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2023.10.28

勇者ちゃん あとがき

Written by
しゃちょ
Category
読み物
Tags

※このあとがきは、勇者ちゃんの最終回を書き上げ後に書いたもので、未公開のままにしていたものを、あえて半年経ったあとに掲載したものです。

 あのですねー、Twitterをですね、やっているんですね。2015年の2月からだったかな? なので、Twitterの方が、このあとがきよりも先にいろいろ呟いちゃっているんですけど、あれは流れてしまうので、あとがきにもちゃんと書いておくんですけどね。

続きを読む <勇者ちゃん あとがき>

 セントラルキャビティの最奥。
 魔力の塔の中心を一番下まで降りたところには、淡く光る不思議な文様が描かれている。
 生きている魔力の塔の蒼い光の中で、私はうっすらと目を開けた。
 ええっと──どういう状況だったっけな?
 覚醒はしたものの、一旦目を閉じ、状況を整理する。
 あの後、「で、このお父様を我々はどうしたらよいのだ?」などと言うアルさんに、「しりませんがな」と異口同音に返したレイさん、ネリさん。「とりあえず、パーティには入れないでしょうね」「NPCとして作られていませんから、そもそもステータスがありません」「これはお帰りいただくしか~」と、最終的にはエルさんの提案によって私の鍵石を渡し、父にはルーフローラへと戻ってもらったと記憶している。「親子の再会なのに、なんもナシでいいのか?」「いや、お互い、何を話したらいいのかわかんないし……」「いろんな意味で深い台詞だな」「主に貴方の所為ですが?」
 そして気を取り直し、私達はセントラルキャビティを下へ下へと降りていったのだが──その後、最奥にたどり着いた辺りで、何故か私は強い眠気に襲われてしまったのだった。
 そして──記憶がない。
「おや、アルさん、早いですね」
 と、レイさんの声が聞こえてきた。

続きを読む <勇者ちゃん、勇者になる!>

「総員、待避ー!」
 最前線で鉱石魔神の猛攻を押さえていたレイさんが、振り向きざまに叫ぶ。
「もー! 無理ー!」
 きびすを返し、走り出すニケちゃん。
「おやおや、まあまあ」
 と、エルさんはステップを踏みつつ後退。それに続くダガーさん、ネリさんは「こりゃやべぇ」「戦略的転進ですね」と、すたこらさっさ。
「殿、務めます! レイさん先に!」
 戦旗槍を大きく振り抜き、聖騎士チロルさんが殿に立って叫ぶ。と、
「くっ! チロルさんが殿だと、あとは任せた! と言って逃げ出しにくい!」
「私ならいいというのですかー!」
 はいはい、いつものいつもの。
「だがしかし!」
 我が相棒、アルさんこと、アルベルト・ミラルスは言った。
「総員、待避ー!」
 無数の、数百という単位に違いないという鉱石魔神の大群に背を向け、私たちはあの要塞遺跡、バリトゥーヤの円形広場から、脱兎のごとく逃げだしたのであった。

続きを読む <勇者ちゃんと、伝説の勇者たち>

 分厚い鉄の扉が、鈍い音と共に開かれる。
 その音に、私は深い眠りの底から世界に引き戻され、覚醒した。
 扉の向こう、暗い通路の向こうから差し込んでくる光が私の頬に熱を与え、意識をはっきりとさせていく。
 ここは──
 目を細め、私はその向こうを見た。
 影が言う。帽子のつばに手をかけて。
「どうも」
 そこにいたのは大魔道士──補佐見習い候補──のネリさんだった。ネリさんは帽子に手をかけたまま私に向かって、
「お久しぶりです」
 なんて言って、声をかけた。
「……どういうこと?」
 聞きつつ、私はゆっくりと立ち上がった。そのついでに状況を確認しようと周りを見回すと、ここはどうやら牢獄のようだった。簡素なベッドと机と椅子が一組。部屋の隅に壺。マジか。
「状況がわからない」
 言いつつ、扉の方へと進んでいく。
「でしょうね」
 などと言いつつ、ネリさんは道を空けた。扉の向こうは石造りの薄暗い一本道で、ここはどこかの地下だろうか。その狭く暗い通路を照らすのは、ネリさんについて来ていた二人の兵士らしき人が手にしていた大きなランタンと、通路に等間隔に置かれた蝋燭の灯りだけだった。
「どうぞ」
 と、ネリさんに剣を差し出されて気づく。腰に剣がない。どころか、服が、質素な貫頭衣を腰紐で結んだだけの、大分みすぼらしい格好じゃないか。一体何があったのだ?
 ハテナハテナで、とりあえず剣を受け取り右手に持つ。
 そして、私は聞いた。
「さっぱり訳がわからないのだけど?」
「おっと、左手は使わないでください、まあ、多分使えませんけど」
「どういうこと?」
 首を傾げつつ、手のひらを上に向けた左手に意識を集中すると、ぱちぱちと赤い光が少し弾けて──けれど、そこに私の石は姿を現さなかった。
「あれ?」
「それも含め、ご説明いたしますので、どうぞ」
 そう言って、ネリさんは私を促した。
 ああ……なんとなく、想像がついた。
「なんかしたね? この世界の神様たちが。私に」
「そういう言い方をしないでください。マジで」

続きを読む <勇者ちゃんと、MMO RPG>

 それは、後から聞いた話だ。
 突然目の前に現れたパーティリーダーのクエスト受注選択画面に、バンガローのリビングにいたみんなが驚きに目を丸くしていた中で、エルさんただ一人だけが、「だから言ったじゃないですか~」なんて笑っていたと。
 配信を見ていたアカーシャさんからのメッセに、何事か解らずリビングに慌てて戻ってきたチロルさんに、「ああ、チロルさん。お邪魔してます」などといつものように笑って、そして戻った私とアルさんに、
「男を見せましたね~」
 なんて言って笑って、
「何その、高校生の告白イベントみたいな感想」
 などと、ニケちゃんにイジられたりとかなんとか。

続きを読む <勇者ちゃんの、賢者の石>

 その何かは私たちに気づくと、ゆっくりと振り向き、眼球のない眼窩を私たちに向けた。
 冥府、135階。
 その階層に唯一存在する神殿の最奥に──それはいた。
 冥府の女王。
 アーオイルが錬金術から生み出した、古き神のなれの果て。
 かろうじて人の身体を保っているそれが動くと、ぼろぼろと蛆の湧いた肉が辺りに落ち、腐臭がぞわぞわと足下を流れてきた。
「ひでぇモンだな……」
 剣を構えた私の隣、アルさんが呟く。
「出来損ないの賢者の石に死すらも奪われ、神にもなれず、ただただ冥府に蠢くもの……」
「引導を渡してやるのが、せめてもの情け」
 答え、レイさんは構える。
 そして──
 眼前、私たちに振り向いたそれが、冥府を震わす悲鳴のような咆哮をあげた。声に、頭がぼこぼこと内側から沸騰するように弾け、雷を纏った黒いヒトガタの何かがもぞりと姿を現す。続いて弾けた胸から、腹から、足の間から両手、両足と──計八体のおぞましいヒトガタが次々と姿を現し──顔に当たる部分の半分以上を占める口のような穴の奥から、怨嗟の声を轟かせた。
「いくぞ!」
 剣を振るい、アルさんは叫んだ。

続きを読む <勇者ちゃんの、勇者の資質(後編)>

 下の世界、カラニアウラの昼は薄暗く、空は常に厚い雲に覆われていた。
 荒涼とした大地に転々と存在するオルムの遺跡には、寄り添うようにオルムの子孫たちがほそぼそと暮らしていたが、その数はごくわずかで、古きオルムの作り出した鉱石魔神の方が多いくらいであった。
 静かに滅び行く世界、アウラ。
 私たちはオルムの古き言葉に従い、その世界の遺跡を辿りながら、アーオイルの聖地、ルルスを目指していた。
 空を飛べば──というのは最もな話なのだが、アウラの空は聖地ルルスを中心に、巨人との戦いの際に構築された魔力の壁によって覆われていて、その空を自由に飛ぶ事はかなわなかった。
 アーオイルが賢者の石の欠片を再び賢者の石に結合し、輝かせるためには、この澱んだマナの停滞する大地ではそれなりの時間が必要だろうというのが、ナルフローレの見解だった。どれほどの期間が必要となるかはわからないとの事であったが、私たちとナルフローレの聖騎士達は、いくつかのグループに分かれ、いくつかのルートで聖地ルルスを目指していた。
「代わり映えのしない世界だな」
 台地の上から、アルさんは広大な荒れ果てた世界を見下ろし、呟く。
「静かに滅び行く世界……だって」
 私は隣に立ち、それに返した。
「なんでこんな風になっちゃったんだろうね……」
「オルム曰く」
 アルさんが返していた。
「世界の公理、摂理、その創世に手を伸ばしたが故に、世界によって滅ぼされようとしているとかなんとか」
「人が神になろうとしたが故に?」
「さてね? 俺は別に神の力には興味がないんで、さっぱりわからん」
「私も、別にないけども」
 ひとつ息をついて、私もまた荒涼とした大地を見下ろしながら呟いた。
「アーオイルはなんでまた、そんなものに手を伸ばそうとしたんだろうね」
「ん?」
 アルさんは私の横顔を見、喉を鳴らすようにしてから聞いた。
「それは勇者ちゃん、俺に意見を求めているのか?」
「別に求めてはいないけども。考えがあるなら、聞くよ」
「別にない」
「でしょうね」
 静かに滅び行く世界、アウラを向こうに見つめながら──アルさんは言っていた。
「何かの理由があったんだろうと思いたいのか? まぁ、この旅路でそれを知ることも出来るとは思うが……」
「で、知った上でさ。それがもしも……もしもだよ? 共感できるような内容だったとしたら、アルさんはどうする?」
「世界を滅ぼすこともやむなしとするかって?」
「いや……まぁ……そうなるのかも知れないけれど……」
「それは……その時にならなきゃわからんな」
「ずるいな」
「おう」
 そして、アルさんはいつものように笑っていた。
「そもそも俺は勇者じゃねぇし、救世の英雄でもないしな」
「押しつけようとしてる?」
「昔、世界を救ったとある魔導士が言っていたんだがね……」
「なにをさ?」
「世界を救うってのは、滅亡の矢面に立つって事だ」
「どういうこと?」
「つまり滅亡の矢面に立つって事は、見たくもねぇモンも見なきゃならねーし、知りたくもねーようなことも聞かされちまうし、いいことなんか、なーんもねぇって事だよ」
 アルさんは滅び行く世界のはるか向こうを見つめながら、
「それでも世界を救うなら、それなりの理由を、自分自身で見つけるしかねぇんだ」
 そう言って笑い、歩き出した。
 理由──ねぇ……
 その背中へ、
「ああ……女の子を助けるためとか?」
 と、言うと、
「それ以上の理由はいらねぇな」
 歩きながら振り向きもせず、アルさんは左手をひらひらと振っていた。
「……そんなことだろうと思ったよ」
 仕方なくて、私も一つ息をついて、その背中に続いた。

続きを読む <勇者ちゃんの、勇者の資質(前編)>

「ユリアー!」
「わ! どうしました!?」
 そんなこんなで、私とアルさんは北限の村のさらに向こう、北の最果て、オルムがすべての叡智を残した遺跡の最奥、シーカー達の研究室のドアをばーんと開けて飛び込んだ。
「単刀直入に」
 研究室の中にいたハーフエルフの研究者、ユリアさんに向かい、アルさんはぶっちゃける。
「賢者の雫を持ち出したいとしたら、それは可能か」
「理由とかさ、こう、説明とかさ……」
 呟くけれど、まぁ、そんなものはね、なくてもね、お互い、関係なかったりする。質問、そして回答。
「無理です」
 単刀直入だなぁ……
「やっぱり、無理かな?」
 一応、続けて聞いてみた。
 こくり、ひとつユリアさんは頷いて、
「はい。無理ですね。雫は、ここにあるミニ魔力の塔の力で雫の状態を保っています。マナの供給が切れてしまえば、雫は消えてしまいます」
「なるほど、やはりそうなるか」
 予想通りの答えだったようで、アルさんは顎に手を当て、「ふーむ」と唸った。
「というよりですね、突然何事ですか? 賢者の雫を持ち出したいのですか?」
 ユリアさんは古文書の解読をしていたのだろうか。机の上の古びた本をパタンと閉じて、部屋の隅に置かれた木箱の方へとそれを戻しに向かった。「この木箱は分類が終わったので、誰か所定のエリアに持っていってもらえますか?」「僕がやりましょう」ホムンクルスさん……なじんでるなぁ。
 その背中へ、
「おう、仮にあれが持ち出せるなら、試したい事があるんだ」
 と、アルさん。ユリアさんははっと振り向いて、
「まさか──オルムに会って、賢者の石を錬成する術を見つけたとか!?」
「まさかの!」
 勢い、返すが、
「そういう訳ではない」
 この人に任せると話が進まないので、私は一歩歩み出て、言った。「あ、通ります。ちょっとすみません」ホムンクルスさん……緊張感……「ええっと」
「なくもないけど……」
 私は言った。
「オルムの聖地に行ってね、そこでオルムの古き巫女に会ったんだけど、その巫女達が賢者の石を創るなら、哲学者の卵を持って来いと言っていて──」
「哲学者の卵?」
 ユリアさんはこちらに近づきながら続けた。
「混沌すらも飲み込む、賢者の石を錬成するための器の事ですか? なるほど……確かにそれがあれば、雫を閉じ込めて持ち出す事も可能でしょうが……」
「あー、やっぱりネリの言ってたように、その手段で移動するんだ」
 アルさんはわかった風に呟いている。
「で、ナンムの島で賢者の石を錬成しようとか、そういう話の流れなんだろうな……」
「ああ、あそこ、マナがすごく濃そうだったしね。たまご石があれば、あそこのマナを取り込んで……とか、できそう」
「できるんですか!?」
 興奮気味にユリアさん。
「うむ」
 アルさん。
「いやしかし、諸事情により、哲学者の卵は手に入らない事が確定しているのだ」
 水を差す。
「しかもこれは世界の摂理とか、そういう類いのものなので、我々にはどうしようもない。で、そこで哲学者の卵なしに雫を移動する術はないかと、そういう事を聞いているのだ、ユリア」
「私が言うのもなんだけど、すごい無茶な事聞いているよね」
「しょーがねーだろー」
「いや、アルさんが何を言っているのか、私にはさっぱりなんですが」
 と、前置きをして、ユリアさんは聞いた。
「ともかく、雫を持ち出して、その、オルムの聖地的な場所? に移動したいんですか? 賢者の石を錬成できるかもしれないから?」
「ちょっと違う」
 ふんと鼻を鳴らし、アルさんは言った。
「その島に雫を持って行ったとして、おそらくはイベントフラグが立っていないので何も起こらないだろう。我々に残された最後の手段は、世界の摂理を超え、世界がそうせざるを得なくなるほどの公理にまで、一気に手を伸ばす事、ただそれだけなのだ」
「なんか、壮大な事をいってる風だけど、適当言ってるだけだよね」
「しょーがねーだろー」
 ひどい話だよ……「あ、すみません、後ろ通りますね」ホムンクルスさん、戻ってきた。「あ、ホムさん、こっちの木箱もお願いします」「了解しました」「おい、ユリア、話聞けよ」

続きを読む <勇者ちゃんの、運命の向こう(後編)>

「すげぇ!」
 アルさんが飛竜の背の上で声を上げた。
 見渡す限り、視界のすべては海、海、海。その眼下、ぽっかりと海に大穴が空いていて、そこに滝のように海水が流れ込んでいる。
 果ての海のその向こう。
 世界のへそと船乗りたちの伝説に呼ばれているその場所は、飛竜に乗って二日と少し、大空を飛んだ先にあった。
「……なんなのあれ」
 飛竜の背。タンデムの後ろから私は前のアルさんに向かってつぶやいた。いや……なんだあれ……話には聞いていたけれど、本当に海にぽっかり穴が空いていて、海水がどばどばと流れ込んでいるじゃないか。ものすごい水量に、どどどどと、空気をうならせる音が聞こえているわけだが……あんなに大量の水が流れ落ちているのに、海は干上がってしまわないものなのか……?
「あれがその、世界のへそ?」
「間違いなかろう」
 飛竜を旋回させながらのアルさんに、
「ちなみに中心に近づいてもいいですが、飛竜はオートで逃げてしまいますので、中には入れませんよ」
 魔法の絨毯の上から、レイさんが声をかけていた。
「絨毯は無生物ですが、絨毯だといけるんですか~」
 レイさんの操る絨毯の上、エルさんの質問にレイさんは「いやあ」と返す。
「残念ながら、絨毯では瀑布の風圧にまかれて弾き飛ばされるので……死にます。やってみます?」
「まぁ、吹っ飛ばされても鍵石で飛べばいいんですけど~、せっかくここまで飛んできたのに、情緒がなくなっちゃいますねぇ」
「お、ついたのか?」
 絨毯の上、ダガーさんが目を覚ましていた。
「ネリ、さっきメッセしたら電車だって言ってたけど、帰ってきてんのか?」
 言葉の先、絨毯の上であぐらをかいているネリさんは寝ている風だが……電車ってなんだ?
「お兄ちゃん、シャワー浴びてくるから、もうちょっと待ってろって」
 ぱちっと目を開け、ニケちゃんが起き抜けに言った。
「ニケ、チロルさんにメッセしとくねー。さっき帰ってきて、ご飯食べるって言ってたから」
 いや、チロルさんも隣で寝ているようなのだが……
「いやしかし、初期の徒歩移動の時もそうですが、この、ゲーム内時間で二日クラスの移動をさせるというクソ仕様は、アップデートと共に改善して欲しかったんですがねぇ……どうして残っているんでしょう」
「広大な世界を旅するという、情緒を味わってもらうためです」
 突然、目覚めたネリさんが言った。
「というのは建前で、勇者ちゃんと二人きりで長時間移動をしてもらうと、必然的に会話が発生しますので、AI的にはここでデータセットの整理やらなんやらを……まぁ、いろいろしているわけです」
「お兄ちゃん、いいから服着て」
「あれ? 二人とも、モニターログインですか?」
「ついたら切り替えます」
「ああ、私ももうちょっとしたら入るよ、今、スマホから声だけ」
 起きたっぽいチロルさんが、表情少なめに言っていた。
「へそなら、現地に着くのに、リアルであと二、三十分はかかるよね?」
「いや、アルだからな。あと一時間はかかるかもしれねぇぞ?」
「あそこ、突入したいんだけど、やってみていい?」
「やめろ」
「ですから、飛竜は近づくと逃げちゃうんで……」
「ダイブしたらどうなんの?」
「もちろん、死にますよ~」
「よーし……」
「私、止めないからね」
「いや、止めて! 止めてよ、勇者ちゃん! この人死んだらロールバックで、リアル二時間は無駄になってしまいますから!?」
「そしたらニケ、別ゲーやって寝る」
「私は別に、暇なのでいいですけど~」
「え? じゃあ、私もお風呂入ってきていいかな?」
「私、湯冷めして、風邪をひいてしまいますよ?」
「服を着ろ」
 なんだかよくわからない会話を繰り広げつつ、私たち一行はオルムの遺跡でユリアさんに依頼された調査のため、北の最果てから南の最果てへ──世界のへそと呼ばれる海の大穴の先にあるという、オルム人の末裔が暮らす七つの島を目指していたのであった。

続きを読む <勇者ちゃんの、運命の向こう(前編)>

 海から吹き付ける、氷を含んだ冷たい風。
 厚い雲に覆われた、北の大地のその向こう。
 灰色の空が覆う冷え切った草原の中に、その巨石群遺跡はあった。
「ストーンヘンジより、圧倒的に大スケールだな!」
 巨石の一つに上ったアルさんが、草原にいくつもいくつも点在する環状列石を見下ろしながら、うれしそうに声を上げていた。
「これがあれか、魔力の塔の原型っていう、それなのか!?」
 届く声に、巨石の下から私は、
「らしいけど……なんかそれっぽいもの、あった!?」
 風に負けないよう、声を張り上げ、聞く。
「ない!」
「ねぇのかよ!」
 海から吹き付ける風に、パサパサばさばさになった髪を押さえつけ、私はちょっとげんなりと言い放った。北限の村からここまで歩いて丸一日。やっとの事でたどり着いたというのに、何もねぇとは。
「とりあえず、門石のおける所をさっさと探すかね」
 と、アルさんはひょいと飛び降りてくる。
「えーと……取りあえず、中心っぽい所かな?」
「その辺にぽいってやって、発動しないの?」
 半眼で聞くが、まぁ、答えはわかっているよ。
「すりゃあ楽なんだがなぁ……まあ、建前的には遺跡はマナが安定してないから、おける場所が限られるんだとか、そう言うことらしいが……」
 はいはい。解っていますよ。所定の場所でないと発動しないんですよね。はいはい。と、遺跡の中心方向へ向かって歩き出すアルさんに続く私。
「ってか、置ける場所を探すのも一苦労だし……しかも毎回毎回、鉱石魔神が出てくるじゃん?」
 肩をすくめつつ、意見。
 アルさんは振り向きもせずに返す。
「まあ、そりゃあ、実際にはそういうイベント的なモンなんだから、仕方ねぇだろ」
「うーん……」
 何が仕方ないのか、全く納得できない。が、まぁ、仕方ないと言われるならば、仕方あるまい。納得はできないが。
「お、割と近くにあった。ラッキー」
 と、アルさんは割と大きめの環状列石のひとつに駆け寄っていく。私には他の列石群との違いが全く判らないが、アルさんには判るらしい。曰く、違いのわかる男。ってか、「いや、カーソルあんじゃん」との事らしいのだが、私には何も見えませんが何か?
「はい、構えてー」
 片手で持つのには少々大きい感じの門石を手に、アルさん。
 私はすらりと剣を抜く。
「何がでるか、賭けでもしようか?」
「鉱石魔神」
「いや、もうちょっと絞ろうよ。四足? 二足?」
「流石にまた多足はねぇだろう。二足」
「じゃあ私、四足」
「何賭ける?」
「こう、北の地方回るなら、私、もうちょっといい防寒具が欲しいんだよね」
「んじゃ、俺も防寒用のマントが欲しい」
「んじゃそれで」
「置くぜー」
 話がまとまったところで、アルさんは門石を遺跡の祭壇にことんと置いた。
 石は、わずかに強く輝いたかと思うと、その光を纏うように静かに落ち着き始め──ごばーん! と、背後で巨石が砕け散る音がした。
 剣を手に、振り向く。
 果たしてそこにいたのは──芋虫のような体に鳥のような羽の生えた、見たこともない何かであった。
「おい! 足がねーぞ!?」
「いや、芋虫なら多足! 私のが近いから、私の勝ち!」
「ずるくねえ!?」
 私たちは今、世界中の遺跡を巡り、先史時代のアルケミストの痕跡と──賢者の石を探していた。

続きを読む <勇者ちゃんの、世界の記録>

 燃えさかる炎を沈めるために、ネリさんとむぎちゃんが魔法を詠唱し、局地的な雨を降らせていた。
 音もなく降り続ける、霧雨のような雨。
 足元に立ち込める薄靄を割って、私たちは倒れたアーオイルの元へと近づいていった。
「戻ってる……」
 光となって消えたベヒーモスから離れたその体は、雨に濡れて身動き一つしていない。しかし、生きてはいるように見えた。
 剣を収めつつ、アルさんはアーオイルの顔を覗き込み、
「息があるな……捕まえられんのか?」
 呟く。
「ほほう」
 やってきたレイさんと師匠さんが、その言葉を耳にして、「これはこれは」と唸っていた。
「いやはや、これはまた、全く聞いたこともない展開ですね」
「とはいえ、このままだとアーオイルは死んでしまうな。ええっと……マスクはどこにあるんだろう」
 きょろきょろとする師匠さんに、「あったぜー」と、アーオイルの口から剥がれたマスクを手に、ヴィエットさんが駆け寄ってきていた。
「ナイスだ、ヴィエット」
「聞いたことない展開だしな! どうせなら、結末が見てみてぇ」
 言いつつ、ヴィエットさんはアーオイルの口にマスクをあてがい、ローグ固有スキルなのではないかともっぱらの噂である、ファスト簀巻きでぐるぐるとアーオイルの体を縛り上げていた。
「あれがないと死ぬのか?」
 マスクを指さしつつ、アルさんは聞く。
 師匠さんは、「そうだな……」と呟いてから続けていた。
「これは、アルくんはまだ知らない話だろうが……私の所属する組織では、アーオイルたちはルーフローラの空気の中では、十分と生きられないだろうという見解が常識になっている」
「こいつらは──」
 ヴィエットさんが言葉を繋いでいた。
「自らの肉体すらも、錬金術で組み替えて生きながらえているんだ。それ故、こいつらの住む世界に比べて圧倒的にマナの薄いルーフローラじゃ、長くは生きられないらしい」
「それを補うための、マスクだったんですね……」
 「なるほど」と、頷くレイさん。「ああ、そうだ」とは師匠さんで、「しかし何故、アーオイルはそこまでして──」「ああ、それはな、レイシュ……」「いや、師匠。その話はアルくん達にはまだ早い。いずれ、その時がくれば……」「ああ……そうだったな」「何か知っているのですか、師匠! ヴィエット!」「いや、レイシュ。それはアルくんたちが、自らの力でたどり着いて見つけてこその──」「つーか、お前らクリア済みだろ?」「それを言っちゃぁー」「おしまいですぜー」「だんなー」

続きを読む <勇者ちゃんと、偽りの女王(後編)>

 草木の生えない山の上に、その遺跡はあった。
 アルさん曰く、森林限界と呼ばれるその先にあった遺跡は、小さな魔力の塔を護るように造られた、かなり古い時代の城塞遺跡であった。
「鉱石魔神がわいてるっていうから、賢者の石関係の何かがあるかもと来てみたが……」
 ミスリルの細剣を鞘に収めつつ、旅の道連れ、剣士アルさんこと、アルベルト・ミラルスは呟く。
「なんだこりゃ……」
 遺跡の中心、城塞遺跡の回廊が囲む中庭。そこで巨大な人型牛頭の鉱石魔神──アルさん曰く、ミノさんという怪物らしい──との戦いを終えた私たちは、その中庭に円形に配置されていた謎の石群を前に、ふーむと首をかしげていた。
「なんかの意味はあるんだろうね」
 言いつつ、鉱石魔神の落とした宝石を腰に下げたバッグに押し込む私。ちなみにこのおニューなバッグは、アルさんからレンタルしていた両肩がけのバッグをニケちゃんが改造したものだ。アルさんに自慢して見せたところ、「ふーん」という薄い反応だったので、おそらく本人はこれを「レンタルだ」と言っていた事も忘れているのに違いない。ちなみにベルトポーチもちょっと改造されていたりします。
「なんだろうねー」
 と、その犯人、ニケちゃんが「うふふー」と楽しそうに笑っている。
「この不思議配置、何か意味があるんだろうねー」
「ニケちゃんは、隠し事のできないタイプですね~」
 ほわんほわんと続くのはエルさんだ。ふむ……やはり何かあるな、これは……などと考えていた所に、盾をしまいつつのチロルさんが続いていた。
「まぁ、とりあえずは調査をしたら、公都に戻って報告かな? とはいえ、アルさんはもうレベルキャップにかかっているから、戻っても経験値的にはおいしくないか……」
「まぁなぁ……」
 石群を調べつつ、アルさん。
「そういや、50でEXPバー止まったままなんだけど、これ、その後の経験値って、もしかして無駄になっちゃう?」
「いいえ~、積算はされていますので、キャップが外れた時に、どーんと上がるので大丈夫ですよ~」
 ふーむ。何の話だからよくわからんが、まぁ、
「で、なんなのこれ?」
 石群を調べているアルさんに聞くと、
「しらん」
 と、即答されたので、
「じゃ、帰ろ」
 くるりと振り向き、即答する。
「えー、勇者ちゃん、せっかくここまで来たのにそれじゃあ、骨折り損のくたびれもうダメだよー」
「間違ってますが、間違っていないように聞こえる不思議なことわざですね~」
 ほわんほわん言いつつ、私の行く手を遮るエルさんと、直接的に私の腕をがっしと掴むニケちゃん。離れた所で、チロルさんは苦笑している。うむ、知ってるぞ。これは確実に何かあるパターンだ。
「あ、これ、門石なんだな」
 アルさんが声を上げていた。
「ああ、そうなんだ。それで、そこをもうちょっと調べると──」
 アルさんの声に振り向いたチロルさんの、その言葉が終わるよりも早く、
「あ、これ。ヘプタグラムなんだな。え? じゃあ、7/2と、7/3で意味があんのか? あ、これが頂点扱いの石だな? おお、ここに石が置ける。さっき手に入れた石でいいんだろうな。お、なんか光線が出た。じゃあ、あえての7/2」
 呪文のような事をいいつつ、アルさんは石の上にこの遺跡で手に入れた鍵石っぽい不思議な石を置いていた。するとそれは不思議な赤い光線を放ち始めて──アルさんはその光線を、円周上に置かれていた石の、ひとつ飛ばした先の石に向けて──
 赤い線が、七つの石に反射し、不思議な形の星を描いた。
「嫌なゲーマー脳ですよ~」
「なんで、七芒星の描き方が二種類あるとか、アル兄、知ってんのー!」
「いやぁ……これ、本当は一回公都に戻って報告してから、いろいろあって、教えてもらう流れなんだけどなぁ」
「え? まずいの、これ」
「まずいんじゃないの?」
 描かれた星は、ぱあっと光を放って私たちを飲み込み──私たちを、いずこかへと誘った。
 はてさて、どうなることやら……

続きを読む <勇者ちゃんと、偽りの女王(前編)>

 それからまた、数日。
 配達のお仕事をやったり、研究室に顔を出したり、いつの間にか聖堂城の立ち番に顔を覚えられたりして、何日後かの、満月の夜。
 こっそり、私たちは研究室を抜け出した。
 研究室前の海は、満ち潮のせいもあって、強い風に白波をたてていた。
「一雨来そうだな」
 呟き、アルさんは空を仰ぐ。流れる厚い雲に、月は見えない。
「まあ、隠密活動にはもってこいか」
「風が強いから、多少の足音も聞こえなさそうね」
 ま、念のため足音には注意しつつ、聖堂城の螺旋階段を上って行く。揺れるランタンの落とす影は、私とアルさん、二人のものだけだ。他のみんなは、さすがにこんな真夜中にまで、付き合いはしないらしい。
 だいぶん登ったところで、向こうに小さな灯りが見えた。目を凝らすと、灯りは私たちを呼んでいるかのように、ゆらゆらと揺れていた。近づくと、トーカチを手にしたチビエルちゃんだった。
「二人だけ?」
 薄い寝間着姿のチビエルちゃんが、首を傾げつつ聞く。
「おう。ってか、このイベント、どうもパーティー組んでても、参加できない系の奴っぽいんだけどな」
 ハテナと首を傾げるチビエルちゃんだったが、
「ま、リヴァエルも、あんまりたくさんの人がいると疲れてしまうって言っていたし、ちょうどいいわ」
 言い、私たちを促す。
「ここから先、聖堂に入るのに、いったん西のテラスにでるから……今日は風が強いみたいだし、気をつけてね」
「テラスから身廊に入るのか? まんまだな」
 チビエルちゃんに続くアルさんの呟きを耳にしながら、私も階段を上がって西のテラスに出た。テラスに出ると、びょうと強い風が吹き付けてきて、髪や服の襟袖を、ばたばたと激しくはためかせてきた。凄い風。眼下に広がる広大な海は、闇に沈んで、時折立つ白波にうねっている。
「こっちよ」
 テラスに出てすぐ右手、聖堂の入り口だろう、不思議に白く輝く大きな扉があった。チビエルちゃんはそこに手をかざすと、何かを小さく口にして光を消し、ゆっくりとそれを引き開けた。
「やろう」
 アルさんが変わり、ドアを開ける。
 その向こうには、まっすぐに東へと伸びる身廊があって、最奥の後陣に当たる場所には、一体の竜の石像が安置されていた。

続きを読む <勇者ちゃんと、竜の赤い石(後編)>

 ぽくぽくと、夜明け前の丘を、馬で行く。
 西へと伸びる巡礼路は、この丘の向こう、ナール帝国、デヴァリ公国領、エル・トゥラ=ランサ自治区へと続いている。
 背中から差し込んでくる朝日が、下草もまばらな丘をゆっくりと照らし出していく。かすかに吹く丘の向こうからの風には、潮の香りが乗っていた。
 巡礼路の先、丘の上に人影が見える。
 鎧姿の男は、丘をぽっくぽっくと登る私たちを待っているのか、仁王立ちで構えていた。
 長い巡礼路。その終わりの丘。歓喜の丘にたどり着いた私たちに、
「馬はダメでしょう、馬は」
 鎧姿の暗黒騎士、レイさんこと、レイシュさんは言った。
「巡礼者らしく、歩いてくださいよ」
「いやだって、歩かなきゃダメだとは言われてねぇもん」
 馬上から返すのは、私の相棒というか、パートナーというか、なんだか最近はただの旅の道連れじゃないかなという気すらする、剣士アルさんこと、アルベルト・ミラルスだ。
「そもそも、俺は古の知識と教養の神の信徒ではないのに、なぜ、律儀に巡礼路を巡らなきゃならんのだ? とすら、思っている」
「まあ、エル・トゥラに入るには、巡礼者として入るのが一番手っ取り早いというか、そういうシナリオなので」
 と、レイさん。
「竜の牙、揃いました?」
「八個でいいんだっけ?」
 馬から下りながら、私は聞いた。手を伸ばした腰の先には、じゃらじゃらと揺れる手のひらほどの大きさの牙のようなものが八つ。巡礼路の町の教会で貰ってきた──とは言え、是非寄進をお願いしますと言われる──古の知識と教養の神の聖印、そのレプリカだ。
「ですね。それで問題ないはずです」
「足りなくて、取りに戻れっていわれても、嫌だけどね」
 苦笑しつつ、ぽんぽんと馬の背を叩く。と、我が愛馬はひゅんと光の玉の形に姿を変え、腰にぶら下げていたひょうたんの中へと戻った。
「この丘の向こうか」
 同じく馬から下りたアルさんが、少し早足気味になりつつ、丘の最後の少しを登って行く。
 やれやれと思いつつも、私たちもその後を追った。
 丘の向こう、広がる海。
 その湾の岸部近く。
 浮かぶ小島のすべてを覆うように作られた町、聖堂城を中心に据えた、古の知識と教養の神の聖地、エル・トゥラ=ランサが、朝日を照り返す遠浅の海に浮かんでいた。

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 さすがは聖騎士、チロルさん。
 突如森に現れたという、ノヅチとかいう、蛇だかミミズだかよくわからない──頭に口しかなくて、目も鼻もない──気持ちの悪い化け物を、ざくっとその槍で突いて、あっという間に倒してしまった。ぱちぱちぱち。私とアルさんは、自分たちの出番がなかった事に喜んで拍手。
「いや、まあ、確かにただのサブクエだけど、私が全部やってしまってよかったのか?」
 心配そうに言うチロルさんに、
「なにも問題はない」
 鼻を鳴らし、アルさんは返す。
「ちゃんと経験値もはいるし、クエスト報酬も貰えるしな」
 へっへっへ、路銀が尽きかけた私たちにとっては、どんな依頼でも、さくっと解決できればいいんでさぁ。へっへっへ……ってか、なぜに路銀が尽きかけているのかと言うと、どっかのアホが詐欺にあったからなのだが、彼の名誉のためにもこの話はしないでおこう。マジ、男って馬鹿だな。いや、主語が大きすぎたな。馬鹿だな、アルベルト・ミラルスは。
 ともあれ、小さな森に面した町の自警団からの依頼を終え、私たちは意気揚々と凱旋した。
 自警団の団長さんが、寝床とご飯を用意して待っていてくれるって言ってたし。

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「エルフは肉は食わねーかと思ったんだが」
 残りのミネストローネを、アルさんが突き出したお椀によそって、ダガーさん。
「鳥は食うのか」
「あ、これ、鳥はいってたのか?」
 受け取りつつ、アルさんは言う。
「俺のところにはいなかったぞ?」
「まあ……量の割には少な目にしたしたな。エルフが肉類ダメだと、残るかもしれねーと思ったし」
「始めからエルフにも給仕する気だったのか」
「誰だって、腹は減るだろ」
「いえ……このゲームのエルフ、ちょっと特殊ですし、どうなんでしょうねぇ」
 レイさんは小首を傾げ、隣に座っていた幼いエルフを見た。彼は小さい手でお椀を抱えて、ごくごくとミネストローネを飲んでいる。他にも、若い女性なんかもちらほら周りにはいて、ニケちゃんなんて、遠巻きに見ていた昨日の弓エルフにおにぎりをおすそ分けしようとして、断られていた。自由だな、あなた達は。
 ともあれ
「よし、食った!」
 と、アルさんは口を拭って、宣言した。
「さあ──話そうか!」

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 鍵石という不思議な石は、門石という石と共鳴し、ふれあう者たちをその石の元へと転移させる、不思議な力があるという。
 眉唾だなぁと思っていたけれど……
 果たして、その石の力によって私たちは、
「どこだここは?」
 という場所に飛ばされた。
 夕暮れの迫る山並みが、赤く燃えて眼下に見える。石造りの、部屋? いや、腰丈ほどの欄干が四方をぐるっと囲っているので、部屋と言うよりは、屋上のような雰囲気だけれど、屋根は──と見ると、どうやらドーム状に組まれた屋根がすぐ上に乗っているらしく、ここはどこか、高い建物の最上階のようであった。
「どこだここは?」
 再び、私の一応パートナー、剣士、アルさんこと、アルベルト・ミラルスが呟く。と、ごーんごーんと、うるさいくらいの鐘の音が辺りに響きわたった。
「ぐぉ!?」
 思わず漏らす。私じゃなくて、アルさんが。私、ギリセーフ。
 うるさいはずだ。私たちが転送された場所は、どうやら教会かなにかの、鐘楼の上階らしかった。
「おお! タイミングが悪かったですね!」
 鐘の音に打ち消されつつも、レイさんこと、暗黒騎士レイシュが、辺りを見回しながら言った。
「あそこから、下に降りられそうですね」
 部屋の隅に、跳ね上げ式の扉のようなものが見える。階下へ降りる梯子でもあるのだろうか。と思っている間に、アルさんはそこに近づき、かぱっと開けて首を突っ込んで、階下を覗き、
「きゃあああぁ!」
 と、絹を裂くような、女性の悲鳴。
 慌てて駆け寄り、不埒者をひっぺがしてぽいと投げ捨て、
「すみません! 悪気はなかったんです!」
 頭を出して言うと、そこに、修道服に身を包んだ、若い女性がいた。
「あ、あなた達は、いったい……どこから?」
「ええっと……」
 なんと説明したものかなと、思案していると、
「大丈夫ですよ~」
 と、いつものほわんほわんとした感じで、導師、エルさんが私の横から顔を出した。
「ほら見てください。私は、正義と秩序の神の、神官です~」
 た、確かに。確かに正義と秩序の神は、どこの国に行っても、大抵は信頼の置ける人物として認知される。さすが! 破壊の左手はともかく!
 とう、と、エルさんは階下に飛び降りた。私も続いて、ひょいと飛び降りる。その後にアルさん、レイさん、そして聖騎士、チロルさんと──そういえば──
「私も、正義と秩序の神の聖騎士だ。怪しいものではないよ」
 神の力で肉体を強化し、癒しの祈りで戦うチロルさんも、正義と秩序の神に仕えている聖騎士だった。
「なんでしたら、後光でもお見せしましょうか~?」
 と言いつつ、エルさん、白い、神々しい輝きを身体から放つ。
「うおっ、まぶしっ!」
「溶ける!」
 男ども。ほっとく。
 修道女はエルさんの後光に気圧されて、ははっと畏まって跪くと、
「こ、これは導師様! 失礼いたしました!」
 と、頭を垂れた。
「しかし、その……導師様。ここは女性修道院。その……殿方はちょっと……」
「あー」
 アルさん、レイさんを見て、チロルさんは苦笑する。
「そうか。ここは、勇者の性別で変わるんだったな」
「なんだ? めんどくせーやつか?」
「大丈夫ですよ~」
 そして、エルさんは言った。
「彼らは、私の下僕ですから~」
「下僕!?」
「いつの間に!」
「ほらほら、下僕~。人間の僕、卑しい哀れな犬っころ~。さんべん回って、ワンですよ~」
「ののれ……わん!」
 いやいや、やるかね……

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 森に面した、小さな村、パルベ。
 その小さな村の、小さな酒場に、私たちはいた。
「いやいや、だからちげーよ」
 ダガーさんが、私の手元を覗き込みながら言う。そうは言ってもだな……
「えっと……だから、北が上で……」
「上下じゃなくて、コンパスで見ろ。ちげーだろ」
 んんんー?
「日常生活で、コンパス使って地図を見ることなんて、まあ、まずないご時世ですしねぇ」
 がぶがぶ、エールを飲みながらのレイシュさん。その台詞の通り、私は今、地図とコンパスに向かって、うんうんと唸っている。
「地図の読めない女」
 ぼそっと言ったアルさんを、キッと睨んでやる。こいつ……
「アルさん読めるなら、アルさんがやってくれればいいじゃないですか」
 言ってみた。
「俺は地図くらい読めるが、そもそも、ここにあるから、見る必要もない」
 何故か頭の右上の空間を指差すアルさん。いやいやいや、何もねーわ、そこには。
「まあ、王家の道がある大森林は、ミニマップが出ないんで、地図がいるんですけどね」
「そもそも、その地図、どこまで精度高いの?」
 ぐびぐび、レイさんとアルさんは、会話をしながら、ぐびぐび。
「そこは不思議ファンタジーなので、大分、精度は高いようですよ? まあ、ぶっちゃけ、森の中を突っ切る最短ルートでなくても、北に行って海に出たら、西に向かうのでもたどり着けるんですけどね。西の塔は」
「それだと、発掘隊のなんちゃらクエができないんだろ?」
「報酬、HQのスチール武器ですよ? 普通にやってれば、まあ、いいものですけど、すでに12Kミスリルじゃないですか」
「俺の武器! 俺、まだ、ノーマルスチール!」
「知りませんね、ネリさんに言ってください」
「ネリ!」
 と、アルさんはテーブルのネリさんに突然振り向き、声を上げた。が、しばらくネリさんは反応せず──
「はっ!? あ、すみません。ルーターが一瞬死にました。サブに切り替わったようです。で、なんか言いましたか? 貧乏人」
「聞こえてんじゃねーか!」
「ほらほら、だからあれですよ。ロングソードにランタンシールド装備で、懐かしのナイトをやりましょうよ、ナイト。私が試練の塔で手に入れた装備一式を、差し上げますよ?」
「ナイト、タンクだろ?」
「いいじゃないですか、タンク」
「タンク、フルパーティで二人もいれば良くね? レイシュと、チロルさん」
「ナチュラルにチロルさんを頭数に入れましたね……」
「フレンド登録もしたしな!」
「哀れ、チロルさん……」
 ぽそり、つぶやいた私を、
「いいからオメーは、地図に線を引け!」
 ダガーさんが、ぺちっと叩いた。
 もー、地図なんて読めないよー。

続きを読む <勇者ちゃん、森を征く!>

「なるほど、やはりそうか」
 と、テネロパ鉱夫ギルドの長であり、この街の実質トップでもある壮年の男性は、唸るようにして呟いた。
「この信書の中身については、何か聞いているのか?」
 テネロパの中央区、鉱夫ギルド長の執務室にて、ギルド長にそう問われた私とアルさんは、はて? と、顔を見合わせる。
「特に何も」
 さらりと返すアルさん。
「……ふむ」
 と、唸ったギルド長に、
「おう、次のクエストが出た」
 毎度の、アルさんのよくわからないつぶやきが続く。
 はてさて、なにやら、面倒くさい話になりそうな気がしてきたぞ……

続きを読む <勇者ちゃん、ダンジョンに挑む!>

「ま、まあ、あれです。どうぞ」
 と、私は皆を促す。
 夕暮れ、城壁から少し離れた、街道はずれの森の入り口。小さな湖の畔に、バンガロー風の家。私の生家だ。もう戻ることはないだろうと思っていたけれど、まさか、そう思って出かけたその日の内に、帰ってくる事になろうとは。
「おじゃまします~」
 と、私の後ろに続くのは、曰く、ヒーラーロールの導師、エルさん。
「あ、室内は一緒になんですね~」
 ……はて? 何と比較してなんだろうか。まあ、いい。
 私はバルコニーから、庭の方を見て、
「どうぞ? 遠慮はしなくていいですよ?」
 と、声をかけたが、そこにいた男三人、
「まったく、遠慮する気などないが」
 腰に細剣を吊した剣士、アルさんこと、アルベルトさん。
「我々のことは、お構いなく」
 漆黒のフルプレートに身を包んだ、暗黒騎士、レイさんこと、レイシュさん。
「こんなもんでいいか?」
 両腰に短剣を何本もぶら下げている、ローグ、ダガーさん。
 何やら、庭の地面をならして、いそいそとキャンプの準備を始めている。
「あの……みんな寝るスペースくらい、ありますけど……」
「いいんですよ~、ほっといて~」
 エルさんは、相変わらずのほわんほわんな感じで、言った。
「アレらは、好きでキャンプするんですから~」
「ほぅら! 見てください! アルさん、ダガーさん! これが幻の食材、ライゼルの肉ですよー!」
「おおー!」
「なんの肉に近いの?」
「ガゼルに近いそうですが……あいにく本物は食べたことがないので、わかりません」
「おい、アル。かまどいるか? 火は、カルボの木炭でいいのか?」
「いいんじゃね? 遠赤効果で、いい感じになるんじゃね? あ、これ、料理スキルとか、あったりする?」
「ありません! 料理は万人に平等です! プレイヤースキル依存! Dex高いほうがいいとかいう噂はありますが、未検証!」
「ようし、ダガー!」
「まかせろー!」
 ……うん。楽しそうだから、いいんだな。うん、たぶん。

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