studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2015.06.04

勇者と魔王の出来レース

Written by
しゃちょ
Category
読み物
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「しゃーないやろ、そう言う契約になってんねんから」

 胡散臭い関西弁でしゃべるおっさんを前に、ヤマダは困惑して目をぐるぐるさせている。基本的にアホのヤマダの方が、こんなアホな話には順応しやすいかと思ったが、そうでもないようだ。

 俺は、

「要約すると」

 言った。

「一万年前、シュメール人が別世界であなた方、神と魔族の双方に約束した契約の通りに、千年に一度の神魔対戦とやらの代理戦争を、俺と、このヤマダとでしろと、そう言う事?」

「せやで! あんちゃん、理解が早くてたすかるわ!」

 サムズアップすんな。


「本当は、契約者当人の、シュメール人たちにやらせるべきなんですけどー」

 と、うさんくさいおっさんの隣に座っていた女性が、間延びした感じで言う。ちなみにこの人は女神なんちゃらと言うそうで、神側の実行委員長だと言って名刺をくれた。今も、その名刺はテーブルの上に置いてある。ぶっとんでる。

「ところが、前回の神魔対戦の後、シュメール人の文明でひと悶着ありましてー、今や、滅亡へのカウントダウン中ーって感じで、対戦とか、やってる暇ないーって感じでして」

「それ、対戦が原因なんですか?」

「いや、単なる自分たちで起こした戦争が原因やで。対戦は、まあ……遠因言われたら、せやなー。ないとはいえんなー。文明、数百年すすませるくらいのインパクトあるしなー、程度や」

 遠因足り得んのかよ……

「でも、安心してください! 千年前の教訓を生かして、今回からルールもレギュレーションも、実行委員会でしっかりと制定しました!」
「せや。これはもう、れっきとしたスポーツと言えるレベルやで!」
「あたし、運動得意じゃないんですけど……」

 ヤマダ、お前は喋るな。

 駅前の喫茶店。

 俺と並んで座るのは、幼なじみのヤマダ。幼稚園から高校までずっと一緒の、生粋の幼なじみという、それだけでも割りとレアな関係だと思うが、今、俺達の目の前に座っている神魔大戦実行委員の二人によると、この世界で唯一の、契約シュメール人の直系子孫だと言う。

「ヤマダさんが女性ですからー、これを逃すと、もう、この世界で神魔大戦出来ませんからー。ラストチャンスですよー」
「どうしよう、サトウくん! ラストチャンスだって!」

 ヤマダ、面倒になるから、お前は喋るな。


「ええと、大体の話はわかりました」

 理解はともかく、俺は言った。

「これ、仮に断ったら、どうなるんですか?」

 おい、おっさん、スゲー嫌そうな顔すんな。

「断らんで欲しいなあ?」
 それ、脅迫デスヨ?

「ワシら魔族は、契約で生きとるさかい、今や契約に縛られて、まともに生活できてへん。そんなワシらが、ストレス発散もかねて、この千年に一度のお祭り騒ぎを、毎度、楽しみにしとるんや。断られたら……想像したくないのう?」

 何が起こるんだよ……

「まあ、契約の反故になりますから、魔族さんたちは、この世界を滅ぼすくらいの権利を、手にいれられるかも知れませんねー」

 にこにこしなから言うことか、それ!? あんた、女神って言ってなかったか!? 助けろよ!

「いえ、それは魔族さんたちの権利ですので、私たちにもちょっとー」

 あれ? 心、読んでます?

「ええー」

 ヤマダのアホ。

「ヤマダさんは、アホではないですよー」
「え!? なんであたし!?」

 ヤマダ、お前は黙れ。


「まあ、戦争いうても、殺しあいとちゃう。ちゃんとルールがある、ゲームや」
「過去は、本気の代理戦争だったんですけどー、十個くらい世界を滅亡させてしまったので、あ、これは違うなって、なりましてー」
「あれ? シュメール人が契約したの、一万年前で、これ、千年に一度のって……」
「ヤマダは喋るな、ですわー」
「さらっとひどいよ、サトウくん!」

 ああ、さらっとひどいな。

「まあ、細かいルールは置いといてやな」

 懐からタブレット出して、俺にのみ説明しようとするおっさんも、割りとひどいな。ってか、なんでこんな最新タブレットを持ってんだよ。

「ワイ、ガジェットスキーやねん」
 知らんがな。


「まあ、簡単にいえば、お互いのリソースを削りあって、先にゼロにさせた方が勝ち、って訳やな」

 そのリソースの削り方、確かに人死にはでないだろうけど、どうかと思うぞ。

「慣れれば平気ですよー」
 慣れたくないし。
「女神の台詞とは思えない!」
 グッジョブ、ヤマダ!

「ヤマダは黙れですわー」
「サトウくん、この人、絶対女神じゃないよ!」

 おう。知ってる。

「まあ、ワシら魔族からすれば、やっぱ、血、湧き、肉躍るエンターテイメントやないと、千年に一度のお祭りやさかい、みんな、納得せーへんねん。可能なら、みんな出てきて、大虐殺とかがええねんけど……」
「世界、滅んでしまいますしねー」

 ぜひやめてくれ。

「しかし、このルールだと、明らかに魔族不利じゃ?」

「せやな」

「わかっとったんかい!」

「ええねん、言ったやろ。これはエンターテイメントやねん。ワシら魔族かて、勝ちたいわけとちゃうねん」

 え、そうなの?

「魔族さんたちが勝ってしまうと、結局、世界が混沌として、滅んでしまうのでー」

 それ、何回やった?

「四回だけですよー」
「サトウくん! 四割打者だよ! すごい打率だよ!」
「ヤマダは、黙れですわー」
「女神さま、気に入っちゃったよ!?」

「どや? 超エンターテイメントとして見れば、神魔対戦、悪くないやろ?」

「断れば、魔族が本当に世界を滅ぼすって言うんだろ?」

「結果的に、そうなるやろな」

「選択権、ねーじゃねーか」

「せやで。ワイ、悪魔やからな」
「ひどい殺し文句だよ、サトウくん!」
「同感ですわー」
「意見あっちゃった!?」

「超エンターテイメントとして、このイベントを、ヤマダと俺にやれ、と」

「せや」

 そして、おっさんは言った。

「勇者と魔王の、出来レースや」


 エンターテイメントなら、テレビ、ラジオ、インターネット、某動画サイトやら、大手ニュースサイトやら、全てを巻き込んでやらなきゃ、超エンターテイメントとは言えんだろう。

 世界を滅ぼす魔王がメディアに露出するってのもどうかと思うが、まあ、時代が時代と言うことで。

「さて、世界人族の皆様。今宵も、宴の時間がやってまいりました」

 と、扇情的な服に身を包んだ淫魔、マーリンさんが言う。ぷるんとたわわなお胸を揺らすのは、もはや様式美。今宵も、動画サイトのコメント欄は、弾幕に包まれていることだろう。PTAからは苦情が殺到しているそうだが、どこに何を言っても、魔族が知ったことではない。ってか、魔族だし。わざとだし。「いや、私、そんな役、嫌ですよ」なんて、実は淫魔でもなんでもないマーリンさんが言っていたなんて、すごくどうでもいい。先週発表された、マーリンさんフィギュアが、予約完売ってくらい、どうでもいい。俺には一銭も入ってこない。

「ふはははは! 皆の者、準備はよいか!」

 と、歩み出てくるのは、身の丈三メートルは優に超える、まさにデーモンと言った風体の魔族の者だ。まあ、中身は、実は先のおっさんなんだけどな。そして弾幕には、「閣下ー!」が踊ってるんだろうけどな。誰が言い出したのか知らないが、正しいっちゃ、正しい。

「今宵は、あの始まりの地。渋谷を再び、舞台とする!」

 と、タブレットを画面に見せつける。閣下、タブレット、また変わってるって、草生えてんぞ。まあ、このアンマッチさが閣下の魅力なのだと、どこぞで聞いた。主にネット。

 大手地図サイト上では、渋谷駅を中心に、半径二キロの円が描かれていることだろう。そして、ロードされたスクリプトが、閣下のタブレットと同じ数値を画面上に描画したあたりか。

 マーリンさんが、タブレットを手に、毎度の説明を口にする。お胸はぷるんも忘れない。

「渋谷駅周辺、現在の人族たちの寿命、及び体力から、エリアHPは26,354。これに建築物等の構造破壊点を加算して、最終エリアHPは、6,562,847です」

 これが、このエリアの陥落条件だ。
 削りきれば、魔族の領地となる。ルール上はな。あくまで、ルール上は、な。

「巻き込まれた愚かなる人族には、チャンスをやろう」

 そして、ルールその二。

「貴様らの頭上の数値、およびバーは、貴様らのHPだ。ゼロになった時点で貴様らの魂はエリア上に漂うエーテル体となり、我らがエリアHPをゼロにした時点で、我ら魔族のものとなる。これは契約だ。望まぬのなら、戦え! 我らを楽しませてみよ!」

 ちなみに、HPがゼロになるのは割りと一瞬。なお、その課程で痛みもなにも、一切ない。ただの数値の減少としてしか、意味を持たない。ので、むしろHPをゼロにしてエーテル体になってみたいと言うやからも多く、自らやられに来る奴もいる。臨死体験というか、まあ、幽体離脱みたいな感覚がお手軽に体験できて、かつ、メインバトルを生で見られると言う、特典付きだからな。

 ともあれ、

「さあ、魔王様! 進撃の狼煙を!!」
 マーリンさんの一声に、画面が切り替わる。

「今宵も……」

 俺は伊達眼鏡を上げつつ、渋谷スクランブル交差点で振り向く。

 撮影スタッフ、アーリマンさんの目が、俺を映す。

 望遠からの、スーパーズームでバストショットを抜き、俺が腕をあげ終えると同時に、背後からのバックショットに切り替わる。俺の指が指し示す先、109ビルへと、俺の指から特大の雷撃が迸る。

 閃光、爆音、崩れ落ちる109。

「恐怖にうち震えるがよい! 人族よ!!」
 俺こと、魔王の一声に、渋谷に無数の魔族がポップする。

「宴の時間だ!!」

 両腕を広げ、俺は夜空へ高々と宣言した。

 あ、わりとこのキャラ付け、人気あるんですよ? Sっ気がいいって、主に腐女子弾幕。


 さて、宴が始まれば、正直、あんまりすることはないのだが、今日はちょっとしたアクシデントがあった。

 なんと、始まってすぐ、あろうことか、魔王たる俺に向かって、無謀にも車ごと突っ込んで来たお兄さんがいた。

「死ね! 魔王!!」

 おい、様式美を理解しない奴だな。魔族シーンが終わったら、勇者ターンの演出見てやれよ。これだって、毎週、企画会議とかしてんだぞ。わりとストーリー、凝ってんだから。

「愚かな」

 アーリマンさんがまだ映しているのを確認して俺は呟き、車に向かって手をあげた。エリア内では魔王はイモータルオブジェクト。つまり、破壊不可オブジェクト扱いだ。対して、車は破壊点のあるオブジェクトなので、衝突すれば、結果は歴然。魔王の手のひらで、それは自らの運動エネルギーによって押し潰された。運転手のお兄さんも同時に。

「うお、まじか!」

 ふよんと飛び出たエーテル体が言う。浮遊しているので、魔王より頭が高いが、魔王さまはそんなことは気にしない。お客様は神様です。いや、神は敵だった。

「愚かな。その程度で、私に傷をつけられると思ったか」
 ガソリンの延焼の中で不敵に笑う。

「いや、まじすげー、これがエーテル体?」
「左様」
「これ、本当に放送終わったら、元に戻んの?」
 フレンドリーだな。まあ、いいけど。

「我ら魔族は、契約を守る。エリアHPがゼロにならず、我ら魔族の侵攻を人族がくい止める事が出来たならば、完全なる原状回復を約束しよう」

 ルールその三。この、完全なる原状回復。これがマジで凄い。本当に全て、何事も無かったかのように開始時の状態に戻る。怪我は勿論、倒壊した建物だって、エーテル体の人だって、十円傷だって、おそらく取れたかさぶただって、完璧に元に戻る。完璧に、だ。

「マジか、すげー」

 が、勘違いされては困るので、言っておく。魔王の威信にかけて。

「貴様ら、人族が勝利すればな」
 フッと、笑う。
 と、

「いや、魔族側、勝ったことねーじゃん」

 お前、魔族が勝ったらマジで死ぬんですけど? わかってます?


「魔王! そんなことはさせない!」
 って、振り向き様に思わず声が出そうになるわ! 馬鹿か、お前は!?

「あたしは、ダメ人間だけど……勇者として選ばれた以上、誰のためにでもなく、あたしのために……世界は、あたしが守ってみせる!」

 アホか、ヤマダ!

 勇者ターンの映像、共通チャンネルで殆ど出てねーよ! 何、早くも登場してんだよ! 魔族チャンネルをご覧の皆様には、殆ど台詞の意味、わかってねーよ!

 こう言うのはなあ、様式美って言うのが大事なんだよ、ヤマダぁ!!

 俺に睨まれて、あれ? って顔すんな。

 まあ、今宵も、アホのヤマダキター!! の弾幕が凄かろう……魔族チャンネルの皆様は、タイムシフトでご覧ください。まあ、勇者側も、あれはあれで人気があるから、半分くらいの人は見ていてくれているはず。

「ふん、勇者か」

 エーテル体少ないな、もうちょっと、引き伸ばすか……と、思いつつ、言う。

「戯れ言を。今宵は、余も機嫌がよい。少し、遊んでくれよう」

 魔族チャンネルをご覧の皆様にしか、わからないネタだけどな! タイムシフトでご覧ください。王女かわいいよ、王女。

「吹き飛べ」

 と、魔王が腕を振るえば、勇者がぶっ飛ぶ。渋谷駅方面に適当にすっ飛ばしたが、やべえ、渋谷駅、半壊した。あいつ、イモータルじゃないんたよな……平気だと思うけど。
 
「ぐっふー、サトウくん、マジ、容赦ないー……」
 勇者チャンネルで、ナチュラルに名前を呼ぶな。

 瓦礫の中から、むくりと起き上がるヤマダ。

「でも、あたしは負けない……」

 と、まっすぐに前を見て、

「世界を、あたしが、守るんだっ!」

 わりとこう、アホなりに一直線な所が、人気あるんだぜ? 勇者の日常シリーズ、ブルーレイ、好評予約受付中。マーリンさんも出てます。

「勇者とは、自ら光となりて、導くもの!」

 勇者が天に手を掲げ、叫ぶ。その身体から立ち上る光が、柱となって、天を穿つ。

 ひと振りの白銀の剣がその中から現れ、勇者の手に握られた。

「集え、白銀の剣に、勇気あるものの力よ──魂よ!!」

 渦巻く光。勇者が剣を振るい、大地に突き立てる。と、光は少女をつつみ、やがて衣となり、勇者をそこに顕現させる。

「こういう時、攻撃しちゃえばいいのにって思うんだが、なんでしねーの?」
 先のエーテル体になったお兄さんが聞いてきた。
「そう言う契約だからな」

 と、返したが、台詞を選ぶべきだったかもしれん。まあ、なんにせよ、変身シーンに手を出すなど、邪道もいいところだろう。やるとしても、ギャグ回だ。ってか、割りとこの変身シーンも、人気あるんだぜ。お子さま女児が真似したりしてるし、おっきなお子さま的には、お約束の変身シーンのアレで、ちっぱい弾幕が張られるしな。本人はいたく傷ついていたが。

 あと、この変身シーン中は、全世界のインターネットのトラフィックが、一時的に増加する。集え、と言うのは、ただの台詞ではないのだ。本当に勇者に対して、力を与える事が出来る。具体的にはエーテルの一部を譲渡するだけなので、心に思うだけでもいいのだが、なぜか今は、つぶやきやら某掲示板やらで、魂を!! と書き込むのが流行っている。目指せバルス。バロスと同じくらい、ちっぱいを!! 勢がいるらしいが、ヤマダが落ち込むので、教えていない。

 ともあれ、勇者は顕現した。

 本日の衣装はBタイプだ。集めたエーテル量ってか、リクエストで変わる仕組みだが、最近、B多いな。

 勇者の最終エーテル量が演算され、表示される。さて、人族よ。それが貴様ら人族の、最後の希望の総量だ。

 ん?

「あれ?」
 と、ヤマダ。

「サトウくん、HPバーでてるよ?」
 名前呼ぶな。

 ってか、破壊不可オブジェクトであるはずの俺に、なぜ破壊点が? しかも勇者の数値と同じじゃねーか。

 これは──

「今宵は、少々機嫌がよい。余、自らがお相手いたそう、勇者よ」
 って話か? 閣下め。勝手なことを。

「え? 本当に? え? いいの?」
 ボロが出るから、ヤマダは喋るな。

 まあ、ヤバくなったら、撤退すればいい。おっと、閣下からテレパスが来た。うん、ネットは大分盛り上がっているようだ。誰だ、剥けとか言ってる奴は。見たいか、あれ。まあ、ご要望とあらば、応えんでもないがな。魔王としてな。あくまで、魔族のやり方としてな!

 フッと笑う魔王に、勇者が剣を構え直す。

 エーテル体も大分集まって来たようだ。──頃合いだろう。

「行くぞ! 勇者よ!」

 勇者と魔王の出来レース──じゃなかった。死闘が、今まさに、幕をあげる!

「お手柔らかに!」

 ヤマダ、お前は喋るな!


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