studio Odyssey




スタジオ日誌

日誌的なもの

2015.03.07

スケッチ

Written by
しゃちょ
Category
読み物
Tags

 カチャカチャ爪が鳴る。うざい。切りたい。でも爪切りないし、他人の爪切りをかりるのなんか、やだし。

 かちゃかちゃ伸びた爪が、キーボードにぶつかる度にちいさく鳴る。こうなると、もうだめ。気になって仕方ない。普段は意識しないのに、なんか、こう、爪の先がもわっとした感じになって、伸びたって言っても、キャバクラのおねーちゃん程じゃないはずなのに、それがなんか、すっごい違和感。気になる。

 手のひら側から、爪を見てみた。

 五ミリ...ないか。まあ、長いよね。しっかし、きったないな!爪の間に、煙草の葉がついてんじゃん!

「手相でも見てんの?」

 なんでよ。まあ、見えなくもないだろうけど。

 同僚が、視線をモニターに戻しながら続けた。

「なんなら、視てあげようか、手相。実は、ちょっとかじったことあるんだ」

 と、なんだその突然のカミングアウト。どうでもいいわ。

「何線?」

「最寄り駅は京王線」

「私、半蔵門線」

「仕事しろ」

「してる」

 話しかけて来たのは、そっちだけどな!いいけど。

 かちゃかちゃキーボードを叩いて、企画書を組み上げていく。まあ、ほとんど完成していて、語尾だの、言い回しだのを直しているだけだから、頭はあんまりつかわないんだけど...爪が気になる。

 最近は仕事ばっかで、自分ケアを怠ってるからなあ。これが終わったら、海外にでもバカンスに行きたい。ああ、南の島に行きたい。グアムとかサイパン、ハワイとか。海外、行ったことないけど。パスポート、持ってないし。

 腰を伸ばすようにして、ため息と一緒にキーボードから手を離した同僚が、ちらりとこちらを見て、言った。

「でも、伸びたねぇ」

「え?マジで?わかんの?」

「えー?のばしてんでしょ?」

 ねーよ。

「髪」

 そっちかよ!

「別に。切りにいくのがめんどくさいだけ」

「給料日、来週だしね」

 いや、そこまで金なくねーし。

「爪」

 と、短く言う。

 ん、と見られる。

「そう?」

 と、自分の爪と見比べて小首をかしげている。あまかったわー、なんだその爪。毎日やすりでもかけてんのか。

「邪魔じゃね?」

「えー?そう?」

 慣れか。慣れなのか。あー、話題にしたら、気になるもわもわ、再燃だわ。

「てか、せっかく伸びたんなら、ケアすれば良くない?」

「...めんどくさい」

「髪伸ばしてますー、爪のケア始めましたー、あとはダイエット開始ーで、寿退社準備中ですかー」

「ああ、体重はおちたな、うん。あと、さっき、パスポート取ろうと思ってた」

「私を置いていかないで」

「仕事しろ」

「ってことがあった」

 ぱちんぱちんと、爪切りで爪を切りながら、テーブルの上のスマフォに向かって言う。

 風呂上がり。伸びた髪はタオルの中。二の腕は若さ的な意味ではなくて、ぷるんぷるん。一キロニキロで、人は変わりません。

「パスポートはとっとけよ」

 電話の向こう側、彼氏が言う。

「めんどくさいー」

 応えて、爪の先をやすりでごりごり。ふっと、息を吹き掛けて、あ、やべ、ティッシュの上の爪が飛びそう。まあ、でも、耐えた。足の親指の爪って、いっぺんに繋げて切りたくなるよね。

「しらんがな」

 つまんで、眺めて、おおーってやるじゃん。やらないか、私だけか。やるんだけど。

「今週、大丈夫?」

「んー、平気」

 眺めてた足の爪をティッシュにくるんで、ポーイ。外した。まあ、いいか。

 スマフォを手にして、ごろんと寝そべる。

 左手を伸ばして、ライトにかざしてみた。

 とりあえず、甘皮処理して、ネイルオイルくらいぬってみたけど、

「めんどくさいなー」

「え?なに?」

「ひとりごとー」

 あー、定期代の申請しなきゃだわ。最寄り駅も変わるんだった。


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