studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2015.06.14

ついに、あのうんこが

Written by
しゃちょ
Category
読み物
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 しこたま飲んだ記憶だけがある。ひどい頭痛がする。

 俺はのそのそと起き上がると、トイレに向かった。ワンルームの俺の部屋には、サークルの連中らが同じようにつぶれている。しこたま飲んだからなあ。まあ、つぶれもする。

 昼になろうかという時間帯。いい加減、他の奴等も目を覚ますか。トイレの前にいたタナカを蹴飛ばし、俺はトイレにはいった。そして──戦慄した。

「なんじゃこりゃあぁぁァ!?」

 事件はトイレで起きていた!

 流れてないウンコ。大量。

 俺は振り向く──犯人は──この中にいる!?

 

「先生は、正直に言えば、許します」

 と、俺はいう。

 ワンルーム。犯人はこの中にいる。

「あー、頭いてーな」

「聞けよ、タナカ。テメーが一番トイレの近くにいたんだろ」

「スズキよ、お前は俺を疑うのか? 高校時代からの友人である、この俺を」

「高校時代からの友人だからだろぉ!? オメーなら、やりそうじゃねーかァ!!」

「マジか! オメー、俺をそんな目で見てたのか!」

「いや、ともかく、うんこ、流せよ」

「それはだめだ、ヨシダ!」

「そうだ、それは、重大な証拠なんだ!」

「うんこだよ!?」

「......うんこうんこ、マジ、ひどい。帰りたい」

「ナカガワさん、マジ泣きしそうなんだけど、スズキよ」

「いいよ、気にすんな、ヨシダ」

「あ、ナカガワはこう言うの耐性あるから大丈夫」

「なんでだよ! ないよ! なんで、詰まったうんこの話に付き合わされてるんだよ、あたし!」

「うんこが流れてないからだよ!」

「死ねよ!」

「ナカガワさんて、そう言うキャラだったんた......」

「おう、スズキの幼馴染みだからな」

「納得」

「「納得すんなよ!」」

 

 しこたま飲んだ。人間は、どれくらい飲めるのかに挑んだ。そう言っても、過言ではない。と、言うくらい飲んだ。

 だから、誰も気づかなかった。

 トイレのうんこ。

 犯人は、この中にいる。

 この中──

 探偵役である俺、こと、スズキは、まあ、除外だ。つうか、俺の部屋だし。自分で自分のうんこで絶叫しない。記憶ないけど。

 トイレの前で寝ていたのは、タナカ。俺の高校時代からの親友。いや、今は親友ではない。もっとも可能性の高い被疑者だ。奴なら、やりかねん。前、しょんべん流してなかったし。

 被疑者、その二。大学に入ってからのサークルの友人、ヨシダ。頭脳明晰、学科での交遊関係も広い、イイ奴だ。ただ、俺たちは知っている。本当のコイツは、カタカナで書くべき、イイ奴だと言うことを。割りと腹黒く、平気で他人を騙す。うんこも、わざととか、面白そうだからとか、そんな理由でやりそうなやつだ。犯人だったら、うんこマエストロと呼んでやる。意味はない。

 被疑者その三。ナカガワ。紅一点だが、うんこ殺人事件の前では、貴様も被疑者だ。幼馴染みなので、女子だろうが、うんこはうんこだ。なお、ナカガワは前科がある。小学校の時、学校の帰り道でうんこを漏らして、泣いたことがある。あまりにも泣くので、俺が隣でうんこ漏らしてやったくらいだ。あ、これは紳士的うんこなので、今回のうんこの件には関係ない。念のため。俺のあだ名が、六年間うんこマンだったことなんて、すごくどうでもいい。マジうんこ。うんこ耐性、ひと百倍。

 よって、今回のうんこ事件を俺がひもとくのは、俺の使命。

 犯人は──この中にいる!

「とりあえず、うんこ、流さない?」

「よせ、ヨシダ! やられるぞ!」

「なんにだよ!」

「とりあえず、ドアは閉めとくよー」

 

証言その1 タナカ

「えー? 俺が寝た時間帯? あんまり覚えてねーけど、ヨシダは起きてたよな。なんだっけ? なんかのホラー映画の話してて、あれ? 途中で俺、寝ちゃったっけ? マジか。

 寝てから、誰かトイレに行ったかって? 俺、トイレの見張り番じゃねーけど。記憶にねーなあ。あ、そう言うスズキ、お前、一回、トイレに起きたろ?」

 

証言その2 ヨシダ

「最後に寝たのは確かに僕だよ。みんな寝ちゃったから、ゴミを袋に入れて、玄関の所に置いてから、ベッドに寄りかかって寝たんだ。上は、ナカガワさんが寝てたからね。みんなよく寝てて、起きる気配はなかったなぁ。その時のトイレ? どうだったかな? あ、そう言えば、電気がついてたんだ。 いや、消さなかったけど、その時は、みんな部屋にいたよ。なんで消さなかったかって? いや、たまにつけっぱなしで夜寝る人、いるだろ。アレかと思って。あ、違うんた。今度は消すよ」

 

証言その3 ナカガワ

「いや、マジうんことかどうでもいい。あんたたち、頭おかしいんじゃないの?」

 

「つまりだ」

 と、タナカが言った。

「みんなが寝て以降、トイレに入ったの、お前じゃねーか、スズキィ!」

「まて、俺じゃない!」

「犯人は得てして、そう言うこと言うよね」

「幼馴染みを疑うのか、ナカガワ!」

「うん、正直、早くこの状況が終わるなら、誰が犯人でもいい。すごく、どうでもいい」

「ちょっと待って。あれ?」

 と、ヨシダ。

「トイレ、電気が消えてるよ?」

 はっと、俺たちはそこを見た。

 確かに、電気が消えている。ヨシダの証言では、電気は付いていたはずだ。俺は消してない。

「ますます疑わしくなったな、スズキ」

 と、タナカが言う。

「なんでだよ」

「確かにね」

 軽く頷いて、ヨシダは続けた。

「トイレの電気のスイッチは、台所の照明と同じ場所だ。ちなみに、僕は、上下のどちらがトイレの電気か、知らない。仮に僕が犯人だとして、僕ははトイレの電気を消すのに、台所の電気がついて、タナカが起きるかも知れないリスクを犯すだろうか」

「犯さない。とすれば、電気を間違いなく消せる、家主の可能性──!?」

「お前だって、わかってんだろ、タナカよ」

「いや、わかんねーよ」

「でも、仮にタナカくんだった場合、起きるリスクはないよね。自分で自分なわけだし」

「そうだな。つまり、俺は犯人から、除外されたわけだ」

「まあでも、そう言うロジックを組まれると想定して、あえてそうしたって言う可能性もあるんだけど」

「ナカガワ、裏切るのか!?」

「可能性の点で言えば、ナカガワさんの論も、一理あるね」

「いやまて。そんなことを言ったら、電気が付いていたという証言自体、ヨシダ以外は確認していない。ミスリードさせるためのブラフの可能性もあるだろ」

「そこに気づいたね......その通りだ」

「ヨシダ......お前なのか!?」

「いや、違うけど、推理モノとしては、僕の立ち位置って、ここかなって」

「くそ、犯人はこの中にいるはずなのに!」

「いや、正直、あたし、どうでもいい」

「僕も」

「なんでだよ!? 大事件だろ!」

「犯人はスズキ! はい、解決!」

「ちっげーよ!」

 

「なんでもいいから、さっさと片付ければいいのに」

「俺は、水には流さないぞ!」

「うんこだけに」

「うんこだけに!」

「はいはい」

 と、ナカガワは食べかけのお菓子類を片付け始めた。マジおかあさん。ありがとう。

「あれ?」

 ふと手を止めて、いちにいと、指差し、何かを数え始めた。

「ひとつ多い」

「は?」

「マグカップ。あたし、途中でお茶入れる時、みんなに聞いて、全員分淹れたけど、五つある......」

「え? ちょ......」

 ひいふうと、ヨシダが数える。

「確かに」

「や、確かに、昨日の記憶はアレだけど、いや、ソレはアレだろ......」

「この部屋、そう言う話、あるの?」

「おい、ヨシダ......」

「え? 家賃安かったって言ってたけど、そういうこと?」

 マジ止めてよね!?

 

「と、とりあえず、さ」

 ナカガワが言った。

「もう、終わりにしよう?」

「だ、だな」

 タナカが同意する。

「スズキの今夜の安眠が保証されなくなる可能性もある」

「マジ止めて!?」

「どうする?」

 さらっと、ヨシダが言った。

「ドアを開けたら、そこになかったら」

 ......皆が息を飲んだ。

 

「お前、家主だろ、あけろよ!」

「お前のが近いんだから、さっと確認しろよ!」

「あたしはやだからね! 怖いとか、そう言うの抜きに!」

「いや、普通そうだと思うよ」

「開けろ、スズキ! 家主だろ!」

「いいよ! わかったよ!」

 

「あ、開けるぞ......」

 って、結局、みんな俺の後ろに来てんじゃねーか。

 ごくり......息を飲む俺たち。

 そして俺は、勢いよくドアを開けた。果たしてそれはそこに──!

 

 あった!

 

「あるし!」

「くっせえ!」

「予想以上の大ボリューム!?」

「そりゃ、詰まるよ!?」

 俺たちは、思い思いに叫んだ。

 

 そして、俺たちはホームセンターに向かった。

 ドアを開けた直後、「とりゃあ!」と、タナカが証拠隠滅を図るべく、うんこを大水流で流しそうとしたのだが、それはうんこともすんこともしなかったのだ。ってか、あわや溢れるかという、大規模二次災害を引き起こしそうになった。やめろ! 止まれ! 止まってくれよ! と叫ぶ俺の願いに、それはギリギリのところで踏みとどまった。コエエ、マジ部屋がうんこマンになるところだった。流石のうんこマンにも、それは流石にきっつすぎ。

「便所カッポンだけを買いにホムセンにくることになるとは」

 と、タナカ。

「僕も買っとこう。備えあればなんとかって言うし」

「あ、同感。あたしも」

「おいイィ! 四人連続で、便所カッポンだけ買うって、なにそれ!? ホムセンのレジのオバチャンも、マジでびびるわ!」

「いや、でも重要でしょ」

「うん、そうだよ」

「ああ、こういうことが、俺の部屋でも起こらないとも、限らないからな」

「いや、限れよ! 流せよ! お前ら、どんだけフリーダムなんだよ、オープンなんだよ、うんこに対して!」

 カッポン抱えて歩く四人。

 うお、マジでくそシュール。

 

「それで──」

 帰り道。

 ヨシダが言った。

「犯人は誰だか、わかったの?」

「はあ?」

 俺は眉をひん曲げて返した。まあ、正直、誰が犯人でもいいんだが──ってか、誰が犯人でもいいんだが、うんこは流せ。頼むから。あ、流れなかったんだっけか、うんこ。

「そうか、犯人は不明で、捜査終了か」

「お前?」

「おっと、仮に僕が犯人だとして、探偵の推理も聞かずに、罪を認めると思うかい?」

 そう言って、ヨシダは笑った。

 いや、なんか格好いいこと言った風だけど、その左手のカッポンで、台無しだから。カッポンふりふり、言うなよ。カッポン。

「タナカが犯人ってことで、手を打つでいいだろ。タナカだし」

「まあ、タナカだしね」

 俺たちは、カッポンをクロスさせるように打ち鳴らした。カッポンと。

 うんこマンと、マスターうんこ──あれ? うんこマイスターだっけ? うんこニストだっけ? まあ、いいや──の俺たちは、ふっとニヒルに笑いあった。

 

 ともあれ、それは水に流れた。

 長い人生、そんなこともある。教訓だ。うんこは詰まることもある。詰まらぬ争いを水に流すために、便所カッポン。名言だ。カッポンは、使い方の説明書の他に、片付け方の説明もつけておくべきだ。全てを水に流そう。俺は大人だからな。使用済みカッポンは風呂場で洗った。何か、思うところはあるが。

 シンクで手を洗い、ふと、そこにおかれていたマグカップを見た。

 ──五つ。

「!?」

 事件はまだ、終わってなどいなかった──!?


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