セントラルキャビティの最奥。
魔力の塔の中心を一番下まで降りたところには、淡く光る不思議な文様が描かれている。
生きている魔力の塔の蒼い光の中で、私はうっすらと目を開けた。
ええっと──どういう状況だったっけな?
覚醒はしたものの、一旦目を閉じ、状況を整理する。
あの後、「で、このお父様を我々はどうしたらよいのだ?」などと言うアルさんに、「しりませんがな」と異口同音に返したレイさん、ネリさん。「とりあえず、パーティには入れないでしょうね」「NPCとして作られていませんから、そもそもステータスがありません」「これはお帰りいただくしか~」と、最終的にはエルさんの提案によって私の鍵石を渡し、父にはルーフローラへと戻ってもらったと記憶している。「親子の再会なのに、なんもナシでいいのか?」「いや、お互い、何を話したらいいのかわかんないし……」「いろんな意味で深い台詞だな」「主に貴方の所為ですが?」
そして気を取り直し、私達はセントラルキャビティを下へ下へと降りていったのだが──その後、最奥にたどり着いた辺りで、何故か私は強い眠気に襲われてしまったのだった。
そして──記憶がない。
「おや、アルさん、早いですね」
と、レイさんの声が聞こえてきた。
「さては、偽物ですね」
と言うレイさんに、アルさん、
「ばれたら仕方あるまい。貴様には死んでもらう!」
やる気か。
「いやまぁ、しかし、本気で一回はやってみたかったですね」
「もうできねーしな。タンクにダメージ通せる気はしないが」
「オラージュが一発でも入ればヤバそうですが」
「ま、それはともかく」
アルさんは続けた。
「ちょっと早めに入っておかねぇと、こいつが起きなかったら困るなーとか思っていたが……」
「はい。ぐっすり寝てますね」
とは、返すレイさんの声。
いや、起きてはいるが──起きてはいるんだが、完全にタイミングがだな……
「これ、どれくらい寝てる予定?」
これ、とは?
「さあ? どうなんでしょうね?」
レイさんは唸るようにして返した。
「本来、勇者ちゃんは先の戦いでやられてしまうので、そこで強制セーブが入ってAI処理なんかもされる訳ですが……今回はそれがなかった分、強制的に睡眠モードに入ってしまったんだと思いますけど、いかんせん、前例がないのでなんとも」
ああ、なるほど。
どうやら私は先のタイミングで意識を失ったらしい。おそらく私にはどうにも出来ない類いの、世界の真理とか摂理とか、そういった類いの強制力だとは思うが……そうか。
さて、じゃあ状況もなんとなくわかったし、そろそろ頃合いかなと、起きようとしたところで、
「本来は、ここで父親の話をするかどうかって選択になるのか?」
アルさんがレイさんに向かって聞いていた。
「そうですね」
レイさんは続ける。
「ま、かなり後味の悪いイベントですよね。プレイヤーの選択次第ですけど」
「レイシュはどうしたんだ?」
「私ですか? 私は話しましたね。私の勇者は同性ですし、彼は結構ヒロイックな性格なので、隠しておくよりは話そうと思いまして」
「ふぅん……」
「ダガーさんは話してなかったかな? チロルさんは話してましたね」
「半々くらい?」
「非公式のアンケートでは、話さない方が多いようですが……異性勇者の方が、さらに話さない率が高いみたいですね」
「勇者の方が話してこなければ、話さない率の方が高くなりそうではあるなぁ」
「アルさんならどうします?」
聞くレイさんに、固まる私。お、起きられない……
「俺かぁ……」
と、アルさんは考えるように呟いて──間。
えっと……アルさんなら……アルさん、なら?
たっぷりと考えるような間を置いてから、アルさんは言った。
「やべ……多分その状況になったら、三日くらいは悩んでそう」
「世界、なくなっちゃいますが?」
こいつ、逃げやがったな。
「こんにちは」
と、珍しい声が聞こえてきて、
「パーティインスタンスに入ってくるとか、越権行為じゃねーの?」
などと、アルさんが返していた。
薄目を開けて見る。と、アルさんとレイさんが壁により掛かって座っていた所へ、あの魔導士さんが近づいてきている所だった。
「今日はほら、名前が青」
「GM権限で入ってきたのか」
「十分越権行為では?」
魔導士さんは笑っている。そして私の方をちらりと見た。ので、狸寝入りを決め込む。ばれてる……か?
「いや、最後に一言、話しておきたいなと思って」
と、魔導士さんはアルさんに向かって言った。
「昨日の配信、見てたよ。まさかあんな展開になるとは、正直、思ってもみなかった」
「そもそも俺は、どんな展開か知らなかったしな」
「私はちょっと卑怯な助言をしてしまったかなぁと思っていますが、後悔はしていません」
レイさんの台詞に魔導士さんは二、三、頷いて続けていた。
「うん。こちらとしては本来のストーリー通りに進んで、アルさんの選択を見てみたかったという思いは、ある」
「三日ほど悩むと言っていましたよ」
「それは困る。サービスが終了してしまう」
そんなに困った風でもなく、魔導士さんは笑って、
「さて、それはともかく、最終決戦だ」
続けた。
「激励に来たのか?」
「まぁ、そうだね。正直なところ、ここまで来たらアルさんにはちゃんとクリアしてもらいたい」
「勇者ちゃんのデータが欲しいそうです」
「おのれ、邪悪な」
「否定はしない。あと、どうでも良いけどコマンドメニューから残り時間が表示できるようになっているから、表示しておくといいと思う」
「え? マジで。システム?」
「告知に載せておいたんだけどなぁ……24時間前から表示可能になっているから」
「ホントだ、便利」
「むしろ、僕としてはその残り時間を気にしてプレイしてもらいたいんだが……」
「気にはしておく」
「サーバーローズは、告知通り17時だ。残り時間はあまりない。クリア後のエンディングを見ることも考えると、余裕を持ってアルス・マグナの所にたどり着いてもらいたいな。サーバーもだんだん混み合ってくるだろうしね」
「午後に入ったら、イベントも始まりますしね」
「イベントあんの?」
「サービス終了は、全体イベントだからね。君たちだけの話じゃないし」
「どんなん?」
少し弾んだ声で聞くアルさんに、「んー」と唸る魔導士さん。それにレイさんが答えていた。
「アーオイルの最終侵攻が激化するというお話の流れだそうですよ。世界中の魔力の塔が、暴走を始めるのだそうです」
「へぇ」
興味深そうに唸るアルさんに、「さすがに私もここにいるので、師匠やヴィエットからの情報しかないのですが」と、続ける。
「タイムリミットまでに、世界中の暴走した魔力の塔に現れるオープンクエストボスを撃破せよというイベントなのだそうです。噂では、どのボスも巨人クラスになるんじゃないか、とか」
「その辺はAI任せなので、僕はしらないけどね」
軽い感じで言う魔導士さんに、アルさん。
「それ、倒しきれなかったらどうなんの?」
「さあ? AI次第じゃないかな?」
「雑」
雑。
「そして全ての魔力の塔の暴走を止めたら、聖地ルルスを抜け、聖地の魔力の塔を破壊するという流れになる」
笑って言う魔導士さんに、アルさんレイさん。
「俺たち、ここにいるんですが?」
「巻き込まれ事故ですか?」
「まぁ、そこはゲームなので」
雑。
「ってか、12時回りますね。イベント始まりますよ」
「見たいな……」
「あとで配信を見ますかねぇ」
「アウラとルーフローラの空に、巨大な魔方陣が描かれて、終末感がすごいことになるんだ」
「なんでそんなに楽しそうなんだ、運営」
「僕らは、恨みをもって、本気で潰しに行く側なので」
「それを言ったのは我々ではなく、師匠ですがー」
とばっちりでは?
魔導士さんは軽く笑いながら続けた。
「時間、あまりないけど、頑張って。君たちだけの物語の結末を、僕も期待している」
「期待に応えられるかは、アレに聞いてくれ」
アレです、コレ。ってか、言い様。
「まあ、そう言わずに頼むよ」
魔導士さんは苦笑して続ける。
「エンディングは割と長いから、その分の時間も考慮して、頼むよ」
「俺は別に、アルス・マグナさえ倒せればいいかなって思ってる」
アルさんは軽い感じで笑っていた。
「エンディングってあれだろ。真の勇者と認められた勇者ちゃんと、出会いの酒場で再び出会うってやつ」
「王宮の話なんかもあるけど?」
「興味がないから、別にいいや」
そしていつもの調子な感じで、言った。
「エンディングは、自分達で決めたいじゃん。これはMMO RPGなんだからさ」
「世界の終わるその瞬間まで、君たちは君たちらしくあろうとするのか」
「当然。それが、MMO RPGってモンだろ?」
魔導士さんが去って、ちょっとして、ほんの少し? けっこう?
ともあれ私は「ううん……」などと唸って、もぞりと動いて起き上がった。演技。
「お、起きた」
アルさんが言う。
「目覚めなかったらどうしようかと思ってた」
「私達はここでぼーっとしながら、世界の終わりを待つという……」
「それもまた一興」
「四時間とかそれに付き合うみなさんもどうかと思いますが」
「リアルタイムで見る人なんていねーだろ? みんな、イベントやってんじゃねぇの?」
「えー? 意外と待機室に人、いるようですがー」
「マジか、勇者ちゃん、なんかサービスしろ」
「寝起きの乙女にいう台詞じゃないね」
寝起きではないけどね。というか、寝起きの一声ではなかったね。寝起きじゃないけどね。
程なくしてやってきたニケちゃんに「おおー、もう来てる。はえー」などと驚かれ、「じゃあ、配信予定時間まで、ニケのチャンネルで勇者ちゃん、フリートークね」「なぜ?」「暇つぶし。またはファンサービス」
「レイさん、私が送ったプログラム、実行できました?」
ニケちゃんと一緒にやってきたネリさんが、レイさんに向かって聞いていた。
「実行していますよ」
「何?」
「本日は最終回なので、みんなの視点データを集めるようにしているのです。あとで編集します」
「つまり、アルス・マグナを倒せずに時間切れというオチを……」
「是非やめてください」
そして三々五々、みんなが集まってきて──最後まで相変わらずだなと、私はニケちゃんに「本日の意気込みはー?」などと聞かれながら、苦笑していた。
そして──
淡く光る魔方陣のような文様が刻まれたその最下層に、いつもの八人。
気がつけば、円陣を組むようにお互い向き合って並んでいて──
「さて、ここで一言、欲しいですね」
と、レイさんこと、暗黒騎士レイシュが、突き立てた大剣のポメルに手を乗せて言った。
「最終決戦前のシーンって、大事ですからね~」
とは、導師エル様。杖を手にほわんほわん。
「ま、そんなモン、アルに期待してもな」
ちょいとわざとらしく肩をすくめ、ローグ、ダガーさんは軽く笑う。それに大魔道士──補佐見習い候補──のネリさんこと、ネリ・からしさんが続いていた。
「ともあれ、時間的にも再トライは出来ません。ここは一発勝負でみなさん、お願いします」
「全滅したらクリアはほぼ絶望的だし、正直、大ブーイングだねー」
などと、子どもと同じくらいの背丈しかない──レイさん曰く、名前を呼んではいけないあの種族の少女──ニケちゃんが笑いながら言うと、
「いや、正直、大分プレッシャーなのだが……」
苦笑のままで、聖騎士チロルさんが戦旗槍を肩にかけ、首を傾げていた。
「ほら、アルさん、期待されていますよ」
レイさん。にやにや。
「何をかはともかく、ささ、一言。どうぞ」
「ない」
「ひどい」
腕組み、さらりと言った我が相棒、旅の道連れ、剣士アルベルト・ミラルスは笑う。
「むしろ、この手のシーンは、レイシュのアレだろう」
「覚悟はよろしいか、各々方」
はいはい、いつものいつもの。
「この橋の先が──地獄です」
「橋ありません~」
「ニケわかんないー」
はいはい。ここまでテンプレ。
「と、いうわけで」
アルさんは私に向かって言った。
「シメは勇者ちゃん」
「何故に私?」
「主人公だろう?」
「主人公ではないけれど……円陣でも組んで、おー、とかやる?」
「一回もやった事ねぇだろ」
「うん。ない」
笑い、
「さて、じゃ」
剣の柄に手をかけ、私は言った。
「いこうか」
そして私達は歩き出した。
セントラルキャビティの最奥から横に伸びている大きな通路。青い光に満ちた、トンネルのようなその通路を、ゆっくりと。
聖地ルルスの、その場所へ。
しばらく進むと突然目の前が開け、巨大な地下空間に出た。
天井は巨人がまっすぐに立っても余裕がありそうなほど高く、左右に真っ直ぐ延びた壁面のその先は、淡い青の光の向こうに消えて見通せない。
天井から淡く降る青とマナの光に照らされて、奥には神殿のような建築物が見えた。名も無き古き神、ナンムの神殿のようなそれは、その場所にひっそりとあり、寝所と呼ぶのにふさわしく思えた。
「アルス・マグナはあの神殿の中で、復活の時を待っています」
アルさんの隣、レイさんが言うと、アルさんは顎に手を当てながら返した。
「ってことは、まだ復活していないのか?」
「おっと、口を滑らせました。聞かなかった事に」
「コメント欄からブーイング」
「どうせすぐわかる話じゃないですかー」
などとやりとりをしている中から、ネリさんが帽子に手をかけつつ言った。
「というわけで、進んでください、アル」
「明らかに何かあるやつじゃねぇか」
先に私たちを行かせようとするあたり、明らかになんかあるやつだな。
「コメント欄にはソンナコトナイヨが溢れています」
明らかにあるだろ、それ。いや、つきあい長いから解ってはいるけれども。
「んじゃいくか」
と、アルさんは進む。つきあい長いから、解ってはいるけれど。
神殿へと向かうまっ平らな石畳のような道を、私たちはこつこつと小さな足音をたてつつ進む。
ふわふわと舞うマナの光が、神殿への入り口、長い階段の手前へと私たちが歩を進めたときに、ふっと、吹き抜けた風に舞って消えた。
剣に手をかけ、身構える。
「さて」
アルさんが言った。
「前哨戦か?」
いつの間にかそこに、半透明の身体を持った二人の巫女の姿があった。
仲間たちも後ろで身構える。が、前に出てこない辺り、これはつまり──
「ここは、我らが新しき神、アルス・マグナ様の寝所」
二人の巫女が、同時に言葉を発した。
「オルムや蛮族の者が、足を踏み入れてよい場所ではありません」
「フローラの子だからいいだろって理屈は通らんか?」
「いえ、あの人たち、フローラの子という言葉を知りませんので」
「あ、そっか!」
「あ、そゆこと? え? じゃあ、オルムって勇者ちゃんのこと?」
「ああ、確かに血族ではあるな」
「マイペースですよ~」
そんな私たちを無視して、巫女は続ける。
「立ち去り、来るべき時を祈り、待ちなさい。我らの新たなる神、終末の、そして始原の巨人となる、アルス・マグナ様の復活の時を」
「それを止めに来た」
剣を突きつけ、アルさんは言う。
「正直、理由はないが」
「この期に及んで!?」
レイさんが突っ込んでいたが、アルさんは構わず、ニヤリと笑って続けていた。
「最後の時を祈って待つってのは、勇者のする事じゃねぇって事だけは、間違いないと思ってる」
「私?」
「みんな」
そして、
「この世界の終わり。それに最後まで抵抗するってのは、正しい勇者のあり方だろ」
アルさんは私を見て、笑った。
「押し通る!」
「おっと! もうおっぱじめる気ですよ、この人!」
「悪は叩けば露呈する! 勝者は正義ー!」
訳の分からんことを言い、アルさんは「アン・アヴァン!」で巫女へと飛びかかった。ならばと、向かう先と逆の巫女に切っ先を向け、「レイ・スティン──」と私が飛び出そうとしたその瞬間、アルさんの目の前で赤い光が渦を巻き、その切っ先を受けて弾けた。
閃光が圧となって駆け抜ける。何事か──剣を握り直し、見る。アルさんが切っ先を前に向けたまま止まっている。ひとりの、青年の前で。
左手の指先で、切っ先を摘まむように受け止めた、その男の前で。
「お前か?」
下から眼光鋭く、アルさんは青年に向かって聞いた。
何者か。
私の賢者の石は知っている。
その男を、知っている。
「そうだ」
そして、青年はその名を名乗った。
「私が、アルス・マグナだ」
アルさんは飛びすさり、距離をとる。
前へ、レイさんが飛び出してきて身構える。
眼前、アルス・マグナは背後に巫女を従えたまま、右手を見つめて握り開きを繰り