、再び弾けた。
 真っ白が突き抜けて、ダガーさんとニケちゃんの姿が飲み込まれて──光の中、終わりゆく世界の中で──倒れるふたりの背を見つめながら、私は足下を確かめた。
 私たちは、それを止める。
 止めてみせる。
「世界は滅びる! そして新たに生まれ変わる! その世界にお前たちはいない! これは確定事項だ! 新たな世界の真理、真実なのだ!」
 アルス・マグナが三度腕を振り上げ、叫んだ。
「消えろ! 最後の勇者たち!」
「残念ながら!」
 帽子に手をかけて飛び出しながら、ネリさんが笑っていた。
「ここで、はいわかりましたと頷くほど、私ら冒険者って奴らは、素直に出来てはいませんでして!」
 錬成石の光と、魔晶石の生み出したマナの光とを纏って、ネリさんは笑っていた。「お時間いただきましたんで、私も、全ての魔晶石と錬成石を使い切ってやりましたよ!」
 杖を振るい、大魔導士──補佐見習い候補──は、溢れるマナの力を渦巻かせながら言った。
「アル、フェーズ3の天照・開光は、通常ならば三回です」
「通常なら、な」
「後は、任せましたよ!」
 そして渦巻く光に向け、ネリさんは詠唱の最後を結んだ。
「ストーム・ガスト!」
 光を、氷の嵐が包み込む。
 アルス・マグナの腕が凍り付き、アルス・マグナが目を見開く。
「エクスプローラーの魔導士ごときが!」
 凍り付いた右腕に左手をかけ、アルス・マグナはその氷を砕いた。砕いて、その右腕を、真っ直ぐに振り下ろした。
「でしょうね!」
 既に飛び出していたネリさんが、左手を帽子にかけたまま、右手をパチンと鳴らした。その音に、砕かれた氷片が、光の渦を包んでいた氷の嵐が、魔力の渦が弾け、光となって──三度、神の閃光が弾け飛んだ。
 光が、空間を駆け抜けて──大魔導士のマナを弾き飛ばして──それでも、
「何故、受け入れない!」
 立ち続ける私達に、アルス・マグナが声を荒らげて言い放つ。
「なんなのだ! 貴様らは!」
「何と言われましても?」
 笑い、レイさんが私とアルさんの前に剣を構えて立った。
「通りすがりの冒険者だとでも?」
「そこは正義の味方って言っとけよ」
「何故、そうまでして戦う!?」
 アルス・マグナが叫び、凍り付いた右腕を、高く、高く振り上げた。
「この世界は終わる世界! これは、確定事項だ!」
 その腕が形を変えていく。
 アルス・マグナの矛の形に、形を変えていく。
「そんな事は、百も承知!」
 大剣を振り抜き、レイさんが駆けた。
「決して変わることのない未来を承知の上で、それでも、私達は戦うのですよ!」
 踏み込み、叩きつけるように振り込んだ大剣を、アルス・マグナは矛に変えた右腕で受けた。
「何故だ!?」
「何故って?」
 暗黒の炎を燃え上がらせ、レイさんは言い放った。
「勇者がそこにいるんですから、当たり前でしょう!」
 炎が、アルス・マグナを捉える。
「おおおおぉぉぉ!」
 アルス・マグナが叫ぶ。
「アルさん! 勇者ちゃん!」
 レイさんが私達に向かって、肩越しに叫んでいた。
「今です! 最大火力で!」
 私と、そしてアルさんは、同時に頷いた。
 力は、戻っている。
 最後の一撃を、持てる力の全てを叩きつける準備は──できている。
 私は顔を上げ、アルス・マグナを見た。
「貴様ら……そんなことは、あり得ない!」
 炎にまかれ、アルス・マグナは叫んだ。
「あってはならない! そんなことは! この世界は終わる! 全ては無くなり、何もかもが、無に還るのだ!」
 アルス・マグナは私達を見て、声を上げていた。
 理解できない、と。
 信じられない、と。
「消えろ! 勇者! この世界と共に! 無に!」
 炎にまかれたまま、アルス・マグナは右手を振り上げた。その矛となった右手に、神の光が宿る。
「神撃──」
 神の一撃が、世界を終わらせようと、天を撃つ。
「レイシュ!」
「あなた、私の事信頼しすぎじゃないですかね!?」
 大剣を振り抜き、レイさんは暗黒の炎を燃え上がらせた。「タンク冥利につきるだろ!?」「まったくですよ!」
 ごうと、暗黒の炎がレイさんの声に応えるようにその力を増していた。「リミットブレイク・ダークソウル!」
「魅せてやりましょう! 暗黒騎士の、超カッケーところ!」
 そしてアルス・マグナは、神の光を宿した右腕を振り下ろした。
「神撃・天穹!」
 そしてそれを、数千、数万の神の光を、
「孤独の魂!」
 暗黒騎士はかざした左手で、受けた。
 光が暗黒の炎に飲み込まれ、収束し、巨大な一本の柱となってレイさんの身体を撃つ。
 神の力を暗黒の炎が取り込んで、全ての光が合わさった閃光と、全ての音が合わさった爆音に、大地と空気の全てが巻き込まれて飲み込まれ──そして──静寂。
 レイさんは、ニヤリといつものように笑っていた。
「ふっふっふ……後は任せましたよ、主人公ズ」
「俺は主人公じゃないが?」
「今更」
 吹き出し、レイさんは笑ったまま、ゆっくりと倒れこんだ。
「じゃ、あとは頼みましたよ。最後の、勇者ちゃん」
 白い世界。
 いつの間にか、果ての闇が近づいてきていて、世界が、小さくなってしまっていて──私達の見渡せる範囲だけになっていて──私とアルさんと、そしてアルス・マグナの三人だけが立つこの場所だけが、世界の全てになっていた。
「さて……じゃ」
 アルさんの声が、私の胸を打つ。
「行こうか! 勇者ちゃん!」
 その胸の勇気を、その声が、奮い立たせる。
 アルス・マグナが右手の矛を振るい、叫んだ。
「消えろ! 勇者! この世界のために! 永遠の安寧のために! 新しい世界のために! お前は存在していてはならない! あっては、ならないのだ!」
「お前がどれだけ叫ぼうとも!」
 アルさんが駆けた。
 アルス・マグナもまた、それに向かって駆け出した
 二人、閃光のように。
「この世界は終わる!」
「たとえ、この世界が終わろうとも!」
 突き出される矛に向け、アルさんは踏み込んだ。
 踏み込んで、その切っ先を真っ直ぐに見つめたまま、握りしめた剣を引き絞って、目をそらさずに、言い放った。
「俺がいる限り、俺の勇者は消えない!」
 そして、雷を纏った矛へ、アルス・マグナへ、
「オラージュ・エクレール!」
 アルさんは閃光の連撃を撃ち放った。
 神器が砕け、光となって散った。
 雷と雷がぶつかりあって、轟音を響かせて弾け飛んだ。
「勇者ちゃん!」
 光の中にその姿が消えていく。消えていくその中で、その声は確かに、駆け抜ける私の耳に届いていた。
「やってやれ!」
 光を飲み込んで、闇が迫る。
 世界を飲み込む、闇が迫る。
 アルス・マグナが望んだ結末が、迫る。
「時間だ!」
 アルさんの連撃に身体の至る所を原初の光に散らしながら、アルス・マグナが叫んでいた。
「世界は滅びる! 私の見た未来こそが、正しかったのだ!」
 世界が、消えて無くなる。
 全てを無へと還す混沌が、迫ってくる。
 原初の光に、私の髪が、頬が、身体や存在が、消えていく。
 けれど──私はアルス・マグナへと最後の一歩を踏み込んで、その踵を、強く、強く、打ち鳴らした。
 私は貴方が望むから。
 貴方がそう言ってくれるから。
 たとえこの世界が終わろうとも、私は勇者なのだ。
 貴方がそう言ってくれるから、私は──永遠に、勇者であり続けることが出来るんだ!
 踊る髪の向こうへ、剣を突き出す。「ラ・ロンド──」
「フルーレ!」
 終わりへ。
 全ての終わりへ。
 たとえこの世界が消えようとも、勇者としてこの世界を、みんなと旅した、この世界を、記憶と、記録を──私は救う。
 闇を振り払う閃光のきらめきに、全てが光となっていく。
 全てが光となって、世界が、ただひとつの光となって、私はその光の先へ、さらに一歩を踏み出した。
 私達の信じる冒険活劇の終わりを、それを信じる、全ての冒険者たちのために。「ダカーポ──!」
 私は剣を手に、ただ一歩を、強く、強く、前へと踏み込んだ。
 この世界の終わりに向け、私は私の信じた剣の切っ先を、真っ直ぐに突き出した。
「アル・フィーネ!」
 そして世界に、光は弾けた。

 光が消えた世界の果てで。
 何もない、混沌の果てで。
 しんとしたその世界の果てで、熱と、冷気が渦を巻いていた。
 私はその場所に、いた。
 辺りを見回す。
 世界には、私以外、誰の姿もなかった。
 混沌の向こう、渦巻く世界の中心で、紅い光がうねっている。
 ふと左手を見ると、そこから、私の光は失われていた。
 左手が、少しずつ、赤い光となっていく。
 何故か──不思議と、それはそういうものだと理解していた。
 光が舞う。
 きらきらと流れ、渦を巻き、私の周りを取り囲んで、渦の向こうへと吸い込まれていく。
 光の向こうには、それがあると、私は確信していた。
 だから私は、私にしか出来ない、私に出来る最後の事をなすために、原初の光の世界の中心で──私は目を伏せて一つ息をつくと、そっと目を開いて──その光に向け、手を伸ばした。
 私は、勇者だからね。
 ゆっくりと、手を握る。
 私の背中の向こうにいるみんながそれを望むからとか、そういう訳じゃない。
 私は、私自身の意思で。
 私が望む、憧れる、それであるために、あり続けるために、再び、言うんだ。
 私は、「勇者だからね」
「たとえこの世界が終わるとしても、その瞬間まで、私はそれであり続けてみせるよ」
 ただ一つ、私を信じる、私のために。
 その言葉を呟いて、それに手を伸ばして、言うんだ。
「私は──勇者だからね」

 そして私が手にした光は渦を巻き、収束し──私の握りしめたその手の中で再びそれとなって、世界に姿を現した。

 青い空が、目の前に広がっていた。
 抜けるような青い空に、のんびりと、白い雲が流れている。
 おや──どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 もそりと起き上がり、私は頭を掻きながら腰の剣の位置を確かめた。
 街道を少し外れた草原の中。
 ぽっこりとあった、ちょうど良い感じの岩の上で昼食をとって、満腹満腹と横になって……どうやらそのまま、寝落ちしてしまったらしい。
 やれやれ、私もなまったモンだなと頭を掻きつつ岩から飛び降り、腰の剣の位置をただした。
 傍目には薄汚れた風に見えるその細剣は、この世界の最も古き神から賜った、この世界に二つとない神器だった。けれど、今となってはそれを振るうような相手もおらず、ただ、私の腰にぷらんぷらんとぶら下がっていて──さて、と。
 私は青い空に向けて手を伸ばし、「うーん……!」と大きく伸びをした。
 湧き上がってくるあくびをかみ殺し、再び歩き出す。
 行くあてもなく、何にせかされるでもなく。
 ルーフローラの草原を流れる風をひとつ吸い込んで、草原の向こう、遙かに続く道を、私は一人、歩き出した。

 世界は、変わらずに続いている。
 ルーフローラの空は今日も変わらずに青く、風は、変わらずに優しく吹き続けている。
 あの日、世界の空を覆った巨大な魔方陣の話をする者は、もう、ほとんどいなくなっていた。
 人の噂もなんとか、とか言うやつか。
 結局、その日の出来事は天変地異、魔力の塔の暴走、邪神の降臨……などと様々な噂が飛び交っていたようだったけれど、その真実を語る事のできる者が誰一人としてこの世界にはおらず、噂に尾ひれ背びれがついていって、結局、いつの間にか人々の会話からその話題は消えていった。
 そして今日も、世界は続いている。
 まぁ、それはそれでと、私は思う。
 そう言えば、先日立ち寄った町の酒場で、旅の吟遊詩人が世界の終わりを救った伝説の勇者の詩を歌っていたっけ。
 世界の終わりのその日、邪神と戦う勇猛果敢な勇者の青年とその仲間達の歌物語は、それはそれで素晴らしい出来映えで、私はミスリル銀貨を一枚、彼の楽器入れの中にこっそり突っ込んでおいたくらいだった。
 ま。
 それはそれで、と、私は思う。
 私は今、再びこの世界を巡る旅を続けている。
 あてはない。
 特に何か、目的もない。
 ない──か? いやまあ、なくもないか。
 せっかく救ったこの世界だ。どうせなら、砕かれた二つの世界を再び一つにして、未来に繋げたいという想いくらいは、ある。
 たいそうなことをしようとは全く思わないわけだけれど、アウラの人々がカラニ・アウラで今後も生き続けるのは、ちょっとばかりつらいだろうと思って──何年、何百年と経てばあの空も淀んだマナの空気が晴れ、青い空を見せるようになるのだろうが、神ならぬ人がそこまで長生きできるわけでもないし──私はアウラの人々をオルムの末裔達と引き合わせ、オルムについて造詣の深い我が国の王と我が父に引き合わせ、丸投げし、あとはまぁ、みんな仲良くしてね、と、国を後にした。逃げてはいない。決して。
 そして、あてもない旅に、私は出た。
 あなたが救ってくれたこの世界を、再び巡る、その旅に。

 ラーゼンでは、あの日以来、初めてエリシアと会ったよ。
 いやぁ、ちょっと顔を出そうかなと王城に忍び込んでみたのだけれど、エリシアに挨拶したら、マルセルやギルベルト伯爵が近衛兵を連れて出てきてね。とっ捕まってね。すわ打ち首かと思ったら、エリシアにたいそう文句を言われてしまってね。どうして何も言わずにいなくなってしまったのかとか、あの日、貴方はどこで何をしていたのかとか。「いやまぁ、それはほら、いろいろあってね」なんて、適当に濁しておいたけれど。そして逃げたけれど。
 まあ、先の長いハーフエルフの人生? だ。気長に、ほとぼりが冷めるのを持とうと思う。私達には、時間はたっぷりあるのだしね。
 気長なハーフエルフといえば、北の果てのアーカイブ。
 ハーフエルフのユリアとその家族たちの元には、たくさんの人が集まるようになっていたよ。ちょっとびっくりだ。
 アーカイブには、アルブレストの錬金術師トマスさんに、オルムの末裔達、アウラの人々と、たくさんの人たちがやってきていて、オルムの叡智の解析を続けていたよ。いつの間にかあの家族たちも、ずいぶん大所帯になって、「まあ、ここは広いので全然問題はありませんよ」なんて、笑っていたりした。
 アーカイブで黙々と文献をあさるトマスさんに、「トマスさん、ご結婚されたと聞きましたけど、こんなところにいていいんですか?」なんて聞いてみたところ、「なに、鍵石があるしの。毎日ちゃんと帰って、孫にアルケミストの叡智を伝えとるわい」と、少々錬金術の力を広めすぎたかも知れないと思ったので、ユリアにはそれとなく言っておいた。
「それはそれとして、勇者ちゃん、あなたはあの日、どこにいらしたのですか? というかですね、あなたの中から、ものすごい原初のマナの力を感じるのですが?」
 気のせいじゃないかな? 「ホムンクルスさーん!」ここも逃げた。
 安心してお茶ができる場所といえば、まぁ、エル・トゥラ。
 城下町に顔を出すとアレだけれど、大聖堂では私が歩いていても、みんなが会釈をしてくれるくらいで、特に大きな問題が起こることもなく──「やあ、アルフさん」「チビエル、どこに行ったか知りませんか? 私もしらないのですが」いや、私も彼女に会いに来たのだが?
 それから、大聖堂のテラスに椅子とテーブルを出して、チビエルとリヴァエルと一緒に、お茶会をしたよ。
 「冒険のお話、たくさんあるんでしょう!」と、目をきらきらさせるチビエルに、たくさんたくさん、私達の話をしてあげたんだ。
 巨大な地下庭園遺跡で飛竜を手に入れた話。
 大洪水に飲まれて沈んだという、海底遺跡の話。
 砂漠の町で、竜と戦った話。
 そして、本当にあった、海の真ん中にある大穴の話に、そこからいける下の世界の話と、ちょっともりもりにもって、たくさん話してあげた。
 もりもりにもったと言えば、巨人との戦いの話なんかもしてあげたんだけれど、「勇者様、それはさすがに私も、盛りすぎではと思うのですが……本当なんですか?」なんて聞かれてしまってね。「どれも全部、本当の話だよー」と、笑いながら言う私に、隣、私の飛竜と同じくらいの大きさになってしまっていたリヴァエルが、何か、ものすごく満足そうに笑っていたのが、印象的だったな。
 高地高原からサウルヤに抜ける道すがら、パスエルブに立ち寄って、酒場の若夫婦を軽くからかって、そこから世界樹へ。
 世界樹は本当に下の世界と繋がっているのかな? なんてふと思い出して、そのまま下の世界を目指してずっとずっと下っていって、気づいたら冥府に出ていて、ありゃ、マジかよとアウラに戻って──世界は、本当に広い。
 広い、広い、この世界は、変わらずにここにあるんだなって、あの丘の上で一つ息をついて、ちょっと思ったりなんだり、した。

 私のこの声が、想いが、世界の終わりのその先で、あなたたちに届くかどうかは、ちょっとわからないけれど。
 わからないけれど、世界は今も、私の目の前に広がっているよ。
 この世界の至る所にあるみんなとの思い出も、記憶も、失われずに、ここに残っているよ。
 あなたたちと救った、この世界に、しっかりと残ってる。
 どれだけの時が流れようとも、私はきっとそれを忘れないし、出来る事なら、あなたたちにも、忘れないでいて欲しいと思う。
 いや、そんなことを言ったことはないけどさ。
 ないんだけどさ、そう、思うんだ。
 世界の終わりのその先でこんな事を言ったって、届きはしないかもしれないけれど、それでも私は、思うんだ。
 きっと届くと、そう思うんだ。
 私の心に、あなたがいる限り。
 変な事を言うけれど、私の心にあなたがいる限り、あなたの心には、私がきっといると、そう思っているんだ。
 所詮、時が経てば全てを忘れてしまって、そういえばそんな事もあったねとか、そんな風に思い出すような、そんな世界かもしれない。
 まあ、それでもいいかなと、思うんだ。私、確かにそう言ったからね。
 けど、でも、それでも、私がその後に続けた言葉には、今も、嘘はないんだ。
 あなたがもしも私を思い出す時は、私は何度だって、約束したように、あなたに、あなたのその心の内にあるものに寄り添って、ただ一つ、伝えられる言葉を口にするよ。
 たとえ世界の全てが無に還ってしまうような、絶望の、確定した未来しか存在しないようなタイムラインの中にあっても。
 あの時と同じように、その未来を変えるために、私は何度だってあなたに向かって声をかけるよ。
 あなたたちが救ってくれた、この世界で。
 この、物語の中から。
 あなたが言ってくれた言葉たちを、必ず、あなたに伝えるために、私は声をあげてみせるよ。
 だから、どうか、心の隅の奥の方、ほんのちょこっとだけでもいいから、この世界を、私を、忘れないでいて欲しいなと、ちょっと、思う。
 私はこの世界をまた巡って、何度だって巡って、そして、あなたたちを忘れないようにするから。
 だからちょっと。
 この言葉が届くかどうかわからないなんて言いながら、届けばいいなって、届いて欲しいと、卑怯に思いながら、言うよ。
 いつか、また、どこかであなたと出会えればと思って。
 私の、勇者へ。
 あなたの、勇者から。
 笑顔で、約束通りに、冒険活劇の終わりに。
 いつかまた、この長い旅路の果てで出会ったら。
 また一緒に、この世界を救う、冒険をしよう。


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