studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2016.12.16

ロボットもの

Written by
しゃちょ
Category
読み物
雑記
Tags



「ひとつだけ確認しておく」
 俺は、それに尋ねた。
「彼女がパイロットになったとしても、それは、後から変更可能なんだな?」
 それは答えた。
「問題ない」
「わかった」
 俺は頷き、返した。
「俺がお前にインストールされてやる。それで、お前は動けるんだな?」
「ちょっと! やめてよ!」
 泣きそうになりながら、彼女が言った。
「嫌だよ! なんで私がそんな──!」
「彼は死ぬ。そして、彼の選択を君が否定すれば、彼も、君も、この星の生命体の全てもが、命を失う事になる」
 それは答えた。
「彼の死は、回避できない」
 非情だ。まあ、この出血なら、そう長くは保たないんだろうなという事くらい、俺にもわかる。あと、何分だ? 二分くらいか?
 それは続けた。
「君は、彼の選択を、認めるだけでいい。私のシステムの一部が破損して動かない現状は、彼の意識を上書きインストールすることによって、修復される。私の自我は彼に上書きされ、消えるが、同時に、彼は私のアーカイブへのフルアクセスを得る。彼なら、私をうまく扱えるだろう。大丈夫だ。先にも言ったが、君は、彼の選択を認めるだけでよい」
「なんで──やだよ! 重すぎるよ!」
「君の選択で、彼の死は、多くの命を救うことになる」
「やだよ! なんで私が──!!」
「頼むよ」
 俺は笑って、言った。
「せめて、最後くらい、カッコつけさせてくれよ。嘘でも──彼女、守らせてくれよ」


 その日、俺たちの街に、怪獣が降ってきた。
 それと戦う、ロボットのような、人工生命体と共に。
 俺が、彼女に告白されて、初めてのデートの日に──槍じゃなくて、怪獣と、巨大ロボットが降ってきた。



 後悔しているかと、誰も私に聞く事はない。彼はもちろん、馬鹿な事をした、当時の私の友達でさえも。
 まあ、友達じゃなかったのかも知れない。ただの、グループ仲間なだけだったのかも知れない。現に、今じゃ、連絡すらとってない。
 あの日のデートは、罰ゲームだった。
 賭け事に負けた私に、私に気があるともっぱらの噂だった彼に告白し、デートしてこいと──誰が言い出したんだか、もう覚えてないけど、最悪の悪ふざけだった。
 そして、ポートタワーで、私たちは怪獣被害にあった。宇宙を生きる巨大怪獣と、それを駆逐する人工生命体との戦いに、巻き込まれたんだった。
「不機嫌な顔をしてんなー」
 コックピットに、彼の声が響く。
「別に」
 素っ気なく返して、私は全天モニターの向こうを見た。
 ポートタワーは、もうない。
 その場所に、代わりに建てられた慰霊碑の前で、彼は立ち止まった。
 式典会場には、多くの報道陣、一般人、各国の政治家たちの姿があった。
「俺って、この式典で、追悼される側だと思う?」
 彼の声が、コックピットに響く。
「まあ、身体の分くらいは、そうなんじゃない?」
 巨大ロボットの意識である彼は、たぶん、軽く笑った。多くの報道陣たちが捉えるカメラに映る彼──巨大ロボットには、表情なんて、なかったけれど。


 ふたつの流星が、海面を叩き割って、この地に落下した。
 生まれ出た衝撃波が、世界の常識を一変させた。
 宇宙を旅する怪獣と、それを駆逐する為に生きる、ロボットのような人工生命体。この世界には、それが存在する。
 世界はその事実を、その日、目の当たりにした。
 ポートタワーの展望台。営業時間を過ぎたその場所には、神尾健司と入谷奈央の、二人だけがいた。
 神尾は、先日、奈央に告白された。そして今日は、初めてのデートだった。
 もちろん──彼はそれが嘘であると、知っていたのだけれど──そして、誰もいないポートタワーで、彼女がやっぱりいたたまれなくて、それを告白しようとしていたことも、知っていたのだけれど。
 それは、未だに、彼に告げられてはいない。
 巻き起こった衝撃波に、地震のようにタワーが揺れた。
 とっさ、奈央をかばった神尾は、砕け散ったガラスの雨に打たれて、体中に傷を負った。
 奈央は目を見開いて、
「なんで……?」
 と、呟いた。なんで? 君の事をだまして、笑って、来週には話題にも登らないだろう、くだらない茶番なのに、なんで?
 怪獣が、ロボットと格闘を繰り広げていて──なんで? わけわかんない。
 倒れた神尾に、
「ねえ、ちょっと……」
 膝をついて、奈央は震えながら、声をかけた。
「う……っ」
 神尾が呻く。起き上がろうとして──ロボットが怪獣に吹き飛ばされ、ポートタワーに叩きつけられたのと、それは同時だった。
 激しく世界が揺れる。足下が崩れてなくなる。「あ……」と思うより早く、咄嗟に伸ばした手を、神尾が掴んで引き寄せていた。視界の中で、彼の血が舞う。けれど、そんな事は気にも止めず、神尾は奈央を守るように抱き寄せる。
 足下が消える感覚。落下する──
 ただ、思考停止した奈央の視界の向こう、神尾の腕の向こう、砕け散った外壁の向こう──巨大ロボットの顔、機械の目、それと、目が合った。
 落下する世界に、巨大ロボットの手が伸びてくる。奈央を抱きしめた神尾を、その手が受け止め──雷鳴にも似た地響きを響かせて、タワーもろとも、それは大地に倒れこんだ。


 一瞬、気を失っていたと思う。
 ただ、本当に一瞬だったと思う。
 目を開けた時、
「大丈夫?」
 と、頭から血を流しながら、全然大丈夫にみえない、神尾がそこにいた。
「う、うん」
 私は、大丈夫だった。
 どこか痛いところも、血が出ているところも、なかった。
 私達は、ロボットの手の中にいた。ロボットは、落下する私達をその手で包んで、守ってくれたように見えた。いや、たぶん、守ってくれたんだろう。
「いっつ……」
 と、顔をしかめさせながら、神尾はロボットの指を背中で押し上げる。
「ちょっと! 血!」
「え?」
 ありえないくらい、神尾の左腕から血が出ていた。ぱっくり裂けた腕から、彼の動きに合わせて、どっくどっくと、血が溢れていた。
「ちょっと、やだよ……なんで……」
 泣きそうだった。
 ゆっくりと、ロボットの手が開いた。
 ロボットは、横向きに倒れ込みながら、私達をその手で受け止め、胸の前に抱きとめてくれていた。だから、ロボットが手を開いたそのすぐ近くには、その顔と、その、喉元の、不思議な球体があった。


 なんとなく、それがこのロボットのコア的な部分だろうと、察しがついた。
 そしてそれが、もう壊れかけているんだろうとも、察しがついた。
「君たちは、この星の、人間と呼ばれる生命体で、間違いないな?」
 球体から、その声は聞こえた。ような気がした。彼女を見ると、その声が、俺の幻聴ではないとわかった。彼女もまた、それを、あ然として見つめていたんだった。
「この言語で、通じているのか?」
「ああ、聞こえてる……」
「そうか。ならば──すまない。巻き込んだ」
 ロボットがゆっくりと動く。バランスを崩して倒れた俺を、彼女が支えて──とっさ、俺は、「あ……血がつくよ」「な、何言ってんの!? 止血! 血、止めないと!」
 ゆっくりと、ロボットは片膝を立てるような姿勢に座り直した。その動きにあわせ、ポートタワーの残骸が、酷い音をたてて崩れ落ちてきたが、ロボットは俺たちを守りながら、その手を喉元の不思議な球体へと近づけていった。
 青く光るそれが、言う。
「君は、私のコアに触れるんだ。早く」
「ちょっと、やめなよ! おかしいって!」
 出血のせいか、左手は動かなかった。なんとか動く右手で、その球体にそっと触れる。と、全身の痛みが、ふっと消えた。
「君は、死ぬな」
 酷い言い草だと思った。
「ちょ……何なの……コレ?」
 彼女が泣きそうになりながら、俺の背中を掴む。
「俺は、死ぬか……?」
「君の脳にアクセスさせてもらった。痛みの認識はすべて停止させたが、残念ながら、人間の持つ損傷を治療する機能は、私の力を持ってしても、君の機能が停止するまでに、君を回復出来そうにはない」
 痛みが消えて、妙に冷静になった頭で、俺は呟いた。
「ああ、俺は、死ぬんだな……」
 そう思った。
「……すまない」
 ロボットが、言った。
「しかし、私も、機能停止が近づいている」
 俺は、ロボットのその目を見た。


「私は、奴を倒すために追っていた。しかし、奴がこの星に降りる事を、阻止できなかった。すまない。私のシステムの一部が、経年劣化により、破損しているせいだ」
「壊れてるのか?」
「少し違う。君らにわかりやすく言えば…
…寿命という表現が近い」
「お前も、死ぬのか」
「そうだな……そうだ。そういうことだ。君と同じだな。しかし──肉体の限界で死を迎えようとしている君と、精神の限界で死を迎えようとしている私とであれば、新しく生まれ変わることも出来る」
 そう、それは言った。
「君が、新たな私になってはくれないか?」


 そしてその日、俺は、地球を守る巨大ロボットになった。


「そして、君には、私がこの星で活動する為に、この星の代表として、私の行動を、承認して欲しい」
「承認? 代表?」
「わかりやすく言えば、人工生命体である私には、いくつかの変更不能なルールがある。その一つに、他の知的生命体が存在する星では、対象の知的生命体の承認なしでは、完全な力を発揮できないという、制約ルールがある。いわゆる、リミッターだ」
「ど、どういうこと……?」
 そして、それは言った。
「君には、私のパイロットになってもらいたい」


 そしてその日、私は、地球を守る巨大ロボットの、パイロットになった。


 全天モニターのコックピットの中──
「ごめん……俺のせいで」
「なんでよ……謝らないでよ。私だって……」
「今だけ、あいつを倒すまででいい。最後のわがままだと思って、付き合ってほしい」
「……ごめん。私、本当は君の事……」
 彼女は、目を伏せた。
 そして、しばらく──
「……ごめん」
「──行けるか?」
 しばらく──あって、
「大丈夫」
 顔を上げ、彼女は前を見た。


 怪獣が、大きく吠えあげ、その口からちらちらと溢れる炎の息を世界に叩きつけようとした、その刹那。
 白銀の巨大ロボットが、ごうとそれに肉薄し、その巨体を弾き飛ばした。
 海が割れ、水柱が立ち上る。
 投光機の明かりが、ロボットを照らし出す。
 その目が光を反射する。
 コックピットの彼女が見据えるものと、同じものを映して。


 後悔しているかと、誰も私に聞く事はない。彼はもちろん、馬鹿な事をした、当時の私の友達でさえも。
 式典会場。
 あれから半年。
 いろんな事があった。
「奈央」
 コックピットに響いた声に、私は顔を上げる。
 全天モニターの向こう、宇宙の彼方に現れたそれを、彼の目が捉えている。


「しかたないね」
 彼女は、軽く笑った。
 後悔とか、自責とか、そういったふうではなくて、
「行こうか、神尾くん」
 俺の想いを受け止めて、authorizer──いつからか、人々にカミオと呼ばれるようになった、機械生命体である俺の、ただ一人のパイロットとして──
 彼女は軽く、笑った。


「緊急対応、コードゼロを申請」
 奈央の声が響く。
 式典会場に、彼女の声が響く。
「衛星軌道外縁にて、バイトの存在を確認。殲滅行動に出ます」
「コードゼロを承認」
 応えたのは、今まさに式典のスピーチを始めようと、演台の前に立ったNOEG初代総監である、羽柴順子だ。後ろでは、秘書であり、NOEGの実質的リーダーでもある内藤 保があわあわしながらも、周りに指示出しをしている。
「ここから飛ぶの?」
 羽柴の問いに、
「問題ない」
 神尾が応える。
 そして奈央が、
「承認を」
「ええ──頼みます」
 羽柴の言葉を受けて、白銀の巨体が、羽のようにふわりと浮く。詰めかけていた報道陣たちが、色めき立つ。
 巨体はゆっくりと上昇し、空に羽を広げた。
「承認を」
 その声は、彼女のいるコックピットにだけ、届いた。
「神尾くん」
 後悔をしているかと、だれも彼女に聞きはしない。
 そして、彼にも、また。
「行くわよ!」
「承認と受け取った!」
 白銀の巨大ロボットは、羽を広げ、蒼穹に向かって駆けた。
 


トラックバックURL

http://blog.studio-odyssey.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/917


コメントする