この物語は、フィクションである。
いやいや、何を。当たり前だ。こんなものが、フィクションでないなどと、何をトチ狂った事を──だ。こんな馬鹿げた日常が、あっていいわけがなかろうよ。
いや、だが待てよ。もしかしたら、君の知らない、もう一つの日常という可能性も──ないな。ない。絶対にだ。
この世界には、外宇宙からやってきた謎の寄生生命体『メガネ』と、それに抵抗する力を持つ『ラガン』の力を扱う、少年少女たちが暮らしている。ほら、もうわけがわからないだろう? 大丈夫だ。私にも、訳がわからない。
なんだそれはと、問うても無駄だ。そうなのだ。この世界では、それが事実なのだ。世界が生まれたその瞬間から、それは決まっていたのだ。『メガネ』と『ラガン』が、血で血を洗う、激動の日々の物語が、この世界にはあると、決まっていたのだ。
誰が決めたかと? いやいや、聞くな。それはこの世界の創造主たちが決めたことなのだ。おそらくは、そう、悪ノリとか、その場の勢いとか、そう言ったもので。
ひとつだけ断っておくと、君たちに彼らの日常を垣間見せようと思い立った私も、その創造主たるものの一部だ。だが、重ねていうが、ひとつ、断っておく。
私は、もう少し、まともな世界を創ろうとしたのだ。こう、なんというかな、青春系ライトノベルのような、な。だがな、それは叶わなかったのだ。何故って?
そうさな──
神々がアレ過ぎたんじゃないかな?
「地球は今、狙われている!」
朝から、妙なポーズでメガネをくいくい上げながらトチ狂った事を言っているのは、加賀大樹と言う、『メガネ』だ。ああ、説明が面倒だな。つまり、加賀はメガネで、『メガネ』だ。なに? わからない? 大丈夫だ。とりあえず、置いておけ。
「地球を狙ってんのは、お前らだろう」
朝の通学路。駅から学校へと向かう、通称、延々坂。その入り口で『メガネ』相手に白けきっているのは、通称、トーちん。あ、そう言えば、こいつの本名は何だったかな。......まあ、いいか。こんな性格破綻者、トーちんで十分だ。
「世界はァァ!」
トーちんに全力アピールでくねくねしながらメガネをあげつつ、加賀。
「狙われて──ウボァ!?」
おう、トーちんが華麗に前蹴りを決めたぞ。加賀の顔がくの字に曲がったように見えたが、メガネは平気だったし、大丈夫だろう。脇を抜けて通学してゆく生徒達も、「ああ、今日も」みたいに見ているし、平気だろう。日常だ。日常。
「嗚呼......トーちんの愛が痛い」
道路に倒れ込んで、よよよと呻く加賀。
の、右足を、トーちんが勢い良く踏み抜く。あ、比喩表現とかではなくて、マジで踏み抜いたんだ、こいつは。
「ごオアおあ! 折れたァ!? っていうか、もげたァ!?」
「汚らわしい血肉を散らすんじゃねーよ」
うん、脇を行く生徒達も、「またトーちんと加賀くんが、朝から何かやってるよ」って感じで見てるから、きっと日常。はい、日常。日常日常、日常の大安売り。
くいとメガネをあげつつ、加賀。
「嗚呼......トーちんの愛が痛いぜ。ふふ、しかし、この折れた足も、メガネの再生力にかかれば、チチンプイプイで......」
「やっほートーちん! 今日も元気してるぅ?」
「ほぎゃああああああっ!?」
ナチュラルに、登場と共に加賀を踏抜き、引導を渡すのは、トーちん幼なじみこと、神子遊人だ。
「おは!」
「挨拶が古い」
「えー、ひどいなー」
「うん、ナチュラルに加賀を足蹴にしているお前も、大概だがな」
「えー? なんの話?」
「おおおごごごお、足が、足がまた、やばい、やばいってまじで」
「あれー? 加賀くん、何そんなところで、地べたと接吻してるの? 落ちるところまで落ちて、相思相愛なの?」
ひどい。邪悪な笑みもひどい。
「おのれ、今日も朝から男だか女だかよくわからん感じで登場しおって、神子......」
「ミコ」
と、短く言い、神子遊人は加賀の頭をローファーで踏みつけた。
「ミコ ユウトと読むのよ、この下等生物が」
「おめーは名前を間違えられると、いつもそうだな」
「そうだよー、ヒドイんだよー、こうされたくて、わざと間違える友達もいるしさー」
それは友達とは言わないんじゃないかとか、そういう感想は口にしないのが吉だ。ぐりぐりされたければ、また別だが。
「おのれ、神子......私がわざわざ、ラジオドラマ時代のネタをしてやったと言うのに、足蹴にしおって......」
「メタだな」
メタだよ。
「だがしかし、これも全てトーちんからの愛の試練と考えれば、痛みも全て、快楽にイイィィー!」
「踏んでるの、俺じゃねーけどな」
「ってか、キモい! これだから、『メガネ』はキモい!」
キモいのは加賀だ。こいつに限ってだ。地べたに這い蹲りながらも、偉そうに眼鏡を押し上げてる、変態という名の、加賀だ。寄生生命体『メガネ』に寄生された男が、すべからくこうというわけでは......ないと思いたいが、私も寄生された男は、この男以外知らないので、何とも言えない。
「ふふ、だがしかし、こうして朝からトーちんとちちくり合って──」
「キモいよ」
今、トーちん右手に握られた黒い何かから、火薬音がしたが? 具体的に言うと、ベレッタとか、そういう感じの何かから、火薬音がしたが?
「おおおお撃った!? 撃ったね! 親父にも撃たれたことないのに!?」
「ねぇよ、普通。あ、あとモデルガンだから大丈夫」
「モデルガンにしては威力がおかしいと思うけど? 加賀くん、脳天直撃セガサターンになってるよ?」
「古いなあ」
「えー? そうかなあ?」
「いちゃいちゃするな、この愚物がぁ!」
お、加賀が飛び起きたぞ。まあ、いろいろアレがコレしていたはずだが、まあ、『メガネ』はメガネが無事なら、いつでもメガネだ。安心してよい。
してよいのは、当然、他の二人も承知なので、
「ふん!」
愚物と言われた遊人は、跳ね起きた加賀のボディにブロー。
下がったアゴにアッパー。空いた腹に水平蹴り。
加賀は吹っ飛んで行った。退場だ。アーメン。
「顔はやめときなー、ボディボディ」
それは、やった本人の台詞ではない。あと、
「古いなー」
ともあれ、朝のいつもの一幕。
二人は再び、学校への延々坂を登り始めた。
他愛のない、
「あれー? トーちん、このペースだと、また遅刻じゃない?」
「あ? ハナから間に合うように歩いてねーよ」
話をしながら。
「えー! もしかして、まだ、全遅刻無欠席を狙ってるの!?」
「本当は、無遅刻無欠席を狙っていたんだが、入学式のその日に、貴様らのせいでいきなり遅刻になったからな。あと、狙えるタイトルはそれしかない」
というかだな、実に他愛のない話だと思うが、そのタイトルはマジなのか? というか、誰が与えてくれるのだ? あと、それは栄誉なのか?
「うるせー、ナレーション」
メタだな。
まあ、ともあれ、この男の言う全遅刻無欠席だが、これはこの男の行動から察するに、ホームルームには遅刻するが、一時限目には遅刻しないというタイミングでの登校を、三年間続けるというものと思われる。今日まで常にそうだったからだ。無駄だ。数分早く着けば、ホームルー厶にも出られるだろうに。
「ちゃんと、生徒手帳にも乗ってる、公認タイトルだぞ」
マジでか!?
「記念品のプラチナプレートを、卒業時に生徒会長から貰えると書いてある」
そんな校則あんのか!? 大丈夫か、この学校の生徒会!
あ、大丈夫じゃなかったんだ。そうだ。
「落胆するなよ、ナレーション」
お前もメタだな。
「ほら、校門見えてきた」
ああ、情景描写もしてくれるのか。ありかとう。
「トーちん、誰と喋ってるの?」
気にするな。
「まあ、アレだ。俺は正直、『メガネ』とか『ラガン』とか、どうでもいいんだ。本当はな」
トーちん......
「やっと来たわね、トーちん! 『ラガン』の末裔! ふふ、今日も貴方を、景気よく叩き潰してあげるわ。思いっきりにね! 私のこの『メガネ』の力で──!」
「俺はただ、俺が決めたこの目標を、ただ達成して、この世界に俺が生きた証を......」
トーちん......
「ちょ、聞いてる? 聞きなさいよちょっと! シカト!? なにモノローグ風にして、通り過ぎようとしてんのよ! ちょ──!!」
トーちん......
ナレーションとして、アレ、絡んていいか?
「今日もベストタイミングだ。あと何回、俺はこれを繰り返せばいい。ゼロは俺に、何も言ってはくれない」
古いよ。
「人の話を聞きなさいよあんたらはあぁぁぁぁっ!」
打撃!?
「トルチョック!?」
「ああ!? トーちん吹っ飛んだ!」
うん、流石にもう、無視できないな。
盛大にトルチョックしてトーちんを吹き飛ばしたのは、誰であろう、
「ごふぅ......っ。この頬に走る痛みと、一瞬視界をちらついた、全く似合ってないリアル熊さんプリントのパンツは......」
「ななななななな何をいってるのよ! 貴方は!」
「ごっふぅ!」
倒れた相手にストンプは、基本連携技だな。
「おごごご......」
「うわ、沈んだ。トーちん、地面に沈んだ」
まあ、平気なんだけどね。なんだかんだ言っても、こいつもアレだし。ほれ、トーちん、飛び起きた。
距離を取り、誰であろう、
「このやろう、また来たのか。自己中心的眼鏡委員長め!」
に、言った。
「委員長じゃないわ! 会長と呼びなさい!」
会長、入道雲 霰。『メガネ』だ。眼鏡の委員長キャラではない。会長だ。えーと、何の会って? 生徒会だろって? うん、まあ、似たようなものなのだが、彼女の名乗りを聞いてみよう。
つうと、眼鏡の奥の目を細め、入道雲霰は言った。
「ふん......教員にも縛られず、生徒会すら無視し、教育委員会すらも権限が及ばない、この学校最高の独裁機関、独立風紀委員会の会長にして、副会長であり、書記長であり、資材部長であり、情報部長であり、審判執行部長であり、断罪執行部長兼筆頭でもあるこの私から、逃げられるとでも?」
なげぇ......
「この......教員にも縛られず、生徒会すら無視し、教育委員会すらも権限が及ばない、この学校最高の独裁機関、独立風紀委員会の会長にして、副会長であり、書記長であり、資材部長であり、情報部長であり、審判執行部長であり、断罪執行部長兼筆頭でもあるお前が、なんで毎度毎度、俺に絡んでくるんだよ!」
なげぇよ......
「それは貴方達、『ラガン』のせいでしょう? 貴方たちの強すぎる力を抑えるため、生徒会長であった私が、わざわざ、教員にも縛られず、生徒会すら無視し、教育委員会すらも権限が及ばないこの学校最高の独裁機関、独立風紀委員会を立ち上げたのよ。貴方たちの、ストッパーとしてね!」
ちょっと短くなった。良かった。
「えー? でも、独立風紀委員って、会長兼副会長兼書記長兼資材部長兼情報部長兼審判執行部長兼断罪執行部長兼筆頭の入道雲さんしかいないんでしょー?」
兼がゲシュタルト崩壊しそうだ、遊人。
「誰が、好き好んで変人の相手するのよ! って、指指すな! 私だって、好きでやってない!!」
「でも、お前『メガネ』だし」
「だよねー」
「非常識さで言ったら、加賀はともかく、貴方たち『ラガン』の方が非常識でしょうよ!」
「ひでぇ!?」
「ヒドイ言われよう!?」
「え?」
そうか?
「ああ、今、入道雲は酷いことを言ったな」
「うん、入道雲さんは、僕たちに酷いこと言ったよね?」
「人格否定だな」
「存在否定ですらあるよ」
「え? 何それ。そこまでのこと?」
「ああ、非道い」
「非道を通り越して、外道ですらあるよ」
「え? え?」
と、うろたえる会長。
「な......何よ! 別に、そこまでは......」
ちょろいなぁ、会長。
お前、学習しろよ。
トーちんの目が、邪悪に光る。
と、同時にトーちんは遊人を抱き寄せ──
「おりゃ」
と、遊人の首筋にチョッピンクレフト!
「ごふ」
と、同時に、遊人の目から謎ビーム。
「アびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!?」
非道い。
外道。
「よし、神子の首筋を叩いたときに出てくる謎のビームで、入道雲は倒したぞ!」
なんで、説明口調なんだ。
あと、お前ら、非常識がなんだかんだって言ってたけど、お前らが一番非常識だから。
「ま......またこの手で......」
ドサ......って、お前は学習しろ。何度目だ、会長。
「ぐ......うぐふ。いきなり首筋を叩くのは、どうかと思うよ、トーちん」
いきなり目からビームも、どうかと思うが。
「しょうがないだろ。俺のは、下手したら、ここら一帯が吹っ飛びかねんのだから」
「それもそうだけどさー」
ナチュラルに日常会話に戻りつつ、校門を抜けて行く、非常識な二人。『ラガン』の力を持つ者たち。
「おお、いい感じにホームルームのチャイムだ」
全遅刻は間違いないな。
「ああ、今日もいい登校だった」
「ボク、巻き込まれて、遅刻だよ!?」
日常。
これが、彼らの日常。
「だが悲しいかな。メガネとラガンの運命(さだめ)は、そこまで甘くはない──」
トーちん、それ、ナレーションのト書き。
「あれ?」
「次回予告!」
だから、遊人のそれもト書きだから!
「授業中に迫り来るメガネの大群! グラウンドから襲い掛かる地中メガネ!
後に"地獄の十日間"と呼ばれるメガネとラガンによる壮絶な戦いの幕開けが、ついに始まる!
次回! メガネ vs ラガン!2nd!
ラガンの神が降りる時、決戦の火蓋がおろされる──!
以下! 次号!」
「まあ、予告、関係ないんだけとな」
言うなよ。
コメントする