studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2018.04.01

勇者ちゃん、旅立つ!

Written by
しゃちょ
Category
読み物
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 あれは、16歳の誕生日。
 私は──勇者の子は──旅立った。
 この物語は、その勇者の子である私が、やがて伝説の勇者と呼ばれ、その仲間たちと共に世界を救う事になるまでの、長い長い、旅の記録である。

 城下町、出会いの酒場。
 私はそのドアをそっと開け、するりと中に滑り込んだ。旅立つ私に城付きの魔法使いが教えてくれた、信じるも信じないもお前次第と言われた予言を頼りに。「勇者の子よ、お前は城下町の出会いの酒場で、長い長い旅を共にする仲間たちと出会うであろう……」
 眉に唾をつけつつも、一人旅は心許ない。私は仲間を求める冒険者達が集うというその店の中をぐるっと見回し、テーブルを囲む幾人もの冒険者たちの姿を──
「おっと、ごめんよ」
 不意に、私の背中にぶつかりそうになりながら、ソフトレザーに身をつつんだ男性が店内に入ってきた。思わず、「あ、すみません」と小さく漏らして、脇に逃げる。
 と、
「うお、ノービスとか、超ひさしぶりに見ましたよ」
 入ってきたソフトレザーの男性に向かって、テーブルに着いていた深い黒色のフルプレートメイルを着込んだ男性が声を上げていた。その隣には、薄く銀色に輝くローブを身にまとった女性の姿もある。
 声をかけられた男性は、テーブルに近づきながら、
「え? マジで? 過疎ってんの? これ」
 と、苦笑交じりに問いかけていた。
「これ、何年前のゲームだと思ってます? もう、旬は過ぎましたよ?」
「当時は、AI勇者と旅するゲームって、結構話題になったんですけどね~」
 テーブルにつくその男性を見ながら話を続けたのは、先の銀色のローブを着た女性だった。
「もともと、AIの実験目的で作られたゲームですし、第三部のアップデート以降、もうアップデートは出さないって、開発元が明言しちゃいましたからね~。ロートル廃人勢以外は、ほとんどやってませんよ~」
「基本、終わり無きエンドコンテンツに挑む物達の魔境です。とは言っても、ピークタイムでぎり四桁くらいしかいませんけどね。サービス終了までに、世界を救えるといいですね!」
「ひどい!」
 笑いながら言うプレートメイルの男性に、ソフトレザーの男性も、笑いながら返していた。

 酒場の中、陽気に話す冒険者たちの声に、あんまり不審にならないよう、こう、店内を見回す感じで、私は耳をそばだてていた。
 笑いながら、ソフトレザーの男性は続けている。
「まあ、みんないるし、途中で詰むこともないでしょ」
「任せて下さい。この日のために仕上げてきた私のレベルは、すでに90オーバー! 感覚を取り戻すのに、若干、苦労しましたが」
「私、ちまちまやってたんで、随分前からレベル99なんですよね。多分、片手で第一部のラスボスくらい、屠れるんじゃないかな~」
「やり込みすぎィ!?」
「今、IL制限、ないんでしたっけ?」
「はい。レベルシンクもありません。まあ、ボス戦だけですけどね、制限解除があるのは」
「使わせませんが」
「IL高そうな装備だなぁ、それ」
「しかし、シンクされてレベル10! 伝説の装備の装甲が、もはや紙!」
「いや、しかし──」
 わいのわいのと、楽しそうに盛り上がるテーブルの三人。私にはなんの話をしているのか、さっぱり訳がわからない訳だが……きっと、歴戦の冒険者たちの、レベルの高い会話なんだろう……
 でも、あの人たちも、この出会いの酒場に居るってことは……
「いいんですか~。なんか、もじもじしてますよ~」
「何が?」
「ああっ! あえて触れずに、初めての出会いを楽しんでもらおうと思っていたのに!?」
「なんの話だ?」
「あちらです」
 と、ローブの女性が私を見た。
 う……っと、気後れするところを、プレートメイルの男性も、私を見た。
 う……っと、後ずさったところで、ソフトレザーの男性も、私に振り向いていた。
「何?」
「いえ……えっと……」
 なんとも、どうしたものかなともじもじしていると、
「ってー!? ちょっと待った! あなた、もしかして、勇者のキャラメイク、してない!?」
「おおー、英雄譚を共にする、超重要な勇者のキャラメイクを、システムランダムで終わらせるあたり、さすがです~」
「ええっと……」
 三人が何の話をしているのか、私にはさっぱり訳が分からないわけだが、ええい! と私は、とりあえずなんとか、その言葉を口にした。
「あっ……あの! こ、この酒場にいると言う事は、あなた方も、その……冒険者パーティを組もうとか、探そうとか、そういう──!」
「え? 何? 何この子、勇者?」
 突然、ソフトレザーの男性に言われて、
「え? いえ……私は勇者とか、そんな大層なものでは……」
「あ、そう」
 と、テーブルの二人に振り向き、
「あ、で、このあとどうすんの? この街で、勇者探すの?」
「そこにいる! その子! 勇者ですからッ!!」
「え? いや、あの……私は、勇者とかではなくてですね……」
「ほら」
「いや、あの、オープニングムービー……」
「見てない」
「なんで見てないッ!?」
「いや、お前ら待ってたから、飛ばしてきた。後で宿屋で見られるって、攻略サイトに書いてあったし……」
「私たち、そんなの待ちますから! そういうの、ちゃんと見てきてくださいよ!?」
「あれれ~? これは、面倒くさい奴ですよ~」
「あ、あの……ええっと……」
 私を置いて会話が進んでいくので、なんとか言葉を挟んだが、
「あ、すみません」
 と、プレートメイルの男性は私を手で制し、
「ちょっと私、この人に説教するんで、座って待ってて貰えます?」
「あ、はい」
「はいはい、どうぞ~。あ、すみません~。エール、でいいですよね? エール、ふたつ追加で~」
「私、おかわりで」
「みっつ~」
「で、いいですか」
 と、プレートメイルの男性は言う。
「そもそもあなた、この世界の事とか、勇者がなぜ旅立つのかとか、そう言うの、わかってますか?」
「いや、知らんけど。聞けばよくね?」
 ソフトレザーの男性は私を指差す。ので、
「あ、ですから、私は勇者とかではなくてですね……」
「場が混乱しますよ~。どうぞ~」
 眼の前に、溢れんばかりのエールが入った陶器のジョッキが置かれた。
「いえ、私、お酒は……」
「ほら! こういう! 初々しい反応とか!」
「何が?」
 返すソフトレザーの男性は、話を半分も聞いていない感じで、出されたエールを早速ぐびり。「お、割といけるな、このゲームの味覚エンジン」「でしょう。砂漠の国の、一風変わったエールが美味かったですよ」「楽しみだなー」「ちなみに私の勇者もお酒大好きですから、その内、世界中をハシゴしましょう。氷原の国の蒸留酒が、ちょっとない、いい風味で……」「話がそれました~」
 こほんと、プレートメイルの男性は咳払いをして、続けた。
「そもそも、このシーンは、仲間を求めて出会いの酒場にやってきた勇者と貴方の、ファーストコンタクトなシーンなんですよ? シナリオデザイン的には、貴方はキャラメイクで勇者を知っているので、『あ、あの……』『き、君は……いや、なんでもない……』的な展開を期待されているんですよ? わかります?」
「っていうか」
 エールの入ったジョッキを口に付けつつ、ソフトレザーの男性は私を見、呟いた。
「女の子だったのか」
「え? それすらランダム?」
「それ、名前以外入力してませんね~」
「ええっと……」
 とりあえず陶器のジョッキを脇に寄せ、私は彼らを見た。ここはこう、アレだ。なめられてはいけない。こう見えて私は一応、それなりに名の知られた父を持つ、こう……アレだ、王様から直接お話をいただくくらいにはだな……
「お前らは、そういう展開だったの?」
 ぐびぐびしつつ、ソフトレザーの男性は他の二人へ。ああぁ……
 エールのジョッキを手に、二人は返していた。
「ええ。私たちはその後、まあ、飲みながら話そうとなって、そのまま飲み明かしました。冒険に出たのは、その翌日でしたね」
「私は、おどおどしていた勇者くんが可愛すぎて、意地悪しながら、心の中で悶えていました。まあ、一時間くらいですけどね」
「こういう大人になっちゃ駄目だぞ」
 突然話を振られて、「あ、ハイ」「ひどい!」「ひどいですよ~、勇者ちゃん~」ああぁ……「いえ……あの、ですから……私はその、勇者ではなくてですね……」
 と、前置きして、私はプレートメイルの男性と銀色のローブの女性に向かって、説明を始めたのだった。
「あのですね、私はですね──」
 その私を、二人は、なぜかとてもとても眩しいものを見るような目で見つめていた。そして一方、ソフトレザーの男性は──手にしたエールの入っていたジョッキを掲げ、「あ、すんませーん! おかわりくださーい!」と、叫んでいた。

「私の名はレイシュ! ルーフローラは狙われている!」
 と、黒のフルプレートに身をつつんだ暗黒騎士、レイシュさんが言う。
「若い子には、わかりませんね~」
 隣でほわんほわんと返すのは、銀色のローブを身にまとった、柔らかな笑顔の女性、エルさんだ。神に仕える聖職者で、序列で言うと導師なのだと紹介されたが、それが何なのか、私にはよくわからない。「ヒーラー系の、隠し三次職ですよ~」
「ルーフローラって、何?」
 二人からノービスと言われていた、アルさんことアルベルトさんが、レイシュさんに向かって聞いていた。
「下の世界の人が言う、この世界のことです。ネタバレ、どこまで?」
「レイさんの裁量で」
「では、それだけのことです」
「ラジャった」
 たまに私には理解不能な言葉が飛び交う三人と、私は城外の街道をそれた森の手前にまでやって来ていた。あの後、結局なんだかんだで、「うお、やべえ、普通に初日から酒のんでダベって終わるとこだった! よし、行くぞ」と、立ち上がった皆さんに連れられ、「まずは、何はなくともレベル上げですね~」と、笑うエルさん。
「何系?」
 アルさんが手にしていた短剣を器用に振り回しながら、レイシュさんに聞いていた。
「某AL系です」
「飛べる?」
「飛べません」
「あと、一応、レベルはありますね~。ステータスにはあんまり関係しませんが、装備に装備可能レベルがありますので。強さ指標はILですね~」
「よくわかった。俺には、このゲームで魔法使いが無理だと言う事もふくめて」
「詠唱覚えるのとか、無理ゲーですよね」
「ノートに毎日、写経するんですよ~」
「こんなゲームに、まじになっちゃってどうするの?」
「これは、ゲームであっても、遊びではない~」
 うん、と頷き、何かを横に置くようなジェスチャーをするアルさん。私には、その動作も会話も、よくわからないわけだが、ともあれ、アルさんはレイシュさんに向かって続けていた。
「ではレイシュ。俺に、このゲームのキングオブザコ件、マスコットキャラを教えるのだ。それをちゃっちゃと狩り、さくっとレベル10位まで上げて、早々にクラスチェンジしたい」
「このゲームのキングオブザコは、カルボですね。カルボナーラになります」
「お前は何を言っているんだ……?」
「あれです」
 と、レイシュさんが指差す先には、よくある丸パンのような風体で、大きさ的には大人が一抱えといった大きさの、半透明の柔らかそうな生き物がいた。『カルボ』だ。割とどこにでもいる、魔物と呼ばれるカテゴリーの生き物だけれど……カルボナーラとはなんだろう?
「どれ……」
 と、アルさんは短剣を握り直し──次の瞬間には、しゅばっという空気を引き裂く音と共にカルボに肉薄していた。短剣の剣閃が二度三度ときらめき、あっという間に、ぱつんと弾けるような音を立て、カルボがあたりに飛び散っていた。
「ふむ……割と体が覚えてるモンだな」
「まあ、昔取ったなんとかってやつですね」
 軽い感じにレイシュさんは返すけれど、私としては驚きに目を丸くする他ない。レイシュさんやエルさんは、見た目もなんか、歴戦の冒険者って感じで、装備も凄い感じだけれど、アルさんはぺらぺらのソフトレザーに短い短剣しか持っていなくて、それこそ、私と対して強さは変わらないんじゃないかとか、思っていたのに──
「あ、あの……」
 私は三人に聞いた。
「じ、実は皆さん、高名な冒険者様だったりするんですか……?」
「そうですね~、世界を救ったのは、十や二十じゃ、きかないですね~」
「ええっ!?」
「あ、大丈夫ですよ。この世界の話じゃないです」
「ええっ!?」
 やっぱり……この人たち、こう見えて、本当はもの凄い冒険者たちなんだ……
「あ、なにか、盛大に勘違いさせてますね……」
「ほっとこう」
 アルさんは倒したカルボが飛び散った際に撒き散らしたものを、しゃがみこんで確認しながら、
「ストレージドロップじゃないのか……戦利品拾うの、メンドイな……」
「このゲームのプロデューサーには、謎のこだわりがあるようで、ドロップもそうですが、ちゃんと国ごとに貨幣が違ったりするんですよね。まあ、冒険者たちは関係なく、共通の『コイン』という単価を使うんですけど」
「吉田プロデューサーさんのこだわりです」
 ……ヨシダ?
 は、ともかく、
「なに? このドロップ」
 と、カルボが落とした黒いかけらを手に、アルさんが言った。
「木炭?」
「木炭です。カルボのドロップ。カルボだけに」
「魔物系モンスターは、倒すと、宝石や鉱石、金属や原石を落とすんですよ~。まあ、ちゃんと理由はあるんですが、ネタバレなので、おしえません~」
「なぜ……木炭?」
「よく燃えますよ? あと、どこの国のNPCでも、3コイン前後で買い取ってくれます」
 うん、カルボの木炭は、大きすぎず小さすぎず、一般のご家庭でも扱いやすいので、かまどの火に大活躍。うちでもよく使ってたな。薪よりちょっと高いけど、火持ちもいいし。
「まあいい。ストレージにいれて……ストレージ? ウィンドウドロップ?」
「ふふ、妙なこだわりがあるのて、そんなデジタルな処理ではありませんよ。ストレージアクセスは、ストレージアイテムからです。初期ストレージは、ベルトポーチですね」
「え? 今時、物理ストレージなの?」
 と、アルさんは腰のベルトポーチを開ける。あ──
「おい、ポーチの中が真っ暗なんだが? 深遠が見つめていらっしゃるのだが? 物理的におかしい奴なのだが?」
「ふふ、ローンチの時は、本当に物理だったのですが、あまりにも不便すぎたので、パッチが当たり、処理的にはデジタルストレージになって、キャパも上方修正されました。が、物理的見た目は撤廃されませんでした。謎のこだわりです」
 あー、ポーチの中が真っ暗で、底が見えない奴だ。いいなぁ、あれ。マジックバッグ。見た目の割にたくさん入るし、冒険者なら、一つはほしいアイテムだけと……高いんだよなぁ。アルさん、なんで持ってるんだろう。
「ちなみにそれ自体は物理なので、落としたりスられたりすると、普通にロストします」
「ひでぇ!」
「ふふふ~、ちなみに私のバッグは、課金装備ですよ~。200キャパもあって、しかも可愛いんですよ~」
 と、エルさんが私にバッグを見せつけてくる。
「勇者ちゃんも、アルさんに買ってもらうと良いですよ~」
「いえいえいえ! 何言ってるんですか、マジックバッグとか、そんな高いアイテム──」
「え? 何こいつ。ストレージ、別扱いで、しかも、物理ストレージなの?」
「勇者ちゃんは、完全に自律ですからね。アイテム管理も完全に別です。しかも、なぜか勇者ちゃんの初期ストレージは、物理ストレージから変更されていません」
「ストレージ買ってあげるのは、基本ですよ~。マイページから買えますよ~、アルさん~」
「結構値段ははりますが……ないとストレージ圧迫して、キャンプも出来ませんしねぇ。私らは男同士でしたから、課金装備ではなく、ゲーム内で私がキャパの大きいバッグ買って、全部突っ込んでましたが……」
「異性勇者ちゃんは、お金がかかるんですよ~」
「面倒くせぇ!?」
「このゲームは、そういう面倒なところを、勇者ちゃんと楽しむものなんですよ~」
「一緒にしたら、嫌がるものなんです?」
「私の勇者ちゃんは、ちょっと嫌そうでしたが、それが可愛かったので、キャパ60の背負い袋が売ってるラーゼン王都まで、私の荷物と同じにしてました。フフフ……」
「邪悪な微笑みィ!?」
「ともあれ、だ」
 アルさんは、ふんっと鼻を鳴らして、私に向かって言った。
「俺は、事前情報全くなしなので、お前の実力がどんなもんなのか、全くわからない。ので、ちょっとあれ、殴ってこい」
 と、アルさんが指差す先には、カルボ。
「ええっ!?」
「レイさん、ちょっと盾やって?」
「バワーレベリングは、よくありませんよ。と言いつつ、タウントして集めてきますかね」
 腕まくりをして、レイさんは歩いていく。
「では、支援をかけておきましょうね~」
 軽く杖を振るい、エルさんは呪文を唱え始めた。聞いたことのない、長い長い詠唱を終え、私に杖を向けて、「ホーリー・ブレッシング~」と、ふわりと私の身体が軽くなり、力がみなぎって来るような気がした。
「なんか、すっげえステータス上がったぞ、こいつ」
「パーティ組んでしまうと、レベルシンクで低レベル魔法しか使えませんが、組んでないならパーティメンバー制限のない支援魔法を、私のレベルで使えますからね~。そりゃー、すごいことになりますよ~」
「俺にも俺にも!」
「えーと、私レベルの支援屋になると、一回200Kくらいですかね~」
「あるわけねーだろ!」
「痛い痛い痛い! カルボの攻撃がマジで痛い! 伝説の装備の装甲が、マジで紙!?」
 悲鳴にも似た声に振り向くと、レイさんが、わらわらわらとカルボを引き連れて戻って来ていた。なんか……十匹くらい居ないかな、アレ。なんか、ぷにょんぷにょんがくっつきそうになりながら跳ね回っていて、何匹いるのかわからない……
「エルさん、私にも支援をー」
「パワーレベリングは、ノーマナーですよ~」
「このゲーム、リソース奪い合うたちの物じゃないですし、しかも今どき、ノーマナーなんて古語を使う人、見ません」
「では、支援はしません!」
「さあ! 早く倒すのです! 私が死んでしまう前に!」
「割と、洒落になってない表情だな、レイさん」
「ええ、意外と痛いです」
 ど、どうしよう……と、私が躊躇していると、
「あ、レイさん、俺、ちょっとログアウトしてマイページ設定してくるから、こいつとソレ、倒しといて」
「え?」
「あ、フィールドログアウト、10秒なんだ。割と速いな」
「あ……いや、アルさん、それは──!! あ、ちょっと、それ、行く前に、せめてパーティを解散して──!」
「んじゃ、ヨロ」
「あー!!」
 え──?

 ……あれ?
「なんで?」
 なんか──どうしよう……とか思ってたら、いつの間にかレイさんが倒れていた。
 ぷにょんぷにょんと、レイさんが倒れた事によって怒りがおさまったらしいカルボたちが、呑気に辺りに散っていく。
 ──あれ?
 なんで? 何が起こったの?
「なんで死んでんの、レイシュ……」
「はいはい、りざれくしょ~ん」
「はっ!?」
 ばちっと目覚めたレイさんが、ばっと飛び起きて、
「ふう……死ぬかと思いました……」
「HP、0だったじゃねーか」
「ふふ……勇者と一緒じゃない時は、死んでもデスペナは無いので、死んだ内に入らないのがこの世界の常識です」
「嫌な常識だな」
「ええ。しかしそれはともかく、貴方がログアウトしたら勇者ちゃんもログアウトするんで、覚えておいてください。そういうパワーレベリングは、流石に出来ません」
「あ、そうなの?」
「辻褄が合わなくなっちゃうので、そういう仕様なんです~」
「ふう……しかし、慌ててパーティを解散しなかったせいで、レベルシンクされたまま、カルボごときに殺されるとは、私もまだまだですね」
「これはひどい」
「レベル99を目指しましょ~」
「もちべぇしょんがなー。まあ、久しぶりに私も、勇者と一緒に試練の塔の最上階を目指しますかねぇ……」
 さらりとレイシュさんが口にした、試練の塔という名のそれは、私の知る聖騎士物語に出てくるそれの事だろうか……物語の中の事だと思っていたのに、それは本当にあって、しかも、レイシュさんは登ったことがあるようで──
「まあ、ランダム生成なので、最上階は無いんですけどね」
 やはり、レイシュさんとエルさんは、歴戦の冒険者……
「なにやら、勇者ちゃんが、ブツブツ言ってます~」
「ところでレイさん。勇者がいなければデスペナないって事は、いたら、あんの?」
「はい。プレイヤーがいない内に勇者がストーリーを進めてしまったら、わけわかんなくなくなりますし、かと言って、勇者がプレイヤーを連れて、何時でも蘇生を行えるとも限りませんので、プレイヤーが勇者と居るときに死ぬと、潔く『勇者が最後に目覚めた瞬間』まで、ロールバックします。たとえ一日、二日、寝ていなかったとしても、問答無用に巻き戻ります」
「乱暴だな!?」
「パーティの誰かが生きていれば平気ですけどね~。でも、そのシステムの隙をついて、決戦前に魔法で眠らせ、強制セーブとか、戦闘中に昏倒させて、時の砂セーブとか、そういう技もありますよ~」
「試練の塔に挑むときは、鈍器を持参するゲームですよ?」
「乱暴スギィ!?」
「ちなみに今アルさんが死ぬと、最初からやり直しですね。勇者ちゃん、寝てませんから」
「よーし! ちょっと死んでくる!」
「えー、そしたら、その革のランドセル、アルさんが使うんですか~? 似合いませんよ~」
「くっ……適当に選んだ奴とはいえ、早まったか!?」
「適当と言う割には、キャパ100以上ある奴ですよね、それ」
「ポーチも買ったぜ! あと、俺用の背負い袋!」
「良かったですね~、勇者ちゃん」
「はい?」
「ほれ」
 と、アルさんは私に向かって、革の両肩がけのバッグと、ベルトポーチを投げ渡した。
「わ!」
 と、受け取る。こ、これはもしやー!?
「レイさん、じゃー、サクサクレベル上げしよーぜ? アイテムのキャパオーバーも、これでしねーだろ」
 こ、これは、マジックバッグー!? アルさん、いつの間にー!?
「こ、こんな高いもの、も、貰えませんよ!?」
「あげないよ」
 え──? あ、なんだ。そうなんだ。いや、話の流れ的に、期待しちゃったよ……
「レンタル」
「天の邪鬼ですね~」
「はいはい、カルボナーラ、大盛り二人前ですよー。サクサク平らげてくださいー」
「ほれ、たたけたたけ!」
「え? あ、はい」
 と、私は取り敢えずバッグを背負い、ショートソードを引き抜き抜いて構え、ええっと……と、ぷよんぷよんと跳ね回って、レイさんに体当たりを続けているカルボの一体に、狙いをつける。
 よ、よし……私だって──!
「見つけたぜぇ!! クソ野郎どもォー!!」
 突然、背後から大きな声が聞こえて、私はたたらを踏んだ。な、なにごと?
「うーわ、メンドクセエ……」
 アルさんのつぶやき。皆が、一斉に声の方を振り向く。
 そこには、アルさんと同じノービスの男性がいた。そしてその人は、ずんずんと言う感じの効果音を出しながら、こちらに向かって早足で近づいて来ていた。
「おうおう! ちょっとぐらい、待っててくれてもいいだろうが! せっかく、オレ様も一緒に冒険してやろうって、メッセしたのに!」
「あれ~、ご無沙汰ですね~。ダガーさん」
「ノービスじゃないですか」
「今作ったからな! って言うか、このゲームの情報、全く仕入れてないんだけどな!」
「カエレ」
「ふごー!」
 と、短剣を引き抜いて、アルさんに襲いかかる、エルさん曰く、ダガーさん。アルさんはアルさんで、それを短剣で受けて立つ。
 目にも留まらぬ速さの剣戟に、きんきんきんと、金属同士が弾ける音が響く。
「レイさん、これ、PvPルールは?」
「さあ? やった事ないんで」
「死ねェ! アルベルトー!!」
 ダガーさんが、腰だめに短剣を引く。と、その短剣が、わずかに光を放った。ダガーさんも、見た目とは裏腹に、かなりの手練のよう──
「ふん!」
 だったが──飛びかかる直前の顔面を、アルさんの前蹴りがクリーンヒットした。勢い、もの凄い音をたてて、ダガーさんの身体がくの字に折れ曲がる
「ぐふぇ……」
「死ね。そして、人生をやり直せ」
「おー、完全に、オープニングへロールバックな感じですね」
「りざれくしょ~ん」
「グッフォー……」
 不思議な呼吸音を発しながら、ダガーさんはもそりと起き上がった。
「久々すぎて、体がなまってんぜー」
「そうか? いつものショボさだったが?」
 腕組みをして言うアルさんを無視し、ダガーさんは、
「で、まずはなんだ? 取り敢えず進めよーぜ? アルエル、レイシュ。で──こいつは誰だ?」
 私を指さしつつ、言う。
「はじめましてか?」
「はじめましてでは、あるな」
「あ、はじめまして。あの、私はですね──」
「ダガーさん、オープニングムービー、見てませんね~?」
「見てない。後で見られるだろ? 飛ばした」
「ダメなヤツだ!?」
「あなたもでしょうが」
「ダガーさん、この世界で、私たちが冒険する理由、わかってますか~?」
「それは分かっている」
「ほう……聞いてやろう。なんだ?」
 アルさんが言う。
「それは──」
 ダガーさんが返す。
「ここに、冒険すべき世界が、あるからだ!」
「はーい、ダガーさん。これは、カルボと言って、この世界のキングオブザコですが、まあ、これだけの量がいれば、結構、痛いですよー」
「痛い痛い! やめてやめて! ぷよんぷよんのくせに、地味に痛い!?」
「死んで、ロールバックして、オープニングから出直してこい」
「やめ……やめ……おま……マジでヤメロぉ!? ブチ転がすぞ!?」
「キングオブザコ対キングオブショボ」
「轢かれろ、アルベルトー!」
「やめろ! こっちくんな! トレインはノーマナー!」
「お、敵視が外れました。頑張ってください」
「いてぇ! 死ねくそ! ダガー!」
「道連れじゃー!」
 アルさん、ダガーさん、そしてカルボが、なんだかよくわからない乱戦になっている。ぷにょんぷにょんがくっついて、巨大な水滴のようになって、その中で……なんだその……二人、溺れているようにすら見える。というか、溺れさせあっているような感じで……仲むつまじい……のか?
「ま~、実際、私たちがこの世界で冒険する理由なんか、特に無いんですけどね~」
 エルさんがそれを見ながら、ほわんほわんと笑うように言っていた。もちろん、二人と、それをはやし立てている計三名は、聞いていない。
「勇者ちゃんは、賢者の石を探して旅立ったまま、消息の知れないお父さんを探すと言う目的がありますけれど~」
 え──? と、私は目を丸くした。
「エ、エルさん、どうしてそれを!?」
「私は、なんでも知ってますよ~」
 ほわんほわんと言うけれど、エルさんはやっぱり歴戦の冒険者なのか、なんでもお見通しなのだろうか。パーティを組んで、一緒に旅をしてほしいと頼んだ酒場で、何も聞かずに「いいですよ~」と返したのは、何もかも知っているからなのだろうか。
 困惑する私に、エルさんは相変わらずほわんほわんとしたまま、続けていた。
「まあ、正直、みんな、そんなことはどうでもいいんですよ~。みんな、根っからの冒険者ですからね~。冒険すべき世界があれば、冒険者は、冒険するのです」
 そして、笑った。
「そしてついでに、勇者ちゃんと一緒に、世界を救うのです」

 西の塔。
 この大地が生まれる、はるか前からそこに立っていたという太古の塔の最上階、導く者の間には、王家の道の封印を解く、『鍵石』の精製法が記されているという。
 私達は、父が進んだという王家の道を辿るべく、その『鍵石』の生成法を求め、太古の塔の最上階へと訪れていた。
「はい。質問」
 最上階の扉の前、アルさんが言った。
「未クリア勢のひと」
「いません」
 レイさんこと、レイシュさんが返す。
「ボス戦は、勇者ちゃんなしでは、未クリア勢はパーティ参加出来ませんので、物語性のためだけに、みんな、クリア済みです」
「物語的に、実はみんな初見じゃないと言うのもどうかと思いますが、まあ、初のフルパーティ、みんなでがんばりましょ~」
 と、続いたエルさんに、ダガーさんも頷く。
「まあ、俺らが頑張ったところで、初見一発で、へっぽこのアルがクリアできんのかって話だけどな」
 フフンと嗤うダガーさんに、
「とか言ってるダガーがクリアしたのも、一昨日で、三トライ目でしたがね」
 にやりと笑って言ったのは、大きな三角帽子を頭に載せた、いかにも『魔道士です!』と言う出で立ちの魔道士、ネリさんこと、ネリからしさんだ。ネリがファーストネームで、からしがファミリーネームなんだと、本人談。
「ニケも! ニケもクリアしたの、先週!」
 続いたのは、右手をぴっと挙げた、弓を手にした軽装の女の子。子と言っても、歳は私とそう変わらないらしい。小柄な、背丈が私の半分くらいしかない人族、レイさん曰く、「名前を呼んではいけないあの種族」のアーチャー、ニケちゃん。なんで名前を呼んではいけない種族なのかは、ちょっとよくわからない。ネリさんを「お兄ちゃん」と呼んでいるのに、ネリさんと種族が違うのもちょびっと謎だし、ネリさんがお兄さんなら、フルネームは、ニケ・からしになるはずだけど、本人曰く違うという話で、アルさん曰く、「そういうもん」らしい。
「私も、フルパーティと言うのは、初めてなんだが……」
 眉を寄せて唸るように言ったのは、白い鎧に身を包んだ、長髪の女性騎士、チロルさんだ。ハルバードにラージシールドという、まさに騎士っぽい出で立ちだけれど、正確には、聖騎士なんだそうだ。
「大丈夫ですよ、チロルさん! 私達が死ななければ、他のみんなはどうでもいいのです!」
 言い切ったレイさん、多分本気。
「互い、タンク、がんばりましょう!」
「あ、ああ……よろしく頼む」
「りらっくす~ですよ~、チロルさん」
 エルさんが続く。
「アルさん筆頭に、みんなはほっといてもいいんですよ~、死んだら、自己責任です~」
 割と、本気だと思う。
「みんな! ポーションの準備はいいか!」
「もちろんだとも!」
 アルさん、ダガーさんが力強い。が、心強くはない。
「ま、まあ、これもなにかの縁だ。頑張るよ」
 苦笑するようにして笑うチロルさんに、レイさん、エルさんが激励を送っていた。「パラディンは、自己回復型タンクですから、暗黒騎士の私とは、正反対の戦い方になります。初めは私が突っ込みますので、サポートをお願いします」「ここで連携の練習して、フルパーティのラスボス戦に挑めるよう、がんばりましょう~」
 その隣では、ニケちゃんがネリさんに「お兄ちゃん、ボス戦って、パーティの人数増えると、難易度あがるって本当?」と、「本当だぞ? なんだ、ニケはフルパーティじゃなかったのか?」「ニケは、勇者とペアでやった」「それとフルパーティでは、難易度違いすぎるなあ」と、和気あいあいと話している。
「さて、各々、準備はいいか?」
 腕組みをしたアルさんが、皆を見回す。
「棺桶の準備は万端だ」
 腕まくりで、ダガーさんが返す。
「んじゃま──いくか!」
 最上階、導く者の間への扉を開け、私達は進む。

 導く者の間には、天井がなかった。
 巨大な円形のその場所は、塔の屋上と呼んでも差し支えないような場所で、外周には欄干すら無く、ただ、無数のオベリスクが、整然と立ち並んでいるだけの場所であった。
 硬質な輝きを薄く放つ、鉱物のようなそれの高さは、大きいもので、二階建ての建物くらいはあるだろうか。表面には、太古の昔に栄えたという魔法帝国時代の文字、古代魔法語が、びっしりと刻み込まれている。
「これは……」
 辺りを見回し、アルさんが呟く。
「明らかに、吹き飛ばし系の転落死があるな……」
「いやなゲーマー脳ですよ~」
 誰かが、ちっと舌を打つ。具体的には、レイさんとダガーさんとネリさん。その舌打ちはなんだ?
「ここに巨鳥が住み着いてるから、注意しろって話だったな」
 最奥に見える、ひときわ大きなオベリスクに向かって歩き出しながら、アルさん。
「らしいですね」
 その後ろに続く私。なぜか、他のみんなは動かずに、「どーぞどーぞ」とジェスチャーをしている。こういう時は大抵、なんかあるんだ。私、これまでみんなと冒険してきて、学んだんだ。なお、アルさんは学ばないらしい。
 最奥のオベリスクを隠すようにして立っていた、少し小さな三本のオベリスクを迂回し、アルさんと私は、祭壇の手前に歩み出た。
 そして──息を飲んだ。
 最も大きなオベリスクの下、碑文が書き込まれた祭壇がある。そしてその上に、おびただしい量の血を流して崩れ落ちている、巨大な鳥の姿があった。
「なん……」
 変な声が漏れた。隣、アルさんが、しゃらんと、細く長い剣を抜いていた。
「もしもーし」
 と、その祭壇の前にいた、背の低い、ずんぐりとした人のようなものに向かって言う。
「ちょっと多分、その碑石に用があるんだけど、なんか、大変なことになってねーか?」
 声に、それがゆっくりと振り向く。
 青黒い、彫りの深い顔。やけに大きく、焦点が合っていないようにせわしなく動くまあるい目。口を大きなマスクで塞いでいるせいもあって、ひどくそれは不格好に、不気味に見えた。
 口を覆うマスクの両脇、頬のあたりには、コブのような袋がぶら下がっていて、その中に何かが入っているのか、ぐらぐらと、男の動きに合わせて不規則に揺れている。
 男──だと思う──は、私達を見て、
「フローラの子どもらか」
 言った。
「残念な事に、ここに書かれているのは、ポータルストーンの精製方法のようだ。しかも、大した精度でもない、クズ石しか作れんような」
「ポータ