「しゃーないやろ、そう言う契約になってんねんから」
胡散臭い関西弁でしゃべるおっさんを前に、ヤマダは困惑して目をぐるぐるさせている。基本的にアホのヤマダの方が、こんなアホな話には順応しやすいかと思ったが、そうでもないようだ。
俺は、
「要約すると」
言った。
「一万年前、シュメール人が別世界であなた方、神と魔族の双方に約束した契約の通りに、千年に一度の神魔対戦とやらの代理戦争を、俺と、このヤマダとでしろと、そう言う事?」
「せやで! あんちゃん、理解が早くてたすかるわ!」
サムズアップすんな。
「本当は、契約者当人の、シュメール人たちにやらせるべきなんですけどー」
と、うさんくさいおっさんの隣に座っていた女性が、間延びした感じで言う。ちなみにこの人は女神なんちゃらと言うそうで、神側の実行委員長だと言って名刺をくれた。今も、その名刺はテーブルの上に置いてある。ぶっとんでる。
「ところが、前回の神魔対戦の後、シュメール人の文明でひと悶着ありましてー、今や、滅亡へのカウントダウン中ーって感じで、対戦とか、やってる暇ないーって感じでして」
「それ、対戦が原因なんですか?」
「いや、単なる自分たちで起こした戦争が原因やで。対戦は、まあ……遠因言われたら、せやなー。ないとはいえんなー。文明、数百年すすませるくらいのインパクトあるしなー、程度や」
遠因足り得んのかよ……
「でも、安心してください! 千年前の教訓を生かして、今回からルールもレギュレーションも、実行委員会でしっかりと制定しました!」
「せや。これはもう、れっきとしたスポーツと言えるレベルやで!」
「あたし、運動得意じゃないんですけど……」
ヤマダ、お前は喋るな。
駅前の喫茶店。
俺と並んで座るのは、幼なじみのヤマダ。幼稚園から高校までずっと一緒の、生粋の幼なじみという、それだけでも割りとレアな関係だと思うが、今、俺達の目の前に座っている神魔大戦実行委員の二人によると、この世界で唯一の、契約シュメール人の直系子孫だと言う。
「ヤマダさんが女性ですからー、これを逃すと、もう、この世界で神魔大戦出来ませんからー。ラストチャンスですよー」
「どうしよう、サトウくん! ラストチャンスだって!」
ヤマダ、面倒になるから、お前は喋るな。
「ええと、大体の話はわかりました」
理解はともかく、俺は言った。
「これ、仮に断ったら、どうなるんですか?」
おい、おっさん、スゲー嫌そうな顔すんな。
「断らんで欲しいなあ?」
それ、脅迫デスヨ?
「ワシら魔族は、契約で生きとるさかい、今や契約に縛られて、まともに生活できてへん。そんなワシらが、ストレス発散もかねて、この千年に一度のお祭り騒ぎを、毎度、楽しみにしとるんや。断られたら……想像したくないのう?」
何が起こるんだよ……
「まあ、契約の反故になりますから、魔族さんたちは、この世界を滅ぼすくらいの権利を、手にいれられるかも知れませんねー」
にこにこしなから言うことか、それ!? あんた、女神って言ってなかったか!? 助けろよ!
「いえ、それは魔族さんたちの権利ですので、私たちにもちょっとー」
あれ? 心、読んでます?
「ええー」
ヤマダのアホ。
「ヤマダさんは、アホではないですよー」
「え!? なんであたし!?」
ヤマダ、お前は黙れ。
「まあ、戦争いうても、殺しあいとちゃう。ちゃんとルールがある、ゲームや」
「過去は、本気の代理戦争だったんですけどー、十個くらい世界を滅亡させてしまったので、あ、これは違うなって、なりましてー」
「あれ? シュメール人が契約したの、一万年前で、これ、千年に一度のって……」
「ヤマダは喋るな、ですわー」
「さらっとひどいよ、サトウくん!」
ああ、さらっとひどいな。
「まあ、細かいルールは置いといてやな」
懐からタブレット出して、俺にのみ説明しようとするおっさんも、割りとひどいな。ってか、なんでこんな最新タブレットを持ってんだよ。
「ワイ、ガジェットスキーやねん」
知らんがな。
「まあ、簡単にいえば、お互いのリソースを削りあって、先にゼロにさせた方が勝ち、って訳やな」
そのリソースの削り方、確かに人死にはでないだろうけど、どうかと思うぞ。
「慣れれば平気ですよー」
慣れたくないし。
「女神の台詞とは思えない!」
グッジョブ、ヤマダ!
「ヤマダは黙れですわー」
「サトウくん、この人、絶対女神じゃないよ!」
おう。知ってる。
「まあ、ワシら魔族からすれば、やっぱ、血、湧き、肉躍るエンターテイメントやないと、千年に一度のお祭りやさかい、みんな、納得せーへんねん。可能なら、みんな出てきて、大虐殺とかがええねんけど……」
「世界、滅んでしまいますしねー」
ぜひやめてくれ。
「しかし、このルールだと、明らかに魔族不利じゃ?」
「せやな」
「わかっとったんかい!」
「ええねん、言ったやろ。これはエンターテイメントやねん。ワシら魔族かて、勝ちたいわけとちゃうねん」
え、そうなの?
「魔族さんたちが勝ってしまうと、結局、世界が混沌として、滅んでしまうのでー」
それ、何回やった?
「四回だけですよー」
「サトウくん! 四割打者だよ! すごい打率だよ!」
「ヤマダは、黙れですわー」
「女神さま、気に入っちゃったよ!?」
「どや? 超エンターテイメントとして見れば、神魔対戦、悪くないやろ?」
「断れば、魔族が本当に世界を滅ぼすって言うんだろ?」
「結果的に、そうなるやろな」
「選択権、ねーじゃねーか」
「せやで。ワイ、悪魔やからな」
「ひどい殺し文句だよ、サトウくん!」
「同感ですわー」
「意見あっちゃった!?」
「超エンターテイメントとして、このイベントを、ヤマダと俺にやれ、と」
「せや」
そして、おっさんは言った。
「勇者と魔王の、出来レースや」
エンターテイメントなら、テレビ、ラジオ、インターネット、某動画サイトやら、大手ニュースサイトやら、全てを巻き込んでやらなきゃ、超エンターテイメントとは言えんだろう。
世界を滅ぼす魔王がメディアに露出するってのもどうかと思うが、まあ、時代が時代と言うことで。
「さて、世界人族の皆様。今宵も、宴の時間がやってまいりました」
と、扇情的な服に身を包んだ淫魔、マーリンさんが言う。ぷるんとたわわなお胸を揺らすのは、もはや様式美。今宵も、動画サイトのコメント欄は、弾幕に包まれていることだろう。PTAからは苦情が殺到しているそうだが、どこに何を言っても、魔族が知ったことではない。ってか、魔族だし。わざとだし。「いや、私、そんな役、嫌ですよ」なんて、実は淫魔でもなんでもないマーリンさんが言っていたなんて、すごくどうでもいい。先週発表された、マーリンさんフィギュアが、予約完売ってくらい、どうでもいい。俺には一銭も入ってこない。
「ふはははは! 皆の者、準備はよいか!」
と、歩み出てくるのは、身の丈三メートルは優に超える、まさにデーモンと言った風体の魔族の者だ。まあ、中身は、実は先のおっさんなんだけどな。そして弾幕には、「閣下ー!」が踊ってるんだろうけどな。誰が言い出したのか知らないが、正しいっちゃ、正しい。
「今宵は、あの始まりの地。渋谷を再び、舞台とする!」
と、タブレットを画面に見せつける。閣下、タブレット、また変わってるって、草生えてんぞ。まあ、このアンマッチさが閣下の魅力なのだと、どこぞで聞いた。主にネット。
大手地図サイト上では、渋谷駅を中心に、半径二キロの円が描かれていることだろう。そして、ロードされたスクリプトが、閣下のタブレットと同じ数値を画面上に描画したあたりか。
マーリンさんが、タブレットを手に、毎度の説明を口にする。お胸はぷるんも忘れない。
「渋谷駅周辺、現在の人族たちの寿命、及び体力から、エリアHPは26,354。これに建築物等の構造破壊点を加算して、最終エリアHPは、6,562,847です」
これが、このエリアの陥落条件だ。
削りきれば、魔族の領地となる。ルール上はな。あくまで、ルール上は、な。
「巻き込まれた愚かなる人族には、チャンスをやろう」
そして、ルールその二。
「貴様らの頭上の数値、およびバーは、貴様らのHPだ。ゼロになった時点で貴様らの魂はエリア上に漂うエーテル体となり、我らがエリアHPをゼロにした時点で、我ら魔族のものとなる。これは契約だ。望まぬのなら、戦え! 我らを楽しませてみよ!」
ちなみに、HPがゼロになるのは割りと一瞬。なお、その課程で痛みもなにも、一切ない。ただの数値の減少としてしか、意味を持たない。ので、むしろHPをゼロにしてエーテル体になってみたいと言うやからも多く、自らやられに来る奴もいる。臨死体験というか、まあ、幽体離脱みたいな感覚がお手軽に体験できて、かつ、メインバトルを生で見られると言う、特典付きだからな。
ともあれ、
「さあ、魔王様! 進撃の狼煙を!!」
マーリンさんの一声に、画面が切り替わる。
「今宵も……」
俺は伊達眼鏡を上げつつ、渋谷スクランブル交差点で振り向く。
撮影スタッフ、アーリマンさんの目が、俺を映す。
望遠からの、スーパーズームでバストショットを抜き、俺が腕をあげ終えると同時に、背後からのバックショットに切り替わる。俺の指が指し示す先、109ビルへと、俺の指から特大の雷撃が迸る。
閃光、爆音、崩れ落ちる109。
「恐怖にうち震えるがよい! 人族よ!!」
俺こと、魔王の一声に、渋谷に無数の魔族がポップする。
「宴の時間だ!!」
両腕を広げ、俺は夜空へ高々と宣言した。
あ、わりとこのキャラ付け、人気あるんですよ? Sっ気がいいって、主に腐女子弾幕。
さて、宴が始まれば、正直、あんまりすることはないのだが、今日はちょっとしたアクシデントがあった。
なんと、始まってすぐ、あろうことか、魔王たる俺に向かって、無謀にも車ごと突っ込んで来たお兄さんがいた。
「死ね! 魔王!!」
おい、様式美を理解しない奴だな。魔族シーンが終わったら、勇者ターンの演出見てやれよ。これだって、毎週、企画会議とかしてんだぞ。わりとストーリー、凝ってんだから。
「愚かな」
アーリマンさんがまだ映しているのを確認して俺は呟き、車に向かって手をあげた。エリア内では魔王はイモータルオブジェクト。つまり、破壊不可オブジェクト扱いだ。対して、車は破壊点のあるオブジェクトなので、衝突すれば、結果は歴然。魔王の手のひらで、それは自らの運動エネルギーによって押し潰された。運転手のお兄さんも同時に。
「うお、まじか!」
ふよんと飛び出たエーテル体が言う。浮遊しているので、魔王より頭が高いが、魔王さまはそんなことは気にしない。お客様は神様です。いや、神は敵だった。
「愚かな。その程度で、私に傷をつけられると思ったか」
ガソリンの延焼の中で不敵に笑う。
「いや、まじすげー、これがエーテル体?」
「左様」
「これ、本当に放送終わったら、元に戻んの?」
フレンドリーだな。まあ、いいけど。
「我ら魔族は、契約を守る。エリアHPがゼロにならず、我ら魔族の侵攻を人族がくい止める事が出来たならば、完全なる原状回復を約束しよう」
ルールその三。この、完全なる原状回復。これがマジで凄い。本当に全て、何事も無かったかのように開始時の状態に戻る。怪我は勿論、倒壊した建物だって、エーテル体の人だって、十円傷だって、おそらく取れたかさぶただって、完璧に元に戻る。完璧に、だ。
「マジか、すげー」
が、勘違いされては困るので、言っておく。魔王の威信にかけて。
「貴様ら、人族が勝利すればな」
フッと、笑う。
と、
「いや、魔族側、勝ったことねーじゃん」
お前、魔族が勝ったらマジで死ぬんですけど? わかってます?
「魔王! そんなことはさせない!」
って、振り向き様に思わず声が出そうになるわ! 馬鹿か、お前は!?
「あたしは、ダメ人間だけど……勇者として選ばれた以上、誰のためにでもなく、あたしのために……世界は、あたしが守ってみせる!」
アホか、ヤマダ!
勇者ターンの映像、共通チャンネルで殆ど出てねーよ! 何、早くも登場してんだよ! 魔族チャンネルをご覧の皆様には、殆ど台詞の意味、わかってねーよ!
こう言うのはなあ、様式美って言うのが大事なんだよ、ヤマダぁ!!
俺に睨まれて、あれ? って顔すんな。
まあ、今宵も、アホのヤマダキター!! の弾幕が凄かろう……魔族チャンネルの皆様は、タイムシフトでご覧ください。まあ、勇者側も、あれはあれで人気があるから、半分くらいの人は見ていてくれているはず。
「ふん、勇者か」
エーテル体少ないな、もうちょっと、引き伸ばすか……と、思いつつ、言う。
「戯れ言を。今宵は、余も機嫌がよい。少し、遊んでくれよう」
魔族チャンネルをご覧の皆様にしか、わからないネタだけどな! タイムシフトでご覧ください。王女かわいいよ、王女。
「吹き飛べ」
と、魔王が腕を振るえば、勇者がぶっ飛ぶ。渋谷駅方面に適当にすっ飛ばしたが、やべえ、渋谷駅、半壊した。あいつ、イモータルじゃないんたよな……平気だと思うけど。
「ぐっふー、サトウくん、マジ、容赦ないー……」
勇者チャンネルで、ナチュラルに名前を呼ぶな。
瓦礫の中から、むくりと起き上がるヤマダ。
「でも、あたしは負けない……」
と、まっすぐに前を見て、
「世界を、あたしが、守るんだっ!」
わりとこう、アホなりに一直線な所が、人気あるんだぜ? 勇者の日常シリーズ、ブルーレイ、好評予約受付中。マーリンさんも出てます。
「勇者とは、自ら光となりて、導くもの!」
勇者が天に手を掲げ、叫ぶ。その身体から立ち上る光が、柱となって、天を穿つ。
ひと振りの白銀の剣がその中から現れ、勇者の手に握られた。
「集え、白銀の剣に、勇気あるものの力よ──魂よ!!」
渦巻く光。勇者が剣を振るい、大地に突き立てる。と、光は少女をつつみ、やがて衣となり、勇者をそこに顕現させる。
「こういう時、攻撃しちゃえばいいのにって思うんだが、なんでしねーの?」
先のエーテル体になったお兄さんが聞いてきた。
「そう言う契約だからな」
と、返したが、台詞を選ぶべきだったかもしれん。まあ、なんにせよ、変身シーンに手を出すなど、邪道もいいところだろう。やるとしても、ギャグ回だ。ってか、割りとこの変身シーンも、人気あるんだぜ。お子さま女児が真似したりしてるし、おっきなお子さま的には、お約束の変身シーンのアレで、ちっぱい弾幕が張られるしな。本人はいたく傷ついていたが。
あと、この変身シーン中は、全世界のインターネットのトラフィックが、一時的に増加する。集え、と言うのは、ただの台詞ではないのだ。本当に勇者に対して、力を与える事が出来る。具体的にはエーテルの一部を譲渡するだけなので、心に思うだけでもいいのだが、なぜか今は、つぶやきやら某掲示板やらで、魂を!! と書き込むのが流行っている。目指せバルス。バロスと同じくらい、ちっぱいを!! 勢がいるらしいが、ヤマダが落ち込むので、教えていない。
ともあれ、勇者は顕現した。
本日の衣装はBタイプだ。集めたエーテル量ってか、リクエストで変わる仕組みだが、最近、B多いな。
勇者の最終エーテル量が演算され、表示される。さて、人族よ。それが貴様ら人族の、最後の希望の総量だ。
ん?
「あれ?」
と、ヤマダ。
「サトウくん、HPバーでてるよ?」
名前呼ぶな。
ってか、破壊不可オブジェクトであるはずの俺に、なぜ破壊点が? しかも勇者の数値と同じじゃねーか。
これは──
「今宵は、少々機嫌がよい。余、自らがお相手いたそう、勇者よ」
って話か? 閣下め。勝手なことを。
「え? 本当に? え? いいの?」
ボロが出るから、ヤマダは喋るな。
まあ、ヤバくなったら、撤退すればいい。おっと、閣下からテレパスが来た。うん、ネットは大分盛り上がっているようだ。誰だ、剥けとか言ってる奴は。見たいか、あれ。まあ、ご要望とあらば、応えんでもないがな。魔王としてな。あくまで、魔族のやり方としてな!
フッと笑う魔王に、勇者が剣を構え直す。
エーテル体も大分集まって来たようだ。──頃合いだろう。
「行くぞ! 勇者よ!」
勇者と魔王の出来レース──じゃなかった。死闘が、今まさに、幕をあげる!
「お手柔らかに!」
ヤマダ、お前は喋るな!
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