カチャカチャ爪が鳴る。うざい。切りたい。でも爪切りないし、他人の爪切りをかりるのなんか、やだし。
かちゃかちゃ伸びた爪が、キーボードにぶつかる度にちいさく鳴る。こうなると、もうだめ。気になって仕方ない。普段は意識しないのに、なんか、こう、爪の先がもわっとした感じになって、伸びたって言っても、キャバクラのおねーちゃん程じゃないはずなのに、それがなんか、すっごい違和感。気になる。
手のひら側から、爪を見てみた。
五ミリ...ないか。まあ、長いよね。しっかし、きったないな!爪の間に、煙草の葉がついてんじゃん!
「手相でも見てんの?」
なんでよ。まあ、見えなくもないだろうけど。
同僚が、視線をモニターに戻しながら続けた。
「なんなら、視てあげようか、手相。実は、ちょっとかじったことあるんだ」
と、なんだその突然のカミングアウト。どうでもいいわ。
「何線?」
「最寄り駅は京王線」
「私、半蔵門線」
「仕事しろ」
「してる」
話しかけて来たのは、そっちだけどな!いいけど。
かちゃかちゃキーボードを叩いて、企画書を組み上げていく。まあ、ほとんど完成していて、語尾だの、言い回しだのを直しているだけだから、頭はあんまりつかわないんだけど...爪が気になる。
最近は仕事ばっかで、自分ケアを怠ってるからなあ。これが終わったら、海外にでもバカンスに行きたい。ああ、南の島に行きたい。グアムとかサイパン、ハワイとか。海外、行ったことないけど。パスポート、持ってないし。
腰を伸ばすようにして、ため息と一緒にキーボードから手を離した同僚が、ちらりとこちらを見て、言った。
「でも、伸びたねぇ」
「え?マジで?わかんの?」
「えー?のばしてんでしょ?」
ねーよ。
「髪」
そっちかよ!
「別に。切りにいくのがめんどくさいだけ」
「給料日、来週だしね」
いや、そこまで金なくねーし。
「爪」
と、短く言う。
ん、と見られる。
「そう?」
と、自分の爪と見比べて小首をかしげている。あまかったわー、なんだその爪。毎日やすりでもかけてんのか。
「邪魔じゃね?」
「えー?そう?」
慣れか。慣れなのか。あー、話題にしたら、気になるもわもわ、再燃だわ。
「てか、せっかく伸びたんなら、ケアすれば良くない?」
「...めんどくさい」
「髪伸ばしてますー、爪のケア始めましたー、あとはダイエット開始ーで、寿退社準備中ですかー」
「ああ、体重はおちたな、うん。あと、さっき、パスポート取ろうと思ってた」
「私を置いていかないで」
「仕事しろ」
「ってことがあった」
ぱちんぱちんと、爪切りで爪を切りながら、テーブルの上のスマフォに向かって言う。
風呂上がり。伸びた髪はタオルの中。二の腕は若さ的な意味ではなくて、ぷるんぷるん。一キロニキロで、人は変わりません。
「パスポートはとっとけよ」
電話の向こう側、彼氏が言う。
「めんどくさいー」
応えて、爪の先をやすりでごりごり。ふっと、息を吹き掛けて、あ、やべ、ティッシュの上の爪が飛びそう。まあ、でも、耐えた。足の親指の爪って、いっぺんに繋げて切りたくなるよね。
「しらんがな」
つまんで、眺めて、おおーってやるじゃん。やらないか、私だけか。やるんだけど。
「今週、大丈夫?」
「んー、平気」
眺めてた足の爪をティッシュにくるんで、ポーイ。外した。まあ、いいか。
スマフォを手にして、ごろんと寝そべる。
左手を伸ばして、ライトにかざしてみた。
とりあえず、甘皮処理して、ネイルオイルくらいぬってみたけど、
「めんどくさいなー」
「え?なに?」
「ひとりごとー」
あー、定期代の申請しなきゃだわ。最寄り駅も変わるんだった。
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