しこたま飲んだ記憶だけがある。ひどい頭痛がする。
俺はのそのそと起き上がると、トイレに向かった。ワンルームの俺の部屋には、サークルの連中らが同じようにつぶれている。しこたま飲んだからなあ。まあ、つぶれもする。
昼になろうかという時間帯。いい加減、他の奴等も目を覚ますか。トイレの前にいたタナカを蹴飛ばし、俺はトイレにはいった。そして──戦慄した。
「なんじゃこりゃあぁぁァ!?」
事件はトイレで起きていた!
流れてないウンコ。大量。
俺は振り向く──犯人は──この中にいる!?
「先生は、正直に言えば、許します」
と、俺はいう。
ワンルーム。犯人はこの中にいる。
「あー、頭いてーな」
「聞けよ、タナカ。テメーが一番トイレの近くにいたんだろ」
「スズキよ、お前は俺を疑うのか? 高校時代からの友人である、この俺を」
「高校時代からの友人だからだろぉ!? オメーなら、やりそうじゃねーかァ!!」
「マジか! オメー、俺をそんな目で見てたのか!」
「いや、ともかく、うんこ、流せよ」
「それはだめだ、ヨシダ!」
「そうだ、それは、重大な証拠なんだ!」
「うんこだよ!?」
「......うんこうんこ、マジ、ひどい。帰りたい」
「ナカガワさん、マジ泣きしそうなんだけど、スズキよ」
「いいよ、気にすんな、ヨシダ」
「あ、ナカガワはこう言うの耐性あるから大丈夫」
「なんでだよ! ないよ! なんで、詰まったうんこの話に付き合わされてるんだよ、あたし!」
「うんこが流れてないからだよ!」
「死ねよ!」
「ナカガワさんて、そう言うキャラだったんた......」
「おう、スズキの幼馴染みだからな」
「納得」
「「納得すんなよ!」」
しこたま飲んだ。人間は、どれくらい飲めるのかに挑んだ。そう言っても、過言ではない。と、言うくらい飲んだ。
だから、誰も気づかなかった。
トイレのうんこ。
犯人は、この中にいる。
この中──
探偵役である俺、こと、スズキは、まあ、除外だ。つうか、俺の部屋だし。自分で自分のうんこで絶叫しない。記憶ないけど。
トイレの前で寝ていたのは、タナカ。俺の高校時代からの親友。いや、今は親友ではない。もっとも可能性の高い被疑者だ。奴なら、やりかねん。前、しょんべん流してなかったし。
被疑者、その二。大学に入ってからのサークルの友人、ヨシダ。頭脳明晰、学科での交遊関係も広い、イイ奴だ。ただ、俺たちは知っている。本当のコイツは、カタカナで書くべき、イイ奴だと言うことを。割りと腹黒く、平気で他人を騙す。うんこも、わざととか、面白そうだからとか、そんな理由でやりそうなやつだ。犯人だったら、うんこマエストロと呼んでやる。意味はない。
被疑者その三。ナカガワ。紅一点だが、うんこ殺人事件の前では、貴様も被疑者だ。幼馴染みなので、女子だろうが、うんこはうんこだ。なお、ナカガワは前科がある。小学校の時、学校の帰り道でうんこを漏らして、泣いたことがある。あまりにも泣くので、俺が隣でうんこ漏らしてやったくらいだ。あ、これは紳士的うんこなので、今回のうんこの件には関係ない。念のため。俺のあだ名が、六年間うんこマンだったことなんて、すごくどうでもいい。マジうんこ。うんこ耐性、ひと百倍。
よって、今回のうんこ事件を俺がひもとくのは、俺の使命。
犯人は──この中にいる!
「とりあえず、うんこ、流さない?」
「よせ、ヨシダ! やられるぞ!」
「なんにだよ!」
「とりあえず、ドアは閉めとくよー」
証言その1 タナカ
「えー? 俺が寝た時間帯? あんまり覚えてねーけど、ヨシダは起きてたよな。なんだっけ? なんかのホラー映画の話してて、あれ? 途中で俺、寝ちゃったっけ? マジか。
寝てから、誰かトイレに行ったかって? 俺、トイレの見張り番じゃねーけど。記憶にねーなあ。あ、そう言うスズキ、お前、一回、トイレに起きたろ?」
証言その2 ヨシダ
「最後に寝たのは確かに僕だよ。みんな寝ちゃったから、ゴミを袋に入れて、玄関の所に置いてから、ベッドに寄りかかって寝たんだ。上は、ナカガワさんが寝てたからね。みんなよく寝てて、起きる気配はなかったなぁ。その時のトイレ? どうだったかな? あ、そう言えば、電気がついてたんだ。 いや、消さなかったけど、その時は、みんな部屋にいたよ。なんで消さなかったかって? いや、たまにつけっぱなしで夜寝る人、いるだろ。アレかと思って。あ、違うんた。今度は消すよ」
証言その3 ナカガワ
「いや、マジうんことかどうでもいい。あんたたち、頭おかしいんじゃないの?」
「つまりだ」
と、タナカが言った。
「みんなが寝て以降、トイレに入ったの、お前じゃねーか、スズキィ!」
「まて、俺じゃない!」
「犯人は得てして、そう言うこと言うよね」
「幼馴染みを疑うのか、ナカガワ!」
「うん、正直、早くこの状況が終わるなら、誰が犯人でもいい。すごく、どうでもいい」
「ちょっと待って。あれ?」
と、ヨシダ。
「トイレ、電気が消えてるよ?」
はっと、俺たちはそこを見た。
確かに、電気が消えている。ヨシダの証言では、電気は付いていたはずだ。俺は消してない。
「ますます疑わしくなったな、スズキ」
と、タナカが言う。
「なんでだよ」
「確かにね」
軽く頷いて、ヨシダは続けた。
「トイレの電気のスイッチは、台所の照明と同じ場所だ。ちなみに、僕は、上下のどちらがトイレの電気か、知らない。仮に僕が犯人だとして、僕ははトイレの電気を消すのに、台所の電気がついて、タナカが起きるかも知れないリスクを犯すだろうか」
「犯さない。とすれば、電気を間違いなく消せる、家主の可能性──!?」
「お前だって、わかってんだろ、タナカよ」
「いや、わかんねーよ」
「でも、仮にタナカくんだった場合、起きるリスクはないよね。自分で自分なわけだし」
「そうだな。つまり、俺は犯人から、除外されたわけだ」
「まあでも、そう言うロジックを組まれると想定して、あえてそうしたって言う可能性もあるんだけど」
「ナカガワ、裏切るのか!?」
「可能性の点で言えば、ナカガワさんの論も、一理あるね」
「いやまて。そんなことを言ったら、電気が付いていたという証言自体、ヨシダ以外は確認していない。ミスリードさせるためのブラフの可能性もあるだろ」
「そこに気づいたね......その通りだ」
「ヨシダ......お前なのか!?」
「いや、違うけど、推理モノとしては、僕の立ち位置って、ここかなって」
「くそ、犯人はこの中にいるはずなのに!」
「いや、正直、あたし、どうでもいい」
「僕も」
「なんでだよ!? 大事件だろ!」
「犯人はスズキ! はい、解決!」
「ちっげーよ!」
「なんでもいいから、さっさと片付ければいいのに」
「俺は、水には流さないぞ!」
「うんこだけに」
「うんこだけに!」
「はいはい」
と、ナカガワは食べかけのお菓子類を片付け始めた。マジおかあさん。ありがとう。
「あれ?」
ふと手を止めて、いちにいと、指差し、何かを数え始めた。
「ひとつ多い」
「は?」
「マグカップ。あたし、途中でお茶入れる時、みんなに聞いて、全員分淹れたけど、五つある......」
「え? ちょ......」
ひいふうと、ヨシダが数える。
「確かに」
「や、確かに、昨日の記憶はアレだけど、いや、ソレはアレだろ......」
「この部屋、そう言う話、あるの?」
「おい、ヨシダ......」
「え? 家賃安かったって言ってたけど、そういうこと?」
マジ止めてよね!?
「と、とりあえず、さ」
ナカガワが言った。
「もう、終わりにしよう?」
「だ、だな」
タナカが同意する。
「スズキの今夜の安眠が保証されなくなる可能性もある」
「マジ止めて!?」
「どうする?」
さらっと、ヨシダが言った。
「ドアを開けたら、そこになかったら」
......皆が息を飲んだ。
「お前、家主だろ、あけろよ!」
「お前のが近いんだから、さっと確認しろよ!」
「あたしはやだからね! 怖いとか、そう言うの抜きに!」
「いや、普通そうだと思うよ」
「開けろ、スズキ! 家主だろ!」
「いいよ! わかったよ!」
「あ、開けるぞ......」
って、結局、みんな俺の後ろに来てんじゃねーか。
ごくり......息を飲む俺たち。
そして俺は、勢いよくドアを開けた。果たしてそれはそこに──!
あった!
「あるし!」
「くっせえ!」
「予想以上の大ボリューム!?」
「そりゃ、詰まるよ!?」
俺たちは、思い思いに叫んだ。
そして、俺たちはホームセンターに向かった。
ドアを開けた直後、「とりゃあ!」と、タナカが証拠隠滅を図るべく、うんこを大水流で流しそうとしたのだが、それはうんこともすんこともしなかったのだ。ってか、あわや溢れるかという、大規模二次災害を引き起こしそうになった。やめろ! 止まれ! 止まってくれよ! と叫ぶ俺の願いに、それはギリギリのところで踏みとどまった。コエエ、マジ部屋がうんこマンになるところだった。流石のうんこマンにも、それは流石にきっつすぎ。
「便所カッポンだけを買いにホムセンにくることになるとは」
と、タナカ。
「僕も買っとこう。備えあればなんとかって言うし」
「あ、同感。あたしも」
「おいイィ! 四人連続で、便所カッポンだけ買うって、なにそれ!? ホムセンのレジのオバチャンも、マジでびびるわ!」
「いや、でも重要でしょ」
「うん、そうだよ」
「ああ、こういうことが、俺の部屋でも起こらないとも、限らないからな」
「いや、限れよ! 流せよ! お前ら、どんだけフリーダムなんだよ、オープンなんだよ、うんこに対して!」
カッポン抱えて歩く四人。
うお、マジでくそシュール。
「それで──」
帰り道。
ヨシダが言った。
「犯人は誰だか、わかったの?」
「はあ?」
俺は眉をひん曲げて返した。まあ、正直、誰が犯人でもいいんだが──ってか、誰が犯人でもいいんだが、うんこは流せ。頼むから。あ、流れなかったんだっけか、うんこ。
「そうか、犯人は不明で、捜査終了か」
「お前?」
「おっと、仮に僕が犯人だとして、探偵の推理も聞かずに、罪を認めると思うかい?」
そう言って、ヨシダは笑った。
いや、なんか格好いいこと言った風だけど、その左手のカッポンで、台無しだから。カッポンふりふり、言うなよ。カッポン。
「タナカが犯人ってことで、手を打つでいいだろ。タナカだし」
「まあ、タナカだしね」
俺たちは、カッポンをクロスさせるように打ち鳴らした。カッポンと。
うんこマンと、マスターうんこ──あれ? うんこマイスターだっけ? うんこニストだっけ? まあ、いいや──の俺たちは、ふっとニヒルに笑いあった。
ともあれ、それは水に流れた。
長い人生、そんなこともある。教訓だ。うんこは詰まることもある。詰まらぬ争いを水に流すために、便所カッポン。名言だ。カッポンは、使い方の説明書の他に、片付け方の説明もつけておくべきだ。全てを水に流そう。俺は大人だからな。使用済みカッポンは風呂場で洗った。何か、思うところはあるが。
シンクで手を洗い、ふと、そこにおかれていたマグカップを見た。
──五つ。
「!?」
事件はまだ、終わってなどいなかった──!?
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