studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2016.12.23

魔法少女ものなんて、もうやれない

Written by
しゃちょ
Category
読み物
雑記
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 38歳。無職。童貞。
 童貞は生まれた時からだが、無職は先週からだ。
 激務に次ぐ激務で、とうとう壊れた。身も、心も、なにもかも。
 俺の、16年の社会人生活は、一体何だったんだろうか。何の意味もなかったんだろうか。何も残さなかったんだろうか。いや、金だけは残ったな、使う暇もなかったしな。でも、ただそれだけ。
 一人、夕陽の差し込む、10年近く住んでいる2Kの自室、ベッドの上で、俺は天井を見上げていた。
 動けない。
 動きたくない。
 人生を、振り返りたくもない。
 かと言って、自殺を選択したくもない。事故にでも巻き込まれて死ぬのなら、万々歳だ。突然ガス爆発でもおきないものだろうか。強盗が押し込んできて、いっそ俺を刺し殺してくれないだろうか。
 いっそ──
 口をついて、出た。
「こんな世界、滅んでしまわないだろうか」


「いいね、いいよ、オマエ」
 ケケケ、と笑いながら、それは言った。
 天井に張り付くようにして、バスケットボール大のちんちくりんな生き物がいた。ケケケと笑いながら、それは言った。
「いいね、いいよ、オマエ。そのやる気にあふれた、やる気のなさ。くっだらねー、クソみてーな負の感情」
「なんだ、お前」
「なんでもいいと思っているくせに、どうでもいい事を聞くな。なんでもいいだろ」
 まあ、正直、どうでもいい。
 それは続けた。
「ついにアタマがイカれたと思っているな? いいじゃないか、イカれたついでだ、大将」
 そしてそれは、言った。
「お前に力を与えてやる。この世界を、滅ぼすために──俺と契約して、魔法少女を殺してよ?」



 そのちんちくりんな生き物は、自らを悪魔だと言った。
「見えねぇ」
「うるせー、死ね!」
 そしてそれは、俺の向かいで、フォークを手にして、カップ麺が出来上がるのを待っている。
「ミニデーモン……」
「うるせー、死ね!」
 夕食のカップ麺が出来上がるのを、ちらちら時計を見つつ待ちながら、それは言った。
「で? どうなんだよ、無職童貞。こんな世界、滅ぼしちまおうって腹は、減ったのか?」
「後半、お前の心情を吐露してねーか?」
「うるせー、死ね! これ、何分だ?」
「五分」
「五分!? 今時!? マジ死ね!」
「魔法少女を殺せって、なんだよ?」
「さっきも説明しただろーが! お前は馬鹿か!? 馬鹿ならいっそ死ね! あと何分?」
「二分くらいか?」
「しかたねー、もっかい説明してやる」
 二分で、だな。
 いや、説明はされた。
 夕方、こいつが現れてから、日が沈むまでの間、こいつはそれなりに、俺にそのことを説明した。しかし、俺は自分の頭がイカれたのだろうと本当に思った。
 だから無視して、寝る事にした。多分夢とか、妄想とか、そういったたぐいのもので、寝て、起きたら、38歳無職童貞の日々に戻っているのだろう、と。
 しかし、目覚めて、俺は驚愕した。
 なんと、それは台所の至るところの棚を開け、何か食い物はないのかと、家探しをていたのだから。
「この街には、38年前から、魔法少女が住んでいる」
「それは、少女ではないだろう」
「今は二代目だバカヤロー! あたりめーだろーが! 童貞はガキの作り方も知らねーのか!」
「おめーは、お湯の沸かし方がわからなかったようだが?」
「はい、すみません。現世で魔法が使えないとは、思ってもみませんでした。っていうか、うるせえ、バーカ!」
 で、
「だ。クソいけすかねえ、女神の加護をうけた、クソビッチの家系ってやつを、お前が根絶させてやらないかって話だ」
 フォークでカップ麺の縁を叩きつつ、言う。
「そうして、この街を、我ら悪魔が支配するのだ!」
「支配して、どうする?」
「しらね。魔王がここに、何故か執着してるから。理由なんて、ノーリーズン。二分たったか? 食っていいか?」
「あれ? お前、液体スープどこにやったんだよ?」
「マジかよ!? 死ねよ! あれ、必要だったのかよ! 捨てたわ!」
「麺だけ食ってろ!」
「もう、お前、マジで使えねぇな!!」
 なんなんだ、このクソ悪魔。


 38歳。無職。童貞。
 一週間ぶりに、外に出た。あ、いや、正確にはコンビニに行ったりはしていたわけだから、外には出ていたが、平日の、朝の七時半から駅前に来るなんてのは、会社を辞めて以来、初めてだ。朝日が眩しい。つーか、つらい……
「来たぞ、アイツだ!」
 ちんちくりんな悪魔が、やけにハイテンションで、人混みをフォークで指しながら言った。気に入ったのか、それ……
 悪魔が指し示す先には、近所の女子校の制服を着た、女子高生がいた。スマフォをいじりながら、朝のラッシュで混み合う改札から、のろのろと吐き出されてきている。
 アレが……?
「魔法少女、広瀬美姫だ!」
「……少女、ではないな」
 何も入ってなさそうなリュックを背負った、ちょっと短めのスカートに、軽い茶のロングヘアー。どっからどうみても、どこにでもいる女子校生だ。少女……まあ、少女か……
「38歳。無職。童貞からすれば、十分少女だろ」
 クソ悪魔、心読むのやめろ。
 その魔法少女に、友達らしき別の女子校生が声をかけていた。スマフォをしまい、笑顔で応えている。ああ……若いっていいな……
「いいぞ、いいネガティブ思考だ! さあ、奴らの平穏な日常を破壊し、この世界を、滅ぼしてやろうじゃねーか!」
 どうやって?
「お前が声をかけるだけで、事案だと思うがどうか。38歳。無職。童貞」
「こいつ……」
 結局、昨日の晩からぎゃーぎゃーうるせえもんで、こいつをおとなしくさせるためにも、今日、来るだけ来て、見るだけ見てやると約束して、ほんでもって、その約束を果たしてやったが、そもそも、なんで俺がそんな事しなきゃなんねーんだという疑問は解決していない。っていうか、38歳。無職。童貞的には、すっげぇどうでもいい。
 大体、世界が滅びると言うのなら、勝手に滅びればいいと思うし、どうせ滅びるならと、一念発起、一発何か、とも、思わない。いやまあ、ようするに、正直、本当にどうでもいい。
 そう思いながら、俺は、広瀬美姫を眺めていた。
 快活そうで、屈託なく笑っている。某アイドルグループの一員と言われたら、信じてしまいそうな容姿だ。あ、俺、38なんで、某アイドルグループ、誰が誰だか全然わからないんで、まあ、そういう意味で、なんだっけ……? ああ、まあ、俺とは違う次元に住んでそうだな、女子校生、広瀬美姫。
 魔法少女……ねぇ……
「おおおおおい! 行っちまうぞ! なんだよ! 事案発生させろよ! 童貞! 女襲う度胸もねぇのかよ!」
 いや、事案通り越して犯罪だから、それ。


 ぐいんと、ものすごい目眩がした。
 世界が四回転半して、ムーンサルトしたんじゃないかっていう、気持ちの悪い感覚がした。
「チクショウ! 先を越された!!」
 悪魔が叫んだ。
 空の色が、青紫に変わっているような気がした。違和感に気づいた人々が、浮足立って、駅前が喧騒に包まれていく。
 その中で、広瀬美姫は、はっとしたような表情で、一点を見つめていた。
 視線の先──駅前の、なにやらよくわからないぐにゃぐにゃしたオブジェクトの上──そこには──
「見つけたわ! 女神の加護を受けた、魔法少女の家系の末端。現魔法少女、広瀬美姫!」
 そこには、半裸という形容が相応しい、一人の女がいた。
「デカチチぃぃい!?」
 悪魔が叫ぶ。
 気づいたデカチチが、嘲るような視線をフォークのミニデーモンに向けてきた。
「あら、ベルちゃん、タイミングが悪かったわね」
 どうやら、このチンチクリンとあの女は、知り合いのようだ。おそらく、あの女も、悪魔の類いなのだろう。
「ふふ、先に宣戦を行ったのは、私たちよ。魔法少女の命と、魔王の寵愛は、私たちがいただくわ!」
 要するに、目的は同じらしい。
「お前が早くしねぇから!」
「いや、マジどうでもいいし」
 本音だし。
 っていうか、結果として世界が滅びても、別にどうでもいいし。
 俺がやらなくても、誰かがやるというのなら、別に止めねーし。
 38歳。無職。童貞。
 正直、世界がどうなろうと、俺がどうなろうと、知ったことではないし、正直、それくらい、この世界は無意味だと思っているし、俺の人生は無意味だったと思っているし、本気で、誰かが俺を、世界を殺すなら、それもアリだろうと、本気で思っている。
 本気で──
「やってやりなさい!」
 女が言う。
 その声に、足元に犬のように座っていた、痩せこけた生気のない目をした男が、吠えあげるようにして、広瀬美姫に向かって飛びかかった。
「あんにゃろ! 童貞喰って、魅了しやがったな!」
 ミニデーモンが、させるかとばかりに、広瀬美姫に向かって、矢のように飛んでいく。
 おい、何だ?
 っていうか、なんなんだ?
 彼女は、殺されるのか──魔法少女だから。
 彼女は──広瀬美姫は、目を見開く。一体何が!? そんな彼女の顔が、俺の目に焼き付いて──
 世界がまた、ぐるりと回った。


 いってぇ……
 マジ、いってぇ……
 なんで俺、こいつに噛みつかれてんの? 俺、さっきまで、あそこのベンチに座ってたのに。
 なんなんだよ、この犬マン。目の焦点、合ってねえんたけど。マジこええ……デカチチに童貞喰われて、魅了されたとか言ってたっけ? マジかよ、童貞卒業かよ。あ、でも、風俗デビューみてーなもん? いや、俺、行ったことねーけど。っていうか、マジでイテーんだけど、ナニコレ、どういう状況?
「邪魔をするか! ベルフェゴール!!」
 いや、俺は先に広瀬美姫を殺してやろうとしただけなんですけどね、こいつがなんか、能力使いやがりましてね。
 この能力、身体、メイン俺かよ。ってか、殺すって、お前、この、くそちっせえフォークでやる気だったのか?
 目ェ刺しゃ、いけんだろ! いけるよな!
 あー、うぜえ、何この能力。身体俺で、意識融合? ナニコレ、意識で会話できてんの?
 身体はお前だが、能力俺だぜ? 融合した今なら、魔法も行けるぜ? ってか、テメエが邪魔しなけりゃ、魔法なしの俺でも、フォークで女の一人くらい、やれたわ!
 女子校生の目、フォークでぶっ刺して殺すとか、マジ、スプラッタだから。マジやめて。
 つーか、身体はお前なのに、俺も痛えし! マジやめて! なんなの、この能力!
 お前の能力だろ!
 初めてか? 力抜けよ。
 死ね。マジ痛え……
 なー、マジそれな。なんなん、このクソビッチ犬。
「答えろ! ベルフェゴール!!」
 女の叫びに、頭の中で、カチンと、何かが二つ鳴ったのを、俺達は聞いた。
「うるせえよ! クソビッチ!!」
 意見の一致。
 今だけは同意

 左手に握っていたフォークをつき出す。なんか、風が渦を巻いて、犬マンを吹き飛ばした。バゴォって、すげぇ音が鳴ったけど……おお、吹っ飛んだ先で、犬マン、起きたぞ。あれで死なないとか、人間じゃねえな。
 犬マンの前に、女が舞い降りてきた。
「おのれ、ベルフェゴール。規約を無視するだけでなく、広瀬美姫を、守ろうとすらするのか」
「すまん、ぶっちゃけ、お前らの事情とか、知らねえし、ベルなんとかって、なんのことだ?」
 俺の名前だし。
 しらねーし。
「悪魔の面汚しめ! 纏めて、ここで朽ちて死ね!」
 デカチチが両腕を天にかざす。と、犬マンが苦しむようにうめき出した。その体から、紫色の靄のようなものが立ち上り始めて──明らかに、ヤバくねぇ?
 犬マンの生気を絞り出して、悪魔の魔法を叩き込むつもりだ。犬マン、死んだな。
 マジか、ひでえな、デカチチ。で、あれ食らったとしたら、俺達、どうなる予感?
 死ぬんじゃね?
「広瀬美姫ィィ!」
 俺は振り向きざまに言った。
「お前、魔法少女なんだろ!? あれ、あんとかしろ! あれ食らったら、マジ死ぬぞ!?」
「は……ハァ!?」
 と、広瀬美姫。
 今、すっげー顔した。今、美少女、ヤバイ……台無し。
 おう、マジだな……
 そして、広瀬美姫は、ちょっと泣きそうになって、言った。
「な、なにいってんの、あんたたち。いや、意味わかんないし……魔法少女? なにそれ? あたしが? いや、なに言ってんの? 死ぬって、なんで? え? 死んじゃう? なんでよ?」
「……」
 おい。こいつ、魔法少女じゃねーのかよ? 女神になんちゃらで、悪魔と戦うとか、なんかそんな感じの、バトル系ヒロインじゃねーのかよ?
 お、おう……俺も、そうだと思っていたんだが……どうやら、コレは、アレだな……
「魔法少女とか、意味わかんないし……わたし、普通の女子校生だし……」
「自分が魔法少女だって、わかってねー系!?」
「何を喚いている、ベルフェゴール! 命乞いをするなら、私の足元に跪き、靴を舐めながらおやりなさい! もっとも、近づく前に、この地獄の業火で、焼き尽くしてあげるけれどね!」
 業火パねえ! 十メートルはあるぞ、あの火球!
 おう、諦めて、死ぬか。
 マジか!?
「なにあれ……」
 ぎゅっと、俺の服の袖を、広瀬美姫が、女子校生が、美少女が、魔法少女が──掴んた。
 その目に、涙を浮かべて、
「死んじゃうの?」
 彼女は、言った。
「いやだ……助けて……」


 38歳。無職。童貞。
 ああ、そうだな。そうだ。
 俺は──童貞だよ!!


 大火球を、デカチチが投げつける。
 地獄の業火が、俺達に迫る。
 勝利を確信して、デカチチが嘲り笑う。
 その、高慢チキなクソビッチに向かって、遮る、大火球に向かって、俺は右手に持ち替えたフォークを、思い切りに突き出した。
 業火を消し去る、風が渦を巻く。
 青紫の霧を払う。
 デカチチが、目を見開く。
「バカな!?」
 うるせぇよ。
 全くだ。
「テメエの魔法なんざ、カスみてぇなモンなんだよ!」
 握りしめたフォークが、一層の風を纏い、唸った。
 まったくだ。
 ああ、全くだな。
 38歳。無職。童貞。
 そう、すなわち──
「大魔法使いを、ナメてんじゃねーぞ!!」
 振り下ろしたフォークから巻き起こる風が、辺りの全てを、吹き飛ばした。


 一駅隣の、駅前の喫茶店。
 カウンターの上では、フォークを持った、チンチクリンな悪魔が昼寝をしている。
 俺は、暇つぶしと言うわけでもなく、スチームミルクで、ラテアートに勤しんでいる。カウンターの、こちら側で。
 からからんと、ドアにかけられた、カウベルのようなそれが鳴った。ふいとみて、「いらっしゃいませ」と声をかけようとして、やめて、ラテアートに戻る。
「いや、おかえり、とか」
 制服姿の、広瀬美姫が言った。
 とりあえず、無視する。
 もぞもぞ、ベルフェゴールが起きそうだったので、スチームミルクをかけてやった。
「あっちぃわ! 死ぬわ!!」
 この程度で、悪魔は死なない。ここ一ヶ月で、よく理解した。
「あら、おかえり」
 と、店の奥から先代魔法少女であるところの、広瀬美姫の母が姿を現した。
「早かったわね」
「テスト、終わったしね」
 カウンターにつき、
「コーヒー、煎れて?」
「おう、俺にもくれ」
「オメーは金、払えよ」
 広瀬美姫は笑っている。
 同じように笑いながら、広瀬美姫の母も奥に戻った。
 さて──と、俺はサイフォンの準備に取り掛かる。
 スマフォをいじりながら、広瀬美姫はカウンターで、コーヒーがはいるのを待っていた。隣のベルフェゴールも、静かに、何かを考える風でもなく、宙を眺めている。
 こぽこぽ、いい香りかし始めた頃、
「テスト、終わって、明日も半日なんだけどさあ」
「へえ」
 ぶっちゃけ、興味ない。
 故に、それは突然、
「デートする?」
 がちゃんと、カップとソーサーが、派手な音をたてた。
 マジやめろ。
「しねえよ、明日もここでバイト」
「あのさあ」
 と、広瀬美姫は手にしていたスマフォを見せ、
「こういう服って、やっぱ、死ぬ?」
 と、童貞を殺す服なるまとめブログを見せつけてきた。
「ん? ん?」
 と、笑いながら。
「死ぬわ、間違いなく」
「うるせえ、死ね、クソ悪魔」
「ん? どう? やっぱ、こういうの、いいの?」
 うるせえ、やめろ。
 いたずらっぽく微笑む、女子校生。美少女。
 くるりとスマフォを手に、椅子を回転させて、
「あーあ、私一人で出かけたら、また悪魔に狙われちゃうなあー」
 やめろ。
「ん? ん?」
 いたずらっぽく微笑む、魔法少女。
 やめろ。
「わかったよ……」
「やた!」
 コーヒーをカップに注ぎつつ返す俺に、広瀬美姫は微笑んで、スマフォを見せつけた。
「これ、着てく?」
「やめろ」
 マジで死ぬ。


 38歳。無職。童貞。
 ああ、無職ではないな、今は。今は、駅前の小さな喫茶店で、住み込みのバイトをしている。その他は変わらず──変わらず? いや、そうでもないか。
 今、俺は、喫茶店の住み込みバイトをしつつ、世界を滅ぼす悪魔と契約を交わし、魔法の使えない魔法少女を守る傍ら、悪魔を退ける大魔法使いとして、この街をなんだかんだで、守っている。
 いやもう、これ、意味わかんねえな。
 魔法少女、広瀬美姫は、コーヒーカップを両手で包むようにして持って、「あのさぁ」と、笑っている。
 


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